レンズ千夜一夜

<   2017年 12月 ( 10 )   > この月の画像一覧

1918 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)2 秋たけなわ


かなり以前の撮影をまだ引きずっています。
つまり、それ以降、ブログ掲載待ちの写真たちが行列。
かなり季節感がずれてしまっています。
でも、はしょる積もりはありません。
数ヶ月も経てば、そんなことはどうでもよいことになります。
レンズたちを平等に扱ってあげなきゃね。

さて、今回は、Cマウントレンズの白眉、
スピードアナスチグマート25mmF1.5が撮った飛鳥路。

レンズは化けますね。
あの春風駘蕩、茫洋たるボケレンズが、
オーソドックスな優等生レンズに!
こんな変身がどうして起こったか?
私にはまったく心当たりがありません。
まあ、いいでしょう。
それがスピードアナスチグマートの包容力なのかも?





b0226423_12390277.jpg
b0226423_12390889.jpg
b0226423_12391451.jpg
b0226423_12392031.jpg
b0226423_12393189.jpg
b0226423_12394510.jpg
b0226423_12395055.jpg
b0226423_12400754.jpg
b0226423_12401478.jpg
b0226423_12402107.jpg
b0226423_12402861.jpg
b0226423_12403553.jpg
b0226423_12404119.jpg
b0226423_12404728.jpg
b0226423_12405395.jpg
b0226423_12410764.jpg
b0226423_12411345.jpg
b0226423_12411988.jpg
b0226423_12412695.jpg
b0226423_12413378.jpg
b0226423_12413921.jpg
b0226423_12414629.jpg
b0226423_12415354.jpg
b0226423_12420246.jpg
b0226423_12420989.jpg
b0226423_12421473.jpg
b0226423_12422002.jpg

b0226423_12422614.jpg





by Sha-Sindbad | 2017-12-30 12:43 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1922 号外4(2017年12月27日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3とモンチッチ)


ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3を使えば使うほど、
画像のあたたかさに身上があるのかもしれない、
そんな感じがしてきます。
立体感と色あいがそう感じさせているようです。

レンズにあたたかさを求めても、仕方がないじゃないか?
そうお考えの方も多いかも知れません。
良いレンズというものの価値、役割は、
完全にニュートラルな再現性にある、
撮影者が主体で、レンズは道具に過ぎない!
そんな考え方です。

私は、写真を始めてからずっと、別の考え方をしてきました。
レンズは伴侶であり、パートナーである、
それが私の偽らぬ気持ちです。

皆様(男性に限定)の伴侶(女性に限らない)もそうでしょう、
けっしてあなたの手の平にはりませんね。
それがいやだ、とお考えの向きもあるでしょう。
私は違います、そう簡単に手の平にるような伴侶では、
長い人生を共にする価値も甲斐もない、そんな感じがします。
私の伴侶など、私の手の平にるどころか、
油断すると、私を自分の手の平に載せようとするので、
まあ、逃げるのに骨が折れます。
でも、逃げている、というのは私の幻想かも知れない、
そんな幻想を醸し出しつつ、私を自分の手の平で踊らせている、
それが真相かも知れません。

レンズもかなり似ています。
おいそれと神髄、性能を見抜けるようなレンズなんて、
撮影を共にする伴侶には不足ですね。
私がレンズに望みたい理想は様々であり、
ときにはレンズによって異なることがありますが、
少なくとも、温かさとメタモルフォーゼ、
この2つは求めたいですね。

Histrio-Prot40mmF6.3、
このレンズはどうやら私の基準に合格、
そんな気がしてきました。



b0226423_22002276.jpg
b0226423_22035009.jpg
b0226423_22040299.jpg




by Sha-Sindbad | 2017-12-29 22:26 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1921 号外3(2017年12月22日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3奈良三条通を駆け抜けた)2


与謝蕪村の画文集を楽しみました。

   「蕪村 放浪する「文人」」(新潮社)

そのラストに写真家野中昭夫の作品群と秀句とを組み合わせています。
誰がしたのか知りませんが、写真と句との対比が見事です。
主に望遠レンズを活用した風景写真、
これが写真なんだなあ、そんな感じがいかにもして、
見事な写真作品です。
芸術新潮のスタッフ・カメラマンとして長年活躍した人で、
写真家としての確固たる地位を築いている方のようです。

写真愛好家の99.9%が異口同音に言うでしょう、
  「いいな!
   素敵だな!」

私もそう言います。
でも、写真家に申し訳ないけど、頁を閉じた途端に、忘れます。
なぜ?
撮影者である写真家の心がどこにも感じられないからです。
感じられない私に問題があるのかも知れません。
でも、とにかく感じられないのです。

偉大な風景写真家たちの作品のほとんどは、
遙かに劣った性能のレンズたちで撮っていますが、
被写体と向かい合って立つ写真家の心が直に感じられます。
写真を通じて、写真家の心と直にふれあうことができます。
撮影時の気分も感じられます。
アンセル・アダムズ、エドワード・ウェストン、入江泰吉、
みんなそうです。

私の勝手な憶測ですが、
現代の最高級レンズたちは、完璧無比の画像というスクリーンで、
写真家の心を覆い隠してしまうのかも知れません。
なぜ?
肉眼を遥かにしのぐイメージだからです。
私たちは、少なくとも私は、
現代の写真イメージのようには外界を見ていないし、
そんな風に見たいとも思っていない。

そもそも私たちはパンフォーカスの目なんか持っていない。
本当に見たいものに注意を集中して見ています。
あとはバックグラウンドの役割でそっと控えておいて欲しい。
(念のため。
ホロゴンはもちろんパンフォーカスです。
でも、写真をご覧になったらお分かりになるでしょう。
写真中心部は縁辺部の8倍の明るさがあります。
そのお陰で、視線は常に中心部に集中する仕掛けになっています)

前置きが長くなりましたが、
じゃ、ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3はどうなんだろう?
現代レンズに劣らない描写性能を示している、
そんな感じがします。
でも、こうして何十枚も並べて見て感じるのですが、
いや、そうなんだけど、やっぱり古典的なたたずまいがあって、
画像は確かにシャープだけど、
現代レンズほどの超絶リアルではありませんね。
そして、背景は背景らしくそっと脇役に廻ってくれる、そんな感じ。
現代レンズとは一線を画する個性がありそうです。




b0226423_21445593.jpg
b0226423_21450203.jpg
b0226423_21450847.jpg
b0226423_21451563.jpg
b0226423_21452117.jpg
b0226423_21452868.jpg
b0226423_21453418.jpg
b0226423_21454365.jpg
b0226423_21455134.jpg
b0226423_21513727.jpg
b0226423_21514476.jpg
b0226423_21515025.jpg
b0226423_21520790.jpg
b0226423_21521389.jpg
b0226423_21522016.jpg
b0226423_21522621.jpg
b0226423_21523216.jpg
b0226423_21523934.jpg
b0226423_21524771.jpg
b0226423_21525290.jpg
b0226423_21530186.jpg
b0226423_21531005.jpg
b0226423_21531683.jpg
b0226423_21532424.jpg
b0226423_21541562.jpg
b0226423_21542196.jpg
b0226423_21542836.jpg
b0226423_21543494.jpg
b0226423_21544044.jpg
b0226423_21544619.jpg
b0226423_21545242.jpg
b0226423_21550165.jpg
b0226423_21550886.jpg
b0226423_21551797.jpg
b0226423_21552454.jpg
b0226423_21553222.jpg
b0226423_21553885.jpg
b0226423_21554745.jpg
b0226423_21555423.jpg
b0226423_21560533.jpg





by Sha-Sindbad | 2017-12-28 21:57 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1920 号外3(2017年12月22日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3奈良三条通を駆け抜けた)1



本レンズの本名はこうです、

  「HISTORIO-DAGONAR6.3-40 Collction NO.2 BL S」

この名称で、宮崎貞安さんがレンズ愛好家たちの知性を
かなり高めに評価しておられることが分かります。
私は落第。
ちょっと覚えきれませんね。

宮崎さんの制作コンセプトはこうです、
「ゲルツのダゴールの現代的復元を追求。
ダゴールは1905年、フォン・フーフによる設計。
ゲルツ社から発売された。
暗いレンズであるが、その高性能はトリプレット・テッサーを
はるかに上まわり、スタジオ用、風景等作画用として
高い評価を与えられた。
当時のガラスが次々と生産中止の中運良く入手可能であり、
復元設計ができた。
使用した硝材2種が近々なくなるため、
当レンズが最後のレンズとなると思う。
解像力、コントラストは前作プロターを10~15%上まわり、
開放で10μ以下、f8以上では5〜8μ像に達する」

このような歴史的名レンズがMマウントレンズとして復元され、
ソニーα7のようなミラーレスで使えるのですから、
まさにレンズ愛好家冥利に尽きる、というところです。

今回は、前回の続き、JR奈良駅に帰り着いて、
近鉄奈良駅までロボグラフィ散歩。
40分程度で、90枚撮影しました。
次第にダゴールらしい晴朗なる剛毅、
という雰囲気が出始めている、そんな感じがしてきましたが、
いかがでしょうか?


b0226423_16591802.jpg
b0226423_16592410.jpg
b0226423_16595694.jpg
b0226423_17000191.jpg
b0226423_17000757.jpg
b0226423_17001497.jpg
b0226423_17002153.jpg
b0226423_17002805.jpg
b0226423_17003479.jpg
b0226423_17005466.jpg
b0226423_17010252.jpg
b0226423_17011417.jpg
b0226423_17012001.jpg
b0226423_17012667.jpg
b0226423_17013201.jpg
b0226423_17013923.jpg
b0226423_17014532.jpg
b0226423_17015355.jpg
b0226423_17020006.jpg
b0226423_17021933.jpg
b0226423_17022607.jpg


b0226423_17023812.jpg
b0226423_17024547.jpg
b0226423_17025224.jpg
b0226423_17025785.jpg
b0226423_17031281.jpg
b0226423_17031934.jpg
b0226423_17032776.jpg
b0226423_17035609.jpg
b0226423_17040323.jpg
b0226423_17041250.jpg
b0226423_17041954.jpg




by Sha-Sindbad | 2017-12-26 17:09 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1919 号外2(2017年12月22日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3ユニシティの5分をずしりと)


宮崎貞安さんのニューレンズ、
ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3は、
往年の名レンズ、ゲルツ社のダゴールの復刻版。

ウィキペディアは、このレンズについてこう記載しています。

「ダゴール(Dagor )はドイツのカメラメーカー、
ゲルツが製造していたカメラのレンズ。アナスチグマート。
設計者はエミール・フォン・フーフ。
ピントが鋭くまた内面反射が少なくコントラストが高いため、
このレンズで撮影した写真は一目で分かると言われていた。
2群6枚構成でゲルツを代表する名レンズとして知られ、
ジェームズ・A・シンクレアなどイギリス製カメラにも多数が取り付けられるなど
同時代のライバルだったカール・ツァイスのプロター以上に広く使用されていた。」
「名称はドッペルアナスチグマート・ゲルツ(Doppel-Anastigmat Görz )の略」
「プロターとの比較では、黄緑色にカブるプロターより色再現が良く
カラー写真にも充分使用できる。」

元来は大判用のレンズだったようです。
ウィキペディアの記載によれば、
ベストポケットテナックスに固定装着されたダゴール75mmF6.8 が、
ダゴールの中でも一番焦点距離の短いレンズだったようです。
以前、ウィーンのライカショップに65㎜を見かけたことがあります。
宮崎貞安さんがお作りになった復刻版は、さらに広角の40㎜です。
かくして35㎜判用小型カメラに使えるようになったわけです。

この2ヶ月、家庭の都合で、ほとんど撮影のための余暇がとれない状況、
かろうじて、所要で出かけたときの道すがら、わずかに脚を止めて、
ヒットエンドランするだけ。
宮崎貞安さんのためにニューレンズを試写するには厳しい状況にありますが、
円筒のストゥーパの天辺をカットしたような独特の、とても魅力的な形状で、
最近作Histrio-Prot40/6.3に続く、歴史的名レンズシリーズの第2弾だけに、
あらゆる機会を捉えて、試写させていただくことにしました。

今回は、久しぶりに揚琴演奏家、付虹先生のレッスンを受けた帰りに、
高層高級マンションのプロムナードの古木造形を中心に試写しました。

まだ、レンズの個性をしっかりと把握することはできませんが、
今一言言えることは、並外れた抜けの良さ!
Histrio-Prot40/6.3は19世紀のレンズ設計の古色がうかがわれましたが、
このレンズには古色の気配はほとんど認められない、そんな感じ。



b0226423_22213128.jpg
b0226423_22213797.jpg
b0226423_22214384.jpg
b0226423_22214947.jpg
b0226423_22215482.jpg
b0226423_22215928.jpg
b0226423_22220648.jpg
b0226423_22221167.jpg
b0226423_22221833.jpg
b0226423_22222328.jpg
b0226423_22223088.jpg
b0226423_22223890.jpg
b0226423_22224474.jpg
b0226423_22225007.jpg
b0226423_22225755.jpg
b0226423_22230449.jpg
b0226423_22232782.jpg
b0226423_22233413.jpg
b0226423_22235190.jpg
b0226423_22240778.jpg
b0226423_22255604.jpg
b0226423_22260216.jpg
b0226423_22261546.jpg
b0226423_22262884.jpg
b0226423_22263565.jpg
b0226423_22264192.jpg
b0226423_22265197.jpg





by Sha-Sindbad | 2017-12-23 22:33 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(2)

1918 号外(2017年12月20日ヒストリオ.ダゴナール40mmF6.3片手に屋内探検)


レンズ改造名人、宮崎貞安さんから久しぶりにコンタクト。
ニューレンズを送ったよ。
翌日、送られて来たのは、まさに歴史的レンズの復刻版。

   Histrio-Dagonar40mmF6.3

二女が第二子出産のため帰郷した直後から戦争。
第一子である孫プリンセス2号の世話で常時戦闘状態に。
まだ2歳半ですが、話し方、行動、すべてがもう一人前。
探検好きで、なにも見落としません。
家の中の手に届くものすべてを根こそぎ点検中です。
シーンとなったら、もうなにかの袋や箱を持ち出して、
ひっくり返して、その場にばらまき、一々取り調べ。
いやはや。

とても試写のために外出できませんので、
まず屋内でざっと試写してみました。
まあ、とにかくご覧頂きましょう。





b0226423_12183131.jpg
b0226423_12183772.jpg
b0226423_12184220.jpg
b0226423_12184839.jpg
b0226423_12185307.jpg
b0226423_12185958.jpg
b0226423_12190433.jpg
b0226423_12191095.jpg
b0226423_12191520.jpg
b0226423_12192108.jpg
b0226423_12192679.jpg
b0226423_12193366.jpg
b0226423_12193841.jpg
b0226423_12194489.jpg
b0226423_12195104.jpg






by Sha-Sindbad | 2017-12-19 23:52 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1917 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)1 大和路らしく


飛鳥路には、もう一本、Cマウントレンズを持参。
スピードアナスチグマート25mmF1.5
大和路の秋には、茫洋とした風情のダルメイヤーレンズが似合います。
まあ、ご覧下さい。
(あんまり家事に忙しくて、
落ち着いて文章を書く暇もありません。)

おりから別ブログ「わが友ホロゴン」では、
ビオゴン21mmF4.5の同日飛鳥シリーズ。
このツァイスの不朽の名レンズの一つに負けない、
そんな感じさえ抱かせてくれます。
いかがでしょうか?



b0226423_15211320.jpg
b0226423_15211806.jpg
b0226423_15212531.jpg
b0226423_15213142.jpg
b0226423_15213879.jpg
b0226423_15214381.jpg
b0226423_15214881.jpg
b0226423_15215566.jpg
b0226423_15220227.jpg
b0226423_15220843.jpg
b0226423_15221405.jpg
b0226423_15221952.jpg
b0226423_15222419.jpg
b0226423_15223082.jpg
b0226423_15223742.jpg
b0226423_15224350.jpg
b0226423_15224996.jpg
b0226423_15225563.jpg
b0226423_15230293.jpg
b0226423_15230871.jpg
b0226423_15231566.jpg
b0226423_15232116.jpg
b0226423_15233193.jpg
b0226423_15233777.jpg
b0226423_15234871.jpg
b0226423_15235916.jpg
b0226423_15240411.jpg
b0226423_15241287.jpg
b0226423_15241825.jpg






by Sha-Sindbad | 2017-12-16 15:25 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1916 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路に) 閃きと偶然



近ごろ、多忙を極めていて、書斎の机の前に座るのはいつも真夜中。
孫プリンセス2号の夜の読書に付き合わなければなりません。

昨夜など、大変な苦労。
題名は忘れました、地下百階の底に降りて行くお話。
2歳の孫プリンセス、自分だけ横になり、
私は横に座る状態を指定して、「この本を読んで」
ところが、縦長大判なのです。
縦長の見開き2ページ分が地下10階の一軒分で、
7、80センチもあります。
横に座ったままでは、孫の眼前に保持するのも一苦労ですが、
第一、絵も字も見えません。
大きく首を傾けて、覗き込んでも、ろくに見えません。
ろくろっ首だったら、楽に読めるでしょうけど、
私は、借金でろくに首もまわらないのですから、
いささか疲れました。
「もう一回読んで!」
やむなく適当に話を作りながら、
もう一度、ページを最初から繰りました。
でも、ご本人もどうやら疲れたようです。
5ページも進むと、目がぼんやりしてきました。

孫プリンセス、2歳ですが、幼児だと思って油断できません。
今日も、産婦人科医院に入院中のママを訪ねた際、
ママの携帯電話を見て、ふっと思い出したのです、
ママから古い携帯電話を貰っていたことを。
ママに「青い携帯電話どこにいったの?」
遠く関東の自宅に残して来たのですが、
孫プリンセス、産婦人科医院でなくしたと思い込み、
突然ふっと頭に閃いた推理を、ママにぶつけました。

  「看護士さんがとったんじゃない?」

私の携帯、ママが盗るわけがない。
とすると、看護士さんが盗ったに違いない、という風に、
推理したわけではないかも知れませんが、
2歳の幼児が「看護士さん」という職業を知っていること自体、
かなり驚かされますね。

どうやら幼児たちの知的な発育は、順番ではなくて、
一人一人、閃きと偶然にかかっているのかもしれまえせね。




b0226423_00281022.jpg
b0226423_00282604.jpg
b0226423_00284308.jpg
b0226423_00313481.jpg
b0226423_00314171.jpg
b0226423_00314604.jpg
b0226423_00315262.jpg
b0226423_00320180.jpg
b0226423_00320757.jpg
b0226423_00321437.jpg
b0226423_00322270.jpg
b0226423_00323768.jpg
b0226423_00322989.jpg
b0226423_00324379.jpg
b0226423_00324945.jpg
b0226423_00325605.jpg
b0226423_00330111.jpg
b0226423_00330824.jpg
b0226423_00331456.jpg
b0226423_00332052.jpg
b0226423_00332969.jpg
b0226423_00333645.jpg
b0226423_00334148.jpg
b0226423_00335434.jpg
b0226423_00335901.jpg
b0226423_00340710.jpg
b0226423_00341959.jpg
b0226423_00342572.jpg
b0226423_00343108.jpg
b0226423_00345186.jpg
b0226423_00345102.jpg
b0226423_00385539.jpg
b0226423_00390348.jpg
b0226423_00392560.jpg





by Sha-Sindbad | 2017-12-14 00:20 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

1915 朧に(2017年9月20日マクロスイター26㎜F1.1が京都駅界隈をしっとりと)2 触感行為


人間の感覚、センスというものは千差万別ですね。
ある人が美しいと思うものを、ある人は醜いと思う。
ある人がこよなく愛するものを、ある日は唾棄する。
そんなことはありふれた出来事のようです。

まさに「なんでもない」ロボグラフィを撮り続けてきますと、
自分の感覚がかなりありふれていない、
その上、「フォトジェニック」ということも、
「独創性」ということも、一向に気にかけていない、
ということに気づかされます。
写真や芸術作品をコピーすることもまるで平気。
独創性を重視する人には堪え難い不節操、と写るでしょう。

目の不自由な方は、ものの存在を実感するためには、
触らなければなりません。
私がやっていることはそれなんだ。
見るだけでは見えないものがある、
写真に撮るという行為を経ることで、
はじめて見えてくるものがある、
そう気づきました。

そこで、分かってきたことがあります。
私にとって、写真は表現行為ではない。
知覚行為、それももっとも親密な触感行為なのだ。

闇の中、半ば寝ぼけたまま手を伸ばす、
すると、その手の先に得も言われない柔らかさを感じる。
えっ、なんだろう?
これまで経験したこともない感触。
一体なんだろう?
目覚めつつ、両手を伸ばして、確かめようとする、
そんな営為、それがロボグラフィ。

Cマウントレンズを使うとき、
そんなロボグラフィ的触感作用が一際強く感じられます。

写真愛好者は地球上に何億といるでしょう。
21世紀人でないと体験しえなかっただろう、
そう思えるほどに、超リアリティ、超客観性、
そう言いたくなるような精密描写を愛する人の方が、
圧倒的に多いでしょう。
私のように、朦朧態のボケボケ写真にしびれる人は、
圧倒的に少ないでしょう。

今回のマクロスイター26㎜F1.1写真は、
もしかすると、リトマス試験紙かも知れません。
「なんだ、これは?
こんなのどこがいいの?」
そうお感じになったら、私の二つのブログは、
あなたには無縁、そう申し上げてもよろしいでしょう。




b0226423_18020518.jpg
b0226423_18021285.jpg
b0226423_18021873.jpg
b0226423_18022331.jpg
b0226423_18022953.jpg
b0226423_18023562.jpg
b0226423_18024196.jpg
b0226423_18024766.jpg
b0226423_18025319.jpg
b0226423_18030090.jpg
b0226423_18030759.jpg
b0226423_18031260.jpg
b0226423_18031837.jpg
b0226423_18033150.jpg
b0226423_18033767.jpg
b0226423_18034297.jpg
b0226423_18034897.jpg
b0226423_18035493.jpg
b0226423_18040132.jpg
b0226423_18040768.jpg
b0226423_18041302.jpg
b0226423_18042026.jpg
b0226423_18042681.jpg
b0226423_18043207.jpg
b0226423_18044057.jpg
b0226423_18045182.jpg
b0226423_18045757.jpg






by Sha-Sindbad | 2017-12-09 18:06 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

1914 朧に(2017年9月20日マクロスイター26㎜F1.1がバス停あたりをしっとりと)1 ワクワクタイム


12月5日火曜日、
長女の子供達の保育園のワクワクタイムでした。

保育園の2歳児から5歳児(大半は6歳)の各クラスが、
それぞれに教室でパフォーマンスを見せてくれる催し。
自分の孫の成長ぶりを改めて確認できますが、
それとともに、4、5年の間、一緒に育ってきた子供達、
全員の成長も観ることができます。

ワクワクカーニバル(運動会)で、
さまざまなパフォーマンスを見せてくれたのに、
つい1ヶ月ほどたったばかりなのに、
楽しげに3つのパフォーマンスを演じてくれました。
童謡を日本語、韓国語、中国語、ヴェトナム語、英語で歌ったり、
合奏したり、劇を演じたり、と、
演じる園児たちも大したものですが、
しっかり教え込む保母さんたちの努力と能力は大したものです。

今回が最後のワクワクタイムとなる6歳の孫の成長ぶりを観るにつけ、
保育園から受けた恩恵は計り知れないものがあると、
その都度、感嘆させられてしまいます。

30人弱の園児たちが、5年間もの間、
互いに性格を知り尽くした上で、
毎日朝から夕方まで一緒に過ごすのですから、
まさに兄弟姉妹同然の関係を結び、社会性を身につけてきました。
どんなところでも人見知りすることなく、
年長、年下の子供達ともまったく自然に接することができます。

3歳児クラスのときには、ちょっとした寸劇で、
かぼそく蚊のなくようなセリフをつぶやいていた孫プリンスが、
6歳の今、3度ばかり、しっかり透る声でセリフを言うのを聴いて、
そのあまりの変貌ぶりに驚き、
保母さんたちに限りない感謝を感じるとともに、
ちょっと大げさと思われるかも知れませんが、保育園教育は、
孔子の言った「修身斉家治国平天下」の出発点となってくれる、
そんな気さえしました。

さて、今回の写真は、私も、同じ孔子様の言葉に沿って生きてる、
そんなことを実感させてくれる、バス停までのロボグラフィ。

  「足るを知る」

フォトジェニックな光景を求めて遠く出歩くことはほとんどなくなり、
日常のなにげない出会いを記録するだけで足りる、
そんな写真生活にいつしか移行してしまいました。
バス停までの往還なんて、なんの変哲もない道行き。
そんな道行きでの撮影を飽きもせず続けている私は、
だんだんと不動産と化しつつあるのかも知れません。
それでもいいんじゃない?

Cマウントレンズの私にとっては最高峰の一本、
マクロスイター26㎜F1.1が撮ってくれた写真たち、
その穏やかな表情は、私の撮影時の表情を谺しているのかも、
なんて、考えたくなってしまいます。




b0226423_17363145.jpg
b0226423_17363704.jpg
b0226423_17364251.jpg
b0226423_21240050.jpg
b0226423_21240629.jpg
b0226423_21241236.jpg
b0226423_21241742.jpg
b0226423_21242345.jpg
b0226423_21242941.jpg
b0226423_21243632.jpg
b0226423_21244357.jpg
b0226423_21244812.jpg
b0226423_21245414.jpg
b0226423_21250154.jpg
b0226423_21250736.jpg
b0226423_21251280.jpg
b0226423_21251892.jpg
b0226423_21252547.jpg
b0226423_21253056.jpg
b0226423_21253649.jpg
b0226423_21254313.jpg
b0226423_21254974.jpg
b0226423_21260488.jpg
b0226423_21262255.jpg






by Sha-Sindbad | 2017-12-08 22:48 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)