レンズ千夜一夜

1992 田舎暮らし(2017年11月11日フォコター50mmF1.9のバス停界隈)


前回記事は揚琴の付虹先生のお宅でのレッスンを終えてから、
ユニバーサルシティ駅で撮った写真の前半。
今回記事は、その後半と、奈良に帰り着いてから、
我が家直近のバス停に降り立ってから家までの、
歩いて3分足らず、距離にして300mほどの道ばた写真です。

ソニーα7に付けたフォコターで撮った、まさに路傍写真たち。
貧寒とした田舎のだらだら坂道です。
道行く人になどほとんど出会いません。
そんな田舎に住んでいる撮影者の生活には、
この世の選良の華麗なる人生にふさわしいものなど、
何一つありませんね。
まさに浄瑠璃のセリフ、「田舎ぐらしは暇ばっかり」ですね。

でも、人間って、慣れるものです。
こんな路傍の雑草たちがまさに生きる伴侶となってくれています。
お感じにはならないでしょうけど、
私の心は温かさと愛情にふくれあがっています。
ご理解にはなれないでしょう。

でも、構いません。
人は皆、孤島です。
それぞれ自分の小さな島に住んでいます。
どう生きるかは、勝手。
人間にとって大切なことは、なにをするかではありません。
どんな気持ちでするか、です。

子供の頃、グレース・ケリー主演の映画「泥棒成金」で見ました。
ヒッチコック監督の佳作。
大金持ちが朝食の席上、自分の葉巻を目玉焼きで消すシーン。
なんてことをするんだ、と仰天した記憶を忘れることができません。
今から考えると、金まみれになった人間の価値観の迷走、
し放題の放縦な生活の中でふっと心に影をさす倦怠、
そんな空虚な心情をちょっとした仕草で描ききったのでしょう。

私とは正反対の境遇、心境。
富も地位も名声もなにもなく、ひっそりと片隅で生きる。
でも、心は晴れ渡り、小さな世界のすべてに愛情を注ぐ日々。
ロボグラフィって、そんな人間の視線の記録というわけです。

このようなフォトジェニックなものなどなにもない状況で、
使ってみますと、フォコター50mmF1.9、なかなか良い!
誰からも気に留めてもらえないヤツらが、
思いもかけずレンズを向けられて、わっと心を躍らせている、
そんな風に感じるのですが、ねえ..............





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# by Sha-Sindbad | 2018-07-14 22:34 | Focotar50/4.5 | Comments(0)

1991 唯我独尊(2017年11月11日フォコター50mmF4.5が新大阪の休憩時間に活躍)


一番豪快な描写をするレンズはなにか?
私の知る限り、答えは一つです。
ライカ社の引伸しレンズ、フォコター50㎜F4.5
宮崎さんにライカMマウント用レンズに改造していただきました。
でも、あまり使っていません。

こんな友人をあなたはお持ちではありませんか?
何時会っても、自信たっぷり。
私は、いわば天才。
私はそれを知っているし、あなたもそれは認めざるを得ない。
そこで、2人の会話のテーマは常に彼自身、ということになります。

そんな人に私は40年前に出会いました。
今でも、彼は変わっていません。
そして、その天才ぶりに驚倒させられます。
でも、出会いがいつも少し物足りないのです。
別れてから気づきます、
今回も彼は僕になんにも尋ねなかったなあ...........

フォコターって、そんな友人の雰囲気にかなり似ています。
いわば、天才的レンズ。
フォコターもそれを知っているし、
私がそう思っていることも知っている、
でも、フォコターは私のことにはさほど関心を抱いていない、
そんな感じ。

天才たちが愛用して、その信頼にこたえてきました。
とくに、ライカレンズで撮った写真の引き伸ばしは、
このレンズに限る、そう言う人が沢山居ました。
確かに、カルティエ=ブレッソンのプリントを見る度に、
なんと堂々たる立体感、実在感!
なんという独特になだらかなグラデーション!
そして、生き生きとした雰囲気描写!
きっと彼のラボはフォコターを使っていたでしょう。

私はローデンシュトックの50㎜、80㎜しか使いませんでした。
ニコンの引き伸ばしレンズを試してみましたが、
切れ味、シャープネスは断然ニコン。
でも、グラデーションを犠牲にしていました。
おそらくフォコターは、上記の2本の良い点を備えていたでしょう。
でも、フォコターは高くて買えなかったのです。

ところが、モノクロプリント時代が去ってしまうと、
フォコターが往時の半額以下になって出回るようになりました。
さっそくあっけにとられるほど廉価で手に入れ、
宮崎さんにMマウントを付けて頂きました。
でも、なかなか手が伸びない。
なぜ?
ライカレンズの描写とかなり違う感じなのです。

ごくごく単純に各社のレンズの描写性を表現してみますと、
ツァイスは男性的、
ライカは女性的です。
フォクトレンダーは透明感があり、
シュナイダーは鋼の感触。
アンジェニューはコクがあって、
ダルメイヤーはやさしい。
余りにも単純化しすぎていますが、私の第一印象がそんな感じ。

じゃ、フォコターは?
他のすべてのレンズとちょっと違う感じなのです。
他の各社のレンズだって、自分の絵を描き、自分の歌を歌います。
でも、自分を愛してくれる人のために最大限協力してくれます。
だから、レンズ選びに成功すると、写真家はいつも、
自分の表現を徹底的に追求できるのです。
ところが、フォコターって、ちょっと頑固なのです。
いつも自分の絵を描き、自分の歌を歌います。
使い手に残された選択は、
フォコターの絵、歌を好むか好まないか、だけ。

だから、時代を創造する作品を生み出した写真家には、
義経に弁慶が使えたように、一変、かしづいたのでしょう。
でも、おそらくフォコターをカメラに付けて、
自分の写真世界を築き上げた写真家って、
世界広しと言えども、いないのではないでしょうか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-12 23:01 | Focotar50/4.5 | Comments(0)

1990 習慣(2018年1月20日ダルメイヤー25mmF1.9新大阪の休憩時間に活躍)2 君のためなら


先日、奈良駅に向かうJR大和路線快速に乗っていました。
JR大阪駅で乗り込んだとき、2つ空席を見つけました。
私はかなりすばしこいのです。
とくに妻と一緒のときの慣行が新婚以前からできています。
結婚したとき、「君のためならなんでもするよ」と、
約束したせいです。

つまり、電車に乗車したとき、一席しか見つからなければ、
妻が座り、私が立つ。
今回は空席が2席です。

私も座れそう!
まず、近場の席にさっとバッグを置き、
別のドアから乗り込んだ妻に、手を上げて「見つけたよ」と合図。
でも、よく考えると、バッグをもう1つの席に置いてから、
妻用のベターな位置にある席に立って、妻を待てばよかった。
妻はほぼ満員に近い人ごみを縫ってやってきて、
すっと私の席に座りました。

たいていのご夫婦では、そんな状況でも、奥様が譲る側に回り、
50年配を超えると、どちらかと言うと、旦那優先のようです。
私は自分の言葉を遵守します。
記憶力は悪いのに、自分がした約束は覚えています。
これは妻が超絶的に記憶力が良いせいもあります。
だから、何年経っても、ずっとかしずく側に据え置き状態。

でも、今回の場合、かなり疲れて、JR大和路線に乗り込んだのですから、
私も一席確保して、座っても良かった。
でも、哀れ、私はもう1つ、遵守していることがあった!
「レディファースト」
今時、死語ですね。
でも、私は自分が採用した路線はずっと守る人間。

妻が私の守っている席に、乗客を縫ってたどり着くのを待つ間に、
別の女性ももう一つの空き席に気づいて、妻に続いてやって来ました。
こうなると、その女性の前で、もう1つの空き席にすっと座って、
「早いもの勝ち、これがこの世の絶対真理ですねえ、すまないねえ」
なんて、澄ましたりはできません。

人間って、こんな風にある決断、ある選択が何十年経っても有効、
ということがあるものですね。
怖いですねえ。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-10 23:03 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1989 狭き門(2018年1月20日ダルメイヤー25mmF1.9新大阪の休憩時間に活躍)1 狭き門


「狭き門より入れ、
滅びに至る門は大きく、その道は広く、これより入るものおほし。
命に至る門はせまく、その道は細く、これを見出すもの少なし。」

マタイ伝のイエスの言葉ですね。
いろいろな意味がありますね。
だから、生きている言葉なのかも知れません。

私の尊敬する先輩がはるか昔に語った言葉を思い出しました。

   「ぼくは、狭い道と広い道、2つのどちらに進むか、
   そんな選択を迫られたとき、いつも狭い道を選んできました。
   一度も後悔したことはありません」

今頃どうしておられるでしょうか?
今でもお元気で、狭く、でも高みにつながる道を上って行く、
そんな人生をお送りになっていることを祈りたいですね。

私は、そこまで高邁な意識があったわけではないのですが、
どうも狭くて、いつか袋小路のたどりつく道ばかり歩いて来た、
そんな感じがしてなりません。

その証拠に、今だに路地裏ばかり彷徨っていますね。
路地って、たいてい行き止まりですね。
まさに自分の人生をそっくり反映しているのかも知れませんね。

でも、そんなデッドエンドにぶつかってもぶつかっても、元気。
どうやらその秘密は、私が片隅になにか別世界への扉を見つけるから、
そんな感じがしています。
その別世界はただの想像の産物であることは認めます。
私の人間性を高めるものでもなんでもありません。
でも、生きる慰め、次のステップに踏み出す弾みになってくれます。
だから、たとえ孤独であっても、心を弾ませ、にっこりできます。

価値あるものを創造することなどできなくても、平気です。
それがどうした?
価値あるものを創造できる人って、限られているじゃないの?
価値あるものを味わえる感受性を失わなければ、
人生は十分生き甲斐があるってものじゃないかな?

私が入って行く道が「命に至る門」につながっているかどうか?
あらかじめ分かりっこありませんね。
ひたすらどしどしと前に向かって歩いて行くだけです。

一つだけ、余計なこと。
はっきり分かっていることがあります。
差し迫った用もないのに、携帯を眺め続けること、
これは絶対に「命に至る門」にはつながりません。
近眼、老眼、近視眼思考、朦朧頭脳にはしっかりつながっています。
さなきだに少ない創造的な思考力をすり減らし、
頭脳を、雑多で無用な情報が煙らせ、早く衰えさせ、
いつか、なんの図柄もない灰色のジクソーパズルに変えてしまいます。
携帯は、視野暗き道につながっていることだけは確かですね。
携帯こそは「暗き門」なのかも知れません。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-07 14:50 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1988 古色(2017年10月6日ダルメイヤー25mmF1.9大阪加美の下町で震え)


私が音楽の中で最大に愛するものと言えば、
女性の歌声です。
大好きな歌手が一杯います。
桂銀淑さん、山口百恵さん、イ.ソニさんも大好きな歌手です。
スミ・ジョーさん、キャスリーン・バトルも劣らず好きです。
でも、私がその歌声を聞く度に、心の底から驚きと喜びと讃歎を感じる、
ウルトラスペシャルな歌手が3人居ます。

   マリア・カラス
   キルステン・フラグスタート
   キャスリーン・フェリア

つい今さっき、最後のキャスリーン・フェリアに仰天させられました。
先ほども、彼女の歌をたっぷり登録しているサイト、
Classical Music goturhjem2所収の1曲です。

    Kathleen Ferrier singing a medley while playing the piano.

        https://www.youtube.com/watch?v=k2wwGX9kkgs&list
        =RDDP0M1omMFQg&index=11

聴いたことのないイギリス風の軽い歌のピアノ弾き語りなのですが、
もしかすると、彼女自身の即興かも知れません。
わきたつような喜びに弾ける歌声と笑い、
二度の耳にできないと思えるほど、神秘な艶を帯びた輝かしい響き、
神が与えたもうた唯一無二のコントラルトの声の最上の瞬間は、
このときだったかも知れない?
そんな風に思いたい位に、初々しい歌声。

たった41歳で乳ガンのために世を去りました。
密かに忍び寄る死の予感が彼女の今に深い陰影を与えて、
このひとときをなおさらに尊いものにしたのでは?
そんな想像をさせてしまうほどに、光に満ちています。

いつもながらの我田引水で申し訳ないのですが、
キャスリーン・フェリアの古いモノーラル録音を聴いていますと、
銀塩モノクローム写真の味わいにとても似ている、
そう感じてしまいます。
現代のデジタル録音を考えますと、音質はよくありません。
でも、デジタル録音に人肌の暖かみを感じることができません。
デジタル写真とそのあたりの感触が平行しています。

コンピュータグラフィックスにはめ込まれた現代スターたちと、
ジャン・ギャバン主演の仏映画「現金に手を出すな」との差。
ルート・ロイベリック主演の「菩提樹」も思い出しますね。

今回のダルメイヤーの廉価版Cマウントレンズ、
ダルメイヤー25㎜F1.9E
なぜか古いモノクロ映画の味わいを出してくれます。

こんな写真を楽しいと思う人間そのものが時代遅れだ!
そう言われるのがオチですが、構いません。
大阪の下町、平野区の加美の路地裏が、
まるでタイムマシーンに乗って撮ったかのように、
古き良き時代の香りを帯びるようです。
こうしてこのチビレンズの写真を観る度に、
これ一本きりでもいいな、
そう本気で考えてしまいます。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-05 20:46 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1987 陰翳(2018年1月27日ヒストリオダゴナール40mmF6.3が京都駅界隈を試写)


私はどうも時代にいつも遅れる質の人間のようです。

でも、それには理由がないわけではありません。
あらゆることが便利になって行く時代です。
自分が子供の頃のことを思い出しますと、
日本と世界はこんなにも変ってしまったか、とため息が出てしまいます。
便利過ぎて、なにもかもがコクがなくなってしまいました。

私もさまざまな便利を享受してはいますが、
世界全体がどんどんつまらなくなっていくのは悲しいですね。
世界各地の民族音楽が全部滅亡寸前に落ちぶれてしまい、
ロックのビートが音楽世界を完全に支配する時代になってしまいました。
世界中に漫画、コミックが氾濫し、携帯でゲームに夢中になり、
本を読む若者は世界中から姿を消そうとしています。

日本ときたら、もう惨憺たる有様。
立憲民主主義など密かに捨て去られてしまい、
民主主義の皮をかぶった権力主義者が支配する暗黒時代に、
怒濤のような勢いで移行しつつあります。
原子力行政が真の原因である、福島原発事故が収拾不能、
原発のほとんどが耐用期間を超え、日本列島はいつか、
全土チェルノブイリ状態になろうとしているのに、
報道機関は完全な沈黙を守り、まるで原発事故など過去の出来事。
でも、誰もそんなこと気にもしていない。
まさに繁栄の極にある日本で生きることができて、幸せ!

写真で言いますと、世界中の写真好きの99%は、
ズームレンズ付きデジタルカメラでスイスイと撮り放題時代。
正直に言いますと、私はうんざりです。
デジタルレンズで撮って、画像処理ソフトで加工しまくった写真は、
私にはとても写真には見えません。
生理的に受け付けることができません。

自分だって、デジタルカメラを使っているのですから、
大きなことは言えた筋合いではありませんが、
完璧な現代レンズとは比較にならない低画質の古代レンズで、
なんとかバランスを取ろうとあがいています。

今は、写真を撮るための修行も技能もほとんど不要になり、
感性だけで勝負できる時代になったと言う方もいます。
私は、密かにつぶやきます、
そうじゃないだろう? 
画像処理ソフトの腕だけで勝負できる時代だろう?
おかげで、心に心底ぐっと突き刺さって来る写真なんか、
出会えなくなって、何年経ったでしょう?

そんな時代に、レンズの独特の個性を全開する、
そんな古き良き時代の面影を宿すレンズたちを、
現代に復元するべく、続々とニューレンズを制作されている、
MSオプティカルこと、宮崎貞安さんの試みは異色そのもの。

   ヒストリオダゴナール40mmF6.3

古のダゴールの面影を色濃く留める最新レンズです。
試作品をお借りしての試写分がまだ残っていました。
ざっとごらん頂きましょう。

もちろんいつもの通り、レベル補正で濃度を整えただけ。
レンズの個性がそのまま出ています。
なんのてらいもなく、情景を素直に写し取る、
質実剛健の気合いがこもったレンズ、
そんな感じがしませんか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-03 18:28 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

1986 しっとり(2017年11月8日パンタッカー75mmF4.5が雨の神社をぶらり)


現代のディジタルカメラのシステムでは、
作品作りの本格的プロセスはフォトショップのような、
画像処理ソフトに最大の比重がかかります。
画像処理ソフトが加工しやすいように、
クセのないニュートラルな画像を用意する、
これがレンズの役割となります。

私が使っているレンズは銀塩フィルム時代のレンズたち、
そして、銀塩フィルムの作品作りは撮影の瞬間にかかっています。
絞り調節による被写界深度の選択、露出補正による最適露出の決定、
これらはすべて撮影者が撮影の度に選択しました。
その当時のカメラもレンズもかなり個性的ですから、
カメラ、レンズの選択決定もまた作品作りの本質要因でした。

だから、レンズたち、よく言えば、極めて個性的、
ありていに言えば、癖だらけ、欠点だらけでした。
そんな癖や欠点が作品に味わいを出すことを予期する、
これも撮影者の作品作りの一環でした。

私は徹底的にこの時代の人間です。
プリントの段階でさまざまに画像処理する人もいましたが、
私は基本的に、撮影時で勝負終わり、その後はいじらない、
そんな主義でした。

今でも、そのやり方を持続しています。
なぜ?
自分の創意と工夫とセンスだけで写真を創りたいから。
写真作品など作らなくなって、
私の人生の記録に徹するようになると、
なおさらに、出会いを素直に記録することに徹したい。

じゃ、現代のレンズが一番癖がなくていいんじゃない?
でも、それこそ、筋違い。
すでにお分かりと思いますが、
私は徹底的に癖だらけの人間です。
その癖をそのままに、人生を押し通ってきました。
死ぬまで、そうするつもりです。
だから、現代のレンズの癖がなく、完璧な画像には、
身震いするほどの嫌悪感、疎外感、悪寒を感じるのです。

とんでもないほどに癖のあるレンズと私とがピタリ合う!
そんなレンズがかなり沢山見つかります。
そんな癖だらけの古代レンズたちこそ、私の伴侶。

私の癖とレンズの癖とがバッティングしたら、
そのレンズは、私のレンズじゃないだけ。
そんなレンズに数知れず出会いましたが、
さっさとお別れして、お互いにしこりを残しませんでした。

私の友人たちも、ここだけの話、私に優るとも劣らぬ、
猛烈な癖だらけ人間です。
だから、ワクワクするほどに面白い奴らです。
どうしても我慢のできない人とは付き合いません。
レンズと一緒。

ドイツの映画レンズメーカーの雄、アストロベルリンは、
いわば癖だらけのレンズたちを陸続と製産したようです。
ドイツ人は日本人以上にとんでもない癖だらけ民族です。
おそらく中国人と双璧でしょう。
だから、そんなドイツ人がアストロレンズを生み出し、
ドイツ人映画カメラマンたちに愛されたのでしょう。

沢山の系列があります。
ズームレンズがなかった時代です。
ズームレンズじゃないのに、まったく同質の画像にならないと、
レンズを交換するたびに、銀幕の画像の画質が変化したりすると、
まとも物語に没入することなどできません。
だから、同じ絞りで各種焦点距離のレンズがシリーズ化され、
同じ色合い、同じ性格の画像を提供したアストロは愛された、
そう聞きました。

でも、私は同じパンタッカーF2.3系列のレンズを数本使いましたが、
実のところ、シャープネスもコントラストも画質もまちまち。
なぜ?
それは制作年代が違うから、ということで説明できそうです。

このパンタッカー75㎜F2.3は、残念ながら、
私の№2のパンタッカー50㎜F2.3よりもかなり新しいレンズです。
だから、コントラストも厚みもシャープネスも一層ダイナミック。
50㎜はメタモルフォーゼを常におこしてくれますが、
75㎜はむしろリアリズムを強化するタイプのレンズです。
おそらく映画製作方針が、時代とともに、
ロマンチックからリアルなタッチに移行していったせいでしょう。
映画スクリーンも巨大化するにともない、
フィルムコントラストを高める必要もあったかも知れませんね?

そのお陰で、このレンズ、目覚ましい高画質が災いして、
私のお気に入りになりそこねたようです。
人間もレンズもあまりに鋭敏すぎると、
私のような強烈アバウト抜け作人間とはとてもかみ合わない、
という感じ。




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-01 22:33 | Comments(0)

1985 一日一日(2017年11月6日ビオゴン21mmF4.5で鹿野園町をぐるっと散歩)


エドワード・T・ホールの「文化としての時間」に、
ネイティブアメリカンのキシェ部族について、こんな文章があります。
「人生を生きるということは、音楽を作曲することや、
絵を描くこと、あるいは詩を書くことと似ている。
正しい生き方で生きた一日一日は、
芸術作品にもなりうるし、
あるいは大失敗となる可能性もある」
そして、
「キシェの人間は、毎日をいったいどう生きるかという
プロセスについて、本当に深く真剣に考えなくてはならないのだ」
この文章を読んで感じたことは、
引退してしまった人間は、生産性に主眼を置いた生き方から、
キシェ部族の生き方に移行した方がよいのではないか?

私はまだキシェ部族の生き方を実践できる自信はありません。
今日は、二つのブログに記事を投稿できたかな、
今日は、何枚写真を撮ったかな、などと気にしているようでは、
まだまだ生産性を大事にしていて、
芸術作品としての一日とはとても言えませんね。

つまり、第2の人生を生きるにふさわしい時間の使い方を
まだ会得していないようです。
でも、少しは近づいているんじゃないかな、と思うことがあります。
以前は仕事にせよ、趣味にせよ、自分のためにする時間を
まずしっかり確保したいという気持ちがありました。

でも、昨年11月来、
家事の大半が徐々に私の両肩にかかっていて、
朝など、さまざまに堆積している仕事をまず片付けてから、
あまった時間を自分の楽しみに充てる、
というスタンスが身に染みつきつつあります。

そして、ふっと感じるのですが、
たとえば、洗濯物を干したり、畳んだりしていても、
あわてず、いそがず、家事仕事を、まるで呼吸のように、
自分の人生で当然に行う行為と受け取っているらしいのです。
キシェ部族の生き方への道を辿り始めたのかな?
そう考えたいものです。

さて、今回は、私のお気に入り超広角の一本、

   ツァイスのビオゴン21㎜F4.5

同じ超広角でも、ホロゴンとはまるで違う絵になります。
私には、ホロゴンの方がはるかに自然な画像。
でも、ホロゴンと似た写真が撮れるのであれば、
ホロゴン一本で十分ですね。
ホロゴンに優るとは思えないけど、
これはこれで面白いんじゃない?
そう感じる画像をプレゼントしてくれるのがたまりませんん。

2度、委託販売に出したのですが、ついに売れませんでした。
どうやら、スーパーアンギュロン2本の人気に押されているらしい。
凄みという点では決して負けないのに、なぜなんだろう?
そして、ふっと思いついたのですが、
アンギュロン2本に少しひけをとる部分があります。
それは、なに?
愛敬、じゃないでしょうか?
アンギュロン2本も凄い描写をするのですが、どこか華があります。
ビオゴン21㎜F4.5は、幕下と立ち会って、立ち上がりざま、
がつんと張り手を食らわす無敵の横綱の雰囲気が漂います。
なにもそこまでしなくてもいいんじゃない?

じゃ、アンギュロン2本を残して、ビオゴンはお払い箱?
実際にその気持ちになったことは既に書いた通りです。
でも、今では、売れなかったことが幸いした、
そう考えています。
このレンズで撮ることは、やはり歓びなのですから。



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# by Sha-Sindbad | 2018-06-29 11:04 | Biogon21/4.5 | Comments(0)

1984 どこでも(2017年11月3日アナスティグアート35mmF4.5が奈良町と我が家を往復)


もし写真の達人が私のブログにおいでになったら、
即座に「間違いました! さよなら!」でしょう。

フォトジェニックとは絶対に言えない被写体、
カメラマンなら絶対に撮らないような被写体、
なにがなんだか分からない意味不明の被写体、
こんなものがずらりと並ぶだけではありません。
果てしなく羅列されている。

今回はとりたててひどい!
奈良町になにか用があったらしい。
で、カメラを持って飛び出したけど、
用は覚えていません。
ただの道中記録です。

自分の被写体に出会わない限り、撮らない、
そんな創造的な方もおいででしょう。
私は、創造とはなんの関係もありません。
被写体に出会うことよりも、
シャッターを落とすことの方が大事、
別に写真なんか撮れなくてもいい、
なんでもよい、どこでもよい、
私が居たという印を遺したり
記憶のよすがにするだけ。

なにをするか?
なんて、結果は一切不問。
とにかく、撮り続ける、これが私です。
心が燃え上がっていた瞬間を時系列に記憶する、
「このとき、ぼくは生きていた!」と言える、
これだけが大切です。

避暑地のリゾートに最適のカメラ、
ダルメイヤーのアドヴォケートに付いていたレンズです。
このレンズで撮った写真を眺めると、
私も、どこに居ても、まるで避暑地気分で撮っている!
それが分かります。
海岸でなにもしないで、昼寝をしていた、
ああ、懐かしいなあ!
そんな気分。



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# by Sha-Sindbad | 2018-06-26 17:14 | Anastigmat35mmF4.5 | Comments(0)

1983 朦朧体(2018年4月5日タンバール90㎜F2.2で定かならぬ奈良町)2


私は12、3年前から中国の撥弦楽器、揚琴を学んでいます。
ツィンバロン、ダルシマー、サンドゥーリ等、
同種の民族楽器が世界中にあります。
これが中国に入り、一大変化を遂げました。
上記の楽器たちは独特の音律の民族楽器ですが、
中国人はこれを12音階の楽器に改良したのです。
そのうえ、バチを竹に変えました。
これは揚琴の奏法を画期的に変えてしまいました。
しなやかで弾力性があり、かつ小回りが効きます。
遙かに精緻多彩な音楽を生み出す楽器に生まれ変わりました。

そんな揚琴演奏の当代の第一人者は、黄河先生。
中国の音楽大学の双璧は北京中央音楽院と上海音楽院。
その中央音楽院の揚琴教授でした。

私の先生、付虹先生から聴きました、
最近、中央音楽院の揚琴教授が王玉珏さんに交替したそうです。
黄河先生の弟子です。
世代交代ですが、この新教授の演奏がYouTubeに沢山あります。
付虹先生に教えていただき、これを見て、仰天してしまいました。
演奏のスタイルが革命的なほどに変わったのです。
黄河先生の伝統的な演奏を一つご覧下さい。

黄河扬琴独奏:《黄河颂》
https://www.youtube.com/watch?v=e2J3443XZoM

一つ一つの音に芯があって、粒立ちがとてもよくて、
目も醒めるような、水際だった名演です。
誰も真似ができないんじゃないか、とさえ思えます。
試しに、ツィンバロン、ダルシマーの演奏をご覧になれば、
揚琴の表現力がどんなに増大しているか、
お分かりになるでしょう。

そこで、新しい王玉珏教授の演奏をご覧下さい。

王丹紅創作揚琴協奏曲《狂想曲》王玉珏
https://www.youtube.com/watch?v=b1Nsto7uQdU&list=
PL1kIeRJejsQZ2fryUfVPfn1mKZKb32iIE&index=4&t=0s

なんだか同じ楽器と思えないほどに違うではありませんか?
硬質の感触を出来るかぎり押さえて、
近頃大きく改良された揚琴をお使いになっていることも、
音の幅、質、表現性に好影響を与えているのかも知れません。
でも、2分目あたりの繊細で優美なアルペジオにぶつかると、
もうすっかり心を奪われてしまいました。

王玉珏さんも学生の頃の演奏は黄河先生の奏法に近い感じ。
現在の優艶な奏法が王玉珏さんの創造かどうかは分かりません。
少なくとも、王玉珏さんの演奏に助演している奏者たちは、
全員、王玉珏さんと同じ奏法に変わっています。

でも、実は、私の先生、付虹先生の演奏法もかなり近いのです。
先生の演奏はYouTubeでたった一つしか見つかりません。
それもiPhoneのファイルなので、音質も画質も今一。
私も昔から、先生の演奏法をYouTubeなりで見て、
学びたいと思ってきました。
黄河先生の超絶技法は、一生かかっても学べないでしょう。
でも、付虹先生や王玉珏さんの奏法なら、
私が弾けるようなやさしい曲にでも応用ができます。
でも、付虹先生のビデオはない。
自分でiPhoneで撮らせていただきましたが、
クローズアップで撮るせいか、
とても真似できるものじゃない!

王玉珏さんの奏法ももちろん真似できるものではないけど、
すでに十数曲は見つかっています。
さまざまなテクニックの部分が散りばめられているので、
ああ、ここではこんな風に弾くんだなあ、と、
僅かながらも学ぶことができそうです。
第一に、ソフトなサウンドの魅力を一杯感じ取ると、
自分の楽器でもこんな音を出したい、という目標ができます。

そこで、肝心要の写真に話を移しますと、
写真でも、硬軟二つの潮流が常にあるのではないでしょうか?
私の体験では、硬派の代表はツァイスレンズ。
軟派の代表はもちろんライカレンズ。
その究極の代表格がタンバール90㎜F2.2ですね。
なんだか、タンバールって、レンズ界の王玉珏さん、
そんな感じがしてきました。

問題は、私という人間はもともと硬派の人間です。
そんな人間がムリにタンバールを使おうとすると、
まるで弁慶が猫撫で声で迫る、
そんな場違い感がかすかに漂います。
演奏もそうでしょうけど、
技法の問題、レンズの問題ではなく、
心そのものがしなやかに変わる必要がありそうです。
軟調レンズを使うときは、そんな気持ちを忘れず、
心を柔らかく保ち、対象への眼差しも和らげつつ、
そっと撮りたい、そんな気になっています。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-24 17:09 | Thambar90/2.2 | Comments(0)

1982 朦朧体(2018年4月5日タンバール90㎜F2.2で定かならぬ奈良町)


私はもともと写真をツァイスレンズで始めました。
大学時代はミノルタSR-1で、ミノルタのレンズで撮っていましたが、
職業生活に入って4年目、宮崎市で写真クラブ「写壇はにわ」入会。
これが私の長い写真生活の本格的な始まりでした。

そのとき、私は大阪の老舗「ツカモトカメラ」で手に入れた、
ツァイスのスーパーイコンタ6×9、
ヤシカコンタックスとレンズ3本で出発しました。
その後、コンタックスシリーズを7、8本集めた挙げ句、
コンタレックスシリーズに移行したのですから、
いわばツァイス党だったわけです。

立体感、存在感溢れる描写を好んでいたわけです。
でも、その後、平行してライカの沼にもずぶずぶ沈みこみ、
いわば王羲之風の魁偉な書体と、良寛風の洒脱な書体、
この両方に心が揺れ動く時代に移行していきました。

ライカレンズ群の中でも、ひときわ私の心をそそったのは、
タンバール90㎜F2.2。
自分の技術でもセンスでも、そして資力でも、
とても追いつけない高嶺、それが、
タンバール90㎜F2.2。

銀塩カメラからデジタルカメラの時代に移行し、
その最初期は、ライカレンズの市場はかなり暴落し、
タンバールも往時の半額以下に落ちたことがありました。
そのライカレンズ受難の時期に、私の手に落ちたのです。
こうして、私にとって、ホロゴンと並ぶ究極のレンズが、
私の手の中で遊ぶようになったのですが、
実は、未だに使いこなすことができないじゃじゃ馬。

銀塩時代にはその一番の難関がピントにありました。
なぜかピントが来ないのです。
ソフトレンズの本来の理想は、
焦点がびしりと合った主人公が霧に包まれつつ立ち上がる、
そんな幽玄な境地にあるように思われるのですが、
肝心要の焦点が来ないのでは、ただのボケ写真です。

デジタルのソニーα7で使うようになって、
液晶画面の拡大機能で、焦点問題は解決しました。
でも、もっと基本的な障害が立ちはだかっています。
私のセンスそのものが、
タンバールの理想となるような幽玄の境地にほど遠い!

タンバールの朦朧体写真を撮るためには、
撮影者自身はかなり感性と知性を使う必要がありますが、
私と言えば、人間そのものが朦朧体、
これじゃ、始まりませんね。

撮影面では、半逆光程度の角度がよさそうですが、
私は基本的に順光派であることも邪魔しているのかも。
未だに四苦八苦しています。

古都奈良の奈良公園から奈良町を歩き回りましたが、
タンバール写真と言うには恥ずかしいような写真ばかり。
でも、2回に分けて、ごらん頂きましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-23 16:08 | Thambar90/2.2 | Comments(0)

1982 朦朧体(2018年4月5日タンバール90㎜F2.2で定かならぬ奈良町)


私はもともと写真をツァイスレンズで始めました。
大学時代はミノルタSR-1で、ミノルタのレンズで撮っていましたが、
職業生活に入って4年目、宮崎市で写真クラブ「写壇はにわ」入会。
これが私の長い写真生活の本格的な始まりでした。

そのとき、私は大阪の老舗「ツカモトカメラ」で手に入れた、
ツァイスのスーパーイコンタ6×9、
ヤシカコンタックスとレンズ3本で出発しました。
その後、コンタックスシリーズを7、8本集めた挙げ句、
コンタレックスシリーズに移行したのですから、
いわばツァイス党だったわけです。

立体感、存在感溢れる描写を好んでいたわけです。
でも、その後、平行してライカの沼にもずぶずぶ沈みこみ、
いわば王羲之風の魁偉な書体と、良寛風の洒脱な書体、
この両方に心が揺れ動く時代に移行していきました。

ライカレンズ群の中でも、ひときわ私の心をそそったのは、
タンバール90㎜F2.2。
自分の技術でもセンスでも、そして資力でも、
とても追いつけない高嶺、それが、
タンバール90㎜F2.2。

銀塩カメラからデジタルカメラの時代に移行し、
その最初期は、ライカレンズの市場はかなり暴落し、
タンバールも往時の半額以下に落ちたことがありました。
そのライカレンズ受難の時期に、私の手に落ちたのです。
こうして、私にとって、ホロゴンと並ぶ究極のレンズが、
私の手の中で遊ぶようになったのですが、
実は、未だに使いこなすことができないじゃじゃ馬。

銀塩時代にはその一番の難関がピントにありました。
なぜかピントが来ないのです。
ソフトレンズの本来の理想は、
焦点がびしりと合った主人公が霧に包まれつつ立ち上がる、
そんな幽玄な境地にあるように思われるのですが、
肝心要の焦点が来ないのでは、ただのボケ写真です。

デジタルのソニーα7で使うようになって、
液晶画面の拡大機能で、焦点問題は解決しました。
でも、もっと基本的な障害が立ちはだかっています。
私のセンスそのものが、
タンバールの理想となるような幽玄の境地にほど遠い!

タンバールの朦朧体写真を撮るためには、
撮影者自身はかなり感性と知性を使う必要がありますが、
私と言えば、人間そのものが朦朧体、
これじゃ、始まりませんね。

撮影面では、私のお好みの被写体が暗がりの中の黒いもの、
というような地味がものが多いため、タンバール向きではなさそう。
それに、半逆光程度の角度がよさそうですが、
私は基本的に順光派であることも邪魔しているのかも。
未だに四苦八苦しています。

古都奈良の奈良公園から奈良町を歩き回りましたが、
タンバール写真と言うには恥ずかしいような写真ばかり。
でも、2回に分けて、ごらん頂きましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-23 15:49 | Thambar90/2.2 | Comments(0)

1981 古色(2017年10月31日ビオゴン35㎜F2.8は奈良町を重々しく過ぎ)


大阪北部大地震の後には雨ばかり続きます。
なんだかこれまでの大地震でもそうだった感じがしますね。
ネットで調べてみると、同じ疑問を抱いた人が質問。
ベストアンサーは、
「地震時に発生するある種の電磁波が、
凝結核となって大気中に雨雲を発生させ、雨を降らせるのです。
大噴火火山の噴煙でも、
噴煙の微粒子が同じように凝結核となって、
雨を降らせることが知られています。」

ホントかどうか知りませんが、じめじめしますね。
被害者の皆さんのことを考えると、
そして、かなり人災の要素が混じっていることを考えますと、
ますます気が滅入りますね。

今回採り上げるレンズはツァイスのビオゴン35mmF2.8。
レンジファインダー・ツァイス用の名レンズです。
精密感と重厚感とが相まって、みすぼらしいロボグラフィでも、
どこかしらどっしりとした印象を帯びるようです。
私のロボグラフィ写真はそうでなくても暗めです。
本日の奈良町ロボグラフィは、上記の諸事情が重なって、
ますます暗めですね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-06-20 17:10 | Biogon35/2.8 | Comments(0)

1980 ありふれた日(2017年10月27日依然としてエルマー50㎜F3.5が奈良町、加美で)


先日、銀行のATMコーナーを出た途端、
次の男性が私に声をかけました。
見ると、在職時代によく接触を持った青年です。
でも、退職してから4年しか経たないのに、
かなり老けて、れっきとした中年に。

きっと、私も同様の印象を与えたことでしょう。
日々鏡で自分の顔を見ていたら、分からないこと、
それは、自分の顔の変化でしょうから。

でも、この出会いが私に与えたショックは実は別でした。
私は、彼がどんな職業で、私とどんなかかわり合いにあったか、
全然思い出せなかった!

記憶は、意識するにせよ、しないにせよ、反復して想起すること、
これが鍵なのだそうです。
「去る者は日々にうとし」
これは記憶にまつわる真相を喝破しているのでしょう。

でも、別にこのような事態に、忘却に抵抗したいわけではありません。
私の第2の人生にはなんの意味もないデータとなってしまっている。
そんな成り行きに棹を差したい気持ちなぞ、さらにないのですから。

このように考えますと、
私のロボグラフィの営みはこのような忘却への抵抗なのです。

仕事で重要な役割を演じてくれた人を忘れて、
路傍のまるで些末そのもののシーンを記憶に止めたい。
どこか本末転倒に陥っているのじゃないか?
そうおっしゃる方も多いでしょう。

私の言える言葉はただ一つですね、
「どうぞ、ご勝手に」
ロボグラフィはそんな写真です。
人にはなんの意味もないことが、私には意味を持つ。
それが私であり、
それが私の人生。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-15 23:18 | Elmar50/3.5 | Comments(0)

1979 おっとりと(2017年10月26日奈良町ならエルマー50㎜F3.5が任しとき)


ライカの50㎜標準レンズの初代ではないかもしれませんが、
おそらく2代目がエルマー50㎜F3.5。
これがライカ標準レンズの王様だ、と言う人がいます。
いや、あらゆる標準レンズの王者だ、と言う人もいます。

私は、良いレンズだけど、そこまで言うのは、ちょっと、
という感じです。
でも、素朴、実直だけど、ずしりとした重みが感じられ、
ちょっと圧倒されることがあります。
このあたりは第二次世界大戦前の古きよき時代の名残り、
そんな感じさえ、感じることがあります。
やっぱり凄いレンズなのです。

現代の写真家たちはRawで撮って、
Photoshop等のパソコンソフトで自在に画像処理をします。
ひたすら感嘆させられます。
でも、次の瞬間、忘れます。
これは、写真じゃない、アートだ、と感じるからです。
私は別に写真を素材にしたアートを、
「写真」として見たいとは思わないからです。

私はjpegで撮って、レベル補正で濃度だけ整えます。
私の好みの暗さで初手から撮りたいのですが、
デジタルカメラではなぜかそれができません。
フィルム時代、カメラのほとんどが露出計などないので、
勘だけで露出を決めて、同じ濃度で上げていたのに、
現代の自動露出内蔵カメラ、ソニーα7で使っても、
そんな風に同じ濃度で撮ることができないって、
なんだか、話が逆じゃないの?
そう言いたくなります。

だから、必要に応じて、レベル補正だけ使います。
エルマー50㎜F3.5による撮影も同様でした。
でも、濃度を整えると、このレンズ、
ライカのオールドレンズらしい適度な厚みを見せてくれます。

どう、適度なのだ?
そうお尋ねになるでしょう。
私のロボグラフィにふさわしい厚みに、つまり、
道ばたで静かな存在感を漂わせるものの威厳、
とでも言いたくなるような、厚みに、
そうお答えしておきましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-13 23:02 | Elmar50/3.5 | Comments(0)

1978 切れ味(2018年6月2日天理の町のたたずまいをゾンネタール73㎜F1.5がそっと)


昨日、奈良県立美術館に参りました。
特別展「奈良の刀剣 匠の美と伝統」
解題はこうです、
「古代から現代まで続く刀の文化とその芸術性。
併せて現代に活躍する奈良ゆかりの刀匠の活動を紹介することで、
多彩な角度から刀剣の魅力を紹介します」
別に刀剣が好きではありません。
危険なものですから、敢えて避けたいという気持ち。
でも、なにかアートに出会いたいと突然の衝動。

七支刀の復元実験もあるということで、参りました。
七支刀は真鍮のようにピカピカ光って、神秘性ゼロ。
ちょっとがっかりしました。
でも、この刀、刃の付き方がこじんまりし過ぎて、
とても実戦には使えそうにないあたり、
いかにも見栄えだけの用途に作られた感じで、
それなりに好感が持てました。

備前長船のような古刀と、現代の刀匠の力作を一気に見ますと、
まるでレンズに似た傾向を感じて、笑ってしまいました。

古刀はそれぞれに装飾性を押さえた質実剛毅な雰囲気。
新刀はいかにも切れますぞと言わんばかりの見事な作り。
でも、こう書きますと、「生意気な」と叱られそうですが、
見かけ倒しのような不足感を感じてしまいます。

ほとんどの刀剣は横から片面だけ見るかたちの陳列。
備前長船のちょっと小型の刀一本がガラス箱の中に、
四周から目を寄せてしっかり味わえるように置かれています。
その切っ先からのあまりに鋭利な佇まいにぞっとしました。
人間の身体なんか豆腐に斬り込むように易々と通ってしまう、
そんな恐ろしさを感じたのです。

私の知り合いは日本刀のコレクターでしたが、
畳の間に置かれたソファーに座って、刀に打粉を打っていました。
突然、手の間から刀がするっと床に落ちてしまいました。
どんな持ち方をしていたのでしょうね?
ともかく刀は畳の中にすーっと10㎝ほど音もなく吸い込まれて、
突き立ちました。
その人、それで日本刀のコレクションを全部処分してしまいました。

別の方に聴いた、その人の知人のお話。
真剣で居合い抜きの演武を鮮やかに決めて、
目は前方を見据えたまま、やおら剣を腰の鞘にそろり納めました。
ふっと視線を落とすと、鞘には入っていない。
ご自分の脇腹に束まで通っていた!
私はこのお話を聞いたとき、「そんなバカな」と思いました。
でも、実物を間近に見て、「ありうる!」と思い返しました。

「水滸伝」にも、英雄の一人、九紋竜史進のお話があります。
若い頃、お金に困って、
たしか家伝の刀か剣を市場で売ろうとしたのです。
見物人たちの見る前で、類い稀な鋭利さをデモして見せます。
正確なところは忘れましたが、髪の毛を刃の上に落とすと、
その細い毛が縦に二つに切れて、2本になって、
刃の両側に落ちたというようなお話。
このお話を読んだときも、「そんなバカな」と思いました。
でも、日本刀なら、起こりうる、そんな感じがしました。

こんな刀を腰に差した武士たちが、
我がもの顔に往来していた時代に生まれなくて、よかった!
これが美術展の最大の印象、って、
お前は芸術の観賞眼がないんじゃないの?
そう言われそうですが、そうなのだから、仕方がありません。
美しいなあ、なんて思う前に、ぞっとするばかりでした。

でも、その経験があったせいでしょう。
宮崎貞安さんのニューレンズ、
ゾンネタール73㎜F1.5の天理試写を今朝一覧して、
このレンズの開放での切れ味の良さに、
ほんのりとしたフレアがまとわりついて、
とても上品なたたずまいを見せていることに驚きました。
そのあたりの奥ゆかしさに古刀の味わいを見た、
そう書きますと、我田引水、身びいきに過ぎるんじゃない、
そうおっしゃる方もおいでかも知れませんが、
この印象もまた私の自然な印象です。
このレンズ、やっぱり開放で使いたいですね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-09 22:25 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1978 切れ味(2018年6月2日天理の町のたたずまいをゾンネタール73㎜F1.5がそっと)


昨日、奈良県立美術館に参りました。
特別展「奈良の刀剣 匠の美と伝統」
解題はこうです、
「古代から現代まで続く刀の文化とその芸術性。
併せて現代に活躍する奈良ゆかりの刀匠の活動を紹介することで、
多彩な角度から刀剣の魅力を紹介します」

別に刀剣が好きではありません。
危険なものですから、敢えて避けたいという気持ち。
でも、なにかアートに出会いたいと突然の衝動。

七支刀の復元実験もあるということで、参りました。
七支刀は真鍮のようにピカピカ光って、神秘性ゼロ。
ちょっとがっかりしました。
でも、この刀、刃の付き方がこじんまりし過ぎて、
とても実戦には使えそうにないあたり、
いかにも見栄えだけの用途に作られた感じで、
それなりに好感が持てました。

備前長船のような古刀と、現代の刀匠の力作を一気に見ますと、
まるでレンズに似た傾向を感じて、笑ってしまいました。

古刀はそれぞれに装飾性を押さえた質実剛毅な雰囲気。
新刀はいかにも切れますぞと言わんばかりの見事な作り。
でも、こう書きますと、「生意気な」と叱られそうですが、
見かけ倒しのような不足感を感じてしまいます。

ほとんどの刀剣は横から片面だけ見るかたちの陳列。
備前長船のちょっと小型の刀一本がガラス箱の中に、
四周から目を寄せてしっかり味わえるように置かれています。
その切っ先からのあまりに鋭利な佇まいにぞっとしました。
人間の身体なんか豆腐に斬り込むように易々と通ってしまう、
そんな恐ろしさを感じたのです。

私の知り合いは日本刀のコレクターでしたが、
畳の間に置かれたソファーに座って、刀に打粉を打っていました。
突然、手の間から刀がするっと床に落ちてしまいました。
どんな持ち方をしていたのでしょうね?
ともかく刀は畳の中にすーっと10㎝ほど音もなく吸い込まれて、
突き立ちました。
その人、それで日本刀のコレクションを全部処分してしまいました。

別の方に聴いた、その人の知人のお話。
真剣で居合い抜きの演武を鮮やかに決めて、
目は前方を見据えたまま、やおら剣を腰の鞘にそろり納めました。
ふっと視線を落とすと、鞘には入っていない。
その代わりに、ご自分の脇腹に束まで通っていた!
私はこのお話を聞いたとき、「そんなバカな」と思いました。
でも、実物を間近に見て、「ありうる!」と思い返しました。

「水滸伝」にも、英雄の一人、九紋龍史進のお話があります。
若い頃、お金に困って、
たしか家伝の刀か剣を市場で売ろうとしたのです。
見物人たちの見る前で、類い稀な鋭利さをデモして見せます。
正確なところは忘れましたが、髪の毛を刃の上に落とすと、
その細い毛が縦に二つに切れて、2本になって、
刃の両側に落ちたというようなお話。
このお話を読んだときも、「そんなバカな」と思いました。
でも、日本刀なら、起こりうる、そんな感じがしました。

こんな刀を腰に差した武士たちが、
我がもの顔に往来していた時代に生まれなくて、よかった!
これが美術展の最大の印象、って、
お前は芸術の観賞眼がないんじゃないの?
そう言われそうですが、そうなのだから、仕方がありません。
美しいなあ、なんて思う前に、ぞっとするばかりでした。

でも、その経験があったせいでしょう。
宮崎貞安さんのニューレンズ、
ゾンネタール73㎜F1.5の天理試写を今朝一覧して、
このレンズの開放での切れ味の良さに、
ほんのりとしたフレアがまとわりついて、
とても上品なたたずまいを見せていることに驚きました。
そのあたりの奥ゆかしさに古刀の味わいを見た、
そう書きますと、我田引水、身びいきに過ぎるんじゃない、
そうおっしゃる方もおいでかも知れませんが、
この印象もまた私の自然な印象です。
このレンズ、やっぱり開放で使いたいですね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-09 21:37 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(2)

1977 晩秋(2017年10月25日大和郡山でオルソスティグマート35㎜F4.5で黄昏れて)


まだ昨年秋の撮影分をえっちらおっちら上梓している状態。
まだ100ほどのフォルダが残っているのですから、永遠に追いつきません。
我がブログは、日記ブログではあっても、写真日記ブログとは言いがたい。
でも、いつも自分で納得しています。
数年経ったら、この程度のズレ、なんの意味もありませんね。
みんな私の貴重な過去の記録。

オルソスティグマート35㎜F4.5
もっさり、のんびりとした、なんだか田舎っぽい描写ですが、
私はこのスローな雰囲気が滅法気に入っています。

私は、どちらかと言うと、と言うか、どちらかと言うまでもなく、
「走れー、走れー!」の一点張りで駈けてきましたが、
第2の人生に入ると、もうそろそろスローダウンするのが良さそう。

孔子の言葉を思い出しました、

   子曰わく、
   吾十有五にして学に志す。
   三十にして立つ。
   四十にして惑わず。
   五十にして天命を知る。
   六十にして耳順がう。
   七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず。

ゆったりと奥深い心情で、したいことをする、
誰にも求めず、自分にも多くを求めない、
そんな生き方にしたいものです。

大和郡山の町のたたずまいは、「矩を踰えず」を地で行っているよう。
大好きな町です。
こんな町にはオルソスティグマート35㎜F4.5が合っていますね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-09 21:07 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

1978 切れ味(2018年6月2日天理の町のたたずまいをゾンネタール73㎜F1.5がそっと)



昨日、奈良県立美術館に参りました。
特別展「奈良の刀剣 匠の美と伝統」
解題はこうです、
「古代から現代まで続く刀の文化とその芸術性。
併せて現代に活躍する奈良ゆかりの刀匠の活動を紹介することで、
多彩な角度から刀剣の魅力を紹介します」

別に刀剣が好きではありません。
危険なものですから、敢えて避けたいという気持ち。
でも、なにかアートに出会いたいと突然の衝動。
七支刀の復元実験もあるということで、参りました。

七支刀は真鍮のようにピカピカ光って、神秘性ゼロ。
ちょっとがっかりしました。
でも、この刀、刃の付き方がこじんまりし過ぎて、
とても実戦には使えそうにないあたり、
いかにも見栄えだけの用途に作られた感じで、
それなりに好感が持てました。

備前長船のような古刀と、現代の刀匠の力作を一気に見ますと、
まるでレンズに似た傾向を感じて、笑ってしまいました。
古刀はそれぞれに装飾性を押さえた質実剛毅な雰囲気。
新刀はいかにも切れますぞと言わんばかりの見事な作り。
でも、こう書きますと、「生意気な」と叱られそうですが、
見かけ倒しのような不足感を感じてしまいます。

ほとんどの刀剣は横から片面だけ見るかたちの陳列。
備前長船のちょっと小型の刀一本がガラス箱の中に、
四周から目を寄せてしっかり味わえるように置かれています。
その切っ先からのあまりに鋭利な佇まいにぞっとしました。
人間の身体なんか豆腐に斬り込むように易々と通ってしまう、
そんな恐ろしさを感じたのです。

私の知り合いは日本刀のコレクターでしたが、
畳の間に置かれたソファーに座って、刀に打粉を打っていました。
いにしえの侍になった気分だったのでしょう。
突然、手の間から刀がするっと床に落ちてしまいました。
どんな持ち方をしていたのでしょうね?
ともかく刀は畳の中にすーっと10㎝ほど音もなく吸い込まれて、
突き立ちました。
その人、ぞっとしてしまい、
ただちに日本刀のコレクションを全部処分してしまいました。

別の方に聴いた、その方の知人のお話。
真剣で居合い抜きの演武を鮮やかに決めて、
目は前方を見据えたまま、
やおら剣を腰の鞘にそろり納めました。
ふっと視線を落とすと、鞘には入っていない。
ご自分の脇腹に束まで通っていた!
私はこのお話を聞いたとき、「そんなバカな」と思いました。
でも、実物を間近に見て、「ありうる!」と思い返しました。

「水滸伝」にも、英雄の一人、九紋竜史進のお話があります。
若い頃、お金に困って、
たしか家伝の刀か剣を市場で売ろうとしたのです。
見物人たちの見る前で、類い稀な鋭利さをデモして見せます。
正確なところは忘れましたが、髪の毛を刃の上に落とすと、
その細い毛が縦に二つに切れて、2本になって、
刃の両側に落ちたというようなお話。
このお話を読んだときも、「そんなバカな」と思いました。
でも、日本刀なら、起こりうる、そんな感じがしました。

こんな刀を腰に差した武士たちが、
我がもの顔に往来していた時代に生まれなくて、よかった!
これが美術展の最大の印象、って、
お前は芸術の観賞眼がないんじゃないの?
そう言われそうですが、そうなのだから、仕方がありません。
美しいなあ、なんて思う前に、ぞっとするばかりでした。

でも、その経験があったせいでしょう。
宮崎貞安さんのニューレンズ、
ゾンネタール73㎜F1.5の天理試写を今朝一覧して、
このレンズの開放での切れ味の良さに、
ほんのりとしたフレアがまとわりついて、
とても上品なたたずまいを見せていることに驚きました。
そのあたりの奥ゆかしさに古刀の味わいを見た、
そう書きますと、我田引水、身びいきに過ぎるんじゃない、
そうおっしゃる方もおいでかも知れませんが、
この印象もまた私の自然な印象です。
このレンズ、やっぱり開放で使いたいですね。





# by Sha-Sindbad | 2018-06-09 17:49 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1976  絞って行けば?(2015年5月31日ゾンネタール73㎜F1.5が通天閣でテスト)


宮崎貞安さんの最新レンズ、
ゾンネタール73㎜F1.5
レンズテストを折角仰せつかっているのに、
開放でばかり撮っています。

でも、これはゾンネタールに限った扱いではありません。
私の2つのブログの写真、99%が開放でしょう。
そんな風に写真を撮る方って、あまり居ないかもしれませんね。
絞りによって描写を自在にダイナミックに調節する、
それが写真家の醍醐味の一つだからです。
写真表現の一つの効果的な武器なのです。

写真家であろうがなかろうが、意見が一致することがあります。
一つが、「優れた描写の写真を撮りたい」、
そして、もう一つが、「レンズは絞り込んだ方がよく撮れる」
もっともこのような文章を意味論的に分析し始めると、
いろいろとややこしいことになりますから、
ここではごくごく一般的な意味合いで書いています。

私も上記の2点とも共感できません。
むしろ、その結論においては正反対となります。
多くの人は、「だから、特殊な場合を除き、絞り込んで撮る」
私は、「だから、特殊な場合を除き、開放オンリーで撮る」
たいていの場合、絞り込んだ画像は私には窮屈なのです。

昔の話ですが、友人が推理映画を観ようと映画館に入ったのです。
見終わった客の会話がすれ違いざま聞こえました、
「犯人は××だったなんて、がっくりだなあ」
もっとがっくりしたのは友人だったことは言うまでもありません。
私は、絞り込んだ画像って、まさにそれだと思います。
画像自体が説明過剰なのです。

推理したり想像したり余地が多ければ多いほど、
映画も写真も楽しい、それが私の気持ち。
ゾンネタールを絞り込んだら、どうなるだろうか?
一度試してみました。
ご覧下さい。

f1.5
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f1.8
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f2
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f2.8
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f4
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f5.6
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f8
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(注/ 写真の大きさがマチマチですね。
  大きな写真の絞りが好きだ、という意味ではありません。
  ブログ掲載用に大きめに加工する際、うっかりルーチンの数値を入れてしまったせい。
  なに、ご心配なさることはありませによ。
  この人、たいてい、こんな風にいい加減なのです、ただそれだけ)




# by Sha-Sindbad | 2018-06-07 22:14 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1975 水を得た魚(2017年10月21日フォコター50mmF4.5が奈良町を重厚に)


ライカ社の引伸し機フォコマート専用の引伸しレンズ、
それがこのフォコター50mmF4.5です。

このフォコターというレンズのことをほとんど知りません。
幾度もバージョンが改まり、
幾種類ものフォコターがあるのか?
それとも、フォコターは製造年月を問わず、
ずっと同じ描写なのか?

私がフォコターを手に入れることができたのは、
モノクロームの引伸しを写真家自身がする時代が過ぎて、
フォコマートが事実上売れなくなって、
引伸し機も専用レンズも市場価値を失ったからです。

宮崎さんにライカMマウントに改造していただきました。
既出の記事に書きましたように(というか、書いたはずですが)、
その厚み豊かな描写にかなり辟易して来たのですが、
今回、雨模様の日に使ってみて、気づきました、
そうか、このレンズは「雨レンズ」なんだ!
どうやら、フォコター君、雨の日には、
まさに「水を得た魚」のように活躍してくれるようです。
ちょっとお酒が入らないと、本調子にならないという御仁がおいでですが、
フォコター君、そのような人のレンズバージョンなのかも?
晴れの日に使うと、あまりに晴れがまし過ぎる鮮鋭描写が、
雨模様の日には適度な湿り気という印象に変わるようです。
そうなると、このレンズ、もっと使ってもよさそう!
そんな気になってきました。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-06 23:18 | Focotar50/4.5 | Comments(0)

1974 下町(2017年10月20日ペンタック38mmF2.9が大阪加美の路地で)


長女の一家は大阪の下町に住んでいます。
孫の世話に出かけた機会に、JR加美駅近くの喫茶店によく入ります。
女主人は粘土細工の人形、浮き彫りを制作するプロです。
とても温かい雰囲気の女性たちが浮かび上がってきます。
大阪人らしく、「楚々」というより、「活発」な雰囲気。
私自身上品な人間ではありませんから、とても好感が持てます。
お許しを得て、行く度に撮らせていただいてきました。

長女一家が線路の反対側に転居したため、
この喫茶店を訪れる機会がほとんどなったのが残念。

ソニーα7に付けたペンタック38mmF2.9は、
日本のペンタックスのレンズではありません。
ダルメイヤーのおそらく16㎜映画用のレンズです。
おそらく収差だらけの第二次世界大戦前のオールドレンズ。
ダルメイヤーらしく穏やかで、控えめですが、
それでいて、芯のしっかりとした描写です。

現代各社のレンズたちは、使ったことがありませんが、
おそらくあらゆる癖を排除して、
完璧な描写をプレゼントしてくれるのでしょう。
私は、人間もそうですが、「完璧」と来ると、
身震いしてしまいます。
人間にせよ、レンズにせよ、お付き合いはゴメン、という感じ。
だから、あなたとはお付き合いできそうにありませんね。

人間にしても、レンズにしても、
癖だらけ、欠点だらけであればあるほど、
よろこんでお付き合いさせていただいています。
そうと知って、私の親友たち、不快を覚えることでしょう。
でも、そんな風に私にいわれのない不服を抱くのも、欠点の内でしょう。

ペンタック38mmF2.9も、ぼろレンズを捨て値で手に入れましたが、
もうとんでもないほどに収差だらけ。
だからこそでしょう、愛しい我がレンズです。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-05 23:04 | Pentac38/2.9 | Comments(0)

1973  古都らしく(2018年5月20日ゾンネタール75mmF1.5春日野を一巡)3


6月2日土曜日、晴れ、
親友のDAさんと天理市街地、山の辺の道の一部を歩きました。
宮崎貞安さんのニューレンズの6回目の試写でした。
ゾンネタール73㎜F1.5

私のこうした撮影のルーチンは、
午前11時までに必ず喫茶店に入って、
モーニングサービスを楽しむこと。
今回の喫茶店はホットドッグ、果物、コーヒーセットでした。

席上、写真クラブ「修羅」が解散することを聴きました。
私も昔、修羅の発足直後から参加したことがある写真クラブ。
指導者の写真家矢野建彦が写真指導から引退されるのです。
私が参加していた当時のメンバーが数人残っておられます。
寂しいことでしょう。

私のロボグラフィで容易に推測されることでしょうけど、
美しい風景写真を主体とする写真クラブでは、
実に易々と落ちこぼれてしまったわけですが、
それでも、ちょっと寂しい気持ちです。
矢野先生もメンバーの皆さんも写真が生き甲斐であるだけに、
人生の一幕を閉じて、さて、これからどう生きるか?
それぞれに難題を抱えた思いでおいでになることでしょう。

私の場合、写真作品を発表するという課題、目標がなく、
日々の記憶として写真を撮り続けているので、
撮影ができる限り、私の人生は写真とともに続いていきます。
私は安楽な道を選んだだけに、
写真道の奥義からは遠ざかるばかりなのでしょう。

今回は、親友のINさんが迎えた香港からの賓客お二人を案内して、
春日大社につながる裏山道「ささやきの小道」、
春日大社、三月堂、二月堂、東大寺の裏手を巡歴しました。
ほとんど日本人にも海外旅行客にも合わずに、
奈良の休日を楽しんで頂いたわけです。

ゾンネタール73㎜F1.5は依然として、開放オンリーの試写。
描写性が多様で、当たり外れが大きいヘクトール73㎜F1.9、
余りにも精密かつ豪勢な描写性がちょっと息苦しい、
ズミルックス75㎜F1.4、この2本とは違い、
かなりあっさりとして、清らかな味わいが身上です。
今回もずっと開放だけで撮りました。






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# by Sha-Sindbad | 2018-06-03 22:07 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1971  古都らしく(2018年5月20日ゾンネタール73mmF1.5高畑町を一巡)


宮崎貞安さんのニューレンズ、
ゾンネタール73㎜F1.5、
当分、私の2つのブログを賑わすことになりそうです。
千枚単位で掲載を待っているのですから。

宮崎貞安さんに試写の依頼を受けているのですから、
本来、レンズとしての性能をフルに発揮させて、
さまざまな絞りで、さまざまな条件で撮るのが本筋でしょう。

でも、私はそんな器用なことはできません。
私にとって、レンズの性能がフルに発揮されるのは、
開放で撮ったときだけ、
絞り込んだら、どんなレンズも性能に変わりはない、
そう考えているからです。

作品本位で考えるなら、情景に応じた絞り選択が必要かも?
でも、私は、作品として写真を撮る気持ちがないので、
私にとって美しい描写本位でしか考えません。

人間のことを思い出してください。
完璧な人間はいないでしょうから、
一歩譲って、癖、欠点がほとんどない人、
そんな人にあなたは魅力を感じますか?
私は感じません。

癖、欠点だらけなんだけど、直してほしくない、
それがあるからこそ、魅力的なんだ、
そんな風に感じられる人が好きですね。
レンズだって、私は同じ気持ちで付き合いたいですね。
レンズの場合、癖、欠点が出てくるのは開放のときです。
人間も、油断を忘れ、裃を脱いだときの自然な姿、
これがなんとも言えず微笑ましく素敵な人がいいですね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-06-01 22:42 | Sonnetar73mmF1.5

1970 古風(2017年10月19日エクター35mmF3.3が奈良町を雅やかに)



銀塩時代、各社のカメラの優劣は、まずは、レンズの優劣にかかっていました。
それほどに描写性は多様でした。
でも、どんな場合でもそうですが、選択の決め手は別のところd、
というような付加価値の勝負という場面もありました。
そのひとつが名前の魅力。

たとえば、グレタ・ガルボがグレータ・ルヴィーサ・グスタフソンだったら?
マリリン・モンローがノーマ・ジーン・モーテンソンだったら?
オードリー・ヘプバーンがオードリー・キャスリーン・ラストンだったら?
いずれもどうやら本名らしいのですが、なんだか味気ない感じですね。
だから、各社、魅力的な名前を工夫しました。
そして、汎用性のあるキャッチフレーズとして、
一旦つかんだ顧客を離さないように、工夫しました

ライカ社は絞り値ごとに名前を割り振りました。
ズミクロンと言えばF2、ズミルックスと言えばF1.5、という風に。

ツァイス社は、標準レンズ系にプラナー、望遠系にゾナー、
広角系にディスタゴン、という風に。

一方、コダック社は各時代のフラグシップモデルレンズに、
エクターというレンズ名を冠しました。
特別のレンズだよ、という思い入れですね。
レンズ構成はそれぞれに違うようです。
でも、一種華麗な味わいがいつも感じられます。
それがエクターをしてエクターたらしめる味わいなのかな?
そんな風に言ってしまうと、乱暴でしょうか?

コダック社のモンスターカメラ、エクトラ用広角レンズ、
エクター35mmF3.3もどこか華やいだ気配が素敵、
そんな風に言いたくなってしまいます。


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# by Sha-Sindbad | 2018-05-29 21:59 | Ektar35/3.3 | Comments(0)

1969 大阪北区(2018年5月19日ゾンネタール73mmF1.5の筆下ろしはゴージャス)3 品位


小学校6年1組のクラス会の案内状が届きました。
何年か前に一度参りました。
20人ほども集まりました。
長年やったことがなかったので、大いに盛り上がりました。
ほとんどの方にとって、
3年間一緒だった旧友なのですから、
共有する懐かしい思い出も一杯思い出せる機会だったからです。
でも、私は「楽しさも中ぐらい也」という感じ。
私は6年2学期に転入した転校生だったから、
共有する思い出の量は9分の2程度でしかないわけです。
私が知らない話題で盛り上がるのを傍観するなんて、ゴメンです。
もう参りません。

そこで、思います。
どんなことも、一から苦労してこそ、我がものになるんだなあ。
私のロボグラフィって、まさにそれ。
私と路傍の種々たちとの同窓会のようなものですね。

私以外の人にとっては、
こんなもの、なぜ撮るんだ?

私にとっては、
この瞬間を思い出すなあ、
ああ、懐かしいなあ。

かつては、私も自分の作品を誰かが観るかもしれない、
そう考えつつ、撮っていました。
今は、そんな第三者が観る可能性など、ちらっともかすめません。
私の人生の出会いの数々を記録する、ただそれだけ。

そんな私がニューレンズの試写をするのですから、
かなり場違いでしょう。
でも、私はレンズ愛好家たちについては懸念していません。
レンズの性能、描写性をチェックする分には、
私のロボグラフィだって役に立たないわけではないからです。

私自身、ことさらそんな目で写真をチェックすると、
このゾンネタール75㎜F1.5というレンズの開放描写は、
どんな長焦点レンズにも負けないのではないでしょうか?
どうやら「ネオクラシック」的な描写です。

あくまでも現代的な精密描写に目を見張ります。
アウトフォーカス部の白の美しさ、
ピント部の穏やかだけど、精密な切れ味、
いずれも出色です。

でも、なにかしらクラシックな高雅な味わいが漂っている。
過剰な精密感がなく、
開放の合焦部分にほのかにまとわりつくフレアが絶妙です。

どのような価格を設定されるでしょうか?
宮崎さんにはお尋ねしていませんが、
かなりリーズナブルな設定になるはず。
ご自分の作品に気品が乏しいと常々お悩みの向きには、
品位を一段と高めてくれるプレゼントかも知れません。




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# by Sha-Sindbad | 2018-05-28 22:30 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1969 大阪北区(2018年5月19日ゾンネタール73mmF1.5の筆下ろしはゴージャス)2



ゾンネタール73mmF1.5の中崎町撮影分、
残りをご覧頂きましょう。

抜けの良さ、癖の無さが際立っています。
誰でも使いこなせる長焦点レンズ、
宮崎貞安さんの畢生の傑作、
ゾンネタール50㎜F1.1の流れを確かに継承している傑作レンズ、
そんな印象が強まります。



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# by Sha-Sindbad | 2018-05-24 23:13 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1968 大阪北区(2018年5月19日ゾンネタール73mmF1.5の筆下ろしはゴージャス)1


宮崎貞安さんの超小型超軽量長焦点レンズ、
ゾンネタール73mmF1.5が大阪市北区の中崎町を撮りました。

試写について、宮崎貞安さんからはこう注文されています。
「このレンズ、開放ではわずかにフレアがありますが、
F1.8ほどに絞ると、完璧な画像になります」
この2つの絞りのわずかな差が画像でどんな違いを呼ぶか?
興味津々だったのですが、撮り始めてみると、
開放の清新な抜けの良い画質に夢中になってしまい、
上記の撮り比べのことなど、完全にそっちのけ。

実は、今日23日も奈良町でこのレンズを使ったのですが、
ますます開放に魅せられています。
奈良町の試写結果も早急に2つのブログに掲載するつもり。

目下は、中崎町の試写分を2回に分けてご覧頂きましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-05-23 23:02 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

1967 清冽(2018年5月19日ニューレンズ、ゾンネタール73mmF1.5登場!!)


18日金曜日。
稀代のレンズ制作者、宮崎貞安さんからニューレンズが届きました。

    Sonnetar73mmF1.5
    ゾンネタール73mmF1.5

たった200グラムの超小型超軽量長焦点レンズ。
4群5枚で、宮崎さんが与えた別名は、

    「Compact Sonnar」

早速19日、20日の両日で566枚撮ってみました。
私も未だ子細にチェックしていません。
ざらっと瞥見して、10枚選びました。
すべて、開放です。
とりあえず、この10枚セットをごらん頂きましょう。



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# by Sha-Sindbad | 2018-05-21 22:58 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(2)

1966 絢爛(2017年10月19日エクター35mmF3.3が奈良町に繰り出せば)



コダックの往年の化け物カメラ、エクトラの広角レンズが、
エクター35mmF3.3
「これでもか!」と言わんばかりに、強烈に豪華絢爛。

もちろん現代デジタルカメラの描写はエクターを軽く凌ぐのでしょう。
私はどんな描写なのか、ほとんど経験がありませんので、
なんとも確かなことは言えません。
なんにせよ、私は、中庸を得た描写を求める傾向があるので、
このエクターというレンズ、私を心から満足させるには、
すこし過剰に過ぎるかな、という感じがいつもしてます。
でも、かなり暖かみがあって、その点は好感が持てます。
ご覧下さい。




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# by Sha-Sindbad | 2018-05-18 22:35 | Ektar35/3.3 | Comments(0)