レンズ千夜一夜

2041 あえかに(2018年2月28日スピードアナスチグマート25mmF1.5が奈良を忍び歩き)



携行したのは軽量セット。
ソニーNex-5
スピードアナスチグマート25mmF1.5

軽量ですが、サブという感覚はありません。
このレンズ、私にとっては、
写真生活上のもっとも大切な伴侶の一つだからです。
なぜ?
なにを撮っても、信じられないほどのメタモルフォーゼを
プレゼントしてくれるからです。

私には、路上で出会うなにがしかに人の顔を見、動物を見つけ、
得体の知れない生き物、人間を自動的に、つまり、
努力なしに見つける傾向があります。
パレイドリア現象と言うそうです。
誰もが備えている能力のようです。

出会ったものに同一性を確認する能力にかなり近縁です。
この能力がある故に、
ある人、ある存在とさまざまな状況で出会い、
遠くから視認し、近くのさまざまな角度からでも、
それと知覚できます。

でも、ときにその知覚が当て外れに終わるときがあります。
いつもいつも知覚が正しい認識を導き出すとは限らないからです。
どんな知覚もそうですが、どんぴしゃり完全に正確とは限りません。
100%正確なときだけ知覚が働くように作られているとすれば、
人間はそんな100%知覚を妨げる事情はあるけど、
そんな場合でもかろうじてなにかを認識したい事情があるのに、
そんな認識を常に妨げることになりかねません。
アバウトでもかろうじて知覚したいときがあるものです。
とすると、錯覚もパレイドリアのような、アバウトな感覚には、
同一性認識能力を補完する機能が潜んでいるのかも知れません。
それだけではありません。
錯覚やパレイドリアの機能には、
創造性の踏み台、跳躍台の可能性も秘められているのかも?
このようなアバウトな知覚の遊びがあるからこそ、
想像力が羽ばたき、独創的な発想、発明への糸口を開くことになる、
そう言っても過言ではないように思われます。

パレイドリア現象を働かせる範囲、対象が人によって違います。
どうやら、私は常人よりもかなり広く、アバウトのようです。
早い話、私の写真の90パーセントは、
見えたものをその本来の姿、機能、名称で見てはいません。
「人が見ると、なんだ、これは?
なんでこんなものを撮るの?
ただの草むら、ドラム缶、ゴミ箱、広告、ロープじゃないの?」
でも、私にが、それがぜんぜん別のものに見え、
その見え方が面白いので、撮っているのです。

私のブログを人が敬遠するのは、
文章の発想も常識をかなり逸脱しているうえ、
写真は、訳が分からないから、ということなのでしょう。
私はそのギャップを気にしていません。
むしろ大歓迎という気持ちでいます。
これがあるから、誰も私の日記を読めず、
誰も私の写真を見るに耐えない。
私は、なにも気にせずブログ日記を楽しめると言うものです。

スピードアナスチグマート25mmF1.5というレンズ、
キノプラズマートと同じレンズ構造なのだそうです。
でも、描写はかなり違います。
硬軟両極、と言ったら言い過ぎですが、
スピードアナスチグマート25mmF1.5は軟調に傾き、
キノプラズマート25㎜F1.5は硬調に傾く、
必ずしもそうも言いがたいのですが、
でも、両レンズの性格の違いを大まかに教えてくれる感じはあります。





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# by Sha-Sindbad | 2018-12-10 22:51 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2040 下町風情(2018年5月31日ゾンネタール50㎜F1.1Softは中崎町もお好き)5-完-「鳥の歌」


 
「鳥の歌」(筑摩書房)からカザルスの言葉を一つ。

カザルスが90歳になると、
必ず長寿のことがインタビューの話題になったそうです。
彼はこう答えたそうです、
「毎日チェロを弓で弾くようにと、
人生が私にはからってくれているおかげです」

テレビのインタビューでも、長寿について質問を受けると、
「カザルスはくるりとインタビュアーに向きなおった。
まるで六十代の人のように見えた。
そして、声を張り上げて言った。
「私は生きています。
ほんとうに生きている人はごくわずかです」

この「ほんとうに生きている人」って、90代のことではありませんね。
どんな人間であれ、ほんとうに生きている人は少ない、
カザルスはそう言っているのです。

凄い言葉ですね。
ほんとうに生きている人でないと言えない言葉ですね。
ほんとうに生きていると思っている人なら、
誰でも同じことを言うかも知れません。
でも、どうすればほんとうに生きることができるのでしょうか?
一生の課題ですね。

私はどうなんだろうか?
そうまともに自問してみますと、
「もちろん生きていますよ!」
そう胸を張って答えられるか?
正面切ってそう自問してみると、
自信がなくなりますね。

どんな状態が「ほんとうに生きる」ことなのでしょうか?
孫プリンセス1号の保育園のダンスを観ていて、
ああ、これがそうなんだなあ、と心から納得しました。
真剣に、今やっていることに集中している!
他のすべてのことを忘れてしまっている!
全身を使ってダンスをしている!
心身ともにたった一つのことにピタリと焦点が合って、
ちらっとも余念が邪魔していない。

こんなことをしていますか?
自分でもそう問いかけて、真剣に考えてみました。
どうやら、ロボグラフィの撮影のときがそうだ、
そう思いつきました。
少なくとも、このときだけは他のすべてを忘れている!
私の行動は基本的に、ロボグラフィそれ自体との出会い、
ただこれだけ!
出会うと、記念に一枚頂きます。
たいていソニーα7を使っています。
ソニーα7は、私にはとても便利にできています。
人差し指ワンタッチで液晶がフォーカス画面に切り替わります。
要するに、中心でビシッとピントを合わせ、
その瞬間にシャッターを落とします。
どう撮れたか、液晶で確認する作業はいたしません。
よく見えないせいもありますが、
すでにロボグラフィとは対面済みなのですから、それで満足。

私が向かい合ったロボグラフィがフォトジェニックかどうか?
そんなことは関心がありません。
すでに写真家志望は断ち切っているからです。

かなり前から、私の2つのブログは、写真ブログをおさらばして、
倉庫兼日記ブログに変わりましたので、
おそらく私のブログに写真を観るために来る方はいないでしょう。
私の友人たちとの間でも、
私のブログのことは絶対に話題になりません。
こう意味不明、撮影意図不明、被写体不可解の写真が並ぶと、
誰も付き合いきれないでしょう。

お陰で、私は独り好き放題ができるというわけです。
とくに、これがありがたいのは、文章が日記と化しているからです。
日記と言っても、身辺雑事を書くというよりは、
頭に浮かぶよしなし思いを自動速記する雑記帳と言うのが正確。
指と頭の体操をやっているのです。

だから、大抵の場合、主題などありません。
まず、手当たり次第にキーボードを叩きまくり、
頭に浮かんだことをあれこれこね回している内に、
一応、こんなことを話題にしようか、と思いつく状態。
でも、起承転結のあるメリハリの効いた小エッセイなど無縁。
どこまでもキーボード体操と頭の体操をやっているだけ。

カザルスは「ほんとうに生きている人はごくわずかです」、
そう真っ正直に言ってのけました。
私もそう思います。
でも、どうやったら、「ほんとうに生きる」ことができるのか?
これが分かりません。
分からないから、たった一つ原則を立てているのです。

自分の頭で考え、自分の身体で行動する!

受け身になるような情報収集などまっぴらゴメンです。
現代のテレビ、新聞等のマスコミ、ネット配信記事、
すべて、大衆操作のために巧みに取捨選択編集されて、
事実の提供など一切ありません。
発信者が大衆に見せたいものを見せたいように見せてくれるだけ。

史上、現代ほどに大衆操作に役立つギアが揃い、
かつ有効に駆使されている時代はありません。
その証拠に、ほとんど誰も、
自分の思考がコントロールされているとは気づいていない。
私もなにかの方法で支配されているのかも知れません。
その危険性は極めて大きいので、
できる限り、情報源から遠ざかるようにしています。
そして、なるべく自分の頭で考え、自分の身体を動かす、
この方針を貫きたいと努力しているわけです。
無駄なあがきかもしれませんが.........

ま、少なくとも、自分の身体だけは自分で鍛えたいものです。
そして、こう考えることにします。

自分が「ほんとうに生きているかどうか?」など思い悩まない!
とにかく自分の心と体をフルに使って生きて行こう。





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# by Sha-Sindbad | 2018-12-07 23:45 | SonnetarS50mmF1.1 | Comments(0)

2039 春日山樹乱(2018年5月20日エルマリート28mmf2.8がささやきの小径、春日大社を過ぎて)



以前にも書いたことですが、
ライカのエルマリート28mmf2.8第一世代を手に入れたことは、
本当に幸運でした。
私の友人に第三世代の使い手がいますが、
彼の傑作群を見るにつけ、
第一世代の描写にはちょっと古色が載っている感じ。
それをどう感じるかは人様々でしょう。
私のレンズの好みは、本ブログでお分かりのように、
癖のある玉を偏愛する傾向が顕著です。

本音を明かしますと、昔から、優等生が嫌いでした。
私は優等生であったことは一度もありません。
小中学校の担任が懇談の際、母親にぼやいたそうです。
「やればできる子なんですが、好きなことしかやらない。
全教科しっかり頑張ったら、トップも狙えるんですけどねえ」
おあいにく様。
私は別にトップなんか狙いたくない。
勉強することなんか、そんなに好きじゃない。
やりたくないことはやりたくない。
これで一生過ごしてきたようなものです。

エルマリート28mmf2.8の第一世代は、私と違い、
1966年出現当時は出色のトップだったはず。
でも、それからエルマリートだけでも何世代も重ね、
各社の名レンズもキラ星のように並ぶ時代となり、
第一世代の古色は随分目立つようになったようです。
それを好むか好まないかは、使い手の性格次第でしょう。
私は、このレンズ、使えば使うほど好きになっています。

私が最愛のホロゴンからエルマリートに乗り換えたら、
写真愛好家の好むようなフォトジェニックな写真がもっと増え、
私のブログにも訪問者が増えるかも知れない、
なんてことは夢にも考えません。
エルマリート28mmf2.8は、いわば夏目雅子のような存在。
映画「瀬戸内少年野球団」や「時代屋の女房」では、
比類のない魅力を発揮していました。
でも、私は妻の方がいいですね。
なぜなら、私が出会い、私が生涯の伴侶として選んだのですから。
ホロゴンウルトラワイドがまさにそれ。

でも、映画を観ると、心から慨嘆してしまいます、
「ああ、惜しい人を早く亡くしたなあ....」
幸い、エルマリート28mmf2.8は我が家に健在です。
このレンズの写真を観る度に、やっぱり考えてしまいます。
「このレンズ専科で生きても、
充実した写真人生だったかも?」




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# by Sha-Sindbad | 2018-12-06 11:50 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

2037 ふんわりと(2018年5月19日ゾンネタール73㎜F1.5も中崎町がお好きらしい)上村松園




松柏美術館に参りました。
「上村松園、松篁、淳之三代展「画家の仕事」」展

ここだけの話ですが、私のお目当ては、初代の松園だけ。
芸術の場合、私には天才がすべて、そう思われます。
凡才はどんなに努力を重ねても、天才の仕事をすることはできません。
それなのに、さらに困ったことがあります。
そんな天才は努力することにかけても、天才なのです。

松園の驚異はそこにありました。
本作に取りかかる前に数知れず下絵を描き続けたのです。
その下絵の本気ぶりには目覚ましいものがあります。
そんな下絵を完成作と並べてくれました。
こんなことはあまりしないと思います。
実力のほどがざっくりと露わになってしまうからです。
まさに見ものでした。

松園の下絵は、もしかすると、本画をしのぐかも知れない、
そう思わせるほどに気迫がこもっているのです。
彼女の最高傑作の一つに数えられる「花がたみ」がまさにそうでした。
描線に込められた気力がすさまじいのです。
本画では色で輪郭を描きますが、
下絵では、すべて墨の一筆なのです。
その一筆にこもった入魂のエネルギーのすさまじさには圧倒されます。
息子の松篁の描線とは次元が違います。
同時代の男性画家たちの嫉妬、羨望、侮蔑、恐怖が渾然一体となった、
すさまじく、おぞましい、みじめったらしい差別の壁を毅然と跳ね返して、
傑作を生み続けたのですから、
その人間力には恐れ入ります。
そんな逆境を毅然と耐え続けた人ならではの、
すさまじい気迫が一本一本の描線にこもっている、
そんな感じさえします。

「花がたみ」の本画は失われてしまいました。
二人の少女を描いた作品の少女の顔の美しさには、
多くの画家が絶望と羨望を感じるでしょう。
白紙に墨の線だけなのに、
その漆黒の線の美しさ故でしょうか、
もう匂うように艶やかで美しいのです。

ネットで画像検索をしてみますと、
松園の「蛍」の美少女がかなり似ています。
上記の下書きをそのまま本画に完成したかのように、
「清純の極美」を描き出しています。
完成作「蛍」は髪の毛やグレーの背景が輪郭を作り出し、
頬の線は描かれていません。
つまり、描画法はまったく異なります。
でも、どのように描いても、
その線、形はえもいわれぬほどに艶やかで清純なのです。

私はどうやら線の魅力に取り付かれているのでしょう。
偉大な作家たちを偉大ならしめている秘訣は、
線の厳しさ、たおやかさ、艶やかさにあることが実感できました。

ゾンネタール73㎜F1.5でも、そんな線の美しさが輝いています。
まさにソフトな雰囲気の中に一本線が通っている味わい。
宮崎貞安さんの最高傑作の一つでしょう。





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# by Sha-Sindbad | 2018-12-04 22:57 | Sonnetar73mmF1.5 | Comments(0)

2037 下町風情(2018年5月31日ゾンネタール50㎜F1.1Softは中崎町もお好き)4 満足


宮崎貞安さんの最高傑作は?
そう問いかければ、私にとって、答えはただ一つ。
ゾンネタール50㎜F1.1
ということになるでしょう。

最高に明るいレンズですが、
ソニーα7と組み合わせると、使い勝手も最高です。
シャッター速度の幅が広く、感度を50まで落とせるので、
かんかん照りでもない限り、戸外でも開放で使えます。

アストロ・ベルリンのパンタッカー50㎜F2.3、
マクロスイター50㎜F1.8と並んで、
私の50㎜標準レンズの最愛のトリオ。

今回がゾンネタール50㎜F1.1Softの中崎町シリーズ№4。
もう一回続けますので、本ブログとしては珍しい長大シリーズ。
もし、現代の標準レンズの無個性に飽き足らないとお感じなら、
このレンズは最有力候補となるでしょう。

別ブログ「わが友ホロゴン」で、久しぶりにコメントをいただきました。
ブログ界の女王、pretty-bacchusさんから、
フランス、イタリアにもたまには行かれたらとのお言葉でしたが、
すでに、楽器の学習が生活のもうひとつの柱になってしまった、
ただの年金生活者の私には海外旅行は夢のまた夢ですね。

今はただただ近くの都市の裏通りばかり徘徊してロボグラフィ三昧。
よくよくその姿を客観視してみると、
いきなりしゃがみこんだりして、道端の汚いものを撮ってるなんて、
ただただすがれて、うらぶれた姿かも知れませんね。

でも、「ボロは着てても、心は錦」ならぬ、
「ボロは撮っても、心は幸せ一杯」、という感じなのです。
路地裏の汚い写真でも、鋭敏なあなたがよくよくご覧いただけば、
撮影者の心は溢れんばかりの喜びと幸福感に満たされている、
と鋭く看破されることでしょう。
それとも、「どこがあーーー?」という反応でしょうか?
それでも、私は別に構わないのですが。




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# by Sha-Sindbad | 2018-12-02 14:32 | Sonnetar25/1.1 | Comments(0)

2036 下町風情(2018年5月31日ゾンネタール50㎜F1.1Softは中崎町もお好き)3



銀塩カメラにせよ、デジタルカメラにせよ、
F1.1という明るい開放値のレンズを使える、というのは、
一種の特権、ある種の天恵、ということができそうです。
こんなレンズになると、
画質をもう少しよくするために、絞りを少し絞って撮る、
なんてことは、レンズに対する侮辱以外のなにものでもない、
私はそう考えます。

類い稀なる美女に化粧をさせて連れ歩くようなのです。
そうすれば、もっとカメラ写りがよくなるとか、
美しさを際だてることで、なおさらに天性の美貌が際だつ、
なんて、惹句を弄したって、
美女を愚弄することに変わりはありません。

ですから、私は、ゾンネタール50㎜F1.1の場合、
絞りごとの画像の変化をチェックしたとき以外には、
絞りリングなど触ったことがありません。
実のところ、このあたりの使用法は他のレンズでも同様。

今回、そんな絞りチェック画像が混じっていますが、
私には、絞り込んだ画像なんか、全然面白く感じません。
「絞りの効果は、写真表現の武器じゃありませんか?」
たいていの写真家ならそうおっしゃるでしょう。
おあいにく様、と言いたいところです。
私のロボグラフィは、私の出会いの喜びの記録、
それ以外の何物でもありません。
だから、私にとって、自分の写真は表現じゃありません。

よく言います。
人間はどんどん細胞が入れ替わり、
10年も経てば、身体そのものは他人同然。
だから、自分の写真と言っても、
それは将来のいわば別人の私に向けての表現なのでは?

またまた、おあいにく様、と言いたいところです。
現実の私は瞬間ごとに「私」という共通項を受け渡すリレー。
10年も経てば、身体そのものは他人同然であっても、
現実には、瞬間ごとに変わっていくものはわずかで、
常に「私」の同一性を再確認、再構成し続けています。

身体は私という人間を運ぶ車のようなものです。
その車で一杯仕事をしますが、運転者は常に「私」、
というわけです。

少しずつ変わっていくことは確かです。
でも、成長したら、自分じゃなくなる、なんて誰も考えません。
10年経って、「私」自身、かなり変わっているとしても、
それは私の同一性を失わせるものではありません。

だから、ロボグラフィは、いつまで経っても、
表現にはならない、私はそう確信しています。

今から10年経って、さらには20年経っても、
このレンズを使いたいものです。
私の人生の船を漕ぐ櫓、それが私の愛するレンズたち。
私はそう考えます。
レンズたちがあるから、私は人生の海を渡っていける。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-29 11:31 | Sonnetar50mmF1.1 | Comments(0)

2035 梅田(2018年5月17日ゾンネタール50㎜F1.1Softはファッションタウンがお好き)



ゾンネタール50㎜F1.1Sをソニーα7に付けて、
梅田茶屋町を歩きました。

久しぶりに、夢のセットの一つを持ち出したわけです。

   宮崎貞安さんの畢生の傑作レンズ、
   ゾンネタール50mmF1.1Soft

ゾンネタールはかなりお作りになったのですが、
ソフトレンズはたしか8本だけ(12本だったかも?)。
そのNo.1が私のレンズ。

最近使っていませんでした。

フォクトレンダーのヘリコイドリング付きMマウントアダプタに、
ソニーα7に付けて撮るのは今回が初めて!
レンズ自体の最短撮影距離はライカMレンズ共通の1m前後。
ところが、フォクトレンダーのアダプタを付けると、
50cmほどに短縮されます。
ゾンネタール50mmF1.1をヘリコイド付きアダプタに付けている人、
世界中に数十人はいるでしょう。
でも、ゾンネタールソフトをこのアダプタで使っている人は、
多くて2、3人でしょう。
その結果は、まさに「革命的」!
そう言いたいですね。

ちなみに、梅田のようなショッピングタウンは、
ショーウィンドウもかなり見事にデザインされています。
まさに購買意欲をそそるように、万事高級感に溢れています。
それを撮るなんて、他人のデザインを利用して撮っている!
それがどうした?
私が自分の写真でビジネスしたり、デザインを盗用したり、
なんてことをするわけではありません。
第1、私はこうして撮った写真をいかなる意味でも悪用しません。
人の来ないブログの写真の山の中に埋もれたデザイン。
デザイン盗用常習犯は自分でせっせと撮り歩いています。
私のロボグラフィを利用するはずがありません。
どんなロボグラフィでもよいのです。
ひたすらリラックスして、落ち穂拾いをする、
そして、その写真をひとしく愛しちゃう、
これが私の基本精神。
人がどう思おうが、知ったことか!


おわび
なぜか、写真を素直に読み取ってくれません。
重複写真がかなりあるかもしれません。
お疲れになるでしょうから、ご覧になるのはよした方がいいでしょう。



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# by Sha-Sindbad | 2018-11-26 23:43 | Sonnetar50mmF1.1 | Comments(0)

2034 散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)5 我流ロボグラフィ




マクロスイター26㎜F1.1シリーズの最終回です。
かなり奇怪な写真が並んでいますね。

文章をご覧になったら、即座にお分かりのように、
撮影者は極めて平凡な人間です。
生涯にいかなる意味でも非凡な才能、才覚、資質に恵まれず、
地道に、と言っても、私のやりたいようにですが、生きてきた、
普通の人間です。

それなのに、写真と来たら、意味不明のものを撮って、
奇怪な色のままに、めったやたら並べまくっている。
もっとも、写真そのものはいかなる工夫もセンスも関わりなく、
「あっち向いてホイ!」式にただ撮っただけ。
その理由は簡単。
私の使うレンズはほとんど例外なくどこかに色の偏りがあり、
シアンがかったり、マゼンタまみれだったり。

私が習っています吉田正写真教室のメンバーには、
まさに本物のアーチストがおいでになって、
私の写真を見るたびに、
こんな色の偏りに神経を逆撫でされてしまわれるようです。
でも、私は平気なのです。

マクロスイター26㎜F1.1というレンズ、
コーティングはあるようですが、かなり薄い単色コーティング。
これがこのレンズの味わいなんだ、
そう考えることにしています。

色感覚がゼロですから、パソコンソフトで修正しようとすると、
逆に、ますます奇怪な色になってしまうでしょう。
そんな作業をする時間もありません。
どんなに色が偏っていても、それが、
「撮れたままの私のロボグラフィ」
どんなに性格が偏っていても、それが、私。
自分の性格、能力の欠如ともこんな風に簡単に折り合いを付けて、
人生を気楽に過ごしてきました。

歳をとるにつれて、こんな私の気楽な性分はかなり有利、
私はそう勝手に踏んでいます。
そんな性分だから、かなり沢山のクラシックレンズを収集して、
めったやたらにおかしな色再現のレンズもどっさりあるのに、
まるで気にならずに、取っ替え引っ替え持ち出して、
分け隔て無くエンジョイすることができるのです。

たとえば、軍艦の艦長なら、ベストの性能の双眼鏡を求めるでしょう。
(今では、レーダーなどの探知機があるので、使わないかも?)
私は、出会い頭なんでもかんでもレンズに収めるのですから、
レンズの役割は、どこかの海岸でバカンスの毎日を過ごすときに、
違った色のサングラスを毎日着用して、ちょっぴり気分を変える、
そんなスタンスかも知れません。

だから、もう何百回奈良町を撮ったか分からないのに、
ちっとも飽きません。
同じモノを律儀に撮ってあげます。
写真製作ではなくて、ほんのご挨拶程度のスタンス。
これが私の現在の家業のようなものです。
毎日撮りにいけるだけでも、ありがたい!
そう思っている次第。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-21 15:11 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2033 散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)4 絶対的価値



マクロスイター26㎜F1.1はCマウントレンズ、
オリンパスペンE-PL8に付けて、
事実上52ミリ標準レンズ的に使っています。
私はクラシックレンズが大好きで、あれこれ使っていますが、
何度もお断りしていますように、レンズのこと、何にも知りません。
私の頭脳は光学的な情報、データの理解力ゼロ、が現状。
でも、平気です。
レンズそれ自体の性能よりも、
そのレンズでどんなものがどう撮れるか?
これが私にとってすべて。

開放値がF1.1、
これは絶対的価値ですね。
なぜ?
私の写真は写真家の作品とは異質です。
写真的価値、美学的面白みなんて一切無縁。
ただ、私が撮りたかったものを撮っているだけ。
ただそれだけ。
余分なものを画面に入れるつもりはありません。

だから、一触即発ならぬ、一触即撮!
だから、沢山撮れます。
本ブログは、私にとっては、駄文と写真の倉庫。
いかにもレンズについて語るブログの体裁を作っていますが、
文章は、一読されたらお分かりのように、
完全な思いつきの垂れ流し。
実のところ、写真の撮り方も文章の書き方も完全に一緒、
実態は、私一人を読者に想定する、ただの絵日記というわけです。
本気になってお読みにならないようにお願いします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-19 22:28 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2032 散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)3 小川英紀展


「小川英紀展」~ヴォーリズ建築と神戸女学院の四季~
西宮市立北口ギャラリーで、11月13日(火)から18日(日)まで、
アートスペース萌芽で、11月23日(金)から12月2日(日)まで開催。

実は私の義兄です。
でも、優れた画家です。
芸術家にありがちな性格破綻は皆無。
ですから、「爆発だあ!」ということはありませんが、
実に安定して、優れたアートを楽しませてくれます。

水彩、パステル、鉛筆の魔術を堪能しました。
間近で見ると、かなりラフなタッチです。
ただの絵の具、パステルの点と線、鉛筆の一振り。
ところが、数歩バックしますと、
抽象の点と線が魔法のように、不思議な実在感を帯びた光景に一変、
樹木が、芝生が、人が、空が、ヴォーリズの建物が立ち上がります。
画家って、メタモルフォーゼの名人なのです。
でも、実は私たちの視覚そのものが同種の魔術を駆使して、
僅かなデータで、リアリティを組み立ててくれます。
画家はそんな人間の魔術的な視覚をうまく利用するのでしょう。

このあたりのアプローチの仕方は、
現代の写真レンズの理想とかなりかけ離れている感じがします。
肉眼を超えた精密描写で、なにものも切り捨てないで、
写真の中に写しとります。
私に言わせれば、あまりにも単純すぎます。
視覚の魔術を忘れて、なにもかも押し付けようとする感じがあります。
だから、その写真画像はどこか不自然なのです。
当たり前です。
人間の目に、人間の目が捉ええない過剰なディテールを提供するので、
人間本来の魔術的な視覚を押さえつけ、
奇怪な視覚像を押し付けて来るのですから。

私が今回オリンパスペンE-PL8に付けたCマウントレンズ、
マクロスイター26㎜F1.1は古いレンズだけに、
人間の肉眼による視覚を邪魔しない、という感じがします。

でも、その画像はほとんどの人にとっては躓きの石でしょう。
私は、これらの写真に幻想の生物たちを見いだします。
ほとんどの人にとっては、ただの樹木であり、石なのでしょう。
本ブログも別ブログ「わが友ホロゴン」もこんな写真を満載。
ほとんどの人にとって、意味不明の画像ばかりでしょう。

その証拠に、私のブログをご覧になった極めて少数の方からは、
「ブログを見ました」という言葉しか出ません。
私の写真についてコメントした方は実のところほとんど居ません。
10年も続けてきたのに、ですよ。
だから、私ははるか昔に、自分の写真は人には通用しない、
そう自覚することができました。
だから、人の目を気にせず、ますます安心して、
2つのブログを倉庫代わりに使うことにして、
自分の写真をいわば無制限に並べています。
とても気楽です。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-16 23:15 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2031 奈良町散歩(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)2 予見不能



クラシックレンズの性能についてさまざまに論じられています。
オールラウンドな性能を論じるレンズ研究者たちは、
絞りごとの性能、さまざまな撮影状況での性能等、
かなり沢山のチェック項目を真面目に検討しておられるようです。
多くの写真家の場合は、それぞれの撮影法のニーズに、
レンズがどれだけ応えてくれるかが最重要事項となりそうです。
写真雑誌などに投稿する場合、
どうしても一定の状況下での限られた撮影結果をチェックし、
そのような撮影結果を基にして、レンズ性能を判定する、
という手法にならざるを得ないようです。

私の見るところ、そのようなレンズテストは、
ほんのかりそめの参考にしかならない、そう言わざるを得ません。
私たちが撮影時に遭遇する撮影条件は、言わば、無限です。
そして、そのような撮影条件に対する特定のレンズの反応もまた、
無限のバリエーションがあります。
私はたかだか百数十本ですが、
長年の間、繰り返し繰り返し使ってきました。
だから、レンズの性能って、それぞれの人の人間性同様に、
限りなく変化し、変容する、と、
あるときは喜ばしく、あるときは苦々しく実感させられてきました。

レンズコレクターの多くは、実写にはほとんど使いません。
クラシックレンズは使えば使うほどすり減り、キズがつくからです。
ですから、入手後、せいぜいフィルム1、2本撮ってみたら良い方。
それで、レンズ性能を完全に見極めたような言動をとられます。
まあ簡単に言えば、「シャラクセー!」と言いたくなります。

ところが、私は私で、あらゆるレンズについて、
そのオールラウンドな性能を語る資格を持っていません。
なぜなら、99%、開放でしか撮らないからです。
写真家にとって、現場再現の決め手は、私とは大違い。
たいてい絞り込んだときの性能で勝負!
私は、現場の空気感、雰囲気を正しく再現、表現することなど、
まったく念頭にありません。
私の気に入った場所、もの、ひとがどういう風に化けてくれるか?
どう現場をメタモルフォーゼしてくれるか?
これこそ、私にとってレンズ性能のポイント。
現代のように、開放でも完璧な性能を保有するレンズでさえ、
現場の条件次第で、写真は肉眼を超えた雰囲気を醸し出します。
コンピュータ設計などなかった、手作業の時代、
レンズは、所期のレンズ性能を生み出すために、
レンズ設計の長所と短所をどうかみ合わせ、協力させるか?
という、いわば「間に合わせ」製作方針で作られています。
だから、無限の状況に対し、
無限の描写ヴァリエーションを見せてくれます。
とくに、絞り開放で、その変容性は最大限となります。
これが応えられない。
私には、こう写って欲しいというプログラムなどないし、
自分の作風、作品様式なんてものも皆無。
人がどう思うか、なんて、知ったことか!!!
という姿勢で、ひたすらレンズの暴れん坊将軍ぶりを堪能しています。

だから、とにかく外出したら、暇さえあれば、撮っています。
歩き出したら、もう撮影準備オーケー。
撮影地に向かって歩く、なんてスタンスはゼロ。

そして、絞り開放専科で撮ることには特別の楽しみがあります。
結果が予測できないこと!
絞りをF8に絞れば、目で見たままに撮れるかも知れません。
でも、絞りをF1.1にすれば、どんな風に写るか、など、
完全に人知の外にある、と言っても過言ではありません。
人間はそんな風に見える視角など持っていないからです。
いつも意表を突く結果になる、と言っても過言ではありません。

結果をコントロールしたい!
自分の作品を創造したい!
そう念願する写真家には無縁の境地です。
私のやっていることは、音楽家で言えば、
ジョン・ケージのようなものです。
ピアノをぶっ壊せば、どんな音楽になるんだろう?
誰にも想像できません。
じゃ、やってみよう!
そんな感じで、彼は作曲していったのでしょう。

私はレンズをぶっこわしたりはしませんが、
結果がいつも私の予想、予見を超えていることが嬉しい。
自分自身をコントロールし、撮影結果をコントロールしたい!
それが写真家なら、私はハナから写真家じゃありません。
レンズが、結果としての写真のすべてを決定してくれます。
私は安心してレンズに任せることができます。
それと言うのも、
クラシックレンズの場合、レンズが開放でどう暴れるか?
それは私の予測を完全に超えているから。
そして、その超え方は常に意外なほどに喜ばしい方向。
だから、楽しい!




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-11 22:15 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2030 そぞろ歩き(2018年3月26日マクロスイター26㎜F1.1が奈良町をのびのびと)1


若い頃、妻とよく旅行をしました。
海のある光景を好んで旅をしたと記憶しています。
旅をする人には好みがあるようです。
山を好む方も多いでしょう。
私も嫌いではありませんが、やっぱり、海がいい。
なぜ?
私が思うに、視界を、空を遮る山よりも、
視界を、空を遮らず、どこまでも果てしなく広がる海を前にすると、
心がひろびろと広がる思いを楽しめるからでしょう。

登山家もそんな気持ちを抱いているのではないでしょうか?
私は登山家であったことはありませんが、
九州の祖母山、青森の岩木山の頂上に登ったことがあります。
どちらも孤峰です。
どちらでも、山頂の僅か下を雲海が走りました。
まるで海のようでした。
でも、岬と違うのは、山頂がまるで鳥のように飛んでいる、
そんな錯覚を覚えることでした。
爽快と言えば爽快、怖ろしいと言えば怖ろしい、
でも、どちらかと言えば、
岩がごろごろで足下の不安定な頂上では、疲労も手伝って、
怖ろしさが勝っていた、そんな体験だったことを、
今でもまざまざと思い返すことができます。

海は違います。
いつも私の心を果てしなく開いてくれるようでした。
そして、あの海の向こうにも、人が住む大地がある、
いつか行ってみたいなあ、という憧れもこみ上げてくるのでした。
妻はちょっと変わっていて、
海を見渡す草原の斜面と見ると、ビニールを広げて、
帽子を顔にかけて眠りこんでしまうのでした。
私はほとんど昼寝をしない人間なので、
その横でいつまでも海を眺めるのが常でした。

潮岬の丘が最高だったと記憶しています。
潮騒の音はほんのかすか。
ただただ180度以上、海が広がっていました。
こちらの視角のせいなのですが、
海は中央でぐーっと盛り上がり、
視野の両角は下がって見えました。
「ああ、地球は丸いんだなあ!」
でも、これは錯覚。
物差しのような直線のものを掲げて見ますと、
海は視界前面に水平なのですが、そう分かっていても、
大海原はやっぱりぐーっと盛り上がって見えますね。

昔、ラジオで吉川幸次郎先生の講演を聴きました。
中国大陸で見渡す限り大地に立ったときの驚きを語っておられました。
四周はるかに見渡しても、なにもない!
太陽は東の大地から上り、西の大地に沈んで行く!

私は三峡下り2泊3日の旅を楽しんだことがあります。
三峡を過ぎて、
四周視野をさえぎるものがない平野に下って、
暮れ方となったときの光景を忘れることができません。
船尾の手すりから見渡す長江(揚子江)の水は大地一杯に溢れるようで、
しかも太陽の沈む西方に向かって涯しなくせり上がって見えました。
そして、その遥か彼方にぽつりと小さな小さな帆掛け船の孤影。

「故人西のかた 黄鶴樓を辭し
 烟花三月 揚州に下る
 孤帆の遠影 碧空に盡き
 唯見る長江の 天際に流るるを」 

李白が歌った歌そのままでした。

でも、吉川先生のお話では、そうした真っ平らの大地での、
平地に立つ人間の視圏は実はたった15キロ四方なのだそうです。
周囲に高原や山岳があれば、もっと見えるし、
こちらが高台に立てばもっと遠くまで見えるのでしょう。
でも、真っ平らだったら、7.5キロ先までしか見えないわけです。
空に浮かぶ雲だって、見える範囲は限られています。
「今日は雲一つない日本晴れだあ!」と心広々としても、
一つ山を越せば、どんな天候か、知れたものではありません。
思えば、人間って、スケールの小さな視野で生きているわけです。

今では、ネットで気象庁のサイトを見れば、天候の移り行きも、
雲の状態も分かります。
不測の事態に備えることがかなり容易になってきました。
でも、便利になった反面、人生の波乱が少なくなりました。
同じ軒の下に雨宿りして恋が芽生えるなんてこともありません。
「人生一寸先は闇」なんて言っていましたが、
「人生、予測できないことはどんどん減っている」って、
どこかつまらない、そう思いませんか?

電車に乗ると、未だに奇異を感じます。
80%の人が一心不乱に携帯を覗き込んでいる。
人生を豊かにする情報なんて、0.001%もないでしょう。
でも、人生の多くの時間を、
次の瞬間には忘れる情報の収集に費やしている。
現代の若者の50%は50歳になる前に、視覚に支障を来たし、
90%が自力でものを考える力を完全に喪失するでしょう。
「わたる世間はアホばっかり」時代が来るかもしれません。
独裁者が台頭する土壌が固まりつつある、そんな感じがします。

携帯はバッグの底にしまって、
秋の気配を体一杯に感じながら、
澄んだ秋空を見上げながら、
心を夢で満たしながら、
大きな気持ちで歩き回りませんか?

Cマウントレンズの雄、マクロスイター26㎜F1.1
いつも気持ち良く使えますね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-11-08 16:58 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

2029 水郷の初春(2018年3月10日スピードパンクロ35㎜F2描く近江八幡の幽玄)


若い頃、妻とよく旅行をしました。
海のある光景を好んで旅をしたと記憶しています。
旅をする人には好みがあるようです。
山を好む方も多いでしょう。
私も嫌いではありませんが、やっぱり、海がいい。
なぜ?
私が思うに、視界を、空を遮る山よりも、
視界を、空を遮らず、どこまでも果てしなく広がる海を前にすると、
心がひろびろと広がる思いを楽しめるからでしょう。

登山家もそんな気持ちを抱いているのではないでしょうか?
私は登山家であったことはありませんが、
九州の祖母山、青森の岩木山の頂上に登ったことがあります。
どちらも孤峰です。
どちらでも、山頂の僅か下を雲海が走りました。
まるで海のようでした。
でも、岬と違うのは、山頂がまるで鳥のように飛んでいる、
そんな錯覚を覚えることでした。
爽快と言えば爽快、怖ろしいと言えば怖ろしい、
でも、どちらかと言えば、
岩がごろごろで足下の不安定な頂上では、疲労も手伝って、
怖ろしさが勝っていた、そんな体験だったことを、
今でもまざまざと思い返すことができます。

海は違います。
いつも私の心を果てしなく開いてくれるようでした。
そして、あの海の向こうにも、人が住む大地がある、
いつか行ってみたいなあ、という憧れもこみ上げてくるのでした。
妻はちょっと変わっていて、
海を見渡す草原の斜面と見ると、ビニールを広げて、
帽子を顔にかけて眠りこんでしまうのでした。
私はほとんど昼寝をしない人間なので、
その横でいつまでも海を眺めるのが常でした。

潮岬の丘が最高だったと記憶しています。
潮騒の音はほんのかすか。
ただただ180度以上、海が広がっていました。
こちらの視角のせいなのですが、
海は中央でぐーっと盛り上がり、
視野の両角は下がって見えました。
「ああ、地球は丸いんだなあ!」
でも、これは錯覚。
物差しのような直線のものを掲げて見ますと、
海は視界前面に水平なのですが、そう分かっていても、
大海原はやっぱりぐーっと盛り上がって見えますね。

昔、ラジオで吉川幸次郎先生の講演を聴きました。
中国大陸で見渡す限り大地に立ったときの驚きを語っておられました。
四周はるかに見渡しても、なにもない!
太陽は東の大地から上り、西の大地に沈んで行く!

私は三峡下り2泊3日の旅を楽しんだことがあります。
三峡を過ぎて、
四周視野をさえぎるものがない平野に下って、
暮れ方となったときの光景を忘れることができません。
船尾の手すりから見渡す長江(揚子江)の水は大地一杯に溢れるようで、
しかも太陽の沈む西方に向かって涯しなくせり上がって見えました。
そして、その遥か彼方にぽつりと小さな小さな帆掛け船の孤影。

「故人西のかた 黄鶴樓を辭し
 烟花三月 揚州に下る
 孤帆の遠影 碧空に盡き
 唯見る長江の 天際に流るるを」 

李白が歌った歌そのままでした。

でも、吉川先生のお話では、そうした真っ平らの大地での、
平地に立つ人間の視圏は実はたった15キロ四方なのだそうです。
周囲に高原や山岳があれば、もっと見えるし、
こちらが高台に立てばもっと遠くまで見えるのでしょう。
でも、真っ平らだったら、7.5キロ先までしか見えないわけです。
空に浮かぶ雲だって、見える範囲は限られています。
「今日は雲一つない日本晴れだあ!」と心広々としても、
一つ山を越せば、どんな天候か、知れたものではありません。
思えば、人間って、スケールの小さな視野で生きているわけです。

今では、ネットで気象庁のサイトを見れば、天候の移り行きも、
雲の状態も分かります。
不測の事態に備えることがかなり容易になってきました。
でも、便利になった反面、人生の波乱が少なくなりました。
同じ軒の下に雨宿りして恋が芽生えるなんてこともありません。
「人生一寸先は闇」なんて言っていましたが、
「人生、予測できないことはどんどん減っている」って、
どこかつまらない、そう思いませんか?

電車に乗ると、未だに奇異を感じます。
80%の人が一心不乱に携帯を覗き込んでいる。
人生を豊かにする情報なんて、0.001%もないでしょう。
でも、人生の多くの時間を、
次の瞬間には忘れる情報の収集に費やしている。
現代の若者の50%は50歳になる前に、視覚に支障を来たし、
90%が自力でものを考える力を完全に喪失するでしょう。
「わたる世間はアホばっかり」時代が来るかもしれません。
独裁者が台頭する土壌が固まりつつある、そんな感じがします。

携帯はバッグの底にしまって、
秋の気配を体一杯に感じながら、
澄んだ秋空を見上げながら、
心を夢で満たしながら、
大きな気持ちで歩き回りませんか?

近江八幡ではいつも水郷を尋ねることにしています。
この日はJR駅からバスに乗り、ヴォーリス記念病院前バス停下車。
水郷に向かって歩きました。
先行者が右折して、水郷に突き出た島の方に向かいました。
私は、左折して、円山町の村落に行くつもりでしたので、
丁度トラクタで通りかかった農家の男性に尋ねました、
「あの島から円山町の方に渡れますか?」
「ああ、行けるよ」
地元の人の保証があれば大丈夫と、私も右折して、島に入りました。
孤独な椅子なんか撮って、「よかった!」
でも、いざ、円山町に向かおうと思うと、私たちが居る2つの島は、
小さな湾内に完全に孤立していました。
やっぱりiPhoneのマップで自分で確かめるべきだったなあ....
「バカとハサミと携帯は使いよう」というわけで。



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# by Sha-Sindbad | 2018-11-07 23:13 | SpeedPanchro35/2 | Comments(0)

2028 ほのかに(2018年2月28日スピードアナスチグマート25mmF1.5の奈良町はシックに)1 



近ごろ、そんな呼び方があるかどうか知りませんが、
「パワーウォーキング」に凝っています。
私は数年前心に決めたのです。
ローマ帝国軍の調練に倣って、ハードな訓練で身体の老化を防ごう!

さりとて、私は少年時代から青年時代にかけて、
完全な運動音痴の人間でしたから、
今更スポーツをする素養がゼロ。
そこで、ひたすら身体を動かす、全身の筋肉を満遍なく鍛える、
そんな方法しかありません。
55歳の頃からストレッチをほとんど一日も欠かさずやってきました。
その運動種目をどんどん増やしたのですが、
それだけでは足りないことは明らか。

となると、私にできることはウォーキングしかない!
一ヶ月ほど前でしたか?
とてもよいことに気づいたのです。
毎日の歩行量を増やすと、睡眠が一層深くなる!
もともと私は不眠にほとんどなったことがない人間です。
横になった途端に入眠し、朝も目を覚ますと、もう覚醒状態。
かつてはよく夢を楽しみましたが、近ごろは、それもなくなりました。
観ているのでしょうけど、思い出すことがありません。
もっとも、睡眠時間5.5時間の間に2回から3回小用に立ちます。
これも睡眠にはほとんど影響を与えません。
ぱっと目が覚め、横になると、さっと睡眠に戻れます。
私は、どうやら「睡眠名人」のようです。
ところが、ウォーキングを強化すると、
小用の回数が激減することを知りました。
3日ほど前に、2時間、休み無く散歩を楽しんだのですが、
その夜はたった1回というドラマチックな効果。
昨日もたった2回。

つまり、ウォーキングを強化すれば、
おそらく筋肉の老化も遅らせてくれるうえ、睡眠がさらに深くなる、
というダブル効用をエンジョイできそう。

ただし、今回はそうしたパワーウォーキング時代以前のロボグラフィ。
ソニーNEX-5にダルメイヤーの幻想レンズ、
スピードアナスチグマート25mmF1.5を付けました。
まあ、当時もスタスタ歩いていましたが、30分から1時間に1回、
必ず喫茶店で休憩して、ポメラでブログ原稿を書く習慣がありました。
今後もその習慣は捨てるつもりはありませんが、
歩行時間との割合は従前の1対1から2対1に移行しそう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-04 21:33 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2027 偶然的芸術史観(2018年5月20日エルマリート28mmf2.8もまた大和の神域をそぞろ歩き)




いつも写真家の仕事を拝見して思うことは、
写真家って、大変な難行苦行だなあ!

写真家に限りません、
芸術家として生き、かつそれで生計を立てようとすれば、
自分自身の感性に思う存分やりたい放題をさせるわけには参りません。
自分の芸術が多くの人にアピールし、その感受性を奮い立たせる、
という極めて難しい障害を乗り越えなければなりません。
そうでないと、生きていけません。

どうやら、自分の感受性、感性だけで相撲をとるだけでは足りない。
自分以外の感受性、感性豊かな鑑賞者たちの心を震わせるのは何なのか、
それが分かっていなければならないようです。
単純に言えば、自他のダブルスタンダードを備えている必要があるらしい。
芸術家たちは、そんな風にして、
いわば人類の完成をさらに一歩高める仕事をしてきたのです。

多くの芸術家が生存中にその条件をクリヤーすることができませんでした。
シューベルト、モジリアニ、ゴッホ、ゴーギャン等々....
でも、それができない限り、真の芸術家とは言えないと言うのは酷でしょうけど、
世界に無名である限り、彼のアートは誰の心にも届かず、
世界を啓発し、あるいは変えることなどできません。

シューベルトたちは、生存中はその使命を果たすことができなかったけど、
没後の世界はいつか彼らの芸術に追いついて、
彼らを真の芸術家として受け入れ、彼らの芸術は世界を変えたわけです。

でも、不幸にして、そのように誰にも見いだされることなく、
歴史上あちこちに、世界の片隅に残されたまま、
静かにこの世界から消えていった偉大な芸術があっただろう、
ということも推測できます。

逆に、生存中に世に容れられても、
「真の芸術家」の証明とは決してなりません。
生存中に社会に受け入れられ、飛ぶ鳥を落とす勢いを示した多くが、
没後、完全に忘れ去られるという現象は極めてありふれています。

簡単に例示すれば、何万という世に容れられた芸術家のうち、
後代にも「真の芸術家」として名を残す人は両手で数えられる程度!
他のほとんどすべての「成功した芸術家」は、
単に一時期流行した二流、三流の似而非芸術家に数えられてしまう、
という苛酷な現状が常に自称芸術家たちに襲いかかっています。

こんな風に考えていきますと、
芸術史上、至高の巨匠として名を留める偉大な芸術家たちは、
むしろ歴史上のさまざまな偶然に助けられて、その地位を確保した、
そう考える方が自然であり、現実的であると言えそうです。

上記のような考え方をさらに進めると、
以上のような偶然的芸術史観は、芸術史に限らない、
なんだか極めてありふれた、
つまり、どんな分野でも起こっている事象ではないか?
そんな風に感じられます。
歴史は、一群の極めて稀な偶然が重なった結果の連鎖、
そんな風に考えると、なんだか納得できそうな感じがします。

そうして、さらに我田引水的論理を進めると、
私たちが撮る写真だって、そんな極めて稀な偶然に支えられている、
そう考えるのが自然ではないか、という風に感じられます。

たとえば、私のエルマリート28mmf2.8によるロボグラフィ。
私、
レンズ、
奈良春日野のある瞬間の出来事、
これらが時空の一瞬、一点に交差した記録。




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# by Sha-Sindbad | 2018-11-01 23:31 | Elmarit28/2.8 | Comments(0)

2026 雨道(2018年5月24日キノプラズマート25㎜F1.5bで神社神域をそぞろ歩き)



我が家の周辺には散歩道が幾つも四方に延びています。
最寄りの神社の神域もその一つ。
私は神道など信仰していませんから、純然たる散歩道。
でも、別に祟りはないようです。

もう半年近く前の撮影です。
ここほど時期遅れの写真を並べているブログはないでしょう。
でも、どうせ誰も見に来ない、私の純然たる写真倉庫日記ですから、
私のやりたい放題と参りましょう。

キノプラズマート25㎜F1.5bをオリンパスEP-L1に付けました。
50㎜相当です。
Cマウントレンズには25㎜が極端に多いので、
私は見かけ上50㎜の標準レンズを一杯持っている計算になります。
それも、天下のボケレンズ、キノプラズマート50㎜の、
いわば代役のような役目を担って、張り切っています。

50㎜の方は100万を超すカリスマレンズになってしまいました。
25㎜は、50㎜が中天高く舞い昇る昇り龍のようになっても、
地味な、ただのCマウントレンズでしかありません。
おそらく桁外れに沢山作られたのでしょう。
でも、超小型で目立たないので、
フレア一杯のボケレンズとして、さりげなく使えます。
柔らかだけど、しっかりとしたピントで、
そのフレアのベールのどこかに神韻がかすかに響いている、
そんな気分になれる、手頃なレンズです。
私の大のお気に入り。


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# by Sha-Sindbad | 2018-10-27 20:37 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

2025 慣れた道(2018年5月14日トリプルアナスチグマート15mmF2.9西九条で幽玄に微笑み)



前回のスピードアナスチグマート25mmF1.5の弟分、それが、
このレンズ、トリプルアナスチグマート15mmF2.9です。
使う度に、なんだか、このレンズ一本ありさえすれば、
かなり楽しめるなあ、と心から感じるレンズがありますが、
このレンズもそんな中の一本。
正直なところ、ダルメイヤーのレンズの多くがそうです。
なぜなんだろう?
いつもその疑問を感じます。
私のように、いつも頭が茫洋とそよいでいる人間には、
ダルメイヤーのゆったりと余裕をとり、控えめに徹する、
なんだか自分から進んで、「わたしゃ、三流でござんす」
そう宣言して澄ましている、その他大勢風の境地って、
とても合っているようです。

こんな三流レンズと比較してみますと、現代のレンズたち、
「まるで縦から見ても横から見ても超優等生でございますね」
そんな超優等生たちに生涯沢山出会ってきました。
ついにそんな方と友人になることはありませんでした。
心を割って付き合いたいという気持ちになれないから。
古いレンズの中にも、ツァイスやライカのレンズに、
時折この種の思いを抱いたレンズに出会いました。
人を驚かせる冴えを見せるレンズたち。

私は、そんな驚きを感じるより、
「ああ、なんとも言えず親しみが持てるなあ.....」
と、心の奥底からなごみの気分が湧いてくる、
そんな描写をしてくれるレンズがいいですねえ。
トリプルアナスチグマート15mmF2.9の描写って、その好例、
私はそう感じるのですが、
そうは感じない方も沢山おいででしょう。
どんなものに好感を持ち、どんなものに持てないか?
人様々ですね。
それが人間の面白いところ、
そして、レンズの面白いところですね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-26 14:51 | Tri.Anastig15/2.9 | Comments(0)

2024 田舎道(2018年5月1日スピードアナスチグマート25mmF1.5が白毫寺道で静かに微笑み)


写真家は現実世界への透徹した視線を視覚化してくれる、
それがカメラ、レンズの役割であると考えるようです。
「鋭い視線」こそ、写真家にふさわしい。
見える現実、隠された現実、なんであれ、現実こそすべて。
現実を深く鋭く捉えるツール、それがカメラ、レンズ。

私はどうやら、そのような視線を求めたことがないようです。
写真は最初の最初から、夢世界でした。
最初から、勤務時間がない仕事でした。
仕事がある限り、昼であろうが、夜であろうが、
仕事に没頭せざるを得ない。
でも、そんなことをしていたら、私生活がなくなります。
無理にでも、仕事から心を引き離さなくてはならない。
その役割を担ったのが、写真でした。
写真で夢を見る、それが私の楽しみでした。

私の写真歴の第一期は、ツァイスレンズを道具としていました。
中でも、コンタックスのプラナー85㎜F1.5。
でも、私が購入したのは最初期のドイツ製でしたが、
開放ではどうしてもピントが来ないレンズでした。
だから、常にF2.8から5.6に絞っていました。
これでもボケ味は抜群でしたが、
現在私が盛んに愛用しているボケレンズたちのように、
開放でもピントは来るけど、それがフレアのベールに包まれている、
そんな魔術的なイメージとはほど遠いものでした。

私がCマウントレンズに魅せられるきっかけになったのが、
今回のレンズ、
ダルメイヤーのスピードアナスチグマート25mmF1.5。
本ブログに66回も記事を重ねて、今回が67回目。
ホロゴンに次ぐ量です。

赤裸々な現実世界に終始呼吸して、
この世界を少しでも良くしようと奮闘される方がおられます。
深く尊敬しますが、どこかで挫折して、ポキンと折れるのでは、と、
心配になることがあります。
そんな心配など一切なく生きてきたのも、
私がどんな所、どんな時でも、さっとファンタジー世界に滑り込んで、
心の澱をさりげなくクリーニングすることができたから、
私はそう感じています。
レンズたちに感じるのは、常に、
感謝。



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-25 12:08 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2023 雨道(2018年5月9日アポクロマート25㎜F2は雨の日の西大寺もキリリと)



日本史における最大の切れ者は誰だったか?
そんな設問がよく見られます。
そんな風に問われると、つい、答えたくなりますね。
本当の答えはこうでしょう、
「そんなことは誰にも分からない。
歴史上の人物を本当に知っている人など存在しないから」
私もそうですが、誰もが、知っていると思い込んでいる。
でも、それはどこかの聞きかじり、
ちょっとした知識の蓄積の中での比較に過ぎません。
誰も彼らに会ったこともないし、
本当のところ、会ったこともない一人の人間を
完全に知ることなど、誰にもできないからです。
でも、答えたくなりますよね。
どうせ完全な回答など出せないのだから、
せいぜい回答ごっこを楽しんだっていいじゃない?
という感じですね。

同じことがレンズにも言えます。
レンズ史上、最高の切れ味を持つレンズはなにか? 
使ってみたことのあるレンズの中での比較なら、
誰でもできます。
私の場合は、おそらく、
ハッセルSWCのビオゴン38㎜F4.5
でも、どなたかはおっしゃるでしょう、それは、
ゲルツのハイパーゴン75mm
友人が4×5判で撮った写真を見せてもらったことがありますが、
そのままカミソリに使えるほとの感触でした。
一瞬、辟易してしまって、「これは使いたくない!」
ビオゴンはそこまで行きませんが、
昔、法隆寺で母子をハッセルSWCでスナップしました。
若いお母さんとその膝にもたれる幼児、
まさにマドンナ像でした。
でも、愕然としました。
お母さんの膝あたりの抜けるように白い肌。
美しい肌を通して血管が透けて見えるのです。
この体験の直後に、私はビオゴンを処分してしまいました。

結局、一つ、私に言える結論があります。
人間もレンズも切れ味がよすぎるのは良いことではない。

キノプティックのアポクロマート群は極めて高価ですね。
私も昔、100ミリを手に入れたことがあります。
早々に売ってしまいました。
どうも切れ味が良過ぎて、私にはどうも合わない。
でも、Cマウントレンズは2本ばかり持っています。
その一つがこれ、アポクロマート25㎜F2。
確かにシャープなレンズです。
でも、画像には100ミリほどの鋭さはありません。
むしろ空気感をしっかり出してくれる感じがあって、
私はかなり好きですね。


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# by Sha-Sindbad | 2018-10-20 21:21 | Apochromat25/2 | Comments(0)

2022 夢のように(2018年4月25日キノプラズマート19㎜F1.5が奈良町を茫洋と過ぎり)2



友人から素晴らしいスピーカーを分けてもらいました。

  ウエスタンエレクトリック100F

ある販売サイトの惹句は、
「ガリ、ノイズのないクリアな真空管サウンドです。
構成は25Z6GT+25L6GT+6SN7GTの3球アンプです。
スタジオのスモールトーンモニターとして、
CD、パソコンなどのモニターとしていかがでしょうか?」

つまり、真空管のパワーアンプ付きスピーカー。
電話交換手の電話音声再生用に開発されたものだそうです。
つまり、通話者のどんな声、しゃべり方でも、
交換手がしっかりと聞き取り、応対できるように、
性根を入れて作られたようです。

私は、SP復刻盤、LPなどの、
モノーラル録音の再生専用スピーカーにしました。
再生スケールもかなりダイナミックで、
ぎっしり実の詰まった果実をかじる、
そんな感触、肌触り、歯触りがあって、
音の切れ味は抜群と言いたくなります。

我田引水と言われても、平気ですが、
キノプラズマート19㎜F1.9の写りに共通する、
そんな感じがします。

現代のレンズは、原則、プラスチックのモールドです。
銀塩時代のレンズは、原則、ガラスの研磨です。
プラスチックレンズは、原則として、完璧な設計。
癖がなく、パソコンソフトで画像処理するに適しています。
銀塩時代のレンズは、原則として、種々の癖があります。
つまり、完璧な設計ではありません。
癖だらけ、パソコンソフトで画像処理するに適していません。

しかも、職人の研磨次第で、個体差がかなりあります。
当たり外れがあるのです。
大抵の写真家は「当たり」を求めます。
私は、写真家じゃないので、「外れ」を求めます。
私が優等生が嫌い、むしろ落ちこぼれを好むようなものです。

一番顕著な例がヘクトール73㎜F1.9。
最初に購入したのは、写真家泣かせの落第生でした。
絞りによって、描写性が激変し、コントロール不能だからです。
でも、いかにもレトロな調子がたまりませんでした。

レンズ好きの友人から、「使ってみたいから、
是非譲ってくれ」と再三懇願されて、しぶしぶ譲りました。
彼が勝手に選んだCD3枚とほんの少しのお金を、
さも大盤振る舞いするかのように押し付けられました。
2、3ヶ月後、電話しました、
「どうだった?」
友人、しれっとした調子で、
「ああ、あれ、売りました」
私はそれ以来、この友人は避けることにしました。
自分の言葉に責任を持てない人は避けることにしています。

こんなことがあると、余計に、懐かしい気持ちが募り、
数年して、やっぱりどうしても使ってみたい、と、
ebayでかなりの美品を入手しました。
使ってみて、「あれっ?」と絶句。
とてもきちんと撮れます。
でも、その描写はかなり現代的で、
開放でも像が締まり、
レトロな味わいなど、影も形もありませんでした。
これが古代レンズです。
下手をすると、一本ごとに個性が違う。

もちろんレンズによって、製作者によって、
すべてがそうではありません。
ツァイスの場合はしっかり品質を管理していたようです。

キノプラズマートはどうだったか?
これはまったく回答不能です。
一種ごとに、1本使えたら、幸運そのもの。
だから、個体差など確認しようがありません。

それでも、私はもともととても運の良い人間です。
キノプラズマート25㎜F1.5は2本手に入りました。
違ったマウントですが、おそらくレンズは同じなのでしょう。

そこで問題です。
この2本に、描写に個体差はあるか?
回答は?
まるで分からない!
なぜ?
個性だらけ、メタモルフォーゼだらけだから!
19㎜も同じようです。

これがいわゆるビンテージレンズの醍醐味です。
撮影者は、撮りたいものは即座に分かるけど、
それがどう撮れるか、見当がつかない。
どう撮れるか予測、期待はするけど、
大抵の場合、そんな予測、期待を裏切って、
というより、予測、期待を見事ぶちぬいて、
思いもかけない画像をプレゼントしてくれるのです。

ですから、「これは私の写真です」なんて、
おこがましくて、とても言えません。
いつも、レンズたちに撮ってもらっている!

大抵の写真家が自分の傑作を前にして言う言葉は、
「私が思ったように撮れました!
私の作品がこれです!」
だから、作家なのでしょう。
私が自分の愛する写真たちを前にして言う言葉は、
「私が思わなかったものが撮れました!
私の写真はすべてレンズの賜物です」

ここでも、そんな賜物を並べています。



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-17 14:14 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

2021 夢のように(2018年4月25日キノプラズマート19㎜F1.5が奈良町を茫洋と過ぎり)1


10月10日水曜日、
4歳の孫プリンセスの保育園運動会でした。
彼女は3歳児クラスに属しています。
上から3級目。
丁度中間のクラスというわけです。
誰でもそうでしょうけど、彼女は負けず嫌い。
とりわけお兄ちゃんには負けたくない。
なんでもお兄ちゃんと同じことをするつもり。
おかげで、どんどん早熟になります。
お兄ちゃんの運動会得意種目は駆けっこです。
負けたことがないようです。
そこで、妹の孫プリンセスも負けられません。
昨年、まだ2歳児クラスの初めての駆けっこに勝利。
「がんばったね、どうだった?」
彼女、毅然と胸を張りました、
「うん、勝つつもりやったから」

今回の運動会でもプログラム3番が駆けっこ。
さほど大きくない運動場の4分の3周です。
コーナーが2つあります。
前回は4分の1の直線コースでしたから、
足の速いのが順当に勝ちますが、
今回は、コーナーの取り方、曲がり方で逆転があります。
「どう、今回も勝つつもり」
彼女静かにうなづきました、
「うん、勝つ」

「用意、ドン!」で走り出しました。
最初からトップです。
ニコニコ笑いながら走る子もいるのに、彼女は真剣。
第1コーナー、第2コーナーどちらも一番内側を回り、
最後の長い直線コースをぶっちぎりで走りきりました。

幼児の場合、「駆けっこ」がスピード競争であると、
理解できていない子がまだ見られます。
それから、走り方も手足をはじめ全身が走る動作になっていない、
両手両足がバラバラという子もまだ居ます。
孫プリンセスは、足の速いお兄ちゃんをいつも追いかけているので、
走るという動作がしっかり身についています。

それにしても、近ごろの保育園、小学校の運動会で思うのですが、
低学年までは、なんでも男女平等で、区別無く、一緒にやっています。
1年の孫プリンスがたしか2年と一緒にダンスをしました。
男の子もしっかり踊ります。
最初から最後までさまざまな協同動作の振り付けなのに、
まごついている子は見あたりません。

私など、ついにダンスなどしないまま成人しました。
運動という運動をしっかり出来ないのに、平気で成長しました。
後悔しています。
孫たちは、水泳教室に通い、学校でもさまざまな協同動作を教えてもらい、
そのうえ、孫プリンスは小学校入学とともに少年野球に入団しました。
昔風に言えば、文武両道の達人になれる可能性の扉を開いてもらっている。
うらやましいですね。

私は生涯のおよそ3分の2を運動音痴で過ごしてきました。
別に不自由はなかったのですが、今頃になって、気づいています。
写真撮影にしても、揚琴、二胡、リコーダーの楽器演奏にしても、
頭でやるわけではありません。
頭と身体の協同動作でやらなければならない。
幸い、20年前に、膝がなんだか弱くなったのに気づき、
それ以来、病気(ほとんどしません)のとき以外は毎日、毎日、
自分の考案したストレッチコースを続けてきました。
全身の関節を自由にかつ素早く動かす訓練をしていました。
おかげで、かなり敏捷性を高めることができました。
手の届く範囲でモノが落ちたりすると、必ず自動的にキャッチします。
足も疲れを知らぬ、というと大げさ過ぎますが、それ近い状態で、
早足で一日中歩いても(これも時々休み休みですが)疲れず、
翌日に疲労が残ることはありません。

まだまだ孫たちに負けるわけには参りませんから、
できるだけ足を使いたいのですが、
今日は休息日としました。
MacbookAirの容量が小さいので、さまざまに作業していますと、
空き容量がほとんどなくなって、その辺りの整理をして、
ハードディスクに作業スペースを作らなければなりません。
その作業日に充てることとし、音楽を聴きながら作業。
友人がつくってくれたトールボーイ型の小型スピーカーで、
CDやYouTubeの音楽を囂々と鳴らしながら作業します。
片手で軽々持てるほど軽量で、
たった10㎝の口径の小型スピーカー1個で鳴らすのですが、
私のたった5.8畳の書斎がコンサートホールと化し、
ピアノやヴァイオリンは演奏者が我が家に来た感じ。
ホロヴィッツが少し腰を動かしたときに、
椅子の革がかすかにきしむ音まで聞こえるのですから、
怖ろしいほどに上質のスピーカー。

実物大のひずみのないクリアーで艶やかな音楽が響き渡り、
大オーケストラの交響楽となると、
私の方がホールに瞬間移動した感じで、
目をつぶると、巨大なホール空間の中心にいるかのよう。

今、ホロヴィッツ「ドメニコ・スカルラッティ・ソナタ集」
私はグランドピアノから1mほどの場所で、
ホロヴィッツの明晰極まりないピアノサウンドに、
全身を包まれている感じ。

その恍惚感に高揚しつつ、マックで、キノプラズマート19㎜F1.5の、
たゆたう幻想のロボグラフィをブログ搭載用に小型化しています。
幾度も書きましたが、
このレンズ、正真正銘のボロを買い入れたのですが、
大阪のマツモトカメラの松本さんにオーバーホールしていただいて、
黄金色に輝く超小型キノプラズマートに生まれ変わりました。
チビレンズ中の最愛のレンズ。
描写はこのとおりのボケ描写です。
なおさらに、可愛い!

文章を書き終えて、
千住真理子さんの「感傷的なワルツ」に換えました。
これまで、書斎では、CDはほとんど聴かず、YouTubeばかりでした。
パイオニアのユニバーサルのCD,DVDプレーヤーという安物だし、
マックで作業しながらの「ながら族」にはYouTubeで十分。
そう思っていたのですが、バカ、バカ、バカ!
YouTubeはCD音質でも供給されていると思っていたのに、
CDとはまるで比べものにならないほどの劣悪音質だった!
千住真理子さんがそこ、私の3mほど向こうに居て、
デュランティを颯爽と奏でているではありませんか?
彼女のザ・シンフォニーホールのコンサートを少なくとも5回体験。
でも、座席は、大抵、10mほど離れていました。
その実物サウンドを遙かに凌駕する情報量なのです。
ストラディヴァリって、
こんな豊かで、こんなに生彩溢れる、芳醇なサウンドなんだ!

私の人生は、さまざまな喜び、楽しみに恵まれてはいますが、
ひっそりと静かな生活の日々でした。
これからは違います!
世界の偉大な演奏家たちと手を携えて歩むことが出来る!



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# by Sha-Sindbad | 2018-10-13 23:22 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

2020 いつものように(2018年4月16日パンタッカー40㎜F2.3奈良町に変幻行脚)2 生命エネルギー



世界中に人間が何人いるか?
誰も数えることなどできるわけがありませんが、
ネットの記事によれば、どうやら75億を超えているそうです。
75億!!!???
人口が増大するにつれて、子供を産める年齢層が増えるので、
人口はグングン増加するのが当然です。
でも、怖いほどの人口増加ですね。
今、この瞬間に75億の人間たち、なにをしているのでしょう?
神様は一人一人ちゃんと把握なさっているのでしょうか?

私は奈良に住んでいます。
出かける先はたいてい大阪。
どちらに行っても、今では、老人だらけ。
若者と見ると、海外からのツーリスト。
中国人が圧倒的に多いようですが、
こちらは、若い人、若い夫婦、親子連れが多いようです。
まだ高齢化は少し先のようです。
高齢者も混じっていますが、老若男女、みなさん元気です。
キツい陽光などちっとも苦にならないようで、
ほとんど帽子なしに、大股で歩いています。
日本人よりも歩幅がちょっと広い傾向があるようです。

実際に3、4年前はひっそりと寂しい町でした。
みんなで揃って静かに老いてゆく、そんなムードでした。
もし海外からのツーリストが来なかったら、
奈良はさらに寂しい町に成り果てていたでしょう。
今、奈良のストリートを支配する気分は変わりました。
かなりエネルギー感が戻ってきたようです。
私だって、歩幅が伸びる感じ。

18世紀でしたか、19世紀でしたか、
イングランドの80歳を超えた老公爵は、毎夜、
18歳ほどの若い女性たちにベッドに入ってもらいました。
一緒におねんねするだけなのですが、
それが彼の長生きの秘訣だったと言います。
私が奈良のストリートで感じるのも、
若者の生命エネルギーを吸収して、
「こりゃ、がんばらなくちゃ!」というところでしょうか?
まだ、それほど老いたつもりはありませんが...

さて、パンタッカー40㎜F2.3。
ますます枯れた味わい。
キリッとした画像を求める方には、
たまらない駄写真の羅列でしょうね。




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# by Sha-Sindbad | 2018-10-09 21:54 | PanTachar40/2.3 | Comments(0)

2019 いつものように(2018年4月16日パンタッカー40㎜F2.3奈良町に変幻行脚)1 映画用レンズ

 
アストロ・ベルリンのF2.3シリーズは私の大のお気に入り。
アストロ・ベルリンは映画用レンズとしてトップクラスであった、
そう言われます。
その基本的な理由の一つが、同じ絞りのシリーズごとに、
描写性が一定していて、焦点距離の違うレンズに取り換えても、
レンズを換えたことがわからないことにあると言われています。
現像後に映像に修正を加えることなどほとんど無理だったからです。
描写性が変わると、気分が、雰囲気が変わってしまいます。
現代のデジタルカメラ時代と異なり、
使用レンズ、カメラマンによる露出等の調整が極めて重要でした。

私は、かなりの数の映画用レンズを愛用していますが、
描写性は各社かなり違います。
その上に、使用の程度、経年変化などが関係するのでしょう、
パンタッカーF2.3シリーズのレンズ同志でも、
かなり画像の性格はヴァラエティに富んでいます。
40㎜は1930年代の古い製品のようで、
手に入れたとき、もう惨めなほどにくたびれた姿でした。
つまり、使い倒された末路、といった風情。
私としては信じたいですね、
この40㎜はそこまで愛用したくなる魅力一杯だった!
2回に分けて、そのあたりを検証してみましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-10-05 21:26 | PanTachar40/2.3 | Comments(0)

2018  欠陥と多様(2018年3月3日キノプラズマート25mmF1.5aが新大阪で一仕事)



私はアイリッシュフォークが大好きです。
妻がダブリンに短期語学留学をしたときに、
お土産に、数枚のアイリッシュのCDを持ち帰ったことが始まり。
とりわけダブリナーズに夢中になり、未だに愛聴しています。
なんとも言えないようなペーソス、哀愁が漂っているのが魅力。
そんな大好きな曲ばかり楽譜をネット検索して、
数十曲、プリントアウトして、リコーダーで楽しんできました。

そして、なんとも言えず、滑稽な傑作的失敗を今日発見しました。
数日前、その中から4曲、最愛の曲を選択したのです。
① No man's land
② Green Fields of France
③ The Field of Athenry
④ Hard Times, come again no more
みんな哀しい曲ばかりです。
今日思いついて、歌詞を検索しました。
そして、2つの発見!

まず、第1の発見。
①と②は同じ曲だった!
①はホ短調、②はニ長調。
どちらがオリジナルの調性か、知りません。
かなりアレンジがあるうえ、調性が違うと、
曲の気分ががらりと変ってしまっているうえ、
②の楽譜には歌詞がついていなかったことも手伝って、
まったく気づきませんでした。

そして、第2の発見。
④はアイリッシュじゃなくて、
フォスターの名曲だった!
フォスターもアイルランド移民の子孫です。
彼の在世当時のアメリカでは、
出身国ごとにかなり一地区に集中して暮らしていたようです。
だから、アイリッシュの民族音楽の香りが、
フォスターの音楽にもかなり色濃く残されているようです。

今回、ブログに書きたいと思ったことは、
①のことです。
私のブログで起こっているのも、まさにこの①の現象だ!
そう直ちに悟りました。
私は、たった一つの撮り方しか知りません。
限られた、同じ場所ばかりをうろついて、
できるだけ近づいて、撮りたいものだけを撮る。
主題もたった一つ、路傍写真だけ。
もし同じカメラ、同じレンズで撮っていたら、単調そのもので、
私自身、あっという間に飽きてしまったでしょう。

写真家はいくつもの撮り方、いくつもの引き出し、
いくつもの主題をもっています。
だから、よい写真家はいくつもの引き出しから、
その場にふさわしい撮り方を選び出して、
豊かな写真世界を構築します。

私はそんな芸当ができません。
私という人間が「これは良いな、撮りたいな」と直観したとき、
シャッターを切っています。
そして、私はかなり性格が一定しています。
子供の頃からほとんど変っていない、そういう人もいます。
いきおい写真も本質的に一本調子の作風。
でも、私はちっとも飽きません。
その理由は、一つ、バリエーションの源泉がある!
レンズが違う!

レンズを沢山駆使する写真家は離れ業を見せます。
カメラ、レンズを取り替えても、自分の作風を維持できます。
私はいつも私。
でも、作風なんてありません。
レンズの画角と風合い、描写性がそれぞれに独特なので、
少なくとも私にとっては、違った写真が撮れて、
私自身はちっとも退屈しないという寸法。
他の人がどう感じるか、これは別問題。
私の問題ではありませんが、全然人が来ないところを見ると、
退屈以前の問題、写真そのものが無意味としか思えない、
そんなところだろうと推測しています。

数年前までは、最上のレンズ10本ほどを残して、
残りはさっさと売り払って、老後の生活に充てよう、
そう考えていました。
今は違います、
できる限り、レンズの違いを味わい続けよう!
そんな気持ち。
かなり財政的には窮屈なのですが、旅行その他の遠出をやめ、
近場だけをうろうろし、ご馳走など食べない、
というようなポリシーで対応しています。

こんな人間には、私の撮り方は絶好。
沢山のレンズを取っ替え引っ替えしますが、
レンズ一本一本に習熟し、向き不向きに合わせて、
撮り方、撮る場所を変える、なんてことが一切できません。
また、それをするつもりもありません。
だから、上記のアイリッシュ事件と同じことが起こります。
同じレンズを使っても、そのレンズの特性、癖、描写性など、
ちっとも体得しません。
かなり欠点が内蔵されているせいでしょう、
ときと場合によって、描写性も一変するのが古レンズ。
おかげで、いつも、「ああ、このレンズ、意外に面白い!」
これ一点ばり!

レンズを駆使するのが写真家。
レンズに撮ってもらうのがど素人。
私は「ど素人」の域から脱することはついに無いままですが、
それこそ大歓迎の事態と言うわけです。

今回は、キノプラズマート25mmF1.5aが活躍。
もともと描写性が一定しないレンズですが、
そんなことに頓着しない私が使うので、
予測不能にノビノビと崩れてくれました。
不完全描写こそ、私の楽しみであり、
私の処世術ということになりそうです。
 




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-30 11:45 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2017 (2018年4月3日ヘクトール28mmF6.3の奈良町もまた)2 東は東


ヘクトール28mmF6.3は、今を遡ること80有余年前の1935年に発売された、
ライカ初の28mm広角レンズですが、
素人が使いこなせる広角レンズとしては35㎜が限度でした。
28㎜なんて、超広角だったわけです。
それが今では、私のような素人がホロゴン15㎜F8を愛用する!
時代は変わったものです。
私が写真クラブに入った当時は、モノクロームプリントが主流でした。
そして、トリミングが最も有用な技法とされていました。
28㎜はとても便利だ、そう言われていました。
なぜ?
ばっと大まかに撮っておいて、
後でゆっくり考えて、その中から作品を切り出せばよい!
私は最初の最初から、この考え方が大嫌いでした。
そんなの、自分で撮った作品だなんて、言えないじゃないか?
だから、最初の最初から、ノートリミングが基本でした。
ずっと今までその姿勢を守ってきました。

それがデジタル時代になると、どうでしょう?
さらにその傾向は強化されつつあります。
とにかくRAWで撮っておきなさい。
なんなら、何枚も露出を換えて連写しておきなさい。
あとで、ゆっくりとPhotoshopのような画像処理ソフトで加工すれば、
想像を絶する素敵な作品を創り出すことができます。

昔は、そんなことができないので、
カルティエ=ブレッソンのように、撮り返しのきかない一回性こそが、
作品性の基盤でした。
その場で、その瞬間、私しかこの光景を写し撮ることはできなかったんだ!

写真作品の性格が完全に変わってしまったのです。
私には、今、私が目にしているいわゆる写真芸術のほとんどは、
単に写真を媒体とするけど、写真とは全く異質のアート作品です。
私が、自分だけで自分の写真を楽しむことに決めたのは、
ドキュメント性を持たない写真作品なんかに、まるで心が動かされない、
という体験を重ねてきたからです。
今、写真家がプロもアマも爆発的に増加しています。
徒弟的修業時代から次第に創造性のある作品を作れるベテランへ、
というルートは、ほとんど不要となってしまったようです。
なんの修業もなく、写真作品が作れる時代になってしまったからです。
年季も経験もへったくれもない時代。
アイデアだけで勝負できる時代。

結局、私は時代遅れなのでしょう。
でも、現代の潮流に乗る気持ちなどありません。
勝手に無人島で一人好きなことをして楽しもう、という心境。
清々しい気持ちです。

ヘクトール28㎜F6.3は、不器用なレンズです。
明るいレンズには、いわばイマジネーションが働く自在性があります。
被写界深度が違う幾段階もの絞りを駆使すれば、
面白く意外な描写を楽しめます。
F6.3だと、もうハナからパンフォーカス一点張りです。
とてもリアルな写真一点張りということになってしまいます。
まあ、それもいいでしょう。
私が目の前にしていたのはこれだったんだ、と、
いつも撮影の瞬間を思い出すことができるからです。

ここでも、東は東、西は西、ですね。
不器用で創造性のない平凡人間は、
写真にあんまり高望みしない方がよいのです。
想像力も創造力もない人間を、
カメラが創造性豊かな写真作家にしてくれる、
なんて起こりっこないのですから、ね。





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# by Sha-Sindbad | 2018-09-27 18:14 | Hektor28/6.3 | Comments(0)

2016 (2018年4月3日ヘクトール28mmF6.3の奈良町もまた)1 秋山小兵衛



ヘクトール28mmF6.3、ライカ最初の28㎜レンズです。
私もかなり気に入って、
私のブログでは、超広角レンズが激戦区であるにも関わらず、
すでに11回記事をアップしております。
しかも、他のレンズと比較すると、かなりコメントが多い。
どうもクラシックレンズ界では穴場的人気を博しているようです。

このレンズ、開放値が6.3もあるので、
銀塩フィルム時代はこれが大変なネックになっていたようです。
でも、デジタルカメラ時代には、この程度の開放値は平気。
感度を上げればよいだけのこと。
おそらく大抵のカメラマンは単体の28㎜等広角レンズを使うとき、
少なくともF8に絞り込んでお使いでしょう。
どんなレンズも原則として、
絞り込むとさらに高画質になるからです。
そうなのでしょう。

私に関する限り、絞り込む必要はまるでありません。
私はむしろ低画質を求める傾向があるので、
高画質になるのはかえって迷惑なのです。
一度位はF8に絞り込んで使った記憶がありますが、
光学ファインダーが装備されていないソニーα7では、
絞り込むと液晶が見にくくなるので、結局、開放に戻りました。
開放で十分過ぎる超高画質のレンズです。
周辺光量落ちもあって、主題を目立たせやすいレンズ。
完全パンケーキ型で、さりげなく使えますから、使い勝手もよい。
これからもっと撮ってあげましょう。

多くの写真家にとって、クラシックレンズは、
作風の豊かさ、ヴァラエティを増加するための武器になります。
私のようにただのど素人芸写真の場合、
周辺光量落ちもあいまって、なにも工夫しないでも、
レンズの味わいだけで見甲斐のある光景をプレゼントしてくれます。

私は30年余前、終の住処にと、選んだ地が奈良でした。
私のかつての写真の師匠、田島謹之助さんは、
「東京がいいよお、世界の芸術が居ながらにして楽しめるよ」
私もその利点を認めるにやぶさかではありませんが、
ただし、私は絶対的な不利があるので、羨ましいとは思いません。
どんな芸術も、一人で相対したい、それが私の気持ち。
沢山の群衆と一緒に味わいたいとは絶対に思わないからです。
群衆がぜんぜん気にならない人が沢山居られるようです。
どんなところでも集中できるなんて、便利な方ですね。
でも、私は羨ましいとはまったく思わない。
どんな芸術も、たった一人で向かい合いたい、それが絶対条件。
私は目の片隅にでも、耳に入るかすかなサウンドでも、
背後の秘めやかな気配でさえも、我慢がなりません。

奈良が嬉しいのは、人が少ないので、
そんな孤独な境地を楽しめる場所が多いこと。
誰が複数の恋人とデートをするでしょう。
ロボグラフィだって同じ。
ロボグラフィに向かい合うとき、一対一でありたいものです。
それができるのが、奈良。

ヘクトール28㎜F6.3のロボグラフィは、
私が使う他のレンズとはちょっと趣が違いますね。
池波正太郎の「剣客商売」の主人公、
秋山小兵衛は子供のように小柄、
おそらく時代劇上一番冴えない外観の持ち主。
でありながら、負けることを知らない名剣士。
ヘクトールも形は超小型なのに、描写はゴージャス。
剣士の切れ味、横綱の存在感が漲る描写。
秋山小兵衛並みに力を内に秘めた名剣士ぶりにしびれます。






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# by Sha-Sindbad | 2018-09-25 16:56 | Hektor28/6.3 | Comments(0)

2014 春爛漫の陰で(2018年4月1日オルソスティグマート35mmF4.5は奈良町にひっそりと)2 いぶし銀

見事なストリート写真を撮れる友人が数人居ます。
これは才能がなければできない離れ業です。
いくら努力しても、そんな写真は撮れません。
カルティエ=ブレッソンと来たら、
まだ、ストリートフォトなどというジャンルが確立せず、
ストリートフォトの典型例となるような作品もない時代に、
発売されたばかりの頃のバルナック型ライカで、
いきなりカルティエ=ブレッソンを撮り始めました。
1930年代初期の作品群には、
カルティエ=ブレッソンの写真人生の頂点となるような、
最上のストリートフォトが数多く含まれています。
カルティエ=ブレッソンがバルナックライカに出会ったこと、
これは写真史における最重要の事件の一つでした。
才能と道具が揃ってこそ、名作が生まれるのでしょう。

私は、スナップ写真の傑作はたった1枚ものしただけ。
写真の神様は私に人生最高の運を下さったわけです。
もう1つ下さった運があります。
現状をすなおに是認する才能。
「なにくそ!」精神は私にはありません。
「これでいいねえ」精神ならふんだんに恵まれました。
こんな人間がクラシックレンズに出会って来た訳です。
「なにくそ!」精神、「もっと光を!」精神の持ち主なら、
私の安物レンズたちのほとんどに満足できないでしょう。
でも、私の「これでいいねえ」精神なら違います。
数千円で落札したボロ玉もあります。
みんな独特の写りを私にプレゼントしてくれます。
ただ目の前にあるものを撮っただけなのに、
クラシックレンズたちが楽しく脚色してくれて、
私の望み通り、というか、望みを超えた、というか、
とにかくメタモルフォーゼをプレゼントしてくれます。
かなり多くの写真ブロガーが去って行ったようです。
多くの方は、自分の写真を自分で楽しむ、というより、
写真を通じて、多くの人々との交流を楽しむスタンス。
私はひたすら私自身との付き合いに徹するつもり。
写真を通じて自分の人生を楽しみたい、
自分の人生を記録したい、
絶えず文章を書くことで、絶えず思考し続けたい。
そんな日記を公開しているのは、
もしかすると、誰かがアクセスするかも知れない、
そんなとき、デタラメなところは見せたくない、
という緊張感を保つため。
これがボケ防止につながればよいが、というスタンス。
楽しきかな、人生!!

最後に、オルソスティグマート35mmF4.5のこと。
どこと行って、突出したところはありません。
ひたすら地味に、実直にロボグラフィと付き合ってくれます。
購入した当初の試写数回で、
このレンズは要らないな、そう感じていたのです。
でも、近ごろは「このレンズ、付き合い甲斐がありそう」
という印象に変わりつつあります。
人間と一緒ですね。
じっくり付き合ってみて、はじめて真価が分かる、
そんな類の人が居るらしいし、
そんな類のレンズがあるらしい。
私が歳をとってきたせいでしょうかねえ?




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-23 10:24 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2015 (2018年4月2日バルター35mmF2が西大寺に繰り出した)落ち着き


8月31日肋骨1本を骨折して、丁度3週間経過の一昨日から、
朝のストレッチを再開しました。
お布団の横にヨガマットが敷かれています。
以前は4㎜1枚でしたが、
数年経って、なんだかぺちゃんこになった感じで、
6㎜のマットを新調しました。
ところが、このブラックマット、なぜかネトネトと湿っている。
やむなく旧マットを上に敷き、二重にしました。
これがなんだか運動しやくい感じで、大成功。
今回は、肋骨骨折治癒後なのですから、漸進的に始めるつもりでした。
ところが、取りかかってみると、なんのことはない、普段通り快調。
150数えるブリッジも、20数える腕立て伏せも、
60往復の両手を左右に振って、脇腹を強く叩くスペシャルも、
なにもかも普通にできました。

骨折部位は、治癒後、前よりかえって強くなると聴いたことがあります。
ネットで調べてみると、最初の2つの質問記事に回答した医師はそろって、
そんなことはない、太くなったように見える部位も元に戻り、
帰って骨折しやすいケースもある、とのこと。
要するに、以前にも増して注意しながら生活すること、
これしかないようですね。

さて、今回は、ボシュロムの映画用レンズ、
バルター35㎜f2
ソニーα7に付けました。
スピードパンクロと双璧とされた映画レンズのようですが、
スピードパンクロとバルターは実に対照的。
動と静
男性的と女性的
硬派と軟派
さまざまな対比ができそうです。
私は性格的にはスピードパンクロをより好みますが、
気分次第で、バルターの柔和な表情にうっとりしたりします。
アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは、
コントラストを彼の存在論の基本概念の一つとしています。
コントラストが機能する限り、宇宙を組成する基本分子は、
他の分子とありとあらゆる態様で関わり合い、機能できます。

そんな意味で、この同時代に活躍した2種の映画用レンズは、
映画の求めに応じて生まれるべくして生まれたのかも知れません。
私の好みがあるために、スピードパンクロに傾いていますが、
今回は、バルターの落ち着きある描写を楽しむことにしましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-22 14:59 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2013 地味に(2018年4月1日オルソスティグマート35mmF4.5は奈良町にひっそりと)


私の書斎はたった5.8畳、天井も低い、北向きの部屋です。
一生金儲けとは無縁の人生を送った人間です。
粗末な一戸建ての家を購入して、その1階北側を広げて、
その上に小さな書斎を付け加えたわけです。
隠居小屋にふさわしい隠れ家です。
友人のつてで、腕の良い大工さんにお願いしたので、
かなりがっしりと作っていただき、そのお陰で、音が洩れない。
夜中でも楽器を練習でき、音楽を囂々と鳴らせます。
階下の部屋でもあまり聞こえず、戸外には全然洩れません。
幾度か確認したので、安心できます。

タイムドメインの砲丸型のスピーカー2種4本を床に置いて、
散々に楽しんでいたのですが、
別ブログに書いた経緯で、廃品回収業者に出してしまいました。
フロアがさっぱり空いたので、
スピーカーと安楽椅子(ドラマ鑑賞用)が遮っていた
東側の壁面に設置した書棚に自由に近づけるようになりました。

以前に書きましたが、
一冊だけの私家版写真集を40数冊作っていますが、
棚に並んでいたこの写真集たちに目が止まり、
その一冊「××××写真集27 ロボーグラフィ序説」を取りだしました。

前にも書きましたが、大阪長居の雲雀屋製本所による
布装固表紙の完璧な造本に包まれて、一応出版物そこのけの造りです。
14年前の製本ですが、新品同様です。
そして、開いてみて、びっくり。
現在のぼけぼけ、ぼんやりのロボグラフィ写真とは段違い、
銀塩ポジ写真。
昇華型熱転写プリンター、オリンパスP-400による最高のプリント。
一枚一枚、いつどんな状況で、どのレンズで撮ったか、記憶しています。
自分で言うのもなんですが、光彩陸離として輝く写真たち。
ああ、私も変わったものです。
いわば傑作写真集という体裁なので、私がブログで展開しているような、
日々の道行き写真たちとはコンセプトも志も違います。
制作当時、一回か二回のぞいただけで、ずっと書棚に埋もれていたわけです。
写真家でもないど素人がいかにも写真家といった思い入れで作るのです。
当時考えた志は、将来、過去を思い出したくなったときのよすがにしたい。
まさにそんな思い入れで、今日、20年以上前の写真たちと向かい合いました。
なつかしいですね。
40冊ばかり本棚を占領しています。
ずっと忘れていました。
これからはぼちぼち付き合ってあげましょう。
誰と?
過去の私と。

今回は、オルソスティグマート35mmF4.5です。
かなり地味なレンズです。
私のように、しみじみとした、じゃなく、
地味地味、じめじめとした路傍写真を撮っている人間には、
かなり似合った第二級レンズ。
心にがっと食い込んで来る衝迫力はありませんが、
どことなく懐かしい情感があって、
実のこもった写りをしてくれる、そんな感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-15 22:00 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2013 感じる(2018年3月31日キノプラズマート25mmF1.5bが鶴橋の路地で)


写真を長い間楽しんできて、又、様々な写真を見て、
人間についてもいろいろと学ぶところがあったようです。

私の学んだことを簡単に整理してみますと、
「① 人間は目の前の情景の一部しか見ていない」
「② 人間は、同じものを見つめても、違った見方をしている」
「③ 人間は、見る物に自分の衣を被せている」

上記の結果として、
「私が自分の気持ちで撮った写真を、
私と同じように観てくれる人はほとんど居ない。」

私の結論は、
「それで良い!
自分の写真は自分一人が理解し、楽しめたら、それで良い」
写真家は、写真で生きて行こうとする限り、それでは務まりません。
このなんだか独我論に近い写真観を乗り越えて、
多くの人が観たいと望む写真を撮るという難題を、
さまざまな方法で解決しているようです。
私は初手から、そんなつもりはありません。
写真は私一人の楽しみ。

私が切望したことは、
自分の「感じる心」を育てること。
つまり、感じる心のダイナミックレンジを拡大すること。
どうしたら育てられるか?
私は知りません。

一つ、私が努めたことは、先入観を捨てること。
どんな場所でも、どんなものでも、
はじめて出会ったかのように、新鮮な気持ちで接すること。
でも、そう簡単には、そんなこと、できませんね。
そこで、私は、地球に初めて下り立った異星人になって、
なにもかも生まれて初めて見ると、どう感じるだろうか、
これを想像してみることにしたのです。
これは写真を初めて2、3年で始めたやり方でした。

そうすると、どんなものを見ても、
それが何だか分からない、名前も分からない、
分かることは、外観だけ。

私は、子供の頃から想像が大好きでした。
学校の授業が嫌いで、授業に退屈すると、
目は黒板を向いて、心は勝手な想像世界に遊びました。
だから、異星人ごっこは、私にとっては実に簡単な遊び。
こんな遊びをしたわけですが、
外観だけ、ということは、
どんなものも形だけでまず勝負するというやり方。

多くの写真の先生方の教える方向と逆ですね。
対象をもっともっと深く理解しなさい。
私は、その逆。
でも、そうすると、その形がいろいろなことを私に語ってくれます。
形というものは、さまざまな線と点と面で構成されています。
そんな線や点や面だけが独立して目に飛び込んで来るのです。
そうすると、思いがけないようなものが浮かびあがってきたり、
ケルト紋様、螺旋模様が目を喜ばせたりします。
そうすると、シャッターを落とします。

私の写真をご覧になった方は、
なんだこれは?
なんてごちゃごちゃとゴミ溜めみたい。
画面整理がなっていない。
そう感じるでしょう。
でも、私は、一度見つけた線や面だけが浮かび上がるので、
何度見ても、私の心を喜ばせてくれます。
ある意味で、私の視覚はゲシュタルト心理学的なのかも知れません。

傑作写真と言うものは、説明不要です。
見たものが、「わっ」と心を揺さぶられる何かが写っている。
私のロボグラフィはそんな傑作写真主義と完全に無縁。
私の心の揺らぎの記録。

「一体、これは何を撮っているの?」
体験したときの私の気持ちを撮っています。

「なにを言いたいの?」
なにも言いたいわけではありません。
私の写真には、私以外の第三者向けのメッセージはありません。
いわゆる「表現」など皆無。
もしかすると、私は唯我論者なのかも知れない、
そう思って頂いて、結構です。



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-13 21:35 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)