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レンズ千夜一夜

<   2019年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧

2094 潜む者たち(2019年3月11日スピードアナスティグマート25㎜F1.5が高畑町奈良町を廻り)



あるところで、3年ほど会わなかった知人にばったり出会いました。
たった3年です、
相手が20歳台から50歳台までなら、
そう書いても、なんの支障も不具合も懸念もありません。
でも、70歳台だとどうなるか?
ほとんど同一性もないほどに老い衰えておられたのです。
なんだか仙人になりつつある、という感じさえしました。
もしかすると、1年1年の時の経過が、
一世代ほどもの変化を伴っているのかも知れない。

私から観て、相手がそうだとすれば、
相手だって、私を観てそう思うかもしれない。
そう考えると、さらに愕然とします。
そうであって、たまるか!!!
そう憤然と感じますが、相手だってそうでしょう。

先日、大阪の天満橋筋商店街を撮影したとき、
私が路地の入り口あたりで撮影していると、
やはり70過ぎのがっしりとした老人が通りかかり、
近くの雑草を指さして、
「元気で茂ってますなあ」
こんな風に気軽に声を掛け合うのが大阪人です。
私も、
「これが雑草ですよね。
どんな環境でも、絶対に生き抜くぞって、頑張ってますねえ」
彼、
「わしの方はあかんわ。
このごろ、足が弱なってしもうて」
観ると、ステッキを片手に持っています。
「膝がよくないんですか?」
こんな風にずけずけと踏み込むのが、大阪人です。
「いや、なんとのう弱ってしもて、あかんわ」
「それだったら、一にも二にも、歩きましょう。
どんなにゆっくりでも良いから、歩きましょう。
それから、朝起きたら、布団の上でいいから、
仰向けになって、自転車こぎをしましょう」
と、やり方を無理やり伝授。
これも大阪式です。
しかも、くどい。
「でも、最初から何回も続けたらいけませんよ。
ちょうどもうじき6月です。
6月1日に1回だけ、膝を自転車こぎしましょう。
あとはその日の数だけ、つまり、1回ずつ増やして行きましょう。
どこかこれで十分と思う数まで来たら、
そこで増やすのはやめて、毎日、その数だけ自転車こぎしてください。
そして、毎日、必ず散歩。
そうやって、体の衰えを自分でなんとか防ぎましょう。
たった一回の人生なんだから、
そう簡単に衰えてたまるか、という気持ちになってください」

いやあ、お節介もいいところですね。
これが大阪人です。
四海はみな兄弟、なのです。

かなり昔、
大阪の小さな商店街の年末の福引き光景。
いかにも庶民というおばちゃんが福引きのドラムを回しました。
係のお兄ちゃん、あくまでも明るく、
「残念でしたあ、
外れでーす。
はい、景品のティッシュペーパー」
すると、おばちゃん、こちらもあくまでも明るく、
「にいちゃん、もっかい(もう一回)させて。
今度は当たる予感があるねん!」
これが大阪のおばちゃんです。
縁もゆかりもない、町でばったり遇っただけのおっちゃんに、
健康法を伝授する私とほとんど変わりがありませんね。

ソウルの韓国人はどこか大阪人に似ています。
お節介で、ただちに誰とでも打ち解ける。
韓流ドラマを観ていると、外国とは思えません、
大阪人そっくりのやりとりによく出会います。
中国人はどうなのでしょう?
上海人はかなり大阪人に似ている感じがします。
でも、日本に入ってくる中国人は広大な大陸にまたがっているらしく、
振る舞いもレスポンスもかなり違いますね。
なんだかサラリーマン風のキビキビした男女もよく見かけます。
大阪に在住する人も増えてきているようです。
できるだけ大阪式を身につけてほしいものです。
でも、将来的には逆かもしれません。
日本人の方が中国的な行動様式を身につけていく必要が
出てくるかも知れませんね。

さて、今回は、本ブログには少ないCマウントシリーズ。
私の最愛のCマウントレンズの一つ、
スピードアナスチマート25㎜F1.5
もちろんオリンパスE-PL1に付けています。
私のブログも、めでたく孤島ブログに成りおおせたようです。
アクセスリポートは、最初の1年経過後はのぞいたことがない。
でも、人気がなくなりました。
私が親しくしていた人気ブロガーのサイトを久しぶりのぞきました。
何気なくリンク欄を眺めてみると、本ブログが抹消されていました。
要するに、接点がなくなったということでしょう。
彼が来ないなら、ほとんど誰も来ないでしょう。
誰もが忙しいのです。
何を言いたいかわからない駄文に付き合ったり、
なんの意味があるのか、時には、何を撮ったか判らない、
ただ撮影順に奇怪なロボグラフィが数知れず延々と並ぶのですから、
もはや、検索結果による間違い訪問以外にはアクセスはゼロでしょう。

よし、ますます書きたい放題、写真並べ放題!
こういう状態を「ますおさんの夢」状態と言いますね。
サザエさんの漫画で、
ご主人のますおさん、美女に襲いかかる巨漢を見つけ、
なぜか自分が夢の中にいることに気づき、俄然張り切ります、
「そうか、夢なんだ!
したい放題できるぞ!」
そして、巨漢をぶっ飛ばしちゃうのです。
私のやっていること、これそっくりですね。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-25 17:53 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2094 小形ながら大物(2019年2月18日キネタール37.5㎜F1.8が西大寺をぐるりと視野に)



私のもう一つのブログ、「わが友ホロゴンわが夢タンバール」では、
キネタール50㎜F1.8をちょうど特集中です。
もう一本、キネタールを持っています。

    25㎜F1.8。

アリフレックス仕様と成っています。
ただし、このアリフレックスマウント部が改造されて、
Cマウントアダプタになっています。
したがって、使えるボディは違うのですが、
いずれも切れ込みの鋭い、鮮鋭そのものの描写が特徴。

レンズは、アリフレックスのボディ底深くに鎮座して、
異常に長いフードに守られている姿。
おかげで、フレアゼロの明晰な画像が得られます。

オリンパスE-PL8に装着しますと、
レンズとボディが1対1というバランスで、
左手にレンズボディがピタリとフィットして、
いかにも仕事をします、という壮観なスタイル。
大いに気に入っています。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-22 22:42 | Kinetal37.5/1.8 | Comments(0)

2093 典麗!(2019年1月26日ヴァリオペッツ50㎜F2.3が大阪西九条を生き生きと)



私は写真趣味の40数年の間、
実のところ、一部の例外を除いて、
現代のレンズを使ったことがありません。

1991年夏、スリランカ旅行をしたとき、
妻のキャノンEOSにズームレンズ2本を借りました。
生まれて初めてのオートフォーカス一眼レフでした。
実は最後のオートフォーカス一眼レフになるのですが、
実にスムーズに撮影できました。
でも、これが肝心なことですが、ちっとも楽しくない!

被写体を発見し、さっとレンズを回して、
手動でフォーカスをびしりと決める、
そんなスリリングな行為が撮影だと思っていたので、
その一番肝心な部分が抜け落ちたオートフォーカスでは、
写真を撮るという行為の快楽を完全に欠いている、
そう感じたからです。

撮影結果はとても楽々と撮れたという感じで、
EOSのレンズには、私が求めるようなスリリングな意外性も、
そのレンズならではの独特のコクもありませんでした。
これに懲りて、現代のカメラ、レンズは二度と使いませんでした。

例外は、コンタックスT2、ミノルタTC-1のような超小型カメラだけ。
これらのレンズは特別でした。
歴史的名レンズに匹敵する独自の個性があったからです。

というわけで、現代レンズは使わない主義なのですが、
それなのに、宮崎貞安さんのレンズだけはかなり沢山使い続けています。
私が知る限りでは、現代でも有数の独創レンズ作家です。
宮崎貞安さんのレンズも、古典的な名レンズたちに比肩する、
まさに「現代の古典的名作レンズ」の個性とコクに満ちた画像を
プレゼントしてくれるからです。
とりわけゾンネタール50㎜F1.1Softは、
私のお宝レンズベスト5に出たり入ったりという超名作。

そんな宮崎さんが最近新シリーズを展開しておられます。
「古典的名レンズの復刻シリーズ」

私は、上記のゾンネタールあたりからでしょうか、
宮崎貞安さんのレンズ制作の試作品の実写テストを
お手伝いさせていただいて、稀な幸運に恵まれたと、
常々、感謝して来たのです、
本シリーズに入って、感謝の気持ちはさらに増しています。
なぜって、宮崎さんのお作りになる復刻シリーズは、
1本1本、見事な傑作なのですから。
ヴァリペッツ57㎜F2で、本シリーズが佳境に入った、
そう感じています。

レンズ史上を彩る最初の名レンズがペッツヴァール。
その復刻版50㎜がこのヴァリペッツ57㎜F2。
すでに5回試写結果を本ブログに掲載していますが、
6回目になって、大変嬉しい状態となってきました。
私がこのレンズを使い慣れたのでしょうか?
今回の撮影結果を一言で言えば、
典麗!
そうとしか言いようのない麗しい描写。
とにかくじっくりご覧頂きましょう。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-20 18:39 | Variopetz57/2 | Comments(0)

2092 感謝(2018年12月9日パンタッカー50㎜F2.3が大阪西九条を生き生きと)



写真家吉田正さんの写真教室の受講を辞めて、かなり経ちました。
吉田さんの語りに心を奪われることもなくなったわけでもなく、
教室の皆さんの個性溢れる作品たちに接して、
驚嘆することがなくなったわけでもありません。
ただ、私の人生の時間がどれだけあるか、
神様しか知らない。
だから、私としては、もうほとんど残っていないことを常に前提して、
それでもなお私がやりたいことをやりたい、残り時間のすべてを自分一人で使いたい、
そんな気持ちになったのです。

ある意味で惜しいのですが、
私を動かしたのは、「西は西、東は東」の原理だったわけです。
写真家の世界、写真家を志望する人たちの作品世界、
それはかなり以前から私の世界と遠く隔たっていたのです。
私はそれに気づきながら、私の人生を楽しく彩ってくれるのではと考えて、
受講を続けてきたのですが、
私の写真に対するスタンスを正当化するファクターはついに見つからないと、
最終的にはっきりと見極めがついたのです。
私のプライベートな記憶の写真は、
パブリックな作品プレゼンテーションを目標とする写真家の写真と、
どこにも接点がなくなった、ということなのでしょう。

でも、実のところ、
私のような個人的スタンスで写真を楽しんでいる方の方が多いでしょう。
写真家志望の皆さんの写真世界はむしろレア。
大抵の人は自分の個人的なスーベニアとして写真を心の底から楽しんでいます。
私が今更ながら気づいたのは、私は自分のスタンスを意識しながらも、
仲間ほしさに、写真歴の大半を写真クラブで過ごしてきたのは、
時間の無駄ではなかったとしても、
一種の贅沢にすぎなかった、ということでした。

今年の四月以来、人に写真を作品として見せることを完全に止めて、
ブログ日記に掲載することに専念するようになって、
私は自分の精神が浄化されたという気持ちさえ感じています。

思い出すのですが、遙か昔から、
私は自分の写真を賞賛されると、かなり奇妙な気分になることに気づいていました。
ということは、つまり、私は写真歴のかなり昔から、
パブリックな作品作りへの動機を失っていた。
じゃ、なんだったのだ?
その写真を撮ってくれたレンズへの感謝、
その情景を記憶できることの喜び、
これだったようです。

どうやら、と言うより、間違いなく、
私は変人なのでしょう。
おそらく私は写歴45年を超えて、
アマチュア写真家のほとんどの方よりも沢山写真を撮ってきたように思います。

でも、正直なところ、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、ですね。
私のような撮り方だと、ロボットにホロゴンを渡して、
奈良町を1時間撮らせたら、私のと区別の付かない写真がずらりと並ぶでしょう。

10年ほど前でしたか?
心斎橋の画廊で8歳の少年写真家の写真展を観ました。
画廊を出てきたとき、友人たちが口々に言ったことは、
「ホロゴン写真とそっくり同じですね」
つまり、誰でも腰あたりにレンズを下ろして水平に撮ったら、
撮れるものは一緒なのです。
私が写真家的な作品作りをしていなかったことはこのエピソードで証明済み。

私が一種のレンズ収集家、愛好家になったのは、
今から12、3年ほど前でしょうか?
Cマウントレンズの快楽に出会ってからのことのようです。
レンズの数だけ、少しずつ肌合いの違う写真が撮れるようになりました。
どのレンズでも、私の好みの場に行き会わせて、
そのレンズにふさわしい距離まで接近して、
液晶画面拡大のピント合わせだけで撮っているのですから、
レンズの数だけヴァリエーションは在っても、
基本的な調子は「行き当たりばったり」式という点で不変。
写真家の皆さんは私の本質をとっくの昔に見抜いてしまわれました。

写真家の基本的なメルクマールは、
「他の人には撮れない作品を創造すること」
ではないでしょうか?
一方、私の写真に一貫して流れるメルクマールは、
「誰でも撮れる、
だけども、誰も撮りたいとは別に思わない」

こんな風に自覚できると、私はますます元気いっぱいになれるのです。
じゃ、少なくとも、人まねだけはしないで済んでいるんだ。
こうして右顧左眄せず、自分の心覚えとしての写真だけを撮り続けている、
この首尾一貫性を自画自賛したくなるのです。
今回もパンタッカーレンズの快楽に浸りきっていますが、
「行き当たりばったり」式の基本的な調子は不変です。
パンタッカーというレンズ、
アストロ・ベルリンという映画会社の、
おそらく民生用の主力レンズなのでしょう。
とても個性的な空気感、真理空間を演出してくれます。

写真作品用レンズとしては癖がありすぎと言えるでしょう。
でも、私のように自分の記憶のために写真を撮る人間には、
心の底から愛したくなるようなコクをにじみ出させてくれます。
とくに50㎜がそうです。
私にとっては、ホロゴンに次ぐ、私の人生レンズ。
でも、アストロ・ベルリンのレンズはみんな同じ雰囲気です。

 どこか翳りのあるプライベート空間の演出

私のようなロボグラファー
(これも造語です。ロボグラフィを撮る人、という意味です。)にとって、
自分が出会った場所がどこか独特の様相を呈する状態で記録化できる、
これは痺れるほどの喜びなのです。
自分自身が体験したスペシャルな空間の描写。
それなのに、他人から見たら、
「これがどうしてスペシャル?」
このズレが私をますます痺れさせてくれます。
「独りよがりの美学」というわけです。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-17 23:08 | Pan.Tachar50/2.3 | Comments(0)

2091 大和路(2019年2月4日キノプラズマート25mmF1.5b手に西大寺に移り、ますます幸せ)



人生の過ごし方って、人によって、多種多様ですね。
これが人生にとって価値ある本当の過ごし方だ、
なんて万人に等しく価値のある過ごし方などありません。
たとえば、なにかを鑑賞したい。
人生に価値あるものを鑑賞したい。
じゃ、なにを鑑賞するか?
これも人それぞれ異なる回答をするでしょう。

「モナリザだ!」
そうおっしゃる方もいるでしょう。
でも、ルーブルに毎日毎日通い、開館時間から閉館時間まで、
「モナリザ」の前に陣取って、
対面し、対話し続けるのも素敵なことですが、
それだけが本当に人生に価値あることでしょうか?

人生とは生きることです。
どんどんと移りゆく時を過ごすのです。
一つのことからすべてを想像し、さまざまに創造できる人ならいざ知らず、
私たち凡人は一つのことをいつまでも続けるわけにはいきません。

私がたどりついた結論は実に簡単です。
今、私がやりたいと思ったことを今この場でやる、
観たいと思ったことを直ちに観る、
それで良いのじゃないか?

こんな説もあります。
誰も四六時中価値あることをすることはできない、
本当に価値ある行為とその準備のための行為とを交互に重ねる、
それが価値ある人生だ、という考え方もあるでしょう。

でも、「価値ある人生」って誰にとってのか?
こう考えると、私はどうしても、人のため、世のため、なのであると、
大上段に構えることができません。
それは結果的にプレゼントされるもの、というスタンスで良いのじゃない?
まずはひたすら自分のために生きればよい、いや、そうしかできない、
私はそう考えます。
世のためになるけど、自分のためにはならない行為を無理して行うなんて、
かなり病的ではありませんか?

さしあたり、ロボグラフィが世のため人のためになるとは考えられません。
でも、私が平気でロボグラフィのために沢山の時間を割けるのは、
世のため人のためになんか今更がんばりたくない、
という気持ちがあるからでしょう。
こんな風に考えますと、大きな価値ある行為だけではなくて、
日常のすべての作業も人生に価値のある行為だと考えたいものです。

ほんのときたま、自分のブログ記事を読み返すことがあります。
そんなとき、初めて自分の写真を並べたままの姿で観るのです。
人に見せるために撮っていないから、
写真家さんたちの作品とはまったく異質です。
友人から笑われました、
「人に見せたっていいじゃない?」
私も人が観ることは全然気にしていません。
でも、人が観ることを念頭に置いて、写真になにかしら意味を与えたり、
優れた写真作品らしい美観を演出したり、なんて、
写真家がしているような煩わしいことはしたくない。
人が観たっていいけど、わざわざ見せたいとは一切考えない。

その一環として、美しい構図の写真を撮るための努力は一切払いません。
私がノーファインダーで撮り、ピントを合わせる必要がある場合でも、
拡大画面で合わせた瞬間、いきなりシャッターを落として、
全体像に画面を戻して、構図をチェックしたりしないのは、
自分であれ、他人であれ、後で写真を見る者がどう感じるかなど、
まったく考慮しないで済ませているから、
いわば待ったなし、自由気ままに撮影を楽しめるからです。

推測するに、どうも写真歴の最初の12年間
モノクロームで撮っていたときの気持ちを持ち続けているらしい。
当然ながらナチュラルな色つきイメージを前にして、
シャッターを切ると、その写真は、
私が肉眼で見たイメージとまったく異質な白黒画像に一変しているのです。
その変換のミラクルが写真の醍醐味でした。
カラーの濃度と白黒のグラデーションの濃度はまったく違います。
だから、肉眼の視覚像とモノクローム写真とは異質そのものなのです。

本物の写真家は、肉眼で見ただけで、作品をイメージできるのだそうです。
私は、当時も今も、そんな芸当はできません。
すべて行き当たりばったり。
撮れた結果はすべてレンズの贈り物。
これもまた一つの人生の喜びなのです。

キノプラズマート25㎜F1.5も、
私にとっては、人生の喜びの源泉の一つ。
なぜ?
どう撮れるか?
何年撮り続けても、予想できないのです。
結果がよいときもよくないときもあります。
でも、どんな写真もみんな私の写真、そう納得できる独自性があります。
退屈な写真、まともな写真など一枚もない。

でも、他の人から見たら、
退屈でない写真、まともでない写真なんか一枚もない、
ということなのでしょうね。
そのギャップがまた私をわくわくさせてくれます。
私は人と一緒のことなど、できたら、したくないので。





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by Sha-Sindbad | 2019-06-13 22:02 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

2090 エキササイズ(2019年1月13日パンタッカー75mmF2.3で奈良町撮ると、幸せな気分に)エクササイズの日々



アーシングを始めて以来、かなり絶好調気分。
疲れを感じず、翌日に疲れが残らないのです。
もちろん水素吸引も含めての毎日のエキササイズにも
大きな貢献を見ることができますが、
とにかくアーシングの効果は絶大。

朝の儀式を書いておきますと、
目覚ましがなったら、即座に目が覚めます。
まず布団の上で両足を突き上げ、
ぶらぶらと揺さぶり運動。
これによって、体の端に貯まった血液を中央に戻します。
まあ、そういう効果があると聴きました。

ほんとかどうかは知りませんが、
これで確かにすかっとして、さっと起き上がり、
側のヨガマットに移り、
上に置いたストレッチポールで、
ポールを横にし、縦にし、各40往復ゴロゴロ転がって、
背骨を伸ばします。
これはかなり効果的という感じがします。
終わると、さっとポールを脇に立てて、ヨガマット上、
20分間十数種類の自分で考案したストレッチを、
ゆっくりとした速度で楽しみます。
これらの運動で全身かなり柔らかくほぐされ、
血流もぐんぐんと流れをよくしてくれる、そう信じています。

朝食は洋式にパンと紅茶とシリアル。
シリアルは2種類、これに干しぶどうとバナナ半分、
ミルク、ヨーグルトをミックスして、これが主体。
美味しい朝食を済ませ、洗面をします。
退職すると、髭を蓄える方がかなりおられます。
私は貧相がなおさら貧乏たらしくなるので、
きちんと髭を剃ります。
その都度、櫛の歯をやわらかティッシューで拭い、
(まだ生きているようなものです。
水分は厳禁だそうで、おそらく頭髪の油が命の素)
これで朝の支度が完了。

そのあと寝室に戻り、
夫婦の寝具を畳んで押し入れに収め、
(私は寝具を①一ひねり、②二つ折りの手順で、
瞬時にきちんと畳むことができます。
何十年とやってきたので、当たり前。
寝具を押し入れに収めるのも運動の一種)
そして、昨夜洗った食器を食器棚や棚にきちんと収め、
朝食の食器を洗い、食卓を整理して、
朝の作業、終わり!
大体40分かかります。

でも、まさに流れ作業ですが、一つ秘訣。
寝室の整理にかかった後は、可能な限り、
コードレスイヤホーンを耳にセットし、iPhoneのYouTubeで、
ナショナルジオグラフィックのHistory Channelのような、
啓発的な番組に耳を傾けながら、作業するのです。
沢山収集した老読本を聞くこともあります。
これでますます元気が出るので、退屈せず、
はかどる作業を毎日重ねることで、流れ作業が身につきます。

実はこれ、すべて老化防止策。
たいてい、これらの作業が済むと、
アーシングウッドに出かけます。
アーシング、撮影、浄化、運動、幾重にも役立ちます。
こんな神秘の森(と言っても、小さなものですが)が、
我が家から徒歩数分で、しかも誰にも出会わず入り込めるのです。
天の恵み、それ以外にはありません。

ある朝、
その森に入る道(バス道から神域をぐるっと半周する迂回路)で、
溝に落ちた椿の花を撮っていると、
ときどき出会う60年配のがっしりとした男性が、
にこにこ笑いながら、尋ねてくれました、
「なにか良いものがありますか?」
こんな風に人に笑顔を見せることができる人には、
ほとんど出会いませんね。
うれしくなって、
「この神域で出会うもの全部がいいですよ。
この椿を見てください。
もう溝に落ちてしまったけど、
まだ嬉しそうに頑張っているじゃありませんか?
我々みたいなものです」
その人、ますます笑って、別れました。
この人とはその後も会うたびに10分ほど立ち話をします。
彼だけです。
笑顔一つ見せず、挨拶もしない人がほとんど。
大阪の下町とは大違い。

退職したとき、ほとんどの人は、どうやら、
「ああ、これで私の人生も下り坂になった。
納め時に近づいたなあ」
私は違いました。
職員たちに拍手で送り出された瞬間、感じたことは、
「ああ、これで自由になった!
これからがぼくの人生だ!」
何十年という職業生活で、やることはやった、
でも、社会への貢献はこれで終わり!
あとは自分のために生きるぞ!
それが私が待望した瞬間だったわけです。

どなたにもそんな気持ちは大なり小なりあるのでは?
でも、自分の職業、社会的地位を自分と思ってしまった人には、
「生身の自分こそ本当の自分で、
職業、社会的地位なんて、ただの衣服に過ぎない」
と考えるのはとても難しいようです。
私は、職業に就く前に、大先輩の講義を受けました。
「君たちねえ、みんなが君たちに頭を下げるだろうけど、
それは君たちの職責に頭を下げてるだけで、
君たちに本心から敬意を払っているんじゃないよ。
そのことを一生忘れちゃいけないよ」
私は、記憶力は抜群に悪いのに、
このときの先輩の表情、言葉はけっして忘れませんでした。
今でも、その場の情景をくっきりと思い出します。
それは底の底から私を粛然とさせる体験でした。
人生の恩人の一人だった、私はそう考えています。
彼の言葉は一生役に立ちました。

よく考えると、私の人生って、こんな恩人たちのお陰で、
なんとか保っているようなものですね。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-08 23:32 | PanTachar75/3.5 | Comments(0)

2089 幻のレンズ(2019年5月27日ヴァリオプラズマ50mmF1.5が大阪本町の繁華街を楽しんだ)



ツァイスにあって、テッサーやプラナーというような
レンズ史に燦然と輝く名レンズたちを設計したパウル・ルドルフが、
ツァイス退職後にフーゴ・メイヤー社に就職して作った
映画用レンズの一つがキノプラズマート。
各種の焦点距離があります。

近年におけるレンズ研究の金字塔は、
岡田祐二さん、上野由日路さんの近著、

  35㎜判オールドレンズの最高峰「50㎜f1.5」

私家版で、発売後速やかに完売と成ってしまったようで、
まさに幻の名著と成りそうです。
その第2章に名レンズ30本の詳細な紹介がなされていますが、
その冒頭が本レンズなのです。

その紹介文が名文。
はるか東に向かって一礼して、岡田さんの許可を得たことにして、
引用させていただきます。
(ただし、段落はブログの都合上、
自由に改行させていただきました。)

「キノ・プラズマートによる写真は自分自身の内部での写真というものへの見方を
根本的に変えてくれたと思う。
絞り開放での「ぐるぐるボケ」は
あたかもこのレンズの代名詞のように言われるぐらい有名であるが、
ペッツバールレンズでの周辺の強烈さとも異なるユニークなものであるし、
f8くらいまで絞り込んだときに、
ピント部分に現れる粒子が輝くような描写は何物にも代えがたい貴重な財産である。
一枚一枚の写真がどのような描写で現れるのか心が弾んだ。
そして、それと同時に同時代の古典レンズに対する興味が沸々と湧き出てくるのを感じていた。
これがまさに「レンズ沼」への入り口であり、
結局著者はその沼に引きずり込む案内人として、
もっとも強力なレンズを最初に選んでしまったわけである。」

なんと岡田さんの原点がこのレンズだったとは!
ますますこのレンズに魅力を感じさせてくれた文章です。

すでにこのレンズを入手できた「選ばれた人たち」以外の人間には
オリジナルのキノプラズマートを手に入れることは
完全に不可能となってしまった現在、
この幻のレンズの玄妙なる世界を実体験できる人はいません。
でも、その世界をほんの少しでも覗いてみたい、
キノプラズマートとは完全に別種でもいいから、
一種独特な幻惑描写の片鱗を味わってみたい方は、
私一人ではないでしょう。

宮崎さんの復刻版、ヴァリオプラズマ50㎜F1.5は、
キノプラズマートのレンズ設計を踏襲しています。
オリジナルキノプラズマートの魅力を忠実に再現することまでは、
宮崎さんご自身、期待なさっているわけではありませんが、
使ってみて、十分納得できます。
現代レンズには決して実現できない
独特のレンズ表現に出会うチャンスを与えてくれるレンズ、
そう言うことができそうです。
やっぱり使ってみたいじゃありませんか?

大阪の本町界隈を1時間ほど撮影しました。
その作例をご覧頂きましょう。

上記の本の作例はプロの写真家がお撮りになっています。
実に精密にして濃厚なる表現ですね。
どうやら現代の写真処理の可能性を最大限活かした再現です。
一方、私はまず、ど素人の小手先写真である上に、
ソニーα7の撮影スタイルを「スタンダード」にして、
そのコントラスト、彩度、シャープネスをすべて最低に落として、
JPEGで撮って、濃度を揃えるだけの処理で、アップしています。
もちろん、全写真、ノートリミング、ノー編集です。
できるだけ銀塩フィルム時代の写真に近づけないと考えているからです。
だから、上野さんの高品位の写真とは比較にならない位、低品位。
これは私の2つのブログのすべての写真に言えることですが、
私としては、これでもまだデジタル臭い、と感じられるのですから、
どうやら時代遅れの人間らしいですね。
そんな時代遅れの素人がヴァリオプラズマ50㎜F1.5を楽しんでみたら、
こんな写真になった、という気楽なスタンスで、
ニューレンズの試写をお楽しみください。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-05 22:48 | VarioPrasma50/1.1 | Comments(0)

2088 意外性(2019年1月12日クックシネマ25㎜F3.5と新大阪の相性は抜群)


クックという会社、よく知りませんが、
映画用の名レンズをかなり沢山作っているようです。
クックシネマ25㎜F3.5はおそらく素人用でしょう。
まさにパンケーキ型の小型レンズですが、
これがなんとドラマチックな表現力の持ち主。

ミッシャ・エルマンというヴァイオリニストが昔一世を風靡しました。
晩餐会だったでしょうか?
まさに宴たけなわとなったとき、
司会者がゲスト演奏家として、エルマンを紹介しました。
現れた冴えないぶ男に女性たちはがっかりしました。
でも、ひとたび演奏が始まると、
女性たちは完全にエルマンの虜となってしまったそうです。

クックシネマ25㎜にはそんなエルマンの趣きがある、
と言いたくなります。
奇妙な形の冴えない小型レンズです。
でも、なんだか独特の実在感と立体感溢れる画像をプレゼントしてくれます。
どこにそんな独創的な創造力が潜んでいるのか、
つくづく不思議になります。

長い間、さまざまなレンズと親しんできましたが、
レンズって、つくづく人間に似ている、という気がしています。
外観が立派なレンズが名レンズとは限らない!

昔、東京地検の特捜部で活躍した検察官に会ったことがあります。
彼、曰く、
「これまでの人生で一番立派な容貌、風采の持ち主に二人出会いました。
二人とも詐欺師でした」
その一人は昔「ほらの吹原」の異名を取った人物でした。

ただし、この検事さん、人生で一番優れた人柄の人物って、
どんな容貌、風采であったかは語りませんでした。
当たり前ですね。
さまざまな遺伝、環境、人生の中で容貌、容姿は
次第にかたちを現すものでしょうから。

私に言えることはただ一つ。
「人を見かけで判断してはいけない」
これだけです。
レンズがまさにそうですね。

このクックシネマ25㎜F3.5、
見かけはまったく無様だけど、
性能はまさに抜群。
使えば使うほどに、
このあたりのアンバランスがこのレンズのチャームポイントになっていく、
そんな妙味がこのレンズの魅力かも知れません。

蛇足ですが、
上記の検事さん、鬼の特捜検事とはとても思えない、
雛人形のお内裏様そっくりの頼りなさげな容貌でした。
ま、他人のことなど言える身ではありません。
私も容貌風さいはまるっきり冴えませんねえ。
でも、クックシネマ25㎜F3.5並に、
人間性の方は抜群、なんて言うつもりは全くありません。

ついでに、もう一つ、私が感じる特徴を書いておきましょう。

  人間もレンズも一緒。
  いつも同じパフォーマンスとは限らない。
  人間だって、レンズだって、
  調子の良いときもあれば、悪いときもある。
  だから、飽きずに付き合えます。



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by Sha-Sindbad | 2019-06-04 22:56 | CookeCinema25/3.5 | Comments(0)

2087 隠れ道(2018年12月16日タンバール90㎜F2.3が鹿野園町の里をほんのりそぞろ歩き)



世界中に理想郷伝説があります。
そして、その理想郷に付けられた名前が、
それぞれにみんな素敵な響きですね。

   トマス・モアの「ユートピア」
   ケルト神話の「アヴァロン」
   プラトンの「アトランティス」
   聖書の「エデン」
   コールリッジの「ザナドゥ」
   チベットの「シャングリラ」
   南米の理想郷「エル・ドラード」
   ギリシア神話の「アルカディア」と「エリュシオン」   
   陶淵明の「桃源郷」
   ケルト神話の「ティル・ナ・ノーグ」
   琉球神話の「ニライカナイ」

どれもこれもうっとりとさせる語感ですね。
満たされぬ現実の苦しみにあえぐ人々が、
いつか悲惨から逃れて、平安に包まれて暮らしたい地、
唇と舌を転がしてみてください。
そっとつぶやくにふさわしい、やさしい響きばかり。
世界中の人たちが、憧れに満ちた思いでそっとつぶやける言葉にふさわしい、
あたたかく優しく潤いに満ちた語感は格別の味わいですね。
カキクケコ、ガギグゲゴは、ほとんど含まれていません。
刺激的な語感を感じさせるのでしょうか?

クラシックレンズの命名にも同種の命名原理が働いている感じがします。
「憧れに満ちた語感」
私の最愛のレンズ2本も完全にこの原理に合致しています。

   ホロゴン
   タンバール

ひさしぶりに、そのタンバール90㎜F2.2を使いました。
意味不明のロボグラフィばかりですが、私にはとても心安らぐソフト描写。
やっぱりタンバールって、いいな...
そっとため息。




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by Sha-Sindbad | 2019-06-02 15:40 | Thambar90/2.2 | Comments(0)