レンズ千夜一夜

2033 散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)4 絶対的価値



マクロスイター26㎜F1.1はCマウントレンズ、
オリンパスペンE-PL8に付けて、
事実上52ミリ標準レンズ的に使っています。
私はクラシックレンズが大好きで、あれこれ使っていますが、
何度もお断りしていますように、レンズのこと、何にも知りません。
私の頭脳は光学的な情報、データの理解力ゼロ、が現状。
でも、平気です。
レンズそれ自体の性能よりも、
そのレンズでどんなものがどう撮れるか?
これが私にとってすべて。

開放値がF1.1、
これは絶対的価値ですね。
なぜ?
私の写真は写真家の作品とは異質です。
写真的価値、美学的面白みなんて一切無縁。
ただ、私が撮りたかったものを撮っているだけ。
ただそれだけ。
余分なものを画面に入れるつもりはありません。

だから、一触即発ならぬ、一触即撮!
だから、沢山撮れます。
本ブログは、私にとっては、駄文と写真の倉庫。
いかにもレンズについて語るブログの体裁を作っていますが、
文章は、一読されたらお分かりのように、
完全な思いつきの垂れ流し。
実のところ、写真の撮り方も文章の書き方も完全に一緒、
実態は、私一人を読者に想定する、ただの絵日記というわけです。
本気になってお読みにならないようにお願いします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-19 22:28 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2032 散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)3 小川英紀展


「小川英紀展」~ヴォーリズ建築と神戸女学院の四季~
西宮市立北口ギャラリーで、11月13日(火)から18日(日)まで、
アートスペース萌芽で、11月23日(金)から12月2日(日)まで開催。

実は私の義兄です。
でも、優れた画家です。
芸術家にありがちな性格破綻は皆無。
ですから、「爆発だあ!」ということはありませんが、
実に安定して、優れたアートを楽しませてくれます。

水彩、パステル、鉛筆の魔術を堪能しました。
間近で見ると、かなりラフなタッチです。
ただの絵の具、パステルの点と線、鉛筆の一振り。
ところが、数歩バックしますと、
抽象の点と線が魔法のように、不思議な実在感を帯びた光景に一変、
樹木が、芝生が、人が、空が、ヴォーリズの建物が立ち上がります。
画家って、メタモルフォーゼの名人なのです。
でも、実は私たちの視覚そのものが同種の魔術を駆使して、
僅かなデータで、リアリティを組み立ててくれます。
画家はそんな人間の魔術的な視覚をうまく利用するのでしょう。

このあたりのアプローチの仕方は、
現代の写真レンズの理想とかなりかけ離れている感じがします。
肉眼を超えた精密描写で、なにものも切り捨てないで、
写真の中に写しとります。
私に言わせれば、あまりにも単純すぎます。
視覚の魔術を忘れて、なにもかも押し付けようとする感じがあります。
だから、その写真画像はどこか不自然なのです。
当たり前です。
人間の目に、人間の目が捉ええない過剰なディテールを提供するので、
人間本来の魔術的な視覚を押さえつけ、
奇怪な視覚像を押し付けて来るのですから。

私が今回オリンパスペンE-PL8に付けたCマウントレンズ、
マクロスイター26㎜F1.1は古いレンズだけに、
人間の肉眼による視覚を邪魔しない、という感じがします。

でも、その画像はほとんどの人にとっては躓きの石でしょう。
私は、これらの写真に幻想の生物たちを見いだします。
ほとんどの人にとっては、ただの樹木であり、石なのでしょう。
本ブログも別ブログ「わが友ホロゴン」もこんな写真を満載。
ほとんどの人にとって、意味不明の画像ばかりでしょう。

その証拠に、私のブログをご覧になった極めて少数の方からは、
「ブログを見ました」という言葉しか出ません。
私の写真についてコメントした方は実のところほとんど居ません。
10年も続けてきたのに、ですよ。
だから、私ははるか昔に、自分の写真は人には通用しない、
そう自覚することができました。
だから、人の目を気にせず、ますます安心して、
2つのブログを倉庫代わりに使うことにして、
自分の写真をいわば無制限に並べています。
とても気楽です。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-16 23:15 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2031 奈良町散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)2 予見不能



クラシックレンズの性能についてさまざまに論じられています。
オールラウンドな性能を論じるレンズ研究者たちは、
絞りごとの性能、さまざまな撮影状況での性能等、
かなり沢山のチェック項目を真面目に検討しておられるようです。
多くの写真家の場合は、それぞれの撮影法のニーズに、
レンズがどれだけ応えてくれるかが最重要事項となりそうです。
写真雑誌などに投稿する場合、
どうしても一定の状況下での限られた撮影結果をチェックし、
そのような撮影結果を基にして、レンズ性能を判定する、
という手法にならざるを得ないようです。

私の見るところ、そのようなレンズテストは、
ほんのかりそめの参考にしかならない、そう言わざるを得ません。
私たちが撮影時に遭遇する撮影条件は、言わば、無限です。
そして、そのような撮影条件に対する特定のレンズの反応もまた、
無限のバリエーションがあります。
私はたかだか百数十本ですが、
長年の間、繰り返し繰り返し使ってきました。
だから、レンズの性能って、それぞれの人の人間性同様に、
限りなく変化し、変容する、と、
あるときは喜ばしく、あるときは苦々しく実感させられてきました。

レンズコレクターの多くは、実写にはほとんど使いません。
クラシックレンズは使えば使うほどすり減り、キズがつくからです。
ですから、入手後、せいぜいフィルム1、2本撮ってみたら良い方。
それで、レンズ性能を完全に見極めたような言動をとられます。
まあ簡単に言えば、「シャラクセー!」と言いたくなります。

ところが、私は私で、あらゆるレンズについて、
そのオールラウンドな性能を語る資格を持っていません。
なぜなら、99%、開放でしか撮らないからです。
写真家にとって、現場再現の決め手は、私とは大違い。
たいてい絞り込んだときの性能で勝負!
私は、現場の空気感、雰囲気を正しく再現、表現することなど、
まったく念頭にありません。
私の気に入った場所、もの、ひとがどういう風に化けてくれるか?
どう現場をメタモルフォーゼしてくれるか?
これこそ、私にとってレンズ性能のポイント。
現代のように、開放でも完璧な性能を保有するレンズでさえ、
現場の条件次第で、写真は肉眼を超えた雰囲気を醸し出します。
コンピュータ設計などなかった、手作業の時代、
レンズは、所期のレンズ性能を生み出すために、
レンズ設計の長所と短所をどうかみ合わせ、協力させるか?
という、いわば「間に合わせ」製作方針で作られています。
だから、無限の状況に対し、
無限の描写ヴァリエーションを見せてくれます。
とくに、絞り開放で、その変容性は最大限となります。
これが応えられない。
私には、こう写って欲しいというプログラムなどないし、
自分の作風、作品様式なんてものも皆無。
人がどう思うか、なんて、知ったことか!!!
という姿勢で、ひたすらレンズの暴れん坊将軍ぶりを堪能しています。

だから、とにかく外出したら、暇さえあれば、撮っています。
歩き出したら、もう撮影準備オーケー。
撮影地に向かって歩く、なんてスタンスはゼロ。

そして、絞り開放専科で撮ることには特別の楽しみがあります。
結果が予測できないこと!
絞りをF8に絞れば、目で見たままに撮れるかも知れません。
でも、絞りをF1.1にすれば、どんな風に写るか、など、
完全に人知の外にある、と言っても過言ではありません。
人間はそんな風に見える視角など持っていないからです。
いつも意表を突く結果になる、と言っても過言ではありません。

結果をコントロールしたい!
自分の作品を創造したい!
そう念願する写真家には無縁の境地です。
私のやっていることは、音楽家で言えば、
ジョン・ケージのようなものです。
ピアノをぶっ壊せば、どんな音楽になるんだろう?
誰にも想像できません。
じゃ、やってみよう!
そんな感じで、彼は作曲していったのでしょう。

私はレンズをぶっこわしたりはしませんが、
結果がいつも私の予想、予見を超えていることが嬉しい。
自分自身をコントロールし、撮影結果をコントロールしたい!
それが写真家なら、私はハナから写真家じゃありません。
レンズが、結果としての写真のすべてを決定してくれます。
私は安心してレンズに任せることができます。
それと言うのも、
クラシックレンズの場合、レンズが開放でどう暴れるか?
それは私の予測を完全に超えているから。
そして、その超え方は常に意外なほどに喜ばしい方向。
だから、楽しい!




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-11 22:15 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2030 そぞろ歩き(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)1


若い頃、妻とよく旅行をしました。
海のある光景を好んで旅をしたと記憶しています。
旅をする人には好みがあるようです。
山を好む方も多いでしょう。
私も嫌いではありませんが、やっぱり、海がいい。
なぜ?
私が思うに、視界を、空を遮る山よりも、
視界を、空を遮らず、どこまでも果てしなく広がる海を前にすると、
心がひろびろと広がる思いを楽しめるからでしょう。

登山家もそんな気持ちを抱いているのではないでしょうか?
私は登山家であったことはありませんが、
九州の祖母山、青森の岩木山の頂上に登ったことがあります。
どちらも孤峰です。
どちらでも、山頂の僅か下を雲海が走りました。
まるで海のようでした。
でも、岬と違うのは、山頂がまるで鳥のように飛んでいる、
そんな錯覚を覚えることでした。
爽快と言えば爽快、怖ろしいと言えば怖ろしい、
でも、どちらかと言えば、
岩がごろごろで足下の不安定な頂上では、疲労も手伝って、
怖ろしさが勝っていた、そんな体験だったことを、
今でもまざまざと思い返すことができます。

海は違います。
いつも私の心を果てしなく開いてくれるようでした。
そして、あの海の向こうにも、人が住む大地がある、
いつか行ってみたいなあ、という憧れもこみ上げてくるのでした。
妻はちょっと変わっていて、
海を見渡す草原の斜面と見ると、ビニールを広げて、
帽子を顔にかけて眠りこんでしまうのでした。
私はほとんど昼寝をしない人間なので、
その横でいつまでも海を眺めるのが常でした。

潮岬の丘が最高だったと記憶しています。
潮騒の音はほんのかすか。
ただただ180度以上、海が広がっていました。
こちらの視角のせいなのですが、
海は中央でぐーっと盛り上がり、
視野の両角は下がって見えました。
「ああ、地球は丸いんだなあ!」
でも、これは錯覚。
物差しのような直線のものを掲げて見ますと、
海は視界前面に水平なのですが、そう分かっていても、
大海原はやっぱりぐーっと盛り上がって見えますね。

昔、ラジオで吉川幸次郎先生の講演を聴きました。
中国大陸で見渡す限り大地に立ったときの驚きを語っておられました。
四周はるかに見渡しても、なにもない!
太陽は東の大地から上り、西の大地に沈んで行く!

私は三峡下り2泊3日の旅を楽しんだことがあります。
三峡を過ぎて、
四周視野をさえぎるものがない平野に下って、
暮れ方となったときの光景を忘れることができません。
船尾の手すりから見渡す長江(揚子江)の水は大地一杯に溢れるようで、
しかも太陽の沈む西方に向かって涯しなくせり上がって見えました。
そして、その遥か彼方にぽつりと小さな小さな帆掛け船の孤影。

「故人西のかた 黄鶴樓を辭し
 烟花三月 揚州に下る
 孤帆の遠影 碧空に盡き
 唯見る長江の 天際に流るるを」 

李白が歌った歌そのままでした。

でも、吉川先生のお話では、そうした真っ平らの大地での、
平地に立つ人間の視圏は実はたった15キロ四方なのだそうです。
周囲に高原や山岳があれば、もっと見えるし、
こちらが高台に立てばもっと遠くまで見えるのでしょう。
でも、真っ平らだったら、7.5キロ先までしか見えないわけです。
空に浮かぶ雲だって、見える範囲は限られています。
「今日は雲一つない日本晴れだあ!」と心広々としても、
一つ山を越せば、どんな天候か、知れたものではありません。
思えば、人間って、スケールの小さな視野で生きているわけです。

今では、ネットで気象庁のサイトを見れば、天候の移り行きも、
雲の状態も分かります。
不測の事態に備えることがかなり容易になってきました。
でも、便利になった反面、人生の波乱が少なくなりました。
同じ軒の下に雨宿りして恋が芽生えるなんてこともありません。
「人生一寸先は闇」なんて言っていましたが、
「人生、予測できないことはどんどん減っている」って、
どこかつまらない、そう思いませんか?

電車に乗ると、未だに奇異を感じます。
80%の人が一心不乱に携帯を覗き込んでいる。
人生を豊かにする情報なんて、0.001%もないでしょう。
でも、人生の多くの時間を、
次の瞬間には忘れる情報の収集に費やしている。
現代の若者の50%は50歳になる前に、視覚に支障を来たし、
90%が自力でものを考える力を完全に喪失するでしょう。
「わたる世間はアホばっかり」時代が来るかもしれません。
独裁者が台頭する土壌が固まりつつある、そんな感じがします。

携帯はバッグの底にしまって、
秋の気配を体一杯に感じながら、
澄んだ秋空を見上げながら、
心を夢で満たしながら、
大きな気持ちで歩き回りませんか?

Cマウントレンズの雄、マクロスイター26㎜F1.1
いつも気持ち良く使えますね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-11-08 16:58 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2029 水郷の初春(2018年3月10日スピードパンクロ35㎜F2描く近江八幡の幽玄)


若い頃、妻とよく旅行をしました。
海のある光景を好んで旅をしたと記憶しています。
旅をする人には好みがあるようです。
山を好む方も多いでしょう。
私も嫌いではありませんが、やっぱり、海がいい。
なぜ?
私が思うに、視界を、空を遮る山よりも、
視界を、空を遮らず、どこまでも果てしなく広がる海を前にすると、
心がひろびろと広がる思いを楽しめるからでしょう。

登山家もそんな気持ちを抱いているのではないでしょうか?
私は登山家であったことはありませんが、
九州の祖母山、青森の岩木山の頂上に登ったことがあります。
どちらも孤峰です。
どちらでも、山頂の僅か下を雲海が走りました。
まるで海のようでした。
でも、岬と違うのは、山頂がまるで鳥のように飛んでいる、
そんな錯覚を覚えることでした。
爽快と言えば爽快、怖ろしいと言えば怖ろしい、
でも、どちらかと言えば、
岩がごろごろで足下の不安定な頂上では、疲労も手伝って、
怖ろしさが勝っていた、そんな体験だったことを、
今でもまざまざと思い返すことができます。

海は違います。
いつも私の心を果てしなく開いてくれるようでした。
そして、あの海の向こうにも、人が住む大地がある、
いつか行ってみたいなあ、という憧れもこみ上げてくるのでした。
妻はちょっと変わっていて、
海を見渡す草原の斜面と見ると、ビニールを広げて、
帽子を顔にかけて眠りこんでしまうのでした。
私はほとんど昼寝をしない人間なので、
その横でいつまでも海を眺めるのが常でした。

潮岬の丘が最高だったと記憶しています。
潮騒の音はほんのかすか。
ただただ180度以上、海が広がっていました。
こちらの視角のせいなのですが、
海は中央でぐーっと盛り上がり、
視野の両角は下がって見えました。
「ああ、地球は丸いんだなあ!」
でも、これは錯覚。
物差しのような直線のものを掲げて見ますと、
海は視界前面に水平なのですが、そう分かっていても、
大海原はやっぱりぐーっと盛り上がって見えますね。

昔、ラジオで吉川幸次郎先生の講演を聴きました。
中国大陸で見渡す限り大地に立ったときの驚きを語っておられました。
四周はるかに見渡しても、なにもない!
太陽は東の大地から上り、西の大地に沈んで行く!

私は三峡下り2泊3日の旅を楽しんだことがあります。
三峡を過ぎて、
四周視野をさえぎるものがない平野に下って、
暮れ方となったときの光景を忘れることができません。
船尾の手すりから見渡す長江(揚子江)の水は大地一杯に溢れるようで、
しかも太陽の沈む西方に向かって涯しなくせり上がって見えました。
そして、その遥か彼方にぽつりと小さな小さな帆掛け船の孤影。

「故人西のかた 黄鶴樓を辭し
 烟花三月 揚州に下る
 孤帆の遠影 碧空に盡き
 唯見る長江の 天際に流るるを」 

李白が歌った歌そのままでした。

でも、吉川先生のお話では、そうした真っ平らの大地での、
平地に立つ人間の視圏は実はたった15キロ四方なのだそうです。
周囲に高原や山岳があれば、もっと見えるし、
こちらが高台に立てばもっと遠くまで見えるのでしょう。
でも、真っ平らだったら、7.5キロ先までしか見えないわけです。
空に浮かぶ雲だって、見える範囲は限られています。
「今日は雲一つない日本晴れだあ!」と心広々としても、
一つ山を越せば、どんな天候か、知れたものではありません。
思えば、人間って、スケールの小さな視野で生きているわけです。

今では、ネットで気象庁のサイトを見れば、天候の移り行きも、
雲の状態も分かります。
不測の事態に備えることがかなり容易になってきました。
でも、便利になった反面、人生の波乱が少なくなりました。
同じ軒の下に雨宿りして恋が芽生えるなんてこともありません。
「人生一寸先は闇」なんて言っていましたが、
「人生、予測できないことはどんどん減っている」って、
どこかつまらない、そう思いませんか?

電車に乗ると、未だに奇異を感じます。
80%の人が一心不乱に携帯を覗き込んでいる。
人生を豊かにする情報なんて、0.001%もないでしょう。
でも、人生の多くの時間を、
次の瞬間には忘れる情報の収集に費やしている。
現代の若者の50%は50歳になる前に、視覚に支障を来たし、
90%が自力でものを考える力を完全に喪失するでしょう。
「わたる世間はアホばっかり」時代が来るかもしれません。
独裁者が台頭する土壌が固まりつつある、そんな感じがします。

携帯はバッグの底にしまって、
秋の気配を体一杯に感じながら、
澄んだ秋空を見上げながら、
心を夢で満たしながら、
大きな気持ちで歩き回りませんか?

近江八幡ではいつも水郷を尋ねることにしています。
この日はJR駅からバスに乗り、ヴォーリス記念病院前バス停下車。
水郷に向かって歩きました。
先行者が右折して、水郷に突き出た島の方に向かいました。
私は、左折して、円山町の村落に行くつもりでしたので、
丁度トラクタで通りかかった農家の男性に尋ねました、
「あの島から円山町の方に渡れますか?」
「ああ、行けるよ」
地元の人の保証があれば大丈夫と、私も右折して、島に入りました。
孤独な椅子なんか撮って、「よかった!」
でも、いざ、円山町に向かおうと思うと、私たちが居る2つの島は、
小さな湾内に完全に孤立していました。
やっぱりiPhoneのマップで自分で確かめるべきだったなあ....
「バカとハサミと携帯は使いよう」というわけで。



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# by Sha-Sindbad | 2018-11-07 23:13 | SpeedPanchro35/2 | Comments(0)

2028 ほのかに(2018年2月28日スピードアナスチグマート25mmF1.5の奈良町はシックに)1 



近ごろ、そんな呼び方があるかどうか知りませんが、
「パワーウォーキング」に凝っています。
私は数年前心に決めたのです。
ローマ帝国軍の調練に倣って、ハードな訓練で身体の老化を防ごう!

さりとて、私は少年時代から青年時代にかけて、
完全な運動音痴の人間でしたから、
今更スポーツをする素養がゼロ。
そこで、ひたすら身体を動かす、全身の筋肉を満遍なく鍛える、
そんな方法しかありません。
55歳の頃からストレッチをほとんど一日も欠かさずやってきました。
その運動種目をどんどん増やしたのですが、
それだけでは足りないことは明らか。

となると、私にできることはウォーキングしかない!
一ヶ月ほど前でしたか?
とてもよいことに気づいたのです。
毎日の歩行量を増やすと、睡眠が一層深くなる!
もともと私は不眠にほとんどなったことがない人間です。
横になった途端に入眠し、朝も目を覚ますと、もう覚醒状態。
かつてはよく夢を楽しみましたが、近ごろは、それもなくなりました。
観ているのでしょうけど、思い出すことがありません。
もっとも、睡眠時間5.5時間の間に2回から3回小用に立ちます。
これも睡眠にはほとんど影響を与えません。
ぱっと目が覚め、横になると、さっと睡眠に戻れます。
私は、どうやら「睡眠名人」のようです。
ところが、ウォーキングを強化すると、
小用の回数が激減することを知りました。
3日ほど前に、2時間、休み無く散歩を楽しんだのですが、
その夜はたった1回というドラマチックな効果。
昨日もたった2回。

つまり、ウォーキングを強化すれば、
おそらく筋肉の老化も遅らせてくれるうえ、睡眠がさらに深くなる、
というダブル効用をエンジョイできそう。

ただし、今回はそうしたパワーウォーキング時代以前のロボグラフィ。
ソニーNEX-5にダルメイヤーの幻想レンズ、
スピードアナスチグマート25mmF1.5を付けました。
まあ、当時もスタスタ歩いていましたが、30分から1時間に1回、
必ず喫茶店で休憩して、ポメラでブログ原稿を書く習慣がありました。
今後もその習慣は捨てるつもりはありませんが、
歩行時間との割合は従前の1対1から2対1に移行しそう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-04 21:33 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2027 偶然的芸術史観(2018年5月20日エルマリート28mmf2.8もまた大和の神域をそぞろ歩き)




いつも写真家の仕事を拝見して思うことは、
写真家って、大変な難行苦行だなあ!

写真家に限りません、
芸術家として生き、かつそれで生計を立てようとすれば、
自分自身の感性に思う存分やりたい放題をさせるわけには参りません。
自分の芸術が多くの人にアピールし、その感受性を奮い立たせる、
という極めて難しい障害を乗り越えなければなりません。
そうでないと、生きていけません。

どうやら、自分の感受性、感性だけで相撲をとるだけでは足りない。
自分以外の感受性、感性豊かな鑑賞者たちの心を震わせるのは何なのか、
それが分かっていなければならないようです。
単純に言えば、自他のダブルスタンダードを備えている必要があるらしい。
芸術家たちは、そんな風にして、
いわば人類の完成をさらに一歩高める仕事をしてきたのです。

多くの芸術家が生存中にその条件をクリヤーすることができませんでした。
シューベルト、モジリアニ、ゴッホ、ゴーギャン等々....
でも、それができない限り、真の芸術家とは言えないと言うのは酷でしょうけど、
世界に無名である限り、彼のアートは誰の心にも届かず、
世界を啓発し、あるいは変えることなどできません。

シューベルトたちは、生存中はその使命を果たすことができなかったけど、
没後の世界はいつか彼らの芸術に追いついて、
彼らを真の芸術家として受け入れ、彼らの芸術は世界を変えたわけです。

でも、不幸にして、そのように誰にも見いだされることなく、
歴史上あちこちに、世界の片隅に残されたまま、
静かにこの世界から消えていった偉大な芸術があっただろう、
ということも推測できます。

逆に、生存中に世に容れられても、
「真の芸術家」の証明とは決してなりません。
生存中に社会に受け入れられ、飛ぶ鳥を落とす勢いを示した多くが、
没後、完全に忘れ去られるという現象は極めてありふれています。

簡単に例示すれば、何万という世に容れられた芸術家のうち、
後代にも「真の芸術家」として名を残す人は両手で数えられる程度!
他のほとんどすべての「成功した芸術家」は、
単に一時期流行した二流、三流の似而非芸術家に数えられてしまう、
という苛酷な現状が常に自称芸術家たちに襲いかかっています。

こんな風に考えていきますと、
芸術史上、至高の巨匠として名を留める偉大な芸術家たちは、
むしろ歴史上のさまざまな偶然に助けられて、その地位を確保した、
そう考える方が自然であり、現実的であると言えそうです。

上記のような考え方をさらに進めると、
以上のような偶然的芸術史観は、芸術史に限らない、
なんだか極めてありふれた、
つまり、どんな分野でも起こっている事象ではないか?
そんな風に感じられます。
歴史は、一群の極めて稀な偶然が重なった結果の連鎖、
そんな風に考えると、なんだか納得できそうな感じがします。

そうして、さらに我田引水的論理を進めると、
私たちが撮る写真だって、そんな極めて稀な偶然に支えられている、
そう考えるのが自然ではないか、という風に感じられます。

たとえば、私のエルマリート28mmf2.8によるロボグラフィ。
私、
レンズ、
奈良春日野のある瞬間の出来事、
これらが時空の一瞬、一点に交差した記録。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-01 23:31 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

2026 雨道(2018年5月24日キノプラズマート25㎜F1.5bで神社神域をそぞろ歩き)



我が家の周辺には散歩道が幾つも四方に延びています。
最寄りの神社の神域もその一つ。
私は神道など信仰していませんから、純然たる散歩道。
でも、別に祟りはないようです。

もう半年近く前の撮影です。
ここほど時期遅れの写真を並べているブログはないでしょう。
でも、どうせ誰も見に来ない、私の純然たる写真倉庫日記ですから、
私のやりたい放題と参りましょう。

キノプラズマート25㎜F1.5bをオリンパスEP-L1に付けました。
50㎜相当です。
Cマウントレンズには25㎜が極端に多いので、
私は見かけ上50㎜の標準レンズを一杯持っている計算になります。
それも、天下のボケレンズ、キノプラズマート50㎜の、
いわば代役のような役目を担って、張り切っています。

50㎜の方は100万を超すカリスマレンズになってしまいました。
25㎜は、50㎜が中天高く舞い昇る昇り龍のようになっても、
地味な、ただのCマウントレンズでしかありません。
おそらく桁外れに沢山作られたのでしょう。
でも、超小型で目立たないので、
フレア一杯のボケレンズとして、さりげなく使えます。
柔らかだけど、しっかりとしたピントで、
そのフレアのベールのどこかに神韻がかすかに響いている、
そんな気分になれる、手頃なレンズです。
私の大のお気に入り。


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# by Sha-Sindbad | 2018-10-27 20:37 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

2025 慣れた道(2018年5月14日トリプルアナスチグマート15mmF2.9西九条で幽玄に微笑み)



前回のスピードアナスチグマート25mmF1.5の弟分、それが、
このレンズ、トリプルアナスチグマート15mmF2.9です。
使う度に、なんだか、このレンズ一本ありさえすれば、
かなり楽しめるなあ、と心から感じるレンズがありますが、
このレンズもそんな中の一本。
正直なところ、ダルメイヤーのレンズの多くがそうです。
なぜなんだろう?
いつもその疑問を感じます。
私のように、いつも頭が茫洋とそよいでいる人間には、
ダルメイヤーのゆったりと余裕をとり、控えめに徹する、
なんだか自分から進んで、「わたしゃ、三流でござんす」
そう宣言して澄ましている、その他大勢風の境地って、
とても合っているようです。

こんな三流レンズと比較してみますと、現代のレンズたち、
「まるで縦から見ても横から見ても超優等生でございますね」
そんな超優等生たちに生涯沢山出会ってきました。
ついにそんな方と友人になることはありませんでした。
心を割って付き合いたいという気持ちになれないから。
古いレンズの中にも、ツァイスやライカのレンズに、
時折この種の思いを抱いたレンズに出会いました。
人を驚かせる冴えを見せるレンズたち。

私は、そんな驚きを感じるより、
「ああ、なんとも言えず親しみが持てるなあ.....」
と、心の奥底からなごみの気分が湧いてくる、
そんな描写をしてくれるレンズがいいですねえ。
トリプルアナスチグマート15mmF2.9の描写って、その好例、
私はそう感じるのですが、
そうは感じない方も沢山おいででしょう。
どんなものに好感を持ち、どんなものに持てないか?
人様々ですね。
それが人間の面白いところ、
そして、レンズの面白いところですね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-26 14:51 | Tri.Anastig15/2.9 | Comments(0)

2024 田舎道(2018年5月1日スピードアナスチグマート25mmF1.5が白毫寺道で静かに微笑み)


写真家は現実世界への透徹した視線を視覚化してくれる、
それがカメラ、レンズの役割であると考えるようです。
「鋭い視線」こそ、写真家にふさわしい。
見える現実、隠された現実、なんであれ、現実こそすべて。
現実を深く鋭く捉えるツール、それがカメラ、レンズ。

私はどうやら、そのような視線を求めたことがないようです。
写真は最初の最初から、夢世界でした。
最初から、勤務時間がない仕事でした。
仕事がある限り、昼であろうが、夜であろうが、
仕事に没頭せざるを得ない。
でも、そんなことをしていたら、私生活がなくなります。
無理にでも、仕事から心を引き離さなくてはならない。
その役割を担ったのが、写真でした。
写真で夢を見る、それが私の楽しみでした。

私の写真歴の第一期は、ツァイスレンズを道具としていました。
中でも、コンタックスのプラナー85㎜F1.5。
でも、私が購入したのは最初期のドイツ製でしたが、
開放ではどうしてもピントが来ないレンズでした。
だから、常にF2.8から5.6に絞っていました。
これでもボケ味は抜群でしたが、
現在私が盛んに愛用しているボケレンズたちのように、
開放でもピントは来るけど、それがフレアのベールに包まれている、
そんな魔術的なイメージとはほど遠いものでした。

私がCマウントレンズに魅せられるきっかけになったのが、
今回のレンズ、
ダルメイヤーのスピードアナスチグマート25mmF1.5。
本ブログに66回も記事を重ねて、今回が67回目。
ホロゴンに次ぐ量です。

赤裸々な現実世界に終始呼吸して、
この世界を少しでも良くしようと奮闘される方がおられます。
深く尊敬しますが、どこかで挫折して、ポキンと折れるのでは、と、
心配になることがあります。
そんな心配など一切なく生きてきたのも、
私がどんな所、どんな時でも、さっとファンタジー世界に滑り込んで、
心の澱をさりげなくクリーニングすることができたから、
私はそう感じています。
レンズたちに感じるのは、常に、
感謝。



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-25 12:08 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2023 雨道(2018年5月9日アポクロマート25㎜F2は雨の日の西大寺もキリリと)



日本史における最大の切れ者は誰だったか?
そんな設問がよく見られます。
そんな風に問われると、つい、答えたくなりますね。
本当の答えはこうでしょう、
「そんなことは誰にも分からない。
歴史上の人物を本当に知っている人など存在しないから」
私もそうですが、誰もが、知っていると思い込んでいる。
でも、それはどこかの聞きかじり、
ちょっとした知識の蓄積の中での比較に過ぎません。
誰も彼らに会ったこともないし、
本当のところ、会ったこともない一人の人間を
完全に知ることなど、誰にもできないからです。
でも、答えたくなりますよね。
どうせ完全な回答など出せないのだから、
せいぜい回答ごっこを楽しんだっていいじゃない?
という感じですね。

同じことがレンズにも言えます。
レンズ史上、最高の切れ味を持つレンズはなにか? 
使ってみたことのあるレンズの中での比較なら、
誰でもできます。
私の場合は、おそらく、
ハッセルSWCのビオゴン38㎜F4.5
でも、どなたかはおっしゃるでしょう、それは、
ゲルツのハイパーゴン75mm
友人が4×5判で撮った写真を見せてもらったことがありますが、
そのままカミソリに使えるほとの感触でした。
一瞬、辟易してしまって、「これは使いたくない!」
ビオゴンはそこまで行きませんが、
昔、法隆寺で母子をハッセルSWCでスナップしました。
若いお母さんとその膝にもたれる幼児、
まさにマドンナ像でした。
でも、愕然としました。
お母さんの膝あたりの抜けるように白い肌。
美しい肌を通して血管が透けて見えるのです。
この体験の直後に、私はビオゴンを処分してしまいました。

結局、一つ、私に言える結論があります。
人間もレンズも切れ味がよすぎるのは良いことではない。

キノプティックのアポクロマート群は極めて高価ですね。
私も昔、100ミリを手に入れたことがあります。
早々に売ってしまいました。
どうも切れ味が良過ぎて、私にはどうも合わない。
でも、Cマウントレンズは2本ばかり持っています。
その一つがこれ、アポクロマート25㎜F2。
確かにシャープなレンズです。
でも、画像には100ミリほどの鋭さはありません。
むしろ空気感をしっかり出してくれる感じがあって、
私はかなり好きですね。


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# by Sha-Sindbad | 2018-10-20 21:21 | Apochromat25/2 | Comments(0)

2022 夢のように(2018年4月25日キノプラズマート19㎜F1.5が奈良町を茫洋と過ぎり)2



友人から素晴らしいスピーカーを分けてもらいました。

  ウエスタンエレクトリック100F

ある販売サイトの惹句は、
「ガリ、ノイズのないクリアな真空管サウンドです。
構成は25Z6GT+25L6GT+6SN7GTの3球アンプです。
スタジオのスモールトーンモニターとして、
CD、パソコンなどのモニターとしていかがでしょうか?」

つまり、真空管のパワーアンプ付きスピーカー。
電話交換手の電話音声再生用に開発されたものだそうです。
つまり、通話者のどんな声、しゃべり方でも、
交換手がしっかりと聞き取り、応対できるように、
性根を入れて作られたようです。

私は、SP復刻盤、LPなどの、
モノーラル録音の再生専用スピーカーにしました。
再生スケールもかなりダイナミックで、
ぎっしり実の詰まった果実をかじる、
そんな感触、肌触り、歯触りがあって、
音の切れ味は抜群と言いたくなります。

我田引水と言われても、平気ですが、
キノプラズマート19㎜F1.9の写りに共通する、
そんな感じがします。

現代のレンズは、原則、プラスチックのモールドです。
銀塩時代のレンズは、原則、ガラスの研磨です。
プラスチックレンズは、原則として、完璧な設計。
癖がなく、パソコンソフトで画像処理するに適しています。
銀塩時代のレンズは、原則として、種々の癖があります。
つまり、完璧な設計ではありません。
癖だらけ、パソコンソフトで画像処理するに適していません。

しかも、職人の研磨次第で、個体差がかなりあります。
当たり外れがあるのです。
大抵の写真家は「当たり」を求めます。
私は、写真家じゃないので、「外れ」を求めます。
私が優等生が嫌い、むしろ落ちこぼれを好むようなものです。

一番顕著な例がヘクトール73㎜F1.9。
最初に購入したのは、写真家泣かせの落第生でした。
絞りによって、描写性が激変し、コントロール不能だからです。
でも、いかにもレトロな調子がたまりませんでした。

レンズ好きの友人から、「使ってみたいから、
是非譲ってくれ」と再三懇願されて、しぶしぶ譲りました。
彼が勝手に選んだCD3枚とほんの少しのお金を、
さも大盤振る舞いするかのように押し付けられました。
2、3ヶ月後、電話しました、
「どうだった?」
友人、しれっとした調子で、
「ああ、あれ、売りました」
私はそれ以来、この友人は避けることにしました。
自分の言葉に責任を持てない人は避けることにしています。

こんなことがあると、余計に、懐かしい気持ちが募り、
数年して、やっぱりどうしても使ってみたい、と、
ebayでかなりの美品を入手しました。
使ってみて、「あれっ?」と絶句。
とてもきちんと撮れます。
でも、その描写はかなり現代的で、
開放でも像が締まり、
レトロな味わいなど、影も形もありませんでした。
これが古代レンズです。
下手をすると、一本ごとに個性が違う。

もちろんレンズによって、製作者によって、
すべてがそうではありません。
ツァイスの場合はしっかり品質を管理していたようです。

キノプラズマートはどうだったか?
これはまったく回答不能です。
一種ごとに、1本使えたら、幸運そのもの。
だから、個体差など確認しようがありません。

それでも、私はもともととても運の良い人間です。
キノプラズマート25㎜F1.5は2本手に入りました。
違ったマウントですが、おそらくレンズは同じなのでしょう。

そこで問題です。
この2本に、描写に個体差はあるか?
回答は?
まるで分からない!
なぜ?
個性だらけ、メタモルフォーゼだらけだから!
19㎜も同じようです。

これがいわゆるビンテージレンズの醍醐味です。
撮影者は、撮りたいものは即座に分かるけど、
それがどう撮れるか、見当がつかない。
どう撮れるか予測、期待はするけど、
大抵の場合、そんな予測、期待を裏切って、
というより、予測、期待を見事ぶちぬいて、
思いもかけない画像をプレゼントしてくれるのです。

ですから、「これは私の写真です」なんて、
おこがましくて、とても言えません。
いつも、レンズたちに撮ってもらっている!

大抵の写真家が自分の傑作を前にして言う言葉は、
「私が思ったように撮れました!
私の作品がこれです!」
だから、作家なのでしょう。
私が自分の愛する写真たちを前にして言う言葉は、
「私が思わなかったものが撮れました!
私の写真はすべてレンズの賜物です」

ここでも、そんな賜物を並べています。



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-17 14:14 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

2021 夢のように(2018年4月25日キノプラズマート19㎜F1.5が奈良町を茫洋と過ぎり)1


10月10日水曜日、
4歳の孫プリンセスの保育園運動会でした。
彼女は3歳児クラスに属しています。
上から3級目。
丁度中間のクラスというわけです。
誰でもそうでしょうけど、彼女は負けず嫌い。
とりわけお兄ちゃんには負けたくない。
なんでもお兄ちゃんと同じことをするつもり。
おかげで、どんどん早熟になります。
お兄ちゃんの運動会得意種目は駆けっこです。
負けたことがないようです。
そこで、妹の孫プリンセスも負けられません。
昨年、まだ2歳児クラスの初めての駆けっこに勝利。
「がんばったね、どうだった?」
彼女、毅然と胸を張りました、
「うん、勝つつもりやったから」

今回の運動会でもプログラム3番が駆けっこ。
さほど大きくない運動場の4分の3周です。
コーナーが2つあります。
前回は4分の1の直線コースでしたから、
足の速いのが順当に勝ちますが、
今回は、コーナーの取り方、曲がり方で逆転があります。
「どう、今回も勝つつもり」
彼女静かにうなづきました、
「うん、勝つ」

「用意、ドン!」で走り出しました。
最初からトップです。
ニコニコ笑いながら走る子もいるのに、彼女は真剣。
第1コーナー、第2コーナーどちらも一番内側を回り、
最後の長い直線コースをぶっちぎりで走りきりました。

幼児の場合、「駆けっこ」がスピード競争であると、
理解できていない子がまだ見られます。
それから、走り方も手足をはじめ全身が走る動作になっていない、
両手両足がバラバラという子もまだ居ます。
孫プリンセスは、足の速いお兄ちゃんをいつも追いかけているので、
走るという動作がしっかり身についています。

それにしても、近ごろの保育園、小学校の運動会で思うのですが、
低学年までは、なんでも男女平等で、区別無く、一緒にやっています。
1年の孫プリンスがたしか2年と一緒にダンスをしました。
男の子もしっかり踊ります。
最初から最後までさまざまな協同動作の振り付けなのに、
まごついている子は見あたりません。

私など、ついにダンスなどしないまま成人しました。
運動という運動をしっかり出来ないのに、平気で成長しました。
後悔しています。
孫たちは、水泳教室に通い、学校でもさまざまな協同動作を教えてもらい、
そのうえ、孫プリンスは小学校入学とともに少年野球に入団しました。
昔風に言えば、文武両道の達人になれる可能性の扉を開いてもらっている。
うらやましいですね。

私は生涯のおよそ3分の2を運動音痴で過ごしてきました。
別に不自由はなかったのですが、今頃になって、気づいています。
写真撮影にしても、揚琴、二胡、リコーダーの楽器演奏にしても、
頭でやるわけではありません。
頭と身体の協同動作でやらなければならない。
幸い、20年前に、膝がなんだか弱くなったのに気づき、
それ以来、病気(ほとんどしません)のとき以外は毎日、毎日、
自分の考案したストレッチコースを続けてきました。
全身の関節を自由にかつ素早く動かす訓練をしていました。
おかげで、かなり敏捷性を高めることができました。
手の届く範囲でモノが落ちたりすると、必ず自動的にキャッチします。
足も疲れを知らぬ、というと大げさ過ぎますが、それ近い状態で、
早足で一日中歩いても(これも時々休み休みですが)疲れず、
翌日に疲労が残ることはありません。

まだまだ孫たちに負けるわけには参りませんから、
できるだけ足を使いたいのですが、
今日は休息日としました。
MacbookAirの容量が小さいので、さまざまに作業していますと、
空き容量がほとんどなくなって、その辺りの整理をして、
ハードディスクに作業スペースを作らなければなりません。
その作業日に充てることとし、音楽を聴きながら作業。
友人がつくってくれたトールボーイ型の小型スピーカーで、
CDやYouTubeの音楽を囂々と鳴らしながら作業します。
片手で軽々持てるほど軽量で、
たった10㎝の口径の小型スピーカー1個で鳴らすのですが、
私のたった5.8畳の書斎がコンサートホールと化し、
ピアノやヴァイオリンは演奏者が我が家に来た感じ。
ホロヴィッツが少し腰を動かしたときに、
椅子の革がかすかにきしむ音まで聞こえるのですから、
怖ろしいほどに上質のスピーカー。

実物大のひずみのないクリアーで艶やかな音楽が響き渡り、
大オーケストラの交響楽となると、
私の方がホールに瞬間移動した感じで、
目をつぶると、巨大なホール空間の中心にいるかのよう。

今、ホロヴィッツ「ドメニコ・スカルラッティ・ソナタ集」
私はグランドピアノから1mほどの場所で、
ホロヴィッツの明晰極まりないピアノサウンドに、
全身を包まれている感じ。

その恍惚感に高揚しつつ、マックで、キノプラズマート19㎜F1.5の、
たゆたう幻想のロボグラフィをブログ搭載用に小型化しています。
幾度も書きましたが、
このレンズ、正真正銘のボロを買い入れたのですが、
大阪のマツモトカメラの松本さんにオーバーホールしていただいて、
黄金色に輝く超小型キノプラズマートに生まれ変わりました。
チビレンズ中の最愛のレンズ。
描写はこのとおりのボケ描写です。
なおさらに、可愛い!

文章を書き終えて、
千住真理子さんの「感傷的なワルツ」に換えました。
これまで、書斎では、CDはほとんど聴かず、YouTubeばかりでした。
パイオニアのユニバーサルのCD,DVDプレーヤーという安物だし、
マックで作業しながらの「ながら族」にはYouTubeで十分。
そう思っていたのですが、バカ、バカ、バカ!
YouTubeはCD音質でも供給されていると思っていたのに、
CDとはまるで比べものにならないほどの劣悪音質だった!
千住真理子さんがそこ、私の3mほど向こうに居て、
デュランティを颯爽と奏でているではありませんか?
彼女のザ・シンフォニーホールのコンサートを少なくとも5回体験。
でも、座席は、大抵、10mほど離れていました。
その実物サウンドを遙かに凌駕する情報量なのです。
ストラディヴァリって、
こんな豊かで、こんなに生彩溢れる、芳醇なサウンドなんだ!

私の人生は、さまざまな喜び、楽しみに恵まれてはいますが、
ひっそりと静かな生活の日々でした。
これからは違います!
世界の偉大な演奏家たちと手を携えて歩むことが出来る!



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-13 23:22 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

2020 いつものように(2018年4月16日パンタッカー40㎜F2.3奈良町に変幻行脚)2 生命エネルギー



世界中に人間が何人いるか?
誰も数えることなどできるわけがありませんが、
ネットの記事によれば、どうやら75億を超えているそうです。
75億!!!???
人口が増大するにつれて、子供を産める年齢層が増えるので、
人口はグングン増加するのが当然です。
でも、怖いほどの人口増加ですね。
今、この瞬間に75億の人間たち、なにをしているのでしょう?
神様は一人一人ちゃんと把握なさっているのでしょうか?

私は奈良に住んでいます。
出かける先はたいてい大阪。
どちらに行っても、今では、老人だらけ。
若者と見ると、海外からのツーリスト。
中国人が圧倒的に多いようですが、
こちらは、若い人、若い夫婦、親子連れが多いようです。
まだ高齢化は少し先のようです。
高齢者も混じっていますが、老若男女、みなさん元気です。
キツい陽光などちっとも苦にならないようで、
ほとんど帽子なしに、大股で歩いています。
日本人よりも歩幅がちょっと広い傾向があるようです。

実際に3、4年前はひっそりと寂しい町でした。
みんなで揃って静かに老いてゆく、そんなムードでした。
もし海外からのツーリストが来なかったら、
奈良はさらに寂しい町に成り果てていたでしょう。
今、奈良のストリートを支配する気分は変わりました。
かなりエネルギー感が戻ってきたようです。
私だって、歩幅が伸びる感じ。

18世紀でしたか、19世紀でしたか、
イングランドの80歳を超えた老公爵は、毎夜、
18歳ほどの若い女性たちにベッドに入ってもらいました。
一緒におねんねするだけなのですが、
それが彼の長生きの秘訣だったと言います。
私が奈良のストリートで感じるのも、
若者の生命エネルギーを吸収して、
「こりゃ、がんばらなくちゃ!」というところでしょうか?
まだ、それほど老いたつもりはありませんが...

さて、パンタッカー40㎜F2.3。
ますます枯れた味わい。
キリッとした画像を求める方には、
たまらない駄写真の羅列でしょうね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-10-09 21:54 | PanTachar40/2.3 | Comments(0)

2019 いつものように(2018年4月16日パンタッカー40㎜F2.3奈良町に変幻行脚)1 映画用レンズ

 
アストロ・ベルリンのF2.3シリーズは私の大のお気に入り。
アストロ・ベルリンは映画用レンズとしてトップクラスであった、
そう言われます。
その基本的な理由の一つが、同じ絞りのシリーズごとに、
描写性が一定していて、焦点距離の違うレンズに取り換えても、
レンズを換えたことがわからないことにあると言われています。
現像後に映像に修正を加えることなどほとんど無理だったからです。
描写性が変わると、気分が、雰囲気が変わってしまいます。
現代のデジタルカメラ時代と異なり、
使用レンズ、カメラマンによる露出等の調整が極めて重要でした。

私は、かなりの数の映画用レンズを愛用していますが、
描写性は各社かなり違います。
その上に、使用の程度、経年変化などが関係するのでしょう、
パンタッカーF2.3シリーズのレンズ同志でも、
かなり画像の性格はヴァラエティに富んでいます。
40㎜は1930年代の古い製品のようで、
手に入れたとき、もう惨めなほどにくたびれた姿でした。
つまり、使い倒された末路、といった風情。
私としては信じたいですね、
この40㎜はそこまで愛用したくなる魅力一杯だった!
2回に分けて、そのあたりを検証してみましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-10-05 21:26 | PanTachar40/2.3 | Comments(0)

2018  欠陥と多様(2018年3月3日キノプラズマート25mmF1.5aが新大阪で一仕事)



私はアイリッシュフォークが大好きです。
妻がダブリンに短期語学留学をしたときに、
お土産に、数枚のアイリッシュのCDを持ち帰ったことが始まり。
とりわけダブリナーズに夢中になり、未だに愛聴しています。
なんとも言えないようなペーソス、哀愁が漂っているのが魅力。
そんな大好きな曲ばかり楽譜をネット検索して、
数十曲、プリントアウトして、リコーダーで楽しんできました。

そして、なんとも言えず、滑稽な傑作的失敗を今日発見しました。
数日前、その中から4曲、最愛の曲を選択したのです。
① No man's land
② Green Fields of France
③ The Field of Athenry
④ Hard Times, come again no more
みんな哀しい曲ばかりです。
今日思いついて、歌詞を検索しました。
そして、2つの発見!

まず、第1の発見。
①と②は同じ曲だった!
①はホ短調、②はニ長調。
どちらがオリジナルの調性か、知りません。
かなりアレンジがあるうえ、調性が違うと、
曲の気分ががらりと変ってしまっているうえ、
②の楽譜には歌詞がついていなかったことも手伝って、
まったく気づきませんでした。

そして、第2の発見。
④はアイリッシュじゃなくて、
フォスターの名曲だった!
フォスターもアイルランド移民の子孫です。
彼の在世当時のアメリカでは、
出身国ごとにかなり一地区に集中して暮らしていたようです。
だから、アイリッシュの民族音楽の香りが、
フォスターの音楽にもかなり色濃く残されているようです。

今回、ブログに書きたいと思ったことは、
①のことです。
私のブログで起こっているのも、まさにこの①の現象だ!
そう直ちに悟りました。
私は、たった一つの撮り方しか知りません。
限られた、同じ場所ばかりをうろついて、
できるだけ近づいて、撮りたいものだけを撮る。
主題もたった一つ、路傍写真だけ。
もし同じカメラ、同じレンズで撮っていたら、単調そのもので、
私自身、あっという間に飽きてしまったでしょう。

写真家はいくつもの撮り方、いくつもの引き出し、
いくつもの主題をもっています。
だから、よい写真家はいくつもの引き出しから、
その場にふさわしい撮り方を選び出して、
豊かな写真世界を構築します。

私はそんな芸当ができません。
私という人間が「これは良いな、撮りたいな」と直観したとき、
シャッターを切っています。
そして、私はかなり性格が一定しています。
子供の頃からほとんど変っていない、そういう人もいます。
いきおい写真も本質的に一本調子の作風。
でも、私はちっとも飽きません。
その理由は、一つ、バリエーションの源泉がある!
レンズが違う!

レンズを沢山駆使する写真家は離れ業を見せます。
カメラ、レンズを取り替えても、自分の作風を維持できます。
私はいつも私。
でも、作風なんてありません。
レンズの画角と風合い、描写性がそれぞれに独特なので、
少なくとも私にとっては、違った写真が撮れて、
私自身はちっとも退屈しないという寸法。
他の人がどう感じるか、これは別問題。
私の問題ではありませんが、全然人が来ないところを見ると、
退屈以前の問題、写真そのものが無意味としか思えない、
そんなところだろうと推測しています。

数年前までは、最上のレンズ10本ほどを残して、
残りはさっさと売り払って、老後の生活に充てよう、
そう考えていました。
今は違います、
できる限り、レンズの違いを味わい続けよう!
そんな気持ち。
かなり財政的には窮屈なのですが、旅行その他の遠出をやめ、
近場だけをうろうろし、ご馳走など食べない、
というようなポリシーで対応しています。

こんな人間には、私の撮り方は絶好。
沢山のレンズを取っ替え引っ替えしますが、
レンズ一本一本に習熟し、向き不向きに合わせて、
撮り方、撮る場所を変える、なんてことが一切できません。
また、それをするつもりもありません。
だから、上記のアイリッシュ事件と同じことが起こります。
同じレンズを使っても、そのレンズの特性、癖、描写性など、
ちっとも体得しません。
かなり欠点が内蔵されているせいでしょう、
ときと場合によって、描写性も一変するのが古レンズ。
おかげで、いつも、「ああ、このレンズ、意外に面白い!」
これ一点ばり!

レンズを駆使するのが写真家。
レンズに撮ってもらうのがど素人。
私は「ど素人」の域から脱することはついに無いままですが、
それこそ大歓迎の事態と言うわけです。

今回は、キノプラズマート25mmF1.5aが活躍。
もともと描写性が一定しないレンズですが、
そんなことに頓着しない私が使うので、
予測不能にノビノビと崩れてくれました。
不完全描写こそ、私の楽しみであり、
私の処世術ということになりそうです。
 




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-30 11:45 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2017 (2018年4月3日ヘクトール28mmF6.3の奈良町もまた)2 東は東


ヘクトール28mmF6.3は、今を遡ること80有余年前の1935年に発売された、
ライカ初の28mm広角レンズですが、
素人が使いこなせる広角レンズとしては35㎜が限度でした。
28㎜なんて、超広角だったわけです。
それが今では、私のような素人がホロゴン15㎜F8を愛用する!
時代は変わったものです。
私が写真クラブに入った当時は、モノクロームプリントが主流でした。
そして、トリミングが最も有用な技法とされていました。
28㎜はとても便利だ、そう言われていました。
なぜ?
ばっと大まかに撮っておいて、
後でゆっくり考えて、その中から作品を切り出せばよい!
私は最初の最初から、この考え方が大嫌いでした。
そんなの、自分で撮った作品だなんて、言えないじゃないか?
だから、最初の最初から、ノートリミングが基本でした。
ずっと今までその姿勢を守ってきました。

それがデジタル時代になると、どうでしょう?
さらにその傾向は強化されつつあります。
とにかくRAWで撮っておきなさい。
なんなら、何枚も露出を換えて連写しておきなさい。
あとで、ゆっくりとPhotoshopのような画像処理ソフトで加工すれば、
想像を絶する素敵な作品を創り出すことができます。

昔は、そんなことができないので、
カルティエ=ブレッソンのように、撮り返しのきかない一回性こそが、
作品性の基盤でした。
その場で、その瞬間、私しかこの光景を写し撮ることはできなかったんだ!

写真作品の性格が完全に変わってしまったのです。
私には、今、私が目にしているいわゆる写真芸術のほとんどは、
単に写真を媒体とするけど、写真とは全く異質のアート作品です。
私が、自分だけで自分の写真を楽しむことに決めたのは、
ドキュメント性を持たない写真作品なんかに、まるで心が動かされない、
という体験を重ねてきたからです。
今、写真家がプロもアマも爆発的に増加しています。
徒弟的修業時代から次第に創造性のある作品を作れるベテランへ、
というルートは、ほとんど不要となってしまったようです。
なんの修業もなく、写真作品が作れる時代になってしまったからです。
年季も経験もへったくれもない時代。
アイデアだけで勝負できる時代。

結局、私は時代遅れなのでしょう。
でも、現代の潮流に乗る気持ちなどありません。
勝手に無人島で一人好きなことをして楽しもう、という心境。
清々しい気持ちです。

ヘクトール28㎜F6.3は、不器用なレンズです。
明るいレンズには、いわばイマジネーションが働く自在性があります。
被写界深度が違う幾段階もの絞りを駆使すれば、
面白く意外な描写を楽しめます。
F6.3だと、もうハナからパンフォーカス一点張りです。
とてもリアルな写真一点張りということになってしまいます。
まあ、それもいいでしょう。
私が目の前にしていたのはこれだったんだ、と、
いつも撮影の瞬間を思い出すことができるからです。

ここでも、東は東、西は西、ですね。
不器用で創造性のない平凡人間は、
写真にあんまり高望みしない方がよいのです。
想像力も創造力もない人間を、
カメラが創造性豊かな写真作家にしてくれる、
なんて起こりっこないのですから、ね。





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# by Sha-Sindbad | 2018-09-27 18:14 | Hektor28/6.3 | Comments(0)

2016 (2018年4月3日ヘクトール28mmF6.3の奈良町もまた)1 秋山小兵衛



ヘクトール28mmF6.3、ライカ最初の28㎜レンズです。
私もかなり気に入って、
私のブログでは、超広角レンズが激戦区であるにも関わらず、
すでに11回記事をアップしております。
しかも、他のレンズと比較すると、かなりコメントが多い。
どうもクラシックレンズ界では穴場的人気を博しているようです。

このレンズ、開放値が6.3もあるので、
銀塩フィルム時代はこれが大変なネックになっていたようです。
でも、デジタルカメラ時代には、この程度の開放値は平気。
感度を上げればよいだけのこと。
おそらく大抵のカメラマンは単体の28㎜等広角レンズを使うとき、
少なくともF8に絞り込んでお使いでしょう。
どんなレンズも原則として、
絞り込むとさらに高画質になるからです。
そうなのでしょう。

私に関する限り、絞り込む必要はまるでありません。
私はむしろ低画質を求める傾向があるので、
高画質になるのはかえって迷惑なのです。
一度位はF8に絞り込んで使った記憶がありますが、
光学ファインダーが装備されていないソニーα7では、
絞り込むと液晶が見にくくなるので、結局、開放に戻りました。
開放で十分過ぎる超高画質のレンズです。
周辺光量落ちもあって、主題を目立たせやすいレンズ。
完全パンケーキ型で、さりげなく使えますから、使い勝手もよい。
これからもっと撮ってあげましょう。

多くの写真家にとって、クラシックレンズは、
作風の豊かさ、ヴァラエティを増加するための武器になります。
私のようにただのど素人芸写真の場合、
周辺光量落ちもあいまって、なにも工夫しないでも、
レンズの味わいだけで見甲斐のある光景をプレゼントしてくれます。

私は30年余前、終の住処にと、選んだ地が奈良でした。
私のかつての写真の師匠、田島謹之助さんは、
「東京がいいよお、世界の芸術が居ながらにして楽しめるよ」
私もその利点を認めるにやぶさかではありませんが、
ただし、私は絶対的な不利があるので、羨ましいとは思いません。
どんな芸術も、一人で相対したい、それが私の気持ち。
沢山の群衆と一緒に味わいたいとは絶対に思わないからです。
群衆がぜんぜん気にならない人が沢山居られるようです。
どんなところでも集中できるなんて、便利な方ですね。
でも、私は羨ましいとはまったく思わない。
どんな芸術も、たった一人で向かい合いたい、それが絶対条件。
私は目の片隅にでも、耳に入るかすかなサウンドでも、
背後の秘めやかな気配でさえも、我慢がなりません。

奈良が嬉しいのは、人が少ないので、
そんな孤独な境地を楽しめる場所が多いこと。
誰が複数の恋人とデートをするでしょう。
ロボグラフィだって同じ。
ロボグラフィに向かい合うとき、一対一でありたいものです。
それができるのが、奈良。

ヘクトール28㎜F6.3のロボグラフィは、
私が使う他のレンズとはちょっと趣が違いますね。
池波正太郎の「剣客商売」の主人公、
秋山小兵衛は子供のように小柄、
おそらく時代劇上一番冴えない外観の持ち主。
でありながら、負けることを知らない名剣士。
ヘクトールも形は超小型なのに、描写はゴージャス。
剣士の切れ味、横綱の存在感が漲る描写。
秋山小兵衛並みに力を内に秘めた名剣士ぶりにしびれます。






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# by Sha-Sindbad | 2018-09-25 16:56 | Hektor28/6.3 | Comments(0)

2014 春爛漫の陰で(2018年4月1日オルソスティグマート35mmF4.5は奈良町にひっそりと)2 いぶし銀

見事なストリート写真を撮れる友人が数人居ます。
これは才能がなければできない離れ業です。
いくら努力しても、そんな写真は撮れません。
カルティエ=ブレッソンと来たら、
まだ、ストリートフォトなどというジャンルが確立せず、
ストリートフォトの典型例となるような作品もない時代に、
発売されたばかりの頃のバルナック型ライカで、
いきなりカルティエ=ブレッソンを撮り始めました。
1930年代初期の作品群には、
カルティエ=ブレッソンの写真人生の頂点となるような、
最上のストリートフォトが数多く含まれています。
カルティエ=ブレッソンがバルナックライカに出会ったこと、
これは写真史における最重要の事件の一つでした。
才能と道具が揃ってこそ、名作が生まれるのでしょう。

私は、スナップ写真の傑作はたった1枚ものしただけ。
写真の神様は私に人生最高の運を下さったわけです。
もう1つ下さった運があります。
現状をすなおに是認する才能。
「なにくそ!」精神は私にはありません。
「これでいいねえ」精神ならふんだんに恵まれました。
こんな人間がクラシックレンズに出会って来た訳です。
「なにくそ!」精神、「もっと光を!」精神の持ち主なら、
私の安物レンズたちのほとんどに満足できないでしょう。
でも、私の「これでいいねえ」精神なら違います。
数千円で落札したボロ玉もあります。
みんな独特の写りを私にプレゼントしてくれます。
ただ目の前にあるものを撮っただけなのに、
クラシックレンズたちが楽しく脚色してくれて、
私の望み通り、というか、望みを超えた、というか、
とにかくメタモルフォーゼをプレゼントしてくれます。
かなり多くの写真ブロガーが去って行ったようです。
多くの方は、自分の写真を自分で楽しむ、というより、
写真を通じて、多くの人々との交流を楽しむスタンス。
私はひたすら私自身との付き合いに徹するつもり。
写真を通じて自分の人生を楽しみたい、
自分の人生を記録したい、
絶えず文章を書くことで、絶えず思考し続けたい。
そんな日記を公開しているのは、
もしかすると、誰かがアクセスするかも知れない、
そんなとき、デタラメなところは見せたくない、
という緊張感を保つため。
これがボケ防止につながればよいが、というスタンス。
楽しきかな、人生!!

最後に、オルソスティグマート35mmF4.5のこと。
どこと行って、突出したところはありません。
ひたすら地味に、実直にロボグラフィと付き合ってくれます。
購入した当初の試写数回で、
このレンズは要らないな、そう感じていたのです。
でも、近ごろは「このレンズ、付き合い甲斐がありそう」
という印象に変わりつつあります。
人間と一緒ですね。
じっくり付き合ってみて、はじめて真価が分かる、
そんな類の人が居るらしいし、
そんな類のレンズがあるらしい。
私が歳をとってきたせいでしょうかねえ?




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-23 10:24 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2015 (2018年4月2日バルター35mmF2が西大寺に繰り出した)落ち着き


8月31日肋骨1本を骨折して、丁度3週間経過の一昨日から、
朝のストレッチを再開しました。
お布団の横にヨガマットが敷かれています。
以前は4㎜1枚でしたが、
数年経って、なんだかぺちゃんこになった感じで、
6㎜のマットを新調しました。
ところが、このブラックマット、なぜかネトネトと湿っている。
やむなく旧マットを上に敷き、二重にしました。
これがなんだか運動しやくい感じで、大成功。
今回は、肋骨骨折治癒後なのですから、漸進的に始めるつもりでした。
ところが、取りかかってみると、なんのことはない、普段通り快調。
150数えるブリッジも、20数える腕立て伏せも、
60往復の両手を左右に振って、脇腹を強く叩くスペシャルも、
なにもかも普通にできました。

骨折部位は、治癒後、前よりかえって強くなると聴いたことがあります。
ネットで調べてみると、最初の2つの質問記事に回答した医師はそろって、
そんなことはない、太くなったように見える部位も元に戻り、
帰って骨折しやすいケースもある、とのこと。
要するに、以前にも増して注意しながら生活すること、
これしかないようですね。

さて、今回は、ボシュロムの映画用レンズ、
バルター35㎜f2
ソニーα7に付けました。
スピードパンクロと双璧とされた映画レンズのようですが、
スピードパンクロとバルターは実に対照的。
動と静
男性的と女性的
硬派と軟派
さまざまな対比ができそうです。
私は性格的にはスピードパンクロをより好みますが、
気分次第で、バルターの柔和な表情にうっとりしたりします。
アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは、
コントラストを彼の存在論の基本概念の一つとしています。
コントラストが機能する限り、宇宙を組成する基本分子は、
他の分子とありとあらゆる態様で関わり合い、機能できます。

そんな意味で、この同時代に活躍した2種の映画用レンズは、
映画の求めに応じて生まれるべくして生まれたのかも知れません。
私の好みがあるために、スピードパンクロに傾いていますが、
今回は、バルターの落ち着きある描写を楽しむことにしましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-22 14:59 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2013 地味に(2018年4月1日オルソスティグマート35mmF4.5は奈良町にひっそりと)


私の書斎はたった5.8畳、天井も低い、北向きの部屋です。
一生金儲けとは無縁の人生を送った人間です。
粗末な一戸建ての家を購入して、その1階北側を広げて、
その上に小さな書斎を付け加えたわけです。
隠居小屋にふさわしい隠れ家です。
友人のつてで、腕の良い大工さんにお願いしたので、
かなりがっしりと作っていただき、そのお陰で、音が洩れない。
夜中でも楽器を練習でき、音楽を囂々と鳴らせます。
階下の部屋でもあまり聞こえず、戸外には全然洩れません。
幾度か確認したので、安心できます。

タイムドメインの砲丸型のスピーカー2種4本を床に置いて、
散々に楽しんでいたのですが、
別ブログに書いた経緯で、廃品回収業者に出してしまいました。
フロアがさっぱり空いたので、
スピーカーと安楽椅子(ドラマ鑑賞用)が遮っていた
東側の壁面に設置した書棚に自由に近づけるようになりました。

以前に書きましたが、
一冊だけの私家版写真集を40数冊作っていますが、
棚に並んでいたこの写真集たちに目が止まり、
その一冊「××××写真集27 ロボーグラフィ序説」を取りだしました。

前にも書きましたが、大阪長居の雲雀屋製本所による
布装固表紙の完璧な造本に包まれて、一応出版物そこのけの造りです。
14年前の製本ですが、新品同様です。
そして、開いてみて、びっくり。
現在のぼけぼけ、ぼんやりのロボグラフィ写真とは段違い、
銀塩ポジ写真。
昇華型熱転写プリンター、オリンパスP-400による最高のプリント。
一枚一枚、いつどんな状況で、どのレンズで撮ったか、記憶しています。
自分で言うのもなんですが、光彩陸離として輝く写真たち。
ああ、私も変わったものです。
いわば傑作写真集という体裁なので、私がブログで展開しているような、
日々の道行き写真たちとはコンセプトも志も違います。
制作当時、一回か二回のぞいただけで、ずっと書棚に埋もれていたわけです。
写真家でもないど素人がいかにも写真家といった思い入れで作るのです。
当時考えた志は、将来、過去を思い出したくなったときのよすがにしたい。
まさにそんな思い入れで、今日、20年以上前の写真たちと向かい合いました。
なつかしいですね。
40冊ばかり本棚を占領しています。
ずっと忘れていました。
これからはぼちぼち付き合ってあげましょう。
誰と?
過去の私と。

今回は、オルソスティグマート35mmF4.5です。
かなり地味なレンズです。
私のように、しみじみとした、じゃなく、
地味地味、じめじめとした路傍写真を撮っている人間には、
かなり似合った第二級レンズ。
心にがっと食い込んで来る衝迫力はありませんが、
どことなく懐かしい情感があって、
実のこもった写りをしてくれる、そんな感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-15 22:00 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2013 感じる(2018年3月31日キノプラズマート25mmF1.5bが鶴橋の路地で)


写真を長い間楽しんできて、又、様々な写真を見て、
人間についてもいろいろと学ぶところがあったようです。

私の学んだことを簡単に整理してみますと、
「① 人間は目の前の情景の一部しか見ていない」
「② 人間は、同じものを見つめても、違った見方をしている」
「③ 人間は、見る物に自分の衣を被せている」

上記の結果として、
「私が自分の気持ちで撮った写真を、
私と同じように観てくれる人はほとんど居ない。」

私の結論は、
「それで良い!
自分の写真は自分一人が理解し、楽しめたら、それで良い」
写真家は、写真で生きて行こうとする限り、それでは務まりません。
このなんだか独我論に近い写真観を乗り越えて、
多くの人が観たいと望む写真を撮るという難題を、
さまざまな方法で解決しているようです。
私は初手から、そんなつもりはありません。
写真は私一人の楽しみ。

私が切望したことは、
自分の「感じる心」を育てること。
つまり、感じる心のダイナミックレンジを拡大すること。
どうしたら育てられるか?
私は知りません。

一つ、私が努めたことは、先入観を捨てること。
どんな場所でも、どんなものでも、
はじめて出会ったかのように、新鮮な気持ちで接すること。
でも、そう簡単には、そんなこと、できませんね。
そこで、私は、地球に初めて下り立った異星人になって、
なにもかも生まれて初めて見ると、どう感じるだろうか、
これを想像してみることにしたのです。
これは写真を初めて2、3年で始めたやり方でした。

そうすると、どんなものを見ても、
それが何だか分からない、名前も分からない、
分かることは、外観だけ。

私は、子供の頃から想像が大好きでした。
学校の授業が嫌いで、授業に退屈すると、
目は黒板を向いて、心は勝手な想像世界に遊びました。
だから、異星人ごっこは、私にとっては実に簡単な遊び。
こんな遊びをしたわけですが、
外観だけ、ということは、
どんなものも形だけでまず勝負するというやり方。

多くの写真の先生方の教える方向と逆ですね。
対象をもっともっと深く理解しなさい。
私は、その逆。
でも、そうすると、その形がいろいろなことを私に語ってくれます。
形というものは、さまざまな線と点と面で構成されています。
そんな線や点や面だけが独立して目に飛び込んで来るのです。
そうすると、思いがけないようなものが浮かびあがってきたり、
ケルト紋様、螺旋模様が目を喜ばせたりします。
そうすると、シャッターを落とします。

私の写真をご覧になった方は、
なんだこれは?
なんてごちゃごちゃとゴミ溜めみたい。
画面整理がなっていない。
そう感じるでしょう。
でも、私は、一度見つけた線や面だけが浮かび上がるので、
何度見ても、私の心を喜ばせてくれます。
ある意味で、私の視覚はゲシュタルト心理学的なのかも知れません。

傑作写真と言うものは、説明不要です。
見たものが、「わっ」と心を揺さぶられる何かが写っている。
私のロボグラフィはそんな傑作写真主義と完全に無縁。
私の心の揺らぎの記録。

「一体、これは何を撮っているの?」
体験したときの私の気持ちを撮っています。

「なにを言いたいの?」
なにも言いたいわけではありません。
私の写真には、私以外の第三者向けのメッセージはありません。
いわゆる「表現」など皆無。
もしかすると、私は唯我論者なのかも知れない、
そう思って頂いて、結構です。



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-13 21:35 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

2012 行き帰り(2018年3月19日スピードパンクロ40mmF2が大和西大寺で見たもの)


昨日も大和西大寺に参りました。
いつも同じ用です。
二胡演奏家の陳少林先生の二胡への揚琴伴奏のレッスンですが、
近ごろは、音楽院の発表会向けの二胡合奏の練習に参加しています。
私は揚琴で伴奏します。
楽しい!
この世で合奏ほど楽しいことがあるだろうか?
ときどきそう考えます。

でも、その行き帰り、毎回、撮影します。
本ブログのラストにタグの一覧があります。
中断に並んでいます。

   奈良西大寺(94)  陳少林先生レッスン
   大阪加美(71)   孫たち
   大阪西九条(61)  付虹先生レッスン

結局、所用の道すがら、
私の写真はお散歩カメラというわけです。

今年3月19日、ソニーα7に付けたレンズは、
スピードパンクロ40㎜F2
映画用レンズです。
おそらく映画用カメラのターレットに付けていたのでしょう。
標準は3本のようですが、4本ターレットもあったかもしれませんね。
カメラマンは当日の各場面に合わせて、レンズを選んだのでしょう。
そんなとき、レンズを変えても、画質、色が変らないように、
同じ会社のレンズを使ったようです。

どの場面、どのショットでどのレンズを使うか、
一つの場面で、いつ、どこで、どの方向から、どんなレンズで撮るか、
誰が決めたのでしょう?
監督、プロデューサー、それとも、カメラマン自身?
もしカメラマン自身が決定に参画したとすれば、
現在撮影中のドラマの進行、シーンの意味どころかコンセプトまで、
しっかりと理解していなければならなかったでしょう。

黒沢監督はすべての場面のコンテをご自分で描かれたそうです。
レンズが役者全員の姿を捉えることも肝心だったようです。
このような撮り方は、先輩の小津安二郎監督の映画にも共通します。
黒沢さんは実に克明に各シーンの座り方、配置を描いておられます。
とすると、黒沢映画では監督自身が各ショットを決定されたのでしょう。

余談ですが、名監督がそんな風にして画面を決めることで、
一つ犠牲になったことがある感じがします。
どうしても画面が静的になり、ときには作為的に過ぎたようです。
現代の監督たちはもっと自由に俳優を動かしている感じがします。
ときには、監督自身がカメラを持って歩きながら撮ることも。
実は、私はこれが大嫌い。
画面が揺れ、吐き気がするのです。
斬新だ、新しいセンスだと評判をとることが多いようですが、
そんな評判の映画は絶対に観ない、それが私のポリシー。

そう言いつつ、気がついてみると、私自身、
ホロゴンを初めとする超広角レンズでは、
ほとんどファインダーをのぞかないで、
歩きながら、さっと切り取ることにしているのですから、
なんだか奇妙です。
でも、私はスチール写真なので、
撮影の瞬間、必ずしっかりレンズを静止させます。
ホロゴンだけでも10万ショット以上撮ってきましたので、
このあたりは慣れています。

今回のレンズは40㎜ですし、超近接が多いので、
液晶画面を観ます。
でも、観るのはピント合わせのための拡大画面だけ。
合わせると、そのまま、ぐっとシャッターを押します。
言い換えると、カメラを向けたときの位置のまま撮ります。
液晶画面で構図を作ることはしません。
他人に見せるためじゃないうえ、
私のレンズのほとんどは周辺が暗かったり、ぼけたりなので。

私のような日常写真を同じ場所で繰り返し撮るとき、
このポリシーは実に有用です。
液晶画面で構図を決めますと、どうしても、
自分ごのみの構図一辺倒になってしまうでしょう。
そうすると、完全なマンネリ写真になってしまいます。
だから、拡大画面だけで写真を撮ることにしてるのです。
私は、帰宅後、パソコンのハードディスクにファイルを移すとき、
原則として、写真はチェックしません。
だから、何ヶ月か、何年か後でブログ作成時に初めて見ることが多い。
そんなとき、ははーん、こんな写真が撮れていたか、
ああ、ここまで撮れてたか、
と、実に新鮮です。



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-11 22:04 | SpeedPanchro40/2 | Comments(0)

2011 下町(2018年2月16日キノプラズマート25mmF1.5aの見た大阪加美)


いつも書いていることですが、
私はテレビも観なければ、新聞もとっていません。
観たくないもの尽くしなのに、なんで観なきゃならない?
日本のこと、世界のことが分からなくなるじゃない?
なんで日本のこと、世界のこと、知らなきゃならない?

中国の古代王国周の初めの頃、
その前代である殷の遺臣の伯夷・叔斉は、
周が殷を滅ぼしたのは義にあらずとして、
「周の粟を食む事を恥として」、餓死してしまいます。
この物語の背景には、殷の最後の王、紂王、妃の妲己を溺愛し、
暴虐無道の政治を行ったために、周に滅ぼされたという史伝があります。

司馬遷は、その史伝をそのまま受けとって史記に記載しています。
この背景に、司馬遷が属した漢朝が、暴虐無道の秦を倒したことにつき、
「易姓革命」という思想によって、
王朝の交替の正統性、正当性を証明するためだったと思われます。
殷、周、漢は順次、易姓革命によって、天が支配権を正当に伝えた、
そう証明する必要があったからです。

伯夷・叔斉の逸話は、殷の紂王はそれほど悪くはなかったのではないか、
周が殷を倒して支配圏を奪えるだけの正当性はなかったのではないか?
周の政権奪取ドラマは司馬遷が描いたものとはかなり違うかも?
そんな疑いを抱かせるデータとなりそうです。

私は、現在の政権が暴虐無道であるとは思いません。
でも、次第に国民の福祉を無視し、主権在民の日本国憲法をないがしろにし、
国民の利益以外のなにものかの利益のために国政を欲しいままにしており、
一方、大多数の国民は自分たちが主権者であることを忘れて、
「ほかには国政を任せるに足りる政党もないしねえ」という二者択一論理で、
国民と日本の行く末をしっかり見定めないで、唯々諾々と追従している、
その結果、民主主義日本はその末路とも言えるような迷走を続けています。

無力な私は完全にさじを投げている状態。
別に伯夷・叔斉を気取るつもりはありませんが、勝手にしやがれ状態。
そんな私にとって、レンズたちと戯れる日々は心を慰めてくれます。
現実は、すでに周囲は「都会砂漠」です。
生きる糧が至るところで見つかる、そんな豊かでやさしい社会じゃない。
むしろ完全袋小路。

でも、ロボグラフィたちに向かい合うとき、現実を忘れることができます。
そんな私に、リアリティは禁断です。
ファンタジーにどっぷりと浸かり、現実を忘れ、自分も忘れたい。
そんな現象を私は「メタモルフォーゼ」と名付けているのかも知れません。

キノプラズマート25㎜F1.5a(Mマウント改造)は、
そんなメタモルフォーゼツールの中でも白眉、そう言えそうです。
裸の現実にそっとファンタジーのベールを投げかけてくれます。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-08 23:15 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2010 災難(2018年2月16日キノプラズマート25mmF1.5aの大阪加美)


8月31日金曜日午後、大阪久宝寺に参りました。
孫二人のピアノレッスンの付き添い。
午後2時、孫たちのマンションに到着し、
半時間後小学校1年生の男の子が帰宅。
この子の部屋に設置されたピアノで予習するのを
入り口付近でチェックしました。
練習が終わって、孫にアドバイスしながら、
後ずさりして退室しようとしました。

事故が起こったのは、その瞬間。
このマンションは昨年末入居したばかりで、
私も孫の部屋には2、3度入っただけ。
この部屋だけがなぜか、中央廊下と15㎝ほども段差があります。
アドバイスに気をとられて、段差のあることを忘れていたため、
私は、その段差にいきなり両足とも取られてしまい、
身体全部が宙に浮いた感じになって、背後の廊下に横転し、
反対側の部屋の開いたかまちに右背を激突させてしまいました。
かなり強く打った感触で、驚愕と苦痛とで呼吸もできない感じで、
廊下にうずくまって、10秒ほど動けませんでした。
その後、すぐ平常に復し、普通に起き上がり、
衝突部位の痛みも軽減したので、あまり気にせず、
2人の孫と往復半時間のピアノの先生のマンションに行き、
送り届けてから、すぐに帰宅の途につきました。

この帰宅時頃から、左側の胸付近を動かすと、
衝突個所あたりに鈍痛を感じはじめました。
通常の行動のときは、痛みは感じません。
触っても、痛みはありません。
下半身を運動させるときも、痛みはありません。
たとえば、上半身を動かさない限り、しゃがんでも痛みはありません。
右半身を動かしても、直立して肋骨を大きく動かしても、痛みなし。
ただ、左上半身を動かしたときだけ、衝突個所に痛み。
左脇の脇腹から背部あたりを大きく動かすと、
激痛に固まってしまいます。
でも、数秒静止すると、痛みはすっとかき消えてしまいます。
一番動作が難しいのは、布団に横になり、起き上がろうとするとき。
どんなに注意しても、激痛と硬直現象が起きます。
最初の二日ほどは、この動作ごとに5分ほども苦闘しました。

このまま患部を固定して1、2週間無理をしなければ、
自然に治癒するのでは、とも考えましたが、
肺あたりにも損傷部位が存在して、放置するのは危険かもしれない。
週明け月曜日、事故から3日後に整形外科に受診、
レントゲンを撮ってもらいました。
見事左胸の肋骨1本が居れていました。
女医さんでした。
今は、女性医師がかなり多いので、「女医」なんて古語かも?
とてもはつらつとして、レントゲン写真をざーとチェック!
「ああー! あったあー!」
なぜか嬉しくなる効果がありますね。
「大丈夫です。骨が形成されます。」
湿布をいただき、3週間後再受診を予約して帰りました。

一安心です。
左肋骨を使わないために、右足優先で動き始めることを思いつきました。
そんな動作がただちに体得できたせいでしょうか、
痛みそのものが急速に和らぎ、ほとんど意識することもなくなりました。
起き上がるときも、ゆっくりとですが、すんなりと起き上がれます。
今日、五日目ですが、もうほとんど意識しなくなりました。
昼食時誤飲してむせかえったときは、かなり痛みましたが、
すっと消えます。
10日も経つと、痛みもほとんど軽減し、後は癒着を待つのみ、
ということになりそうです。

今一番我慢できないのは、毎朝のストレッチができないこと。
これも2、3日中に、骨折部に影響を与えない部分で再開します。
でも、私が書きたかったことは、実は、別のこと。
事故があって、すぐ後です。
私は考えました、
「脇腹で良かった。
脳挫傷だったら、救急車ものだっただろう。
幸運だった!」

これが私の流儀です。
なにか悪いことが起こると、もっと悪いことを思い出して、
それでなくて良かった、と、バランスを回復します。
要するに、楽天的なのでしょう。

そこで、我田引水ですが、
キノプラズマート25㎜F2Mのような古いレンズを使うとき、
この考え方は役に立ちます。
大抵の方は、このレンズの低画質、低コントラストに、
びっくりし、後ずさりしてしまうでしょう。
皆さん、颯爽たる超高画質写真をお撮りになります。
私のブログ写真なんて、不可解千万、なのでしょう。
それで、あなたはあなた、私は私、と、
世の中丁度釣り合いがとれる、
そう考えるのは、私だけでしょうか?

私も昔は写真家を夢見てがんばりました。
でも、次第に悟りました。
私は写真家になれる資質など何一つない!
別に写真家になりたいわけでもない。
私はしたいのは、写真を撮り、写真を楽しむこと、
これだけ。
こうして、ロボグラフィに到達したわけです。
自分の歩く道のかたわらで写真を撮る。
私の写真に写っているのは、
そのものに心を動かされた私。
時間順に並べると、その日、その場所の私が写っている。
ロボグラフィを見ると、その私を思い出せる。
1本のレンズ、1台のカメラで撮っていたら、
いつも同じような写真になりそうです。
すると、飽きるでしょう。
一時期、私自身の心にぴたりかなうレンズを探して、
随分レンズを集めました。
そうでもないレンズは、どんどん売り払うつもりでした。
でも、そんなレンズたちもロボグラフィなら活用できます。
みんな違った描写、ちがった味わいを出してくれるからです。
近ごろ、撮る場所は完全にマンネリ化しています。
あんまり遠くに出歩きたいと思わなくなったからです。
旅行なんか、ぜんぜん食指が動かなくなってしまいました。
だって、自分のしたいことは全部我が家とその近くでできる!
私の二つのブログはそのような近隣写真で埋まっています。
第三者には退屈至極でしょう。
私にしか分からないイコンでしかない画像で埋められているから。

でも、面白いことに、
人間は、観るものを自分の世界に取り込もうとします。
私のブログに偶然お出でになった方が、
ご自分のイコンとして、面白いと感じることがあるかも知れません。
私とは全然異なる視点、視野に立って、
ご自分のイメージ世界を作る素材に取り込みたいと思うかも知れません。
これは私の関わるところではありません。
世界はそんな風にして編み合わされて行くのでしょう。

今、ここまで書き終わった瞬間、くしゃみをしてしまいました。
患部にワッと痛み。
でも、すぐに消え、しかもその痛みの程度は我慢の範囲。
ふーむ、もうほとんど直ったな!!
軽い肋骨骨折なら、1週間ほどで平常の生活を取り戻せるようです。
だからと言って、癖になっては大変。
普段から少しゆったりとしたリズムを保つようにしましょう。
そうすれば、いくら不注意な私でも、ときどきは事故を防げるかも?

おっと、書き忘れるところでした。
今回はオリンパスEP-L8に付けたキノプラズマート25㎜F1.5a。
ライカMマウント改造のキノプラズマートです。
いわば、プアマンズキノプラズマート。
でも、痩せても枯れても、キノプラズマートです。
私はこのレンズの茫洋描写を心から愛しています。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-05 17:37 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2009 路傍の勇者(2018年1月29日キネタール37.5mmF1.8奈良町に帰って来た)


大抵の通行人にとって、道はpassage通路です。
A地点からB地点に移動するルート。
それ以上の意味はありません。
「町歩き」が好まれるようになりました。
その場合、関心の対象となるのは沿道の店、町の雰囲気。
沿道の付属物、電信柱やゴミ箱、雨樋、溝など、
路傍に点在するものたちに気を止めながら歩く人は、
ほとんどいないでしょう。

私の町歩きはその無視されるものたちとのお付き合い。
なぜそんなものに関心を抱くようになったか?
自分でもそのあたりは全然不明ですが、
写真を始めてすぐに私の撮影ポイントとなりました。
古くなったものたちの質感を描写する歓びは、
なぜか写真を始める前から私の心にしっかり根付いていたらしい。

そんなロボグラフィへの関心の源は幼年時代にあったようです。
小さい頃は視点が常に手近な細部に及ぶものです。
私は幼い頃から路傍の種々が好きだったのです。
というのは、そんな記憶がかなり残っているからです。

昔は街灯がゼロという道がいくらでもありました。
私は暗闇が平気な人間ですが、
どうも子供の頃母親に連れられて、夜映画館に行った、
そんな経験を積んで、慣れ切ったのかも知れません。
子供4人中3番目の私一人を連れて出るのが習慣でした。

往きは薄暮でも、映画(常に洋画でした)が終わる頃は夜。
ときには、星のない日など、近くの電燈のないあたりは、
完全な闇でした。
雨がやんだ後の水たまりだらけの土道を歩くのが喜び。
水たまりは別世界への罠という思い入れで、
ひょいひょいと飛び越しながら家路を辿ったのです。
映画の主人公になりきっていたこともあります。
映画と夜の道が私の想像力を鍛えてくれたのかも?



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-01 23:10 | Kinetal37.5/1.8 | Comments(0)

2008 老木人(2018年1月29日キネタール38㎜F1.8ユニバーサルシティで怪人たちと格闘)


随分前のことです。
私は山辺の道が大好きで、よく通いました。
その中間にある長岳寺の参道に入ったあたりに、
切り通しのようになった場所がありました。

右手の高さ2m弱の土手の斜面が雨などに崩されたようで、
斜面が深くえぐれたようになっていて、
土手の上に立ち上がる松の根っこが露出していました。
参拝者が曲がりくねった根っこに絶えず触れてきたようで、
完全にツルツルに滑らかになってしまい、
まるでヴィーナスのような肢体が舞うような姿でした。
そして、ヴィーナスの足下に、黒々とした別の根っこが顔を出し、
まるでサチュルヌスが地中から浮かび上がるような姿でした。

行く度に撮ったのですが、丁度撮影し終わったとき、
年配のアマチュアカメラマンが三脚を抱えて来かかりました。
私、思わず呼び止めて、
「この根っこ、まるでヴィーナスのようではありませんか?」
余計なことを言ったものです。
その男性、じっと見つめた末に、一言、
「いや、見えませんね。根っこですね」
そして、さっさと立ち去ってしまいました。
この方にとって、根っこは根っこ、というわけでした。

今回は、JRユニバーサルシティ駅近く、線路沿いのマンションで、
付虹先生の揚琴レッスンを受けた後、
駅に向かうプロムナードで撮りました。
道沿いの緑の中に朽ち木が何カ所も設置されて、
往路と復路で、同じ朽ち木が違った顔を見せてくれたりして、
眼を楽しませてくれます。
いつも撮ります。

おそらく長岳寺で出会った風景写真家は、
私の写真を撮っても、一言、切って捨てるでしょうね、
「朽ち木ですね。
そんなもの撮って、なにになりますかねえ?」

今回はテーラーホブソンの映画用レンズ、
キネタール37.5mmF1.8で撮りました。
スピードパンクロの後継機種、弟分のようです。
兄貴のスピードパンクロよりも切れ味がよいようです。
人間でも、兄弟では、たいてい、弟の方が頭のキレがよいですね。
私は兄でした。

テーラーホブソン家の末っ子キネタール。
ソニーα7に付けました。
四隅が少しけられますが、中心部で勝負する人間です。
ちっとも気になりません。
今回も快刀乱麻的な描写を見せてくれました。
兄貴の魔術性がその分稀薄になっているのですが、
このあたりは時代の要請、映像芸術の路線の変化、
レンズの適材適所の役割分担にもつながるのでしょう。
それでも、私には十分メタモルフォーゼを見せてくれるレンズ、
そんな感じがして、大好きですね。
私にとっては、映画用レンズの魅力に眼を開いてくれた草分け。
今回も、存分に魅力を発揮してくれた感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-29 17:31 | CookeCinema25/3.5 | Comments(0)

2007 下町アート(2018年1月18日ヒストリオダゴナール40mmF6.3大阪加美の人形に魅せられ)


今回は、宮崎貞安さんの最新レンズの試写の残りです。

ヒストリオダゴナール40mmF6.3

レンズ黎明期にツァイスのプロターと双璧を歌われた名玉、
それがこのレンズです。
私にはその程度の知識しかないので、
ウィキペディアを引用させていただきます。

  「ダゴール(Dagor )はドイツのカメラメーカー、
  ゲルツが製造していたカメラのレンズ。アナスチグマート。
  設計者はエミール・フォン・フーフ。
  ピントが鋭くまた内面反射が少なくコントラストが高いため、
  このレンズで撮影した写真は一目で分かると言われていた。
   2群6枚構成でゲルツを代表する名レンズとして知られ、
  ジェームズ・A・シンクレアなどイギリス製カメラにも
  多数が取り付けられるなど、
  同時代のライバルだったカール・ツァイスのプロター以上に
  広く使用されていた。」

宮崎貞安さんのダゴナール40mmをかなり試写しましたが、
これまで見たダゴール作品の雰囲気を良く再現している、
そんな感じがします。
高コントラストで、立体感のある描写。

大阪平野区のJR加美駅付近を撮影しました。
行きつけの喫茶店のご主人はかなり優れた人形作家です。
生き生きとした表情に心が温かくなります。
実は、ガラス棚のお人形さん、
私の妻の若い頃にそっくりなのです。
ただし、妻の方がもっと日本的で美しいのですが。
「じゃ、この人形欲しいんじゃない?」
ここだけの話ですが、
お姫様は一家に一人で十分ですね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-25 23:06 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

2006 お忍びで(2017年12月19日ペンタック38㎜F2.9が大阪加美の下町巡り)


ペンタック38㎜F2.9
ちっとも有名でないダルメイヤーの映画用レンズの、
Mマウント改造版ですが、
形と言い、描写性と言い、いかにも古風!
大いに気に入っています。

同じ38㎜にはコンタックスT2作り付けの、
ゾナー38㎜F2.8がありますが、
ゾナーの方が遙かに立派な描写力を持っています。
私にとっては一時最愛のレンズで、
私に生涯最高の作品を1枚プレゼントしてくれたレンズでしたが、
それなのに、本ブログでは、たった2つの記事。

一方、ダルメイヤーの38㎜と来ますと、既に25個の記事。
圧倒的に優位に立っています?
なぜ?
それは、実に簡単なことです。
ダルメイヤーのレンズの方がずっと地味だからです。
レンズ本体の姿も地味なら、描写も地味です。

現代は光彩陸離、ときには絢爛豪華な描写が氾濫しています。
作家は、どうだい、独創的だろう?
かつての大写真家たちの名作、傑作なんて、
我が輩の足下にも寄れまいて、という感じです。
でも、これすべて作家の独創によるものではなくて、
カメラ会社がカメラに、現像ソフトに付与した味付け。
この皇帝の紫衣風の加工を取り除いたら、
写真作品としての意味も重みも芸術性もなんにも残らない、
ただの素人写真というのでは、本末転倒ではありませんか?

ペンタック38㎜F2.9の描写は地味そのものです。
ソニーα7もレンズの描写性をかなり尊重している感じで、
ペンタックの穏やかな味わいを損なわない、という感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-24 22:25 | Pentac38/2.9 | Comments(0)

2005 静かな町(2017年12月15日ズマール50㎜F2が大阪加美の下町巡り)


「人生は選択である」
そう、よく言いますね。
でも、いつもいつも、
「あれか、これか」
「Yes or No? 」
じゃ、味気ないですね。

人生、
「あれも、これも」
「Yes and No 」
「Yes Yes and Yes!」
があってもいいじゃないですか?

私も昔はいっぱし写真家気取りで、
たえず、「あれか、これか」をやっていました。
でも、あるとき、何年か前に撮った写真のことが閃きました、
「そう言えば、あのとき、大好きな写真、撮ったぞ!」
ポジのケースを全部ひっくり返しましたが、
ついに見つかりませんでした。
「Yes or No? 」と颯爽とやっている間に、
ゴミ箱にポイしちゃったのです。
今考えますと、胸が締め付けられそうになります。
自分の人生をそうやって忘却の彼方に捨て去ってきたんだ!

今では、全部保存しています。
それでも、ブログ開始当初は、写真ブログらしく、
わずかな写真を選択して掲載していました。
最初の1年ほどは、人に見せるつもりでやっていたのです。
でも、ある日、気づきました。
私自身、自分の写真を観て、なんにも感じない。
写真作品として撮っていないのに、写真作品風に装っても、
もともとなんにも訴えるものを持っていないロボグラフィが
なにかを人に訴えかけはじめる、なんて起こりっこないですね。

そこで、ブログのコンセプトを変更しました。
「写真ブログ」から「写真倉庫ブログ」に、
「公開ブログ」から「純然たる日記」に!

自分の人生がどこまで続くか、分かりません。
近ごろ、南海トラフのことがよく話題になっています。
調べてみますと、私の居住するのは奈良盆地の東の山沿い。
奈良盆地の断層帯はどうやら奈良町あたりの中心部を
まっすぐ南北に縦断する形で盆地全体を貫いています。
南海トラフでは、日本列島の中心部全部が大地震となり、
太平洋沿岸を1分も経たずして、10から20mの大津波が襲う、
という全国規模の大災害となるのだそうです。
おい、おい、おい.....

火山活動も活発化しています。
世界中で噴火のニュースが頻発しています。
先月、英国・マンチェスター大学の教授(天体物理学)が
「世界で最も危険な火山10」を選定したのだそうです。
(https://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201512_1_4.html)
100年以内に噴火の恐れがあり、
かつ破局的噴火となる可能性がある火山という基準だそうです。
我が国の火山が上位を占めています。

    1位:硫黄島(東京都小笠原村)
     2位:アポヤケ山(ニカラグア)
     3位:フレグレイ平野(イタリア)
     4位:阿蘇山(熊本県)

硫黄島が噴火したとき、日本列島にどんな災厄をもたらすか?
私には分かりませんが、かなり大変なことになりそうです。
阿蘇山が噴火したときは、
噴火の状態によっては日本列島が壊滅するおそれがあります。

つまり、地球にとって一番危険な時期に入ったのかもしれない。
そんなクライシスがかなりの間隔で地上の生命に襲いかかり、
地球上の種を壊滅寸前に追い込んだ過去の危機のうち、
少なくとも2回は上記と似たような天災地変が原因でした。
あるサイトによれば、
「今日、多くの科学者が地球上の生物がほとんど死滅してしまうような、
第六の大規模絶滅の瀬戸際にきていると信じている。
その説を裏づけるような7つの兆候が海外サイトに考察されていた。
これから200万年もしないうちに、75%以上の生物が
死に絶えてしまう大規模絶滅が起こる可能性は高いという。」
「200万年もしないうちに」とありますと、
大抵の人の反応は「じゃ、まだまだだ、一安心」でしょう。
でも、その本当の意味は「今この瞬間から200万年後までのいつか」
なのですから、次の瞬間に起こっても不思議はないのです。

というわけで、人類絶滅までに、
なんとか撮った写真を全部ブログに収録したい、
という気持ちになりました。

今回は、ソニーα7にズマール50mmF2を付けました。
主にJR加美駅の南側路地で撮ったロボグラフィ。
さすがにズマールです。

以前から幾度も書いていることですが、
同じ場所で同じものを撮ったショットを幾枚も重ねています。
しつこい人だなあ、
選ぶことができない人だなあ、
そんな批判を浴びそうです。
でも、この批判は的外れです。
私は、傑作写真を見せようとしているのではありません。
私の足跡、ロボグラフィたちとの出会いの記録を止めたいだけ。

あなたは、男性として、狭い路地をあるいているときに、
向こうから、とても魅力的な女性がやってきたら、
たった一目見たら、眼をそらしますか?
そらしませんね。
女性だって、同じでしょう。

私のロボグラフィたちとの出会いがそれです。
シャッターを落とす回数が賛美の度合いを示します。
「なんでこんなものに魅力を感じるの?」
と、疑問に思われるのは、あなたの自由。
私だって、お答えしかねます。
そんな理由を冷静に列挙できるとしたら、
あなたは本気で魅力を感じていないのですから。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-22 16:45 | Sumar50/2 | Comments(0)