レンズ千夜一夜

1931 里(2017年10月3日アンジェニュー28mmF3.5で家の近場を巡回)4-完-記憶のよすが


写真って、ありがたいですね。
とくに、私のロボグラフィのように、
そぞろ歩きで出会ったものたち、シーンを、
見やった瞬間に、さっと撮っては立ち去るというスタンスでは、
写真たちはタイムマシーンになります。

大抵の方は定番の道具をお使いになっているでしょう。
私は、日替わりで、クラシックレンズを使います。
写真作品を創るためには、前者のやり方が必須でしょう。
私のロボグラフィは、私の出会いの記録なのですから、
安定した作風など邪魔になるだけ。
素直に反応するだけで十分。

そのとき、オールドレンズの個性的な描写特性、
とくに、現代の標準に照らすと、明らかな欠陥、
そんなレンズが写真に刻印してくれるさまざまな描写上の歪みが、
私の心の記憶を甦らせるキーとなってくれる、
そんな感じがしています。

アンジェニューレンズなど、その最たるもの。
後日、写真を見ると、
ああ、あのときはアンジェニュー28㎜F3.5でこれを撮ったんだ、
ということが記憶のよすがとなって、情景を想起させてくれます。
私だけの記憶の重要なファクターなのです。




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# by Sha-Sindbad | 2018-02-04 21:54 | Anjenieux28/3.5 | Comments(0)

1930 里(2017年10月3日アンジェニュー28mmF3.5で家の近場を巡回)3 虚実の皮膜


酷寒の朝が続きます。
先日京都を久しぶりに撮影した際も、
ソニーα7を使ったのですが、カメラ自体が冷えきって、
電池はあっという間に消耗してしまいました。
電池2個を冷気によって無駄に無力化された後で、
薬局に飛び込んで、小型ホッカイロを購入。
予備電池の袋に2個入れて、電池を温め、
お陰様で無事撮影を続けることができました。

今日も、昼食後の出発だったので、多寡をくくったか、
それとも、物忘れがひどくなってきたのか、
その教訓を忘れて、冷えたソニーα7片手に出発。
残量計は45%を示していたのに、数分でアウト。
大急ぎで、ホッカイロを電池袋に放り込み、
今回も無事撮影を終えることができました。

奈良町伝いに県立図書館まで撮影しました。
木曜日なので、奈良町の80%のお店が休業。
お目当ての行きつけ喫茶店2店はどちらも閉店。
まず図書館に直行しました。
何冊か、本を借りよう、そう考えていたのですが、
お目当てがあったわけではなく、
書棚をぐるぐると回って物色しましたが、
ついに関心を覚える本に出会えませんでした。
これにはショックでした。

そして、遅ればせながら気づいたのですが、
私が心から欲する書物は、読み終わったり、
保有したりしているもの以外にはほとんどない!
そうだ、自分の本を読もう!
ということで、結局、落語CD5巻を借りました。
全部、二代目桂枝雀の落語。
なぜ桂枝雀なのか?
それは別ブログ「わが友ホロゴン」に書きます。

こちらはレンズブログなので、使用レンズのことを書きます。
中将姫光学さんにお借りしたままになっている、
スピードパンクロ50㎜F2。
ああ、凄いレンズですね。
実在感が横溢しているのに、そのままそっくり幻想世界に、
そんな異界の気配が一枚薄皮となって
リアリティの上にふんわり被さっている、
そんな雰囲気がたまらない魅力を醸し出しています。

実のところ、アンジェニューレンズと対照的なのです。
アンジェニュー28mmF3.5はかなり幻想的なたたずまい。
でも、その陰から、リアリティがすっと突き抜けて来る、
そんな印象をとかく抱きます。

結局は、レンズが画像のどんな要素をクローズアップするか、
ということでしょう。
クローズアップされるファクターは幻想であってほしい、
それが私の好みであり、精神的な傾斜、と言えそうです。

ついでに、書いておきます。
ちょっと嬉しいことがありました。
図書館の前の喫茶店に入って、45分間、休息。
いつもどおり、ウォークマンで音楽を聴きながら、
ポメラでブログ掲載用の雑文を書きなぐったのですが、
かなり好調に筆が進みました、
というか、タイピングが進みました。
レジを済ませ、おトイレを借りました。
実は、チェックしたかったのです。
前回、と言っても、数ヶ月前ですが、
トイレットペーパーのロールを覆う棚をそっと抑えました。
前回貼ってあった注意書きが依然としてついていました、
「押さえないでください。棚が落ちます」
押さえてみました。
以前はへなへなだったのに、がっしりしてビクともしません。
棚の下を除いて、にっこり。
前回、か弱いL字の支えしかないのを気遣って、
私が若い女主人にアドバイスしたのです。
「棚の中央にがっちりしたL字の支えを一つ入れましょう。
それで、誰が押さえても、落ちることはなくなります」
トイレから出ると、女主人がレジから出て来て、
立っていて、にっこり。
「ありがとうございました。おかげさまで」
私のアドバイスを素直に試してくれたこと、
私のような平凡で目立たない人間を覚えていてくれたこと、
どちらも嬉しいことでした。




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# by Sha-Sindbad | 2018-02-01 22:21 | Anjenieux28/3.5 | Comments(0)

1929 里(2017年10月3日アンジェニュー28mmF3.5で家の近場を巡回)2 ブリコラージュ



「ブリコラージュ」という概念があります。
フランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースが、
「野生の思考」で提唱したものです。
遥か昔に読んだ本なので、うろ覚えですが、
たしか「やっつけ仕事」「ありあわせの仕事」というような、
未開人が、手近で利用できるものを組み合わせて、
問題を解決するための道具を考案する、というあり方。

私は、自分が写真家には絶対になれないな、
そう考えたのは、自分の写真の撮り方が、
もしかすると、一種のブリコラージュなんじゃないか、
そう気づいたからです。
かなり前に別ブログ「わが友ホロゴン」でも、
このことは書いた、と記憶しています。
でも、どういう文脈で書いたか、記憶していません。
今回は明確なコンセプト。
つまり、
「ロボグラフィはブリコラージュだ!」

写真家たるには一つの条件があるように思われます。
写真作品の鑑賞者たちにアピールしなければならない。
鑑賞者たちの美的センスを震わせなければならない。
概括的に言えば、写真家と一般大衆とは、
どこかで地盤、感覚を共有しなければならない。
言い換えると、写真家は、
不特定多数の写真鑑賞者たちの琴線を震わせなければならない。

さらには、偉大な芸術家は、新しい美の地平を開拓してゆくものです。
それ以前には、美、アートとは認められなかったような、
美、アートを創造し、鑑賞者たちのセンスを高めるものです。
このようなアートの美が成立する基本条件の一つが、
洗練、ではないでしょうか?
「泥臭い美」なんて、言辞矛盾ではありませんか?
美は常に、新旧さまざまな様式であれ、常に、
水際立った洗練の要素を帯びているものです。

ブリコラージュは違います。
その基本は「泥臭い」のです。
あり合わせのファクターを組み合わせて、
ある用途に役立つように、なんとか辻褄を合わせたものなのです。
そのファクターの共通性は、
「あり合わせ」「手当たり次第」であり、
その結果、ブリコラージュは常に「その場しのぎ」なのです。

私は、アーチスト的なセンス、性格は皆無の人間です。
だから、アートを制作したいなんて気持ちも皆無。
写真は、それ自体、芸術ではありません。
鉛筆や絵筆がそれ自体芸術でないのと同様です。
写真を撮ったから、アートできる、なんてお考えなら、
文字通り、おへそが茶を沸かしますね。
どんな媒体であれ、アートを創造できるのはアーティストだけ。
あなた、アーティストですか?

きれいに見えるものをきれいに撮っても、アートじゃないですね。
心を揺るがし、魂を天に飛翔させる、そんなものがアート。
とりわけ、ロボグラフィはアートとはまったく関わりがありません。
その場にあるものを一緒くたにして撮っているだけ。
まさに場当たり主義で突っ走っているだけで、
無いものねだりなんかしてほしくない、というわけです。




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-28 22:37 | Anjenieux28/3.5 | Comments(0)

1928 里(2017年10月3日アンジェニュー28mmF3.5で家の近場を巡回)1 変身!



マップカメラのサイトにこのレンズの紹介記事があります。
勝手に引用させていただきます、

  「『Angenieux』、
  アンジェニューと読む総合光学メーカーがフランスに存在する。
  現在も同社は存続しているが、
  映画用レンズで一世を風靡した由緒ある老舗レンズメーカーの1つだ。
  その『Angenieux』が1950年頃に生産したのが
  この『Angenieux Retrofocus 28mm/f3.5』。

  レトロフォーカスタイプという
  フランジバックを大きく稼いだ広角レンズを初めて設計した同社、
  このレンズは(中略)数多くのカメラボディ向けに供給された
  銘玉の1つである。

  一眼レフにも採用できるレンズのため、
  ライカマウントでは望遠レンズの様な全長が目立つが、
  軽合金を黒く染めた外装と細かなローレットの刻みが
  フランスらしい優美さを感じさせる1本だ。

  ヴィンテージのレンズであるため個体差が大きいが、
  その描写傾向は総じてローコントラストかつ柔らかなもの。
  ピント面から柔らかくベールをまとう様に滲む前ボケが美しい、
  独特な個性を持つレンズだ」

このレンズほど毀誉褒貶の激しいレンズはあまりないようです。
銀塩時代は、究極の「ボケボケ」レンズとして有名でした。
デジカメ時代になると、このような評価はあまり見かけないようです。
デジタルデータへの処理プロセスの当然の結果かも知れませんが、
各社が勝手にボディ内で自社仕様に補正してしまうために、
アンジェニューらしい華麗な描写のレンズに変容してしまったようです。

ほのかにあどけない美少女に恋して、めでたく結婚してみたら、
万事思い通りにテキパキ処理する勝ち気な世話女房に変身した、
そんな印象を禁じえません。
私自身も似た体験をしているので、
それはそれで悪くないな、というところでしょうか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-25 15:17 | Anjenieux28/3.5 | Comments(2)

1927 肘塚(2017年10月1日ズマール50mF2で裏町を伝い」2-完-なんでこんな写真?


私の友人には正真正銘の写真家が数名います。
その作品を好むと好まざるに関わらず、
その人らしい精神と作品性がしっかりと刻印されている、
そんな写真を撮り続けている人、それが写真家です。

その一人はストリートフォトの達人なのですが、
と言っても、なんのことはない、
上記の写真家たち全員がストリートフォト。
それはともなくとして、この達人、かなり昔のことですが、
何を思ってか、選りに選って、従兄弟に作品を見せたのです。
その人、困惑した表情で、沈黙のまま見終わって、一言、
「あんた、なんでこんな写真撮ってるんや?」

間違って私のブログを訪問してしまった方もご同様でしょう、
「この人、なんでこんな写真ばかり撮っているの?」

今回はまさにそんな写真ばかり並んでしまいました。
幸い私の場合、そんな迷い込み組以外には誰も来ないので、
困惑する方はほとんど居ないでしょう?
ですから、私にとってここで大切なことは、
私自身が、こんな写真を撮る理由を知っていること、
これだけ。
理由は明らか。
私は、端的に出会いを喜んで、記念に撮っているだけ。

なぜ、喜ぶか?
誰一人観るものがないのに、路傍で満ち足りて微笑んでいる、
みすぼらしいけど、なぜか無視できない形姿に、
自分の人生を重ね合わせているのでしょうか?
私も、人に知られることもなく、
でも、自分では満ち足りた人生を送ってきました。

なぜ、満ち足りているのか?
私が背伸びをせず、手の届かないものを求めることがなく、
手に入れたものがなんであれ、それこそ欲しかったものと、
心から満足して生きて来たからでしょう。
すぐれた業績を上げようと、生半可な結果には満足せず、
ひたむきに努力する人間というのではなく、
自分の人生をひたすら楽しんでいる人間なのでしょう。

それにしては、せかせかと忙しく撮り歩いてるじゃない?
いいじゃないですか?
人生のリズムって、誰にも固有のものがあります。
私の場合は、せかせかリズムが標準。
これを外すと、勘が狂います。
端から見たらせかせかでも、
私はこれで十分ゆったりしているわけです。




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-21 21:13 | Sumar50/2 | Comments(0)

1926 肘塚(2017年10月1日ズマール50mF2で裏町を伝い)1 日記の効用


さあ、次のシリーズと参りましょう。
我が家から奈良町に行きたければ、
車のない私のルートは2つ。
バスか、歩きか?歩車いずれにしても、本来のルートとバイパスがあります。
バイパスは旧天理街道ぞいの肘塚という下町を突っ切るコース。
「かいのずか」と呼びます。

私にとっては、第一級とは言えなくても、第二級路地。
1時間半ほどかかりますが、ロボグラフィ撮影を満喫できます。

ちなみに車のないのは、一つは私の資力のせいですが、
もう一つ、私は交通事故必至の不注意人間だからです。
ふっと夢想、瞑想に落ち込みます、時と所お構いなく。
そんな人間は車など使ってはならないから。
おかげで、歩くことが苦になりません。

さて、本シリーズ。
銀塩35㎜用レンズとしては、私のお気に入り十傑に入る、
ズマール50㎜F2をソニーα7に付けました。
3回シリーズで回想することにします。

本文の方は前回の続き。

私は、幸いにして、前回書いたような思い違いをしなくて済みました。
独創的な写真を撮りたいなんて、ちらっとも思わないからです。
私と違って、断然独創的な写真を撮れる友人が何人も居たので、
まちがっても、自分に写真の才能があるなんて、思えなかったから、
ということもありますが、
そうでなくても、自分の写真を見れば、ただ、撮っただけ、
ということは一目瞭然だったからです。
私にも「見る目」はあるようで。
そして、なによりも、写真は私の視線の記録に過ぎない、
そう知っていたからです。

人が私の写真を観たら、どう思うだろうか?
なんてことを想像することすら、忘れて、すでに十年以上。
自分の写真を分け隔てなく撮影順に掲載できる、
ブログという媒体に写真記録も順番に並べて、
自分の日記として楽しむ、これが私の写真ライフの主体。

私にとっては、ブログは、まさに「夢ツール」。
夢は自分一人で観るもの、楽しむもの、
そして、目覚めると、忘れるものです。
だから、信じられないことかも知れませんが、
私は、2つのブログに、思う付くままに書き連ねた文章、
さっと好みの写真を選択して、順番に投稿してしまうと、
記事の大半を読み返したり、
写真を見返したりすることがありません。
(その証拠に、たまに以前の記事を見返したりすると、
同じ写真が2枚並んでいることがよくあります。)
見返す暇はないからですが、
そもそも、見返したりしないのが日記、
そう考えているから。
日記とは、明日思いっきり生きるがために、
今日一日のことを整理し、区切りをつけるため、
なのですからね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-19 21:59 | Sumar50/2 | Comments(2)

1925 依然として号外(2018年1月5日ペッツ57mF2持って散歩へ)2-完-隠れもない天才 



写真趣味の深みにはまった人に見られる顕著な現象の一つ、
それが「独創性蜃気楼現象」でしょう。
別名、「隠れもない天才現象」!
カメラという高機能ツールの助力を得ている写真特有の現象です。
だから、この現象はカメラの発展につれて増加傾向を見せています。

小学校低学年の子供ですら、しっかりとした写真が撮れます。
シャッター速度、絞りを自分で選択し、ピントを手動で合わせる、
20年以上前のカメラを使う人にはあまり見られなかった現象です。
シャッターを押せば、なんとか撮れてしまう現代のカメラを使うと、
「おれ、天才みたい!
コワーイ!」

ストリートスナップだって、お手の物です。
ただ、カメラを動かしながら、シャッターを押せばよいだけ。
カメラの操作の習熟と手練の早業と瞬間的判断力と、そして、
たじろがぬ度胸を必要としたマニュアルカメラ時代とは大違い。

だから、近ごろでは、初心者カメラマンは、自動車と違って、
初心者マークなど付けていません。
どなたも、いかにもベテランという風情を漂わせています。
まさに写真のカラオケ現象。

私は、オートフォーカスカメラなるものを使ったことがないので、
幸い、そうした現象から免れてきました。
そして、偉大な写真家たちの創造的名作を沢山見てきましたので、
まさにアマチュアピアニスト、ヴァイオリニストと同様に、
自分を天才だとか、プロはだしだなんて、
思い間違うエラーとは無縁できました。
その副作用として、現代の自称傑作を拝見しても、
「わあ、凄い!」と喜ぶのですが、その写真が目の前から消えると、
さらりと忘れてしまい、思い出すこともありません。
本当の傑作は心の奥底までぐいぐいと突き刺さってきて、
生涯忘れることができないものです。

だから、写真の天才判別テストがあるとすれば、こうでは?
あなたの写真を幾十枚か、誰か他の人が見て、
あなたにこう言ってくれるか?
「心の奥底に突き刺さって、忘れようとして忘れられない傑作が、
少なくとも10枚はありますよ!
あなたのような写真家にじかに出会ったの初めてですよ!」

自分で自分の写真を眺めて判定することなどできませんよ。
自分の写真を眺めるときに、特有のフィルターがかかります。
「我が身かわいさの依怙贔屓フィルター」
そして、写真の天才、天才とは言えなくても、本物の写真家、
そんな人間に出会えることは、誰の生涯にもほとんどない、
そうお考えになった方がよいでしょう。
まして、自分がそんな写真家であるなんて!??


  [後書き]
    大和路紹介ポスターで絞りテストをしてみました。

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絞りテスト
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# by Sha-Sindbad | 2018-01-18 14:57 | Petz57/2 | Comments(0)

1924 依然として号外(2018年1月5日ペッツ57mF2持って散歩へ)1 異貌行路前編


ペッツ57mF2
ますます凄みを見せてくれている、そんな感じがします。

もともとペッツヴァールレンズは、中心付近では見事な切れ味。
その豊かな切れ味によって浮かび上がる主題を、
夢幻的なバックグラウンドがふんわりと浮かび上がらせるあたりに、
ペッツヴァールの醍醐味があります。

ペッツ57mF2では、ちょっと違う感じ。
その醍醐味は少しシフトして、
オリジナルの切れ味に現代レンズ的な厚みとコントラストを加味して、
意外性に満ちた異貌のたたずまいを生み出すあたりにありそうです。




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-16 23:30 | Petz57/2 | Comments(0)

1923 号外(2017年12月31日ペッツ57mF2が世界初登場!)3 チョロスナlife


気がついたら、もう1月14日ですね。
元旦から2週間も経ってしまっていますね。
昨年11月来、私は疾風怒濤に翻弄される木の葉の生活でした。
撮影に出かけたのはたった一回。
写真は撮ってきましたが、すべて所用の移動のついでに撮っただけ。

むかしから「チョロスナ」は禁物とされてきました。
機会に乗じて、なんにも思い入れもコンセプトもなしに、
チョロッとスナップしても、見る人が見れば、
なんの気合いも入っていない偶然の産物だと分かる、というわけです。

でも、私はまるっきり意に介しません。
昔から、「チョロスナ」しかしたことがないと言ってももよいほど。
ロボグラフィ専科になっても、事情は変わりません。
なんにも作画も意図もないまま、カメラに任せて、シャッターを押すだけ。
このような安直そのものの写真スタイルは誰の目にも明らかなようで、
私のブログライフは静穏そのもの。

2018年はそうした「チョロボグラフィ」人生はさらに深化して、
おっと、浅化していきそうです。
でも、面白いものですね。
私の場合、写真を始めた最初の時点から一貫して、
「チョロボグラフィ」、それが私の写真人生でした。
私という人間がそもそも立身出世も栄耀栄華も無縁の人生に徹して、
公私のすべてにわたり1人楽しむことが喜び、
という人間に徹してきたのですから、
写真だけは別なんて起こりっこなかったわけです。
2018年も生活のすべてのレベルで、
「孤高」ならぬ「孤底」のライフを満喫することにしましょう。

そんな私ですから、ペッツ57mF2では苦戦を強いられている、
そう言ってもよいかもしれません。

颯爽たる気っぷの良さがどうやらこのレンズの身上。
現代的なペッツヴァールを求める方には最適でしょう。
私のように泥臭く低迷するロボグラフィの路地裏をはい回る人間には、
なんだか地が関西人なのに、気がついたら、
東京弁をしゃべってはしゃいでいる、そんな自分に気づいて、
なんだか「浅はか」みたいだな、と、反省を強いられる、
そんな状況に近い感じ。

あるいは、ちょっと極端な喩えですが、
初めてスケートリンクに下り立って、
氷上をよたよた、よろよろ、おずおずと進んでいたら、
突然、脚を取られてスッテンコロリンと宙を舞おうとしたその瞬間、
なぜか、身体をさっと回転させて、全身をフンワリ宙に舞わせて、
すっと氷上に降り立ってしまった、という、
あり得ないハプニングが起こってしまった感じ。
レンズとしての凄みが私をかえって戸惑わせているというのが、
正直な気持ちです。

もっとも、銀塩カメラからソニーα7等のデジタルカメラに移行して、
銀塩時代はボケレンズとして私を喜ばせていたレンズたちが、
かなりキリリとした輝きを見せて、私を戸惑わせる、
そんな傾向をこのレンズも見せてくれるだけかも知れませんが...




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-14 22:23 | Petz57/2 | Comments(0)

1922 号外(2017年12月31日ペッツ57mF2が世界初登場!)2 橋渡し


カメラマンはどんな写真を求めるでしょうか?
最低条件は明らかです。
完璧な画像。
現代のカメラ、レンズはその要請を満たすべく、
各社、賢明の努力を払っているようです。
私が学んでいる吉田正さんの写真教室でも、
メンバーの皆さんが文字通り最高の画質の写真を持ち寄ります。
そして、そうした最高の画質を下支えにして、
見事な写真世界を積み上げようと、懸命に努力なさっています。

私は?
その正反対かも知れません。
最低の画質を求めて、長年レンズ行脚してきました。
写真黎明期のオールドレンズたちを使ってきました。
現代のレンズがスーパーリアリズムを追求するのに対して、
オールドレンズたちはリアリズムとは対極の、
茫洋、幽玄の境地に傾斜するようです。
私にはそれがたまらない魅力。

このように考えますと、「東は東、西は西」という感じで、
互いに相容れない関係にあるように思えてきますが、
新たに登場したペッツ57mmF2は、もしかすると、
「橋渡し的存在」なのかも知れない、そんな感じがしてきました。
颯爽たる切れ味も見せてくれます。
ペッツヴァールらしい大ボケも見せてくれます。
マルチコートされているせいもあるでしょう。
現代的味わいで蘇ったオールドレンズ、
そんな印象が次第に濃くなってきました。





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# by Sha-Sindbad | 2018-01-11 21:22 | Petz57/2 | Comments(0)

1922 号外(2017年12月31日ペッツ57mF2が世界初登場!)1 新古典レンズを高畑町で使う!


宮崎貞安さんから又ニューレンズのプロトタイプが届きました。
昨年届いたHistrioDagonar40/6.3に続き、
19世紀の古典レンズの現代復刻版です。

   Petz57mmF2

ペッツバールレンズを現代に蘇らせました。
ただし、ペッツバールレンズのほとんどは、
かなり大きなサイズのフィルムで使われたので、
35㎜サイズのソニーα7のようなカメラでは、
かなりの望遠レンズになってしまうレンズが大半。
宮崎さんはペッツバールのレンズ構成を若干修正して、
57㎜F2という使い勝手の良い焦点距離に収められました。

さて、どんなペッツバールレンズとなったか?
まずは、ご覧下さい。



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# by Sha-Sindbad | 2018-01-06 22:06 | Petz57/2 | Comments(0)

1920 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)4-完-帰りなん、いざ


私の写真の師匠、田島謹之助さんの言葉をいくつも覚えています。
その中で一番怖い言葉は、これまでにも幾度か書いたと思います。

  「写真を1枚見ただけでは、
  撮影者の人となりは分からないけど、
  3枚見たら、分かるよ」

田島さんが私の写真を幾枚もご覧になって、
私の人間性をどう感じ取られたかは分かりませんが、
それが何であるにせよ、数年親身になって教えていただいたことで、
さほど否定的なものではなかったとお察しいただきたいものです。

でも、私が不肖の弟子であったことは否定しようがありませんね。
ついに自分らしい写真を自在に撮れるほどには上達はしなかったし、
人の写真を何枚見ても、撮影者の人となりなど分からないまま。
分かるとしても、その写真が好き嫌いの程度でしかない。

スピードアナスチグマート25mmF1.5の撮った飛鳥路、
今回で終わり。
田島さんクラスの眼力の人物がこれを見ることがないよう、
祈りたいものです。
なにを読み取られるか、分かったものじゃありませんから。

私が自分の写真たちから読み取れるもの、それは、
飛鳥稲淵にはまだ緑豊かな田園が残っている、ということ。
そして、訪れる人もあまりないこと。
気持ちが安まります。
私が30年前に、幼い頃過ごした大和の地に戻って以来、
奈良盆地の大半が都会化しようとしている惨状。
(これを発展と呼ぶ方とはあまりお付き合いしたくないですね)
その中で僅かに残された田園がここにあります。
この稲淵に住宅地が開発されることのないように、
神様にお祈りしたいですね。

役人にたちにはけっしてお願いしないでおきます。
下手に陳情すれば、
「おっ、ここにも開発の手を加えねば!」
なんて、寝た子を起こすことになりかねませんから。


私の写真の師匠、田島謹之助さんの言葉をいくつも覚えています。
その中で一番怖い言葉は、これまでにも幾度か書いたと思います。

  「写真を1枚見ただけでは、
  撮影者の人となりは分からないけど、
  3枚見たら、分かるよ」

田島さんが私の写真を幾枚もご覧になって、
私の人間性をどう感じ取られたかは分かりませんが、
それが何であるにせよ、数年親身になって教えていただいたことで、
さほど否定的なものではなかったとお察しいただきたいものです。

でも、私が不肖の弟子であったことは否定しようがありませんね。
ついに自分らしい写真を自在に撮れるほどには上達はしなかったし、
人の写真を何枚見ても、撮影者の人となりなど分からないまま。
分かるとしても、その写真が好き嫌いの程度でしかない。

スピードアナスチグマート25mmF1.5の撮った飛鳥路、
今回で終わり。
田島さんクラスの眼力の人物がこれを見ることがないよう、
祈りたいものです。
なにを読み取られるか、分かったものじゃありませんから。

私が自分の写真たちから読み取れるもの、それは、
飛鳥稲淵にはまだ緑豊かな田園が残っている、ということ。
そして、訪れる人もあまりないこと。
気持ちが安まります。
私が30年前に、幼い頃過ごした大和の地に戻って以来、
奈良盆地の大半が都会化しようとしている惨状。
(これを発展と呼ぶ方とはあまりお付き合いしたくないですね)
その中で僅かに残された田園がここにあります。
この稲淵に住宅地が開発されることのないように、
神様にお祈りしたいですね。

役人にたちにはけっしてお願いしないでおきます。
下手に陳情すれば、
「おっ、ここにも開発の手を加えねば!」
なんて、寝た子を起こすことになりかねませんから。




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# by Sha-Sindbad | 2018-01-04 17:48 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1919 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)3 謹賀新年


明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

2017年はあっと言う間に過ぎた感じがします。
うかうかと一年を過ごした感じがします。
本年は、心を入れ替えて、一瞬一瞬を大事に生きたい、
そう念願しています。
でも、いつもそんな風に決意しながら、
気がついたら、時間が経っている、そんな感じがします。

早い話、写真がそうですね。
写真を始めた頃は心の底から念願したものでした。
人が撮れないような、入魂の傑作をものしたい!
それ以来40年以上経過し、たゆまず写真を撮り続けてきましたが、
気がついてみると、最初の志とはかなり外れてしまったようです。
人が撮りたくないようなロボグラフィしか撮れない、
自分にだけ分かって、心から満足しつつも、
人にはまるで共感してもらえない写真しか撮らない、
そんな境地にいつしかたどり着いていたわけです。

じゃ、今年はどうするか?
どうもしません。
ただ続けるだけ。
段々と分かってきました。
自分が撮りたい写真なんか撮ろうと思っても、
撮れるものじゃない。
どう思おうが、自分の撮りたい写真を撮るって、
並大抵の技ではかなうものではない。
そうではなくて、自分が撮れる写真しか撮れないのだ。

時折、こんな言葉をもらす写真家が居られます。
「近頃ようやく自分が撮りたいように撮れるようになりました」
羨ましいですねえ。
どんな風に撮りたいのか、今になっても分からないのですから。
そんな私がレンズの個性、描写力に心を奪われるのは当然なのです。
レンズたちが撮ってくれる写真を楽しむことで、
「自分が撮れる写真」にバラエティを与えて欲しい、
それしか私にはできないのだから。
本年も、レンズの贈り物を味わう喜びに徹することにしましょう。



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# by Sha-Sindbad | 2018-01-02 23:36 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1918 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)2 秋たけなわ


かなり以前の撮影をまだ引きずっています。
つまり、それ以降、ブログ掲載待ちの写真たちが行列。
かなり季節感がずれてしまっています。
でも、はしょる積もりはありません。
数ヶ月も経てば、そんなことはどうでもよいことになります。
レンズたちを平等に扱ってあげなきゃね。

さて、今回は、Cマウントレンズの白眉、
スピードアナスチグマート25mmF1.5が撮った飛鳥路。

レンズは化けますね。
あの春風駘蕩、茫洋たるボケレンズが、
オーソドックスな優等生レンズに!
こんな変身がどうして起こったか?
私にはまったく心当たりがありません。
まあ、いいでしょう。
それがスピードアナスチグマートの包容力なのかも?





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# by Sha-Sindbad | 2017-12-30 12:43 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1922 号外4(2017年12月27日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3とモンチッチ)


ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3を使えば使うほど、
画像のあたたかさに身上があるのかもしれない、
そんな感じがしてきます。
立体感と色あいがそう感じさせているようです。

レンズにあたたかさを求めても、仕方がないじゃないか?
そうお考えの方も多いかも知れません。
良いレンズというものの価値、役割は、
完全にニュートラルな再現性にある、
撮影者が主体で、レンズは道具に過ぎない!
そんな考え方です。

私は、写真を始めてからずっと、別の考え方をしてきました。
レンズは伴侶であり、パートナーである、
それが私の偽らぬ気持ちです。

皆様(男性に限定)の伴侶(女性に限らない)もそうでしょう、
けっしてあなたの手の平にはりませんね。
それがいやだ、とお考えの向きもあるでしょう。
私は違います、そう簡単に手の平にるような伴侶では、
長い人生を共にする価値も甲斐もない、そんな感じがします。
私の伴侶など、私の手の平にるどころか、
油断すると、私を自分の手の平に載せようとするので、
まあ、逃げるのに骨が折れます。
でも、逃げている、というのは私の幻想かも知れない、
そんな幻想を醸し出しつつ、私を自分の手の平で踊らせている、
それが真相かも知れません。

レンズもかなり似ています。
おいそれと神髄、性能を見抜けるようなレンズなんて、
撮影を共にする伴侶には不足ですね。
私がレンズに望みたい理想は様々であり、
ときにはレンズによって異なることがありますが、
少なくとも、温かさとメタモルフォーゼ、
この2つは求めたいですね。

Histrio-Prot40mmF6.3、
このレンズはどうやら私の基準に合格、
そんな気がしてきました。



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# by Sha-Sindbad | 2017-12-29 22:26 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1921 号外3(2017年12月22日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3奈良三条通を駆け抜けた)2


与謝蕪村の画文集を楽しみました。

   「蕪村 放浪する「文人」」(新潮社)

そのラストに写真家野中昭夫の作品群と秀句とを組み合わせています。
誰がしたのか知りませんが、写真と句との対比が見事です。
主に望遠レンズを活用した風景写真、
これが写真なんだなあ、そんな感じがいかにもして、
見事な写真作品です。
芸術新潮のスタッフ・カメラマンとして長年活躍した人で、
写真家としての確固たる地位を築いている方のようです。

写真愛好家の99.9%が異口同音に言うでしょう、
  「いいな!
   素敵だな!」

私もそう言います。
でも、写真家に申し訳ないけど、頁を閉じた途端に、忘れます。
なぜ?
撮影者である写真家の心がどこにも感じられないからです。
感じられない私に問題があるのかも知れません。
でも、とにかく感じられないのです。

偉大な風景写真家たちの作品のほとんどは、
遙かに劣った性能のレンズたちで撮っていますが、
被写体と向かい合って立つ写真家の心が直に感じられます。
写真を通じて、写真家の心と直にふれあうことができます。
撮影時の気分も感じられます。
アンセル・アダムズ、エドワード・ウェストン、入江泰吉、
みんなそうです。

私の勝手な憶測ですが、
現代の最高級レンズたちは、完璧無比の画像というスクリーンで、
写真家の心を覆い隠してしまうのかも知れません。
なぜ?
肉眼を遥かにしのぐイメージだからです。
私たちは、少なくとも私は、
現代の写真イメージのようには外界を見ていないし、
そんな風に見たいとも思っていない。

そもそも私たちはパンフォーカスの目なんか持っていない。
本当に見たいものに注意を集中して見ています。
あとはバックグラウンドの役割でそっと控えておいて欲しい。
(念のため。
ホロゴンはもちろんパンフォーカスです。
でも、写真をご覧になったらお分かりになるでしょう。
写真中心部は縁辺部の8倍の明るさがあります。
そのお陰で、視線は常に中心部に集中する仕掛けになっています)

前置きが長くなりましたが、
じゃ、ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3はどうなんだろう?
現代レンズに劣らない描写性能を示している、
そんな感じがします。
でも、こうして何十枚も並べて見て感じるのですが、
いや、そうなんだけど、やっぱり古典的なたたずまいがあって、
画像は確かにシャープだけど、
現代レンズほどの超絶リアルではありませんね。
そして、背景は背景らしくそっと脇役に廻ってくれる、そんな感じ。
現代レンズとは一線を画する個性がありそうです。




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# by Sha-Sindbad | 2017-12-28 21:57 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1920 号外3(2017年12月22日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3奈良三条通を駆け抜けた)1



本レンズの本名はこうです、

  「HISTORIO-DAGONAR6.3-40 Collction NO.2 BL S」

この名称で、宮崎貞安さんがレンズ愛好家たちの知性を
かなり高めに評価しておられることが分かります。
私は落第。
ちょっと覚えきれませんね。

宮崎さんの制作コンセプトはこうです、
「ゲルツのダゴールの現代的復元を追求。
ダゴールは1905年、フォン・フーフによる設計。
ゲルツ社から発売された。
暗いレンズであるが、その高性能はトリプレット・テッサーを
はるかに上まわり、スタジオ用、風景等作画用として
高い評価を与えられた。
当時のガラスが次々と生産中止の中運良く入手可能であり、
復元設計ができた。
使用した硝材2種が近々なくなるため、
当レンズが最後のレンズとなると思う。
解像力、コントラストは前作プロターを10~15%上まわり、
開放で10μ以下、f8以上では5〜8μ像に達する」

このような歴史的名レンズがMマウントレンズとして復元され、
ソニーα7のようなミラーレスで使えるのですから、
まさにレンズ愛好家冥利に尽きる、というところです。

今回は、前回の続き、JR奈良駅に帰り着いて、
近鉄奈良駅までロボグラフィ散歩。
40分程度で、90枚撮影しました。
次第にダゴールらしい晴朗なる剛毅、
という雰囲気が出始めている、そんな感じがしてきましたが、
いかがでしょうか?


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# by Sha-Sindbad | 2017-12-26 17:09 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1919 号外2(2017年12月22日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3ユニシティの5分をずしりと)


宮崎貞安さんのニューレンズ、
ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3は、
往年の名レンズ、ゲルツ社のダゴールの復刻版。

ウィキペディアは、このレンズについてこう記載しています。

「ダゴール(Dagor )はドイツのカメラメーカー、
ゲルツが製造していたカメラのレンズ。アナスチグマート。
設計者はエミール・フォン・フーフ。
ピントが鋭くまた内面反射が少なくコントラストが高いため、
このレンズで撮影した写真は一目で分かると言われていた。
2群6枚構成でゲルツを代表する名レンズとして知られ、
ジェームズ・A・シンクレアなどイギリス製カメラにも多数が取り付けられるなど
同時代のライバルだったカール・ツァイスのプロター以上に広く使用されていた。」
「名称はドッペルアナスチグマート・ゲルツ(Doppel-Anastigmat Görz )の略」
「プロターとの比較では、黄緑色にカブるプロターより色再現が良く
カラー写真にも充分使用できる。」

元来は大判用のレンズだったようです。
ウィキペディアの記載によれば、
ベストポケットテナックスに固定装着されたダゴール75mmF6.8 が、
ダゴールの中でも一番焦点距離の短いレンズだったようです。
以前、ウィーンのライカショップに65㎜を見かけたことがあります。
宮崎貞安さんがお作りになった復刻版は、さらに広角の40㎜です。
かくして35㎜判用小型カメラに使えるようになったわけです。

この2ヶ月、家庭の都合で、ほとんど撮影のための余暇がとれない状況、
かろうじて、所要で出かけたときの道すがら、わずかに脚を止めて、
ヒットエンドランするだけ。
宮崎貞安さんのためにニューレンズを試写するには厳しい状況にありますが、
円筒のストゥーパの天辺をカットしたような独特の、とても魅力的な形状で、
最近作Histrio-Prot40/6.3に続く、歴史的名レンズシリーズの第2弾だけに、
あらゆる機会を捉えて、試写させていただくことにしました。

今回は、久しぶりに揚琴演奏家、付虹先生のレッスンを受けた帰りに、
高層高級マンションのプロムナードの古木造形を中心に試写しました。

まだ、レンズの個性をしっかりと把握することはできませんが、
今一言言えることは、並外れた抜けの良さ!
Histrio-Prot40/6.3は19世紀のレンズ設計の古色がうかがわれましたが、
このレンズには古色の気配はほとんど認められない、そんな感じ。



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# by Sha-Sindbad | 2017-12-23 22:33 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(2)

1918 号外(2017年12月20日ヒストリオ.ダゴナール40mmF6.3片手に屋内探検)


レンズ改造名人、宮崎貞安さんから久しぶりにコンタクト。
ニューレンズを送ったよ。
翌日、送られて来たのは、まさに歴史的レンズの復刻版。

   Histrio-Dagonar40mmF6.3

二女が第二子出産のため帰郷した直後から戦争。
第一子である孫プリンセス2号の世話で常時戦闘状態に。
まだ2歳半ですが、話し方、行動、すべてがもう一人前。
探検好きで、なにも見落としません。
家の中の手に届くものすべてを根こそぎ点検中です。
シーンとなったら、もうなにかの袋や箱を持ち出して、
ひっくり返して、その場にばらまき、一々取り調べ。
いやはや。

とても試写のために外出できませんので、
まず屋内でざっと試写してみました。
まあ、とにかくご覧頂きましょう。





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# by Sha-Sindbad | 2017-12-19 23:52 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1917 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)1 大和路らしく


飛鳥路には、もう一本、Cマウントレンズを持参。
スピードアナスチグマート25mmF1.5
大和路の秋には、茫洋とした風情のダルメイヤーレンズが似合います。
まあ、ご覧下さい。
(あんまり家事に忙しくて、
落ち着いて文章を書く暇もありません。)

おりから別ブログ「わが友ホロゴン」では、
ビオゴン21mmF4.5の同日飛鳥シリーズ。
このツァイスの不朽の名レンズの一つに負けない、
そんな感じさえ抱かせてくれます。
いかがでしょうか?



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# by Sha-Sindbad | 2017-12-16 15:25 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1916 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路に) 閃きと偶然



近ごろ、多忙を極めていて、書斎の机の前に座るのはいつも真夜中。
孫プリンセス2号の夜の読書に付き合わなければなりません。

昨夜など、大変な苦労。
題名は忘れました、地下百階の底に降りて行くお話。
2歳の孫プリンセス、自分だけ横になり、
私は横に座る状態を指定して、「この本を読んで」
ところが、縦長大判なのです。
縦長の見開き2ページ分が地下10階の一軒分で、
7、80センチもあります。
横に座ったままでは、孫の眼前に保持するのも一苦労ですが、
第一、絵も字も見えません。
大きく首を傾けて、覗き込んでも、ろくに見えません。
ろくろっ首だったら、楽に読めるでしょうけど、
私は、借金でろくに首もまわらないのですから、
いささか疲れました。
「もう一回読んで!」
やむなく適当に話を作りながら、
もう一度、ページを最初から繰りました。
でも、ご本人もどうやら疲れたようです。
5ページも進むと、目がぼんやりしてきました。

孫プリンセス、2歳ですが、幼児だと思って油断できません。
今日も、産婦人科医院に入院中のママを訪ねた際、
ママの携帯電話を見て、ふっと思い出したのです、
ママから古い携帯電話を貰っていたことを。
ママに「青い携帯電話どこにいったの?」
遠く関東の自宅に残して来たのですが、
孫プリンセス、産婦人科医院でなくしたと思い込み、
突然ふっと頭に閃いた推理を、ママにぶつけました。

  「看護士さんがとったんじゃない?」

私の携帯、ママが盗るわけがない。
とすると、看護士さんが盗ったに違いない、という風に、
推理したわけではないかも知れませんが、
2歳の幼児が「看護士さん」という職業を知っていること自体、
かなり驚かされますね。

どうやら幼児たちの知的な発育は、順番ではなくて、
一人一人、閃きと偶然にかかっているのかもしれまえせね。




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# by Sha-Sindbad | 2017-12-14 00:20 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1915 朧に(2017年9月20日マクロスイター26㎜F1.1が京都駅界隈をしっとりと)2 触感行為


人間の感覚、センスというものは千差万別ですね。
ある人が美しいと思うものを、ある人は醜いと思う。
ある人がこよなく愛するものを、ある日は唾棄する。
そんなことはありふれた出来事のようです。

まさに「なんでもない」ロボグラフィを撮り続けてきますと、
自分の感覚がかなりありふれていない、
その上、「フォトジェニック」ということも、
「独創性」ということも、一向に気にかけていない、
ということに気づかされます。
写真や芸術作品をコピーすることもまるで平気。
独創性を重視する人には堪え難い不節操、と写るでしょう。

目の不自由な方は、ものの存在を実感するためには、
触らなければなりません。
私がやっていることはそれなんだ。
見るだけでは見えないものがある、
写真に撮るという行為を経ることで、
はじめて見えてくるものがある、
そう気づきました。

そこで、分かってきたことがあります。
私にとって、写真は表現行為ではない。
知覚行為、それももっとも親密な触感行為なのだ。

闇の中、半ば寝ぼけたまま手を伸ばす、
すると、その手の先に得も言われない柔らかさを感じる。
えっ、なんだろう?
これまで経験したこともない感触。
一体なんだろう?
目覚めつつ、両手を伸ばして、確かめようとする、
そんな営為、それがロボグラフィ。

Cマウントレンズを使うとき、
そんなロボグラフィ的触感作用が一際強く感じられます。

写真愛好者は地球上に何億といるでしょう。
21世紀人でないと体験しえなかっただろう、
そう思えるほどに、超リアリティ、超客観性、
そう言いたくなるような精密描写を愛する人の方が、
圧倒的に多いでしょう。
私のように、朦朧態のボケボケ写真にしびれる人は、
圧倒的に少ないでしょう。

今回のマクロスイター26㎜F1.1写真は、
もしかすると、リトマス試験紙かも知れません。
「なんだ、これは?
こんなのどこがいいの?」
そうお感じになったら、私の二つのブログは、
あなたには無縁、そう申し上げてもよろしいでしょう。




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# by Sha-Sindbad | 2017-12-09 18:06 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

1914 朧に(2017年9月20日マクロスイター26㎜F1.1がバス停あたりをしっとりと)1 ワクワクタイム


12月5日火曜日、
長女の子供達の保育園のワクワクタイムでした。

保育園の2歳児から5歳児(大半は6歳)の各クラスが、
それぞれに教室でパフォーマンスを見せてくれる催し。
自分の孫の成長ぶりを改めて確認できますが、
それとともに、4、5年の間、一緒に育ってきた子供達、
全員の成長も観ることができます。

ワクワクカーニバル(運動会)で、
さまざまなパフォーマンスを見せてくれたのに、
つい1ヶ月ほどたったばかりなのに、
楽しげに3つのパフォーマンスを演じてくれました。
童謡を日本語、韓国語、中国語、ヴェトナム語、英語で歌ったり、
合奏したり、劇を演じたり、と、
演じる園児たちも大したものですが、
しっかり教え込む保母さんたちの努力と能力は大したものです。

今回が最後のワクワクタイムとなる6歳の孫の成長ぶりを観るにつけ、
保育園から受けた恩恵は計り知れないものがあると、
その都度、感嘆させられてしまいます。

30人弱の園児たちが、5年間もの間、
互いに性格を知り尽くした上で、
毎日朝から夕方まで一緒に過ごすのですから、
まさに兄弟姉妹同然の関係を結び、社会性を身につけてきました。
どんなところでも人見知りすることなく、
年長、年下の子供達ともまったく自然に接することができます。

3歳児クラスのときには、ちょっとした寸劇で、
かぼそく蚊のなくようなセリフをつぶやいていた孫プリンスが、
6歳の今、3度ばかり、しっかり透る声でセリフを言うのを聴いて、
そのあまりの変貌ぶりに驚き、
保母さんたちに限りない感謝を感じるとともに、
ちょっと大げさと思われるかも知れませんが、保育園教育は、
孔子の言った「修身斉家治国平天下」の出発点となってくれる、
そんな気さえしました。

さて、今回の写真は、私も、同じ孔子様の言葉に沿って生きてる、
そんなことを実感させてくれる、バス停までのロボグラフィ。

  「足るを知る」

フォトジェニックな光景を求めて遠く出歩くことはほとんどなくなり、
日常のなにげない出会いを記録するだけで足りる、
そんな写真生活にいつしか移行してしまいました。
バス停までの往還なんて、なんの変哲もない道行き。
そんな道行きでの撮影を飽きもせず続けている私は、
だんだんと不動産と化しつつあるのかも知れません。
それでもいいんじゃない?

Cマウントレンズの私にとっては最高峰の一本、
マクロスイター26㎜F1.1が撮ってくれた写真たち、
その穏やかな表情は、私の撮影時の表情を谺しているのかも、
なんて、考えたくなってしまいます。




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# by Sha-Sindbad | 2017-12-08 22:48 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

1913 アートの日(2017年9月16日プリモプラン58㎜F1.9がアートに対抗し)3 よすが



今回は、9月16日のプリモプラン撮影の残り19枚。
帰路につくためバス停でバス待ちをしながら、
そして、バスの窓から、撮ったものです。

フォトジェニックでもなんでもない。
カメラマンなら、ほとんど誰も撮らないでしょう。
外出したら、のべつ幕無し撮っている、なんて、
写真家のやることじゃありませんね。

撮りたいものがあるから、撮るのではありません。
撮りたいから、撮る。
そのとき、どんなものにレンズを向けるか?
私の視線が止まったもの。
どんなものに視線が止まるか?
そんなこと、出会ってもいないのに、言えるか!

写真家なら、こう考えるかも知れません、
「よし、今日は飛鳥の夏を撮るぞ」
「ひさしぶりに暮れなずむ都市の晩秋を撮ってみよう」
私は、シンプルです、
「今日は用があるから出かけてくるよ」

バッグには必ずカメラが入っています。
カメラ、ポメラ、ウォークマンはホロゴン三種の神器。
日常茶飯事、いつも行っている場所ばかりで撮っています。
飽きもせず。
なぜ?
いつも予期せぬ出会いがあるから。
それが人生の醍醐味じゃありませんか?
そんな私の出会いをサポートしてくれるのか、レンズたち。
プリモプランも一杯サポートしてくれました。

写真家なら、そうやって手に入れた写真から、
作品性のあるものをセレクトします。
私もセレクトします。
だけど、選択基準は、作品性ではありません。
記憶したい、ただ、それだけ。
自分の人生の足あととして、
思い出すよすがとして。




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# by Sha-Sindbad | 2017-11-30 11:40 | Primoplan58/1.9 | Comments(0)

1912 アートの日(2017年9月16日プリモプラン58㎜F1.9がアートに対抗し)2 人生の醍醐味


絵が描けない、だから、写真をしている。
写真を始めた動機のトップ5には入るのではないでしょうか?
実は私もその1人。
動機不純かもしれませんが、どんな動機であれ、
写真を始めると、写真独自の魅力に囚われてしまう、
そんなプロセスを体験した方は多いのではないでしょうか?
そうして写真の世界に入って、後悔することもありません。

でも、おかしいですね。
私など、今でも、写真展を見るより、美術展を見る方が好き。
なぜでしょうね?

単純な説明はこうでしょう、
写真はメカニズムに頼るので、アート感覚のないど素人でも、
なにか見応えのある写真作品を作ることができる。
でも、底が浅い。
その証拠に、「うーむ、すごい、よい写真だ」と感嘆しても、
そんな体験をしたこと自体、あっさり忘れてしまいます。
一方、制作のための手間、努力、アート感覚を駆使する美術は、
私たち観る者の経験、常識を越えたものがあって、
鑑賞体験は新たな学び、新たな経験として末永く止まります。

写真の名作を観て、人生が変わった人と、
アートの名作を見て、人生が変わった人と、
どちらが多いか、言うまでもないでしょう。

私は、もちろん、写真家ではありませんし、
自分の写真を人に見せるつもりもありません。
すべて私の体験の記憶。
そんなビジュアル体験記録をストックできるのがブログの魅力。

そして、近頃、ますます、感じることは、
なんだか現在の私は以前と違った気持ちで撮っているらしい。
以前は、体験そのものを記録しようとしていたのに、
近頃は、写真を異体験、ひらめきの道具に使っているらしい。
こうなると、ますます私のブログは私の心の白書、
私の感じたことを視覚化したイメージの記録となりつつあるようです。

プリモプラン58㎜F1.9がいかほどのレンズか、私は知りませんが、
私の心が感じたことをそれなりに視覚化してくれる道具として、
なかなかの味を感じさせてくれるレンズ、
そんな感じがしてきました。

いつまでもなにか発見ができる、
これが人生の醍醐味ですね。

以前は、もうそろそろレンズ、カメラ処分しなきゃ、
このレンズなんか筆頭の候補だな、
そう感じていたのですが、このレンズを初めとして、
どんなレンズもしっかり写真を撮ってみてから、
処分に踏み切ることにしよう、
そんな風に考え直しています。




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# by Sha-Sindbad | 2017-11-28 12:21 | Primoplan58/1.9 | Comments(0)

1911 アートの日(2017年9月16日プリモプラン58㎜F1.9がアートに対抗し)1 峠を越えて


月曜朝方発症した風邪はどうやら峠を越したようです。
ぐっすりと就寝し、朝のストレッチは平常に復しました。
罹患中はどうしても体をいたわる感じにあっさり味となり、
回数も2割方減じたりしますが、
気がついたらフルバージョンをやり終えていました。
風邪が峠を越えたところで、本ブログも別レンズに移行しましょう。

   プリモプラン58㎜F1.9

このレンズをひさしぶりに使った9月16日は、
奈良県立美術館開催の『没後40年 幻の画家 不染鉄』鑑賞の日でした。
不染鉄のこと、この展覧会のことはすでに書きました。
「不染鉄 ホロゴン」で検索したら、見つかります。
生涯その名を聞いたこともなかった芸術家に出会うのも愉快ですが、
手に入れておきながら、ほとんど使っていなかったレンズを使うのも、
劣らず楽しいものです。

こう書いたら、芸術と趣味とを同列に置く、とお叱りを受けそうです。
私は、もう今では、社会の常識で物事を見るのはやめています。
私の人生における地平線に置いてみて、どんな高さにあるか?
これが唯一の基準になってしまいました。

プリモプラン58㎜F1.9というレンズ、
「M42 Mount Spiral」と題するブログで詳しく紹介されています。
私のようなレンズ学無縁の人間にはほとんど理解不能の深遠な研究ブログ。
ただし、その中で、一つ、印象に残った言葉があります、
「開放付近で荒れ狂うPrimoplanの性質は
「レンズの味」などと表現されるような生易しいものではない。」
その開放だけで撮った写真を並べてみましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2017-11-23 22:31 | Primoplan58/1.9 | Comments(0)

1910 仮想レンズ(2017年9月15日セプトン50㎜F2が高畑町を爽やかに)4-完-電光石火


月曜の朝方、突然、喉が少し痛み始めました。
1日経過して、喉が少々悪化し、咳も少し出始めました。
この一ヶ月疾風怒濤だったせいです。

火曜の朝、行きつけの診療所に受診しました。
「親の因果が子に報い」で、気管支が少し曲がっていて、
(その代わり、根性はまっすぐなので、我慢しましょう)
気管支炎に発展しやすいので、チェックしてもらいました。
念入りに聴診器を使って検査したのち、
「大丈夫です。問題ありません」
そう聞いた途端に治り始めるのですから、
やっぱり私は真っ正直、真っ当な人間なのですね。

診療所はかなり患者さんでにぎわっていました。
季節の変わり目はお医者さんの稼ぎどきなのですね。
そして、いつものながら、心から思うのは、
「ああ、医者にならなくて良かった!」

家族に3人、親戚にも4、5人、医者が多い家系なので、
高校時代、医者になろうかと考えたこともあったからです。
妻に、そんなこともあったと言いますと、
「記憶力の悪いあなたがあ?? ははは!」
と、笑い飛ばされました。
自分で、そう言われればそうだなあ、と思いつつ、
やっぱり、「医者にならなくてよかった!」

なぜ?
ここだけの話で、内緒ですよ。
お客さん、じいさん、ばあさんばっかりじゃないですか?
ナポレオンのロシア遠征の後半部分みたいですね。
退却し、敗走し、と、もう負け戦ばっかり!

冗談話はおいておいて、
今日、はっきり快方に向かい始めた感じ。
なぜ、そう言えるのか?
ちょっと事情があって、現在、家事すべてを私が担当しています。
その一つ、昼食の用意をしていたのですが、
高い棚に右手を伸ばして、ボールを取り出した際、
その横にあった泡立てが一緒に飛び出して来たのです。
次の瞬間、左手がそれを受け止めていました。
まあ、自分で言うのもなんですが、電光石火の早業。
うむ、かなり体調はよくなったらしい。

仮にここまで我慢して読んだ方があったとしたら?
きっとこう言うでしょうね、
「おいおい、なにをクダクダ言ってるんだ?
ここはレンズブログだろ?
レンズの話はどうなったの?」
そう言えば、そうでしたね。

セプトンシリーズもこれで終わり。
セプトン50㎜F2の写真をこうして140枚ばかり並べましたが、
つくづく思いますね。
フォクトレンダーという会社のレンズたち、
文字通り、真っ正直なほど誠実な描写をしてくれますね。
そして、つくづく嬉しくなってしまいます、
どうしてこんなに温かい表情を出してくれるんだろう?



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# by Sha-Sindbad | 2017-11-22 21:26 | Septon50/2 | Comments(0)

1909 仮想レンズ(2017年9月15日セプトン50㎜F2が高畑町を爽やかに)3 以上の存在 



いつも思うのですが、
人間を見抜くということは難しいことですね。

ヤスパースは幾度も書いています、
「人は誰も自分がそう見える以上の存在である」
「人は誰もがそう見える以上の存在である」

要するに、自分のことを正しく理解することは難しく、
まして人のことを正しく理解することはできない。
そうであればこそ、自分自身を考えるときも、
人のことを評価するときも、
自分が一面のデータしか持っていない可能性を
忘れないようにしたいものですね。

土手を整然と歩いて行く2人の男の影。
突然、後ろの男が猛然と駆け寄って、前の男を突き飛ばす。
誰が見ても、前の男から見ても、卑怯な不意打ち。
でも、実は、草むらからマムシが首をもたげ、
ぐっと身体をそらして、前の男を襲おうとしていた、
と分かれば、後ろの男は恩人だった。

そして、レンズを使う度に、同じことを考えます。
名レンズと言われるレンズであればあるほど、
撮る度に違う顔を見せてくれるようです。
レンズもまた、人がそうであると思う以上の存在らしい。

私がレンズについてこのように感じるのには、
しかし、特殊な事情があるからかもしれません。
私は、開放絞りで、最短撮影距離で撮ることが多い。
そうすると、レンズに一番無理をさせているようです。
そんな距離で撮るためには、ちゃんとマクロレンズがある。
それなのに、すべてのレンズをマクロ的に使う。
レンズに無理をさせているわけです。

レンズは、多くの人がやるように、
中間距離で、絞りも最適絞りで使う、という、
いわば、ベスト画像を得る方法では、
レンズは、いわば限界一杯に使われているので、
いつも、いわば「一番良い顔」を見せてくれるかもしれません。
これが、いわば表舞台での値打ち。

でも、人間と一緒ですね。
無理な状況に追い込まれたとき、
どんな風に無理に対応するか、窮境を脱するか、
これでレンズの、本当のとは言いませんが、
逆境での値打ちが分かるかも知れません。
たとえば、人間が突然予期せぬしくじりを犯したとき、
意想外の振る舞い、表情を見せる可能性があるように、
レンズも、一番ムリな苛酷な条件で使われると、
意表を突かれて、意外な画像を生み出してくれるかも知れません。

だとすると、私のブログは逆境での値打ちを確かめるための、
予測不能のハプニングイメージ集なのかも?
正面切って言えば、そんな感じですが、
私本人は、はっきり言って、ただの遊び。
冗談音楽というものがありますが、
ロボグラフィは、いわば、「冗談写真」なのでしょう。

セプトンを銀塩フィルムで使っていた当時、
私は、このレンズは、フォクトレンダーらしい、
貴公子の風貌をたたえた名玉と考えていました。
でも、ソニーα7でマクロ的に使う今思います、
このレンズ、全然違う顔を持っている!
かなり野趣に富んだ、懐のかなり深いレンズだなあ。




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# by Sha-Sindbad | 2017-11-20 11:54 | Septon50/2 | Comments(0)

1908 仮想レンズ(2017年9月15日セプトン50㎜F2が高畑町を爽やかに)2 一種の悟り



私の父は俳人でした。大学生当時から俳号を名乗り、
たった一回ですが、「ほととぎす」の巻頭にあげられたことが、
大きな喜びとなっていたようです。
いつも小さな俳句手帳を携帯し、
思いついたら、さっと書き付ける姿を記憶しています。

ボケもせず、80過ぎても、たとえば、「重臣たちの昭和史」
という浩瀚な、たしか2巻本をきっかり2日で読み上げました。
コピーライターだった弟が、大の本好きで、節税も兼ねて、
月10万円ほどでしたか、本を買いあさり、マンションを借りて、
書庫にして、どんどん父に提供していたのです。

何歳の頃からでしょうか?
外出することもほとんどなくなり、
シングルの安楽椅子に沈没して、好きなことをして生きました。
不動産と化したので、早晩、ボケるかと思いきや、
亡くなるその直前、おそらく10分前まで、ボケもせず、
自分で歩き回っていたのは、
俳句と読書の二本立てで頭を使い続けたせいかも知れません。

今、ふっと気づいたのですが、
私も写真を始めたのは大学1年生。
その後、一度もたゆむことなく、写真を愛し続けてきました。
やることは違っても、生き方は似ているのかも知れません。

今から考えてみますと、
私の場合、写真は「表現」ではありませんでした。
単純に、「喜び」「自己満足」の境地を出たことがなかった。
だから続いたのかも知れません。

「表現」にこだわる限り、作品作りとなり、
かつ、第三者の目を必要とします。
「自己満足」なら、自分以外の第三者に向かって表現するなんて、
まったくの想定外。
人の評価も、実のところ、論外。
私自身が満足しているのですから、第三者の目なんて邪魔なだけ。

私の2つのブログもそんな独り舞台でしかない。
最初の1年を過ぎると、誰か見に来てくれているか、など、
完全に無関心になり、それ以来、
(ほとんど来なかったせいもありますが)
たったの一度もアクセス数をチェックしたことがありません。
私は、いわば、思い切りのよい人間なのです。

私のような、ただの日記ブロガー、かなり居るのではないでしょうか?
今朝、今回の記事のセプトン写真を記事用に作り替えて、見直して、
思わずニンマリ。
これじゃ、見に来て下さいと頼み回っても、誰も来ないな。

未だに写真撮影の醍醐味に心を奪われているのは、
もしかすると、自分の愛する路傍の廃れ者たちを、
さまざまなレンズで変身させる喜びのせいだろう、
そんな思いを改めて強めています。

次第に財政が逼迫しはじめて、そろそろレンズやカメラを売らなきゃ、
そう思っていたのですが、
近頃、段々とその気持ちが薄れつつあります。
金がなきゃ、金を使うような撮影はしなきゃいいんだ、
愛するレンズたちを取っ替え引っ替え持ち出せば、
歩いて行ける範囲でも、飽きずに撮影を楽しめるじゃないか?
かなり久しぶりに持ち出したセプトンの写真を眺めて、
いわば一種の悟りに達した気持ち。




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# by Sha-Sindbad | 2017-11-15 22:53 | Septon50/2 | Comments(2)

1907 仮想レンズ(2017年9月15日セプトン50㎜F2が高畑町を爽やかに)1 皮肉な綱渡り



銀塩フィルム時代のニコンレンズ群は、
まさに報道カメラマンが偏愛したように、
白と黒のコントラストが効いたメリハリのあるタッチで、
リアリズムの極致とも言える画像を生み出しました。

現代デジタルカメラ時代のほとんどの超高性能レンズ群、
偶然の出会いを除いて、使ってみたことがありませんが、
古いニコンレンズを遙かに凌駕する、超リアリズム、
そんな感じがします。
銀塩フィルム時代の写真家たちも魅了する超高性能の描写力、
それは、人間の視覚を遙かに超えてしまった感じがします。

皆さん、写真家も写真愛好家も、
レンズの性能不足を嘆く必要がなくなって、大満足、
そんな感じがします。
もしかすると、人類の視覚も、デジタル時代のレンズによって、
研ぎ澄まされてきているのかもしれません。

そんな潮流の中で、私はどんどん置いてきぼりになりそう。
私には、そんな超精密画像が気味が悪くてならないのですから。

それなのに、私も銀塩フィルムを使う経済的余裕が不足して、
ソニーα7のようなデジタルカメラに完全に移行して、
精度はかなり不足している銀塩レンズたちで、
いわばハイブリッドな高精密ボケ写真で我慢せざるを得ない。
かなり皮肉な綱渡りという感じ。

セプトン50㎜F2は、銀塩時代でも高性能をうたわれたレンズ。
私はともかく、セプトンの方はデジタル時代にすんなり適応し、
デジタル写真ライフを私より気楽に楽しんでいる様子。




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# by Sha-Sindbad | 2017-11-12 23:59 | Septon50/2 | Comments(0)