1922 号外4(2017年12月27日ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3とモンチッチ)
ヒストリオ・ダゴナール40mmF6.3を使えば使うほど、画像のあたたかさに身上があるのかもしれない、そんな感じがしてきます。立体感と色あいがそう感じさせているようです。
レンズにあたたかさを求めても、仕方がないじゃないか?そうお考えの方も多いかも知れません。良いレンズというものの価値、役割は、完全にニュートラルな再現性にある、撮影者が主体で、レンズは道具に過ぎない!そんな考え方です。
私は、写真を始めてからずっと、別の考え方をしてきました。レンズは伴侶であり、パートナーである、それが私の偽らぬ気持ちです。
皆様(男性に限定)の伴侶(女性に限らない)もそうでしょう、けっしてあなたの手の平には載りませんね。それがいやだ、とお考えの向きもあるでしょう。私は違います、そう簡単に手の平に載るような伴侶では、長い人生を共にする価値も甲斐もない、そんな感じがします。私の伴侶など、私の手の平に載るどころか、油断すると、私を自分の手の平に載せようとするので、まあ、逃げるのに骨が折れます。でも、逃げている、というのは私の幻想かも知れない、そんな幻想を醸し出しつつ、私を自分の手の平で踊らせている、それが真相かも知れません。
レンズもかなり似ています。おいそれと神髄、性能を見抜けるようなレンズなんて、撮影を共にする伴侶には不足ですね。私がレンズに望みたい理想は様々であり、ときにはレンズによって異なることがありますが、少なくとも、温かさとメタモルフォーゼ、この2つは求めたいですね。
Histrio-Prot40mmF6.3、このレンズはどうやら私の基準に合格、そんな気がしてきました。