レンズ千夜一夜

2014 春爛漫の陰で(2018年4月1日オルソスティグマート35mmF4.5は奈良町にひっそりと)2 いぶし銀


8月31日肋骨1本を骨折して、丁度3週間経過の一昨日から、
朝のストレッチを再開しました。
お布団の横にヨガマットが敷かれています。
以前は4㎜1枚でしたが、
数年経って、なんだかぺちゃんこになった感じで、
6㎜のマットを新調しました。
ところが、このブラックマット、なぜかネトネトと湿っている。
やむなく旧マットを上に敷き、二重にしました。
これがなんだか運動しやくい感じで、大成功。
今回は、肋骨骨折治癒後なのですから、漸進的に始めるつもりでした。
ところが、取りかかってみると、なんのことはない、普段通り快調。
150数えるブリッジも、20数える腕立て伏せも、
60往復の両手を左右に振って、脇腹を強く叩くスペシャルも、
なにもかも普通にできました。

骨折部位は、治癒後、前よりかえって強くなると聴いたことがあります。
ネットで調べてみると、最初の2つの質問記事に回答した医師はそろって、
そんなことはない、太くなったように見える部位も元に戻り、
帰って骨折しやすいケースもある、とのこと。
要するに、以前にも増して注意しながら生活すること、
これしかないようですね。

さて、今回は、ボシュロムの映画用レンズ、
バルター35㎜f2
ソニーα7に付けました。
スピードパンクロと双璧とされた映画レンズのようですが、
スピードパンクロとバルターは実に対照的。
動と静
男性的と女性的
硬派と軟派
さまざまな対比ができそうです。
私は性格的にはスピードパンクロをより好みますが、
気分次第で、バルターの柔和な表情にうっとりしたりします。
アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは、
コントラストを彼の存在論の基本概念の一つとしています。
コントラストが機能する限り、宇宙を組成する基本分子は、
他の分子とありとあらゆる態様で関わり合い、機能できます。

そんな意味で、この同時代に活躍した2種の映画用レンズは、
映画の求めに応じて生まれるべくして生まれたのかも知れません。
私の好みがあるために、スピードパンクロに傾いていますが、
今回は、バルターの落ち着きある描写を楽しむことにしましょう。




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見事なストリート写真を撮れる友人が数人居ます。
これは才能がなければできない離れ業です。
いくら努力しても、そんな写真は撮れません。
カルティエ=ブレッソンと来たら、
まだ、ストリートフォトなどというジャンルが確立せず、
ストリートフォトの典型例となるような作品もない時代に、
発売されたばかりの頃のバルナック型ライカで、
いきなりカルティエ=ブレッソンを撮り始めました。
1930年代初期の作品群には、
カルティエ=ブレッソンの写真人生の頂点となるような、
最上のストリートフォトが数多く含まれています。
カルティエ=ブレッソンがバルナックライカに出会ったこと、
これは写真史における最重要の事件の一つでした。
才能と道具が揃ってこそ、名作が生まれるのでしょう。

私は、スナップ写真の傑作はたった1枚ものしただけ。
写真の神様は私に人生最高の運を下さったわけです。
もう1つ下さった運があります。
現状をすなおに是認する才能。
「なにくそ!」精神は私にはありません。
「これでいいねえ」精神ならふんだんに恵まれました。
こんな人間がクラシックレンズに出会って来た訳です。
「なにくそ!」精神、「もっと光を!」精神の持ち主なら、
私の安物レンズたちのほとんどに満足できないでしょう。
でも、私の「これでいいねえ」精神なら違います。
数千円で落札したボロ玉もあります。
みんな独特の写りを私にプレゼントしてくれます。
ただ目の前にあるものを撮っただけなのに、
クラシックレンズたちが楽しく脚色してくれて、
私の望み通り、というか、望みを超えた、というか、
とにかくメタモルフォーゼをプレゼントしてくれます。
かなり多くの写真ブロガーが去って行ったようです。
多くの方は、自分の写真を自分で楽しむ、というより、
写真を通じて、多くの人々との交流を楽しむスタンス。
私はひたすら私自身との付き合いに徹するつもり。
写真を通じて自分の人生を楽しみたい、
自分の人生を記録したい、
絶えず文章を書くことで、絶えず思考し続けたい。
そんな日記を公開しているのは、
もしかすると、誰かがアクセスするかも知れない、
そんなとき、デタラメなところは見せたくない、
という緊張感を保つため。
これがボケ防止につながればよいが、というスタンス。
楽しきかな、人生!!

最後に、オルソスティグマート35mmF4.5のこと。
どこと行って、突出したところはありません。
ひたすら地味に、実直にロボグラフィと付き合ってくれます。
購入した当初の試写数回で、
このレンズは要らないな、そう感じていたのです。
でも、近ごろは「このレンズ、付き合い甲斐がありそう」
という印象に変わりつつあります。
人間と一緒ですね。
じっくり付き合ってみて、はじめて真価が分かる、
そんな類の人が居るらしいし、
そんな類のレンズがあるらしい。
私が歳をとってきたせいでしょうかねえ?




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-22 14:59 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2013 地味に(2018年4月1日オルソスティグマート35mmF4.5は奈良町にひっそりと)


私の書斎はたった5.8畳、天井も低い、北向きの部屋です。
一生金儲けとは無縁の人生を送った人間です。
粗末な一戸建ての家を購入して、その1階北側を広げて、
その上に小さな書斎を付け加えたわけです。
隠居小屋にふさわしい隠れ家です。
友人のつてで、腕の良い大工さんにお願いしたので、
かなりがっしりと作っていただき、そのお陰で、音が洩れない。
夜中でも楽器を練習でき、音楽を囂々と鳴らせます。
階下の部屋でもあまり聞こえず、戸外には全然洩れません。
幾度か確認したので、安心できます。

タイムドメインの砲丸型のスピーカー2種4本を床に置いて、
散々に楽しんでいたのですが、
別ブログに書いた経緯で、廃品回収業者に出してしまいました。
フロアがさっぱり空いたので、
スピーカーと安楽椅子(ドラマ鑑賞用)が遮っていた
東側の壁面に設置した書棚に自由に近づけるようになりました。

以前に書きましたが、
一冊だけの私家版写真集を40数冊作っていますが、
棚に並んでいたこの写真集たちに目が止まり、
その一冊「××××写真集27 ロボーグラフィ序説」を取りだしました。

前にも書きましたが、大阪長居の雲雀屋製本所による
布装固表紙の完璧な造本に包まれて、一応出版物そこのけの造りです。
14年前の製本ですが、新品同様です。
そして、開いてみて、びっくり。
現在のぼけぼけ、ぼんやりのロボグラフィ写真とは段違い、
銀塩ポジ写真。
昇華型熱転写プリンター、オリンパスP-400による最高のプリント。
一枚一枚、いつどんな状況で、どのレンズで撮ったか、記憶しています。
自分で言うのもなんですが、光彩陸離として輝く写真たち。
ああ、私も変わったものです。
いわば傑作写真集という体裁なので、私がブログで展開しているような、
日々の道行き写真たちとはコンセプトも志も違います。
制作当時、一回か二回のぞいただけで、ずっと書棚に埋もれていたわけです。
写真家でもないど素人がいかにも写真家といった思い入れで作るのです。
当時考えた志は、将来、過去を思い出したくなったときのよすがにしたい。
まさにそんな思い入れで、今日、20年以上前の写真たちと向かい合いました。
なつかしいですね。
40冊ばかり本棚を占領しています。
ずっと忘れていました。
これからはぼちぼち付き合ってあげましょう。
誰と?
過去の私と。

今回は、オルソスティグマート35mmF4.5です。
かなり地味なレンズです。
私のように、しみじみとした、じゃなく、
地味地味、じめじめとした路傍写真を撮っている人間には、
かなり似合った第二級レンズ。
心にがっと食い込んで来る衝迫力はありませんが、
どことなく懐かしい情感があって、
実のこもった写りをしてくれる、そんな感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-15 22:00 | Orthostigmat35/4.5 | Comments(0)

2013 感じる(2018年3月31日キノプラズマート25mmF1.5bが鶴橋の路地で)


写真を長い間楽しんできて、又、様々な写真を見て、
人間についてもいろいろと学ぶところがあったようです。

私の学んだことを簡単に整理してみますと、
「① 人間は目の前の情景の一部しか見ていない」
「② 人間は、同じものを見つめても、違った見方をしている」
「③ 人間は、見る物に自分の衣を被せている」

上記の結果として、
「私が自分の気持ちで撮った写真を、
私と同じように観てくれる人はほとんど居ない。」

私の結論は、
「それで良い!
自分の写真は自分一人が理解し、楽しめたら、それで良い」
写真家は、写真で生きて行こうとする限り、それでは務まりません。
このなんだか独我論に近い写真観を乗り越えて、
多くの人が観たいと望む写真を撮るという難題を、
さまざまな方法で解決しているようです。
私は初手から、そんなつもりはありません。
写真は私一人の楽しみ。

私が切望したことは、
自分の「感じる心」を育てること。
つまり、感じる心のダイナミックレンジを拡大すること。
どうしたら育てられるか?
私は知りません。

一つ、私が努めたことは、先入観を捨てること。
どんな場所でも、どんなものでも、
はじめて出会ったかのように、新鮮な気持ちで接すること。
でも、そう簡単には、そんなこと、できませんね。
そこで、私は、地球に初めて下り立った異星人になって、
なにもかも生まれて初めて見ると、どう感じるだろうか、
これを想像してみることにしたのです。
これは写真を初めて2、3年で始めたやり方でした。

そうすると、どんなものを見ても、
それが何だか分からない、名前も分からない、
分かることは、外観だけ。

私は、子供の頃から想像が大好きでした。
学校の授業が嫌いで、授業に退屈すると、
目は黒板を向いて、心は勝手な想像世界に遊びました。
だから、異星人ごっこは、私にとっては実に簡単な遊び。
こんな遊びをしたわけですが、
外観だけ、ということは、
どんなものも形だけでまず勝負するというやり方。

多くの写真の先生方の教える方向と逆ですね。
対象をもっともっと深く理解しなさい。
私は、その逆。
でも、そうすると、その形がいろいろなことを私に語ってくれます。
形というものは、さまざまな線と点と面で構成されています。
そんな線や点や面だけが独立して目に飛び込んで来るのです。
そうすると、思いがけないようなものが浮かびあがってきたり、
ケルト紋様、螺旋模様が目を喜ばせたりします。
そうすると、シャッターを落とします。

私の写真をご覧になった方は、
なんだこれは?
なんてごちゃごちゃとゴミ溜めみたい。
画面整理がなっていない。
そう感じるでしょう。
でも、私は、一度見つけた線や面だけが浮かび上がるので、
何度見ても、私の心を喜ばせてくれます。
ある意味で、私の視覚はゲシュタルト心理学的なのかも知れません。

傑作写真と言うものは、説明不要です。
見たものが、「わっ」と心を揺さぶられる何かが写っている。
私のロボグラフィはそんな傑作写真主義と完全に無縁。
私の心の揺らぎの記録。

「一体、これは何を撮っているの?」
体験したときの私の気持ちを撮っています。

「なにを言いたいの?」
なにも言いたいわけではありません。
私の写真には、私以外の第三者向けのメッセージはありません。
いわゆる「表現」など皆無。
もしかすると、私は唯我論者なのかも知れない、
そう思って頂いて、結構です。



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-13 21:35 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

2012 行き帰り(2018年3月19日スピードパンクロ40mmF2が大和西大寺で見たもの)


昨日も大和西大寺に参りました。
いつも同じ用です。
二胡演奏家の陳少林先生の二胡への揚琴伴奏のレッスンですが、
近ごろは、音楽院の発表会向けの二胡合奏の練習に参加しています。
私は揚琴で伴奏します。
楽しい!
この世で合奏ほど楽しいことがあるだろうか?
ときどきそう考えます。

でも、その行き帰り、毎回、撮影します。
本ブログのラストにタグの一覧があります。
中断に並んでいます。

   奈良西大寺(94)  陳少林先生レッスン
   大阪加美(71)   孫たち
   大阪西九条(61)  付虹先生レッスン

結局、所用の道すがら、
私の写真はお散歩カメラというわけです。

今年3月19日、ソニーα7に付けたレンズは、
スピードパンクロ40㎜F2
映画用レンズです。
おそらく映画用カメラのターレットに付けていたのでしょう。
標準は3本のようですが、4本ターレットもあったかもしれませんね。
カメラマンは当日の各場面に合わせて、レンズを選んだのでしょう。
そんなとき、レンズを変えても、画質、色が変らないように、
同じ会社のレンズを使ったようです。

どの場面、どのショットでどのレンズを使うか、
一つの場面で、いつ、どこで、どの方向から、どんなレンズで撮るか、
誰が決めたのでしょう?
監督、プロデューサー、それとも、カメラマン自身?
もしカメラマン自身が決定に参画したとすれば、
現在撮影中のドラマの進行、シーンの意味どころかコンセプトまで、
しっかりと理解していなければならなかったでしょう。

黒沢監督はすべての場面のコンテをご自分で描かれたそうです。
レンズが役者全員の姿を捉えることも肝心だったようです。
このような撮り方は、先輩の小津安二郎監督の映画にも共通します。
黒沢さんは実に克明に各シーンの座り方、配置を描いておられます。
とすると、黒沢映画では監督自身が各ショットを決定されたのでしょう。

余談ですが、名監督がそんな風にして画面を決めることで、
一つ犠牲になったことがある感じがします。
どうしても画面が静的になり、ときには作為的に過ぎたようです。
現代の監督たちはもっと自由に俳優を動かしている感じがします。
ときには、監督自身がカメラを持って歩きながら撮ることも。
実は、私はこれが大嫌い。
画面が揺れ、吐き気がするのです。
斬新だ、新しいセンスだと評判をとることが多いようですが、
そんな評判の映画は絶対に観ない、それが私のポリシー。

そう言いつつ、気がついてみると、私自身、
ホロゴンを初めとする超広角レンズでは、
ほとんどファインダーをのぞかないで、
歩きながら、さっと切り取ることにしているのですから、
なんだか奇妙です。
でも、私はスチール写真なので、
撮影の瞬間、必ずしっかりレンズを静止させます。
ホロゴンだけでも10万ショット以上撮ってきましたので、
このあたりは慣れています。

今回のレンズは40㎜ですし、超近接が多いので、
液晶画面を観ます。
でも、観るのはピント合わせのための拡大画面だけ。
合わせると、そのまま、ぐっとシャッターを押します。
言い換えると、カメラを向けたときの位置のまま撮ります。
液晶画面で構図を作ることはしません。
他人に見せるためじゃないうえ、
私のレンズのほとんどは周辺が暗かったり、ぼけたりなので。

私のような日常写真を同じ場所で繰り返し撮るとき、
このポリシーは実に有用です。
液晶画面で構図を決めますと、どうしても、
自分ごのみの構図一辺倒になってしまうでしょう。
そうすると、完全なマンネリ写真になってしまいます。
だから、拡大画面だけで写真を撮ることにしてるのです。
私は、帰宅後、パソコンのハードディスクにファイルを移すとき、
原則として、写真はチェックしません。
だから、何ヶ月か、何年か後でブログ作成時に初めて見ることが多い。
そんなとき、ははーん、こんな写真が撮れていたか、
ああ、ここまで撮れてたか、
と、実に新鮮です。



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-11 22:04 | SpeedPanchro40/2 | Comments(0)

2011 下町(2018年2月16日キノプラズマート25mmF1.5aの見た大阪加美)


いつも書いていることですが、
私はテレビも観なければ、新聞もとっていません。
観たくないもの尽くしなのに、なんで観なきゃならない?
日本のこと、世界のことが分からなくなるじゃない?
なんで日本のこと、世界のこと、知らなきゃならない?

中国の古代王国周の初めの頃、
その前代である殷の遺臣の伯夷・叔斉は、
周が殷を滅ぼしたのは義にあらずとして、
「周の粟を食む事を恥として」、餓死してしまいます。
この物語の背景には、殷の最後の王、紂王、妃の妲己を溺愛し、
暴虐無道の政治を行ったために、周に滅ぼされたという史伝があります。

司馬遷は、その史伝をそのまま受けとって史記に記載しています。
この背景に、司馬遷が属した漢朝が、暴虐無道の秦を倒したことにつき、
「易姓革命」という思想によって、
王朝の交替の正統性、正当性を証明するためだったと思われます。
殷、周、漢は順次、易姓革命によって、天が支配権を正当に伝えた、
そう証明する必要があったからです。

伯夷・叔斉の逸話は、殷の紂王はそれほど悪くはなかったのではないか、
周が殷を倒して支配圏を奪えるだけの正当性はなかったのではないか?
周の政権奪取ドラマは司馬遷が描いたものとはかなり違うかも?
そんな疑いを抱かせるデータとなりそうです。

私は、現在の政権が暴虐無道であるとは思いません。
でも、次第に国民の福祉を無視し、主権在民の日本国憲法をないがしろにし、
国民の利益以外のなにものかの利益のために国政を欲しいままにしており、
一方、大多数の国民は自分たちが主権者であることを忘れて、
「ほかには国政を任せるに足りる政党もないしねえ」という二者択一論理で、
国民と日本の行く末をしっかり見定めないで、唯々諾々と追従している、
その結果、民主主義日本はその末路とも言えるような迷走を続けています。

無力な私は完全にさじを投げている状態。
別に伯夷・叔斉を気取るつもりはありませんが、勝手にしやがれ状態。
そんな私にとって、レンズたちと戯れる日々は心を慰めてくれます。
現実は、すでに周囲は「都会砂漠」です。
生きる糧が至るところで見つかる、そんな豊かでやさしい社会じゃない。
むしろ完全袋小路。

でも、ロボグラフィたちに向かい合うとき、現実を忘れることができます。
そんな私に、リアリティは禁断です。
ファンタジーにどっぷりと浸かり、現実を忘れ、自分も忘れたい。
そんな現象を私は「メタモルフォーゼ」と名付けているのかも知れません。

キノプラズマート25㎜F1.5a(Mマウント改造)は、
そんなメタモルフォーゼツールの中でも白眉、そう言えそうです。
裸の現実にそっとファンタジーのベールを投げかけてくれます。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-08 23:15 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2010 災難(2018年2月16日キノプラズマート25mmF1.5aの大阪加美)


8月31日金曜日午後、大阪久宝寺に参りました。
孫二人のピアノレッスンの付き添い。
午後2時、孫たちのマンションに到着し、
半時間後小学校1年生の男の子が帰宅。
この子の部屋に設置されたピアノで予習するのを
入り口付近でチェックしました。
練習が終わって、孫にアドバイスしながら、
後ずさりして退室しようとしました。

事故が起こったのは、その瞬間。
このマンションは昨年末入居したばかりで、
私も孫の部屋には2、3度入っただけ。
この部屋だけがなぜか、中央廊下と15㎝ほども段差があります。
アドバイスに気をとられて、段差のあることを忘れていたため、
私は、その段差にいきなり両足とも取られてしまい、
身体全部が宙に浮いた感じになって、背後の廊下に横転し、
反対側の部屋の開いたかまちに右背を激突させてしまいました。
かなり強く打った感触で、驚愕と苦痛とで呼吸もできない感じで、
廊下にうずくまって、10秒ほど動けませんでした。
その後、すぐ平常に復し、普通に起き上がり、
衝突部位の痛みも軽減したので、あまり気にせず、
2人の孫と往復半時間のピアノの先生のマンションに行き、
送り届けてから、すぐに帰宅の途につきました。

この帰宅時頃から、左側の胸付近を動かすと、
衝突個所あたりに鈍痛を感じはじめました。
通常の行動のときは、痛みは感じません。
触っても、痛みはありません。
下半身を運動させるときも、痛みはありません。
たとえば、上半身を動かさない限り、しゃがんでも痛みはありません。
右半身を動かしても、直立して肋骨を大きく動かしても、痛みなし。
ただ、左上半身を動かしたときだけ、衝突個所に痛み。
左脇の脇腹から背部あたりを大きく動かすと、
激痛に固まってしまいます。
でも、数秒静止すると、痛みはすっとかき消えてしまいます。
一番動作が難しいのは、布団に横になり、起き上がろうとするとき。
どんなに注意しても、激痛と硬直現象が起きます。
最初の二日ほどは、この動作ごとに5分ほども苦闘しました。

このまま患部を固定して1、2週間無理をしなければ、
自然に治癒するのでは、とも考えましたが、
肺あたりにも損傷部位が存在して、放置するのは危険かもしれない。
週明け月曜日、事故から3日後に整形外科に受診、
レントゲンを撮ってもらいました。
見事左胸の肋骨1本が居れていました。
女医さんでした。
今は、女性医師がかなり多いので、「女医」なんて古語かも?
とてもはつらつとして、レントゲン写真をざーとチェック!
「ああー! あったあー!」
なぜか嬉しくなる効果がありますね。
「大丈夫です。骨が形成されます。」
湿布をいただき、3週間後再受診を予約して帰りました。

一安心です。
左肋骨を使わないために、右足優先で動き始めることを思いつきました。
そんな動作がただちに体得できたせいでしょうか、
痛みそのものが急速に和らぎ、ほとんど意識することもなくなりました。
起き上がるときも、ゆっくりとですが、すんなりと起き上がれます。
今日、五日目ですが、もうほとんど意識しなくなりました。
昼食時誤飲してむせかえったときは、かなり痛みましたが、
すっと消えます。
10日も経つと、痛みもほとんど軽減し、後は癒着を待つのみ、
ということになりそうです。

今一番我慢できないのは、毎朝のストレッチができないこと。
これも2、3日中に、骨折部に影響を与えない部分で再開します。
でも、私が書きたかったことは、実は、別のこと。
事故があって、すぐ後です。
私は考えました、
「脇腹で良かった。
脳挫傷だったら、救急車ものだっただろう。
幸運だった!」

これが私の流儀です。
なにか悪いことが起こると、もっと悪いことを思い出して、
それでなくて良かった、と、バランスを回復します。
要するに、楽天的なのでしょう。

そこで、我田引水ですが、
キノプラズマート25㎜F2Mのような古いレンズを使うとき、
この考え方は役に立ちます。
大抵の方は、このレンズの低画質、低コントラストに、
びっくりし、後ずさりしてしまうでしょう。
皆さん、颯爽たる超高画質写真をお撮りになります。
私のブログ写真なんて、不可解千万、なのでしょう。
それで、あなたはあなた、私は私、と、
世の中丁度釣り合いがとれる、
そう考えるのは、私だけでしょうか?

私も昔は写真家を夢見てがんばりました。
でも、次第に悟りました。
私は写真家になれる資質など何一つない!
別に写真家になりたいわけでもない。
私はしたいのは、写真を撮り、写真を楽しむこと、
これだけ。
こうして、ロボグラフィに到達したわけです。
自分の歩く道のかたわらで写真を撮る。
私の写真に写っているのは、
そのものに心を動かされた私。
時間順に並べると、その日、その場所の私が写っている。
ロボグラフィを見ると、その私を思い出せる。
1本のレンズ、1台のカメラで撮っていたら、
いつも同じような写真になりそうです。
すると、飽きるでしょう。
一時期、私自身の心にぴたりかなうレンズを探して、
随分レンズを集めました。
そうでもないレンズは、どんどん売り払うつもりでした。
でも、そんなレンズたちもロボグラフィなら活用できます。
みんな違った描写、ちがった味わいを出してくれるからです。
近ごろ、撮る場所は完全にマンネリ化しています。
あんまり遠くに出歩きたいと思わなくなったからです。
旅行なんか、ぜんぜん食指が動かなくなってしまいました。
だって、自分のしたいことは全部我が家とその近くでできる!
私の二つのブログはそのような近隣写真で埋まっています。
第三者には退屈至極でしょう。
私にしか分からないイコンでしかない画像で埋められているから。

でも、面白いことに、
人間は、観るものを自分の世界に取り込もうとします。
私のブログに偶然お出でになった方が、
ご自分のイコンとして、面白いと感じることがあるかも知れません。
私とは全然異なる視点、視野に立って、
ご自分のイメージ世界を作る素材に取り込みたいと思うかも知れません。
これは私の関わるところではありません。
世界はそんな風にして編み合わされて行くのでしょう。

今、ここまで書き終わった瞬間、くしゃみをしてしまいました。
患部にワッと痛み。
でも、すぐに消え、しかもその痛みの程度は我慢の範囲。
ふーむ、もうほとんど直ったな!!
軽い肋骨骨折なら、1週間ほどで平常の生活を取り戻せるようです。
だからと言って、癖になっては大変。
普段から少しゆったりとしたリズムを保つようにしましょう。
そうすれば、いくら不注意な私でも、ときどきは事故を防げるかも?

おっと、書き忘れるところでした。
今回はオリンパスEP-L8に付けたキノプラズマート25㎜F1.5a。
ライカMマウント改造のキノプラズマートです。
いわば、プアマンズキノプラズマート。
でも、痩せても枯れても、キノプラズマートです。
私はこのレンズの茫洋描写を心から愛しています。




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# by Sha-Sindbad | 2018-09-05 17:37 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2009 路傍の勇者(2018年1月29日キネタール37.5mmF1.8奈良町に帰って来た)


大抵の通行人にとって、道はpassage通路です。
A地点からB地点に移動するルート。
それ以上の意味はありません。
「町歩き」が好まれるようになりました。
その場合、関心の対象となるのは沿道の店、町の雰囲気。
沿道の付属物、電信柱やゴミ箱、雨樋、溝など、
路傍に点在するものたちに気を止めながら歩く人は、
ほとんどいないでしょう。

私の町歩きはその無視されるものたちとのお付き合い。
なぜそんなものに関心を抱くようになったか?
自分でもそのあたりは全然不明ですが、
写真を始めてすぐに私の撮影ポイントとなりました。
古くなったものたちの質感を描写する歓びは、
なぜか写真を始める前から私の心にしっかり根付いていたらしい。

そんなロボグラフィへの関心の源は幼年時代にあったようです。
小さい頃は視点が常に手近な細部に及ぶものです。
私は幼い頃から路傍の種々が好きだったのです。
というのは、そんな記憶がかなり残っているからです。

昔は街灯がゼロという道がいくらでもありました。
私は暗闇が平気な人間ですが、
どうも子供の頃母親に連れられて、夜映画館に行った、
そんな経験を積んで、慣れ切ったのかも知れません。
子供4人中3番目の私一人を連れて出るのが習慣でした。

往きは薄暮でも、映画(常に洋画でした)が終わる頃は夜。
ときには、星のない日など、近くの電燈のないあたりは、
完全な闇でした。
雨がやんだ後の水たまりだらけの土道を歩くのが喜び。
水たまりは別世界への罠という思い入れで、
ひょいひょいと飛び越しながら家路を辿ったのです。
映画の主人公になりきっていたこともあります。
映画と夜の道が私の想像力を鍛えてくれたのかも?



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# by Sha-Sindbad | 2018-09-01 23:10 | Kinetal37.5/1.8 | Comments(0)

2008 老木人(2018年1月29日キネタール38㎜F1.8ユニバーサルシティで怪人たちと格闘)


随分前のことです。
私は山辺の道が大好きで、よく通いました。
その中間にある長岳寺の参道に入ったあたりに、
切り通しのようになった場所がありました。

右手の高さ2m弱の土手の斜面が雨などに崩されたようで、
斜面が深くえぐれたようになっていて、
土手の上に立ち上がる松の根っこが露出していました。
参拝者が曲がりくねった根っこに絶えず触れてきたようで、
完全にツルツルに滑らかになってしまい、
まるでヴィーナスのような肢体が舞うような姿でした。
そして、ヴィーナスの足下に、黒々とした別の根っこが顔を出し、
まるでサチュルヌスが地中から浮かび上がるような姿でした。

行く度に撮ったのですが、丁度撮影し終わったとき、
年配のアマチュアカメラマンが三脚を抱えて来かかりました。
私、思わず呼び止めて、
「この根っこ、まるでヴィーナスのようではありませんか?」
余計なことを言ったものです。
その男性、じっと見つめた末に、一言、
「いや、見えませんね。根っこですね」
そして、さっさと立ち去ってしまいました。
この方にとって、根っこは根っこ、というわけでした。

今回は、JRユニバーサルシティ駅近く、線路沿いのマンションで、
付虹先生の揚琴レッスンを受けた後、
駅に向かうプロムナードで撮りました。
道沿いの緑の中に朽ち木が何カ所も設置されて、
往路と復路で、同じ朽ち木が違った顔を見せてくれたりして、
眼を楽しませてくれます。
いつも撮ります。

おそらく長岳寺で出会った風景写真家は、
私の写真を撮っても、一言、切って捨てるでしょうね、
「朽ち木ですね。
そんなもの撮って、なにになりますかねえ?」

今回はテーラーホブソンの映画用レンズ、
キネタール37.5mmF1.8で撮りました。
スピードパンクロの後継機種、弟分のようです。
兄貴のスピードパンクロよりも切れ味がよいようです。
人間でも、兄弟では、たいてい、弟の方が頭のキレがよいですね。
私は兄でした。

テーラーホブソン家の末っ子キネタール。
ソニーα7に付けました。
四隅が少しけられますが、中心部で勝負する人間です。
ちっとも気になりません。
今回も快刀乱麻的な描写を見せてくれました。
兄貴の魔術性がその分稀薄になっているのですが、
このあたりは時代の要請、映像芸術の路線の変化、
レンズの適材適所の役割分担にもつながるのでしょう。
それでも、私には十分メタモルフォーゼを見せてくれるレンズ、
そんな感じがして、大好きですね。
私にとっては、映画用レンズの魅力に眼を開いてくれた草分け。
今回も、存分に魅力を発揮してくれた感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-29 17:31 | CookeCinema25/3.5 | Comments(0)

2007 下町アート(2018年1月18日ヒストリオダゴナール40mmF6.3大阪加美の人形に魅せられ)


今回は、宮崎貞安さんの最新レンズの試写の残りです。

ヒストリオダゴナール40mmF6.3

レンズ黎明期にツァイスのプロターと双璧を歌われた名玉、
それがこのレンズです。
私にはその程度の知識しかないので、
ウィキペディアを引用させていただきます。

  「ダゴール(Dagor )はドイツのカメラメーカー、
  ゲルツが製造していたカメラのレンズ。アナスチグマート。
  設計者はエミール・フォン・フーフ。
  ピントが鋭くまた内面反射が少なくコントラストが高いため、
  このレンズで撮影した写真は一目で分かると言われていた。
   2群6枚構成でゲルツを代表する名レンズとして知られ、
  ジェームズ・A・シンクレアなどイギリス製カメラにも
  多数が取り付けられるなど、
  同時代のライバルだったカール・ツァイスのプロター以上に
  広く使用されていた。」

宮崎貞安さんのダゴナール40mmをかなり試写しましたが、
これまで見たダゴール作品の雰囲気を良く再現している、
そんな感じがします。
高コントラストで、立体感のある描写。

大阪平野区のJR加美駅付近を撮影しました。
行きつけの喫茶店のご主人はかなり優れた人形作家です。
生き生きとした表情に心が温かくなります。
実は、ガラス棚のお人形さん、
私の妻の若い頃にそっくりなのです。
ただし、妻の方がもっと日本的で美しいのですが。
「じゃ、この人形欲しいんじゃない?」
ここだけの話ですが、
お姫様は一家に一人で十分ですね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-25 23:06 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)

2006 お忍びで(2017年12月19日ペンタック38㎜F2.9が大阪加美の下町巡り)


ペンタック38㎜F2.9
ちっとも有名でないダルメイヤーの映画用レンズの、
Mマウント改造版ですが、
形と言い、描写性と言い、いかにも古風!
大いに気に入っています。

同じ38㎜にはコンタックスT2作り付けの、
ゾナー38㎜F2.8がありますが、
ゾナーの方が遙かに立派な描写力を持っています。
私にとっては一時最愛のレンズで、
私に生涯最高の作品を1枚プレゼントしてくれたレンズでしたが、
それなのに、本ブログでは、たった2つの記事。

一方、ダルメイヤーの38㎜と来ますと、既に25個の記事。
圧倒的に優位に立っています?
なぜ?
それは、実に簡単なことです。
ダルメイヤーのレンズの方がずっと地味だからです。
レンズ本体の姿も地味なら、描写も地味です。

現代は光彩陸離、ときには絢爛豪華な描写が氾濫しています。
作家は、どうだい、独創的だろう?
かつての大写真家たちの名作、傑作なんて、
我が輩の足下にも寄れまいて、という感じです。
でも、これすべて作家の独創によるものではなくて、
カメラ会社がカメラに、現像ソフトに付与した味付け。
この皇帝の紫衣風の加工を取り除いたら、
写真作品としての意味も重みも芸術性もなんにも残らない、
ただの素人写真というのでは、本末転倒ではありませんか?

ペンタック38㎜F2.9の描写は地味そのものです。
ソニーα7もレンズの描写性をかなり尊重している感じで、
ペンタックの穏やかな味わいを損なわない、という感じがします。




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-24 22:25 | Pentac38/2.9 | Comments(0)

2005 静かな町(2017年12月15日ズマール50㎜F2が大阪加美の下町巡り)


「人生は選択である」
そう、よく言いますね。
でも、いつもいつも、
「あれか、これか」
「Yes or No? 」
じゃ、味気ないですね。

人生、
「あれも、これも」
「Yes and No 」
「Yes Yes and Yes!」
があってもいいじゃないですか?

私も昔はいっぱし写真家気取りで、
たえず、「あれか、これか」をやっていました。
でも、あるとき、何年か前に撮った写真のことが閃きました、
「そう言えば、あのとき、大好きな写真、撮ったぞ!」
ポジのケースを全部ひっくり返しましたが、
ついに見つかりませんでした。
「Yes or No? 」と颯爽とやっている間に、
ゴミ箱にポイしちゃったのです。
今考えますと、胸が締め付けられそうになります。
自分の人生をそうやって忘却の彼方に捨て去ってきたんだ!

今では、全部保存しています。
それでも、ブログ開始当初は、写真ブログらしく、
わずかな写真を選択して掲載していました。
最初の1年ほどは、人に見せるつもりでやっていたのです。
でも、ある日、気づきました。
私自身、自分の写真を観て、なんにも感じない。
写真作品として撮っていないのに、写真作品風に装っても、
もともとなんにも訴えるものを持っていないロボグラフィが
なにかを人に訴えかけはじめる、なんて起こりっこないですね。

そこで、ブログのコンセプトを変更しました。
「写真ブログ」から「写真倉庫ブログ」に、
「公開ブログ」から「純然たる日記」に!

自分の人生がどこまで続くか、分かりません。
近ごろ、南海トラフのことがよく話題になっています。
調べてみますと、私の居住するのは奈良盆地の東の山沿い。
奈良盆地の断層帯はどうやら奈良町あたりの中心部を
まっすぐ南北に縦断する形で盆地全体を貫いています。
南海トラフでは、日本列島の中心部全部が大地震となり、
太平洋沿岸を1分も経たずして、10から20mの大津波が襲う、
という全国規模の大災害となるのだそうです。
おい、おい、おい.....

火山活動も活発化しています。
世界中で噴火のニュースが頻発しています。
先月、英国・マンチェスター大学の教授(天体物理学)が
「世界で最も危険な火山10」を選定したのだそうです。
(https://www.excite.co.jp/News/odd/Tocana_201512_1_4.html)
100年以内に噴火の恐れがあり、
かつ破局的噴火となる可能性がある火山という基準だそうです。
我が国の火山が上位を占めています。

    1位:硫黄島(東京都小笠原村)
     2位:アポヤケ山(ニカラグア)
     3位:フレグレイ平野(イタリア)
     4位:阿蘇山(熊本県)

硫黄島が噴火したとき、日本列島にどんな災厄をもたらすか?
私には分かりませんが、かなり大変なことになりそうです。
阿蘇山が噴火したときは、
噴火の状態によっては日本列島が壊滅するおそれがあります。

つまり、地球にとって一番危険な時期に入ったのかもしれない。
そんなクライシスがかなりの間隔で地上の生命に襲いかかり、
地球上の種を壊滅寸前に追い込んだ過去の危機のうち、
少なくとも2回は上記と似たような天災地変が原因でした。
あるサイトによれば、
「今日、多くの科学者が地球上の生物がほとんど死滅してしまうような、
第六の大規模絶滅の瀬戸際にきていると信じている。
その説を裏づけるような7つの兆候が海外サイトに考察されていた。
これから200万年もしないうちに、75%以上の生物が
死に絶えてしまう大規模絶滅が起こる可能性は高いという。」
「200万年もしないうちに」とありますと、
大抵の人の反応は「じゃ、まだまだだ、一安心」でしょう。
でも、その本当の意味は「今この瞬間から200万年後までのいつか」
なのですから、次の瞬間に起こっても不思議はないのです。

というわけで、人類絶滅までに、
なんとか撮った写真を全部ブログに収録したい、
という気持ちになりました。

今回は、ソニーα7にズマール50mmF2を付けました。
主にJR加美駅の南側路地で撮ったロボグラフィ。
さすがにズマールです。

以前から幾度も書いていることですが、
同じ場所で同じものを撮ったショットを幾枚も重ねています。
しつこい人だなあ、
選ぶことができない人だなあ、
そんな批判を浴びそうです。
でも、この批判は的外れです。
私は、傑作写真を見せようとしているのではありません。
私の足跡、ロボグラフィたちとの出会いの記録を止めたいだけ。

あなたは、男性として、狭い路地をあるいているときに、
向こうから、とても魅力的な女性がやってきたら、
たった一目見たら、眼をそらしますか?
そらしませんね。
女性だって、同じでしょう。

私のロボグラフィたちとの出会いがそれです。
シャッターを落とす回数が賛美の度合いを示します。
「なんでこんなものに魅力を感じるの?」
と、疑問に思われるのは、あなたの自由。
私だって、お答えしかねます。
そんな理由を冷静に列挙できるとしたら、
あなたは本気で魅力を感じていないのですから。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-22 16:45 | Sumar50/2 | Comments(0)

2004 冬枯れどきに(2017年12月13日トポゴン25㎜F4なら奈良町が我が街に)


昨夜調べました。

人口推計(平成28年10月1日現在)

65歳以上人口の割合は上昇が続き,初めて27%を超えたのだそうです。

3人にほぼ1人が老人、という、立派な老人国となってしまいました。


奈良市は、都会と比較しますと、上記の割合はさらに大きいでしょう。

市内のバスに乗っていますと、子供たちの移動時間帯を除けば、

たいてい老人だけ。

交友関係もそれだけ狭くなりつつあるでしょう。

日本人の場合、在職中は、交際範囲も執務関連が大半を占めるようです。

とくに会社員の場合、全生活を会社に捧げるという風潮が今もあるようです。

退職すると、なんらかの趣味を通じて交際を広げない限り、

交際範囲は激減する方が多いのではないでしょうか?


狭い地域社会ですから、さまざまな場所で出会う高齢者たちと、

度々すれ違うことがあります。

かなりの時間を置いて出会うせいでしょう、

まさにコマ落としの状態で観察することを忘れてはなりませんが、

なんだか急速に衰える方がかなりおいでになります。


私は長年、人間の真贋、言葉の虚実を見極めつつ、

いわば、人間の、言葉の、種々の文書の真贋を鑑定する、

といった性質の仕事をしてきました。

そんなとき、いつものしかかってくる本質的な問いは、

「この人の人間性に、言動に、真実があるのか?」

そんなとき、決め手になるのはいつも、眼でした。

かすかな眼の光の閃きが隠された本心を露呈し、

その真偽を裏付けてくれる、そんな瞬間を幾度も経験しました。


こんな習癖は日常生活でも役立ちます。

退職老人たちに出会うたびに、瞳をまず見つめてしまいます。

知恵の閃き、幸せな人生への感謝、期待に満ちた眼差し、

そんな感触を体験することはまずありません。

倦怠、いらだち、失望、迷い、無気力、

そして、ときには、無反応。

長年仕事で培って来た人生観、生き方、ノウハウ等が、

退職後の人生にちっとも訳にたたないのだけど、

自分を新しい人生にふさわしい生き方に修正する気になれず、

行き場を失い、誇り、矜持をずるずると失いつつある自分に気づいて、

途方にくれているのかも知れません。


解決策は一つしかありません。

職業人生、過去の地位、名声、評判、仕事への取り組み方、姿勢、

そんなものをすべて振り捨て、忘れましょう。

これからの人生の重し、障害物、妨害にしかならないからです。

これからどう生きたいか、自分で決めましょう。

過去を懐かしみ、現在を厭い、将来に絶望しながら、死を待つか?

それとも、これからの人生を自分の本来の人生であると確信して、

新たな目標を定めて、それに向かって準備し、計画し、

着々と地歩を固めつつ、新たな自分を築き上げて行くか?


元気に長生きすればするほど、

平均寿命を超えて長生きする確率が高まります。

つまり、逆説的ですが、長生きすればするほど、

自分の新たな最盛期の期間は伸び続けるのです。

人生のどんな時期にも当てはまることが一つあります。

「新しさを失ったらおしまいだ」

「いつになっても、新しいことができる」


90過ぎて、元気一杯、

70程度にしか見えない人物に会ったことがあります。

彼は、谷一つ超えた向こうの丘の老人施設に、

自分の足で下り上って日参して、

ストレッチのインストラクターを務めておられました。

彼が保証してくれました、

「心と体は90過ぎても鍛えることができます」

私はそれは真実であり、私もできると確信しています。

でも、そのためにはそれだけの努力をたゆまず続け、

体と精神力を鍛える必要があります。

お互い、がんばりましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-19 11:54 | Topogon25/4 | Comments(0)

2003 なんでもない町(2017年12月2日スピードパンクロ28㎜F2は新大阪駅界隈をお忍びで)


新大阪駅南界隈、なんにもない町、と言ってもよいでしょう。
元々、田園地帯でした。
1970年世界万国博が開催されたとき、
その玄関口になる新大阪駅周辺が突如地上げの修羅場となり、
多くの農家がにわか億万長者となりました。
私の父は吹田が出身地でした。
お墓がまだあり、お寺も同族が代々住職。
私より3つ年下の前住職がこう言って、笑いました、

   「みなさん、億というお金に大きな税金がかかってくる。
   なんとか経費を計上して、節税したい。
   それなのに、お金の使い方なんか知りません。
   結局、お金に狂ったようになって、
   北新地で遊び回って、お金を使いました。
   みなさん、ゾンビのような顔になっていましたよ」

そんな地上げの果てに、新大阪周辺は新幹線の駅を中心に、
オフィス街と住宅街が雨後のタケノコのように出現しました。
歴史がないので、なんの変哲もない新興住宅地だったのですが、
それから半世紀経って、古びた住宅地に変りましたが、
依然、なんの変哲もない点は変りません。
半世紀程度では、歴史は積み重ねられないのでしょう。

私はそのど真ん中のココプラザの貸し音楽室に通っています。
劉継紅先生の二胡教室。
その世話役のお手伝いをしていますので、
午前から午後にかけてかなり空き時間を過ごすことになります。
そんな空き時間を利用して、近所を徘徊して、撮影します。
写真家が喜ぶようなフォトジェニックな場所などありません。
写真家はフォトジェニックなシーンを求めて東奔西走し、
眼前に展開する美のページェントとも言うべき光景を撮影します。
私は40数年前、写真を始めて以来、思えば、
あまりそんな撮り方をしなかったようです。

なんでもない街のなんでもない片隅で、なんでもない写真を撮る。
すると、なんだか面白い。
でも、人は、面白いとは感じない。
そのギャップがいつも私には愉快でした。
というのは、写真はいつも私の心を解放してくれました。
人を喜ばせたり、感嘆させたり、なんてことは論外でした。
多忙な職業生活の息抜き、リラックスが写真の効用でした。
人との競争、名声なんて、無用な重荷となるだけ。
そこで、ことさらに、人が撮らないような日常的光景を楽しむ、
そんな平凡な写真人生にますます傾斜していったようです。

新大阪駅界隈は、そんな私には格好の猟場。
なんにもないけど、とにかくシャッターを押す、
そして、あとはレンズにお任せ。
今回は、リコーGXRにスピードパンクロ28㎜F2を付け、
42㎜レンズとして使いました。
平凡な住宅街が思い出の光景に変る、
そんなマジックをみせてくれるのが、
このレンズの強みです。
でも、そんな変身は何の意味もありません。
ただの一人遊び。
でも、楽しませてもらっています。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-17 21:29 | SpeedPanchro28/2 | Comments(6)

2002 裏町(2017年12月6日スーパーアンギュロン21㎜F3.4やはり同じレンズ)2 超接近視線



フォクトレンダーのヘリコイドリング付きMマウントアダプタ、
これが私の写真をかなり変えた、私はそう信じています。
ホロゴン、ビオゴン、スーパーアンギュロン等々、
稀代の名超広角レンズたちをマクロとしても使えるようになった!
ロボグラフィは微視的な写真です。
私という人間のスケールにぴったり合った超接近視線。
これらの超広角レンズの愛好家は多いでしょう。
とくにかなり多数の写真家がスーパーアンギュロンの使い手です。
でも、そんな方でも、上記のアダプタの存在、効用を知らないと、
超接近ロボグラフィたちを見ても、
これがスーパーアンギュロン21㎜F3.4の写真だ、などとは、
とても想像できないだろう、そんな感じがします。

こうした超広角レンズのマクロは、
本来のマクロレンズたちと一線を画した描写性を示します。
被写界深度がとても深いからです。
厚みのあるロボグラフィたちが立ち上がる、そんな感じ。
こうしてますます究極のプライベート写真を集積していく。
私の人生はこんな風に片隅に視線を注ぎながら、流れていく。
これもまた、人生。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-16 11:10 | SuperAngulon21/3.4 | Comments(0)

2002 裏町(2017年12月6日スーパーアンギュロン21㎜F3.4やはり同じレンズ)1 出産間近


私の4番目の孫が生まれた産婦人科医院での撮影から始まる、
奈良の裏町ロボグラフィです。
相変わらずの路傍写真。
スーパーアンギュロン21㎜F3.4のドラマチックな表現力のお陰で、
私にとっては、裏町行脚の記憶を生き生き蘇らせてくれます。
普通ならさっさと忘却の彼方に去ってしまう散歩の一部始終を、
ドラマチックな風合いを加味して思い出させてくれるのですから、
やっぱりこれは良いレンズです。

今、韓流ドラマ「ハッピートゥギャザー」を楽しんでいます。
DVDの紹介文をお借りしましょう。
『美しき日々』のイ・ビョンホン、『夏の香り』のソン・スンホン、
『猟奇的な彼女』のチョン・ジヒョンとチャ・テヒョン……。
今や押しも押されぬ人気の韓流スターたちが、
夢の競演を果たしていた1999年放送のTVドラマが本作品だ。
離ればなれになっていた5人の異父兄弟・姉妹が、
ひょんなことから再会。反発を繰り返しながら、
互いの絆を確かめ合っていく様を描いた、
心温まるファミリードラマとなっている。

チェ・ジウさんの「冬のソナタ」を見つけたのが2007年。
ブログを始めたのが2008年。
それ以来、韓流ドラマを毎夜観るのをやめたことはありません。
ブログも最初は日に幾度もアップしていましたが、
今は2日に1回程度に落ち着いています。
でも、やめません。
音楽と写真とドラマは私の生活の柱。
ロボグラフィと韓流ドラマの両輪で走ってきたようなものです。

もっとも、日本もそうなのでしょうけど、
韓流ドラマもかなり変質してきました。
韓国社会の現代化とともに、社会もドラマも洗練されてきた感じ。
でも、私は、社会も写真も音楽もドラマも泥臭いのが好きです。
たとえば、私は自分の服装に気を配ったことがありません。
外に出て恥ずかしくないのであれば、人がどう見ようが気にならない。
生活も写真も同じスタンスで生きてきました。
韓流ドラマの変質は、そんな私にはかなりこたえています。
どんどんと洗練され、スマートになっていくのですから、やっかい。
泥臭いのが私の好みなのですから。
そんなところへ、久しぶりに古いドラマを見たわけです。

「ハッピートゥギャザー」
古き良き時代の美しい人間関係、人情がまともに私の心を打ちます。
上記の紹介文には漏れているヒロイン、美人女優のキム・ハヌルは
かつて野球選手で今は審判を務める男の娘です。
ソン・スンホン演じる男性主人公の検事をを愛しているのですが、
同僚検事(これが又、ハン・ゴウンという美人スターの駆け出し当時)
に奪われそうになり、半ば諦めて、携帯電話をオフにしています。
父はこれに気づいて、以下のように諭します。
「電話を入れておきなさい。
強打者はいつどんなときでも逃げられない。
負けていても、不利な状況でも、最後の一振りまで全力を尽くす。
それがプロだ。
だから、後悔しない。
それでいい。
どんなにがんばろうとも、勝つときは勝ち、負けるときは負ける。
だが、後悔してはならないんだよ」

韓流ドラマにはこんな味のあるセリフがよく出てきます。
どうやら有言実行の社会のようです。
人間たちが真っ向からぶつかり合い、その理由がはっきり分かります。
ゲーテ流のビルドゥングスロマンが根幹にあります。
だから、たいていのドラマは紆余曲折、波瀾万丈の果てに、
主人公たちは苦しみを乗り越えて一段と優れた人間となり、
それぞれに幸せな結末の大団円を迎えます。
現実で人間の醜い面をめったやたらに見てきた人間にとって、
とても満足すべきうれしい収め方です。
単純と言えば単純ですが、深い知恵と愛に出会うことができます。
「ハッピートゥギャザー」は私が求める韓流ドラマの典型。
こんなドラマが100話以上集まってしまいました。
当分、現代ドラマは敬遠して、古いドラマを楽しむことにします。

そして、ロボグラフィはどこまでも泥臭い路傍風景。
なにもかも泥臭い人生になってしまいそうですが、
上記のドラマのおとうさんが言うように、
「後悔しない」人生になれば、いいじゃありませんか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-09 23:36 | SuperAngulon21/3.4 | Comments(0)

2001 西大寺と奈良町(2017年12月4日スーパーアンギュロン21㎜F3.4はあたたかに)2 わが町


2000回記念の後には、
一旦中断したスーパーアンギュロン21㎜F3.4後編を続けましょう。

写真界におけるカリスマ性、人気、いずれをとっても、
スーパーアンギュロン21㎜F3.4はホロゴンを凌駕していたようです。
ホロゴンをメインレンズとした写真家など皆無ですが、
スーパーアンギュロン21㎜F3.4にはかなりあるようです。

もっとも有名な写真家はジャンルー・シーフでしょうか?
ファッション写真に超広角レンズのパースペクティブを活用しました。
スーパーアンギュロン21㎜F3.4特有のカリスマ的な描写、
深遠な広がりを見せるパースペクティブはホロゴンほど極端ではないので、
中央の主人公を引き立てる見事な舞台、見せ場を作ってくれます。

でも、私はホロゴンにせよ、スーパーアンギュロン21㎜F3.4にせよ、
広角特有の広大なパースペクティブを活用したいとは思いません。
超広角レンズの特質は広く撮れることではなくて、深く撮れること、
そんな風に考えていることもありますが、
カリスマレンズには申し訳ありませんが、
私ははなから路傍のロボグラフィしか撮らないのですから、
超近接で撮るとき、被写界深度の深さが役に立つことが狙い目。
そんな撮り方をする私にとって、
カリスマレンズが得意とする写真的効果は、むしろ邪魔。
そんな感じさえします。
これを防ぐために、水平垂直を心がけています。
いわば、超広角レンズであることを気づかせない、
そんな撮り方をしたいからです。
こんな撮り方をする私にとっては、
超広角は出会ったものをそっくり記録できる速攻レンズ、
ということになりそうです。

陳少林先生の揚琴伴奏レッスンの帰りと奈良町、
いつもの道、いつもの撮り方だけど、
レンズが変わると、見えるものが違ってきます。
飽きませんね。

愛する妻を見飽きたと言う人は居ませんね。
私は自分が元気で闊歩できる自分の町を愛します。
なぜ?
自分の町を愛さないと、生きてる意味が半減するから。
30年を超えると、まさに「我が町」。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-06 18:29 | SuperAngulon21/3.4 | Comments(0)

2000 寒風(2018年1月15日ホロゴン15㎜F8Uがバス道、西大寺の道すがら) 号外!!  


本ブログ、「レンズ千夜一夜」もついに2000夜目を迎えました。
初めは名前のとおり、千夜で終わりにするつもりでした。
でも、当時まだレンズをぼちぼち手に入れていたうえ、
性質上、ただレンズをとっかえひっかえ使うだけですから、
ブログと撮影が二人三脚でとても気楽に続けられる感じ。
それじゃ、当分続けてみるか、という気分になったわけですが、
引退してみると、事情が変わりました。

第二の人生が高遠、広大なる視野を私に開いたのです。
これからが、私による私のためだけの本当の人生なのだ!
仕事と言える仕事は、子供たち(猫ですが)の世話と、家事だけ。
規則正しく継続することで人生に生き甲斐を見いだせる、
そんなものを幾つも見つけることが必要になりました。
幸い、写真と音楽が2本柱となってくれました。
音楽の方は揚琴、リコーダー、二胡、そしてハーモニカと、
柱が一杯ありますが、
写真の方はやはりホロゴンウルトラワイドから抜き出して、
ライカMマウントとなったホロゴン15㎜F8Uが大黒柱です。

持ったときの気分が違います。
どんな方にもそんなものがあるでしょう。
これがあれば、何もいらない。
これがあれば、空も飛べる!
これは冗談、と言いたいところですが、
ホロゴンウルトラワイドの時代、
「飛び込み自殺型撮影法」を盛んにやっていました。
地面を撮りたい。
でも、普通に下に構えて撮ると、
両下すみに立派に両足が写ります。
そこで、両足をできるだけ開いて、ホロゴンを両手で突き出し、
前方にゆっくりと倒れ込み、
ホロゴンウルトラワイドが両足を写さないあたりまで来たら、
シャッターを切り、次の瞬間、両足を前に飛ばして、
転倒寸前の体を支える。
一瞬ですが、水平に飛んでいました。

不思議に、ソニーα7に付けると、
そんな苦労が不要になってしまいました。
ホールドする両手指がカメラボディの前面よりも前に出ていても、
写りません。
だから、水平地面も両足を開いただけで撮れるようになりました。
私にとっては、魅惑のホロゴンワールドへの魔法の窓。

ただし、手に入れて最初の10年でしっかり悟りました。
ホロゴンの描写を喜ぶ人はほとんどいません。
写真家が誰一人常用メインレンズにしなかったのも当然。
他のレンズと同じ距離、スタンスで撮ると、
四隅に向かって膨張するだだっぴろい光景ばっかり。
ちょっと曲げると、画像は歪んでしまう。
ホロゴンの撮り方はただ一つ、被写体に、1m以内で、
できれば50㎝前後に肉迫して、水平垂直に撮る、
これだけです。

いきおいノーファインダー撮影しかありません。
そんな撮り方、誰もしたくないようです。
なぜ?
作画ができないので、自分の作品を創造できません。
あなた任せ、ホロゴン任せで撮ってもらう写真だけ。
というわけで、写真家の使用に耐えず、
私のようなど素人向きのレンズだったわけです。

すでに出会ってから20年近くなりますが、
20年変わりなく、
ホロゴン様から写真をプレゼントしていただいて、
常に新鮮な驚き、衝撃をエンジョイするだけ。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-04 16:19 | Hologon15/8U | Comments(0)

1999 初冬(2017年12月4日スーパーアンギュロン21㎜F3.4はあたたかに)1


とうとう本ブログも1999号までたどり着きました。
当初はレンズ紹介、レンズの味覚テストが眼目でしたが、
蘊蓄を傾けたレンズ情報、レンズ論など、かけらもないので、
クラシックレンズグルメのみなさんは近寄りません。

私も、レンズの味を確認するために撮影などしていません。
ただレンズを取っ替え引っ替えすることで、
いわば「レンズ論」仕立ての振りをして、
その実、写真付き日記を一人で楽しんでいる点では、
別ブログ「わが友ホロゴン、わがタンバール」と変わらない。

そこことに気づくと、方針を変えました。
それじゃ、いっそのこと、
沢山無差別に撮りまくった写真を無差別に掲載するすることで、
このブログも写真どっさり日記にしちゃおう!

偶然、レンズ界のカリスマの一本、
スーパーアンギュロン21㎜F3.4が順番に回ってきましたので、
(まだ昨年12月撮影分までしか消化できていないのです)
1999号にはこのレンズの前半を掲載し、
2000記念号には、私の横綱レンズ、ホロゴンを登板させ、
いわば、超広角対決を楽しむことにしよう!

まず、スーパーアンギュロン21㎜F3.4がバリバリとロボグラフィ。
今日、以前の自分の写真をランダムに見たくなり、
いつものように、私しか使わない用語の組み合わせでグーグル画像検索。
いつもは、「イングリッド・バーグマン ホロゴン」というような組み合わせ。
今回は「ロボグラフィ ホロゴン」の組み合わせ。
すると、「ハッセルぶらっと」というブログにぶつかりました。
こう記しておられたのです。
「最近 ロボグラフィ という言葉を耳にした。
 なんなん?
 いろいろ検索したら、路傍の変哲もない光景を芸術的に昇華させる 
 ちゅう事らしい・・」
そして、私のロボグラフィと完全に同種のロボグラフィの試写を
掲載されていました。
そうですね。
ロボグラフィ写真は作品ではないので、優劣の比較など起こりませんね。
したがって、撮り方の方は誤解がないのですが、
ブログの上記本文は、もうしわけありませんが、完全な誤解です。
私はただのド素人として、自分の出会った光景をメモするだけ。
その写真を世間に向けて、「私の写真作品です」と呈示する気はありません。
だから、「芸術的に昇華」は、私のロボグラフィに限って、起こりません。
私の目は、どうやら生まれつきらしいのですが、
なんでもない光景に、人間やら動物やら幻影やらを自動的に感じ取ります。
クラシックレンズはそんな私の個人的な変身譚をいかにもそれらしく
写真にしてくれます。
種々のレンズ特性のひずみ、欠陥、不足がどうやら役だっているようです。

ですから、本文の中で再三再四どころか、再百回再千回お断りしています。
私のブログはただの個人的な日記で、人に見せる作品ではありません。
それならアクセス拒否でブログを作ればよいじゃないか?
そう言う方もおいででしょう。
でも、私はただの日記が書けない、書簡だといくらでも書ける、
そういう特殊な性格の人間らしいのです。
だから、未来の私相手に手紙を書くつもりで、第三者宛に書いています。
もしかして誰かが読むかも知れない、そう感じると、
ますます本物の手紙を未知の私と未知の誰か宛に書いているつもりになり、
筆がますます走る、ただそれだけなのです。

ですから、ロボグラフィとは、写真作品の様式を意味するものではなく、
ただの「路傍の写真メモ」、そうお考えください。
皆さんが時折やっていることではないでしょうか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-08-03 10:56 | SuperAngulon21/3.4 | Comments(0)

1998 落ち穂拾い(2017年11月21日アポクアリア28㎜F2が高畑町の晩秋に心地よげ)2 ロボグラフィ


アポクアリア28mmF2、この日の撮影の後半になって、
ますます調子を上げているようですね。
と、言いたいところですが、
私は自分の写真が分かっています。
長年、自分の写真を人に見せてきました。
一貫して、常に調子は一定しています。
無反応、それだけですね。
わずかに、実にわずかにですが、
私の写真を評価する方も居ない訳ではない。
でも、大抵の場合、訳が分からない、という反応。

私の写真は、私にだけ通用する私の勲章だと思っています。
なぜ?
私は人が分からない、自分だけの写真を撮りたいからです。
アートではないのです。
人になにか伝えたいメッセージがあるわけではないのです。
人が私の写真を見てどう思おうが、私には無縁。

私は写真のセンスもアートセンスも皆無。
そんな繊細な感受性とは完全に隔絶した世界で、
前半生を生きて来た人間です。
私が生きて来た世界では、優劣がはっきり別れます。
知るべきもの、やるべきことが明確です。
知るべきものを知らなければ、アウト。
やるべきことをしなければ、アウト。

アートの世界は違います。
アプリオリに決まっていることなど何一つありません。
もの、状況、作家、観衆(ときには聴衆)との、
一期一会の出会いが放つ火花に意味があります。
そんな出会いがなければ、無意味。

ところが、私はそんな出会いなどと無縁です。
ロボグラフィと私の出会いは一期一会ではありません。
一瞬の目配せ、視線の交錯、その程度の軽さ。
その出会いの痕跡、証拠であるロボグラフィは、
私の記憶の欠片。
私以外の人には無縁。

私の2つのブログで、誤解の余地がないように、
このことを繰り返し繰り返し書いています。
私の写真の師匠田島謹之助がすでに見破っていました。
「あんたの写真、最初、なんか意味ありげだな、
そう思う。
だけど、よくよく見ている内に気づくんだよ、
なんの意味もないんだって」
私は最初からロボグラフィを撮ってきたのですね。



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# by Sha-Sindbad | 2018-08-01 22:03 | Apoquaria28/2 | Comments(0)

1997 落ち穂拾い(2017年11月21日アポクアリア28㎜F2が高畑町の晩秋に心地よげ)1 鬼っ子レンズ


私は別に変人ではありませんが、
写真趣味としては、変わっているかもしれません。

写真家は、プロアマを問わず、作品としての写真は、
色に偏りが無く、透明感のあるものにしたい、
そうお考えのようです。

吉田正さんの写真教室でも、私の持参するプリントも、
写真としての感想はほとんどありませんが、
色については、マゼンタをかぶっているとよく言われます。
私は鈍感なのでしょう。
そう言われて感じるのは、「それがどうしたのですか?」

どうやらクラシックレンズのほとんどは、
モノクローム時代の製品であるだけに、
さまざまな色の偏りがあるようです。
つまり、それが特徴の一つなので、
これを補正したら、元も子もない、という風に感じます。

私は、いわゆる優等生が嫌いです。
すべてにおいてバランスがとれている、そんな感じがいや。
子供の頃クラスの鬼っ子だったような人間が面白いですね。
反応も行動も言葉も予測不能、そんな人間がいいですね。
写真がまさにそれです。
クラシックレンズは光景に個性的に反応します。
その反応がそれぞれに違っていて、楽しい。
優等生レンズは光景をそのままに写し取る傾向があります。
「もう見たじゃない!」
新鮮な喜び、驚きがありません。

宮崎貞安さんのレンズの独創性は、
現代的な優等生的性能を活かしつつ、
光景に対して、そのレンズらしい反応を見せるのです。
だから、「あれっ、ちょっと違う!」
ニューレンズ、アポクアリア28㎜F2がその典型です。
さすがに現代レンズらしいクリアさが、
私のクラシックレンズたちの描写と一線を画しますが、
決して固くはなく、画像に独特のコクと落ち着きがあります。
全部開放描写ですが、すでに適度に厚みもあり、
ロボグラフィらしい変化(ヘンゲ)の雰囲気が漂います。
アポクアリア28mmF2もれっきとした鬼っ子かもしれません。
「隠れ鬼っ子」という感じかな?




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-29 11:59 | Apoquaria28/2 | Comments(0)

1996 化けに化け(2017年11月18日スピードパンクロ35㎜F2が新大阪で変容三昧)


この日、新大阪駅界隈は雨でした。
雨はストリートを一変させます。
さしもの美女も、
肌がしっとりとする程度なら、美しさがいや増しに増しますが、
ずぶぬれになると、もう怖いですね。
ストリートのロボグラフィたちはこれが狙い。
濡れれば濡れるほど、メタモルフォーゼ効果が増大します。
そこに、スピードパンクロ35㎜F2が絡むと、
私にとってはまさにフェスティバル!
でも、真っ当な美的意識の持ち主なら尻込みしちゃうでしょうね。
それが狙い、ということもあって、
私のロボグラフィは変化、変幻ほしいままに。。。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-27 19:00 | SpeedPanchro35/2 | Comments(0)

1995 ロボグラフィ異変(2017年11月15日スーパーアンギュロン21mmF4がいつもの道で)


人生って、一体なんだろう?
ときどきそう考えてみます。
先日、二女の車で橿原に行った際、
昼食を橿原のイオンでとることにしました。
ときおり、子供たちの車で奈良県のイオンに参ります。
広い駐車場があるので、駐車場探しに苦労しないこと、
さまざまなお店があるので、子供たち、孫たちのニーズに沿った、
いろいろなショッピングができることが理由。

私は、自分の楽しみのため以外には一切買い物しないので、
イオンなど無縁、無用の長物です。
とくにこれが私たち貧乏人からなけなしの金を搾り取る、
現代屈指の集金メカニズムと知っているだけに、
ここで金は使いたくありませんね。

イオンが吸収したい資金を一番貯めているのは誰?
もちろん退職老人たちです。
彼らにはもはや無用だけど、イオンには有用な金が、
無意味に彼らの懐で眠っている。
もっとも大した金高ではありません。
でも、沢山の貧乏人からごそっと吸い上げたら、
塵も積もれば山となる、の喩えどおり、
イオンの運転資金に有効な働きをしてくれます。

そこで、プロムナードには分不相応なソファが置かれ、
退職老人たちの憩いの場として提供されています。
奥様方は、邪魔な命令、注文しかしゃべれないご主人たちを、
体よく追い出します。
やることがないので、現代の最高のオアシス、イオンに来ます。
孫たち、娘たちのために金を落とすかも知れない。
ということで、立派なソファーを提供されて、
退職老人たちはゆったり腰掛けています。
なにか深い思索に耽っているのでしょうか?
脳裏を過ぎった優れたアイデアが捉まえ直そうと、
脳裏のかげで必死の奮闘を繰り広げつつあるのでしょうか?

私は、職務の中で、人の目をしっかり見ることが、
その人の理解の鍵であると考えていました。
狐疑逡巡、罠の仕掛けに成功、見事裏をかいたぞ、
等々、脳裏を過ぎる様々な思案が目の中にしっぽを出します。

ソクラテスが酷寒のポテイダイア包囲戦の最中の陣中、
まさに深夜、陣営の十字路にさしかかりました。
その瞬間、どうやらこの古今最高の哲人の1人に、
ある見事な思索が浮かび上がったらしいのです。
兵士たちが折良くその十字路を警備していました。
なにもすることがないので、このおかしな男の振る舞いに、
釘付けとなってしまいました。
凍り付くような寒さ、立ち止まったらそのまま氷柱、
そんな酷寒の深夜、哲人は立ちつくしたままでした。
兵士たちもおもしろ半分、大向こうの立ち見としゃれこみました。
朝一番の鶏の声とともに、ソクラテスは、深い思索から醒めて、
短い祈りを捧げてから、何事もなかったかのように、
スタスタと歩き去ってしまいました。

そうなのです。
哲人は、脳裏の中でさまざまな思索の筋を登場人物として、
ドラマを組み立てることができたのです。

でも、退職老人たちの目を見ますと、
ソクラテスのような思索に耽っているとは思えません。
なんだかなにも考えず、なにも見てない、そんな眼差し。
在職中の目標を失って、退職後の新たな達成課題をまだ見つけていない、
そんな途方に暮れた風情が感じられます。
これからどれだけ続くか分からないのです。
自分の力で、新しい目標、行動課題を見つけ、あるいは作る、
それが退職後の最初の関門なのでしょう。
その関門を突破しないと、生きる意味が失われかねません。

でも、この関門をなかなか突破できないのは、
退職後の人生には新しい価値観、新しい行動基準が必要なのに、
在職中に培った価値観、行動基準を捨てて、
そのような新しい境地、行動基準に飛び移るための、
それ相応の覚悟、用意、資源がないのかも知れません。
これが退職者を待ち受ける最終試験なのかも知れません。

一つの解決の糸口は在職中の自分を振返って、
「ああ、この仕事から自由になったら、あれをしたいなあ」
という憧れがあったのではないか?
自分の心の奥底に浮かび上がろうとしていた憧れの対象、
これを思い出すことではないでしょうか?

私は、在職中からそんな憧れをはっきりと抱き続けていました。
一言で言えば、
「美しいものだけを見つめて生きること」

その美しいものが、ここに登場する写真たちなのか?
多くの人がそう疑問に思うでしょう。
確かに今回の写真の半数近くは、走行中のバスから撮りました。
ドラえもんは「どこでもドア」を持っていました。
私が持っているのは、
「どこでも、いつでも撮影」



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-26 23:11 | SuperAngulon21/4 | Comments(0)

1994 田園道に憩う(2017年9月17日アンジェニュー50mmF0.95が鹿野園町でしっとり)2


先週土曜日以来、我が家に滞在していた末娘一家4人が、
明日関東に帰ります。
いやはや大変な一週間でした。

3歳の長女と生後半年の二女の2人の孫は、
たった1週間の滞在中にぐんぐんと成長し、変わりました。
とくに二女の方の変化は著しいですね。
来た当座は同じ姿勢でベッドに寝ているだけだったのに、
今ではすっと寝返りをうって、ごろごろと移動し、
腹ばいになると、頭をしっかりもたげて、周囲を観察。
目の動きが極めて敏捷で、反応が鋭く的確になってきました。
表情がとくに赤ん坊から幼児風に豊かになってきました。

孫たちと会えるのは次の正月でしょう。
それまで会えないのはさびしい限りです。
そんな気持ちをかみしめていると、ふっと感じました、
もしかすると、老いるのも、同じくらいに迅速なのかも?

そう考えると、おちおちしていられませんね。
いつも書くことですが、私の対処方は実に簡単、
美しいものだけを見る!

ある意味で無責任です。
でも、自分の前半生に、かなりの程度社会に奉仕しました。
後半生は自分に奉仕する、そう心に決めています。
私がそうして見つめた美の写真を2つのブログで並べています。
なんで、これが美なの?
そうお感じになる方が多いでしょう。
そんな方は所詮私とは別世界で生きておいでになるのです。
ご遠慮なく!
永遠にさよならしちゃいましょう。




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-21 23:26 | Anjenieux25/0.95 | Comments(0)

1993 田園道に憩う(2017年9月17日アンジェニュー50mmF0.95が鹿野園町でしっとり)


私は近頃は図書館を定期的に利用しています。
書斎に永世置いておきたい本はあらかた手に入れました。
これから幾度目かの愛読をしたいものです。
でも、ちょっとした好奇心も満足させたい。
そこで、図書館で借ります。

いつもかなり満足します。
でも、記憶力が抜群に悪い私ですから、大抵、忘れます。
その本を忘れたことさえ忘れます。
でも、ほんの少しは記憶の奥底に沈殿してくれます。
それで十分でしょう。
この汚辱と混乱に満ちた末世の出来事など記憶に留めたくないので、
私が記憶すべきことはどんどん減少していくのですから。
ただ一言でもよいかもしれません、
「ひたすら美しいものだけを愛して生きよう」

この言葉に動機付けられてか、芸術関連の本を多く探します。
藪野健「絵画の着想」(中央公論社)はかなり楽しみました。
ちょっと意地悪い表現で申し訳ありませんが、
文章も絵も饒舌そのものです。
きっと知においても美においても、アイデアが沸騰しているのでしょう。
でも、ちょっと付き合いきれないほどに、言葉、イメージが氾濫します。
もっと簡潔なら、もっと心に沁みるのに......

(誰か読む人が居たら、きっとこういうでしょう。
お前の方こそ、言葉も写真も氾濫状態じゃないか?
それは違います。
私のブログは、私の心覚え、メモなのですから。
文章は、単なるボケ防止の、頭に浮かんだままの殴り書きだし、
写真は、私が歩いたままの記憶想起用ペグなのですから)

さて、藪野さん、
何カ所か、鍵となるアイデアを大書されています。
これがなかなかピンと来て、刺激的です。
たとえば、
「絵を描くことは格闘技に似ている。
ローマの競技場に佇んで
そう思った。
キャンバスやデッサン帳は
いわば舞台で、
最初の一撃は、第一撃、
開幕に当たる」

私のロボグラフィとは全然違うなあ。
ロボグラフィには格闘とか努力の要素は皆無。
一番近いのは、海外のストリートですれ違い様、
見知らぬ人とちらっと目が会った瞬間、
好ましいと思ったら自然にほころぶ微笑み、
目配せ、うなづき、そんなすれ違いのエール。

私がバックストリートを徘徊するのは当然です。
表通りは、すべてが一目を惹くための仕掛け。
その奇抜、意外なイメージが見る人の心にこびりつき、
いつかなにかを選択する瞬間、時限爆弾効果を発揮して、
かすかに記憶する方に親しみを感じて、手を出してしまう、
そんな落とし穴だらけの表通りと違い、
バックストリートは他人に見せる場所ではありません。
自分たちが住む場所。
見せかけのものなどありません。
生活だけがあります。
そんな場所での撮影は格闘技には似ていません。
最初の一撃は、なにかへの開幕に当たるわけではなく、
それで完了。
「 コンチワ! サイナラ!」
写真に残されるものは、
私とロボグラフィとの出会いの一瞬だけ。

私の場合、99%、開放絞りで撮ります。
だから、50㎜以上の長焦点レンズではピントを合わせます。
デジタルカメラの利点は液晶中心部を拡大できること。
たいていの写真家なら、ピントを合わせると、
液晶画面を元に戻して、画面全体の構成をチェックします。
私はしません。
ピント拡大画面でピントが合った瞬間、シャッターを落とす。
挨拶が終わったら、さっと手を振ってお別れするだけ。

帰宅してから、マックの画面で写真と出会います。
ああ、こんなだったなあ。
私の記憶が蘇ります。
写真的な構成をチェックして、トリミングなど一切なし。
ブログ画面での写真の周辺の白線は、写真の外枠です。
カルティエ=ブレッソンが往年やっていたような、
黒枠の焼き付けの丁度反対に、白枠を残している、
その手法をコピーしたもの。
カルティエ=ブレッソンは、こうして、
撮ったままの写真がそのまま作品であると証明して、
瞬時のスナップがそっくり作品にする天才性で
見る人を圧倒してきました。
私の場合、作品とするための仕掛けなんかじゃありません。
自分の目の前に現れたロボグラフィを、
そっくりそのまま思い出すための仕掛けとなって、
1人私の心を温めてきたというわけです。

というわけで、絵の場合は、「最初の一撃は開幕に当たる」のに、
ロボグラフィの場合は、「最初の一撃の後にはなにもない」

昨年9月に鹿野園町を散策して、オリンパスEP-L1に付けたのは、
アンジェニュー50mmF0.95
私が持っている一番明るいレンズです。
さすがに背景が美しく、
それだけロボグラフィたちがすっくと立ち上がります。
私にとっては、これも「魔のレンズ」の一本。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-19 23:07 | Anjenieux25/0.95 | Comments(0)

1992 田舎暮らし(2017年11月11日フォコター50mmF1.9のバス停界隈)


前回記事は揚琴の付虹先生のお宅でのレッスンを終えてから、
ユニバーサルシティ駅で撮った写真の前半。
今回記事は、その後半と、奈良に帰り着いてから、
我が家直近のバス停に降り立ってから家までの、
歩いて3分足らず、距離にして300mほどの道ばた写真です。

ソニーα7に付けたフォコターで撮った、まさに路傍写真たち。
貧寒とした田舎のだらだら坂道です。
道行く人になどほとんど出会いません。
そんな田舎に住んでいる撮影者の生活には、
この世の選良の華麗なる人生にふさわしいものなど、
何一つありませんね。
まさに浄瑠璃のセリフ、「田舎ぐらしは暇ばっかり」ですね。

でも、人間って、慣れるものです。
こんな路傍の雑草たちがまさに生きる伴侶となってくれています。
お感じにはならないでしょうけど、
私の心は温かさと愛情にふくれあがっています。
ご理解にはなれないでしょう。

でも、構いません。
人は皆、孤島です。
それぞれ自分の小さな島に住んでいます。
どう生きるかは、勝手。
人間にとって大切なことは、なにをするかではありません。
どんな気持ちでするか、です。

子供の頃、グレース・ケリー主演の映画「泥棒成金」で見ました。
ヒッチコック監督の佳作。
大金持ちが朝食の席上、自分の葉巻を目玉焼きで消すシーン。
なんてことをするんだ、と仰天した記憶を忘れることができません。
今から考えると、金まみれになった人間の価値観の迷走、
し放題の放縦な生活の中でふっと心に影をさす倦怠、
そんな空虚な心情をちょっとした仕草で描ききったのでしょう。

私とは正反対の境遇、心境。
富も地位も名声もなにもなく、ひっそりと片隅で生きる。
でも、心は晴れ渡り、小さな世界のすべてに愛情を注ぐ日々。
ロボグラフィって、そんな人間の視線の記録というわけです。

このようなフォトジェニックなものなどなにもない状況で、
使ってみますと、フォコター50mmF1.9、なかなか良い!
誰からも気に留めてもらえないヤツらが、
思いもかけずレンズを向けられて、わっと心を躍らせている、
そんな風に感じるのですが、ねえ..............





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# by Sha-Sindbad | 2018-07-14 22:34 | Focotar50/4.5 | Comments(4)

1991 唯我独尊(2017年11月11日フォコター50mmF4.5が新大阪の休憩時間に活躍)


一番豪快な描写をするレンズはなにか?
私の知る限り、答えは一つです。
ライカ社の引伸しレンズ、フォコター50㎜F4.5
宮崎さんにライカMマウント用レンズに改造していただきました。
でも、あまり使っていません。

こんな友人をあなたはお持ちではありませんか?
何時会っても、自信たっぷり。
私は、いわば天才。
私はそれを知っているし、あなたもそれは認めざるを得ない。
そこで、2人の会話のテーマは常に彼自身、ということになります。

そんな人に私は40年前に出会いました。
今でも、彼は変わっていません。
そして、その天才ぶりに驚倒させられます。
でも、出会いがいつも少し物足りないのです。
別れてから気づきます、
今回も彼は僕になんにも尋ねなかったなあ...........

フォコターって、そんな友人の雰囲気にかなり似ています。
いわば、天才的レンズ。
フォコターもそれを知っているし、
私がそう思っていることも知っている、
でも、フォコターは私のことにはさほど関心を抱いていない、
そんな感じ。

天才たちが愛用して、その信頼にこたえてきました。
とくに、ライカレンズで撮った写真の引き伸ばしは、
このレンズに限る、そう言う人が沢山居ました。
確かに、カルティエ=ブレッソンのプリントを見る度に、
なんと堂々たる立体感、実在感!
なんという独特になだらかなグラデーション!
そして、生き生きとした雰囲気描写!
きっと彼のラボはフォコターを使っていたでしょう。

私はローデンシュトックの50㎜、80㎜しか使いませんでした。
ニコンの引き伸ばしレンズを試してみましたが、
切れ味、シャープネスは断然ニコン。
でも、グラデーションを犠牲にしていました。
おそらくフォコターは、上記の2本の良い点を備えていたでしょう。
でも、フォコターは高くて買えなかったのです。

ところが、モノクロプリント時代が去ってしまうと、
フォコターが往時の半額以下になって出回るようになりました。
さっそくあっけにとられるほど廉価で手に入れ、
宮崎さんにMマウントを付けて頂きました。
でも、なかなか手が伸びない。
なぜ?
ライカレンズの描写とかなり違う感じなのです。

ごくごく単純に各社のレンズの描写性を表現してみますと、
ツァイスは男性的、
ライカは女性的です。
フォクトレンダーは透明感があり、
シュナイダーは鋼の感触。
アンジェニューはコクがあって、
ダルメイヤーはやさしい。
余りにも単純化しすぎていますが、私の第一印象がそんな感じ。

じゃ、フォコターは?
他のすべてのレンズとちょっと違う感じなのです。
他の各社のレンズだって、自分の絵を描き、自分の歌を歌います。
でも、自分を愛してくれる人のために最大限協力してくれます。
だから、レンズ選びに成功すると、写真家はいつも、
自分の表現を徹底的に追求できるのです。
ところが、フォコターって、ちょっと頑固なのです。
いつも自分の絵を描き、自分の歌を歌います。
使い手に残された選択は、
フォコターの絵、歌を好むか好まないか、だけ。

だから、時代を創造する作品を生み出した写真家には、
義経に弁慶が使えたように、一変、かしづいたのでしょう。
でも、おそらくフォコターをカメラに付けて、
自分の写真世界を築き上げた写真家って、
世界広しと言えども、いないのではないでしょうか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-12 23:01 | Focotar50/4.5 | Comments(0)

1990 習慣(2018年1月20日ダルメイヤー25mmF1.9新大阪の休憩時間に活躍)2 君のためなら


先日、奈良駅に向かうJR大和路線快速に乗っていました。
JR大阪駅で乗り込んだとき、2つ空席を見つけました。
私はかなりすばしこいのです。
とくに妻と一緒のときの慣行が新婚以前からできています。
結婚したとき、「君のためならなんでもするよ」と、
約束したせいです。

つまり、電車に乗車したとき、一席しか見つからなければ、
妻が座り、私が立つ。
今回は空席が2席です。

私も座れそう!
まず、近場の席にさっとバッグを置き、
別のドアから乗り込んだ妻に、手を上げて「見つけたよ」と合図。
でも、よく考えると、バッグをもう1つの席に置いてから、
妻用のベターな位置にある席に立って、妻を待てばよかった。
妻はほぼ満員に近い人ごみを縫ってやってきて、
すっと私の席に座りました。

たいていのご夫婦では、そんな状況でも、奥様が譲る側に回り、
50年配を超えると、どちらかと言うと、旦那優先のようです。
私は自分の言葉を遵守します。
記憶力は悪いのに、自分がした約束は覚えています。
これは妻が超絶的に記憶力が良いせいもあります。
だから、何年経っても、ずっとかしずく側に据え置き状態。

でも、今回の場合、かなり疲れて、JR大和路線に乗り込んだのですから、
私も一席確保して、座っても良かった。
でも、哀れ、私はもう1つ、遵守していることがあった!
「レディファースト」
今時、死語ですね。
でも、私は自分が採用した路線はずっと守る人間。

妻が私の守っている席に、乗客を縫ってたどり着くのを待つ間に、
別の女性ももう一つの空き席に気づいて、妻に続いてやって来ました。
こうなると、その女性の前で、もう1つの空き席にすっと座って、
「早いもの勝ち、これがこの世の絶対真理ですねえ、すまないねえ」
なんて、澄ましたりはできません。

人間って、こんな風にある決断、ある選択が何十年経っても有効、
ということがあるものですね。
怖いですねえ。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-10 23:03 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1989 狭き門(2018年1月20日ダルメイヤー25mmF1.9新大阪の休憩時間に活躍)1 狭き門


「狭き門より入れ、
滅びに至る門は大きく、その道は広く、これより入るものおほし。
命に至る門はせまく、その道は細く、これを見出すもの少なし。」

マタイ伝のイエスの言葉ですね。
いろいろな意味がありますね。
だから、生きている言葉なのかも知れません。

私の尊敬する先輩がはるか昔に語った言葉を思い出しました。

   「ぼくは、狭い道と広い道、2つのどちらに進むか、
   そんな選択を迫られたとき、いつも狭い道を選んできました。
   一度も後悔したことはありません」

今頃どうしておられるでしょうか?
今でもお元気で、狭く、でも高みにつながる道を上って行く、
そんな人生をお送りになっていることを祈りたいですね。

私は、そこまで高邁な意識があったわけではないのですが、
どうも狭くて、いつか袋小路のたどりつく道ばかり歩いて来た、
そんな感じがしてなりません。

その証拠に、今だに路地裏ばかり彷徨っていますね。
路地って、たいてい行き止まりですね。
まさに自分の人生をそっくり反映しているのかも知れませんね。

でも、そんなデッドエンドにぶつかってもぶつかっても、元気。
どうやらその秘密は、私が片隅になにか別世界への扉を見つけるから、
そんな感じがしています。
その別世界はただの想像の産物であることは認めます。
私の人間性を高めるものでもなんでもありません。
でも、生きる慰め、次のステップに踏み出す弾みになってくれます。
だから、たとえ孤独であっても、心を弾ませ、にっこりできます。

価値あるものを創造することなどできなくても、平気です。
それがどうした?
価値あるものを創造できる人って、限られているじゃないの?
価値あるものを味わえる感受性を失わなければ、
人生は十分生き甲斐があるってものじゃないかな?

私が入って行く道が「命に至る門」につながっているかどうか?
あらかじめ分かりっこありませんね。
ひたすらどしどしと前に向かって歩いて行くだけです。

一つだけ、余計なこと。
はっきり分かっていることがあります。
差し迫った用もないのに、携帯を眺め続けること、
これは絶対に「命に至る門」にはつながりません。
近眼、老眼、近視眼思考、朦朧頭脳にはしっかりつながっています。
さなきだに少ない創造的な思考力をすり減らし、
頭脳を、雑多で無用な情報が煙らせ、早く衰えさせ、
いつか、なんの図柄もない灰色のジクソーパズルに変えてしまいます。
携帯は、視野暗き道につながっていることだけは確かですね。
携帯こそは「暗き門」なのかも知れません。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-07 14:50 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1988 古色(2017年10月6日ダルメイヤー25mmF1.9大阪加美の下町で震え)


私が音楽の中で最大に愛するものと言えば、
女性の歌声です。
大好きな歌手が一杯います。
桂銀淑さん、山口百恵さん、イ.ソニさんも大好きな歌手です。
スミ・ジョーさん、キャスリーン・バトルも劣らず好きです。
でも、私がその歌声を聞く度に、心の底から驚きと喜びと讃歎を感じる、
ウルトラスペシャルな歌手が3人居ます。

   マリア・カラス
   キルステン・フラグスタート
   キャスリーン・フェリア

つい今さっき、最後のキャスリーン・フェリアに仰天させられました。
先ほども、彼女の歌をたっぷり登録しているサイト、
Classical Music goturhjem2所収の1曲です。

    Kathleen Ferrier singing a medley while playing the piano.

        https://www.youtube.com/watch?v=k2wwGX9kkgs&list
        =RDDP0M1omMFQg&index=11

聴いたことのないイギリス風の軽い歌のピアノ弾き語りなのですが、
もしかすると、彼女自身の即興かも知れません。
わきたつような喜びに弾ける歌声と笑い、
二度の耳にできないと思えるほど、神秘な艶を帯びた輝かしい響き、
神が与えたもうた唯一無二のコントラルトの声の最上の瞬間は、
このときだったかも知れない?
そんな風に思いたい位に、初々しい歌声。

たった41歳で乳ガンのために世を去りました。
密かに忍び寄る死の予感が彼女の今に深い陰影を与えて、
このひとときをなおさらに尊いものにしたのでは?
そんな想像をさせてしまうほどに、光に満ちています。

いつもながらの我田引水で申し訳ないのですが、
キャスリーン・フェリアの古いモノーラル録音を聴いていますと、
銀塩モノクローム写真の味わいにとても似ている、
そう感じてしまいます。
現代のデジタル録音を考えますと、音質はよくありません。
でも、デジタル録音に人肌の暖かみを感じることができません。
デジタル写真とそのあたりの感触が平行しています。

コンピュータグラフィックスにはめ込まれた現代スターたちと、
ジャン・ギャバン主演の仏映画「現金に手を出すな」との差。
ルート・ロイベリック主演の「菩提樹」も思い出しますね。

今回のダルメイヤーの廉価版Cマウントレンズ、
ダルメイヤー25㎜F1.9E
なぜか古いモノクロ映画の味わいを出してくれます。

こんな写真を楽しいと思う人間そのものが時代遅れだ!
そう言われるのがオチですが、構いません。
大阪の下町、平野区の加美の路地裏が、
まるでタイムマシーンに乗って撮ったかのように、
古き良き時代の香りを帯びるようです。
こうしてこのチビレンズの写真を観る度に、
これ一本きりでもいいな、
そう本気で考えてしまいます。



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# by Sha-Sindbad | 2018-07-05 20:46 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1987 陰翳(2018年1月27日ヒストリオダゴナール40mmF6.3が京都駅界隈を試写)


私はどうも時代にいつも遅れる質の人間のようです。

でも、それには理由がないわけではありません。
あらゆることが便利になって行く時代です。
自分が子供の頃のことを思い出しますと、
日本と世界はこんなにも変ってしまったか、とため息が出てしまいます。
便利過ぎて、なにもかもがコクがなくなってしまいました。

私もさまざまな便利を享受してはいますが、
世界全体がどんどんつまらなくなっていくのは悲しいですね。
世界各地の民族音楽が全部滅亡寸前に落ちぶれてしまい、
ロックのビートが音楽世界を完全に支配する時代になってしまいました。
世界中に漫画、コミックが氾濫し、携帯でゲームに夢中になり、
本を読む若者は世界中から姿を消そうとしています。

日本ときたら、もう惨憺たる有様。
立憲民主主義など密かに捨て去られてしまい、
民主主義の皮をかぶった権力主義者が支配する暗黒時代に、
怒濤のような勢いで移行しつつあります。
原子力行政が真の原因である、福島原発事故が収拾不能、
原発のほとんどが耐用期間を超え、日本列島はいつか、
全土チェルノブイリ状態になろうとしているのに、
報道機関は完全な沈黙を守り、まるで原発事故など過去の出来事。
でも、誰もそんなこと気にもしていない。
まさに繁栄の極にある日本で生きることができて、幸せ!

写真で言いますと、世界中の写真好きの99%は、
ズームレンズ付きデジタルカメラでスイスイと撮り放題時代。
正直に言いますと、私はうんざりです。
デジタルレンズで撮って、画像処理ソフトで加工しまくった写真は、
私にはとても写真には見えません。
生理的に受け付けることができません。

自分だって、デジタルカメラを使っているのですから、
大きなことは言えた筋合いではありませんが、
完璧な現代レンズとは比較にならない低画質の古代レンズで、
なんとかバランスを取ろうとあがいています。

今は、写真を撮るための修行も技能もほとんど不要になり、
感性だけで勝負できる時代になったと言う方もいます。
私は、密かにつぶやきます、
そうじゃないだろう? 
画像処理ソフトの腕だけで勝負できる時代だろう?
おかげで、心に心底ぐっと突き刺さって来る写真なんか、
出会えなくなって、何年経ったでしょう?

そんな時代に、レンズの独特の個性を全開する、
そんな古き良き時代の面影を宿すレンズたちを、
現代に復元するべく、続々とニューレンズを制作されている、
MSオプティカルこと、宮崎貞安さんの試みは異色そのもの。

   ヒストリオダゴナール40mmF6.3

古のダゴールの面影を色濃く留める最新レンズです。
試作品をお借りしての試写分がまだ残っていました。
ざっとごらん頂きましょう。

もちろんいつもの通り、レベル補正で濃度を整えただけ。
レンズの個性がそのまま出ています。
なんのてらいもなく、情景を素直に写し取る、
質実剛健の気合いがこもったレンズ、
そんな感じがしませんか?




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# by Sha-Sindbad | 2018-07-03 18:28 | HistrioDagonar40/6.3 | Comments(0)