レンズ千夜一夜

カテゴリ:Elmarit28/2.8( 16 )

2039 春日山樹乱(2018年5月20日エルマリート28mmf2.8がささやきの小径、春日大社を過ぎて)



以前にも書いたことですが、
ライカのエルマリート28mmf2.8第一世代を手に入れたことは、
本当に幸運でした。
私の友人に第三世代の使い手がいますが、
彼の傑作群を見るにつけ、
第一世代の描写にはちょっと古色が載っている感じ。
それをどう感じるかは人様々でしょう。
私のレンズの好みは、本ブログでお分かりのように、
癖のある玉を偏愛する傾向が顕著です。

本音を明かしますと、昔から、優等生が嫌いでした。
私は優等生であったことは一度もありません。
小中学校の担任が懇談の際、母親にぼやいたそうです。
「やればできる子なんですが、好きなことしかやらない。
全教科しっかり頑張ったら、トップも狙えるんですけどねえ」
おあいにく様。
私は別にトップなんか狙いたくない。
勉強することなんか、そんなに好きじゃない。
やりたくないことはやりたくない。
これで一生過ごしてきたようなものです。

エルマリート28mmf2.8の第一世代は、私と違い、
1966年出現当時は出色のトップだったはず。
でも、それからエルマリートだけでも何世代も重ね、
各社の名レンズもキラ星のように並ぶ時代となり、
第一世代の古色は随分目立つようになったようです。
それを好むか好まないかは、使い手の性格次第でしょう。
私は、このレンズ、使えば使うほど好きになっています。

私が最愛のホロゴンからエルマリートに乗り換えたら、
写真愛好家の好むようなフォトジェニックな写真がもっと増え、
私のブログにも訪問者が増えるかも知れない、
なんてことは夢にも考えません。
エルマリート28mmf2.8は、いわば夏目雅子のような存在。
映画「瀬戸内少年野球団」や「時代屋の女房」では、
比類のない魅力を発揮していました。
でも、私は妻の方がいいですね。
なぜなら、私が出会い、私が生涯の伴侶として選んだのですから。
ホロゴンウルトラワイドがまさにそれ。

でも、映画を観ると、心から慨嘆してしまいます、
「ああ、惜しい人を早く亡くしたなあ....」
幸い、エルマリート28mmf2.8は我が家に健在です。
このレンズの写真を観る度に、やっぱり考えてしまいます。
「このレンズ専科で生きても、
充実した写真人生だったかも?」




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by Sha-Sindbad | 2018-12-06 11:50 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

2027 偶然的芸術史観(2018年5月20日エルマリート28mmf2.8もまた大和の神域をそぞろ歩き)




いつも写真家の仕事を拝見して思うことは、
写真家って、大変な難行苦行だなあ!

写真家に限りません、
芸術家として生き、かつそれで生計を立てようとすれば、
自分自身の感性に思う存分やりたい放題をさせるわけには参りません。
自分の芸術が多くの人にアピールし、その感受性を奮い立たせる、
という極めて難しい障害を乗り越えなければなりません。
そうでないと、生きていけません。

どうやら、自分の感受性、感性だけで相撲をとるだけでは足りない。
自分以外の感受性、感性豊かな鑑賞者たちの心を震わせるのは何なのか、
それが分かっていなければならないようです。
単純に言えば、自他のダブルスタンダードを備えている必要があるらしい。
芸術家たちは、そんな風にして、
いわば人類の完成をさらに一歩高める仕事をしてきたのです。

多くの芸術家が生存中にその条件をクリヤーすることができませんでした。
シューベルト、モジリアニ、ゴッホ、ゴーギャン等々....
でも、それができない限り、真の芸術家とは言えないと言うのは酷でしょうけど、
世界に無名である限り、彼のアートは誰の心にも届かず、
世界を啓発し、あるいは変えることなどできません。

シューベルトたちは、生存中はその使命を果たすことができなかったけど、
没後の世界はいつか彼らの芸術に追いついて、
彼らを真の芸術家として受け入れ、彼らの芸術は世界を変えたわけです。

でも、不幸にして、そのように誰にも見いだされることなく、
歴史上あちこちに、世界の片隅に残されたまま、
静かにこの世界から消えていった偉大な芸術があっただろう、
ということも推測できます。

逆に、生存中に世に容れられても、
「真の芸術家」の証明とは決してなりません。
生存中に社会に受け入れられ、飛ぶ鳥を落とす勢いを示した多くが、
没後、完全に忘れ去られるという現象は極めてありふれています。

簡単に例示すれば、何万という世に容れられた芸術家のうち、
後代にも「真の芸術家」として名を残す人は両手で数えられる程度!
他のほとんどすべての「成功した芸術家」は、
単に一時期流行した二流、三流の似而非芸術家に数えられてしまう、
という苛酷な現状が常に自称芸術家たちに襲いかかっています。

こんな風に考えていきますと、
芸術史上、至高の巨匠として名を留める偉大な芸術家たちは、
むしろ歴史上のさまざまな偶然に助けられて、その地位を確保した、
そう考える方が自然であり、現実的であると言えそうです。

上記のような考え方をさらに進めると、
以上のような偶然的芸術史観は、芸術史に限らない、
なんだか極めてありふれた、
つまり、どんな分野でも起こっている事象ではないか?
そんな風に感じられます。
歴史は、一群の極めて稀な偶然が重なった結果の連鎖、
そんな風に考えると、なんだか納得できそうな感じがします。

そうして、さらに我田引水的論理を進めると、
私たちが撮る写真だって、そんな極めて稀な偶然に支えられている、
そう考えるのが自然ではないか、という風に感じられます。

たとえば、私のエルマリート28mmf2.8によるロボグラフィ。
私、
レンズ、
奈良春日野のある瞬間の出来事、
これらが時空の一瞬、一点に交差した記録。




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by Sha-Sindbad | 2018-11-01 23:31 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

1620 神域 (エルマリート28mmf2.8は神さびた林の中でなにを見たか)



レンズの中には、カリスマ的とも言える別格のレンズが幾本かあります。
どれをそれに数えるかは、人によって違うでしょう。

自分で使いもしないでカリスマレンズと崇めても意味がありませんから、
自分で使ったレンズの中から選ぶことになりますが、
さて、それではどんな性格のレンズをカリスマと呼ぶのか?
これもまた、人によって違うでしょう。

いろいろなアプローチがありそうです。
レンズとしての光学性能。
描写性能の卓越性。
歴史的な貢献。
名声。
これら全部の総合評価から、評価は下されることになるでしょう。

でも、私はもう少し違った角度も加味したいのです。
要するに、コントロール可能か?
カリスマは崇拝者たちの手の届かない遥かなる高みに居ます。
ディーバに似て、いかなる意味でも誰も制御などできないのです。
私にとっては、ホロゴン15㎜F8というレンズがまさにそれですが、
コントロール不能という点ではエルマリート28mmf2.8も負けていません。

私は第2世代以降のレンズを使ったことがないので、なんとも言えませんが、
エルマリート28mmf2.8第1世代を使っていつも思うことは、
このレンズを思うように使いこなすのはとても難しい。
だから、エルマリート28mmf2.8を持ち出すときは、
このレンズにある撮影効果を期待して、ということはありません。
なにかうれしくなるような写真をプレゼントしてくださいね、
というスタンス。

雨模様の神社の林間道を半時間散歩してみました。
何時歩いても、だれかに出会うということがほとんどありません。
その代わり、ロボグラフィたちが待っていてくれました。

エルマリート28mmf2.8ならこう撮ってくれるだろうな、
などと、予測することは一切いたしません。
「お願い、ご機嫌が顔を見せてね」というスタンス。
撮ってくれた写真をつくづく眺めながら、感じることは、
やっぱりカリスマ!

蛇足ですが、また、信じがたいとは思いますが、
すべてF2.8開放で撮っています。




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by Sha-Sindbad | 2016-07-30 17:46 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

1095 炎歩(エルマリート28mmF2.8があれば、炎天でも足取りは軽やかに)

困ったことになりました。

    写真を撮りすぎ!

散歩に出たのです。
バス停でわずか4つほど離れた近郊の住宅街に用があったので、
炎天下、午後1時半すぎに出かけました。

装備は私にとって最高のセットの一つ。

    エルマリート28mmF2.8付きライカM9

用は10分足らずで終わり、帰途に。
別ルートをとり、古くからの部落道をたどりました。
往還ぴったり1時間かかりました。

    撮影枚数は205枚。

出勤時は多くて30分、撮影枚数は60から100枚程度でした。

    つまり、散歩時間が倍に延びた途端に、
    律儀にも撮影枚数も倍になったというわけです。
    私がいつも同じリズムで撮っていることが分かります。

でも、あとで見ていただきますが、
同じロボグラフィでも殺風景になりそうです。

    奈良近郊の旧部落、旧住宅街は高齢化の一途、
    ああ、奈良女子大の美女たちともさらば!

    今日もバス停でバスを待つ女性を撮りましたが、
    ああ、奈良女子大の才色兼備の美女たちとは比ぶべくもない、
    おばちゃま(この人には内緒ですよ。しっ)。
    その写真は、さびしくも、あえなく没。

でも、写真だけはどっと増えそうです。
そこで、考えました。

    目下のところ、私のブログは2つ。
    別ブログ「わが友ホロゴン」は、ホロゴンを軸として、
    一日中撮影した日の写真たちを大量に掲載する倉庫ブログ。
    とても散歩写真を掲載する余裕はありません。

    仕方がありません。
    本ブログにお散歩写真も掲載していくことにしましょう。

ただし、一つ条件を設定しました。

    写真数は無制限とする!

    つまり、本ブログも、クラシックレンズ紹介ブログと銘打ちながら、
    すでに倉庫ブログに変貌を遂げて久しいのですから、
    これからも散歩にはとっかえひっかえレンズ、カメラを取り替えて、
    レンズの描写性能をチェックするという装いの下に、
    私の好きな写真を記録していきます。

今回選んだのは45枚。

    はっきり分かっていることが一つ。
    こんなに沢山一挙掲載すれば、見る人はますます減るでしょう。
    誰もそこまでつきあう義理はないのですから。
    この4年間アクセス数は絶えてチェックしたことがありませんが、
    さらにどっと減るでしょうね。

阿部首相の広島原爆慰霊祭の式辞のかなりの部分が、
昨年のものをそっくりコピペしたものだったと判明したそうです。

    ああ、博士論文だけではなかったのです。
    心を込めて国民にアピールすべき首相挨拶まで、
    担当官僚はさらりとコピペで仕上げてしまい、
    昨年式辞を読んだご本人もそれに気づかない。
    官僚も首相も質が落ちたものです。

そういうおまえも、ただ道を歩きながら、
右に左にひょいひょいと撮ったものをどっさり、
平気でブログに掲載するなんて、写真のコピペそのものじゃないか!
などと鋭いご批判の向きもおいででしょうけど、
これは筋違い。

    素人の乱撮りであることは幾度も幾度も断って参りました。
    見たくなければ見ないでほしい、とも幾度も書きました。
    小手先伸ばしのノーファインダー撮影写真に
    多くを求めるなんてしないでいただきたいですね。

というわけで、予防線を張っておいて、
45枚ごらんいただくことにしましょう。



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by Sha-sindbad | 2014-08-07 22:23 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

1021 旅路(エルマリート28mmF2.8には黄昏が似合うかも知れない)



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昨日の午後、転害門あたりから裏町に入って、
近鉄奈良駅を目指しました。
すでに日は傾き始めて、斜めに差し込んできます。
裏町に入ったあたりから駅まで1キロほどあるでしょうか?

    かなり背の落ちた老人と同じ方向に歩きました。
    私と友人とは撮影しながらなので、立ち止まったり、
    脇に逸れたりしながら進みます。
    おかげで、老人と前後になりつつ、ほぼ同時に進みました。
    どうしてどうして達者な足で、歩みはしっかりとしています。

小西通りに入って、私たちの前方20mあたりを歩いていた老人、
そば屋の前で立ち止まりました。

    かなり長い間店の入口をにらんでいました。
    その後、心なしかさらに肩を落として、歩みを進めました。
    そば屋にたどり着いて見て、わかりました。
    閉店の張り紙があったのです。

どうやら、この店で食事をして帰ろうとお考えだったようです。

    「一葉落ちて天下の秋を知る」
    また、ここで1つ古い店が消えていく、
    その寂しさに我が身の老いを重ね合わせておられたのでしょうか?

ライカM9にはエルマリート28mmF2.8を付けていました。
老人との抜きつ抜かれつの一こま。

    私のエルマリートは第1世代。
    バージョンがある古代レンズについては、
    どんなに欠点が多くても、第1世代を選択するのが私の鉄則。
    この欠点が私のよろこびとなるような描写を生んでくれるからです。

このエルマリート第1世代はかなり評判のよい、
いわば「伝説のレンズ」

    ところが、なんとも使いこなしの難しいレンズで、
    未だに四苦八苦しています。
by Sha-sindbad | 2014-05-11 15:24 | Elmarit28/2.8 | Comments(2)

766 変化ヘンゲ (エルマリート28mmF2.8はクラシックだから、絞っても柔和)



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土曜日、大阪天神橋商店街の撮影分から、さらに4枚選んでみました。

2枚目だけF5.6付近に絞っています。
他の3枚はすべて開放です。
バックのボケ方以外は、まるで変わりませんね。

3、4枚目は最近接です。
開放でも立体感は見事ではありませんか?

いつもどおり、ライカM9の彩度、コントラストは最低に設定していますが、
古びた写りのクラシックレンズだから、設定を高くするという考え方は、
いただけませんね。
まるで、現代レンズの光彩陸離たる描写こそ理想と言わんばかり。

    古びた写りのレンズは古びた写真でこそ生きます。
    無理に高下駄を履かせたり、厚化粧させたりするのは失礼ですね。
by Sha-sindbad | 2013-08-04 22:08 | Elmarit28/2.8 | Comments(4)

765 ビニール傘(エルマリート28mmF2.8がようやくライカM9になじんだようだ)



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どなたか、大写真家たちの使ったレンズ列伝を書いてくれる方、
いないでしょうかねえ?

おそらくたいていの写真家は使用機器を公表していないでしょう。
そこで、何事も見逃さないレンズ探偵が、
写真家が所有し使っていたカメラ、レンズ、
当時使用可能であったカメラ、レンズ、
候補レンズの種々の描写特性などから推理してしまう、そんな本。

    このレンズで、こんな写真が撮れるのか!
    限界を超えた可能性が目の前に置かれたら、
    よし、自分もがんばってみよう、という気持になれるのでは?

今日はエルマリート28mmF2.8をライカM9に付けて、
大阪天神橋商店街を歩いてきました。

    このレンズこそ、どんな風に撮れるかが分からないレンズの筆頭。
    そして、ちゃんと使いこなしたいレンズの筆頭でもあります。

今日使ってみて、かなりまともに写るようになった、
そんな感じがしてきました。
そんな一枚がこれ。
by Sha-sindbad | 2013-08-03 21:23 | Elmarit28/2.8 | Comments(4)

685 ダストボックスが行く道 (エルマリート28mmF2.8はすがれた景色にも似合うらしい)



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大阪天満橋商店街と高僧道路の高架が交差する場所があります。
その高架が覆い被さる小道は、空を高架にふさがれて、
もう完全にすがれてしまいました。

人はどうやら向光性のある動物らしい。
都会の暗がりには魑魅魍魎が棲息している危険もあります。

    まず女性はそんな通りを歩きません。
    すると、女性に同行する男性も歩きません。
    子供も歩きません。
    安全に心をつかう人も歩きません。
    用のない人も歩きません。
    要するに、ほとんどの人が近寄らなくなってしまいます。

小さな会社だけが生き延びています。
こうなると、通行妨害を言う人もいなくなるので、
車両通行に邪魔にならない範囲で、
ゴミ箱も道路上にはみ出てきます。
どうやらゴミ箱だって、向光性があるようですね。

エルマリート28mmF2.8でゴミ箱近くにレンズを突き出して、
この暗い道路を撮りました。

    純正フードを付けていますが、かなりフレアが見えます。
    でも、これはエルマリートの責任じゃありません。
    ゴミ箱も自分が主人公であると分かったらしく、
    にっこり笑って、輝いて、オーラを発散しているのですね。
by Sha-sindbad | 2013-05-10 16:34 | Elmarit28/2.8 | Comments(8)

524  女たち (エルマリート28mmF2.8は女人変化も捉えられる?)



私は女性写真は撮りません。

生涯に4度でしょうか?

    1 写真クラブ例会での女性ピアニストを迎えて
    2 飛鳥時代の古代衣装の女性撮影会
    3 北野天満宮のお茶会での芸妓さん
    4 八坂神社での舞妓さん撮影会

いずれもはるか昔のことです。

1は、とても知性的な方で、ウィーンへの留学を控えて、
きらきらと輝いておられました。
ここまではよかったのです。

後の3回は、奇怪にも、3つの断念が続きました。

2で、あまりの強烈な描写に辟易して、
コンタレックスのゾナー85㎜、オリンピアゾナー180㎜を手放しました。

3で、コンタックスのマクロゾナー60㎜に嫌気が差して、
売り払いました。

4で、下品なおっさん共が集まって、怒号飛び交う、素敵な雰囲気に、
いわば最初で最後のモデル撮影会といたしました。

なぜ、怒号が飛び交うのか?

    「いつまで前に居座るんだ!」
    「邪魔だ!」

私は常に先頭列にいて、撮るだけ撮ったら、さっと離れていました。
こつは簡単です。

    講師と舞妓さんとが移動するとき、いつもぴたりと追随したので、
    「さあ、ここで撮りましょう」と講師が声を掛けたときは、
    バックが美しくぼける一番よい場所にいつもいたからです。

怒号を張り上げるのは、いつものこのこと後からやってくる連中。
もう少し頭を使わなきゃ。

怒鳴られる人もおんなじ。
いつまでも前面に突っ立って、ぐずぐず撮っているから。
後ろの人に譲るのが礼儀だということも知らない。

いずれにせよ、美しいものを撮りたいのに、
美しくない人たちを我慢するなんて、奇妙です。

それ以来、レンズの視野に飛び込んできた女性を撮るだけ。
福島では、怖い女性たちに出会いました。

    私にとっては、生涯無縁の人たち。

エルマリート28mmは私の期待をはるかに上回る豊かさで、
化身たちを写し止めてくれました。




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by Sha-sindbad | 2012-11-24 01:09 | Elmarit28/2.8 | Comments(10)

523  男たち (エルマリート28mmF2.8第一世代の露出はでたらめで)



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前回の記事に、露出に関するコメントを頂き、
前回の露出補正の説明が誤解を生んだことに気づきました。
あらためて今回、私の露出法を説明させていただきます。

私は長年露出計なしのクラシックカメラを使ってきました。

    EV値を使います。
    絞りとシャッタースピードとの組み合わせを光量で決める方式。

ハッセルやレチナではEV値設定方式をとっていました。
EV値を決めた後、リングを回すと、自由に組み合わせを変えられます。
これは実に簡単で便利。

そこで、脳内露出計もこのEV値頼りにすべてを決めてきました。
ポジでマイナス1.5から2のアンダーになるように常に設定します。
ライカM9はもちろんAE露出です。
そこで、基本をマイナス1+2/3とします。

    (この書き方では、どんな補正か理解困難だったようです。
    1と2/3マイナス補正することを、ワープロで表記することは困難。
    -12/3、 -1,2/3、-1.2/3、全部意味が違ってしまいます。
    だから、日本語のマイナスは英数字全部にかかるとしているのです)

なんでもRAWだと、あとで自由な濃度で現像できるそうですが、
一日に600枚前後撮るので、そんな時間はありませんし、
作品発表など考えていないので、すべてjpegで撮っています。

私のしたいことはいつも同じ濃度で画像を統一すること。
そこで、歩きながら、絶えず補正値を修正しています。
前回の完全逆光では、絞りはF8、露出はマイナス1/3でした。
そのことを書かなかったので、
ベテランのお二人の疑問をよんでしまいました。

中将姫光学さんから貴重な情報を頂きました。

    「エルマリート第一世代は後玉が出っ張っていてAEが効かないのでは」

ライカM9の場合、スーパーアンギュロン21mmf3.4とf4はまさにそうで、
真っ白になってしまいます。
だから、すべてマニュアルで決めています。

ところが、知らぬが仏ですね、エルマリートは効かないとは知らないので、
平気でAEで撮ってきました。

    上記のように、マイナス1+2/3基準に目分量補正を施しながら撮ると、
    あら不思議、ポジのそれと同じような濃度でほぼ全部上がります。
    昨夜早速フォルダを調べて、確認しました。
    それなのに薄く撮れることがあり、不思議に思ったことを思い出しました。
    そんなときは、マイナス2以上に補正して撮りました。
    そんなやり方で、普通に私の濃度で撮れています。

今回、その実例を2枚お目にかけましょう。

ブログに掲載するとき、濃度が私の標準からずれている場合、
わずかにレベル補正をします。
他に細工はいたしません。
今回の2枚は、とてもアンダーなので、若干薄めにしました。
要するに、私の脳内露出計による補正がエルマリートでも有効のようです。

以上のように、すべて目分量、アバウトですが、
EV値で考えると、夕刻までの光量の幅はEV値14程度から8と、
たった7段階に収まるので、その違いを身体に覚えさせるのは簡単です。

    それ以下の光量になると、マニュアル露出にし、レンズを開放にし、
    シャッタースピードを1/15、1/8、1/4で撮ります。
    1/8までは、どんなカメラでも99%ぶれません。
    1/4は、運がよければ、ぶれません。
    つまり、祈る気持で撮ります。

以上のように、原則を決めておき、
撮りながら補正するのですが、その際、絶対に頭で思案しません。
考えると、迷います。
直感でダイヤルや設定を動かして、信じて撮る、
これが正解です。

最後になりますが、

    エルマリート28mmF2.8開放の描写、まんざらではないのでは?
    合焦部分が堂々とした存在感で立ち上がり、
    とくに、赤がとても上質、
    そんな風に思えるのですが。
by Sha-sindbad | 2012-11-23 10:49 | Elmarit28/2.8 | Comments(4)