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レンズ千夜一夜

2076 威風堂々(2018年11月18日ホロゴン15㎜F8が奈良町を闊歩して)



この頃、素敵な言葉がよく見つかります。

「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」

室町の茶人、村田珠光の言葉だそうです。
同種の馬群の中を駈けていると、観る人が観れば分かるのでしょうけど、
観る目のない人には、どれが名馬でどれが駄馬か、分からないものです。
でも、藁屋にただ一頭繋がれている姿を見れば、
誰の目にも名馬のただならぬ輝きには目を見張るでしょう。

アートはすべてコントラストが鍵です。
というより、この世界のすべてはコントラストが鍵です。
ホワイトヘッドは、存在が創造的に変化していく鍵はコントラストにあるとしました。
どんな存在も安定、静止は堕落に通じます。
生きるためには変化し、向上するしかないのです。

トインビーは文明の誕生、発展の鍵は「挑戦と応戦」にあるとしました。
彼の名句は「オールを休めると、文明は滅亡する」
人間もそうですね。
オールを休めると、失速し、老化し、死に至ります。
無敵の勝者がいつか無残にも一敗地にまみれる運命に見舞われるのは、
新しい状況に、かつて無敵であった手法をいつまでも使い続けようとするためです。
死ぬまで失速したり老いたりしたくなければ、オールをこぎ続けること、
どんどんと革新していくこと、これしかないのです。
あなた、テレビづけになっていませんか?
新しい情報を手に入れたい?
だったら、パソコンで十分。
しかも、そんな新しい情報があなたにどれだけ役に立ちますか?
泡と消えて行って、昨日のニュースがなんだったか覚えていますか?
生きることはニュースを追い求めることではありません。
自分自身の成長に役立つなにかを手に入れ、変化し続けること、成長し続けること、
ではありませんか?

ホワイトヘッドの最重要のコンセプトは「新しさnovelty」でした。
旧套墨守は退歩の引き金、
新しさが躍進の引き金、というわけです。
でも、新しさは従来の生活、従来の見方の延長上には見つかりません。
まったく新しい場に自分をどんどん自分を置いていかない限り、
新しさに直面することはできません。

こんな風に考えると、はたと気づきます。
私のように、どこにも行かないで、いつも同じ場所で写真を撮っている人間に、
新しさはどこにあるでしょう。
どこにもないかも知れません。
でも、私のモチベーションは落ちません。
新しさは外になくてもよい、
内に新しさを感じることだって、できるはず、私はそう考えたいのです。

私のロボグラフィに新しさなどありません。
私にとっては、写真としての新しさなど無関係。
私は写真家ではないのです。
自分の人生に写真を活かしたいだけ。
私にとっては、今日、このロボグラフィに出会ったこと、
それが新しい体験。

こんな私に、村田珠光の「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」はどんな意味を持つか?
私は「人生、意気に感ず」という言葉が大好きです。
余談ですが、古代から中国人が一番大事にしてきた価値はなんだと思いますか?
私は「義」だと思います。
「義を見てせざるは勇なきなり」
これも名言ですね。
司馬遷の史記が今なお私たちの心をときめかせ続けるのは、
中国人が文字通りこの言葉を生きてきたからですね。
一度約束したら、生涯守り続ける、
状況の変化なんていう現実主義はとらない、これが古代中国人でした。
諸葛孔明なんて、自分を見いだしてくれた劉備との約束を守り続けることで、
一生義を守り、義に死んだ人間ですが、
そのような人が文字通り山ほど居るのが中国史の面白さです。
私もそんな人間でありたいと願ってきました。その一つの実行が、「始めたことはやめない」です。
妻と一生生き続ける、というのが、私にとって最も大切な義なのですが、
このいわば大義に続いて守ってきたのが、
実のところ、写真を愛し続けることでした。
(音楽への愛情は実のところ妻よりも古いのですが、
これは妻も同様なので、お互い、許し合っているわけです)

職業生活の日々は長く厳しい時代ですが、
それを一度もくじけずに、心身を壊さず生き延びることができたのは、
どんなに忙しくても、どんなに仕事が待っていても、
毎週末には撮影に出て、ロボグラフィをとり続けたことでした。

風景写真家はどうやら季節に左右されるようです。
季節ごとに被写体となる風景を追い求めるのですが、
たとえば、冬枯れともなると、長い休眠に入ることとなります。
目的地の往還はひたすら移動だけ。
ロボグラフィは違います。
一歩家を出た瞬間から撮影は始まります。
そして、家に入る瞬間まで撮影が続きます。
観ることは、ロボグラフィと出会うこと、
そして、ロボグラフィはどこにでも隠れているのですから。
「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」
なんでもない道ばたにはそんな名馬が待っているのです。
私にとって、「名馬」とは、私をはっとさせる存在。
やあやあ、そんなところで、頑張ってるじゃないか!
そう感じさせてくれるものたち、それがロボグラフィ。
私の写真は全部そんなロボグラフィ。
そして、私も社会の中で、
道ばたのロボグラフィとまったく同じ存在です。
誰も私のことなど気にとめない。
誰も私のことを忘れている。
でも、私の心は生き生きと躍動しています。
私は、体格も普通で、容貌、容姿はさえず、
風采の全然上がらない人間ですが、
でも、目だけは生き生きしています。
どの瞬間、どの場所でロボグラフィたちに出会えるか、
完全に予測不能の人生なので、
油断できず、心をわくわくさせて周囲を観察しつつ歩き回っているのですから、
私にとっては、「途中」というものがありません。
絶頂体験の可能性を秘めた瞬間で満ちている!

こんな風に感じられるようになったのも、
私が常に写真でその体験を記録できるという態勢を創り出したからです。
どんな人も自分の好きなこととなると、
目が輝き、動作がキビキビとしはじめます。
私にとって、全瞬間がそれなのですから、
ずっと私の心は生き生きとし続けている。
自分で意識的に生み出した生き方ではありません。
私の人生にいつしか染みついた生き方です。
だから、私にとっては本物。

ホロゴンをソニーα7に付けて、
奈良町を歩きました。
他のどんなレンズとも異なる描写をプレゼントしてくれます。
完璧に近い補正が施された現代レンズの愛用者には、
容認しがたい癖の画像でしょう。
私のブログ写真など、現代のほとんどのアマチュアカメラマンの目には、
容認しがたいほど稚拙な失敗画像と映っていることは、私も承知しています。
それでよいのです。
おかげで、私はひっそりと自分のブログ日記を楽しめます。




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# by Sha-Sindbad | 2019-04-18 23:24 | Hologon15/8 | Comments(0)

2075 傾国のレンズ(2018年11月17日奈良町のビオゴン21㎜F4.5の足取りは重く)



ツァイスの35㎜判用広角レンズの最高峰は、もちろん、

  hologon15㎜F8。

いわゆる35㎜判の広角レンズとして、
ツァイスばかりではなく、世界的に見ても、白眉、
私はそう確信しています。
全部使った訳ではないので、実地に確認したわけではありません。
でも、やっぱりそう確信していることは否定できません。

ホロゴンほどのレベルではありませんが、
使う度に、「これはこれは、やっぱり凄い!」
そう感嘆させられてしまうのが、

  ビオゴン21㎜F4.5

現代にも同名のレンズがコシナから発売されて、
評判が良いようです。
おそらく昔のビオゴンのレンズ特性の改良版なのでしょう。
でも、私にとっては、この現代の改良がくせもの。
オリジナルビオゴンの癖を取り、遙かに高性能にする、
このコンセプトが私にとっては迷惑そのもの。
そのような改良の行く先は常に、超シャープ主義。
名レンズを名レンズたらしめている所以は、
常に、シャープネスの面ではない。
生き生きとして、圧倒的な深みに満ちた再現性、
これではないでしょうか?

私の友人はかつて、こう言っていました。
「ビオゴンは20世紀の十大発明の一つや!」
ちょっと大げさですが、
ハッセルブラッドのSWCの38mmF4.5、
オールドコンタックスの21mmF4.5、
この2本のビオゴンを使ったことがある人なら、
ほぼ完全に納得するでしょう。

ほぼ完全なレンズ性能、
完璧な精密感、
並ぶもののないほどの透徹した清澄な味わい、
リアルなのだけど、その陰から立ち上る異界の香り....

中国では、最高の美女は「傾国の美女」と呼ばれました。
私にとっては、ビオゴン属は、ホロゴンに次ぐ傾国のレンズ。
私の財政はこれらのレンズによって確かに傾きました。
やれやれ...........




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# by Sha-Sindbad | 2019-04-16 23:40 | Biogon21/4.5 | Comments(0)

2074 重々しく(2018年11月16日フォコター50㎜F4.5と自宅近くを散歩して)



あなたの近くに、とても存在感が重くて、
一緒にいると、もうずっとその人が場を支配する、
そんな人は居ませんか?
まあ、誰でもそんな人がいるでしょう。
私の場合、身近も含めてそんな人がかなり多くて、
私はそんな重鎮を引き寄せやすいタイプなのか?
それともそんな重鎮に引き寄せられやすいタイプなのか?
ときどき考えることがあります。

最近分かってきたことですが、
どうやら、私はこの両方のタイプのようです。
だから、身近に重鎮が多い。
人だけではありません。
レンズなんかもカリスマ性さえ帯びているものがあります。
私が1997年12月、カメラのマツバラ光機の棚に鎮座していた、
ホロゴンウルトラワイドに出会った瞬間、
私は運命の出会いを感じました。
でも、真相は、ホロゴンが私を待っていたのだ!
だって、そうでしょう?
お金もないのに、いきなりその場で買うと決め、
最長期の高額ローンを組んで、手に入れる人がどこに居ますか?
レンズでローンを組んだのなんか、後にも先にもこれだけ。
そして、そのまま22年間、メインレンズとして使い続ける、
そんな人がどこに居ますか?
ホロゴンのような使いにくいレンズを、
死ぬまで使い続けると心に決める人って、居るでしょうか?
だから、どうやら、私はホロゴンに引き寄せられ、
しかも、私もホロゴンを惹きつけたというのが真相のようです。

フォコターは違います。
モノクロームを現像引き伸ばししていた当時、
ライツのカリスマ的引き伸ばし機フォコマートと、
その専用レンズ、フォコターは白黒写真家の垂涎の的でした。
カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛の作品が人の心を掴んだのには、
フォコターの重厚精密で、立体的、それなのに、ナチュラル、
という絶妙の現実再現性が手伝っていたに違いないのです。
自家現像時代が終焉を迎えて、市場にこぼれ出たフォコターを手に入れ、
宮崎貞安さんにライカMマウントに改造していただいたことで、
そのことを確信しました。

とにかく画像が絶妙の存在感に満たされる!
私自身、ホロゴンを中心に、かなり重い質感で撮るのが好きです。
でも、その過剰と言いたくなるような重厚感に直面して、
そんな私でさえも、たじたじとたたらを踏んでしまう、
それがいつもの正直な印象でした。

ところが、今回自宅近くの散歩道でフォコターを使ってみて、
印象ががらりと変わっていることに気づきました。
なんだか、こいつボクに馴染んできたんじゃないの?
という感じ。
いろいろ理由を考えてみたのですが、
どうやら、私がフォコターを自然の中で使ったからでは?
という風に感じました。
もともと柔らかでナチュラルな質感のものたちを撮ると、
リアリティが少し増す程度で、けっして重厚にはならないらしい。
目立つことを存在理由としてひしめき合うストリートと違い、
自然のものたちは、互いにしっとり溶け合い、馴染みながら生きています。
一人一人が「我こそは!」という自己主張などしません。
だから、フォコターでアクセントを付けようとしても、
みんなで一緒にさらりと受け止めてくれる、
そんなところでしょうか?

改めて、フォコター50㎜F4.5に惚れ直しました。
どうやらホロゴンと違って、フォコターの場合、
私がフォコターを引き寄せたんだけど、
私はフォコターを引き寄せなかったようです。
でも、人間は変わるものですね。
どうやら、段々とフォコターを引き寄せつつあるのかも知れません。
我が家に来たすべてのレンズと良好な関係を築きたい、
そう念願してきましたが、なかなかそうはいきませんね。
「なんでこんなレンズ買ったんだろう?」と、考え込んでしまう、
そんなレンズもかなりあります。
仕方がありません。
描写性を確かめてから購入することなど、ほとんど不可能ですね。

でも、今回の経験で少し安心しました。
どんなに呼吸の合わないレンズも辛抱強く使ってあげましょう。
いつかしっくりと和合できるときが来るかも知れませんね。



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# by Sha-Sindbad | 2019-04-14 16:55 | Focotar50/4.5 | Comments(0)

2073 小は大を兼ねる(2018年8月8日奈良町でのメオスティグマート50㎜F1は至宝かも?)



久しぶりにチェコのレンズを奈良町に持ち出しました。

  メオスティグマート50㎜F1

どうやら映写機用レンズらしい。
絞りもないし、ヘリコイドリングもない。
ずどんと、ただの筒型のレンズ。
ヨーロッパの知恵者が超硬度の厚紙で作った筒にこれを収めて、
ソニーα7のマウントを付けてくれました。

なにしろ超大口径で、無限大から超接写まで自由自在の、
機能は限定され、周辺光量は落ちますが、
その代わり、適材適所で超絶写真が撮れます。

ソニーα7に付けて持ち出しました。
おそらく感度を50まで落として設定できるデジタルカメラは少ないでしょう。
しかも、50㎜の焦点距離のまま使えるので、撮りやすい。
改造者は、まさに最上のカメラで使えるようにしてくれた訳です。

ebayで落札した当初は、カメラを下に向けると、
レンズが滑り落ちそうになりました。
なぜか今ではそのようなこともなく、
なんのストッパーもないのに、レンズは紙製鏡胴から滑り出さず、
フォーカシングの滑らかさも文句なし、という状態に落ち着いています。
改造者の丁寧な心遣いを実感することができます。
万事に丁寧、周到な仕事ができる人でないと、こうはならないでしょう。
並の人ではないかも知れません。




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# by Sha-Sindbad | 2019-04-11 23:41 | Meostigmat50/1 | Comments(0)

2072 駅周り(2018年11月15日阪神今津駅界隈をオリオン28㎜F6片手に徘徊)上流階級



私は、職業生活では、大阪、神戸、京都と、
関西中心で仕事をすることができました。
決して東京には参りませんでした。
私は、いつか別ブログで書いたことですが、
思春期に奈良なら大阪に転居した際、
柔軟な適応力を欠いた性格上、どうしても大阪弁に切り替えられず、
両親の標準語風イントネーションに収まってしまったのですが、
基本的には大阪人的性格だけはちゃんと身につけて生きてきました。
大阪人の特質は、基本的には、民主的でインターナショナルで、
どんな人にも、たとえ外国人にも同じ態度で接することにあります。
いつも冗談まじりで、けっして人の上に出ようとしません。
きっとお高くとまっている人だっているのでしょうけど、
私は出会ったことがありません。

神戸人はとても当たりが柔らかで、開明的と言ってよさそうです。
でも、庶民は別として、教育、財産がある層には距離を感じます。
上流なんだけど、下々にも温かく接してあげよう、
という気配を感じさせられることがあって、
温かいんだけど、その実、心は開いていない、内実は閉鎖的、
という人によく出会うのです。
私は、職業的には人をリードする仕事を生涯してきましたが、
心根は徹底的に庶民の大阪人なので、そんな気配にカチンときてしまう。
お陰で、どうも、どこか馴染めない思いをしてきました。
私がほとんど兵庫県を撮影しないのもそのせいかもしれません。

一方、生まれついての京都人や、自分は京都人なのだと見て欲しい人は、
徹底的に閉鎖的で、お高くとまって、よそ者には慇懃無礼に門前払い、
という感じで、まして大阪流の冗談などまったく通じません。
京都という町は好きなので、よく撮影しますが、京都人は撮りません。

ここまで書いて、ふっと考えました、
なんで、こんなことを書いているんだろう?
そうでした。
阪神今津駅界隈を撮ったときの気持ちを思い出したからです。
オリオン28㎜F6を付けていたのですから、
こんなときは、置きピンのパンフォーカス撮影が原則です。
大阪の下町なら、行き交う人をバンバン遠慮なく撮らせてもらいます。
今津駅界隈は、大阪の下町と違い、雑踏がありません。
でも、大阪と変りがありません。
どこに行っても、下町の人は活き活きと自然体。

私はこう感じます。
日本中どこに行っても、地で生きている日本人は、
みんな同じ。
でも、階層が上がるにつれて、二重、三重の社会生活。
地を隠して、仮面を被らなければなりません。

私の友人が芦屋の六麓荘に住んでいたときのこと。
駅まで下り坂です。
歩いていると、後ろから高級車がすっと近づき、
「お乗りになりませんか?」
と、しとやかな言葉。
近所の奥様です。
喜んで、同乗させてもらいました。
上品に会話を楽しみながら、
しばらく下って行くと、四つ辻にかかりました。
交差道路からさっと車が走り込みました。
おそらく一時停止すべきだったのです。
その瞬間、運転席の奥様がわめきました。
聞くに堪えないほどの下品な罵声だったのです。
友人は震え上がってしまったそうです。

そうです、油断です。
お上品な奥様のたたずまいの裏に、
彼女の本来の地が潜んでいたのです。

私は、そんな罵り文句など使ったことがありません。
両親も周囲も終始そんなセリフを使わない環境だったようです。
妻もそうです。
でも、富裕層にはかなり多くのにわか成金がいます。
そんな層の家庭では、どうやら一皮剥いたら、
つい地が現れてしまうことがあるのでしょう。
なぜ?
二重、三重の生活構造に無理があり、緊張感が潜むからでしょう。
現在の地位にふさわしくない処遇を受けたとき、
こんな罵り声をあげてしまうのでしょう。

自分の生活環境にしっくりと収まっている人は、
罵ったりする必要がありません。
下町では罵り声など必要がありません。
みなさん、自分の環境にしっくり落ち着いているから、
フォトジェニックなシーンにしっくり収まります。
オリオンはすべて腰だめで歩きながら撮りますから、
どなたも自然な姿をそのままプレゼントしてくれます。

このレンズ、ロシアンレンズの白眉の一本、
28㎜はこれ一本で十分じゃないかな?
使う度に、そう感じ入ってしまいます。




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# by Sha-Sindbad | 2019-04-10 11:16 | Orion28/6 | Comments(0)

2072 野菜園(2018年11月4日孫たちと信貴山ドライブにペンタック38㎜F2.9 を使ってみた)



もう4月7日ですね。
「光陰矢のごとし」と言いますが、
本当に月日の経つのは早いものです。

人生を砂時計にたとえた方がいますが、
これは間違いです。
残りの砂を数えても、あなたの人生にはなりません。
もっと短い、もしかすると、明日が終わりかもしれないのですから。
そして、砂時計の大きさももしかすると思ったより大きいかもしれません。

それに、人生を物理的な時間の経過と考えること自体間違っています。
人生は器と考えるべきです。
そこに何をどれだけ盛るか、これはあなた次第。
なにも盛らないで終わるなんて、寂しいじゃありませんか?
そんな器は、もしかすると、縮んでいくかも知れません。

そして、確かなことが一つ、
盛れば盛るほど、器は大きく深くなるのです。
私は、人生のことなど忘れて、
精一杯やるだけのことをやり続けたい、

その中に子供たちや孫たちと過ごすことも含まれています。
私が生まれたとき、父母の両親は居ませんでした。
だから、私は祖父母なる存在を知りません。
それだけに、孫たちの思い出の中にたっぷりのさばって、
忘れようとしても忘れられない存在になってやるぞ!
というのが、私の決意です。

面白いことに、現代人は半世紀前の人間より、心身的に、
10年以上若いという感じがします。
私もまだ老いたという感触は持ちません。
近頃、ちょっと声が出にくいという感じがしていましたが、
今朝は、がらっと若返った感じで、声もたっぷり出ます。
矢でも鉄砲でも持ってこいという感じになりました。
なぜなんだろうか?
分かりません。

体内の静電気をアースする、アーシングマットを使い始めて、
一ヶ月ほどでしょうか?
異常に睡眠が深くなったうえ、
疲れを感じなくなったという感じがします。
水素吸引と相まっての効果だと思いますが、
実に爽快な気分が毎日続いています。

でも、油断はしたくないですね。
毎日毎日、つつがなく暮らせることを感謝しつつ、
毎日が人生最高の日であるような気持ちで過ごしたいものです。

昨日、劉継紅先生の二胡レッスンでしたが、
とうとう曲の演奏に入りました。
猛烈に鋭い感覚の方です。
体の隅々まで見抜ける人です。
いつものことですが、今回も鋭い指摘を受けました。
「体が浮いています。
重心をもっと深く低くして、
どっしりとした姿勢から、二胡をやさしく弾いてあげてください。
揚琴もきっと同じ姿勢でやっているだろうから、
きっと重心が不安定な状態で演奏しているはずですよ。」

まさにそのとおりでした。
今までそんなことを意識したことがありませんでした。
その瞬間から、私は重心をどっしりと下げるように努力し始めました。
やるとすれば、徹底的にやるべきですね。
楽器演奏のときだけではなく、起きている限り、
重心をどっしりと下げることにしていきたいものです。
もしかすると、声がよく出始めたのも、重心を下げたから?
そんな気がしてきました。

今回の写真は、古いペンタック38㎜F2.9を使いました。
孫たちと芋掘り体験をするために、信貴山に行ったので、
写真は片手間に、ほとんど歩きながら撮りました。
おんぼろの外観にふさわしくおんぼろの描写ですが、
私は、なぜか現代レンズのピッカピカ写真に怖気を振るい、
古代レンズの茫洋写真にほっとする人間です。
だから、ペンタックは私のお気に入りレンズなのです。

なぜ、こんなぼろ写真しか撮れないレンズに惚れ込んでいるの?
本ブログにこれまで掲載した私の写真をご覧になったら、
お分かりになるでしょう。
理由などありません。
強いて言えば、切れ過ぎる人間が大嫌いなように、
切れ過ぎる写真も大嫌い。
もしかすると、ペンタックの撮れ具合って、
私という人間の肌合いにそっくりなのかも知れません。

結局、私がこんな人間だから、こんな写真が好きなのだ、
こんな写真が好きだから、こんな人間になったんだ、
というような調子で、自己分析できそうです。
でも、だから、写真についても人間についても、
なにか明らかになる、なんてことは起こりそうにありません。
日々撮れる写真、日々生きている私、
どちらもまだまだどんどん変って行くでしょうから。




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# by Sha-Sindbad | 2019-04-07 23:07 | Pentac38/2.9 | Comments(0)

2071 変幻(2018年11月10日信貴山に漂う神気にパンタッカー35㎜F1.8が応えて)



今回は古ぼけてオンボロになったシネレンズ、
アストロ・ベルリンのパンタッカー35㎜F1.8の出番。
外観もオンボロですが、描写もかなりくたびれた雰囲気。
でも、それが役に立つことがあるものです。

幾度か書いていますが、私は無信仰、無宗教です。
自分が心から信じることができないことには関わらない、
それが私の生き方です。
子供の頃から一貫しています。
まして、世間体など気にしたことがありません。
在職中も同様でした。
宮仕えなど、まったく無縁、自分のやりたいようにやって、
最後までそのまま突っ走りました。
変人なのでしょう。

でも、不思議なことに、古い寺の境内や神社の神域の隅、
つまり、寺院や本殿から遠く離れたあたりには、
なにか特別な雰囲気を感じることがあります。
レンズたちも私と似て、なにかを感じるらしく、
なにか異界を思わせる写真を撮ってくれます。

信貴山は、私の父の弟が寺院の一つの住職の婿になって、
一時、居住していたことがありました。
小学生低学年の頃、2、3回訪れたことがあります。
昔風の農家の風情があって、門を入ると、長い石畳があって、
その向こうに大きな本宅があり、
門のすぐ内側には離れがありました。
ここで叔父は内科医院を営んでいました。
誰も居ないとき、一人で診察室に入り込み、
書棚のライフなんかを眺めたものでした。

今でも覚えているのは、中国侵攻時の帝国陸軍の写真。
今から思うと、日本軍から接収した写真なのでしょう。
① 広場。
② 日本兵が中華服の中国人男性の首を刎ねる瞬間。
③ 地面に置かれた首。
このシーケンスを見て、ぞっとしたことを覚えています。
こんな体験もあってか、
幼心に、戦争に対する否定的な感情が芽生えたのでしょう。
生涯、反戦主義、平和主義。
日本の平和憲法を心から誇りに思ってきました。
今でも、思っています。

ついでに、少し思い出を書きますと、
両親は当時の日本統治下の朝鮮で生活しました。
父は敗戦当時京城高等法院の部長判事だったそうです。
いわば、内地の高等裁判所裁判長というわけです。
同じ高等文官試験で選任されたのですから、
引き揚げてくると、ただちに日本国内で仕事につきましたが、
いわば割り込み組なので、かなり苦労したと聞いています。

父母はよく懐かしそうに京城時代の話をしてくれました。
当時の日本支配下の人たちは「朝鮮人」と呼ばれていましたが、
両親はけっして蔑んだ言葉など発しませんでした。
そのお陰でしょうか?
私もどこの国の人も日本人より劣等だなど思ったことがありません。

よく「あいつらは...なんだ」というような蔑みの言葉を耳にします。
そんな風に、たとえば、10億を超す中国人を十把一絡げにして、
評価を下すことなど、誰にできるでしょうか?
その言葉一言で、自分を裁定者と位置づけて、
誇らしく思っているようですが、
そのこと自体で、その人の愚かさを暴露していることに、
どうやら気がついていないようです。

ちょっと余談に流れてしまいましたが、
神を信じないのに、神域の森厳に感じる、というのも奇妙ですが、
今回の信貴山巡りでも不思議な感覚が時折わき上がってきました。
子供の頃の記憶も混じっているかも知れません。
でも、長年信仰のメッカとして存立してきた地です。
時間というものは過ぎ去っていく部分もありますが、
積み重なっていく部分もある、という感じがします。
だから、人間では、経験が生きてきます。
場所も同じではないでしょうか?
敬虔に生きた人たちの名残りが染みついていて、
訪れるものにもなにかが感得されるとしても不思議ではない、
そんな風に思います。

パンタッカー35㎜F1.8はそんな気配をしっかり捉えてくれた、
そんな感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2019-04-03 17:24 | PanTachar35/1.8 | Comments(0)

2070 いつもの風景(2018年11月13日奈良町に久しぶりトポゴン25㎜F4が鋭く切り込み)



久しぶりにトポゴン25㎜F4を使いたくなりました。

ちょっととぼけた語感とは裏腹に、
極めて敏感に斬り込んでくれるレンズです。
コロッセウム風のすり鉢型形状がとても美しい。
剛健な仕事レンズ風デザインのツァイスレンズの中では、
ライカ専用ホロゴンと並んで、
もっともアーティフィシャルなデザインと言えそうです。

ご承知かどうかは知りませんが、
私はどんなレンズも開放でしか使いません。
近頃、21㎜レンズをホロゴンと対等の条件で競わせるために、
f8に絞って撮ることがあります。
こうすると、ホロゴン同様に、パンフォーカス設定で、
ひたすら感じたら即シャッターを落とすというスタンスで、
軽快に使い続けることができます。
でも、正直なところ、それじゃ、なんだか面白くない。
21㎜超広角レンズでもボケ味を味わいたいのに、それができない。
ここらあたりがどうやらひっかかるようです。

トポゴンは開放重点で撮りました。
温かい感触があって、やっぱりトポゴンは頼りがいがあるレンズ、
そんな印象。
どうやら28㎜とほとんど同じ感覚で使えそう。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-31 22:42 | Topogon25/4 | Comments(0)

2069 実質感(2018年10月1日大阪西九条でエルマジ20㎜F3.5の存在感にしびれ)



またまた、エルマジ20㎜F3.5の登場です。
と言っても、実は前回の三週間前の撮影です。
いつものように、揚琴の付虹先生のレッスンを終えて、
午後立ち寄って、ぐるりと一巡したときのもの。

自分で言うのもなんですが、
なんでこんなものばかり撮ったのでしょうねえ?
フォトジェニックなシーンなんか一枚もありませんね。
特別なシーンもありません。
西九条のなんでもない街角、道、公園、等々。

私以外の人間が見たら、
「なぜ、こんな無意味なことをしているんだろう?」
と、疑問に思うでしょうね。
でも、私は、こんな風にして、自分の存在を確かめている、
そうだ、私は、ここにこうして生きているんだ、
そんな気持ち。

マルチン・ブーバーというユダヤ系哲学者が居ました。
若い頃、彼の本を2、3冊読んだことがありました。
我と汝との関係を考え続けた人でした。
私は元来思索的な人間ではありません。
なにかをやり続けて、自分自身を確かめる、
だからと言って、自分のことが理解できるわけでもなく、
ただ、こうして死ぬまでもがき続けるんだろうな、
という感じがするだけ。
そんな私になにかを残したシーンを彼は記載していました。

ステッキ片手に散歩をしていたときのことです。
老樹に出会いました。
ブーバーはなにがなくステッキで太い幹をぐっと押しました。
すると、老樹がぐっと押し返して来たのを感じたのです。
ブーバーはこの体験に自分の思索を深めるなにかを感じたようです。
彼がどんな風に思索を展開したか、さっぱり覚えていません。
ただただ老樹が押し返して来たということに、
なにか共感を感じたことだけ覚えています。

こんな昔の文章の一部をなぜ記憶したのでしょうか?
私もまたそんな感じで生きて来たからなのでははないでしょうか?
そして、私が果てしないロボグラフィ撮影でやってきたことは、
これだったんじゃないか?
そんな風に感じます。
生きるって、誰かと出会うこと。
撮影することも、そんな出会いはないでしょうか?
だとすると、そのような出会いから生まれたロボグラフィたちって、
私自身なのではないでしょう?

とすると、人が私の写真を見て、どうこう感じるとしても、
それはその人の生きる行為であって、私とは無関係。
私にとって、私の人生は、
ひたすらロボグラフィを撮り続けること、
そのときそのときの行為に尽くされている。

誰も同じことをしているのでしょう。
でも、写真家なら、傑作を撮ることに生き甲斐を感じ、
それこそが人生だと考えるでしょう。
私の場合は違います。
ごく普通の行為、たとえば、呼吸する行為と同じように、
ロボグラフィと出会いたい、
だから、その記録としてのロボグラフィもごく普通の写真で十分。
こんな気持ちなのでしょう。

よくよく思い返してみますと、
私は最初からそんなスタンスで写真を生きてきたようです。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-29 01:23 | Hermagis20/3.5 | Comments(0)

2068 ほっこりと(2018年11月6日エルマー35㎜F3.5と一緒に奈良町を歩く喜び)



№2063に続いて、またエルマー35㎜F3.5を使ってしまいました。
エルマーからズマロン、ズマロンからズミクロン、ズミルックスへと、
ライカ社は、当時の主力レンズの一つ35㎜レンズにつき、
ツァイス社に負けない陣立てを続ける努力をしましたが、
この5本を使ってみて、私の正直な感想は、
ライカ社は、35㎜レンズに関する限り、
描写性に関して明確なポリシーを持っていなかったのでは?
そう感じてしまいます。
上記の5本の中で、ライカ社が本命として生み出した35㎜は、
おそらくズミクロンであろうと思います。
つまり、やさしさを柱とした、いわば女性的表現から、
ツァイス社の雄渾な男性的表現に基本構想を変針させてしまった、
そんな感じがしてなりません。
それは結局、第二次世界大戦を経て、優雅な写真芸術路線から、
報道の正確性を追求する記録写真路線への路線変更だった、
そんな感じがします。

近頃のライカレンズを使ったことはありませんが、
もう古いタイプになったかも知れないズミルックス75㎜F1.4で見る限り、
第二次世界大戦以前のエルマー、ヘクトールのレンズ群が持っていた、
あたたかな優しさに満ちたアートレンズたちのエスプリなど、
欠片もないという感じがして、がっかりしたことを思い出します。
とすると、そのようなライカ社の現実路線に照らすと、
現代のライカレンズって、日本のディジタルカメラ用レンズ同様、
完璧無比の理想レンズとなってしまっているのでは?
そんな風に疑ってしまいます。
それじゃ、日本のレンズたちと一線を画する独自の個性なんて、
欠片もないんじゃないのでしょうか?

とすると、これはとりもなおさず、ユーザーの好みの変化に沿って、
しっとりとやさしく被写体を包み込むような描写など捨ててしまい、
日独入り乱れて、超精密画質の追求に走る時代になってしまった、
ということなのかも知れませんね。

昔から今でも、ちょっと隙があって、愛すべき性格こそ、
もっとも魅力的な人間、レンズの美質であってほしい、
私はそう思うのですけどねえ..............
そんな私から見ると、古いエルマーはなんだか一番魅力的。
カルティエ・ブレッソンって、かなりエルマー35㎜を駆使したんじゃないか?
例えば、セーヌ河畔の食事風景なんて、
あれだけ接近して、あれだけ深い深度で写し止めているのです。
50㎜エルマーでは撮れません。

使えば使うほどに、使ってみたくなるレンズ、
それがエルマー35㎜F3.5ですね。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-27 11:27 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

2067 穏やかに(2018年10月22日高円高校界隈の秋をエルマジ20㎜F3.5が料理したら)



さまざまなレンズを使っていて、強く感じること、それは、
レンズにはそれぞれに持って生まれた風格があり、
なぜか外観と描写には似通った雰囲気の描写性があり、
この風格も描写性も隠しようがない!

人間もそうかも知れませんね。
持って生まれた雰囲気があり、
生きてきた人生に積もり積もったものがそこに加わって、
それぞれに品性が備わっていて、隠しようも化けようもない。

自分のことは分かりません。
でも、人のことはわかりますね。
政治家たちにそれが一番よく現れている感じ。
龍馬や隆盛や晋作を持ち出すのはちょっと可哀想かもしれませんが、
彼らには、若くして、風格があり、高邁な理想と目標がありました。
今の政治家たちには野卑で下品な魂胆しか感じられないのが悲しいですね。
大企業やアメリカの走狗となって、あからさまに媚びを売る姿は、
すでに政治家たちが社会を牽引する立場にはないことを暴露しています。

クラシックレンズたちって、それぞれにどこか品格を感じさせてくれます。
レンズたちが個性を殺して、Photoshopの原稿制作道具に墜ちてしまった現代、
クラシックレンズたちの出る幕はなくなりました。
でも、捨てる神あれば、拾う神あり、ですね。
かつての写真世界は、本物の写真作家を頂点に、
プロ、アマのヒエラルキーがピラミッド状に広がり、
その序列、階層はかなり確固としていました。
今は、そんな世界をよそ目に、自分の写真世界を一人で楽しむ、
さまざまなギアがネット上に生まれつつあります。
ここでは、人の目なんかまったく気にしない、
自分の写真世界を一人楽しむ人たちが快適な写真生活を送っています。
誰も見に来なくてもよいのです。
自分で自分の写真をネット上で楽しめるのです!

古代ローマの政治家にして軍人、ルクルスは古代ローマきっての美食家。
毎日客を招いて、豪奢な美食の饗宴を催しました。
ある日、誰も客のいない日があって、料理人が質素な食事を出したら、
ルクルス、怒って、
「ルクルスがルクルスの家で食事をするのだ!
それにふさわしい料理を出せ!」と叱りつけた、という話が有名です。
私が2つのブログでやっているのが、まさにこれですね。
実際にはほとんど誰も見に来ないでしょう。
私も人間だから、誰か来てくれないかな、何人か来たかな、などと、
気にして、アクセスリポートをチェックしたりすると、
記事を作るときにも、そのあたりが影響しかねません。
だから、ブログを始めてまもなく、絶対にチェックしないと決めました。
この決断は大成功でした。
記事を作るときにも、自分の気持ちのまま、粉飾なく素直に書きなぐれます。
写真も、ざっと半数ほど残したいものを選択して、
まさに撮影方法と一緒で、ノートリミング、ノーメイキング、
濃度を一定にするだけ、ひたすら撮影順に並べて行って、
視角効果など気にかけません。
これでこそ、私が歩いた道の記憶となってくれるわけです。

   エルマジ20㎜F3.5

すでに9回記事をアップしていますが、
レンズそのものの素性はまるで明らかになっていません。
ヘリコイドもなくて、Pマウントのスクリューを回して、
ピントを合わせます。
まさに原始的。

でも、絵画的な独特の色彩と、
にじみ出るようなどっしりとした風格があって、
私には、小さな巨人、そうとしか思えません。
使えば使うほど、存在が増して行く、そんな稀な古玉。





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# by Sha-Sindbad | 2019-03-24 15:59 | Hermagis20/3.5 | Comments(0)

2066 幽暗(2018年9月19日奈良町の秋をキノプラズマート20㎜F1.5がどっぷりと)一つの終わり



写真家吉田正さんが指導する写真教室の受講を続けて4年経ったと思います。
とうとう写真教室を卒業する日が来ました。

もとより、私が写真教室に通うこと自体が、
いわば自己矛盾に近い異常事態でした。
私はとっくの昔に、
写真家としての表現行動など無縁の人間になっていたのですから、
今更写真を勉強するもなにもあったものではない。

でも、無理を承知で写真教室に通い始めたのは、
長年続けてきた稼業から足を洗って引退したからです。
なにもやることがないというのも退屈、
幸い私が十年来私淑し、交友を続けてきた写真家の吉田正さんが
西宮で写真教室を手広く開いておられる。
じゃ、吉田さんの写真談義を聴きにいこう、
ということからでした。

期待したとおり、吉田さんの講義は楽しいものでした。
吉田さんが梅田に教室を開かれた機会に、
私も梅田に移りました。
さすが大阪です。
すでにそれぞれにその人なりの写真を撮る人たちが揃いました。
吉田正さんの講義もさらに充実し、
みなさんの写真も楽しい、
ということで、写真教室をずいぶん楽しんできました。

でも、昨年来、教室は次第に成長しはじめました。
ただの写真教室ではなく、
吉田正さんの傘下の写真家集団の一翼という色彩に染まり始めたのです。
これには参りました。
私は、ちょっと表現が奇妙ですが、
骨の髄まで写真家ではない人間です。
ただの写真趣味。
表現なんて、実のところ、写真趣味45年の間に、
ひとかけらも頭の隅をよぎったことがない人間です。
最初の最初から、私はレンズに頼りっきりの、
いわば、「撮れちゃった写真」だけ。
写真展も幾度か楽しみましたが、
これも、はっきり言って、私に関する限りは「写真展ごっこ」でした。

そんな私を見事に見抜いたのが、最初の師匠、田島謹之助さん。
落語家立川談志の「抱腹絶倒落語家列伝」は、
田島さんが談志師匠に、かつて撮り貯めた昭和の落語名人たちの写真を、
フィルムもろとも一切合切贈与したことがきっかけ。
田島さんの見事な写真がびっしり収められて、見応えがあります。
その田島さんと中国旅行で知り合って、
「よろしかったら、写真見てあげましょうか?」
これがキッカケで、いわば田島さんの写真の弟子になったのですが、
最初の頃、あきれたように、というか、あきらめたように、
こうおっしゃったことを思いだしました。

「あのねえ、※※さん、
あんたの写真、一見すると、いかにも意味ありげなんだけど、
よくよく見ると、なーんにもないんだよねえ。」

当たり前です。
私は、写真を始めてから今日まで、
写真に意味をもたせたり、
情景に何か意味を感じて撮影したり、
というようなことを一切したことがないのです。
私に限って言えば、
写真は表現ではありません。
たった一つあるとすれば、
「この瞬間、ぼくはこれに出会ってよかった、と思った」
ということ位。
そこから出発して、写真に撮ることでなにかを表したいなんて、
これっぽっちも考えたことがないのです。
「よかった! パチッ(シャッター音)」
ただこれだけ。
このときなにかを感じたことは間違いがありませんが、
そんな私の気持ちなど、写真に込めようとしていません。
ただのロボグラフィの目撃報告。
これまさに素人写真。

私はそれを隠そうとしたこともありません。
誰でも見たら一目瞭然なのですから。

現在の私の写真の撮り方にそれがはっきり現れています。
半分はノーファインダーで、
どう移るか確認もしないで、撮っています。
残りの半分は、液晶ファインダーを拡大表示して、
ピントを合わせると、シャッターを落とします。
その瞬間、液晶ファインダーは通常の表示に戻りますが、
そんなものはまったく見ていません。
そんな写真を、たとえば、ブログでは、撮影順に、トリミングなどせず、
白枠を付け、編集画面で私の一定の濃度にそろえるだけで、
ブログに順番にアップしているだけです。

それでも、かなりしっかりとした構図で撮れているように
ご覧いただけるのでしたら、
それは、私の撮影経験の長さ故であるとともに、
ロボグラフィであれ、ストリートスナップであれ、
どんなものを撮るにしても、最大限接近して撮るので、
それだけが写り、
無用なものが写ることがとても少ないからです。

水平垂直がかなり保たれているのは、
スナップであれ、ロボグラフィであれ、
カメラ、レンズは常に垂直と
調練しているからです。

私は曲がったことが大嫌いですが、
曲がった写真も大嫌いだからです。

写真家が水平垂直を動かすのは、表現意図からであって、これは別論です。
でも、単にカメラになれていないために、
水平垂直が撮れていないのに、
わざと歪めてみました、なんてしたり顔で言い訳をしますと、
心の中で「嘘付け! 下手くそ!」とつい言ってしまいます。

アマチュアが写真家から、
「これはなにを表現したかったのですか?」と尋ねられると、
「現代の孤独を象徴したかったのです」
なんてしたり顔で聞いた風な口を利くと、
やっぱり、
「嘘、嘘! 
ただ撮れただけの写真にそんなこじつけ、よしましょうね」と、
心の中でささやきます。
そして、そんな人とはお付き合いは遠慮することにしています。

というような次第で、
私としては、柄にもないことはあっさりやめにして、
一人でロボグラフィをただ撮って、ブログにただ掲載する、というシンプルで、
じゃまのはいらない境地をひたすら味わう時代が到来しました。

なんにも表現せず、
ただ私の出会いの瞬間を記録したロボグラフィたちを撮影し続け、
ブログに掲載し続けるわけです。
人はぜんぜん来ないのですが、
正確には、文書量と写真量はただならないので、
ネット検索でのヒット率はかなりあるでしょう。
でも、一見して、
「おじゃましましたあーーー、
さいなら!!!」でしょう。

かくして、私はついに写真家の世界から卒業したというわけです。
正確には、「最初から無縁だった」わけですが。
でも、写真家吉田正さんの優れた作品、豊かな人間性に接して、
人生に沢山の滋養を頂きました。
吉田正さんには感謝の気持ちで一杯です。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-21 22:52 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

2065 揚琴記念日(2018年9月10日西大寺からの帰途でパンタッカー35㎜F1.8が秋の訪れを歌った)



今日は二胡演奏家陳少林先生の揚琴伴奏レッスン日。
先生に師事して以来十数年になりますが、
その最初の最初から練習してきた2曲をまだやっています。
「良宵」
「陽関三畳」
どちらも二胡の名曲ですが、特筆すべきは、
この2曲に付けられた伴奏が秀逸なこと。
揚琴は二胡の伴奏楽器中の定番とでも言うべき位置にありますが、
それにしては、よい伴奏に恵まれていません。
「伴奏を付けてみました」風のおざなりな揚琴伴奏が多いのです。
あくまで二胡が主人公で、揚琴は単なる支えに過ぎません。
そんな中で、この2曲は正真正銘の名曲に付けられた、名伴奏曲。
つまり、二胡と揚琴ががっぷり四つに組んで、
堂々、横綱相撲をとるという感じなのです。

私は揚琴という楽器が大好きなのですが、
写真と同じで、まさに「下手の横好き」。
いくらやっても、まるでものにならない、という感じでした。
だから、上記の二曲も一向にうまく弾けないまま、
今日まで一進一退を繰り返してきたのです。

ところが、昨日、突然、揚琴が弾けるようになりました!
どうしてそう分かったのか?

コップに水道栓からポトリ、ポトリと水滴を落とすと、
それでもいつかはコップが満杯になり、縁から水が滴り落ちます。
その瞬間、分かりますね、
「落ちた!」

ご先祖の宝の蔵を開こうと、
屋敷内を探し回って見つけた鍵を手当たり次第鍵穴に差し込んで、
試し続けてきました。
もう開く日は来ないだろうなと諦めかけていたのに、
今日、突然、鍵が回りました。
「開いた!」

私の揚琴もそんな日がついに来たのです!
音が一変して、軽やかに響き始めました。
音が変わったのですから、ただちに分かります。

そして、主旋律を担当する左手が自由自在に回るようになった!
私は右利きです。
左手が自在に動いてくれません。
左手の手首を回そうと必死になればなるほど、硬直してしまい、
どうしても右の低音側が強くなってしまいます。
ところが、突然、左手が勝手に回るようになり、
軽やかに歌い始めたのです。

どうしてこんなことが起きたのか?
昨年来、親友のAKさんが作ってくれた稀代の水素吸引器、
La Fontaine-9は、市販の何十万もする水素吸引器でもかなわない高性能。
これを昨年来使い続けてきたのですが、
2ヶ月ほど前からは、背骨矯正用のストレッチポールも始めました。
1ヶ月前から、アーシングという新しい試みも開始しました。
さらに、1ヶ月前に、ストレッチはできるだけゆっくりとするように、
吉田正さんの写真教室の仲間から教えてもらいました。
これら4つの効果が20年続けてきたストレッチ体操に相乗したようです。
身体がとても軽くなり、と言うか、身体を全然意識しなくなり、
快調そのものとなりました。
そんな体調が精神をさらに清明にしてくれて、
揚琴演奏に目覚ましい効果をもたらしたのかも知れません。

2019年3月17日は、私の揚琴記念日となりました。
そんな日にふさわしい写真をアップすれば、さらにめでたいのですが、
いつも書いていますように、私の二つのブログはただの日記。
写真は撮影順に、そして、文章は最新の作文を掲載することにしています。
今回はパンタッカー35㎜F2.3の出番です。
このレンズは、どちらかと言うと、茫洋たる描写。
揚琴記念日にふさわしいとは言えませんが、
私のぼうっとした頭脳をそっくり反映してくれるレンズです。
奇しくも、陳少林先生のレッスン日の帰り道の撮影分です。
こんな偶然の合致も私の揚琴記念日を祝ってのことかも知れません。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-18 22:52 | PanTachar35/1.8 | Comments(0)

2064 秋雨(2018年9月8日スピードパンクロ28㎜F2なら雨の新大阪をほんのりと眺め)



映画用レンズと一口で言っても、
最高級の描写力を誇る超高価なレンズから、
一般愛好家でも入手できる廉価版レンズまでさまざま。
私が手に入れることができたのはすべて民生用の廉価版ばかり。
映画用レンズの一部は、大スクリーンに投影するという目的から
スティルカメラ用のレンズたちと段違いの性能で作られましたが、
民生用の廉価版はそこまでの性能ではないようです。
でも、路傍のロボグラフィたちをビビッドに浮かび上がらせて、
地味そのものの情景なのに、不思議と私の心を湧き立たせてくれます。

スピードパンクロ28㎜F2もそんなレンズの一つ。
口径は14㎜ほどしかないミニレンズですが、
廉価バージョンではあっても、
まさしく痩せても枯れてもスピードパンクロ!
そんな喜びをいつも感じさせてくれます。
どこか描写がスペシャルなのです。

私も人生に沢山の秀才たちと出会ってきました。
でも、そんなに愉快な思い出ではなく、
なにかを教えられたこともなく、
彼らの人間性など、ほとんど記憶していません。
友とするに値する独特の人間性、個性を感じなかったのです。

満遍なく諸人に受け入れてもらおうと、敵を作らず、
社会的な認知、定評を求める生き方をしてきたために、
ガッと心に刺さってくる強烈な魅力に乏しい、
そんな感じがします。

人生を重ねるにつれて、
そんな人たちとのつながりは全部切れてしまいました。
それと軌を一にするようにして、
円満で全方向的な性能の名レンズたちともおさらばしてきました。
一杯欠点はあっても、特殊な用法にしか適しなくても、
ホロゴンを頂点として、パンタッカーやスピードパンクロたちには、
汲めども尽きぬような魅力が一杯あって、
そんな私の大切な伴侶となってきました。

私は結局、この世になにも貢献することなく、
だけど、迷惑をかけることもなく、
わがまま一筋に生きようとしてきました。
その一つの現れ、実現として、
写真もひたすら自分のためにしか撮りません。

スピードパンクロ28㎜F2はその典型例。
人が見たら、いぶかしく思うでしょう。

   一体なんだろう?
   なにを意味しているんだろう?
   なんのために撮っているんだろう?

答えはシンプルです。

   あなたにとっては、なんでもないものですよ。
   なんにも意味していませんよ。
   私の記憶のためににだけ撮っていますよ。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-16 22:50 | SpeedPanchro28/2 | Comments(0)

2063 穏やかに(2018年8月27日奈良西大寺をパンタッカー40㎜F2.3がさらりと巡回)末路レンズ?



もしかすると、あらゆるクラシックレンズを知り尽くしているのでは、
そう思えるほどに桁外れのコレクターNさんに尋ねたことがあります、
「あらゆるレンズの中でベスト、と言えるのは何ですか?」
今から思えば、とても乱暴な質問ですが、
素人というものは、そんな風に格付けで仕分けをしたいものです。

でも、Nさん、びくともせず、即座に、
「アストロ・ベルリンのパンタッカーです」
さまざまな条件でさまざまなパフォーマンスを発揮するのが名レンズです。
そんな条件に合わせて、さまざまに優劣を競いあうのでしょうから、
そんな条件をさしおいて、とにかく最優秀と評されるのですから、
パンタッカーというレンズ、ただものではありませんね。
私はとても素直な人間なので、それ以来、
パンタッカーというレンズを渇仰するようになりました。

その際、そうかんがられる理由を尋ねました。
Nさんの答えはまたも簡明直截でした、
「同じ絞りの系列のレンズたちがみんな同じ描写をします」
コンピューター処理ができない昔の映画撮影では、
これは絶対的な利点だったでしょう。
Nさん、続けて、
「でも、だからこそ、カメラマンたちは使い倒しました。
今手にはいるパンタッカーのほとんどはくたびれきっています。
だから、気を付ける必要があります」

私は、だから、気を付けるようにしました。
いわゆる美品のパンタッカーは大変に高価です。
でも、くたびれきったのはかなりリーズナブルで、
私の資力でも手に入るチャンスがある!

よく考えると、ここにあるのは、
すべてのクラシックレンズに共通の鉄則。
ぼろぼろを見つけよう!
お陰で、私のレンズの95パーセントはボロレンズ。
でも、ボロであることは勲章です。
投機目的のコレクターは新同品を探します。
でも、こんな風に使われることがなく今に至ったって、
ちょっと胡散臭いと思いませんか?
逆に考えますと、
ボロレンズは歴代の持ち主が使いたくなったレンズ、
もしくは、撮影のために求めたレンズなのです。

私のパンタッカー40㎜F2.3がちょっと度はずれたボロレンズ。
鏡胴は錆びだらけ、レンズは白濁状態。
なんだか「末路レンズ」という雰囲気ですが、
そんなになっても、誰かが使っていたのでは?
そんな風に考えると、これは使いたいレンズなのです。
私は、このレンズを手に入れたことを後悔していません。
末路レンズと見えるのは外観だけ。
中身はまだ現役なのです。
ちょっとボケ始めているかな、という気配はありますが、
まあ、それは使い手も似たようなものです。




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-14 20:32 | PanTachar40/2.3 | Comments(0)

2063 商店街(2018年8月28日エルマー35㎜F3.5が奈良町の人たちをやさしく眺め)



ライカの広角レンズ、エルマー35㎜F3.5は、
1930年から1950年まで、なんと20年間にわたり、
約4万2500本製作されたそうです。

後継機種はズマロン35㎜F3.5です。
1946年から1960年まで14年間にわたり、
と、こちらも息の長いレンズで、
約6万本から8万本製作されたそうです。

一方、カルティエ=ブレッソンがライカを手に入れたのは、
1932年のことだそうですが、まことに異例なことに、
彼の最高傑作のかなり多くを陸続と生み出しました。
7年後には第二次世界大戦が勃発してしまいます。
ですから、彼の第一期全盛期はかなり短かったのです。

当時の傑作の多くは、35㎜か50㎜レンズによるもののようです。
1935年にヘクトール28㎜F6.3が出現していますから、
これも使ったかも知れませんが、
カルティエ=ブレッソンの初期の写真の多くは、
28㎜の画角よりは狭い感じがします。
50㎜の被写界深度よりかなり深い感じの作品もあります。
とすると、メインはおそらくエルマー50㎜F3.5だったとしても、
エルマー35㎜F3.5もかなり使ったのではないか?
そんな感じがします。

すでにかなり古い写真ですが、昨年8月の奈良町スナップは、
このエルマーを付けたソニーα7をウェストレベルで両手で持ち、
ノーファインダーで撮影したものです。
全て開放ですが、開放値が3.5もあるので、
かなりピントは来ている感じがします。

さすがにバルナック時代のライカレンズですね。
情景はとても自然な雰囲気で、人の肌が美しく再現されています。
このあたりの描写の味わいが、
カルティエ=ブレッソンの名作たちとかなり近い感じがします。
私の勝手な我田引水かもしれませんが、
こんな風に憶測してみますと、
なんだかこの古いレンズがますますいとおしく感じられます。



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# by Sha-Sindbad | 2019-03-13 21:15 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

2061 穏やかな(2018年8月20日奈良西大寺をダルマック50㎜F3.5がさすらうように)長い目で



ダルメイヤーの小型レンズ、

   ダルマック50㎜F3.5

小振りのとても作りの良い映画用レンズです。
オリンパス用Cマウントアダプタを付けた改造レンズですが、
ヘリコイドリングの動きがとてもなめらかで、
古典レンズとしての風格も漂います。

では、描写力はどうでしょうか?

往年の名玉の愛好家、鑑定家の皆さんが、
レンズの描写力、表現力の底の底まで見抜かれたように、
このレンズはこうだ、あのレンズはダメ、と言う風に、
権威に満ちた発言をされるのに出会うと、
私はいつも、そんなものかなあ、そこまで見透せるものかなあ、
と、かなり懸念してしまいます。

古代レンズの多くが手磨きのためでしょうか、
一個のレンズの表現力はそのレンズ限りの特質、
そう考えた方がよいという体験をかなりしてきました。
そのうえ、戦後の名レンズについても言えることですが、
撮影者の表現力、写真の才能、特殊条件等が結果をかなり左右します。
甲が「ああだ!」と断定しても、乙が撮ると、まるで違う、
そんなことがかなりあるように思われます。

愛する伴侶のことを思い出しましょう。
出会いの頃、結婚前、新婚時、その後の各時代、
とくに子供が生まれたりして、生活条件が目まぐるしく変転しますと、
配偶者も自分もどんどん変って行くものです。
レンズと使用者の関係もダイナミックに変転していくものです。

そんな風に体験してきますと、人間に接するときと同様、
名レンズたちとの関係も、長いタイムスパンで、ダイナミックに変転し、
断定的に最終評価を下すのはとても無理、そうお考えになるのがよい。

言い換えると、どんな名レンズであっても、
長い付き合いの間に、さまざまな変容を見せてくれるものであり、
当該レンズを本当に活かしたいと念願するなら、
レンズにそのときの条件で思いっきり歌ってもらえるように、
その場その場での手厚い処遇を忘れてはならない、
ということではないでしょうか?

今回のダルマック写真を眺め返してみると、
私自身、このときはそんな温かい気持ちを忘れていてのでは?
ダルマックはもう少しあたたかに歌えたのではないかな?
そんな感じがします。



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# by Sha-Sindbad | 2019-03-10 21:31 | Dalmac50/3.5 | Comments(0)

2061 ゆったりと(2018年8月24日大阪弁天町でバルター25㎜F2.3の重厚を楽しみ)2 ポメラ



また、ポメラが壊れました。
きわめて軽量かつ高性能のワープロですが、
幅17ミリと通常のキーボードにかなり近いキーボードを確保するために、
折り畳み、パンタグラフ式を採用しています。
薄いプラスチックの構造を折り畳むのですから、
耐久性が乏しく、壊れやすいのです。
でも、ブラインドタッチングで文章を入力できるという利点は何ものにも代え難い長所です。
だから、私は壊れる度に買い換えることは覚悟の上の選択。
修理可能なのかもしれません。
でも、王国の支配者たる王位と同様です。
連続的な支配が至上命令。
だから、壊れると、中古をアマゾンで注文します。
翌日には配達されます。
新品より3分の1ほどの廉価で、まずまず使用可能。

今回届いたのは、現行機種よりも一回りか二回りほども小さな液晶画面の旧型です。
私は、数字とアルファベットの組み合わせの機種名なんか、
自慢じゃありませんが、記憶不能の、
まさに漢字、かな人間。

でも、構いません。
液晶画面の大きさまど、大きくなろうが小さくなろうが、すぐに慣れます。
妻が世を去ったりしたら、私も、生き甲斐を失って、
あっと言う間に後を追うでしょうけど、
ポメラちゃんが亡くなっても、ただちに代替わりしてもらうだけ、というわけです。

今、私は喫茶店で休憩して、おいしいコーヒーをいただきながら、
小さな液晶画面の新参ポメラで文章を入力していますが、
快調そのものです。
指を使うことは心身の体操になるようです。

私の一番小さな孫は一歳になったばかりですが、
なにかを見て、興味があると、
右手をちょっと差し上げて、
舞を舞うように指をさらさらと動かします。
これも一種の記憶法、頭の訓練法なのかも知れません。

思いだしついでに書きますと、
この孫は孫プリンセス3号なのですが、
もう一つ記憶法を実践しています。
先日、食堂の子供椅子に自力でよじ登り、
きちんと前向きに座り、
家族全員の賞賛の拍手に自分も拍手で答えてから、
また向きを変えて椅子から降り、
それから、同じことを繰り返しました。
この早期の反復も記憶の秘訣ですね。

私の方は、喫茶店でこの文章を大半書いて、
さて出発と、レジでお勘定。
私はいつもありのままの感想を述べて去ります。
今日も「いつも気持ちの良い店なので、
かなり文章もはかどりました。ありがとう」
すると、店主の女性、
「文筆家でいらっしゃいますか?」
「とんでもない!
ただ作文が好きなだけ。
そのかわり、一生文章を書き続けてきたので、
いくらでも書けます。
ただのぼけ防止ですが」
「どんなことをかいてらっしゃるんですか?
読んでみたいですね」
ここで調子に乗って、
「そうですか?
実はブログを作っているですよ。
私のブログはこれこれで....」
なんて白状したりしますと、
次回行ったら、とたんに店じまいされたりしかねません。
「いや、ただらちもないことを書き散らして、
ぼけ防止にしているだけですよ」
と、真実をありのままに述べて、
平和裡に去りました。

さて、今回はバルター25㎜F2.3の大阪弁天町シリーズNo.2。
上記の喫茶店の店主がこのシリーズをご覧になったら、
どうお感じになるでしょうか?
アマチュア写真家の皆さんと同じような感想でしょうね。
つまり、
「訳が分からない!
なんでこんなものを撮るの?」

有り体に言えば、私もまた現代の多くの写真家の写真で、
同じ疑問を抱くのですから、おあいこ、ということでしょう。
もっとも写真家の場合は、
ご自分の表現世界を独特の写真言語で構築しているんだけど、
私が時代遅れのために、そのような表現を読み取れないだけ。
一方、私の写真には、表現などカケラもありませんね。
ただ、私が勝手な想像の翼を広げ、
私だけに通用する形で羽ばたかせているだけ。

写真家たちはご自分の表現世界を生み出すために、
血のにじむような努力をしておられるのでしょう。
私はひたすら気楽に楽しんでいるだけなのでうから、
時代遅れになるのも当然でしょう。
そう考えると、ますますご機嫌になってしまいます。



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# by Sha-Sindbad | 2019-03-07 23:23 | Baltar25/2.3 | Comments(0)

2060 ゆったりと(2018年8月24日大阪弁天町でバルター25㎜F2.3の重厚を楽しみ)1 ノンコンセプト




バルター25㎜F2.3。
Cマウントレンズです。

兄貴分のバルター50㎜F2.3にかなり通じる画質です。
Olympus EP-L1に付けていたので、50㎜レンズ相当。
つまり、兄貴分と同じ焦点距離になっています。
そこで、よく見てみると、
どちらかと言うと、こちらの方が重厚かも知れません。
質感もよく出してくれます。

昔、写真家の有野永霧先生に写真を見ていただいたことがあります。
30枚ばかり並べたのですが、先生、ざっとごらんになって、

  「写真家には2種類あります。
  まずは、コンセプトをしっかりと固めておいて、
  そのコンセプトに沿った写真を撮るという写真家。
  そして、そんなコンセプトを準備しないで、
  行き当たりばったりに写真を撮る写真家。
  あなたは後者のようです。
  私もそうなんだけど、そのような撮り方をする写真家は、
  どうしてもコンセプトを準備して撮る写真家にはかないません」

「私もそうなんだけど、」はやさしい心配り。
本当はしっかりとコンセプトを固める写真家です。

ということで、写真を並べては見たものの、
ここの写真についての感想はないままに、判決が下されました、
「却下!」

私は生涯、コンセプトを準備するような撮り方をしたことがありません。
最初から最後まで「写真家」じゃなかったわけで、
ただの「愛好者」の「素人」に過ぎなかったというのが真相ですね。

私もそれで「よし!」という気分。
仕事は仕事、余暇は仕事気分など全部忘れ去って、
ただただ気楽にシャッターの音、ファインダーの絵を楽しみたい、
そんな気持ちできたのですから。
いわば、「写真遊び」
真剣な気持ち、気合いなど無縁で、肩の力を抜いて撮ってきました。
今から考えると、私の人生にとっては、正解でした。

写真家気分で撮っていたら、成果をどうしても重視してしまい、
いつしか創造意欲も枯渇して、挫折してしまったかもしれません。
「写真遊び」だと、別に撮影目的も最もないので、
いつもリラックスできて、その場の撮影を心行くまで楽しめます。
過去にも、未来にも整合させる必要も無く、
コンセプトに沿ったイメージを懸命に追い求める手間も無縁。
レンズの個性にすべてを託して、
ただ、なにかを感じさせてくれたものにレンズを向けて、
シャッターを押すという行為を楽しむだけ。

「それじゃ、折角写真を始めた甲斐がないじゃないか?
モチベーションも上がらないし」
とおっしゃる向きもあるかも知れません。

でも、一人で楽しむ方法はいくらでもあります。
ホロゴンウルトラワイドに出会ったころから10年以上、
たった一冊の私家版写真集を数十冊製本して楽しみました。
オリンパスP-400という稀有のA4プリンターで作りますから、
そのプリントの美しさは、大げさに言いますと、
「筆舌に尽くせない」ほど。
でも、内容が大したことがないので、ほとんど誰にも見せない。
自分でも、製本所から送り返されてきた完成版をざっと見るだけ。

そして、ブログを相次いで2つ開設してからは、我が世の春!
誰も見に来ない素人写真ブログなので、
あっと言う間に、ただの「写真付き日記」ブログという、
安住の境地に落ち着きました。
これこそ、私が夢見てきた境地、そんな感じがします。

今回も、たまたま弁天町に下り立って、
JR環状線の弁天町駅界隈のロボグラフィを久しぶりに楽しみました。
コンセプトなど、ちらっとも思い浮かびません。
でも、いつも感じます、
写真趣味って、楽しい!




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# by Sha-Sindbad | 2019-03-01 21:50 | Baltar25/2.3 | Comments(0)

2059 はんなりと(2018年7月19日奈良町をおぼろに歩くダルメイヤー25㎜F1.9)



昨日、ほんのちょっとした気持ちがそよいだのでしょうか?
銀塩フィルム時代に作った写真集の1冊を開いてみました。

「※※写真選集17 太宰の故地金木で想うはやはり太宰のこと」

なんて、「太宰」ならぬダサい題名が恥ずかしげもなく、
黒生地の布装の背表紙に、白字の型押しで刻印されています。
2005年に大阪長居の雲雀屋製本所で完璧に製本してもらった、
たった1冊の私家版写真集。

これが凄いのです。
製本したときのままにピッカピカの新刊本なのですから。
製本がかなり上質な上に、印刷がいい。
オリンパスP-400という昇華型熱転写プリンタのプリント。
知る人ぞ知る最高の写真プリンタの一つです。
一切の劣化が認められない、極上の印刷で、
私のいとしい写真たちが並びます。
ちゃあんと前書きお後書きも奥付もあります。
50枚ほど、金木界隈で私が撮った写真たちなのです。
たった2時間半滞在しただけなのに、一冊にしちゃう!
まさに今ブログでやっているのとかなり似た、大盤ぶるまい。

もちろんロボグラフィも含まれていますが、
大半はストリートフォト。
ほとんどホロゴンウルトラワイドの写真です。
ちょっと重すぎる仕事の重圧から逃れたいと、
しばし過ごしたリフレッシュ効果でしょうか?
今の私には絶対に撮れない気合いのこもった写真が並びます。
ちょっと涙をこぼしそうになりました。
「ああ、こんな時代もあったんだなあ.........
あの頃は、ああ、若かったなあ............
あの頃は、写真らしい写真をマジメに撮っていたなあ............」

当時の写真なら、人にアピールするかも知れません。
おっと正直にならなきゃ、ね。
本当は受けませんでした。
ホロゴンのような超広角写真は珍しすぎたようです。
それでも、まだ人に見せるつもりで撮っていたのですから、
まだ懲りてはいなかったようです。
でも、結局は懲りてしまい、
人に写真作品を見せるという気持ちを永遠に失ってしまいました。

今の私の写真は、自分だけの気持ちが生み出したもの、
人には分からないでしょう。
分かってたまるか!
という感じも少しありますが。

ということは、どういうことなんだろう?
ちょっと考えてしまいます。
頑固すぎるんじゃない?
やっぱり、歳をとったのかなあ?
それでも、全然反省の気持ちが起こらないのは、
私が社会からほとんど片足踏み出してしまい、
少しずつですが、隠者の境地に移りつつあるのかも知れません。
困惑、焦り、後悔、寂寥の気持ちは起こりませんね。
独りが一番!

今時のテレビや新聞を喜んで見ている人たちなんかと、
付き合いたいとは思わないし、
私の写真を見て欲しいなんて露ほども願いませんね。
自分の人生を築くため、自分の足で歩き、
自分の目で見、自分の頭で考え、感じ、
自分の言葉で語ろうとする人だったら、
付き合いたいし、私の写真を見てもらってもよいな、
そんな感じはまだ私の心に残っているのですが、
そんな人には滅多に会いません。

というわけで、私の数十冊の写真集は、
私とともに滅びてゆき、
かなり確実な噂では、もうしばらくしたら、
エキサイトがブログ事業から撤退し、
私のブログも消え失せてしまうようで、
そんな運命が脳裏に浮かびます。

でも、それで、私の営為が、私にとって無駄になるとは思いませんね。
ひたすら生き、ひたすら写真を撮り続けたから、
そんなこともでできたのであって、
私にとっては幸せな思い出ばかりだし、
その後もなお人生を愛し、爽やかに生き続けることにしましょう。
そんな事ができる方が遙かに大切ですね。

さて、今回はそんな隠者にふさわしい、おぼろレンズです。
ダルメイヤーの廉価版ペッツヴァールコピーレンズ、
ダルメイヤー25㎜F1.9。
このレンズの穏和、柔和な地味描写を前にしますと、
静かに一つうなづいてしまいます。
黄昏の私にはかなり似合ったレンズかも知れないな?

たそがれどきのレンズ。



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# by Sha-Sindbad | 2019-02-23 17:51 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

2058 青の交響曲(2018年8月14日天王寺発贅沢特急で吉野を訪れたゾンネタール50㎜F1.1S)極上レンズ!



近ごろ、ヴァリオペッツ57㎜F2をしきりに使って、

そのソフトな描写にしびれている内に、ふっと、思いつきました。

宮崎貞安さんの製作したレンズ中の最高峰、

ゾンネタール50㎜F1.1Sの描写とはどう違うんだろう?


昨年8月の使用例が見つかりました。

旅が趣味の妻が近鉄電車の特別仕立ての特急、

「青の交響曲」に乗ってみよう!

その日の撮影分んです。


私の趣味は妻の旅の間、子供達(猫ですが)とお留守番。

レンズ趣味が一時期高じて、かなりレンズを収集してしまいました。

そんな風にさまざまなレンズが手にはいると、旅をしたくなる、

そんなコレクターも多いでしょう。

私は元々レンズコレクターではなくて、

あくまでもロボグラフィ撮影のためのレンズ探し。

大抵の方なら、よいレンズが手にはいると、

そのレンズを活かす最高のロケーションを探すものです。

私は違います。

よいレンズが手に入れば入るほど、普段の撮影地で撮りたくなる。

家の近くが一番。

完全出不精なのでしょう。


大抵の動物、昆虫にとって、縄張りとは、

自分の巣を中心に、この巣を守るためのエリアとして成立します。

私もどうやら動物の一種らしい。

私の巣は書斎なのです。

だから、書斎から出て、書斎に帰れるエリア、これが私の縄張り。


「青の交響曲」かなんだかしりませんが、

名前はちょっと洒落てるけど、ただの特急じゃないの!

とぶつぶつ、と言っても、妻に聞こえぬ小声で、不平を鳴らしつつ、

まず大阪天王寺駅界隈を撮影してから、特急に乗り込みました。


セットは、私にとっては定番中の定番。


   ソニーα7

   ゾンネタール50㎜F1.1S


「S」は「ソフト」の記号です。

宮崎貞安さんが、私の再三の希望を汲んでいただいて、

作られた16本ほど特別仕様ソフトレンズです。

その№1が私のレンズです。

私にとっては、ホロゴン、パンタッカー50㎜F2.3、スピードパンクロ35㎜F2、

マクロスイター50㎜F1.8と並ぶベスト5の逸品。


その性能については、書くまでもないはず。

写真をごらん頂いたら、よく、お分かりいただけるでしょう。




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# by Sha-Sindbad | 2019-02-19 22:02 | SonnetarS50mmF1.1 | Comments(0)

2057 幽玄が(2018年1月29日奈良の風土にヴァリオペッツ57㎜F2ののどかさが見事調和し)救世主!




レンズ名人宮崎貞安さんニューレンズ、
ヴァリオペッツ57㎜F2、
合計8回、おそらく2000枚を超える試写をさせていただきました。
そのすべてを総決算した結果として、
私はこのレンズを購入させていただきました。

もう一度、全写真をおさらいしてみて、
結局、私を決断させたのは、今回のシリーズに含まれる3枚でした。
ラストから8枚目からの3枚の同じ木の写真です。
林間の樹幹がまるで森のエルフのようにすらりと立っている姿。
清冽で、深みをたたえた樹の精霊、
そう思わせる木の写真を撮ったのは初めて。

本レンズはレンズ底部に5つのポイントがうたれ、
その指標ごとに、レンズの描写を変えることができます。
デフォールトは中央のポイント3。
ペッツヴァール特有の透明感溢れる写真が撮れます。
ポイント1はタンバール仕様。
ポイント5はキノプラズマート仕様。
私はポイント1と5を一回ずつ試写しました。
レンズの性格が見事に変わります。
ポイント5となると、約3mあたりまでしか撮れないので、
かなり使い勝手に制約を感じます。
そこで、ポイント4を試してみました。
無限遠まで撮れて、しかもキノプラズマート風。
これはかなり使えそうです。
まだ撮っていませんが、
今回試写しなかったポイント2もそれなりに面白い描写でしょう。
最終的には、自分のお好みの設定に落ち着くことになるでしょう。
となると、この自由度の広さは極めて有用となりそうです。

それにしても、宮崎貞安さんに感謝!
凄いレンズを創造されたものです。

現代のレンズ制作者たちはかわいそうです。
極めて制約されたニーズに縛られている感じがします。
レンズそのものに独自の味わい、個性など余計です。
写真家は、今や、Photoshopで勝負する時代です。
ニュートラルで、自由自在にPhotoshopで加工できる原版を生産する、
そんな下請け業をカメラとレンズは担います。
芸術性はPhotoshop等の画像処理ソフトのテクニックにかかっている。
だから、大手レンズ会社も群小レンズ会社も、
レンズデザインもレンズの品質もすべてコンピュータ設計に委ねて、
甲乙付けがたいニュートラルな性能のレンズを供給するようです。
私は自分では使っていませんが、
写真教室の皆さんの作品でその性能の凄さは分かります。
私の欠点だらけの古典レンズによる写真とは比較にならない、
超精密画像に仰天させられます。
でも、そんなレンズで撮りたいか?
と、問われますと、頭を横に振るより仕方がありません。
私は、人間も写真も優等生は大嫌い、そう言わざるを得ません。
それが私、とでも言うより仕方がありませんね。
退職することにより、そんな優等生の皆さんとの交流は絶ちました。
優等生レンズの皆さんとはもともと写真生活の中で無縁でした。
どこまでも、癖と欠点だらけのレンズたちと付き合いながら、
生きて行くことにしましょう。

でも、伝説的な名レンズたちの市場価格は、
中国を初めとする諸国の富豪コレクターたちの市場参入により、
私たちの手の届かない高みに跳ね上がってしまいました。
そのような時代にあって、
偉大な歴史的名レンズたちを使ってみたい貧乏写真趣味人たちに、
驚くほどリーズナブルな価格で、
夢のレンズたちを再現してくださる宮崎貞安さんは、
救世主のような存在であると言ったら過言でしょうか?





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# by Sha-Sindbad | 2019-02-17 18:45 | Variopetz57/2 | Comments(0)

2058 至る所に(2017年12月18日西大寺との往還にヒストリオプロト40㎜F6.3が異貌遍歴)



現代のレンズ名人、宮崎貞安さんのヒストリオプロト40㎜F6.3は、
ツァイスが世に最初に問うた、いわば渾身の名玉プロターの現代版。
F値が6.3と大変に暗かったので、ボケ効果は期待できません。
ひたすら対象と渾身の四つ相撲を挑むというタイプの傑作。

私も大変に気に入って、入手させていただき、
本ブログに短期間に18回も作例をアップしました。
いかにもプロターらしい、腰の据わった実質感がたまりません!
ちょっと古くなりましたが、
というのも、ブログにアップしていない写真群が数十以上あるから、
とにかく真っ正直に全部ブログに出演させてあげたい親心で、
遅れ遅れしながら、ぼちぼちとブログに掲載しているわけです。

人間でも、悠揚迫らざる物腰に、「この人、違う!」と思わせる、
そんな風格に満ちた人が居るものです。
私は、生涯、そんな人に憬れてきた、
なんてことが全然なかった人間です。
外観が良いのに、中身は空っぽな人に沢山出会ってきたからです。

それよりも、なんでもない普通のたたずまいの人で、
知り合ってみると、心はあたたかく、中身がずっしり詰まっている、
そんな人も、とても少ないけど、出会うと、嬉しいものです。
本物だ!
そんな実感があって、貴重な体験をさせていただけます。

Histrio-Prot40mmF6.3

今回は、このレンズで撮った写真を一枚一枚、
ブログアップ用の小型ファイルに作り替えながら、
ああ、この日は、顔ばっかり撮っていたなあ!

どこに、顔?
ほとんどの方には見えないでしょう。
現実に、顔なんて、そこにはないのですから、
そう考えるのは当然です。

でも、私は、想像が大好きなのです。
子供の頃からずっと絶えず空想、想像しながら生きてきました。
そんな習癖が人生の邪魔になったとは思いません。
空想が洞察を突如引き出す切っ掛けになったこともよくあります。
あらゆるものにゲシュタルトを観ることは、
人生の至るところに隠されたものを見つけ出すのに一役買ってくれた、
そんな習慣が、洞察にもつながる精神の飛躍を引き出すことがある、
私は、そう信じています。

でも、写真では障害となります。
人にアピールしようとすると、人に共感してもらう必要があるからです。
写真のメッセージに上記のような想像が絡んだりすると、
大げさに言うと、誰も共感せず理解しない写真ばかり、
見境もなく山のように撮ることになりかねませんね。

ところが、私という人間、特殊な人間経験を重ねてきたようで、
人が共感しようがしまいが、気にならない。
とくに、写真趣味では、それが極端に現れて、
自分の写真は自分一人楽しめたら、それでよい!

アマチュア写真家の中には、自分では楽しめない写真を、
人の楽しみのために無理に撮っている人も居るようです。
どうしたら、人に受けるか?
それが究極の課題となっているみたい。
でも、考えてみてください。
成人してから、ピアノを習い始めて、
辻井邦明君のように弾けるようになりますか?
なりませんね。
アートはすべてそうです。
常に、最初に才能、次に努力、そして、運、
この3つがこの順番に揃わないと、本物のアーチストにはなれません。
写真も、ビジュアルなシーンを二次元のイメージに変換するのですから、
たとえドキュメンタリストであっても、優れた画像を得るためには、
アート的な感性を生まれつき備えていることが絶対条件。

私にあなたにもそんな才能など欠片もありません。
なぜ、それが分かるんだ?
そんな才能を備えている人だったら、こんなブログには来ないから!

だから、自分のために、自分がたのしめるように、
気楽に写真を撮りましょう。
そして、人に見せて、「ハハーッ、恐れ入りましたあ!」なんて、
平伏させてやろう、なんて、夢にも考えない、
それが人生の得策ですよ。

ヒストリオプロト40㎜F6.3は、そんなただの写真好きの私には強い味方。
レンズ特性ゆえに、常にずしりとした重みを画像に備えさせてくれます。
私は、手を伸ばした先に見えるソニーα7の拡大設定の液晶画面で、
ピントを確認したら、構図なんか無視して、さっと撮ります。
ホロゴンウルトラワイドを四半世紀常用してきたお陰で、
カメラ、レンズを常に水平垂直に構える癖がついています。
だから、どう撮ろうと、正立、直立像が撮れます。
帰宅して、マックの液晶画面で写真たちをさっとチェックして、
私はいつも呟く言葉を心の中に吐きます、
「ヒストリオプロト君、ありがとう!」



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# by Sha-Sindbad | 2019-02-15 15:48 | Histrio-Prot40/6.3 | Comments(0)

2057 穏やかに(2018年8月13日大阪天満橋筋商店街ならペッツヴァール58㎜F2.3に任しとき)



今日はひさしぶりに付虹先生の揚琴レッスンでした。
「彈詞三六」、通常「三六」で通じる揚琴の名曲です。
もちろん私が完全に演奏できるような、簡単な曲ではありません。
でも、楽しい!
一つには、揚琴演奏技術の基本中の基本、スティックの手首奏法を、
近頃なんとかマスターできたのでのです。
もちろん手首が廻るようになったからと言って、
難曲がスイスイと弾けるようになるわけではありませんが、
音を出すのが楽しくて仕方がないという、初心者の歓びで十分満足。

これと同じことが写真でも言えそうです。
写真撮影技術の基本中の基本は、自分の被写体が見つかること。
私のように、風景写真とはてんで無縁、ひたすらストリートフォト、
という人間には、「自分の被写体」なるものを限定するのは難しい。
スナップ屋なら、目指すものは、ストリート上での人間模様となります。
でも、そう簡単に路上でフォトジェニックな人々の交錯など見つかりませんね。
だから、どうなるか?
目指すものは分かっているので、昔のスナップ屋は、
いつ何時眼前で起こるかも知れない人間模様に瞬時に対処すべく、
油断無く気構えしながら、目を鋭く左右に、前方にと走らせて進みます。
スリ専門の刑事がスリを捜す姿にちょっと似ています。
ちょっとカッコいいのです。

ところが、ロボグラファー(ロボグラフィを撮る人、もちろん私の造語)は、
スナップ屋のように、油断のないスタイルとはちょっと違います。
簡単に言えば、殺気がない。
突然ふっと発見するあたりの最初の雰囲気はちょっと似ています。
おっ、居たな!
でも、それからが違います。
好きなように料理できるのですから、あわてる必要がありません。
スナップ屋なら、撮ったこと自体、よそ見には分かりません。
必殺居合い抜きのようなものです。
ロボグラファーは、
「やあやあ、居ましたねえ、逃がしませんよお」なんて、
のんきに嘯きながら、ゆったりと近づき、
ときにはしゃがみ込んで、やおらレンズを向けます。
撮り終わったら、わざわざ被写体に声をかけたりします、
「ありがとう! よいところで出会いましたねえ!」

この日は中将姫光学さんからお借りしていた、
おそらく19世紀のペッツヴァールレンズ、
ペッツヴァール58㎜F2.3です。
なおのこと、のどかに撮りたい気分に誘われる名玉です。
日本一長いと言われるアーケード商店街の天神橋筋商店街。
私の第一級ロボグラフィ地です。
人に見せて、
「どうだ! 凄いだろ!」と自慢する写真じゃありません。
ひたすら私がそのとき味わっていた至福を思い出すよすが。



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# by Sha-Sindbad | 2019-02-12 17:12 | petzval58/2.3 | Comments(0)

2056 清澄(2018年5月23日奈良白毫寺町をゾンネタール73㎜F1.5が爽やかに過ぎ)2 夢と同じ材料で



「私たちは夢と同じ材料でできていて、
私たちのささやかな一生は眠りで仕上げられる」
    We are such stuff as dreams are made on;
     and our little life is rounded with a sleep.

シェークスピアの「嵐」のセリフですね。
私はこの言葉に出会ったのは、学生の頃です。
筑摩書房の世界古典文学全集の中で。
厳しい現実の中に放り出されようとしている私には、
なんだかとても心を温めてくれる言葉でした。

シェークスピアって、驚くべき人ですね。
あの時代に、どうしてあんなにさまざまな時代の人間たちを、
まさに生きた人間として描き出すことができたのでしょう?
マクベス夫人もハムレットもシーザーもアントニーもプロスペロも、
その人そのままに生彩溢れる姿で登場します。
単なる教養ではとてもできたものではありません。

シェークスピアは現実に彼らに出会っていたに違いない!
もしかすると、シェークスピアは劇作に没頭すると、
夢の中で登場人物たちが現れて、まさに生きた姿を見せてくれたのでは?
そんな感じさえします。
「私の描く人たちは夢と同じ材料でできていて、
彼らのささやかな一生は私の眠りで仕上げられた」のではないでしょうか?

私は次第に唯我論に傾きつつあります。
世界は、生きている私のためにさまざまに波瀾万丈の姿を見せてくれている。
でも、私がこの世を去ると、すべては無に帰してしまう。
夢と同じように、現実の人たちも来りては去り、去ってしまうと、もう戻らない。
一体、どこに行ってしまったんだろう?
夢と同じように、現実世界も、私にはどうしようもなく変転して行きます。
でも、私という観察者、その中で生きる人間が居るから、
活き活きと生々流転して果てしない姿を見せてくれる。

私が夢幻的な画像をプレゼントしてくれるレンズたちを殊の外愛するのは、
こうした私の夢を美しい画像にしてくれるからかも知れません。

現代のレンズ名人、宮崎貞安さんの最近の傑作レンズ、
ゾンネタール73mmF1.5は、上記のような私の世界観を裏付けるように、
私の観る、あえかな、でも確かなドリームを画像にしてくれます。

どうやら、私にとって、レンズと写真は、夢見るための不可欠のツール、
そんな感じがしてきました。

子供の頃読んだ「サザエさん」で一つ印象的な漫画がありました。
マスオさんが巨大な暴漢と対決するのです。
その瞬間、彼は気づきます、
「そうだ、これは夢なんだ!
だとしたら、なにをしてもいいんだ!」
そして、私そっくりに、殴り合いのけんかなんかしたこともなかったのに、
ガツーン、暴漢を一撃ではり倒してしまうのです。

私たちも、マスオさんにならって、思いっきり夢を見ましょう。
夢も希望もない現実に打ちひしがれて、トボトボと歩み続けるのも人生なら、
「夢なんだ! なにをしてもいいんだ!」と思う存分やりたい放題するのも、
人生じゃありませんか?




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# by Sha-Sindbad | 2019-02-08 11:53 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

2055 清澄(2018年5月23日奈良白毫寺町をゾンネタール73㎜F1.5が爽やかに過ぎ)1



日曜日、宮崎貞安さんに最新の試作レンズをお返ししました。

ヴァリオペッツ57㎜F2

一番印象に残った写真1枚をA4に、
その他、作例として参考になりそうなのを10枚ほどキャビネに焼いて、
6回の試写結果の写真全部を収めたDVDと一緒にお送りしました。

写真家なら、こんな無謀なことはしないでしょう。
舞台裏が丸見えになってしまうし、
写真の技量も撮影法も全部バレバレ。
でも、私は写真家じゃない、ただの素人なので、平気ですね。
宮崎貞安さんに参考にしていただきたい、ただそれだけ。

私の写真の程度は別として、
ヴァリオペッツの描写性能には目を見張るものがありました。
かなり繊細な描写なのですが、立体感があり、
しかも、開放でもかなり深い被写界深度。
それなのに、バックのボケは玄妙そのもので、極めて魅惑的。
もちろん、一本頂くことにしました。

このヴァリオペッツの先代で頂いたのが、

ゾンネタール73㎜F1.5

このレンズも繊細優美な描写性能を誇ります。
ライカの誇るエルマー74㎜F1.9とかなりスペックが似ているあたりが、
クラシックレンズファンには魅力の一つです。

今回は、このレンズの描写をごらん頂きましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2019-02-05 15:25 | Variopetz57/2 | Comments(0)

2054 心から笑う(2018年7月31日大阪東洋陶磁美術館でパンタッカー50㎜F2.3が活躍)



畏友のRAさんは心身ともに頑健そのものの人でしたが、
80を過ぎたあたりから、体調を崩されることが多くなり、
一緒に撮影するのも間遠になっています。
昨年7月31日が一番新しい撮影日。
梅田から出発して、中之島の東洋陶磁美術館を目指しました。
この日はしっかりと歩かれ、しっかりと撮影もされ、
座談を楽しむ一日でした。

私の装備は、ソニーα7にパンタッカー50㎜F2.3を付けて、
いわば、私のセカンドベストでした。
ちなみに、このレンズを宮崎さんに依頼されたのは彼で、
私は彼からこのレンズを譲り受けたのです。

スピードパンクロ50㎜F2のような凄み、切れ味はありませんが、
不思議に濃密な空気感が溢れ出るようで、
どこかなにかが違う描写力は天下一品と言いたいほど、
そう言いたいのですが、
このあたりの印象はどうやら私の思い入れなのかも知れず、
つまるところは、私との相性なのでしょう。

このような私のこのレンズに対する思い入れの深さは、
私の朝鮮陶磁への思い入れに似ているかも知れません。
私は陶磁のことなど何にも知りません。
ただ20数年前、この美術館近くに職場を得て、
たまたまの手隙に、さして関心もない癖に、
なにを思ったか、美術館にちょっと立ち寄ったのですが、
展示室の半分を占める朝鮮陶磁など全然目にも止まらず、
当座は、この美術館の目玉である、2つの国宝、
飛び青磁と油滴天目茶碗に目を奪われ、さらには、
ふっくらさんの唐三彩少女像を愛するようになりました。

美術館側にもこの少女像を飛っきり愛する方が居たようで、
この像だけ回転する丸テーブルに置かれていました。
今回の写真の中にもその一周の連続撮影を並べました。
さしものアストロ・ベルリンの名レンズも歯が立ちません。
微妙なカーブの変奏曲に全身を包まれた少女の美しさは、
是非ご自分の目で味わっていただきたいものです。

でも、どんなものにも、この美術館の本当の魅力に、
私は長い間気づきませんでした。
その間、私は、中国陶磁の偉大な名品を味わうことで、
見る目を養っていたのかも知れません。
何事も、それを理解できるまでには、時間と準備が必要、
そういうことかも知れません。

ある日、朝鮮陶磁が私の目に飛び込んで来たのです。
これまで何にも考えずに軽く一瞥しただけで通り過ぎていた!
でも、突然、それがとんでもなくおかしいことに気づいた!
なにかが違う!
ふっと、肩の力を抜いた感じ、
そう言ったら、お分かり頂けるでしょうか?
「そう気張りなさんなって!
ゆっくり行こうよ!」
そんな感じ。
どの白磁も青磁も、精一杯姿勢を正したりしていません。
「休め!」の号令で、休んでいるわけでもない。
生まれついてのナチュラルな姿のまま、そっと微笑んでいる。
気がつきますと、私もリラックスしています。
そして、思わず笑いがこみ上げてきます。

この世に「笑い」ほど素敵なものはありませんね。
そして、幼児の笑いほど純粋な歓びの表現はありませんね。
そう、幼児は、なんの屈託も無く、
心と体のすべてで歓びを感じ、笑うことができるのです。
大人になると、そんな風に屈託なく、純粋に喜び、
純粋に笑うことができなくなります。
まるで天井からなにか倒れてきて、これを支えながら、
なにか別のことをしようとしているみたい。
心から笑うためのエネルギーが不足しているみたい。
笑ってる場合か、来月の給料、もらえそうにないのに!

でも、人生って、小休止があってもいいですね。
東洋陶磁美術館の朝鮮陶磁のコーナーに入ったら、
鎧も経帷子もなにもかも脱ぎ捨てて、なにもかも忘れて、
心を全部開いて、朝鮮陶磁たちと語り合ってみましょう。

パンタッカー50㎜F2.3はそれができるようです。
私もなんとかそんなことができるようになってきたみたい。




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# by Sha-Sindbad | 2019-01-31 12:19 | PanTachar50/2.3 | Comments(0)

2053 妖し(2018年7月19日白毫寺町、奈良町はアンジェニュー25㎜F0.95でなくちゃ)


私はレンズ学のことなど全然知りません。
でも、0.95 なんていうF値はべらぼうですね。
そのおかげで、被写界深度も猛烈に薄い。

でも、よいレンズはみんなそうですが、
立体的に写るので、深度から外れていても、
しっかり形が分かります。

私は、原則として、開放で撮ることにしています。
例外は超広角。
ホロゴンの開放値はF8です。
このホロゴンと同じ土俵で相撲をとらせたいということで、
スーパーアンギュロン21㎜F3.4のような超広角は、
近ごろ、F8に絞ることがよくあります。
それ以外のレンズは開放原則を維持していますので、
目下、二本立てと言うわけです。

アンジェニューのレンズはみんなよく写ります。
どこかエキゾチックな面影がいつも漂います。
奈良の古い町とそのロボグラフィには、
やっぱり古いレンズが似合いますね。
アンジェニュー25㎜F0.95のお陰で、
なぜか失われた時間が、ほんの少しですが、写真に写っている、
私にはそんな感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2019-01-27 22:55 | Anjenieux25/0.95 | Comments(0)

2052 幽玄(2018年6月16日新大阪でキノプラズマート19mmf1.5がゆらりゆらり)



カルティエ=ブレッソンは生涯に何本のレンズを使ったのでしょうか?
写真家としてのキャリアを始める前に、
ライカ版ではないレンズを使ったことがあるようです。
でも、写真家として世に名乗りを上げた後は、
どうやらライカを使い続けたようです。
作品を観る限りにおいては、35㎜、50㎜レンズが常用だったのでは?
とにかく多種多様のカメラ、レンズを使っていたのでは、
あのような安定したカルティエ=ブレッソン作品を生み出すことは、
不可能だったのではないでしょうか?

とすると、一つ、問題、疑問が浮かび上がります。
現代の写真家たちの多くは何台かのカメラに、
各種ズームレンズを装着して、いかなる事態に遭遇しても、
人を瞠目させるような傑作写真を撮ろうとしている、
そんな感じがします。
限定されたレンズ、カメラで、撮れる限りの範囲で、
人間の真実をキャッチしようとしたカルティエ=ブレッソンや
木村伊兵衛とはかなりスタンス、結果が違う感じがします。
みなさん、コンセプト中心です。
カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛のような単写真主義は古い、
写真作品が社会性を帯びるためには、明確なコンセプトに支えられた、
連作がはるかに優っているというわけです。

写真が社会の中で有用な役割を担うためには、当然の主張。
でも、私のように、誰にも何もアピールする気の無い人間には、
このコンセプトが邪魔にしかなりません。
写真家としては、多くの雑多なレンズを常用するなんて、愚の骨頂。
写真家としての成長の妨げになるばかり。
だから、私は多種多様のレンズを楽しんでいるのです。
こうして日替わりで訳のわからぬ写真をブログに掲載している限り、
誰も私を写真家に数えるおそれはありませんね。

キノプラズマート19mmf1.5は、やっぱりじゃじゃ馬の一種でしょう。
私の思ったようには撮ってくれません。
いつもはもう少し冴えた切れ味なのですが、
今回は虫の居所が悪かったようで。
訳のわからぬ写真が並びました。
そんな意外性を楽しむのが私の喜びというわけです。




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# by Sha-Sindbad | 2019-01-25 23:19 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

2052 のどか(2019年1月19日お年始恒例の近江八幡詣でのお伴はヴァリオペッツ57mmf2)



現代のレンズ名人、宮崎貞安さんのニューレンズ、
ヴァリオペッツ57mmf2
毎年恒例の正月近江八幡詣でに、
私と同行したのはこのレンズでした。

レンズ史最初の名レンズ、ペッツヴァールレンズの現代版。
レンズ構成図は添付されていなかったので、
オリジナルとどう違うか、分かりません。
もっとも、レンズ構成の形の違いは分かっても、
レンズ素人の私には、それが描写をどう変えているか、
など、皆目見当がつきません。
私に分かることは、実写結果だけ。
どうやら、とても抜けがよく、繊細で清潔感のある描写。

現代レンズはコンピュータ設計による完璧な性能を実現しています。
それに引き換え、
クラシックレンズたちは手計算に頼っていた時代の産物です。
帯に短しタスキに長し、あっち立てればこっち立たず、
ということで、必ず欠点を抱えています。
でも、人間と一緒ですね。
欠点は個性に通じます。

皆さん、万能の秀才の超エリートに出会いませんでしたか?
どうですか?
愛すべき好人物で、一目で好きになりましたか?
付き合ってみると、なんだ、この人にはかなわないな、好きだな、
そう感じましたか?
そう感じたとすれば、あなたも超エリートなのでしょう。

私は、鈍も鈍、欠点だらけの人間なので、
万能の秀才とはとても付き合いきれませんでした。
欠点がないと、人の欠点も許せない、
なぜミスをするのか、これすら分からない、
そんな人も居ました。
一人として友人にはなりませんでした。

そんな私ですから、現代のレンズで写真を撮る気にはなりません。
一度、たった一度だけ、スリランカ旅行で、
キャノンのEOSレンズを使ったことがあります。
一度で懲りりました。
実に簡単に撮れるのです。
いつもは、露出を決めて、シャッター速度ダイヤルを操作し、
レンズを手で繰り出して、ファインダーの中で被写体にピントを合わせ、
今だ、という瞬間にシャッターを押す、そんな作業をしているのに、
スナップもシャッターを押すだけ。
面白いように簡単にスナップが撮れました。
でも、心は沈むばかりでした。
自分の力で絶好の瞬間にピントを合わせ、
自分で決めた露出、速度で一枚ずばっと切り取る!
そんな自家製のスリリングな体験と比較すると、
あまりにも簡単すぎました。
自分が撮った傑作なんだ、という気持ちになれなかったのです。
それ以来、二度と現代レンズを使ったことはありません。
クラシックレンズだけで十分。
人間と同様、レンズも欠点があるから、魅力がある。
欠点と魅力とは裏腹の関係なのですから。

でも、こんな風に考える写真家はほとんど居なくなりました。
欠点レンズは被写体を、撮影法を選ぶからです。

その結果、面白いことに現代レンズのユーザーは、
古いレンズで撮った写真に欠陥ばかり見えてしまうようです。
その結果、そんな方に写真を見せても、哀れみを誘うだけのようです。

ヴァリオペッツ57mmf2は、どうやらそんな危険から免れてるようです。
少しでも絞れば、かなり現代的で癖のない、
そして抜けの良い画像が得られます。
ただ、開放では、抜けの良い描写の中にちょっと古風な味わい。
それが何とも言えず、やさしさを醸し出します。

どんなコチコチの現代レンズ愛好者のあなたでも、
ふと目を落とすと、あどけないよちよち歩きの幼児が、
あなたを見上げて、にっこりと微笑みを浮かべたら、
心がほっこりと温かくなって、微笑みを返すでしょう。
そんなやさしさを描写の中に感じたら、
やっぱり微笑んでしまうでしょう。

ヴァリオペッツ57mmf2は、あなたのギリギリの厳格描写の合間に、
心をほっと一息させるオアシスレンズになるかも知れませんね。




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# by Sha-Sindbad | 2019-01-23 10:45 | Variopetz57/2 | Comments(0)