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レンズ千夜一夜

カテゴリ:Kinoplasmat20/1.5( 7 )

2066 幽暗(2018年9月19日奈良町の秋をキノプラズマート20㎜F1.5がどっぷりと)一つの終わり



写真家吉田正さんが指導する写真教室の受講を続けて4年経ったと思います。
とうとう写真教室を卒業する日が来ました。

もとより、私が写真教室に通うこと自体が、
いわば自己矛盾に近い異常事態でした。
私はとっくの昔に、
写真家としての表現行動など無縁の人間になっていたのですから、
今更写真を勉強するもなにもあったものではない。

でも、無理を承知で写真教室に通い始めたのは、
長年続けてきた稼業から足を洗って引退したからです。
なにもやることがないというのも退屈、
幸い私が十年来私淑し、交友を続けてきた写真家の吉田正さんが
西宮で写真教室を手広く開いておられる。
じゃ、吉田さんの写真談義を聴きにいこう、
ということからでした。

期待したとおり、吉田さんの講義は楽しいものでした。
吉田さんが梅田に教室を開かれた機会に、
私も梅田に移りました。
さすが大阪です。
すでにそれぞれにその人なりの写真を撮る人たちが揃いました。
吉田正さんの講義もさらに充実し、
みなさんの写真も楽しい、
ということで、写真教室をずいぶん楽しんできました。

でも、昨年来、教室は次第に成長しはじめました。
ただの写真教室ではなく、
吉田正さんの傘下の写真家集団の一翼という色彩に染まり始めたのです。
これには参りました。
私は、ちょっと表現が奇妙ですが、
骨の髄まで写真家ではない人間です。
ただの写真趣味。
表現なんて、実のところ、写真趣味45年の間に、
ひとかけらも頭の隅をよぎったことがない人間です。
最初の最初から、私はレンズに頼りっきりの、
いわば、「撮れちゃった写真」だけ。
写真展も幾度か楽しみましたが、
これも、はっきり言って、私に関する限りは「写真展ごっこ」でした。

そんな私を見事に見抜いたのが、最初の師匠、田島謹之助さん。
落語家立川談志の「抱腹絶倒落語家列伝」は、
田島さんが談志師匠に、かつて撮り貯めた昭和の落語名人たちの写真を、
フィルムもろとも一切合切贈与したことがきっかけ。
田島さんの見事な写真がびっしり収められて、見応えがあります。
その田島さんと中国旅行で知り合って、
「よろしかったら、写真見てあげましょうか?」
これがキッカケで、いわば田島さんの写真の弟子になったのですが、
最初の頃、あきれたように、というか、あきらめたように、
こうおっしゃったことを思いだしました。

「あのねえ、※※さん、
あんたの写真、一見すると、いかにも意味ありげなんだけど、
よくよく見ると、なーんにもないんだよねえ。」

当たり前です。
私は、写真を始めてから今日まで、
写真に意味をもたせたり、
情景に何か意味を感じて撮影したり、
というようなことを一切したことがないのです。
私に限って言えば、
写真は表現ではありません。
たった一つあるとすれば、
「この瞬間、ぼくはこれに出会ってよかった、と思った」
ということ位。
そこから出発して、写真に撮ることでなにかを表したいなんて、
これっぽっちも考えたことがないのです。
「よかった! パチッ(シャッター音)」
ただこれだけ。
このときなにかを感じたことは間違いがありませんが、
そんな私の気持ちなど、写真に込めようとしていません。
ただのロボグラフィの目撃報告。
これまさに素人写真。

私はそれを隠そうとしたこともありません。
誰でも見たら一目瞭然なのですから。

現在の私の写真の撮り方にそれがはっきり現れています。
半分はノーファインダーで、
どう移るか確認もしないで、撮っています。
残りの半分は、液晶ファインダーを拡大表示して、
ピントを合わせると、シャッターを落とします。
その瞬間、液晶ファインダーは通常の表示に戻りますが、
そんなものはまったく見ていません。
そんな写真を、たとえば、ブログでは、撮影順に、トリミングなどせず、
白枠を付け、編集画面で私の一定の濃度にそろえるだけで、
ブログに順番にアップしているだけです。

それでも、かなりしっかりとした構図で撮れているように
ご覧いただけるのでしたら、
それは、私の撮影経験の長さ故であるとともに、
ロボグラフィであれ、ストリートスナップであれ、
どんなものを撮るにしても、最大限接近して撮るので、
それだけが写り、
無用なものが写ることがとても少ないからです。

水平垂直がかなり保たれているのは、
スナップであれ、ロボグラフィであれ、
カメラ、レンズは常に垂直と
調練しているからです。

私は曲がったことが大嫌いですが、
曲がった写真も大嫌いだからです。

写真家が水平垂直を動かすのは、表現意図からであって、これは別論です。
でも、単にカメラになれていないために、
水平垂直が撮れていないのに、
わざと歪めてみました、なんてしたり顔で言い訳をしますと、
心の中で「嘘付け! 下手くそ!」とつい言ってしまいます。

アマチュアが写真家から、
「これはなにを表現したかったのですか?」と尋ねられると、
「現代の孤独を象徴したかったのです」
なんてしたり顔で聞いた風な口を利くと、
やっぱり、
「嘘、嘘! 
ただ撮れただけの写真にそんなこじつけ、よしましょうね」と、
心の中でささやきます。
そして、そんな人とはお付き合いは遠慮することにしています。

というような次第で、
私としては、柄にもないことはあっさりやめにして、
一人でロボグラフィをただ撮って、ブログにただ掲載する、というシンプルで、
じゃまのはいらない境地をひたすら味わう時代が到来しました。

なんにも表現せず、
ただ私の出会いの瞬間を記録したロボグラフィたちを撮影し続け、
ブログに掲載し続けるわけです。
人はぜんぜん来ないのですが、
正確には、文書量と写真量はただならないので、
ネット検索でのヒット率はかなりあるでしょう。
でも、一見して、
「おじゃましましたあーーー、
さいなら!!!」でしょう。

かくして、私はついに写真家の世界から卒業したというわけです。
正確には、「最初から無縁だった」わけですが。
でも、写真家吉田正さんの優れた作品、豊かな人間性に接して、
人生に沢山の滋養を頂きました。
吉田正さんには感謝の気持ちで一杯です。




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by Sha-Sindbad | 2019-03-21 22:52 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1803 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 6-完-

キノプラズマート、使えば使うほど、
「ああ、いい!」
そう感じます。
でも、その「いい」は私がその場に居た瞬間とそのときの気持ちを
しっかり思い出させてくれるからです。

「写真が多すぎるよ」
友人からそう言われました。
傑作写真ばかり並んだら、「多すぎる」とは誰も言いません。
「凄い!
圧倒された!」
そう言うでしょう。
だから、「見る価値のない写真を沢山出している」という意味。
私のブログ訪問者の99%、いや100%のご意見でしょう。

写真家として作品を発表する場と考えるなら、
極度に厳選、これが絶対でしょう。
「下手の鉄砲数撃ちゃ当たる」式が成功する筈がありません。
だとすると、私がなぜこんなに無差別のごった煮をしているのか?
その理由を考えていただきたいですね。

次のどれでしょう?
① 全部傑作で、人にアピールできる、私がそう考えている。
② ごった煮に辟易して、来る気をなくさせるため。
③ 自分の足跡の絵日記のつもり。

①じゃ、まるで「アホ」ですね。
正解は②と③。

人気ブロガーの皆さん、スパム攻撃に時折悩まされるそうです。
優れた写真とブログ人気とふたつながら嫉妬をかき立てるからです。
思うに、人気ブログの場合、それだけの理由があるから、
人が集まるのですから、嫉妬を感じさせるのも無理はないし、
そう感じる方が訪問してくる確率もそれだけ高いわけです。

一方、私がそれに近いコメントをもらったのは、
別ブログを初めて1年経たぬ頃、たった1回だけ!
なぜ?
訪問者がごく少数なので、
そう感じる方が来る確率も極めて微少だからです。
もっけの幸いです。
そのたった1回、ただちに削除して、
その人物のアクセスを禁じましたが、
なんで、わざわざ人を怒らせるようなことを書くんだろう?
かなり気分が悪かったことを覚えています。
「スパム」とはよく言ったものです。

そこで、考えた対抗策が「写真と文章をたっぷり」。
その頃気がつきました、
ブログって、完璧な日記媒体じゃないか!
そこで、掲載容量を無制限とするよう契約を変更し、
以来、どんどん文章と写真を無制限に増大させるとともに、
アクセス数をチェックするのを止めました。

私はかなり意思が強く、決めたことは実行する人間なので、
それ以来、幾人がのぞいたか、まったく調べたことがありません。
一度、朝、自分の頁を開いたら、なんと呼ぶのか知りませんが、
個人のホームページのようなものの体裁がガラリと変わり、
片隅にその時点までのアクセス数の欄まであって、
目に入ってしまいました。
早朝だったので、「2」か「3」だったと思います。
ただちに旧の頁に設定を戻しました。
その頁を開く度に「この頁はサポート終了」とかなんとか表示。
「いいでしょ、サポートなんかしてもらわなくてもね」
いつか、旧の頁が本当に廃止されてしまったら、
現ホームページがCRTに出現する度に、
アクセス数欄を見ないように反射的に顔を動かし、
次の瞬間、さっとアクセス数欄を手で隠すことになるでしょう。

見たって、いいじゃないの?
皆さんはそうでしょう。
私はいやです。
日記なら、そんなものは見ない、それが大前提。
いやなことは絶対にしない、それが私の流儀。





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by Sha-Sindbad | 2017-05-26 23:59 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1802 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 5



キノプラズマート20㎜F1.5を使っていると、
不思議な感じに襲われます。

ご承知のように(というのは、言葉の綾)、
ご承知でない方ばかりでしょうけど、
私はレンズを使うとき、99パーセント、開放一本槍。
人間の個性や癖はどんなときに出ますか?
本人が自意識を持たないとき、ふとした瞬間に、ですね。
レンズもそれと同じ。
レンズの個性、本質、真実の姿が出るのは、開放のときだけ。
レンズの欠陥、欠点、悪い癖が出るのも、開放のときだけ。
そうではないでしょうか?
だから、開放が面白いのです。

奈良町でこのレンズがどんな写真を撮ったか?
これをじっくり観て行くと、面白いことが分かりますね。
このレンズの開放描写って、開放とは思えないほどに重厚で、
像、イメージに厚みがあります。
でも、前後のボケ味は紛れもなく大口径レンズの味。
このまるで二律背反するような、でも、
このレンズを極上のビンテージに高めてくれる特質が、
どの写真にも顕われています。

私が持っている25㎜以下のキノプラズマートというレンズ、
たいてい、時折、どこか腰の弱さ、儚さのような雰囲気を見せます。
ところが、20㎜はそんな雰囲気と完全に無縁。

Olympus EP-L1で使うので、実質上、40㎜レンズ。
不思議ですね。
今盛んに試写を繰り返している宮崎貞安さんのニューレンズ、
Histrio-Prot40mmF6.3とまったく同じ焦点距離です。
その原型のプロターもキノプラズマートも設計者は同じ、
パウル・ルドルフ博士ではありませんか?
そのせいでしょうか?

そして、今、気づきました。
開放値はぜんぜん違うのに、描写性にかなり似たところがある、
そんな感じがする?
いかがでしょうか?
私の勝手な思いこみでしょうかねえ?





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by Sha-Sindbad | 2017-05-25 23:18 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1801 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 4


私は極めて狭い人生を送って来ました。
テレビを観なくなって何十年でしょうか?
誰もが関心を持つようなことに一切関心を寄せず、
と言うより、そんな関心が存在することすら知らず。
誰もが知っているようなこともほとんど知らず。
いやなこと、邪悪なこと、汚れたことは切り捨て、
私が心から望まない交際は一切絶って生きて来ました。

だからと言って、仙人のように生きて来たわけでもない。
要するに、狭い人生を生きてきました。
引退して第2の人生に入ると、さらに狭くなったようです。
そんな中で、ますます美しいものへ傾斜を深めています。

先頃肺炎を患った顛末は再三書きましたが、
なんのダメージもなくするりと疾病のクライシスから脱して、
さらに健康に自信を深め、
今、人生で一番健康で、一番敏捷で、一番頑健になった、
そんな感じをますます強め、
自分の人生にさらに集中する姿勢を強めつつあります。

どこに向かって集中するのか?
もちろん、美へ!

目下、キノプラズマート20㎜F1.5の写真を並べていますが、
これらの写真をご覧になったら、一目でお分かりでしょう。
眼を汚すようなもの、心に影を投げるようなもの、
どこかの首相や大統領の頬の弛んだ顔も含めて、一切うっちゃって、
私が見つめる美しいものはこんなものたちなのです。

私は、私の美しいものたちを人と共有したいとは思いません。
私が現に美しいと思うから、こうして撮影、ブログに掲載する、
だから、ブログは私の美体験日誌、
ただこれだけの意味しかないわけです。

「どこが美しい? ただの薄汚れた、ありふれたガラクタじゃない?」
そうお感じになるかたも多いことはよく分かっています。
それはつまり、あなたが私のブログと無縁だということだけ。
自分の体験を人に是認してもらいたい、共有してもらいたい、
なんて、これっぽっちも思っていません。

よく考えてみると、若いときからずっとこの調子で生きてきました。
誰にも知られることもなく、人から尊敬されることもない、
私はそれが一番だと信じてきました。
なぜって?
誰にも気兼ねなく生きることができるから。

キノプラズマート族って、そんな生き方をする私にはかなりふさわしい。
キノプラズマートというレンズはほとんど話題にならないし、
使ったことがある人もかなり少ない。
描写はかなり恣意的で、
どんなに使い込んでも、結果を予見することはできない。
だから、私はいつまでも写真を楽しめるのですから。




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by Sha-Sindbad | 2017-05-23 20:41 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1800 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 3


おー、おー、ついにこのブログの記事も1800の大台に載りました。
よい機会なので、種明かしを一つプレゼントしましょう。
(すでに何度も何度も書いてきたことですが)

ときどき、写真に対して、過度な期待を寄せられ、
また、写真家自身が過度な期待を持ってしまうことがあります。
すなわち、「写真作品は深い精神性をたたえていなければならない。」

私が自分の写真を絶対に「作品」と呼ばない理由がここにあります。
私の写真に精神性などかけらもないからです。
あるのは、ただの2次元の見かけだけ。
あるとしたら、「わあ、いいなあ!」という讃歎の気持ちだけ。

写真家のみなさん、胸に手を置いて、よーく考えてみましょうね。
「自分に深い精神性があるか?」
「うん、あるよ」と答えられる人は政治家にでもなりましょう。
絶対に写真家になろう、なんて思わないように。

私は、「精神性」などというような高邁な要素など自分には無縁、
そうはっきり知っています。
まああるとすれば、過剰な期待と過大な反応、それ位でしょう。
おかげで、路傍のどんな取るに足りない欠片にも即座に触発され、
大げさなくらいに上機嫌になれるわけです。
でも、写真の奥底を深く探ろうとしても、なにもない。
奥底そのものがない。
2次元の平面の模様だけ。

私の写真の師匠田島謹之助さんに深く慨嘆されたことがあります、

    「あんたの写真って、なにかあるぞっと思わせるけど、
    よくよく見たら、なんにもないなあ」

ここでは、どうやら、キノプラズマートというレンズが、
そんな幻影を生み出してくれているようです。
ありがとう、キノプラズマート!





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by Sha-Sindbad | 2017-05-22 23:59 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1799 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 2


長い間、私は一つ誤解をしていました。
私たち一般人が使うスチール写真用のレンズが最高、
漠然とですが、そう考えていました。
映画用レンズなど使ったことがなかったので、
当たり前と言えば、当たり前ですが。
でも、どうやら間違っていたようです。

遙か昔から、映画には莫大な資金が投資され、
成功すれば、その投資の見返りは大変なものでした。
そんな映画の成功不成功の決め手になるのは、
大抵の場合、映画としての出来不出来だったわけですが、
この出来不出来を左右したファクターの一つが、
画像、イメージの美しさ、迫力、リアリティでした。
そして、その決め手となったのは、カメラマンとレンズ、
この2つだったようです。

どうやらカメラマンはコンテに従って撮影するようです。
黒沢明、小津安二郎のような名監督は見事なコンテを作っています。
でも、そのコンテを最大限活かして映像にするのはカメラマンであり、
優れたレンズだったのです。

映画カメラマンは、ディレクター、監督、主演俳優たちを頂点とする、
集団製作のスタッフの一員として活動するので、
写真家たちのように、個人的名声を築くことはかなり難しいようです。
でも、名画には必ず名シーンがあり、その名シーンを活かしたのは、
カメラマンであり、名レンズでした。

だから、映画用レンズの製作には膨大な資金が投じられたようです。
アストロ・ベルリン、アンジェニュー、ツァイス、
キノプティック、ダルメーヤー、フーゴ マイヤー等々、
優れたレンズメーカーの多くの主力製品は映画用レンズだったようです。
キノプラズマートの「キノ」は「映画」を意味するようです。
語源はどうやらギリシャ語のkinein(動く)であり、
この言葉からkinema(キネマ)あるいはcinemaが生まれたようです。

ツァイスの偉大なレンズ制作者パウル・ルドルフ博士は、
ツァイス退職後フーゴ マイヤー社に移って、キノプラズマートを考案したのです。
36㎜映画用キノプラズマートはついに私の手の届かぬ高みに舞い上がり、
私が手に入れることができたのは、8㎜、16㎜用のキノプラズマート。
だから、名画とは無縁だったでしょうけど、
民生用のいわばプアマンズキノプラズマートたちを使うにつけて、
その魔術的な実在感にうっとりさせられるのです。
シネマ用の主力レンズを開発するための人的物的投資の成果は、
きっとこうした廉価版映画レンズにもしっかり反映している、
だから、こんなに深みのある画像をプレゼントしてくれるのだ、
そう考えたいですね。





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by Sha-Sindbad | 2017-05-21 20:55 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1798 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 1


ブログを始めた当初は、私でさえ、人が分かるような写真を選びたい、
そう思っていました。
写真やレンズを巡って意見交換したい気持ちがあったからです。

でも、早々にそうした期待は自分の写真には重荷過ぎる、
そう気づきました。
もともと人にアピールする気持ちなしに撮っているのに、
人になにかを感じて欲しいと期待するのは筋違い。

そう気づいたことで、私自身とブログと二つながらに、
一つの障害を乗り越えたのでした。
ブログ記事を作ることも、自分の人生を生きることなんだ、
そう悟ったのです。
それ以来、自分の心の赴くままにブログを作ってきました。

キノプラズマート20㎜F1.5
キノプラズマート一族の中でも一番目立たないレンズでしょう。
このレンズの存在価値、個性は何なのだ?
そう正面切って尋ねると、さて、なんでしょう、と当惑。
でも、こうして並べてみると、
一人ひっそりと路傍で自分の記憶を写真に収めている私には、
かなりふさわしいレンズなんじゃないか、という気がしています。
あえかに揺らぐ思い出の儚さ、そんな味わいでしょうか?






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by Sha-Sindbad | 2017-05-19 22:50 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)