レンズ千夜一夜

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1915 朧に(2017年9月20日マクロスイター26㎜F1.1が京都駅界隈をしっとりと)2 触感行為


人間の感覚、センスというものは千差万別ですね。
ある人が美しいと思うものを、ある人は醜いと思う。
ある人がこよなく愛するものを、ある日は唾棄する。
そんなことはありふれた出来事のようです。

まさに「なんでもない」ロボグラフィを撮り続けてきますと、
自分の感覚がかなりありふれていない、
その上、「フォトジェニック」ということも、
「独創性」ということも、一向に気にかけていない、
ということに気づかされます。
写真や芸術作品をコピーすることもまるで平気。
独創性を重視する人には堪え難い不節操、と写るでしょう。

目の不自由な方は、ものの存在を実感するためには、
触らなければなりません。
私がやっていることはそれなんだ。
見るだけでは見えないものがある、
写真に撮るという行為を経ることで、
はじめて見えてくるものがある、
そう気づきました。

そこで、分かってきたことがあります。
私にとって、写真は表現行為ではない。
知覚行為、それももっとも親密な触感行為なのだ。

闇の中、半ば寝ぼけたまま手を伸ばす、
すると、その手の先に得も言われない柔らかさを感じる。
えっ、なんだろう?
これまで経験したこともない感触。
一体なんだろう?
目覚めつつ、両手を伸ばして、確かめようとする、
そんな営為、それがロボグラフィ。

Cマウントレンズを使うとき、
そんなロボグラフィ的触感作用が一際強く感じられます。

写真愛好者は地球上に何億といるでしょう。
21世紀人でないと体験しえなかっただろう、
そう思えるほどに、超リアリティ、超客観性、
そう言いたくなるような精密描写を愛する人の方が、
圧倒的に多いでしょう。
私のように、朦朧態のボケボケ写真にしびれる人は、
圧倒的に少ないでしょう。

今回のマクロスイター26㎜F1.1写真は、
もしかすると、リトマス試験紙かも知れません。
「なんだ、これは?
こんなのどこがいいの?」
そうお感じになったら、私の二つのブログは、
あなたには無縁、そう申し上げてもよろしいでしょう。




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by Sha-Sindbad | 2017-12-09 18:06 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)