レンズ千夜一夜

カテゴリ:Elmar35mmF3.5( 17 )

1944 古色(2017年9月30日エルマー35㎜F3.5に時代を感じ)4-完-人生は暇ばっかり


引退後の人生は暇ばっかり、
したいことを勝手気ままにやり放題になるだろう、
そう予測していたのですが、すっかりアテが外れました。
まさに「好事魔多し」というあたりでしょうか?

今週も6歳の孫プリンスの溶連菌罹患で、加美通い。
でも、見る見る内に快復しました。
昨日も1日マンションで一緒にいましたが、
マスクをしているだけで、元気一杯。
バットを振り、ボールを投げて、野球少年の1日。
午後1時からは、プロ野球の阪神×楽天のオープン戦を、
ソファに並んで観戦しました。

孫プリンス、どんどんと好みが変わります。
あれこれ幼児らしい遊び、おもちゃ、テレビ番組に凝り、
恐竜も図鑑8冊を買い集めて、100種ほどは、
平カナを頼りに図鑑のカタカナを学んで、
名称、生存時代、植物食か肉食か、体長等を頭に収め、
将来は恐竜博士かと、期待させてもらったのですが、
今や、完全に野球少年。
平カナを頼りに、漢字を着々と覚え、選手名鑑の阪神選手を、
姓名、守備位置、左か右か、年齢等を完全に頭に収め、
それを頼りに、他チームの選手も覚えつつあり、

小学校入学とともに、少年野球チームにも入団の予定。
この調子では、かなり短期のサイクルで変貌しそうで、
将来、どんなことをするか、まったく予測不能。
自分のことを思い返してみると、
はるかにはるかにのんびり、おっとりと育ったなあ!

ホワイトヘッドは、20世紀前半に、
一世を風靡した名講演「科学と近代世界」で、
人類は、その移動方法である、徒歩、馬、車、電車、
飛行機の速さに対応して、変化、発展を遂げてきたが、
将来は来世紀にはロケットの速さで変化するだろう、
そう予言しました。

世の中はまさにその通りとなり、今や、人間は、
巧妙巧緻に発展を遂げた宣伝、人心操作術のおかげで、
いいように翻弄され、収攬され、操作される時代となりました。
私は、人類の未来は22世紀あたりで終わりになり、
企業、機構、コンピュータの奴隷に成り果てるだろう、
そう予測しています。

でも、一方では、子供たちの心身は驚異的なスピードで成長し、
以前には想像さえしなかったほどに変化に柔軟に対応して、
そうした時代の潮流に対抗して、
むしろ人類と機構、機械とが共存して、
新しい世界を構築する時代になるかも知れない、
そんな望みも抱いてしまいます。

いずれにせよ、新聞、テレビ、ネット、のどれにも近づかず、
自分の楽しみだけにコンピュータを使って生きる私など、
完全に時代の潮流から取り残されていくだろう、
そう予測し、かつそう念願して生きることにします。

さて、エルマー35㎜F3.5が撮ってくれるロボグラフィたちも、
私同様に時代遅れのおっとり画像。
聴くところによれば、カメラ、コンピュータのソフトで、
近ごろのカメラの画像データは、
ボケ味を含めて、望むがままに自由自在に変えられるそうですね。
つまり、無理して、自分の好みの画像を得られるレンズを探す、
なんてことは完全に時代遅れの趣味となってしまったようです。

それじゃ、もう古代レンズたちは全部売って、
現代のカメラ、レンズに買い換えて、
そんな画像処理を勉強しようか?
なんて、絶対に思いませんね。
そんな画像処理が施された写真作品に出会いますが、
私の心はもうちらっとも動かなくなりました。
撮影時に撮影者が自分の心と体を苦労して駆使して撮った写真、
そんな写真を観たいものです。

友人とおなじです。
さまざまな個性、人生観、生き方、さらにはさまざまな欠点を持つ、
そんな人間だからこそ、苦労して付き合いたい、
互いに学び合いたい、そう感じるのです。
あなた、欠点のない完璧人間と付き合いたいと思いますか?
私は思いませんね。

こんな風に、写真趣味の世界でも、
私は完全に時代遅れになりそうです。
しかも、自分の人生をさらに時代遅れにすることに、
生き甲斐を感じる人間になれたことを自分で褒めてあげたい、
そんな気持ちでいます。
自分の孫には時代の潮流に逆らうことなく成長することを望み、
一方では、自分は完全に時代遅れになりたいと望む、
不思議な成り行きです。





b0226423_13404424.jpg
b0226423_13410492.jpg
b0226423_13410984.jpg
b0226423_13412084.jpg
b0226423_13412551.jpg
b0226423_13413720.jpg
b0226423_13414322.jpg
b0226423_13414864.jpg
b0226423_13415468.jpg
b0226423_13420144.jpg
b0226423_13420898.jpg
b0226423_13421453.jpg
b0226423_13422268.jpg
b0226423_13422977.jpg
b0226423_13423605.jpg
b0226423_13424570.jpg
b0226423_13425138.jpg
b0226423_13425702.jpg
b0226423_13430410.jpg
b0226423_13431061.jpg
b0226423_13431761.jpg
b0226423_13444374.jpg
b0226423_13444977.jpg
b0226423_13445576.jpg
b0226423_13450102.jpg
b0226423_13450778.jpg
b0226423_13451460.jpg
b0226423_13452236.jpg
b0226423_13452918.jpg
b0226423_13453766.jpg
b0226423_13454346.jpg
b0226423_13455018.jpg
b0226423_13455775.jpg






by Sha-Sindbad | 2018-03-17 13:47 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1943 古色(2017年9月30日エルマー35㎜F3.5に時代を感じ)3 今日もがんばろう!


先週金曜日からの8日間は、1日を除き、連日が外出。
ちょっとしたピークです。
なるべく無理をしない、という気持ちでやっていきましょう。

不思議に思うことが一つあります。
あなたが引退後の生活に入っているとして、
これからの人生をどうイメージしますか?
かなりの方が、老化、ボケ、老衰、老人養護施設、死のプロセス、
これが不可避のプロセスである、
そうイメージしておられるようです。

でも、私の父は84までボケもせず、自宅で突然の死を迎えるまで、
普通に生活していました。
不思議なのは、父は老化を送らせるための努力を一切しなかった!
ただ、毎日平穏に暮らしていただけ。
だから、私は、上記のプロセスが不可避だとは考えません。
私の母は、残念ながら、七十前だったでしょうか、
アルツハイマーを発症してしまいました。
一般的には、発症後そんなに長生きはできないとされているのに、
やはり父と同じ年齢まで、身体は頑健に生きました。

むしろ嘉納愛子さんや篠田桃紅さんのような、
100歳を超えるまで現役の芸術家として活躍した人を思います。
そんな人は例外中の例外で、スペシャルなんだ、
そう反論する人がいるでしょう。
でも、誰もがそんな可能性があることを否定することができますか?
一つ言えることは、なにもしないで、漫然と生きるだけで、
そんな人生を送ることはできない。

私は、まだ発症していないアルツハイマーは別として、
元気で長生きする体質は受け継いでいるようです。
でも、朝のストレッチ、立ったまま靴下を履く、
あっと言う間に布団、寝具を押し入れにきちんと片付ける、
というエクササイズから始めて、
体によいと思われるエクササイズをかなり沢山続けています。
どなたにでもできるものとしては、
外出しない日は、階段にかかる度に、3往復上り下りする、
暇があれば、両手の指を反対側の手でぐるぐる回すなど、
指と手のエクササイズをいろいろやる、
階段は1段跳びに上がる、
歩くときは、早足、できるだけつま先に力をかける、
等々、いくらでも工夫できます。

始めたら止めない、これができるのが私の強みです。
なぜ、止めないのか?
私にとってよいことだと信じているからです。
よいことを続けるのは実に簡単、そうではありませんか?
年を重ねれば重ねるほど、意志力を強化する、
これも大切なエクササイズです。

おかげで、昨年11月来の看病、保育、病院がよい等の、
家庭専科の3ヶ月半を、かなり疲労しつつも、
つつがなく乗り切ることができました。

どなたもそう感じるでしょう、
人生、明日なにが起きるか、誰にも予測できない!
そして、起きることを防ぐことは誰にもできない!
でも、変えることができることがあります。
なにが起こっても、
くじけず、いじけず、嘆かず、真っ正面から向かい合う!
そうすれば、いつか乗り越えることができます。
できなければ、それは運命ですが、
そんなことが起きれば、それまでなのですから、
いわば、どうでもよいことです。
むしろ、乗り越える可能性を常に確信し続ける、
これが大切です。

だって、どなたもそうでしょう?
これまでの人生にそんな辛い出来事が一杯起きましたね。
でも、ほとんど覚えていませんね。
思い出しても、その辛さ、心の痛みなど、甦らない。
人間はかなり忘れっぽいように作られているようです。
そうでないと、健やかに生きることなどできません。
過去は忘れ、未来は気にしない、これが一番。
そして、どんなに辛いことが起こっても、
いつかは過ぎ去る、忘れ去る、そんな日が来る、
そう確信して、くじけずに生きたいものですね。

身体を鍛えるのは、なにが起こっても、
真正面から向き合える気力と体力を付けるため。
そう考えて、今日もがんばりましょう。

一体、このブログ、なんなの?
レンズブログの筈なのに?
そう感じる方もおいでかも知れませんね。
気にしない、気にしない!
私の2つのブログ「わが友ホロゴン」と「レンズ千夜一夜」、
どちらもオープン後日ならずにして、ただの写真日記に。
こうやって書いているのも、あなたのためではありません。
私のため。
自分で再確認しているわけです。

でも、とってつけたようで、申し訳ありませんが、
エルマー35㎜F3.5のことも書いておきましょう。
エルマー族に共通して、感じることがあります。
レンズの評言には少しそぐわないかも知れませんが、
「平常心」
どんなものに出会っても、等身大で受け止めてくれる、
つまり、かなり懐の深い描写力を持っている、
そんな印象をいつも抱いてしまいます。
そんな風に考えますと、
老後の心構えにぴったりのレンズではありませんか?




b0226423_11011178.jpg
b0226423_11011830.jpg
b0226423_11012401.jpg
b0226423_11013022.jpg
b0226423_11013561.jpg
b0226423_11014113.jpg
b0226423_11014757.jpg
b0226423_11015335.jpg
b0226423_11020380.jpg
b0226423_11020944.jpg
b0226423_11021586.jpg
b0226423_11022707.jpg
b0226423_11023353.jpg
b0226423_11023921.jpg
b0226423_11024506.jpg
b0226423_11025219.jpg
b0226423_11030015.jpg
b0226423_11030725.jpg
b0226423_11031302.jpg
b0226423_11032020.jpg
b0226423_11032649.jpg
b0226423_11033816.jpg
b0226423_11034467.jpg
b0226423_11035168.jpg
b0226423_11040214.jpg
b0226423_11041786.jpg
b0226423_11042494.jpg
b0226423_11043143.jpg
b0226423_11043948.jpg
b0226423_11055837.jpg





by Sha-Sindbad | 2018-03-13 11:07 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1942 古色(2017年9月30日エルマー35㎜F3.5に時代を感じ)2 HETAじゃね


人生、ときどきワクワクすることがあってほしいですね。
ワッと心が浮き立ち、元気が出ます、
「よーし、今日も一日、楽しく暮らすぞ!」
今朝、それがありました。
ご存知のように(と、言っても、ただの修辞ですが)、
私のブログはコメントがないので、有名ですね(誰も知らない)。
そんな私のブログに今朝コメントが一つ飛び込んだのです。
それも2014年11月9日の記事に!???
どうしてそんな昔の記事にアクセスされたのでしょう?
レンズで検索されたのかな?

そのコメントが傑作。

 「HETAじゃね。」

ははははははー、朝から笑ってしまいました。
早速、お返事、

 「haha
 ほんと、HETAですねえ。
 40年間この調子で撮って来たので、もう改善は無理ですね。」

どうも、私という人間は用意周到でなにかをすることができない。
いつも無造作に、出たとこ勝負で、いきなり修羅場に飛び込んだら、
なんだかうまく行くことが多い、という感じ。
火事場の馬鹿力風の状況に進んで自分の身を置くことで、
なんとかしのいで行こうとしてきた感じがします。
慧眼の士なら、文章、写真を見ただけで、たちまち見抜くでしょう。
「この人、予習が出来ない人だな」
でも、見抜き方が不足ですね。
なにしろ復習もできませんから。
お陰で、いつまで経っても、同じ場所で、同じものを見つけて、
飽きもせず、同じように撮っている。
本人、記憶力も悪いので、
初めてお目にかかります、という気分。
覚えていても、また会いましたね、と、
挨拶代わりにワンショット。

おかげで、関西の限られたお気に入り路地を徘徊して、
ロボグラフィを撮っているわけです。
レンズ変われど、所変わらず、なので、飽きません。
それができるのも、
人が見ることを全然想定していないからですが、
一番、重要な点は、
私が完全無技巧、結果不問で撮っているから。
すぐれた写真を撮りたい人は、出来不出来に悩むでしょう。
私は、どう撮れても、全部私の写真なので、
出来不出来なんてことは気にしない。
だから、いつも、「よいものに出会えた!」と上機嫌。

それでも、ブログにはいつも撮影分の半分程度を掲載しています。
つまり、選んでいる。
でも、全部載せたら、キリがないから。
その選択基準も、写真ベースではありません。
私が見たいもの、心に留めたいものが写っているかどうか、
ただこれだけ。
だから、飽きない。
飽きるとしたら、それは、私が自分に飽きたときでしょう。



b0226423_22010100.jpg
b0226423_22010701.jpg
b0226423_22011328.jpg
b0226423_22011971.jpg
b0226423_22012507.jpg
b0226423_22014470.jpg
b0226423_22015068.jpg
b0226423_22015643.jpg
b0226423_22020380.jpg
b0226423_22021256.jpg
b0226423_22021963.jpg
b0226423_22022419.jpg
b0226423_22023175.jpg
b0226423_22023931.jpg
b0226423_22024605.jpg
b0226423_22025264.jpg
b0226423_22025955.jpg
b0226423_22030647.jpg
b0226423_22032185.jpg
b0226423_22033048.jpg
b0226423_22033643.jpg
b0226423_22034221.jpg
b0226423_22035324.jpg
b0226423_22040001.jpg
b0226423_22040698.jpg
b0226423_22041247.jpg
b0226423_22041995.jpg
b0226423_22042618.jpg
b0226423_22043834.jpg
b0226423_22044616.jpg
b0226423_22045351.jpg
b0226423_22050570.jpg
b0226423_22061929.jpg
b0226423_22062911.jpg





by Sha-Sindbad | 2018-03-08 22:08 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1941 古色(2017年9月30日エルマー35㎜F3.5に時代を感じ)1 新しい人生


私が二胡演奏家の陳少林先生に揚琴伴奏を教えていただいていることは、
すでに幾度も書きました。
私より若いのですが、人生のことも教えていただくことがよくあります。
3月5日月曜日のレッスンの際もとても貴重なアイデアを頂きました。

彼の弟子で、私同様に退職者がいます。
学歴職歴ともに一流の方ですが、かなり体を傷めておられます。
酒の吞みすぎなのです。
陳少林先生も私も、「お酒はやめたらどうですか?」と勧めています。
でも、彼はこう言います、
「私から酒をとったら、なにも残りませんよ。
酒を断ってしまったら、生きてる甲斐がありませんよ」

陳少林先生はこの考え方に理解ができません。
私もできません。
先生は、こうおっしゃるのです、

  「人間、なにをやるにしても、やると決めたら、
  自分がいくつでも、自分の人生の出発点にいるような気持ちで、
  本気でやるべきです。
  どんなことでも、いつも、これから自分の人生を切り開く、
  そのつもりでやるべきです。
  酒をやめられないと言って、
  みすみす体をダメにしていくのはおかしい。
  生まれ変わったつもりで、
  今この瞬間から、新しい人生を始める、
  そんなつもりで何事も本気でやるべきでですよ。」

私は陳少林先生のご意見に心から賛成します。
私もそのように生きたいと思っているからです。
かなりの男性が退職すると、
「もう後は死を待つばかり」という気分になるようです。
眼がほとんど死んでいます。
私の孫たちはどの子も大きな目が内から光を発しています。
どんな年齢になっても、こんな目で生きたいですねえ!

本シリーズのエルマー35㎜F3.5は、
ノンコーティングの第二次世界大戦前のオールドレンズ。
エルマー50㎜F3.5とほぼ同時期の姉妹レンズですが、
このレンズ、けっして疲れていません。
使う度に、新鮮な喜びと驚きばかり感じます。
穏やかさ、落ち着きを感じさせてくれます。
人を驚かそうとしていない。
世界を自分の目で眺めている、そんな感じ。

現代は、「どうだ、凄いだろう!」と言わんばかりの、
こけおどしの「貼り絵」的虚構作品が氾濫しています。
どうしてなんだろう?
寂しい思いで、たたずんでしまいます。




b0226423_14435480.jpg
b0226423_14440016.jpg
b0226423_14440940.jpg
b0226423_14441577.jpg
b0226423_14443042.jpg
b0226423_14443672.jpg
b0226423_14444215.jpg
b0226423_14444859.jpg
b0226423_15053379.jpg
b0226423_15054019.jpg
b0226423_15054747.jpg
b0226423_15055450.jpg
b0226423_15060199.jpg
b0226423_15060854.jpg
b0226423_15061404.jpg
b0226423_15062099.jpg
b0226423_15062600.jpg
b0226423_15064795.jpg
b0226423_15065521.jpg
b0226423_15070354.jpg
b0226423_15071075.jpg
b0226423_15071690.jpg
b0226423_15072355.jpg
b0226423_15073077.jpg
b0226423_15073878.jpg
b0226423_15074578.jpg
b0226423_15075328.jpg
b0226423_15075927.jpg
b0226423_15080643.jpg
b0226423_15081468.jpg
b0226423_15082122.jpg
b0226423_15082937.jpg
b0226423_15083564.jpg
b0226423_15090311.jpg
b0226423_15091205.jpg





by Sha-Sindbad | 2018-03-07 15:11 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1831 西大寺(2017年6月5日エルマー35㎜F3.5が久しぶりに繰り出した)5


歴史は螺旋状に進んでいくものかも知れません。

私の写真史がそうでした。
モノクロームの現像引き伸ばしを始めた頃、
私のコンタックスレンズとローデンシュトックの引き伸ばしレンズ、
ロダゴン50㎜のコンビは、
どうもベテランたちのニコンレンズとニコンの引き伸ばしレンズ、
ニッコール50㎜のコンビに敵わないなあ、と感じていました。
ニコンレンズの写真は白と黒がピンと聞いていて、切れ味抜群。
一方、ツァイスの写真はどうも精密感と迫力に欠ける感じ。

でも、クラブで引き伸ばし練習会を開いて、目も開きました。
葉先に大きく膨らんだ水玉のクローズアップ写真。
ニッコールで伸ばすと、水玉は白と黒の二値の幾何学模様。
ロダゴンで伸ばすと、白から陰の黒までなだらかなグラデーションで、
水玉がこんもりと葉先に盛り上がりました。
そうか!
ニコンは精密に撮ってくれるのではなくて、
視角を驚かせるような抽象化、強調化でアクセントを作りだしている。
ドイツの引き伸ばしレンズであるロダゴンは、もっと地味、実直に、
ものの形が作り出すグラデーションを丁寧に再現しようとしている。
それ以来、私はドイツ系、クラシック系のおとなしい表現一筋。

ところが、現代では、各社のレンズは畳一枚ほども軽く伸ばせるような、
超精密グラデーション路線をまっしぐらに突き進み、
iPhoneの超小型レンズでさえ、クラシックレンズに優る描写力。
私の使うクラシックレンズの方がはるかに雑な描写。

ところが、ここでまた、私には、過ぎたるは及ばざるが如しですね。
皆さん、お喜びのようです。
でも、私の目は現代レンズの超精密描写に追っ付かないようです。
私はギョギョッと目を白黒させるばかり。

この超精密描写、超繊細グラデーション描写って、
肉眼を超えているんじゃない?
私には気持ちが悪いんだけどなあ.........................

孫の家でテレビがドラマを放映しています。
登場人物たちの肌にはシミ一つありません。
当然です。
画像処理で、消されているのですから。
ネットのコマーシャルで、
×××を使って、大スターの○○さんのような美肌に!
○○さんの写真はもちろんシミどころか、なにもない。
ガラス細工のように、つるつる。
当然です。
画像処理で、消されているのですから。
私には気味が悪いだけなんだけどなあ....................
やっぱり、歴史は螺旋状に進んでいくようです。

私には、エルマーのような古いレンズの味が好きですねえ。
もちろんソニーα7で撮っているのですから、
かなり現代的に超精密、超繊細グラデーションになっています。
それでも、まだ、レンズの古い味わいを残してくれています。
ありがたい!





b0226423_17115675.jpg
b0226423_17115064.jpg
b0226423_17114047.jpg
b0226423_17113225.jpg
b0226423_17112523.jpg
b0226423_17111839.jpg
b0226423_17111033.jpg
b0226423_1711075.jpg
b0226423_17105316.jpg
b0226423_17104673.jpg
b0226423_17104014.jpg
b0226423_1710343.jpg
b0226423_1710277.jpg
b0226423_17102111.jpg
b0226423_17101544.jpg
b0226423_1710876.jpg
b0226423_1710219.jpg
b0226423_1795670.jpg
b0226423_1794877.jpg
b0226423_1794290.jpg
b0226423_1793691.jpg
b0226423_1792958.jpg
b0226423_1792375.jpg
b0226423_1791788.jpg
b0226423_1791064.jpg
b0226423_17936.jpg
b0226423_1785756.jpg
b0226423_1785087.jpg
b0226423_1784364.jpg
b0226423_1783417.jpg

by Sha-Sindbad | 2017-07-10 19:42 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1830 奈良町(2017年6月5日エルマー35㎜F3.5が久しぶりに繰り出した)4 信頼感




この古いエルマー35㎜F3.5というレンズ、
使えば使うほど、信頼感が高まります。
カルティエ=ブレッソンも満腹の信頼を置いていたでしょう。

ズマロン35㎜F3.5に決して劣らない。
というより、写真家にはより一層使い勝手が良いかもしれません。
ズマロンの方は時折光彩陸離たる描写をしてくれることがあります。
レンズ好きにはたまらない魅力ですが、
自分の作風に添う描写をしてくれるという万福の信頼感という点では、
エルマーの方が有利かも知れません。
地味ですが、一定水準の堅実な描写を常に保証してくれるからです。

今回の写真たちもそんな堅実描写の見本のようです。
ものたち、人、光景、すべてがしっかりと浮かびあがります。




b0226423_19222532.jpg
b0226423_1922199.jpg
b0226423_19221338.jpg
b0226423_192279.jpg
b0226423_1922120.jpg
b0226423_19215598.jpg
b0226423_19214927.jpg
b0226423_19214487.jpg
b0226423_19213850.jpg
b0226423_19213140.jpg
b0226423_19212443.jpg
b0226423_19211871.jpg
b0226423_19211287.jpg
b0226423_1921521.jpg
b0226423_19205999.jpg
b0226423_19205330.jpg
b0226423_19204634.jpg
b0226423_19204033.jpg
b0226423_19203413.jpg
b0226423_19202195.jpg
b0226423_19201558.jpg
b0226423_19201099.jpg
b0226423_1920351.jpg
b0226423_19195882.jpg
b0226423_19195156.jpg
b0226423_19194641.jpg
b0226423_19193811.jpg
b0226423_19192617.jpg

by Sha-Sindbad | 2017-07-09 21:11 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1829 近鉄奈良へ(2017年6月5日エルマー35㎜F3.5が久しぶりに繰り出した)3


私は、絵であれ、人の写真であれ、ポスターであれ、
お店のプレゼンであれ、骨董であれ、なんであれ、
路傍で見かけて、いいなと思ったら、全部撮ります。
写真を始めてからただちにそんな写真を好んで撮りました。

森山大道さんは、これをエクイバレントequivalentと呼んで、
見える物は、盗作にならない限り、すべて写真の題材になる、
そう宣言されました。
私ももとより大賛成です。

カルティエ=ブレッソンも木村伊兵衛も路上の人間を堂々と撮り、
写真集を埋めました。
でも、マスコミが支配する現代では、
憲法が保障する表現の自由も勝手に制限されてしまいかねない趨勢。
法的にいかなる意味でも保護される権利となっていない、
あの「肖像権」が大手を振ってまかりとおり、
表現の自由に優先するかのような現代、
私のような写真を見ると、思わず眉をしかめる人も多いでしょう。

そんな方は私のブログは来ない、私の写真なんか観ない、
それがいいでしょう。
私も日本国憲法を忘れている人とは付き合いたくもありません。
というわけで、至る所、私の心にぐっと食い込んできたやつらを
遠慮なくブログに掲載してきましたし、
これからも遠慮なく、そうしていきましょう。

エルマー35㎜F3.5のような昔のレンズ、
路上に出合うものたちをロボグラフィに変換する最上のツール、
そんな感じがします。
正確性よりも、夢。




b0226423_133506.jpg
b0226423_1334451.jpg
b0226423_1333762.jpg
b0226423_1333186.jpg
b0226423_1332370.jpg
b0226423_1331534.jpg
b0226423_133858.jpg
b0226423_133136.jpg
b0226423_1325592.jpg
b0226423_1324956.jpg
b0226423_1324284.jpg
b0226423_132374.jpg
b0226423_132304.jpg
b0226423_1322383.jpg
b0226423_1321579.jpg
b0226423_132827.jpg
b0226423_1315556.jpg
b0226423_131476.jpg
b0226423_1314010.jpg
b0226423_1312615.jpg
b0226423_1311945.jpg
b0226423_1311363.jpg
b0226423_131651.jpg
b0226423_1305984.jpg
b0226423_1305168.jpg
b0226423_1304254.jpg
b0226423_1258753.jpg
b0226423_12572498.jpg
b0226423_12571416.jpg

by Sha-Sindbad | 2017-07-07 13:04 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1828 西大寺(2017年6月5日エルマー35㎜F3.5が久しぶりに繰り出した)2


私には若い頃から隠者に惹かれるところがあったようです。
名声を欲しい、なんて思ったことは一度もありません。
そのせいでしょうか?
いざ、その憧れの隠者になってみると、これが楽しくてたまらない。

そんな隠者の理想の世界を描いた作品があります。
池大雅「十便帖」・蕪村「十宜帖」
その中でも、大雅の「吟便図」が好きですねえ。
窓辺に置かれた低い机に左肘をついて、
右手には筆をもったまま窓の外の山水を眺めている、
文人の後ろ姿。
大雅がこの画に付けた詩は至極平明です、
「両扉無意対山開
不去尋詩詩自来」
この絵の中の文人、我田引水的に言えば、
ロボグラフィが好きなのです。

この絵を見ていて、左下隅に目をやって、驚きました。
私には、背もたれ、肘掛けのついた椅子にしか見えません。
一体何なのでしょう?
もちろん、中国はかなり昔から椅子式の生活だったようです。
でも、質素な平屋に隠棲の身です。
わざわざ机まで置いているのです。
「ああ、疲れた、ちょっと一休み」と安楽椅子に腰掛ける、
なんてことをするでしょうか?

窓から見える山水に心を奪われ、時間の経つのも忘れる、
そんな隠者が窓に面した席の醍醐味に心を奪われることなく、
「座卓に座しておったら、しびれが切れたわい」なんて、
肘掛け椅子に移るなんてことがあるでしょうか?

ちょっと話がレンズから逸れましたが、
やっぱり気になって。
現代に戻って、にわか隠者の私としては、
ますます古いレンズ、それも、
第2次世界大戦前のノンコートレンズたちの
コントラストの弱い描写に傾きますね。
エルマー、しびれます。





b0226423_21265239.jpg
b0226423_21264591.jpg
b0226423_21263765.jpg
b0226423_21261530.jpg
b0226423_2126922.jpg
b0226423_2126239.jpg
b0226423_21255526.jpg
b0226423_21254660.jpg
b0226423_21234366.jpg
b0226423_2123319.jpg
b0226423_21221451.jpg
b0226423_2122675.jpg
b0226423_2122046.jpg
b0226423_21214947.jpg
b0226423_21214213.jpg
b0226423_21213680.jpg
b0226423_21213044.jpg
b0226423_21212346.jpg
b0226423_21211510.jpg
b0226423_2121976.jpg
b0226423_2121386.jpg
b0226423_21205576.jpg
b0226423_2120491.jpg
b0226423_21195936.jpg
b0226423_21194214.jpg
b0226423_2119211.jpg
b0226423_2119844.jpg
b0226423_2119169.jpg
b0226423_21185594.jpg
b0226423_21184989.jpg

by Sha-Sindbad | 2017-07-06 21:34 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1827 西大寺(2017年6月5日エルマー35㎜F3.5が久しぶりに繰り出した)1


ズマロンに続くのは、エルマー35㎜F3.5。
1932年から50年まで18年間にわたり延々と作り続けられました。

カルティエ=ブレッソンが戦前に撮り重ねた名作の数々は、
エルマーの35㎜と50㎜が中心だったのではないでしょうか?
ライカレンズの愛好者の中にはエルマーこそ、
ライカレンズの生粋、華、最高峰だと考える人もおいでのようです。

6月5日、陳少林先生の揚琴伴奏レッスンの機会に持ち出しました。
カメラはもちろんソニーα7。
せいぜい2時間に満たない程度でしたが、満足。

パンケーキレンズで、作りが良いので、取り回しは実にスムーズ。
ズマロンのようなダイナミックな味わいはありませんが、
しっとりとした肌触りで、滑らかなグラデーションの描写は、
さすがに一世を風靡した名玉の誉れにふさわしい、
そんな思いを新たにできたようです。




b0226423_17165241.jpg
b0226423_17164612.jpg
b0226423_17163870.jpg
b0226423_17163219.jpg
b0226423_17162086.jpg
b0226423_17161385.jpg
b0226423_1716652.jpg
b0226423_17155993.jpg
b0226423_17155246.jpg
b0226423_17154664.jpg
b0226423_17153881.jpg
b0226423_17153128.jpg
b0226423_17152211.jpg
b0226423_17151522.jpg
b0226423_1715736.jpg
b0226423_1715072.jpg
b0226423_17144452.jpg
b0226423_17143649.jpg
b0226423_1714235.jpg
b0226423_1782795.jpg
b0226423_1781643.jpg
b0226423_178823.jpg
b0226423_178019.jpg
b0226423_1774463.jpg
b0226423_1773771.jpg
b0226423_1772914.jpg
b0226423_1772297.jpg
b0226423_1771439.jpg
b0226423_177473.jpg

by Sha-Sindbad | 2017-07-05 17:18 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

1759 新大阪(エルマー35㎜F3.5なら急ぎ足でもなんとか撮れるようだ)


毎月1回の劉継虹先生の二胡レッスンは、
私にとっては、喜びであり、ヴォルガの舟歌でもあり、というところ。

朝9時半にJR新大阪駅に到着してから、
夕方先生を新幹線駅までお送りするまで、
身体を使う仕事は全部私が担当なのですから、
とくに今回のように3時間半の講習会を挟むと、
そのテーブル、椅子の設定から譜面台の調達、運搬まで、かなりの仕事。
まあ、普通の体力の人では無理でしょう。

水素吸入器Beautyflyでしっかり体力を付けているので、
私の場合は、ぜんぜん疲れませんし、後に疲労が残ることもありません。
大したものです。

バッグには軽量のセットを潜めました。

ソニーα7とエルマー35㎜F3.5

会場のココプラザとJR新大阪駅を3度往復しますので、
その行きずりにちょっとロボグラフィを楽しみました。
いつものように、開放でしか撮りませんが、
画角と開放の暗さを利して、目測で撮れるのが強み。
さらっと並べてみましょう。

とくに、土曜市のみなさん、撮影を嫌うので、
すべて、垂らした右手でブラインド撮影。
だから、写真としてはろくなものはありませんが、
おそらくは写真を始めたばかりのカルティエ=ブレッソンも使った、
そう推測されるこのレンズ、
ソフトなのに、リアル、
リアルなのに、どこか奥が深い、
そんな感じが一杯で、まさに、極上!
ズマロンは別として、
ズミクロンもズミルックスもディスタゴンも要らない!
そうお思いになりませんか?





b0226423_1152552.jpg
b0226423_11515748.jpg
b0226423_11515072.jpg
b0226423_11514395.jpg
b0226423_11513611.jpg
b0226423_11512952.jpg
b0226423_11512250.jpg
b0226423_11511614.jpg
b0226423_1151720.jpg
b0226423_1151013.jpg
b0226423_1150529.jpg
b0226423_11504532.jpg
b0226423_11503996.jpg
b0226423_11503159.jpg
b0226423_11502590.jpg
b0226423_11501797.jpg
b0226423_1150855.jpg
b0226423_1150282.jpg
b0226423_11495592.jpg
b0226423_11494764.jpg
b0226423_11494056.jpg
b0226423_11493194.jpg
b0226423_11492435.jpg
b0226423_11491753.jpg
b0226423_11491050.jpg
b0226423_1149495.jpg
b0226423_11485755.jpg
b0226423_11485184.jpg
b0226423_11484558.jpg
b0226423_11483970.jpg

by Sha-Sindbad | 2017-03-15 11:58 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)