人気ブログランキング |

レンズ千夜一夜

2092 感謝(2018年12月9日パンタッカー50㎜F2.3が大阪西九条を生き生きと)

写真家吉田正さんの写真教室の受講を辞めて、かなり経ちました。
吉田さんの語りに心を奪われることもなくなったわけでもなく、
教室の皆さんの個性溢れる作品たちに接して、
驚嘆することがなくなったわけでもありません。
ただ、私の人生の時間がどれだけあるか、
神様しか知らない。
だから、私としては、もうほとんど残っていないことを常に前提して、
それでもなお私がやりたいことをやりたい、残り時間のすべてを自分一人で使いたい、
そんな気持ちになったのです。

ある意味で惜しいのですが、
私を動かしたのは、「西は西、東は東」の原理だったわけです。
写真家の世界、写真家を志望する人たちの作品世界、
それはかなり以前から私の世界と遠く隔たっていたのです。
私はそれに気づきながら、私の人生を楽しく彩ってくれるのではと考えて、
受講を続けてきたのですが、
私の写真に対するスタンスを正当化するファクターはついに見つからないと、
最終的にはっきりと見極めがついたのです。
私のプライベートな記憶の写真は、
パブリックな作品プレゼンテーションを目標とする写真家の写真と、
どこにも接点がなくなった、ということなのでしょう。

でも、実のところ、
私のような個人的スタンスで写真を楽しんでいる方の方が多いでしょう。
写真家志望の皆さんの写真世界はむしろレア。
大抵の人は自分の個人的なスーベニアとして写真を心の底から楽しんでいます。
私が今更ながら気づいたのは、私は自分のスタンスを意識しながらも、
仲間ほしさに、写真歴の大半を写真クラブで過ごしてきたのは、
時間の無駄ではなかったとしても、
一種の贅沢にすぎなかった、ということでした。

今年の四月以来、人に写真を作品として見せることを完全に止めて、
ブログ日記に掲載することに専念するようになって、
私は自分の精神が浄化されたという気持ちさえ感じています。

思い出すのですが、遙か昔から、
私は自分の写真を賞賛されると、かなり奇妙な気分になることに気づいていました。
ということは、つまり、私は写真歴のかなり昔から、
パブリックな作品作りへの動機を失っていた。
じゃ、なんだったのだ?
その写真を撮ってくれたレンズへの感謝、
その情景を記憶できることの喜び、
これだったようです。

どうやら、と言うより、間違いなく、
私は変人なのでしょう。
おそらく私は写歴45年を超えて、
アマチュア写真家のほとんどの方よりも沢山写真を撮ってきたように思います。

でも、正直なところ、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、ですね。
私のような撮り方だと、ロボットにホロゴンを渡して、
奈良町を1時間撮らせたら、私のと区別の付かない写真がずらりと並ぶでしょう。

10年ほど前でしたか?
心斎橋の画廊で8歳の少年写真家の写真展を観ました。
画廊を出てきたとき、友人たちが口々に言ったことは、
「ホロゴン写真とそっくり同じですね」
つまり、誰でも腰あたりにレンズを下ろして水平に撮ったら、
撮れるものは一緒なのです。
私が写真家的な作品作りをしていなかったことはこのエピソードで証明済み。

私が一種のレンズ収集家、愛好家になったのは、
今から12、3年ほど前でしょうか?
Cマウントレンズの快楽に出会ってからのことのようです。
レンズの数だけ、少しずつ肌合いの違う写真が撮れるようになりました。
どのレンズでも、私の好みの場に行き会わせて、
そのレンズにふさわしい距離まで接近して、
液晶画面拡大のピント合わせだけで撮っているのですから、
レンズの数だけヴァリエーションは在っても、
基本的な調子は「行き当たりばったり」式という点で不変。
写真家の皆さんは私の本質をとっくの昔に見抜いてしまわれました。

写真家の基本的なメルクマールは、
「他の人には撮れない作品を創造すること」
ではないでしょうか?
一方、私の写真に一貫して流れるメルクマールは、
「誰でも撮れる、
だけども、誰も撮りたいとは別に思わない」

こんな風に自覚できると、私はますます元気いっぱいになれるのです。
じゃ、少なくとも、人まねだけはしないで済んでいるんだ。
こうして右顧左眄せず、自分の心覚えとしての写真だけを撮り続けている、
この首尾一貫性を自画自賛したくなるのです。
今回もパンタッカーレンズの快楽に浸りきっていますが、
「行き当たりばったり」式の基本的な調子は不変です。
パンタッカーというレンズ、
アストロ・ベルリンという映画会社の、
おそらく民生用の主力レンズなのでしょう。
とても個性的な空気感、真理空間を演出してくれます。

写真作品用レンズとしては癖がありすぎと言えるでしょう。
でも、私のように自分の記憶のために写真を撮る人間には、
心の底から愛したくなるようなコクをにじみ出させてくれます。
とくに50㎜がそうです。
私にとっては、ホロゴンに次ぐ、私の人生レンズ。
でも、アストロ・ベルリンのレンズはみんな同じ雰囲気です。

 どこか翳りのあるプライベート空間の演出

私のようなロボグラファー
(これも造語です。ロボグラフィを撮る人、という意味です。)にとって、
自分が出会った場所がどこか独特の様相を呈する状態で記録化できる、
これは痺れるほどの喜びなのです。
自分自身が体験したスペシャルな空間の描写。
それなのに、他人から見たら、
「これがどうしてスペシャル?」
このズレが私をますます痺れさせてくれます。
「独りよがりの美学」というわけです。




b0226423_23011320.jpg
b0226423_23011998.jpg
b0226423_23012547.jpg
b0226423_23013135.jpg
b0226423_23013610.jpg
b0226423_23014234.jpg
b0226423_23014858.jpg
b0226423_23015411.jpg
b0226423_23020280.jpg
b0226423_23020879.jpg
b0226423_23021591.jpg
b0226423_23022160.jpg
b0226423_23022772.jpg
b0226423_23023330.jpg
b0226423_23023967.jpg
b0226423_23024745.jpg
b0226423_23025454.jpg
b0226423_23030180.jpg
b0226423_23030661.jpg
b0226423_23031335.jpg
b0226423_23031885.jpg
b0226423_23032636.jpg
b0226423_23033317.jpg
b0226423_23033946.jpg
b0226423_23034553.jpg
b0226423_23035192.jpg
b0226423_23035706.jpg
b0226423_23040529.jpg
b0226423_23041419.jpg
b0226423_23042298.jpg
b0226423_23043298.jpg
b0226423_23043947.jpg
b0226423_23061095.jpg
b0226423_23044761.jpg
b0226423_23045598.jpg
b0226423_23050123.jpg
b0226423_23050827.jpg
b0226423_23051457.jpg
b0226423_23052387.jpg
b0226423_23052956.jpg
b0226423_23053601.jpg
b0226423_23054477.jpg
b0226423_23055238.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-06-17 23:08 | Pan.Tachar50/2.3 | Comments(0)

2091 大和路(2019年2月4日キノプラズマート25mmF1.5b手に西大寺に移り、ますます幸せ)



人生の過ごし方って、人によって、多種多様ですね。
これが人生にとって価値ある本当の過ごし方だ、
なんて万人に等しく価値のある過ごし方などありません。
たとえば、なにかを鑑賞したい。
人生に価値あるものを鑑賞したい。
じゃ、なにを鑑賞するか?
これも人それぞれ異なる回答をするでしょう。

「モナリザだ!」
そうおっしゃる方もいるでしょう。
でも、ルーブルに毎日毎日通い、開館時間から閉館時間まで、
「モナリザ」の前に陣取って、
対面し、対話し続けるのも素敵なことですが、
それだけが本当に人生に価値あることでしょうか?

人生とは生きることです。
どんどんと移りゆく時を過ごすのです。
一つのことからすべてを想像し、さまざまに創造できる人ならいざ知らず、
私たち凡人は一つのことをいつまでも続けるわけにはいきません。

私がたどりついた結論は実に簡単です。
今、私がやりたいと思ったことを今この場でやる、
観たいと思ったことを直ちに観る、
それで良いのじゃないか?

こんな説もあります。
誰も四六時中価値あることをすることはできない、
本当に価値ある行為とその準備のための行為とを交互に重ねる、
それが価値ある人生だ、という考え方もあるでしょう。

でも、「価値ある人生」って誰にとってのか?
こう考えると、私はどうしても、人のため、世のため、なのであると、
大上段に構えることができません。
それは結果的にプレゼントされるもの、というスタンスで良いのじゃない?
まずはひたすら自分のために生きればよい、いや、そうしかできない、
私はそう考えます。
世のためになるけど、自分のためにはならない行為を無理して行うなんて、
かなり病的ではありませんか?

さしあたり、ロボグラフィが世のため人のためになるとは考えられません。
でも、私が平気でロボグラフィのために沢山の時間を割けるのは、
世のため人のためになんか今更がんばりたくない、
という気持ちがあるからでしょう。
こんな風に考えますと、大きな価値ある行為だけではなくて、
日常のすべての作業も人生に価値のある行為だと考えたいものです。

ほんのときたま、自分のブログ記事を読み返すことがあります。
そんなとき、初めて自分の写真を並べたままの姿で観るのです。
人に見せるために撮っていないから、
写真家さんたちの作品とはまったく異質です。
友人から笑われました、
「人に見せたっていいじゃない?」
私も人が観ることは全然気にしていません。
でも、人が観ることを念頭に置いて、写真になにかしら意味を与えたり、
優れた写真作品らしい美観を演出したり、なんて、
写真家がしているような煩わしいことはしたくない。
人が観たっていいけど、わざわざ見せたいとは一切考えない。

その一環として、美しい構図の写真を撮るための努力は一切払いません。
私がノーファインダーで撮り、ピントを合わせる必要がある場合でも、
拡大画面で合わせた瞬間、いきなりシャッターを落として、
全体像に画面を戻して、構図をチェックしたりしないのは、
自分であれ、他人であれ、後で写真を見る者がどう感じるかなど、
まったく考慮しないで済ませているから、
いわば待ったなし、自由気ままに撮影を楽しめるからです。

推測するに、どうも写真歴の最初の12年間
モノクロームで撮っていたときの気持ちを持ち続けているらしい。
当然ながらナチュラルな色つきイメージを前にして、
シャッターを切ると、その写真は、
私が肉眼で見たイメージとまったく異質な白黒画像に一変しているのです。
その変換のミラクルが写真の醍醐味でした。
カラーの濃度と白黒のグラデーションの濃度はまったく違います。
だから、肉眼の視覚像とモノクローム写真とは異質そのものなのです。

本物の写真家は、肉眼で見ただけで、作品をイメージできるのだそうです。
私は、当時も今も、そんな芸当はできません。
すべて行き当たりばったり。
撮れた結果はすべてレンズの贈り物。
これもまた一つの人生の喜びなのです。

キノプラズマート25㎜F1.5も、
私にとっては、人生の喜びの源泉の一つ。
なぜ?
どう撮れるか?
何年撮り続けても、予想できないのです。
結果がよいときもよくないときもあります。
でも、どんな写真もみんな私の写真、そう納得できる独自性があります。
退屈な写真、まともな写真など一枚もない。

でも、他の人から見たら、
退屈でない写真、まともでない写真なんか一枚もない、
ということなのでしょうね。
そのギャップがまた私をわくわくさせてくれます。
私は人と一緒のことなど、できたら、したくないので。





b0226423_21555012.jpg
b0226423_21560386.jpg
b0226423_21560860.jpg
b0226423_21561450.jpg
b0226423_21562041.jpg
b0226423_21562656.jpg
b0226423_21563325.jpg
b0226423_21563918.jpg
b0226423_21564549.jpg
b0226423_21565136.jpg
b0226423_21565736.jpg
b0226423_21570327.jpg
b0226423_21570921.jpg
b0226423_21571660.jpg
b0226423_21572238.jpg
b0226423_21572840.jpg
b0226423_21573423.jpg
b0226423_21573959.jpg
b0226423_21574501.jpg
b0226423_21575108.jpg
b0226423_21575716.jpg
b0226423_21580345.jpg
b0226423_21580994.jpg
b0226423_21581567.jpg
b0226423_21582255.jpg
b0226423_21582859.jpg
b0226423_21583389.jpg
b0226423_21584024.jpg
b0226423_21584697.jpg
b0226423_21585179.jpg
b0226423_21585882.jpg
b0226423_21590833.jpg
b0226423_21593051.jpg
b0226423_21593996.jpg
b0226423_21594787.jpg
b0226423_21595334.jpg
b0226423_21595915.jpg
b0226423_22000657.jpg
b0226423_22001303.jpg
b0226423_22002085.jpg
b0226423_22002790.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-06-13 22:02 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

2090 エキササイズ(2019年1月13日パンタッカー75mmF2.3で奈良町撮ると、幸せな気分に)エクササイズの日々



アーシングを始めて以来、かなり絶好調気分。
疲れを感じず、翌日に疲れが残らないのです。
もちろん水素吸引も含めての毎日のエキササイズにも
大きな貢献を見ることができますが、
とにかくアーシングの効果は絶大。

朝の儀式を書いておきますと、
目覚ましがなったら、即座に目が覚めます。
まず布団の上で両足を突き上げ、
ぶらぶらと揺さぶり運動。
これによって、体の端に貯まった血液を中央に戻します。
まあ、そういう効果があると聴きました。

ほんとかどうかは知りませんが、
これで確かにすかっとして、さっと起き上がり、
側のヨガマットに移り、
上に置いたストレッチポールで、
ポールを横にし、縦にし、各40往復ゴロゴロ転がって、
背骨を伸ばします。
これはかなり効果的という感じがします。
終わると、さっとポールを脇に立てて、ヨガマット上、
20分間十数種類の自分で考案したストレッチを、
ゆっくりとした速度で楽しみます。
これらの運動で全身かなり柔らかくほぐされ、
血流もぐんぐんと流れをよくしてくれる、そう信じています。

朝食は洋式にパンと紅茶とシリアル。
シリアルは2種類、これに干しぶどうとバナナ半分、
ミルク、ヨーグルトをミックスして、これが主体。
美味しい朝食を済ませ、洗面をします。
退職すると、髭を蓄える方がかなりおられます。
私は貧相がなおさら貧乏たらしくなるので、
きちんと髭を剃ります。
その都度、櫛の歯をやわらかティッシューで拭い、
(まだ生きているようなものです。
水分は厳禁だそうで、おそらく頭髪の油が命の素)
これで朝の支度が完了。

そのあと寝室に戻り、
夫婦の寝具を畳んで押し入れに収め、
(私は寝具を①一ひねり、②二つ折りの手順で、
瞬時にきちんと畳むことができます。
何十年とやってきたので、当たり前。
寝具を押し入れに収めるのも運動の一種)
そして、昨夜洗った食器を食器棚や棚にきちんと収め、
朝食の食器を洗い、食卓を整理して、
朝の作業、終わり!
大体40分かかります。

でも、まさに流れ作業ですが、一つ秘訣。
寝室の整理にかかった後は、可能な限り、
コードレスイヤホーンを耳にセットし、iPhoneのYouTubeで、
ナショナルジオグラフィックのHistory Channelのような、
啓発的な番組に耳を傾けながら、作業するのです。
沢山収集した老読本を聞くこともあります。
これでますます元気が出るので、退屈せず、
はかどる作業を毎日重ねることで、流れ作業が身につきます。

実はこれ、すべて老化防止策。
たいてい、これらの作業が済むと、
アーシングウッドに出かけます。
アーシング、撮影、浄化、運動、幾重にも役立ちます。
こんな神秘の森(と言っても、小さなものですが)が、
我が家から徒歩数分で、しかも誰にも出会わず入り込めるのです。
天の恵み、それ以外にはありません。

ある朝、
その森に入る道(バス道から神域をぐるっと半周する迂回路)で、
溝に落ちた椿の花を撮っていると、
ときどき出会う60年配のがっしりとした男性が、
にこにこ笑いながら、尋ねてくれました、
「なにか良いものがありますか?」
こんな風に人に笑顔を見せることができる人には、
ほとんど出会いませんね。
うれしくなって、
「この神域で出会うもの全部がいいですよ。
この椿を見てください。
もう溝に落ちてしまったけど、
まだ嬉しそうに頑張っているじゃありませんか?
我々みたいなものです」
その人、ますます笑って、別れました。
この人とはその後も会うたびに10分ほど立ち話をします。
彼だけです。
笑顔一つ見せず、挨拶もしない人がほとんど。
大阪の下町とは大違い。

退職したとき、ほとんどの人は、どうやら、
「ああ、これで私の人生も下り坂になった。
納め時に近づいたなあ」
私は違いました。
職員たちに拍手で送り出された瞬間、感じたことは、
「ああ、これで自由になった!
これからがぼくの人生だ!」
何十年という職業生活で、やることはやった、
でも、社会への貢献はこれで終わり!
あとは自分のために生きるぞ!
それが私が待望した瞬間だったわけです。

どなたにもそんな気持ちは大なり小なりあるのでは?
でも、自分の職業、社会的地位を自分と思ってしまった人には、
「生身の自分こそ本当の自分で、
職業、社会的地位なんて、ただの衣服に過ぎない」
と考えるのはとても難しいようです。
私は、職業に就く前に、大先輩の講義を受けました。
「君たちねえ、みんなが君たちに頭を下げるだろうけど、
それは君たちの職責に頭を下げてるだけで、
君たちに本心から敬意を払っているんじゃないよ。
そのことを一生忘れちゃいけないよ」
私は、記憶力は抜群に悪いのに、
このときの先輩の表情、言葉はけっして忘れませんでした。
今でも、その場の情景をくっきりと思い出します。
それは底の底から私を粛然とさせる体験でした。
人生の恩人の一人だった、私はそう考えています。
彼の言葉は一生役に立ちました。

よく考えると、私の人生って、こんな恩人たちのお陰で、
なんとか保っているようなものですね。




b0226423_23194313.jpg
b0226423_23194958.jpg
b0226423_23195507.jpg
b0226423_23200095.jpg
b0226423_23200608.jpg
b0226423_23201507.jpg
b0226423_23202274.jpg
b0226423_23202912.jpg
b0226423_23203659.jpg
b0226423_23204357.jpg
b0226423_23205014.jpg
b0226423_23205662.jpg
b0226423_23210491.jpg
b0226423_23211260.jpg
b0226423_23211851.jpg
b0226423_23212418.jpg
b0226423_23213051.jpg
b0226423_23213681.jpg
b0226423_23214386.jpg
b0226423_23214963.jpg
b0226423_23215516.jpg
b0226423_23220306.jpg
b0226423_23220992.jpg
b0226423_23221641.jpg
b0226423_23222351.jpg
b0226423_23223087.jpg
b0226423_23223766.jpg
b0226423_23224570.jpg
b0226423_23225226.jpg
b0226423_23230020.jpg
b0226423_23230795.jpg
b0226423_23231390.jpg
b0226423_23231930.jpg
b0226423_23232681.jpg
b0226423_23233249.jpg
b0226423_23234023.jpg
b0226423_23234690.jpg
b0226423_23235872.jpg
b0226423_23240603.jpg
b0226423_23241247.jpg
b0226423_23241955.jpg
b0226423_23242641.jpg
b0226423_23243298.jpg
b0226423_23251862.jpg
b0226423_23252426.jpg
b0226423_23253083.jpg
b0226423_23253748.jpg
b0226423_23254368.jpg
b0226423_23254911.jpg
b0226423_23255700.jpg
b0226423_23260424.jpg
b0226423_23261024.jpg
b0226423_23264635.jpg
b0226423_23265236.jpg
b0226423_23265822.jpg
b0226423_23270587.jpg
b0226423_23284603.jpg
b0226423_23285320.jpg
b0226423_23290056.jpg
b0226423_23291664.jpg








# by Sha-Sindbad | 2019-06-08 23:32 | PanTachar75/3.5 | Comments(0)

2089 幻のレンズ(2019年5月27日ヴァリオプラズマ50mmF1.5が大阪本町の繁華街を楽しんだ)



ツァイスにあって、テッサーやプラナーというような
レンズ史に燦然と輝く名レンズたちを設計したパウル・ルドルフが、
ツァイス退職後にフーゴ・メイヤー社に就職して作った
映画用レンズの一つがキノプラズマート。
各種の焦点距離があります。

近年におけるレンズ研究の金字塔は、
岡田祐二さん、上野由日路さんの近著、

  35㎜判オールドレンズの最高峰「50㎜f1.5」

私家版で、発売後速やかに完売と成ってしまったようで、
まさに幻の名著と成りそうです。
その第2章に名レンズ30本の詳細な紹介がなされていますが、
その冒頭が本レンズなのです。

その紹介文が名文。
はるか東に向かって一礼して、岡田さんの許可を得たことにして、
引用させていただきます。
(ただし、段落はブログの都合上、
自由に改行させていただきました。)

「キノ・プラズマートによる写真は自分自身の内部での写真というものへの見方を
根本的に変えてくれたと思う。
絞り開放での「ぐるぐるボケ」は
あたかもこのレンズの代名詞のように言われるぐらい有名であるが、
ペッツバールレンズでの周辺の強烈さとも異なるユニークなものであるし、
f8くらいまで絞り込んだときに、
ピント部分に現れる粒子が輝くような描写は何物にも代えがたい貴重な財産である。
一枚一枚の写真がどのような描写で現れるのか心が弾んだ。
そして、それと同時に同時代の古典レンズに対する興味が沸々と湧き出てくるのを感じていた。
これがまさに「レンズ沼」への入り口であり、
結局著者はその沼に引きずり込む案内人として、
もっとも強力なレンズを最初に選んでしまったわけである。」

なんと岡田さんの原点がこのレンズだったとは!
ますますこのレンズに魅力を感じさせてくれた文章です。

すでにこのレンズを入手できた「選ばれた人たち」以外の人間には
オリジナルのキノプラズマートを手に入れることは
完全に不可能となってしまった現在、
この幻のレンズの玄妙なる世界を実体験できる人はいません。
でも、その世界をほんの少しでも覗いてみたい、
キノプラズマートとは完全に別種でもいいから、
一種独特な幻惑描写の片鱗を味わってみたい方は、
私一人ではないでしょう。

宮崎さんの復刻版、ヴァリオプラズマ50㎜F1.5は、
キノプラズマートのレンズ設計を踏襲しています。
オリジナルキノプラズマートの魅力を忠実に再現することまでは、
宮崎さんご自身、期待なさっているわけではありませんが、
使ってみて、十分納得できます。
現代レンズには決して実現できない
独特のレンズ表現に出会うチャンスを与えてくれるレンズ、
そう言うことができそうです。
やっぱり使ってみたいじゃありませんか?

大阪の本町界隈を1時間ほど撮影しました。
その作例をご覧頂きましょう。

上記の本の作例はプロの写真家がお撮りになっています。
実に精密にして濃厚なる表現ですね。
どうやら現代の写真処理の可能性を最大限活かした再現です。
一方、私はまず、ど素人の小手先写真である上に、
ソニーα7の撮影スタイルを「スタンダード」にして、
そのコントラスト、彩度、シャープネスをすべて最低に落として、
JPEGで撮って、濃度を揃えるだけの処理で、アップしています。
もちろん、全写真、ノートリミング、ノー編集です。
できるだけ銀塩フィルム時代の写真に近づけないと考えているからです。
だから、上野さんの高品位の写真とは比較にならない位、低品位。
これは私の2つのブログのすべての写真に言えることですが、
私としては、これでもまだデジタル臭い、と感じられるのですから、
どうやら時代遅れの人間らしいですね。
そんな時代遅れの素人がヴァリオプラズマ50㎜F1.5を楽しんでみたら、
こんな写真になった、という気楽なスタンスで、
ニューレンズの試写をお楽しみください。




b0226423_22330702.jpg
b0226423_22331791.jpg
b0226423_22332595.jpg
b0226423_22333276.jpg
b0226423_22333977.jpg
b0226423_22334710.jpg
b0226423_22335917.jpg
b0226423_22340530.jpg
b0226423_22341242.jpg
b0226423_22342240.jpg
b0226423_22343242.jpg
b0226423_22344142.jpg
b0226423_22345652.jpg
b0226423_22344961.jpg
b0226423_22350352.jpg
b0226423_22355090.jpg
b0226423_22360783.jpg
b0226423_22362120.jpg
b0226423_22362936.jpg
b0226423_22363878.jpg
b0226423_22364536.jpg
b0226423_22365388.jpg
b0226423_22370403.jpg
b0226423_22371385.jpg
b0226423_22372536.jpg
b0226423_22374471.jpg
b0226423_22375239.jpg
b0226423_22375901.jpg
b0226423_22380630.jpg
b0226423_22381322.jpg
b0226423_22381919.jpg
b0226423_22470637.jpg
b0226423_22471796.jpg
b0226423_22472734.jpg
b0226423_22473594.jpg
b0226423_22474547.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-06-05 22:48 | VarioPrasma50/1.1 | Comments(0)

2088 意外性(2019年1月12日クックシネマ25㎜F3.5と新大阪の相性は抜群)


クックという会社、よく知りませんが、
映画用の名レンズをかなり沢山作っているようです。
クックシネマ25㎜F3.5はおそらく素人用でしょう。
まさにパンケーキ型の小型レンズですが、
これがなんとドラマチックな表現力の持ち主。

ミッシャ・エルマンというヴァイオリニストが昔一世を風靡しました。
晩餐会だったでしょうか?
まさに宴たけなわとなったとき、
司会者がゲスト演奏家として、エルマンを紹介しました。
現れた冴えないぶ男に女性たちはがっかりしました。
でも、ひとたび演奏が始まると、
女性たちは完全にエルマンの虜となってしまったそうです。

クックシネマ25㎜にはそんなエルマンの趣きがある、
と言いたくなります。
奇妙な形の冴えない小型レンズです。
でも、なんだか独特の実在感と立体感溢れる画像をプレゼントしてくれます。
どこにそんな独創的な創造力が潜んでいるのか、
つくづく不思議になります。

長い間、さまざまなレンズと親しんできましたが、
レンズって、つくづく人間に似ている、という気がしています。
外観が立派なレンズが名レンズとは限らない!

昔、東京地検の特捜部で活躍した検察官に会ったことがあります。
彼、曰く、
「これまでの人生で一番立派な容貌、風采の持ち主に二人出会いました。
二人とも詐欺師でした」
その一人は昔「ほらの吹原」の異名を取った人物でした。

ただし、この検事さん、人生で一番優れた人柄の人物って、
どんな容貌、風采であったかは語りませんでした。
当たり前ですね。
さまざまな遺伝、環境、人生の中で容貌、容姿は
次第にかたちを現すものでしょうから。

私に言えることはただ一つ。
「人を見かけで判断してはいけない」
これだけです。
レンズがまさにそうですね。

このクックシネマ25㎜F3.5、
見かけはまったく無様だけど、
性能はまさに抜群。
使えば使うほどに、
このあたりのアンバランスがこのレンズのチャームポイントになっていく、
そんな妙味がこのレンズの魅力かも知れません。

蛇足ですが、
上記の検事さん、鬼の特捜検事とはとても思えない、
雛人形のお内裏様そっくりの頼りなさげな容貌でした。
ま、他人のことなど言える身ではありません。
私も容貌風さいはまるっきり冴えませんねえ。
でも、クックシネマ25㎜F3.5並に、
人間性の方は抜群、なんて言うつもりは全くありません。

ついでに、もう一つ、私が感じる特徴を書いておきましょう。

  人間もレンズも一緒。
  いつも同じパフォーマンスとは限らない。
  人間だって、レンズだって、
  調子の良いときもあれば、悪いときもある。
  だから、飽きずに付き合えます。



b0226423_22453230.jpg
b0226423_22454120.jpg
b0226423_22455054.jpg
b0226423_22455813.jpg
b0226423_22460530.jpg
b0226423_22461377.jpg
b0226423_22462146.jpg
b0226423_22462861.jpg
b0226423_22463465.jpg
b0226423_22464177.jpg
b0226423_22464775.jpg
b0226423_22465492.jpg
b0226423_22470156.jpg
b0226423_22470790.jpg
b0226423_22471451.jpg
b0226423_22472166.jpg
b0226423_22472947.jpg
b0226423_22473850.jpg
b0226423_22475303.jpg
b0226423_22480254.jpg
b0226423_22480972.jpg
b0226423_22481672.jpg
b0226423_22482388.jpg
b0226423_22483272.jpg
b0226423_22493724.jpg
b0226423_22494409.jpg
b0226423_22495067.jpg
b0226423_22495705.jpg
b0226423_22501747.jpg
b0226423_22500917.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-06-04 22:56 | CookeCinema25/3.5 | Comments(0)

2087 隠れ道(2018年12月16日タンバール90㎜F2.3が鹿野園町の里をほんのりそぞろ歩き)



世界中に理想郷伝説があります。
そして、その理想郷に付けられた名前が、
それぞれにみんな素敵な響きですね。

   トマス・モアの「ユートピア」
   ケルト神話の「アヴァロン」
   プラトンの「アトランティス」
   聖書の「エデン」
   コールリッジの「ザナドゥ」
   チベットの「シャングリラ」
   南米の理想郷「エル・ドラード」
   ギリシア神話の「アルカディア」と「エリュシオン」   
   陶淵明の「桃源郷」
   ケルト神話の「ティル・ナ・ノーグ」
   琉球神話の「ニライカナイ」

どれもこれもうっとりとさせる語感ですね。
満たされぬ現実の苦しみにあえぐ人々が、
いつか悲惨から逃れて、平安に包まれて暮らしたい地、
唇と舌を転がしてみてください。
そっとつぶやくにふさわしい、やさしい響きばかり。
世界中の人たちが、憧れに満ちた思いでそっとつぶやける言葉にふさわしい、
あたたかく優しく潤いに満ちた語感は格別の味わいですね。
カキクケコ、ガギグゲゴは、ほとんど含まれていません。
刺激的な語感を感じさせるのでしょうか?

クラシックレンズの命名にも同種の命名原理が働いている感じがします。
「憧れに満ちた語感」
私の最愛のレンズ2本も完全にこの原理に合致しています。

   ホロゴン
   タンバール

ひさしぶりに、そのタンバール90㎜F2.2を使いました。
意味不明のロボグラフィばかりですが、私にはとても心安らぐソフト描写。
やっぱりタンバールって、いいな...
そっとため息。




b0226423_15225501.jpg
b0226423_15230908.jpg
b0226423_15231910.jpg
b0226423_15232832.jpg
b0226423_15234461.jpg
b0226423_15235192.jpg
b0226423_15240213.jpg
b0226423_15264903.jpg
b0226423_15265865.jpg
b0226423_15270602.jpg
b0226423_15271329.jpg
b0226423_15272158.jpg
b0226423_15272968.jpg
b0226423_15292667.jpg
b0226423_15293763.jpg
b0226423_15294517.jpg
b0226423_15295210.jpg
b0226423_15300099.jpg
b0226423_15300864.jpg
b0226423_15323418.jpg
b0226423_15324292.jpg
b0226423_15324899.jpg
b0226423_15325553.jpg
b0226423_15330287.jpg
b0226423_15331185.jpg
b0226423_15331912.jpg
b0226423_15332677.jpg
b0226423_15333917.jpg
b0226423_15334874.jpg
b0226423_15335692.jpg
b0226423_15341123.jpg
b0226423_15342280.jpg
b0226423_15343211.jpg
b0226423_15344041.jpg
b0226423_15344985.jpg
b0226423_15350327.jpg
b0226423_15351687.jpg
b0226423_15352635.jpg
b0226423_15353970.jpg
b0226423_15355599.jpg
b0226423_15361605.jpg
b0226423_15363097.jpg
b0226423_15363933.jpg
b0226423_15364649.jpg
b0226423_15375865.jpg
b0226423_15381052.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-06-02 15:40 | Thambar90/2.2 | Comments(0)

2086 刻み込む(2018年12月17日キノプラズマート25㎜F1.5が奈良町を重厚に捉えた)



宮崎貞安さんからキノプラズマート50㎜F1.5の復刻版、
VarioPrasma50mmF1.5
が送られてきたことはすでに報告しました。
同時に送られてきた超大口径レンズ、
ISM50mmF1.0を早期に返還しなければならない都合上、
VarioPrasma50mmF1.5の試写は後回しになっています。

その間に、ほぼ同等の条件で撮られたCマウントレンズ、
キノプラズマート25㎜F1.5
の写真群をご覧頂くことにしましょう。

このレンズをオリンパスE-PL1に付けると、
見かけ上の写りは50㎜レンズ相当となります。
私には確認しようもありませんが、
おそらくオリジナルのキノプラズマート50㎜F1.5とは、
異質かつ一段落ちる画質だろうと思います。
でも、キノプラズマート25㎜F1.5にはそれなりに、
キノプラズマート族の一員であることの誇りが感じられます。
私にとって、という限定付はありますが、
いつもどこか誇りに充ちた毅然たる香りが燻り立つ感じがするのです。
でも、私のひいき目に過ぎないかも知れません。

とにかくずらりと並べて、
ごらんに入れることにしましょう。




b0226423_21511673.jpg
b0226423_22484842.jpg
b0226423_22490058.jpg
b0226423_22491959.jpg
b0226423_22492990.jpg
b0226423_22494110.jpg
b0226423_22495194.jpg
b0226423_22522565.jpg
b0226423_22523216.jpg
b0226423_22524066.jpg
b0226423_22524762.jpg
b0226423_22525611.jpg
b0226423_22530306.jpg
b0226423_22530924.jpg
b0226423_22531768.jpg
b0226423_22532594.jpg
b0226423_22533299.jpg
b0226423_22534098.jpg
b0226423_22535362.jpg
b0226423_22541218.jpg
b0226423_22542185.jpg
b0226423_22542800.jpg
b0226423_22544212.jpg
b0226423_22560208.jpg
b0226423_22561721.jpg
b0226423_22562661.jpg
b0226423_22564013.jpg
b0226423_22565451.jpg
b0226423_22570587.jpg
b0226423_22580282.jpg
b0226423_22582481.jpg
b0226423_22583445.jpg
b0226423_22584820.jpg
b0226423_23023844.jpg
b0226423_23025203.jpg
b0226423_23030184.jpg
b0226423_23031231.jpg
b0226423_23032200.jpg
b0226423_23033033.jpg
b0226423_23033836.jpg
b0226423_23034684.jpg
b0226423_23035278.jpg
b0226423_23040518.jpg
b0226423_23041861.jpg
b0226423_23042620.jpg
b0226423_23043394.jpg
b0226423_23050879.jpg
b0226423_23051761.jpg
b0226423_23052401.jpg
b0226423_23053310.jpg
b0226423_23054161.jpg
b0226423_23060291.jpg
b0226423_23060960.jpg
b0226423_23062237.jpg
b0226423_23063231.jpg
b0226423_23064510.jpg
b0226423_23074767.jpg
b0226423_23080177.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-05-25 23:33 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

2085 ニューレンズ登場!!(2019年5月20日ニューレンズ、ISM50㎜F1.0を樹林で筆下ろし)



5月19日日曜日朝、
現代の稀代のレンズ制作者、宮崎貞安さんから、
ニューレンズが届きました、それも2本も!
その1本は、キノプラズマート50㎜F1.5の復刻版。
そして、もう1本は、宮崎貞安さんのオリジナルの逸品、
 
 ISM50mmF1.0

宮崎さん、誇らしく、
「イズム、と呼んでください」
レンズが電化製品のただの部品と化しつつある現代において、
このレンズは、宮崎貞安さんの究極の頂点の一つとなるかも知れません。
宮崎貞安さんのそんな強烈な意志が、
「ISM」という命名に込められている感じがします。

宮崎さんのこんなお気持ち。

 私は時代に流されない。
 写真芸術は、無個性の工業製品などでは創られない!
 人類の創造として、それ自体アートである個性的レンズが、
 本物の個性に溢れたアーチストと出会ったとき、
 本物の写真芸術が創造される!
 そんなレンズを世に問うときが来た!

宮崎貞安さんのそんな思いが烈烈と沸き立ってくる、
そんな印象を受けるレンズなのです。

F1.0と、レンズ史上実現されたハイスピードレンズでも、
トップクラスの明るさなのに、
レンズ径48㎜、高さ50㎜、重さたった175グラムと、
超小型超軽量!
まさに手の中にしっとりと収まる道具なのです。

今日、5月20日月曜日、早速試写に持ち出しました。
いつものように、近くのアーシングウッドでのアーシングウォーク。
約40分間ぐるりと回りながら撮影し、
丸太割の腐りかけベンチに腰を下ろして、
ポメラを取り出して、早速感想文、というわけです。

私はレンズに関する基礎知識などまったく持ち合わせていません。
さまざまなレンズを掲載するのに、
クラシックレンズ愛好家が見向きもしないのは、
私のど素人性と、ブログとしての性格が一記事読めばバレてしまいます。
レンズブログとは名ばかり。
ただの日記でしかない!

そんなブログですから、宮崎貞安さんのために、
宣伝啓蒙の役割を果たすのはかなり困難になってしまいました。
でも、こんな稀代のレンズにお目にかかると、
誰かが観ようが観まいが、
少なくとも作例だけはしっかりと紹介させていただくつもり。

さて、約40分で135枚、1時間推定で202枚です。
私の銀塩フィルム時代は36枚撮りを1時間に6本、
つまり、216枚平均で撮っていたのですから、
フィルム時代よりも少し丁寧に撮っている感じ。
でも、フィルム時代は、むしろF8に絞って、
距離固定の被写界深度、ノーファインダーでバンバン撮ってたのに、
今回は、超大口径の最短付近でピントを慎重に合わせつつ、
大事に撮っているのですから、
撮影量はおっつかっつというところでしょうか?

これまでに撮ったことがないほどの清らかさに仰天しています。
でも、レンズの性能については、私に評価能力はありません。
作例をご覧になって、ご自分でお考えになってください。

現代のレンズ制作者たちだったら、
歪曲、色収差、周辺光量、像等の崩れがないか、
などと、鵜の目鷹の目でしょう。
こんな風に完璧なレンズを創ろうという志向が、
レンズそのものの存在、性格をただの工業部品と化してしまい、
制作者たちも、かつての名レンズ創造者たちの独創志向を失い、
無欠点の優等レンズを求めるただの技術者になってしまっていることに
お気づきになっていないのでしょうか?

でも、その元凶はユーザーかも知れません。
色崩れはないか?
歪曲はないか?
周辺光量、像の平坦性は確保されているか?
などと、レンズの諸性能の向上ばかり要求する時代なのですから、
得られた画像の芸術性、無限性、創造性なんてまったく念頭にない。
それはフォトショップなどの画像処理ソフトでカバーできる、
という感じでしょうか?
こんな風に、ユーザーがレンズの個性など二の次なのですから、
レンズ技術者たちも、第一の目標は売り上げ向上、これだけ、
という時代になってしまいました。
かつての偉大なレンズ制作者たちの個性的な創造人生を送る人は、
現代では、宮崎貞安さんお一人!
私はそう感じています。



b0226423_21471272.jpg
b0226423_21472672.jpg
b0226423_21475950.jpg
b0226423_21481013.jpg
b0226423_21481992.jpg
b0226423_21482771.jpg
b0226423_21483476.jpg
b0226423_21485544.jpg
b0226423_21491198.jpg
b0226423_21492690.jpg
b0226423_21493417.jpg
b0226423_21494490.jpg
b0226423_21495431.jpg
b0226423_21500232.jpg
b0226423_21500937.jpg
b0226423_21501835.jpg
b0226423_21503386.jpg
b0226423_21504206.jpg
b0226423_21505542.jpg
b0226423_21510893.jpg
b0226423_21511673.jpg







# by Sha-Sindbad | 2019-05-20 21:53 | IOS50/1.0 | Comments(0)

2084 変化、変化(2018年6月16日キノプラズマート19㎜F1.5が新大阪の下町を楽しんだ)また、変化



このブログに書いたかどうか記憶にありませんが、
新大阪での撮影は、私にとっては、ただの息抜きです。
隠居の身になると、江戸時代は新内、長唄などをたしなんだようです。
現代では、写真や絵画が人気ですが、
音楽関係をやる人もかなりいるようです。
私も、いわば人並みに、楽器を習っていますが、
ハーモニカはちょっとお休みして、
目下習っているのは、楊琴と二胡。
独学がリコーダー。
私の撮影場所に奈良の大和西大寺、大阪の新大阪、
ユニバーサルシティ、西九条が多いのは、
すべて楽器のレッスンの合間や終わってからの、ついで仕事。

その中で一番収穫の少ないのが新大阪です。
大阪万博当時ににわか造成で生み出された町です。
由緒ある名跡など何一つありません。
でも、今更ながら驚くのですが、大阪万博は1970年。
もう半世紀経ってしまった!
だから、私もお世辞にも若いとは言えず、
新大阪の町も新興地とはとても言えません。
新大阪の町は、万博以後は別に副都心として発展することなく、
新幹線駅の後背地的な地味な雰囲気を振り払うことはできませんでした。

そこで、毎回レンズは変えても、写真が変わるわけでもなく、
いつもいつも地味で意味不明のロボグラフィに終始しています。
こんな地味な町をかなり華麗に変身させてくれるのが、
このキノプラズマート19㎜F1.5です。
もっとも撮影者自身がレンズに合わせて変身するわけでなし、
相変わらずのロボグラフィ三昧ですが、見かけ上はちょっと派手。

でも、よく考えてみますと、
全国の幼児のパパ、ママたち、彼らも相変わらず我が子一筋に、
腕前は初心者クラスに頑固にとどまっていても、
我が子の生態を下手は下手なりに撮り続けて、
飽きることがありません。
これこそ、私が長年撮りに撮って、私のために追い求めたスタンス。
撮った本人が楽しければ、それで十分。
どうのこうのと無い物ねだりをしても始まりませんね。
これが決まると、マンネリから永久におさらばです。
いつも心に言い聞かせるのは、
出会ったものたちを、感じたままに記録しよう。

そこで、一つ、おかしなねじれが起こります。
私は、子供の頃から、
外界になにか現実にない存在を見つける癖がありました。
長ずるにつれて、その癖はますます発達し、
大学入学後ただちに写真趣味に飛び込んだのは、
まさにメタモルフォーゼを自分で記録しておきたいという気持ちから。
新大阪のような地味な町でも、この気持ちがある限り、
撮るものは一杯見つかります。
私が見て、私が化けさせたロボグラフィを撮ることなら、
どんな町でもできることなのですから。
でも、これぞ究極の独りよがり。

今日の夕食どき、
妻がつくづく呆れたように、
「あなた位、写真が上達しなかった人はいないわね。
最初の頃とちっとん変わっていないんだから」
私もにんまりと同意しました。
心の中に思っただけですが、
「それって、かなりの離れ業じゃないのかな?」

このキノプラズマート19㎜F1.5っていうレンズを含めて、
ロボグラフィに最適のレンズたちを使い続けたからできたこと、
なのではないでしょうか?




b0226423_11163257.jpg
b0226423_11164173.jpg
b0226423_11164627.jpg
b0226423_11165266.jpg
b0226423_11170473.jpg
b0226423_11171049.jpg
b0226423_11171814.jpg
b0226423_11172499.jpg
b0226423_11173214.jpg
b0226423_11173917.jpg
b0226423_11174702.jpg
b0226423_11175206.jpg
b0226423_11175926.jpg
b0226423_11180730.jpg
b0226423_11181473.jpg
b0226423_11182232.jpg
b0226423_11182883.jpg
b0226423_11183561.jpg
b0226423_11184238.jpg
b0226423_11185930.jpg
b0226423_11191841.jpg
b0226423_11192605.jpg
b0226423_11195422.jpg
b0226423_11200792.jpg
b0226423_11201510.jpg
b0226423_11202360.jpg
b0226423_11203166.jpg
b0226423_11203970.jpg
b0226423_11205494.jpg
b0226423_11210557.jpg
b0226423_11211439.jpg
b0226423_11213334.jpg
b0226423_11214157.jpg
b0226423_11215025.jpg
b0226423_11220010.jpg
b0226423_11220880.jpg
b0226423_11222036.jpg
b0226423_11222948.jpg
b0226423_11230920.jpg
b0226423_11232035.jpg
b0226423_11232948.jpg
b0226423_11233874.jpg
b0226423_11234615.jpg
b0226423_11235518.jpg
b0226423_11240535.jpg
b0226423_11241366.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-05-19 11:26 | MacroSwitar36/1.4 | Comments(0)

2083 古い町(2018年6月4日アポクロマート18㎜F2が西大寺、奈良町巡歴)



間違って、私の2つのブログにおいでになる方のために、
時折、私の2つのブログの性格について、
注意書きを掲載しています。

私の2つのブログの基本的性格は、
ただの日記です。
これ以上のものでもこれ以下のものでもない。
ブログを始めた当時は写真ブログと考えていました。
でも、そのうち、私の気持ちが変質し始めてしまいました。
最初は、私だって、人気ブログを作れるんじゃないか?
これは、私には珍しい、完全な誤解でした。

今から考えると、人気ブログの条件は少なくとも3つあるようです。

 ① 人が観たい写真を掲載すること。
 ② リンクを使って、人気ブロガーたちとのネットワークに加わること。
 ③ 人気ブログにせっせとコメントすること。

私は上記の3点をまるっきりクリアーしなかった!

まず、①
明治40年日本彫刻会が創設され、
岡倉天心に会長を依頼することにしました。
そのとき、天心に尋ねたそうです、
「日本画は売れるのに、彫刻はどうして売れないのでしょうか?」
天心、即座に、
「売りたいと思うようなものを作るから、
売れないのさ」
まさに「non写真家」のリトマス試験紙がこれですね。
私がまさにその典型。
私以外の人がどんな写真を求めているか、なんて、
考えたことがない。
自分が撮りたいと思う写真ばかり撮ってきました。
これじゃ、人が観ても喜びません。
だから、コンテストにも応募せず、
自分の写真を人からほとんど評価されたことがないわけです。

次に、②
私のブログも始めた頃は、
ご自分のブログのリンク欄に加えてくださる方が時折居られました。
でも、うっかりしていた、では済まされないのですが、
私は、自分のブログにリンク欄を設定しなかったのです。
なぜ?
簡単に言えば、私は人生でも、
そんな風にヒューマンネットワークを作る人間ではないからです。
これは本当には行けないことですね。
人は一人では生きていけないのですから。
でも、私は性格上、
一人で生きるのが一番自分に似合っていると感じる人間でした。
だから、お世辞とか社交辞令など生涯やったことがありません。
思ったことしか言わない。
もっとも、相手が嫌がることは言わないにしていますが。
年賀状もほんとに出したい相手にしか出さない。
そんな年賀状も退職と同時にやめました。
本当に付き合いたい人とは別の方法でコミュニケートできます。
社交儀礼は一切なしにしよう。
こんな人間の撮る写真が人気を呼ぶはずがありませんし、
写真家の作品だとされる可能性もありませんね。

③についても、最初は、かなり訪問していたのです。
私は人の写真を見るのが好きだからです。
でも、段々と自分の生活が忙しくなってきました。
とくに、退職をした頃、決断したことが手伝っています。
これからはぼけ防止のために、写真日記にしよう。
人気ブログの場合、掲載写真は1枚ないし数枚が多いようです。
掲載基準を高くすることで、
傑作写真ブログとしてアピールすることができます。
私は十数年前から、自分は写真家じゃない、
そう心にしっかりと自分の認識を確定しました。

だから、両ブログを自分の日記としてからは、
日記らしく、撮影順に数十枚、ときには百枚近くも一挙掲載します。
さほど好きでもない写真を一度に百枚近く見続ける人は居ませんね。
撮った本人でさえ、最後までずっと繰っていくのは苦痛です。
だから、途中でやめてしまいます。
重複写真が時折見つかるそうです。
これは自分の好みの写真を強調せんがためである!
というのは嘘っぱちで、何十枚も小型写真化して、
順番にブログに掲載していくのは大変な作業なのです。
目がくらみ、手が震え、足がなえ、というのは大げさですが、
作成後、念のため最終チェックなんてする気にはとてもなりません。
どうせ、誰も見ないんだら、重複していても、気になりませんしね。

以上の理由があって、
写真ブログは「写真付き日記」に転向したあのですが、
これは私の人生にとって大成功でした。
人生に一つの目標ができたからです。
私は生涯金に縁のない人生でした。
そんな人間はひっそりと一人でフェスティバルするのがふさわしい。

というわけで、今回も、西大寺から奈良町にと移動しつつ、
Cマウントレンズの白眉、アポクロマート18㎜F2で、
ロボグラフィばかり、どんどんと撮っていきました。
ご承知のように、どんなに優れた写真家でも、
自身のライフワークとするような作品など、
月にせいぜい数枚程度でしょう。
ライフワークでなくても、自身のレベルを維持できるような写真なら、
やっぱり日に数枚あれば良い方でしょう。
私は、そんな達成基準、作品レベルなど設定したことがありません。
最初の最初から、ひたすらシャッターを落とすのが楽しかった。
今も同じ。
だから、写真のレベルなんて、私には無関係。
「いい!」と心が動いたら、撮っているんですから、
撮れた写真はみんな私のお気に入り。
しかも、私は、画像修正はレベルを揃えるだけに限定しているので、
フォトショップで作品づくりなどしません。
見たままを小型化して掲載しています。
だからこそ、私の人生の一コマ、一コマの忠実な記録になります。
この日も、楽しいロボグラフィたちに出会えました。




b0226423_22403515.jpg
b0226423_22404227.jpg
b0226423_22404898.jpg
b0226423_22405441.jpg
b0226423_22405916.jpg
b0226423_22410513.jpg
b0226423_22411139.jpg
b0226423_22411710.jpg
b0226423_22412478.jpg
b0226423_22413087.jpg
b0226423_22413657.jpg
b0226423_22414237.jpg
b0226423_22414737.jpg
b0226423_22415383.jpg
b0226423_22415957.jpg
b0226423_22420448.jpg
b0226423_22420967.jpg
b0226423_22421534.jpg
b0226423_22422146.jpg
b0226423_22422631.jpg
b0226423_22423247.jpg
b0226423_22423952.jpg
b0226423_22424574.jpg
b0226423_22425624.jpg
b0226423_22430264.jpg
b0226423_22430825.jpg
b0226423_22431656.jpg
b0226423_22432290.jpg
b0226423_22432702.jpg
b0226423_22433386.jpg
b0226423_22434212.jpg
b0226423_22435383.jpg
b0226423_22440568.jpg
b0226423_22441109.jpg
b0226423_22441897.jpg
b0226423_22442474.jpg
b0226423_22443124.jpg
b0226423_22443712.jpg
b0226423_22444484.jpg
b0226423_22445117.jpg
b0226423_22445804.jpg
b0226423_22450482.jpg
b0226423_22451072.jpg
b0226423_22451759.jpg
b0226423_22452397.jpg
b0226423_22452941.jpg
b0226423_22453605.jpg
b0226423_22454148.jpg
b0226423_22454944.jpg
b0226423_22455574.jpg
b0226423_22460236.jpg
b0226423_22460936.jpg
b0226423_22461696.jpg
b0226423_22462374.jpg
b0226423_22462920.jpg
b0226423_22463500.jpg
b0226423_22464102.jpg
b0226423_22464709.jpg
b0226423_22465411.jpg
b0226423_22465984.jpg
b0226423_22470695.jpg
b0226423_22471626.jpg
b0226423_22472559.jpg




# by Sha-Sindbad | 2019-05-15 22:49 | Apochromat18/2 | Comments(0)

2082 晩秋(2018年12月6日奈良町とズマロン35㎜F3.5は相性がよかった)



目を開いて探すと、面白い言葉がいろいろと見つかるものですね。
今度見つかったのは彫刻家のイサムノグチの言葉。

 日本では、人が年老いて最後にたどりつく趣味は石だと言われている。
 ただの石、自然のままの石が玄人の目には
 すでに出来上がった彫刻なのである。
 しかしこの言い方は完全には正しくない。
 肝心なのは見る観点だ。
 どんな物をも、一個の古靴でさえも、
 彫刻となるものは、
 その見方と置き方なのである。

うれしい言葉です。
ロボグラフィについても、まったく同じことが言えるのですから。

 どんな物をも、一個の古靴でさえも、
 ロボグラフィとなるものは、
 その見方と置き方なのである。

大抵の方は承服しないで、
こうおっしゃるでしょう。

 どんな物をも、一個の古靴でさえも、
 どんな風に見方と置き方を変えても、
 写真とはならない

もちろんおっしゃるとおりです。
「ロボグラフィ」なる写真分野は存在しません。
私がロボグラフィと称して撮っている写真は、
誰の目から見ても、「写真作品」と言えるものではありません。
第一、私も「写真作品である」と称したことはありません。
私は、だから、アマチュア写真家であると自称したこともありません。
ただの写真好き。

もっとも、こう言い張るからと言って、
なにか一層高級なステータスを自ら放棄したつもりもありません。
多くの敵を作る危険を冒して断言しますと、
「もし、写真家を一個の独自な視点で写真作品を創造する人
と規定するならば、
アマチュアはたくさん居るけれど、
写真家と言える人はほとんど稀にしか居ない。」
こんな視点から見れば、「私は写真家です」という言葉は、
ほとんどの場合、自称、願望表現に過ぎないことになります。
だから、私が「写真家ではございません」と言ったからと言って、
別にことさらに卑下したり謙遜したりしたわけじゃありません。

私が敬愛する二人の写真家、
アンリ・カルティエ・ブレッソンと木村伊兵衛は、
いずれも視点も撮り方も違いますが、
人間を中心とするスナップ写真で一家を成しました。
二人の作品を眺めていきますと、第二次世界大戦を挟む時代の
人間相、社会相が巧まずして浮かび上がってきます。
生の人間たちが時代の中でどんな風に躍動していたか、
という人間的真実のドキュメントとなっています。

カルティエ・ブレッソンの言葉はそれを表しています。

  どんな人をも、一個の影でさえも、
  写真ドキュメントとなるものは、
  その見方と撮り方なのである。

カルティエ・ブレッソン、木村伊兵衛は、
そんな写真ドキュメントとなるよう、自分の写真を撮ったのです。
でも、彼らだけではありません。
当時世界に輩出した偉大な写真家たちは、
当時の時代層、社会、人間の生き方を活写し、
後世のために貴重な記録を残してくれました。

私のロボグラフィは、そんな記録とはなりえません。
カエサルの史上最短の報告文が、
「来た、見た、勝った」でした。
私のロボグラフィもそれです。
「来た、見た、撮った」
カエサルの報告は外敵の侵入を防ぐことができた、
という共和国の運命に関する公的な報告でした。
私の報告は、あくまでもプライベート。
ですから、私のロボグラフィは写真作品にはなりえないのです。
そのつもりすらまったくないのですから。

人間は孤島です。
ヴェトナム戦争で、米軍は見晴らしの良い高台に砦を構えたところ、
かえってヴェトコンに包囲され、曲射砲の雨にさらされました。
兵士たちはそれぞれ小さな穴を掘って身を隠しました。
地面に下方から飛んでくる弾丸からは安全でしたが、
弧を描いて飛び込んでくる曲射砲の砲弾を逃れる術はなく、
ひたすら自分の穴に的中しないことを神に祈り続けました。
でも、いつかは頭の上に落ちてくる砲弾を見たかもしれません。

人間はみんな米軍海兵隊員と同じ運命にさらされています。
彼らの何人かは、幸運にも弾丸を見ることなく、
救援を受けることができました。
私たちの場合はいつか必ず落ちてくる砲弾を受けるのでしょう。
誰もヘリコプターによる救援を受けることはできません。
でも、一つ、慰めがあります。
いつ弾丸が落下してくるか、誰にも分からない!
知らない間に、やられてしまうこともある!

マルティン・ハイデガーは「常に死を忘れるな」と教えました。
私はついにハイデガーの生徒にはなりませんでした。
忘れてもいいなないの?

  「常に死を忘れよ」
  「今、この瞬間に集中せよ」

それが私のモットーです。

私は道を歩くときは、それがどこであれ、
カメラを手にしていますが、
自己集中力に優れた人は別として、
私のように注意力散漫な人間には、
これ以上に今、この瞬間に集中できる方法はありません。

注意力は散漫でも、持続力だけは人に負けない私は、
この習慣を45年以上続けてきました。
ロビン・フッドは死のベッドで、名優のリトル・ジョンに助けられて、
愛用の弓で窓の外に向かって一本の矢を放ち、そして、息を引き取りました。
理想の死に方ではありませんか?
私もそうしたいですね。

さて、奈良町をソニーα7にズマロン35㎜F3.5を付けて撮りました。
このレンズを」使うたびに、このレンズの懐は深い、そう感じます。
どこに行っても、しっかり私の気持ちに沿ってくれます。
イサムノグチさんにしたがって、こう言ってみたくなります。
 
 どんな物をも、一個の古靴でさえも、
 ロボグラフィとなるものは、
 その見方と置き方なのであるが、
 それでもズマロンで撮ったときの気分は格別。



b0226423_22012702.jpg
b0226423_22035499.jpg
b0226423_22040340.jpg
b0226423_22041030.jpg
b0226423_22042146.jpg
b0226423_22043065.jpg
b0226423_22043878.jpg
b0226423_22055457.jpg
b0226423_22060136.jpg
b0226423_22065477.jpg
b0226423_22072185.jpg
b0226423_22072968.jpg
b0226423_22073787.jpg
b0226423_22074645.jpg
b0226423_22075311.jpg
b0226423_22080007.jpg
b0226423_22080654.jpg
b0226423_22081485.jpg
b0226423_22082102.jpg
b0226423_22082999.jpg
b0226423_22090147.jpg
b0226423_22091003.jpg
b0226423_22091789.jpg
b0226423_22092336.jpg
b0226423_22093012.jpg
b0226423_22093772.jpg
b0226423_22094535.jpg
b0226423_22095165.jpg
b0226423_22095959.jpg
b0226423_22100603.jpg
b0226423_22101453.jpg
b0226423_22102035.jpg
b0226423_22102577.jpg
b0226423_22103466.jpg
b0226423_22104264.jpg
b0226423_22104847.jpg
b0226423_22105902.jpg
b0226423_22110972.jpg
b0226423_22111506.jpg
b0226423_22112131.jpg
b0226423_22112770.jpg
b0226423_22113263.jpg
b0226423_22114342.jpg
b0226423_22115413.jpg
b0226423_22120386.jpg
b0226423_22120948.jpg
b0226423_22121516.jpg
b0226423_22122320.jpg
b0226423_22122939.jpg
b0226423_22123599.jpg
b0226423_22124268.jpg
b0226423_22124873.jpg
b0226423_22125873.jpg
b0226423_22130444.jpg
b0226423_22131027.jpg
b0226423_22131674.jpg
b0226423_22132332.jpg
b0226423_22132958.jpg
b0226423_22135217.jpg
b0226423_22135982.jpg
b0226423_22140848.jpg
b0226423_22141530.jpg
b0226423_22142213.jpg
b0226423_22143349.jpg
b0226423_22145998.jpg
b0226423_22151545.jpg
b0226423_22152289.jpg
b0226423_22152929.jpg
b0226423_22153689.jpg
b0226423_22155658.jpg
b0226423_22160574.jpg
b0226423_22161679.jpg
b0226423_22163419.jpg
b0226423_22164219.jpg
b0226423_22165831.jpg
b0226423_22170799.jpg
b0226423_22172917.jpg
b0226423_22173654.jpg
b0226423_22174168.jpg
b0226423_22174820.jpg
b0226423_22175629.jpg
b0226423_22180288.jpg
b0226423_22180982.jpg
b0226423_22181561.jpg
b0226423_22182221.jpg
b0226423_22182821.jpg
b0226423_22183501.jpg
b0226423_22190601.jpg
b0226423_22191200.jpg
b0226423_22191917.jpg
b0226423_22200709.jpg
b0226423_22201372.jpg
b0226423_22201874.jpg
b0226423_22202381.jpg
b0226423_22202980.jpg
b0226423_22203457.jpg
b0226423_22203901.jpg
b0226423_22204504.jpg
b0226423_22205116.jpg
b0226423_22205613.jpg
b0226423_22210149.jpg
b0226423_22210708.jpg
b0226423_22211349.jpg
b0226423_22211956.jpg
b0226423_22212463.jpg
b0226423_22213073.jpg
b0226423_22213536.jpg
b0226423_22215354.jpg
b0226423_22215936.jpg
b0226423_22220741.jpg
b0226423_22221352.jpg
b0226423_22221937.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-05-14 22:25 | Summaron35/3.5 | Comments(0)

2081 凄い子供達︎(2018年11月28日奈良町をダルメイヤー25㎜F1.9が忍びやかに)



偶然、凄い子供達をyoutubeで知りました。

  日本生まれ日本育ちの川上拓土くん(8)
  【驚愕】倉敷で観光ガイドする子供が凄すぎる!
 
とにかく流暢な本格的英語ガイドです。
でも、ただ暗記しているのではありません。
外国人ツーリストと当意即妙、ウィット一杯に受け答えして、
まるでベテランのガイドさん。

拓土くんだけではありません。
いくつもビデオがあるようです。
どうやら新手の英語力アップの秘法ということらしい。
でも、一体どうやれば、こんな離れ業をできるのでしょう?
自分自身と比較して、つくづく賛嘆せざるをえません。

また、あちこちに幾人もいるようです。
その1人に、ツーリストの男性がつくづくと、
「ぼくは英語教師なんだけど、
これまで教えた誰よりも優秀だよ」
こんな子供たちが出てくるほどに、
日本の子供達は国際化しているのでしょうか?

3つか4つのビデオしか覗いていませんが、
子供達ののびのびとした受け答えにつくづく讃嘆し、
ついで、我が身を振り返って、恥ずかしくなりますね。
すでに海外旅行をする資金も尽き、
ご覧のように、ほとんど徒歩を移動手段として、
近場ばかり歩き回っています。
普段、日本語会話さえあまりしないので、
だんだんと語学力全般劣化の一途を辿っている感じさえします。

せめて写真撮影の腕だけは現状を保ちたいものです。
でも、どんな能力にも言えることですが、
現状を維持したければ、現状をしのぐレベルアップを目指して、
一層の努力を重ねなければなりませんね。
私のように、ほとんど同じ場所で、完全に同じ撮り方をする限り、
技術も感性も貧弱になっていくものです。

そこで、頼りたい奥の手があります。
名レンズたち。
今回は、ダルメイヤー25㎜F1.9。
奈良町のロボグラフィたちをほんのりとキャッチしてくれます。
廉価版のチビレンズですが、
本サイトですでに40回も採り上げた、私の大のお気に入りレンズ。
私にとっては、この古めかしいペッツヴァール表現に出会うたびに、
現代レンズの完璧描写にどうしても馴染めないのはなぜなのか、
よーく分かる感じがします。
そんな私の気持ちはおそらくどなたにも理解していただけないでしょう。



b0226423_17311586.jpg
b0226423_17320251.jpg
b0226423_17320930.jpg
b0226423_17321671.jpg
b0226423_17322275.jpg
b0226423_17322897.jpg
b0226423_17323768.jpg
b0226423_17324325.jpg
b0226423_17325483.jpg
b0226423_17330094.jpg
b0226423_17331132.jpg
b0226423_17331826.jpg
b0226423_17332468.jpg
b0226423_17333062.jpg
b0226423_17334036.jpg
b0226423_17334878.jpg
b0226423_17335757.jpg
b0226423_17340408.jpg
b0226423_17341133.jpg
b0226423_17341839.jpg
b0226423_17345166.jpg
b0226423_17351458.jpg
b0226423_17352358.jpg
b0226423_17353222.jpg
b0226423_17354929.jpg
b0226423_17355817.jpg
b0226423_17361247.jpg
b0226423_17362124.jpg
b0226423_17362934.jpg
b0226423_17363678.jpg
b0226423_17364391.jpg
b0226423_17365145.jpg
b0226423_17365871.jpg
b0226423_17371551.jpg
b0226423_17372264.jpg
b0226423_17373181.jpg
b0226423_17373843.jpg
b0226423_17374940.jpg
b0226423_17375676.jpg
b0226423_17380382.jpg
b0226423_17381584.jpg
b0226423_17382665.jpg
b0226423_17392676.jpg
b0226423_17394612.jpg
b0226423_17395334.jpg
b0226423_17395973.jpg
b0226423_17401045.jpg




# by Sha-Sindbad | 2019-05-08 17:45 | Apoquaria28/2 | Comments(0)

2080 やはり幽玄(2018年11月26日スピードアナスチグマート25㎜F1.5と西九条の相性は抜群)


テレビも観ず、新聞も読まない私に、
時代の動きは無縁です。
退職する前からそうでしたが、退職後はさらにそうなったようです。
気がついたら、年号が変わったようですね。
なんだか皆さん、喜んでいるようですね。
でも、年号を一切使わない私には関係がない、と言えば、そうなのですが、
やっぱり気になります。
この冷たい語感は何なのですか?
命令、号令に和しなさいよって、
なんだか軍国主義みたいじゃないの?
同じ「レイワ」にするのなら、「麗和」、
「麗しく和合しましょう」じゃないの?
将来、「令和天皇」とそっけなく呼ばれるより、
「麗和天皇」と呼ばれる方がずっと麗しく、
しかも、威厳があるのにねえ....
というのが正直な感想。
ということで、依然として、西暦で生きていくことにします。

この連休、私にとっては、
私のMacBook Airに突然不具合が生じて、
以前からハードディスクのパーティションを切って、
予備に入れていたバージョンに切り替えざるを得なくなったこと、
こちらの方がはるかに切実。
おかげで、旧マックで使っていた愛用のソフトが陳腐化し、
代替わりを余儀なくされました。

マッキントッシュのSE/30に魅せられて以来、
マックをこよなく愛してきた私にとって、
新マックは若い頃のスティーブ・ジョブスが夢見たような、
人生の愛すべき伴侶の面影など消え去ってしまい、
今では、これしか手元にないから、しょうことなしに使う、
という程度のただの機械になってしまったのは、実に残念。
でも、2つのブログを継続することができるのですから、
嫌々でも使い続けることにしましょう。

そんなヨソヨソしいメカを使って、
スピードアナスチグマート25㎜F1.5の幽玄写真をブログにする、
なんだか苦々しいアイロニーの臭みを嗅ぐ感じさえしますが、
スピードアナスチグマートにとってはどこ吹く風という感じで、
なんとも時代遅れなケバい危うさ、
現代レンズと水と油のようなぼう洋な気配が漂って、
思わず、にんまりとしてしまいます。

ますます、時代に取り残される感じだなあ。
もし1人、2人、間違って、記事を目にすることがあっても、
ブツブツ言いながら、立ち去ってしまいでしょう、
「この人、ちょっとおかしいね。
写真のことも、パソコンの画像処理のことも、
何にもわかっていない。
要するに、時代遅れだねえ」

こうして時代から取り残される私も、ご意見に全く同感。
健全なお方だなあ、
そうですよ、
変なブログの変な写真のことなんか忘れちゃいましょう。



b0226423_16544448.jpg
b0226423_16545272.jpg
b0226423_16545882.jpg
b0226423_16550494.jpg
b0226423_16551217.jpg
b0226423_16551846.jpg
b0226423_16552406.jpg
b0226423_16553133.jpg
b0226423_16553740.jpg
b0226423_16554454.jpg
b0226423_16555055.jpg
b0226423_16555959.jpg
b0226423_16560487.jpg
b0226423_16560958.jpg
b0226423_16561522.jpg
b0226423_16562314.jpg
b0226423_16562865.jpg
b0226423_16563448.jpg
b0226423_16564026.jpg
b0226423_16565407.jpg
b0226423_16572953.jpg
b0226423_16573760.jpg
b0226423_16574340.jpg
b0226423_16574908.jpg
b0226423_16575521.jpg
b0226423_16580145.jpg
b0226423_16580753.jpg




# by Sha-Sindbad | 2019-05-03 17:10 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)

2079(2018年11月25日セプトン50㎜F2が大和高田市で朴葵姫さんと出会った)




私には孫が4人います。
面白いことに、この4人、全員、一番可愛い!
比較できないのです。
これはどうしようもない動かしがたい事実。

昔、堂々とこう言い放った人物がいました、
「私は同時に2人の女性を愛することができます」
私はこの発言を信じません。
この人はまだ本当に女性を愛したことがなかったか、
それとも、女性から愛されたこともなかったのです。
そんなこと、できるわけわけがありません。

この違いはどこから来るのでしょうか?
私はこう思います。
1人の女性を愛することは、自分の人生そのものの本質なのです。
どう生きるか?
これには、誰を人生の伴侶にするかということと一体なのです。

でも、孫はいつか自分の人生を自分で歩んでゆくでしょう。
祖父は孫の人生に不可分に関与することはできないのです。
だから、平等に愛せる。

こんな風に考えますと、
レンズも孫にかなり近い、と言えそうです。
共に生きることはできない。
だけど、心から愛することができます。

私にとって、ホロゴン15㎜F8は絶対です。
でも、それでありながら、他のレンズを愛することもできます。
しかも、平等に何本も!

孫と似ている点がもう一つあります。
あるレンズを使うたびに、心の底から叫んでしまうことがあります、
「ああ、こんな良いレンズはない!」
50㎜レンズにはそんな思いを抱かせてくれるレンズが幾本も!
私にとって、パンタッカー50mmF2.3が絶対ですが、
セプトンもそんな一本!

この日、名ギタリスト、朴葵姫さんが大和高田市でリサイタル。
繊細でダイナミックな演奏を楽しみました。
その前後に、久しぶりに旧市街を散策しました。
私にとって、故郷と言える町がここ。
2歳から小学校6年1学期まで過ごした、懐かしい町。
セプトンはそれを知っているみたい。
かなり郷愁を掻き立ててくれる描写を
私にプレゼントしてくれました。




b0226423_16275753.jpg
b0226423_16280607.jpg
b0226423_16281541.jpg
b0226423_16282290.jpg
b0226423_16282868.jpg
b0226423_16283460.jpg
b0226423_16284014.jpg
b0226423_16284825.jpg
b0226423_16285463.jpg
b0226423_16290061.jpg
b0226423_16290609.jpg
b0226423_16291266.jpg
b0226423_16291795.jpg
b0226423_16292590.jpg
b0226423_16293126.jpg
b0226423_16293715.jpg
b0226423_16294336.jpg
b0226423_16294953.jpg
b0226423_16295557.jpg
b0226423_16300253.jpg
b0226423_16300700.jpg
b0226423_16301400.jpg
b0226423_16302022.jpg
b0226423_16302652.jpg
b0226423_16303354.jpg
b0226423_16303930.jpg
b0226423_16304582.jpg
b0226423_16305102.jpg
b0226423_16310474.jpg
b0226423_16311689.jpg
b0226423_16312502.jpg
b0226423_16313490.jpg
b0226423_16314282.jpg
b0226423_16315143.jpg
b0226423_16315987.jpg
b0226423_16320720.jpg
b0226423_16321682.jpg
b0226423_16322518.jpg
b0226423_16324126.jpg
b0226423_16325239.jpg
b0226423_16330175.jpg
b0226423_16330982.jpg
b0226423_16332314.jpg
b0226423_16333106.jpg
b0226423_16333859.jpg
b0226423_16334597.jpg
b0226423_16335223.jpg
b0226423_16335948.jpg
b0226423_16340809.jpg
b0226423_16341641.jpg
b0226423_16342592.jpg
b0226423_16343258.jpg
b0226423_16343925.jpg
b0226423_16345698.jpg
b0226423_16350702.jpg
b0226423_16351581.jpg
b0226423_16352484.jpg
b0226423_16353696.jpg
b0226423_16354488.jpg
b0226423_16355233.jpg
b0226423_16360179.jpg
b0226423_16361006.jpg
b0226423_16362253.jpg
b0226423_16363605.jpg
b0226423_16364476.jpg
b0226423_16365291.jpg
b0226423_16365977.jpg
b0226423_16371095.jpg
b0226423_16372001.jpg
b0226423_16382539.jpg
b0226423_16383542.jpg
b0226423_16384258.jpg
b0226423_16385118.jpg
b0226423_16390036.jpg
b0226423_16390812.jpg
b0226423_16391684.jpg
b0226423_16433007.jpg
b0226423_16434220.jpg
b0226423_16435070.jpg
b0226423_16435855.jpg
b0226423_16440631.jpg
b0226423_16441430.jpg
b0226423_16442676.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-04-30 16:47 | Septon50/2 | Comments(0)

2078 観光地(2018年11月22日エルマー50㎜F3.5が東大寺境内をスナップ)



妻が宮崎を久しぶりに訪問しました。
昔住んでいたことがあるのです。
でも、もう昔の面影はありませんでした。
観光客もあまりなく、街路のお店は閉店が多く、
ひっそりと寂れてしまっていたそうです。
海外観光客を招き寄せる観光スポットがないからでしょうか?
ほとんどの地方都市が同様の状態なのでしょう。

海外旅行者がどっと押し寄せるようになる前、
奈良だって寂れつつありました。
年寄りしか歩いていなかった。
奈良市は東大寺という大目玉スポットがあって幸運でした。
今は年寄りと観光客たちが歩いています。

東大寺境内でスナップしました。
ライカの古いエルマーレンズは、
焦点距離にかかわらず、どれも極めて良く写りますね。
よく言われる、ぼってりとした質朴な立体感が好ましい。

近頃あまり流行らないようですが、スナップは楽しいですね。
構図なんかまったく気にしていません。
魅力的な人が見つかれば、
その人が接近して来るのをすれ違いざま撮るだけ。
でも、私は写真家じゃないので、きちんと撮れる必要がありません。
ただの人生メモなので、メモらしく、殴り書きで十分なのです。

ノーファインダー、
伸ばした手、あるいは腹の高さの両手で、
1m、2m、3mとヘリコイドリングを回しつつ撮ります。
大抵の場合、私の顔は被写体の方を見ていません。

F値が3.5と暗いので、なんとか撮れます。
私がもしプロなら、1m、2m、3mの各距離でどんな広さで撮れるか、
しっかりとシミュレートして、練習を積んでおくでしょう。




b0226423_23212842.jpg
b0226423_23213606.jpg
b0226423_23215681.jpg
b0226423_23220266.jpg
b0226423_23220775.jpg
b0226423_23221248.jpg
b0226423_23221717.jpg
b0226423_23222322.jpg
b0226423_23222837.jpg
b0226423_23223307.jpg
b0226423_23223910.jpg
b0226423_23224459.jpg
b0226423_23225019.jpg
b0226423_23235589.jpg
b0226423_23240192.jpg
b0226423_23240710.jpg
b0226423_23241294.jpg
b0226423_23241742.jpg
b0226423_23242264.jpg
b0226423_23242940.jpg
b0226423_23243496.jpg
b0226423_23243936.jpg
b0226423_23244944.jpg
b0226423_23245662.jpg
b0226423_23250357.jpg
b0226423_23250931.jpg
b0226423_23251560.jpg
b0226423_23252115.jpg
b0226423_23252886.jpg
b0226423_23253573.jpg
b0226423_23254153.jpg
b0226423_23254727.jpg
b0226423_23255387.jpg
b0226423_23255998.jpg
b0226423_23260575.jpg
b0226423_23261232.jpg
b0226423_23261854.jpg
b0226423_23262656.jpg
b0226423_23263242.jpg
b0226423_23263834.jpg
b0226423_23264549.jpg
b0226423_23265357.jpg
b0226423_23265929.jpg
b0226423_23270688.jpg
b0226423_23271746.jpg
b0226423_23281147.jpg
b0226423_23281831.jpg
b0226423_23282571.jpg
b0226423_23283417.jpg
b0226423_23284129.jpg
b0226423_23284906.jpg
b0226423_23285838.jpg
b0226423_23290660.jpg




# by Sha-Sindbad | 2019-04-25 23:32 | Elmar50/3.5 | Comments(0)

2077 前田義夫写真展(2018年11月21日ズマロン35㎜F3.5が鹿野園町で楽しみ)



今日、素敵な写真展に参りました。
写真家前田義夫の写真展「都視景観 Dialogue with the City」
大阪地下鉄谷町線天満橋駅側のOMMビル一階、
リコーイメージングスクエア大阪で開催。

前田さんは私の古い友人です。
退職後写真家として自立して、各地の写真教室の講師を務める傍ら、
積極的に写真展による写真作品の発表を行っておられます。
元来、都市のストリート作家として、
カルティエ・ブレッソン並の見事なスナップ写真の名手だったのですが、
今回はそんな彼の本領を久しぶりに披露してくれる、
見応えのある写真展となりました。

かつては、私だって写真家を夢見たこともなかったわけではありません。
でも、願望だけではなれないことは、すべてに通じる真理ですね。
私は、早々にそんな夢をきっぱり捨ててしまいました。
無駄な夢を見なくて済みました。
その恩人が彼と、もう一人のストリートフォトグラファーINさん。
このお二人のストリートフォトに接して、
私はとてもとても及ばないことを知ったのです。

私もときにまずまずの写真を撮らなかったわけではないのです。
でも、たまに撮れる傑作写真というのは、いわば時の運のお陰です。
そのあたりを自分の才能と思い違うと、
とんでもないしっぺ返しを受けてしまいます。
私は、その点、自分自身を知るうえで、好都合な性格です。
他人には甘く、自分には厳しいからです。
そこで、私は写真家になる夢を捨てました。

写真を始めた当時から、私の撮影の基本はロボグラフィでした。
このロボグラフィ、私の完全な造語(路傍+フォトグラフィ)ですが、
これに徹して、写真に、私の生活の絵日記の役割を負わせました。
誰でもそうですが、写真を一番高く評価するのは常に撮影者本人。
自分の写真は愛しい我が子のようなものなので、手放しで評価できます。
だから、撮影順に並べるだけで、
極めて水準の高い(これは主観)写真群が私の足跡を証してくれる。
私の写真を見て、そんな風にあたたかく評価するのは私本人ですから、
実に気持ちがよい。
この決断は大成功だったわけです。

私は信じてきました、
前田義夫さんの本領はストリートフォトにある、
それも、昔ながらのカルティエ=ブレッソンばりの路上スナップに。
今回はストリートにおける人と街との絶妙のかけあいが主題。
パソコンでプリントされていますが、加工など無縁。
その場で撮ったままの写真で勝負する、昔ながらのナチュラルフォト。
どの写真にも謎があり、ウィットがあり、見飽きません。
これ以上、前田さんの作品に注釈を加えることは不可能です。
ご自分でご覧になって、感じ取って頂くことしかできません。
それが本来の写真言語です。
言葉で作品の魅力、秘密を解き明かすことなど不可能なのですから。
そんな風に写真芸術の本質をはっきりと感じさせてくれる作品群です。

今回の写真展は今日は最終日でした。
でも、いつか大阪か東京で彼の写真展にばったり出くわすことがあるでしょう。
そうすれば、あなたも納得されるだろう、私はそう確信します。

さて、今回は奈良市の一種の僻地とも言える、
鹿野園町をライカの名レンズ、ズマロン35㎜F3.5片手に逍遙して、
めったやたらに撮りまくったロボグラフィたち。
精緻で、そのくせ、立体感、臨場感の横溢する、
ズマロン特有の描写をお楽しみください。




b0226423_23313871.jpg
b0226423_23314534.jpg
b0226423_23320060.jpg
b0226423_23320596.jpg
b0226423_23321066.jpg
b0226423_23321622.jpg
b0226423_23322166.jpg
b0226423_23322651.jpg
b0226423_23323245.jpg
b0226423_23323779.jpg
b0226423_23324309.jpg
b0226423_23324881.jpg
b0226423_23325533.jpg
b0226423_23330237.jpg
b0226423_23330867.jpg
b0226423_23331333.jpg
b0226423_23331992.jpg
b0226423_23332517.jpg
b0226423_23350290.jpg
b0226423_23350909.jpg
b0226423_23352010.jpg
b0226423_23352652.jpg
b0226423_23353265.jpg
b0226423_23353824.jpg
b0226423_23380458.jpg
b0226423_23381086.jpg
b0226423_23381618.jpg
b0226423_23382218.jpg
b0226423_23382793.jpg
b0226423_23383394.jpg
b0226423_23390111.jpg
b0226423_23390623.jpg
b0226423_23391187.jpg
b0226423_23391876.jpg
b0226423_23392737.jpg
b0226423_23393318.jpg
b0226423_23394190.jpg
b0226423_23394836.jpg
b0226423_20571686.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-04-22 23:59 | Summaron35/3.5 | Comments(0)

2076 威風堂々(2018年11月18日ホロゴン15㎜F8が奈良町を闊歩して)



この頃、素敵な言葉がよく見つかります。

「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」

室町の茶人、村田珠光の言葉だそうです。
同種の馬群の中を駈けていると、観る人が観れば分かるのでしょうけど、
観る目のない人には、どれが名馬でどれが駄馬か、分からないものです。
でも、藁屋にただ一頭繋がれている姿を見れば、
誰の目にも名馬のただならぬ輝きには目を見張るでしょう。

アートはすべてコントラストが鍵です。
というより、この世界のすべてはコントラストが鍵です。
ホワイトヘッドは、存在が創造的に変化していく鍵はコントラストにあるとしました。
どんな存在も安定、静止は堕落に通じます。
生きるためには変化し、向上するしかないのです。

トインビーは文明の誕生、発展の鍵は「挑戦と応戦」にあるとしました。
彼の名句は「オールを休めると、文明は滅亡する」
人間もそうですね。
オールを休めると、失速し、老化し、死に至ります。
無敵の勝者がいつか無残にも一敗地にまみれる運命に見舞われるのは、
新しい状況に、かつて無敵であった手法をいつまでも使い続けようとするためです。
死ぬまで失速したり老いたりしたくなければ、オールをこぎ続けること、
どんどんと革新していくこと、これしかないのです。
あなた、テレビづけになっていませんか?
新しい情報を手に入れたい?
だったら、パソコンで十分。
しかも、そんな新しい情報があなたにどれだけ役に立ちますか?
泡と消えて行って、昨日のニュースがなんだったか覚えていますか?
生きることはニュースを追い求めることではありません。
自分自身の成長に役立つなにかを手に入れ、変化し続けること、成長し続けること、
ではありませんか?

ホワイトヘッドの最重要のコンセプトは「新しさnovelty」でした。
旧套墨守は退歩の引き金、
新しさが躍進の引き金、というわけです。
でも、新しさは従来の生活、従来の見方の延長上には見つかりません。
まったく新しい場に自分をどんどん自分を置いていかない限り、
新しさに直面することはできません。

こんな風に考えると、はたと気づきます。
私のように、どこにも行かないで、いつも同じ場所で写真を撮っている人間に、
新しさはどこにあるでしょう。
どこにもないかも知れません。
でも、私のモチベーションは落ちません。
新しさは外になくてもよい、
内に新しさを感じることだって、できるはず、私はそう考えたいのです。

私のロボグラフィに新しさなどありません。
私にとっては、写真としての新しさなど無関係。
私は写真家ではないのです。
自分の人生に写真を活かしたいだけ。
私にとっては、今日、このロボグラフィに出会ったこと、
それが新しい体験。

こんな私に、村田珠光の「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」はどんな意味を持つか?
私は「人生、意気に感ず」という言葉が大好きです。
余談ですが、古代から中国人が一番大事にしてきた価値はなんだと思いますか?
私は「義」だと思います。
「義を見てせざるは勇なきなり」
これも名言ですね。
司馬遷の史記が今なお私たちの心をときめかせ続けるのは、
中国人が文字通りこの言葉を生きてきたからですね。
一度約束したら、生涯守り続ける、
状況の変化なんていう現実主義はとらない、これが古代中国人でした。
諸葛孔明なんて、自分を見いだしてくれた劉備との約束を守り続けることで、
一生義を守り、義に死んだ人間ですが、
そのような人が文字通り山ほど居るのが中国史の面白さです。
私もそんな人間でありたいと願ってきました。その一つの実行が、「始めたことはやめない」です。
妻と一生生き続ける、というのが、私にとって最も大切な義なのですが、
このいわば大義に続いて守ってきたのが、
実のところ、写真を愛し続けることでした。
(音楽への愛情は実のところ妻よりも古いのですが、
これは妻も同様なので、お互い、許し合っているわけです)

職業生活の日々は長く厳しい時代ですが、
それを一度もくじけずに、心身を壊さず生き延びることができたのは、
どんなに忙しくても、どんなに仕事が待っていても、
毎週末には撮影に出て、ロボグラフィをとり続けたことでした。

風景写真家はどうやら季節に左右されるようです。
季節ごとに被写体となる風景を追い求めるのですが、
たとえば、冬枯れともなると、長い休眠に入ることとなります。
目的地の往還はひたすら移動だけ。
ロボグラフィは違います。
一歩家を出た瞬間から撮影は始まります。
そして、家に入る瞬間まで撮影が続きます。
観ることは、ロボグラフィと出会うこと、
そして、ロボグラフィはどこにでも隠れているのですから。
「藁屋に名馬を繋ぎたるがよし」
なんでもない道ばたにはそんな名馬が待っているのです。
私にとって、「名馬」とは、私をはっとさせる存在。
やあやあ、そんなところで、頑張ってるじゃないか!
そう感じさせてくれるものたち、それがロボグラフィ。
私の写真は全部そんなロボグラフィ。
そして、私も社会の中で、
道ばたのロボグラフィとまったく同じ存在です。
誰も私のことなど気にとめない。
誰も私のことを忘れている。
でも、私の心は生き生きと躍動しています。
私は、体格も普通で、容貌、容姿はさえず、
風采の全然上がらない人間ですが、
でも、目だけは生き生きしています。
どの瞬間、どの場所でロボグラフィたちに出会えるか、
完全に予測不能の人生なので、
油断できず、心をわくわくさせて周囲を観察しつつ歩き回っているのですから、
私にとっては、「途中」というものがありません。
絶頂体験の可能性を秘めた瞬間で満ちている!

こんな風に感じられるようになったのも、
私が常に写真でその体験を記録できるという態勢を創り出したからです。
どんな人も自分の好きなこととなると、
目が輝き、動作がキビキビとしはじめます。
私にとって、全瞬間がそれなのですから、
ずっと私の心は生き生きとし続けている。
自分で意識的に生み出した生き方ではありません。
私の人生にいつしか染みついた生き方です。
だから、私にとっては本物。

ホロゴンをソニーα7に付けて、
奈良町を歩きました。
他のどんなレンズとも異なる描写をプレゼントしてくれます。
完璧に近い補正が施された現代レンズの愛用者には、
容認しがたい癖の画像でしょう。
私のブログ写真など、現代のほとんどのアマチュアカメラマンの目には、
容認しがたいほど稚拙な失敗画像と映っていることは、私も承知しています。
それでよいのです。
おかげで、私はひっそりと自分のブログ日記を楽しめます。




b0226423_22482108.jpg
b0226423_22483259.jpg
b0226423_22484174.jpg
b0226423_22485089.jpg
b0226423_22485766.jpg
b0226423_22490308.jpg
b0226423_22490986.jpg
b0226423_22492113.jpg
b0226423_22492691.jpg
b0226423_22493314.jpg
b0226423_22493944.jpg
b0226423_22494873.jpg
b0226423_22495945.jpg
b0226423_22500585.jpg
b0226423_22501173.jpg
b0226423_22501705.jpg
b0226423_22502237.jpg
b0226423_22502817.jpg
b0226423_22503587.jpg
b0226423_22504188.jpg
b0226423_22504715.jpg
b0226423_22505349.jpg
b0226423_22505819.jpg
b0226423_22510425.jpg
b0226423_22511081.jpg
b0226423_22511659.jpg
b0226423_22512323.jpg
b0226423_22554732.jpg
b0226423_22555488.jpg
b0226423_22560086.jpg
b0226423_22560529.jpg
b0226423_22561212.jpg
b0226423_22561718.jpg
b0226423_22562606.jpg
b0226423_22563748.jpg
b0226423_22564720.jpg
b0226423_22565668.jpg
b0226423_22570389.jpg
b0226423_22571077.jpg
b0226423_22571755.jpg
b0226423_22572422.jpg
b0226423_22573053.jpg
b0226423_22573742.jpg
b0226423_22574312.jpg
b0226423_22574921.jpg
b0226423_22575588.jpg
b0226423_22580521.jpg
b0226423_22581196.jpg
b0226423_22581724.jpg
b0226423_22582486.jpg
b0226423_22583138.jpg
b0226423_22583898.jpg
b0226423_22584669.jpg
b0226423_22585276.jpg
b0226423_22585805.jpg
b0226423_22590445.jpg
b0226423_22591043.jpg
b0226423_22591674.jpg
b0226423_22592381.jpg
b0226423_22592871.jpg
b0226423_22593484.jpg
b0226423_22594150.jpg
b0226423_22594889.jpg
b0226423_22595497.jpg
b0226423_23001848.jpg
b0226423_23002524.jpg
b0226423_23003522.jpg
b0226423_23004233.jpg
b0226423_23004987.jpg
b0226423_23005672.jpg
b0226423_23010393.jpg
b0226423_23011162.jpg
b0226423_23011837.jpg
b0226423_23012524.jpg
b0226423_23013237.jpg
b0226423_23013826.jpg
b0226423_23014408.jpg
b0226423_23015052.jpg
b0226423_23020768.jpg
b0226423_23021498.jpg
b0226423_23022311.jpg
b0226423_23023028.jpg
b0226423_23023709.jpg
b0226423_23024592.jpg
b0226423_23025358.jpg
b0226423_23030017.jpg
b0226423_23030727.jpg
b0226423_23031452.jpg
b0226423_23032639.jpg
b0226423_23033342.jpg
b0226423_23033940.jpg
b0226423_23040106.jpg
b0226423_23041321.jpg
b0226423_23042899.jpg
b0226423_23043692.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-04-18 23:24 | Hologon15/8 | Comments(0)

2075 傾国のレンズ(2018年11月17日奈良町のビオゴン21㎜F4.5の足取りは重く)



ツァイスの35㎜判用広角レンズの最高峰は、もちろん、

  hologon15㎜F8。

いわゆる35㎜判の広角レンズとして、
ツァイスばかりではなく、世界的に見ても、白眉、
私はそう確信しています。
全部使った訳ではないので、実地に確認したわけではありません。
でも、やっぱりそう確信していることは否定できません。

ホロゴンほどのレベルではありませんが、
使う度に、「これはこれは、やっぱり凄い!」
そう感嘆させられてしまうのが、

  ビオゴン21㎜F4.5

現代にも同名のレンズがコシナから発売されて、
評判が良いようです。
おそらく昔のビオゴンのレンズ特性の改良版なのでしょう。
でも、私にとっては、この現代の改良がくせもの。
オリジナルビオゴンの癖を取り、遙かに高性能にする、
このコンセプトが私にとっては迷惑そのもの。
そのような改良の行く先は常に、超シャープ主義。
名レンズを名レンズたらしめている所以は、
常に、シャープネスの面ではない。
生き生きとして、圧倒的な深みに満ちた再現性、
これではないでしょうか?

私の友人はかつて、こう言っていました。
「ビオゴンは20世紀の十大発明の一つや!」
ちょっと大げさですが、
ハッセルブラッドのSWCの38mmF4.5、
オールドコンタックスの21mmF4.5、
この2本のビオゴンを使ったことがある人なら、
ほぼ完全に納得するでしょう。

ほぼ完全なレンズ性能、
完璧な精密感、
並ぶもののないほどの透徹した清澄な味わい、
リアルなのだけど、その陰から立ち上る異界の香り....

中国では、最高の美女は「傾国の美女」と呼ばれました。
私にとっては、ビオゴン属は、ホロゴンに次ぐ傾国のレンズ。
私の財政はこれらのレンズによって確かに傾きました。
やれやれ...........




b0226423_23340101.jpg
b0226423_23340794.jpg
b0226423_23341282.jpg
b0226423_23341878.jpg
b0226423_23342332.jpg
b0226423_23342857.jpg
b0226423_23343439.jpg
b0226423_23343983.jpg
b0226423_23344569.jpg
b0226423_23345111.jpg
b0226423_23345633.jpg
b0226423_23351563.jpg
b0226423_23352462.jpg
b0226423_23353226.jpg
b0226423_23353969.jpg
b0226423_23354537.jpg
b0226423_23355096.jpg
b0226423_23355601.jpg
b0226423_23360286.jpg
b0226423_23360909.jpg
b0226423_23361483.jpg
b0226423_23362076.jpg
b0226423_23362653.jpg
b0226423_23363121.jpg
b0226423_23363761.jpg
b0226423_23364291.jpg
b0226423_23364986.jpg
b0226423_23365586.jpg
b0226423_23370062.jpg
b0226423_23370764.jpg
b0226423_23371553.jpg
b0226423_23372197.jpg
b0226423_23372736.jpg
b0226423_23373356.jpg
b0226423_23373876.jpg
b0226423_23374439.jpg
b0226423_23375215.jpg
b0226423_23375813.jpg
b0226423_23380481.jpg
b0226423_23380982.jpg
b0226423_23381754.jpg
b0226423_23382437.jpg

b0226423_23314813.jpg
b0226423_23315622.jpg
b0226423_23320183.jpg
b0226423_23320726.jpg
b0226423_23321266.jpg
b0226423_23321866.jpg
b0226423_23325610.jpg
b0226423_23330322.jpg
b0226423_23330810.jpg
b0226423_23331317.jpg
b0226423_23331956.jpg
b0226423_23332418.jpg
b0226423_23332937.jpg
b0226423_23333462.jpg
b0226423_23333962.jpg
b0226423_23334562.jpg
b0226423_23335052.jpg
b0226423_23335535.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-04-16 23:40 | Biogon21/4.5 | Comments(0)

2074 重々しく(2018年11月16日フォコター50㎜F4.5と自宅近くを散歩して)



あなたの近くに、とても存在感が重くて、
一緒にいると、もうずっとその人が場を支配する、
そんな人は居ませんか?
まあ、誰でもそんな人がいるでしょう。
私の場合、身近も含めてそんな人がかなり多くて、
私はそんな重鎮を引き寄せやすいタイプなのか?
それともそんな重鎮に引き寄せられやすいタイプなのか?
ときどき考えることがあります。

最近分かってきたことですが、
どうやら、私はこの両方のタイプのようです。
だから、身近に重鎮が多い。
人だけではありません。
レンズなんかもカリスマ性さえ帯びているものがあります。
私が1997年12月、カメラのマツバラ光機の棚に鎮座していた、
ホロゴンウルトラワイドに出会った瞬間、
私は運命の出会いを感じました。
でも、真相は、ホロゴンが私を待っていたのだ!
だって、そうでしょう?
お金もないのに、いきなりその場で買うと決め、
最長期の高額ローンを組んで、手に入れる人がどこに居ますか?
レンズでローンを組んだのなんか、後にも先にもこれだけ。
そして、そのまま22年間、メインレンズとして使い続ける、
そんな人がどこに居ますか?
ホロゴンのような使いにくいレンズを、
死ぬまで使い続けると心に決める人って、居るでしょうか?
だから、どうやら、私はホロゴンに引き寄せられ、
しかも、私もホロゴンを惹きつけたというのが真相のようです。

フォコターは違います。
モノクロームを現像引き伸ばししていた当時、
ライツのカリスマ的引き伸ばし機フォコマートと、
その専用レンズ、フォコターは白黒写真家の垂涎の的でした。
カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛の作品が人の心を掴んだのには、
フォコターの重厚精密で、立体的、それなのに、ナチュラル、
という絶妙の現実再現性が手伝っていたに違いないのです。
自家現像時代が終焉を迎えて、市場にこぼれ出たフォコターを手に入れ、
宮崎貞安さんにライカMマウントに改造していただいたことで、
そのことを確信しました。

とにかく画像が絶妙の存在感に満たされる!
私自身、ホロゴンを中心に、かなり重い質感で撮るのが好きです。
でも、その過剰と言いたくなるような重厚感に直面して、
そんな私でさえも、たじたじとたたらを踏んでしまう、
それがいつもの正直な印象でした。

ところが、今回自宅近くの散歩道でフォコターを使ってみて、
印象ががらりと変わっていることに気づきました。
なんだか、こいつボクに馴染んできたんじゃないの?
という感じ。
いろいろ理由を考えてみたのですが、
どうやら、私がフォコターを自然の中で使ったからでは?
という風に感じました。
もともと柔らかでナチュラルな質感のものたちを撮ると、
リアリティが少し増す程度で、けっして重厚にはならないらしい。
目立つことを存在理由としてひしめき合うストリートと違い、
自然のものたちは、互いにしっとり溶け合い、馴染みながら生きています。
一人一人が「我こそは!」という自己主張などしません。
だから、フォコターでアクセントを付けようとしても、
みんなで一緒にさらりと受け止めてくれる、
そんなところでしょうか?

改めて、フォコター50㎜F4.5に惚れ直しました。
どうやらホロゴンと違って、フォコターの場合、
私がフォコターを引き寄せたんだけど、
私はフォコターを引き寄せなかったようです。
でも、人間は変わるものですね。
どうやら、段々とフォコターを引き寄せつつあるのかも知れません。
我が家に来たすべてのレンズと良好な関係を築きたい、
そう念願してきましたが、なかなかそうはいきませんね。
「なんでこんなレンズ買ったんだろう?」と、考え込んでしまう、
そんなレンズもかなりあります。
仕方がありません。
描写性を確かめてから購入することなど、ほとんど不可能ですね。

でも、今回の経験で少し安心しました。
どんなに呼吸の合わないレンズも辛抱強く使ってあげましょう。
いつかしっくりと和合できるときが来るかも知れませんね。



b0226423_16392152.jpg
b0226423_16392820.jpg
b0226423_16393402.jpg
b0226423_16393912.jpg
b0226423_16395172.jpg
b0226423_16395695.jpg
b0226423_16400223.jpg
b0226423_16400722.jpg
b0226423_16401479.jpg
b0226423_16402090.jpg
b0226423_16402579.jpg
b0226423_16403129.jpg
b0226423_16403632.jpg
b0226423_16404284.jpg
b0226423_16404893.jpg
b0226423_16405453.jpg
b0226423_16410093.jpg
b0226423_16411234.jpg
b0226423_16412037.jpg
b0226423_16413117.jpg
b0226423_16413971.jpg
b0226423_16415035.jpg
b0226423_16415593.jpg
b0226423_16420987.jpg
b0226423_16421583.jpg
b0226423_16422166.jpg
b0226423_16422737.jpg
b0226423_16423393.jpg
b0226423_16423827.jpg
b0226423_16424566.jpg
b0226423_16425556.jpg
b0226423_16430254.jpg
b0226423_16444355.jpg
b0226423_16445235.jpg
b0226423_16445924.jpg
b0226423_16450523.jpg
b0226423_16451278.jpg
b0226423_16452643.jpg
b0226423_16453345.jpg
b0226423_16453955.jpg
b0226423_16470342.jpg
b0226423_16471036.jpg
b0226423_16471639.jpg
b0226423_16472366.jpg
b0226423_16473092.jpg
b0226423_16473549.jpg
b0226423_16474202.jpg
b0226423_16474842.jpg
b0226423_16475437.jpg
b0226423_16480038.jpg
b0226423_16480770.jpg
b0226423_16481320.jpg
b0226423_16481863.jpg
b0226423_16482475.jpg
b0226423_16483038.jpg
b0226423_16483786.jpg
b0226423_16484351.jpg
b0226423_16484929.jpg
b0226423_16485467.jpg
b0226423_16490030.jpg
b0226423_16490794.jpg
b0226423_16491461.jpg
b0226423_16491924.jpg
b0226423_16492521.jpg
b0226423_16493160.jpg
b0226423_16493919.jpg
b0226423_16494650.jpg
b0226423_16495480.jpg
b0226423_16500172.jpg
b0226423_16500854.jpg
b0226423_16501667.jpg
b0226423_16502383.jpg
b0226423_16502912.jpg
b0226423_16503636.jpg
b0226423_16504226.jpg
b0226423_16505048.jpg
b0226423_16505734.jpg
b0226423_16510350.jpg
b0226423_16511046.jpg
b0226423_16511841.jpg
b0226423_16512416.jpg
b0226423_16513249.jpg
b0226423_16513861.jpg
b0226423_16514587.jpg
b0226423_16515130.jpg

b0226423_16521458.jpg
b0226423_16515900.jpg
b0226423_16522200.jpg
b0226423_16522826.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-04-14 16:55 | Focotar50/4.5 | Comments(0)

2073 小は大を兼ねる(2018年8月8日奈良町でのメオスティグマート50㎜F1は至宝かも?)



久しぶりにチェコのレンズを奈良町に持ち出しました。

  メオスティグマート50㎜F1

どうやら映写機用レンズらしい。
絞りもないし、ヘリコイドリングもない。
ずどんと、ただの筒型のレンズ。
ヨーロッパの知恵者が超硬度の厚紙で作った筒にこれを収めて、
ソニーα7のマウントを付けてくれました。

なにしろ超大口径で、無限大から超接写まで自由自在の、
機能は限定され、周辺光量は落ちますが、
その代わり、適材適所で超絶写真が撮れます。

ソニーα7に付けて持ち出しました。
おそらく感度を50まで落として設定できるデジタルカメラは少ないでしょう。
しかも、50㎜の焦点距離のまま使えるので、撮りやすい。
改造者は、まさに最上のカメラで使えるようにしてくれた訳です。

ebayで落札した当初は、カメラを下に向けると、
レンズが滑り落ちそうになりました。
なぜか今ではそのようなこともなく、
なんのストッパーもないのに、レンズは紙製鏡胴から滑り出さず、
フォーカシングの滑らかさも文句なし、という状態に落ち着いています。
改造者の丁寧な心遣いを実感することができます。
万事に丁寧、周到な仕事ができる人でないと、こうはならないでしょう。
並の人ではないかも知れません。




b0226423_23254363.jpg
b0226423_23255062.jpg
b0226423_23255651.jpg
b0226423_23260164.jpg
b0226423_23260737.jpg
b0226423_23261358.jpg
b0226423_23261985.jpg
b0226423_23262559.jpg
b0226423_23263091.jpg
b0226423_23263644.jpg
b0226423_23264289.jpg
b0226423_23264867.jpg
b0226423_23265480.jpg
b0226423_23265930.jpg
b0226423_23270509.jpg
b0226423_23271187.jpg
b0226423_23271786.jpg
b0226423_23272211.jpg
b0226423_23272838.jpg
b0226423_23273424.jpg
b0226423_23274043.jpg
b0226423_23274605.jpg
b0226423_23275111.jpg
b0226423_23275705.jpg
b0226423_23280405.jpg
b0226423_23280912.jpg
b0226423_23281861.jpg
b0226423_23282404.jpg
b0226423_23283086.jpg
b0226423_23283573.jpg
b0226423_23284117.jpg
b0226423_23284635.jpg
b0226423_23285207.jpg
b0226423_23290237.jpg
b0226423_23290986.jpg
b0226423_23291508.jpg
b0226423_23292275.jpg
b0226423_23292775.jpg
b0226423_23293370.jpg
b0226423_23293921.jpg
b0226423_23294517.jpg
b0226423_23295128.jpg
b0226423_23295729.jpg
b0226423_23301029.jpg
b0226423_23301629.jpg
b0226423_23302374.jpg
b0226423_23303071.jpg
b0226423_23303666.jpg
b0226423_23304264.jpg
b0226423_23304826.jpg
b0226423_23310420.jpg
b0226423_23311078.jpg
b0226423_23311672.jpg
b0226423_23312250.jpg
b0226423_23312986.jpg
b0226423_23313553.jpg
b0226423_23314258.jpg
b0226423_23314946.jpg
b0226423_23315558.jpg
b0226423_23320300.jpg
b0226423_23320923.jpg
b0226423_23321515.jpg
b0226423_23322192.jpg
b0226423_23322790.jpg
b0226423_23323321.jpg
b0226423_23324340.jpg
b0226423_23325108.jpg
b0226423_23325809.jpg
b0226423_23330589.jpg
b0226423_23331286.jpg
b0226423_23332148.jpg
b0226423_23334448.jpg
b0226423_23335109.jpg
b0226423_23340009.jpg
b0226423_23340702.jpg
b0226423_23341216.jpg
b0226423_23342047.jpg
b0226423_23342623.jpg
b0226423_23343264.jpg
b0226423_23343953.jpg
b0226423_23344611.jpg
b0226423_23345380.jpg
b0226423_23354564.jpg
b0226423_23355394.jpg
b0226423_23355908.jpg
b0226423_23360693.jpg
b0226423_23361265.jpg
b0226423_23361952.jpg
b0226423_23362687.jpg
b0226423_23363208.jpg
b0226423_23363969.jpg
b0226423_23364601.jpg
b0226423_23365227.jpg
b0226423_23365820.jpg
b0226423_23370518.jpg
b0226423_23371296.jpg
b0226423_23371932.jpg
b0226423_23372541.jpg
b0226423_23373255.jpg
b0226423_23373978.jpg
b0226423_23374668.jpg
b0226423_23375311.jpg
b0226423_23380086.jpg
b0226423_23380643.jpg
b0226423_23381382.jpg
b0226423_23381998.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-04-11 23:41 | Meostigmat50/1 | Comments(0)

2072 駅周り(2018年11月15日阪神今津駅界隈をオリオン28㎜F6片手に徘徊)上流階級



私は、職業生活では、大阪、神戸、京都と、
関西中心で仕事をすることができました。
決して東京には参りませんでした。
私は、いつか別ブログで書いたことですが、
思春期に奈良なら大阪に転居した際、
柔軟な適応力を欠いた性格上、どうしても大阪弁に切り替えられず、
両親の標準語風イントネーションに収まってしまったのですが、
基本的には大阪人的性格だけはちゃんと身につけて生きてきました。
大阪人の特質は、基本的には、民主的でインターナショナルで、
どんな人にも、たとえ外国人にも同じ態度で接することにあります。
いつも冗談まじりで、けっして人の上に出ようとしません。
きっとお高くとまっている人だっているのでしょうけど、
私は出会ったことがありません。

神戸人はとても当たりが柔らかで、開明的と言ってよさそうです。
でも、庶民は別として、教育、財産がある層には距離を感じます。
上流なんだけど、下々にも温かく接してあげよう、
という気配を感じさせられることがあって、
温かいんだけど、その実、心は開いていない、内実は閉鎖的、
という人によく出会うのです。
私は、職業的には人をリードする仕事を生涯してきましたが、
心根は徹底的に庶民の大阪人なので、そんな気配にカチンときてしまう。
お陰で、どうも、どこか馴染めない思いをしてきました。
私がほとんど兵庫県を撮影しないのもそのせいかもしれません。

一方、生まれついての京都人や、自分は京都人なのだと見て欲しい人は、
徹底的に閉鎖的で、お高くとまって、よそ者には慇懃無礼に門前払い、
という感じで、まして大阪流の冗談などまったく通じません。
京都という町は好きなので、よく撮影しますが、京都人は撮りません。

ここまで書いて、ふっと考えました、
なんで、こんなことを書いているんだろう?
そうでした。
阪神今津駅界隈を撮ったときの気持ちを思い出したからです。
オリオン28㎜F6を付けていたのですから、
こんなときは、置きピンのパンフォーカス撮影が原則です。
大阪の下町なら、行き交う人をバンバン遠慮なく撮らせてもらいます。
今津駅界隈は、大阪の下町と違い、雑踏がありません。
でも、大阪と変りがありません。
どこに行っても、下町の人は活き活きと自然体。

私はこう感じます。
日本中どこに行っても、地で生きている日本人は、
みんな同じ。
でも、階層が上がるにつれて、二重、三重の社会生活。
地を隠して、仮面を被らなければなりません。

私の友人が芦屋の六麓荘に住んでいたときのこと。
駅まで下り坂です。
歩いていると、後ろから高級車がすっと近づき、
「お乗りになりませんか?」
と、しとやかな言葉。
近所の奥様です。
喜んで、同乗させてもらいました。
上品に会話を楽しみながら、
しばらく下って行くと、四つ辻にかかりました。
交差道路からさっと車が走り込みました。
おそらく一時停止すべきだったのです。
その瞬間、運転席の奥様がわめきました。
聞くに堪えないほどの下品な罵声だったのです。
友人は震え上がってしまったそうです。

そうです、油断です。
お上品な奥様のたたずまいの裏に、
彼女の本来の地が潜んでいたのです。

私は、そんな罵り文句など使ったことがありません。
両親も周囲も終始そんなセリフを使わない環境だったようです。
妻もそうです。
でも、富裕層にはかなり多くのにわか成金がいます。
そんな層の家庭では、どうやら一皮剥いたら、
つい地が現れてしまうことがあるのでしょう。
なぜ?
二重、三重の生活構造に無理があり、緊張感が潜むからでしょう。
現在の地位にふさわしくない処遇を受けたとき、
こんな罵り声をあげてしまうのでしょう。

自分の生活環境にしっくりと収まっている人は、
罵ったりする必要がありません。
下町では罵り声など必要がありません。
みなさん、自分の環境にしっくり落ち着いているから、
フォトジェニックなシーンにしっくり収まります。
オリオンはすべて腰だめで歩きながら撮りますから、
どなたも自然な姿をそのままプレゼントしてくれます。

このレンズ、ロシアンレンズの白眉の一本、
28㎜はこれ一本で十分じゃないかな?
使う度に、そう感じ入ってしまいます。




b0226423_11074076.jpg
b0226423_11075548.jpg
b0226423_11080075.jpg
b0226423_11080754.jpg
b0226423_11081294.jpg
b0226423_11081796.jpg
b0226423_11082349.jpg
b0226423_11082905.jpg
b0226423_11083522.jpg
b0226423_11092290.jpg
b0226423_11092833.jpg
b0226423_11093353.jpg
b0226423_11093911.jpg
b0226423_11094464.jpg
b0226423_11095378.jpg
b0226423_11095995.jpg
b0226423_11100571.jpg
b0226423_11101925.jpg
b0226423_11102452.jpg
b0226423_11103013.jpg
b0226423_11103783.jpg
b0226423_11105963.jpg
b0226423_11110735.jpg
b0226423_11111394.jpg
b0226423_11111831.jpg
b0226423_11112415.jpg
b0226423_11113010.jpg
b0226423_11113504.jpg
b0226423_11114076.jpg
b0226423_11114563.jpg
b0226423_11115082.jpg
b0226423_11120254.jpg
b0226423_11120814.jpg
b0226423_11122320.jpg
b0226423_11125712.jpg
b0226423_11130552.jpg
b0226423_11131195.jpg
b0226423_11131716.jpg
b0226423_11132381.jpg
b0226423_11133023.jpg
b0226423_11133622.jpg
b0226423_11134452.jpg
b0226423_11140486.jpg
b0226423_11141104.jpg
b0226423_11142124.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-04-10 11:16 | Orion28/6 | Comments(0)

2072 野菜園(2018年11月4日孫たちと信貴山ドライブにペンタック38㎜F2.9 を使ってみた)



もう4月7日ですね。
「光陰矢のごとし」と言いますが、
本当に月日の経つのは早いものです。

人生を砂時計にたとえた方がいますが、
これは間違いです。
残りの砂を数えても、あなたの人生にはなりません。
もっと短い、もしかすると、明日が終わりかもしれないのですから。
そして、砂時計の大きさももしかすると思ったより大きいかもしれません。

それに、人生を物理的な時間の経過と考えること自体間違っています。
人生は器と考えるべきです。
そこに何をどれだけ盛るか、これはあなた次第。
なにも盛らないで終わるなんて、寂しいじゃありませんか?
そんな器は、もしかすると、縮んでいくかも知れません。

そして、確かなことが一つ、
盛れば盛るほど、器は大きく深くなるのです。
私は、人生のことなど忘れて、
精一杯やるだけのことをやり続けたい、

その中に子供たちや孫たちと過ごすことも含まれています。
私が生まれたとき、父母の両親は居ませんでした。
だから、私は祖父母なる存在を知りません。
それだけに、孫たちの思い出の中にたっぷりのさばって、
忘れようとしても忘れられない存在になってやるぞ!
というのが、私の決意です。

面白いことに、現代人は半世紀前の人間より、心身的に、
10年以上若いという感じがします。
私もまだ老いたという感触は持ちません。
近頃、ちょっと声が出にくいという感じがしていましたが、
今朝は、がらっと若返った感じで、声もたっぷり出ます。
矢でも鉄砲でも持ってこいという感じになりました。
なぜなんだろうか?
分かりません。

体内の静電気をアースする、アーシングマットを使い始めて、
一ヶ月ほどでしょうか?
異常に睡眠が深くなったうえ、
疲れを感じなくなったという感じがします。
水素吸引と相まっての効果だと思いますが、
実に爽快な気分が毎日続いています。

でも、油断はしたくないですね。
毎日毎日、つつがなく暮らせることを感謝しつつ、
毎日が人生最高の日であるような気持ちで過ごしたいものです。

昨日、劉継紅先生の二胡レッスンでしたが、
とうとう曲の演奏に入りました。
猛烈に鋭い感覚の方です。
体の隅々まで見抜ける人です。
いつものことですが、今回も鋭い指摘を受けました。
「体が浮いています。
重心をもっと深く低くして、
どっしりとした姿勢から、二胡をやさしく弾いてあげてください。
揚琴もきっと同じ姿勢でやっているだろうから、
きっと重心が不安定な状態で演奏しているはずですよ。」

まさにそのとおりでした。
今までそんなことを意識したことがありませんでした。
その瞬間から、私は重心をどっしりと下げるように努力し始めました。
やるとすれば、徹底的にやるべきですね。
楽器演奏のときだけではなく、起きている限り、
重心をどっしりと下げることにしていきたいものです。
もしかすると、声がよく出始めたのも、重心を下げたから?
そんな気がしてきました。

今回の写真は、古いペンタック38㎜F2.9を使いました。
孫たちと芋掘り体験をするために、信貴山に行ったので、
写真は片手間に、ほとんど歩きながら撮りました。
おんぼろの外観にふさわしくおんぼろの描写ですが、
私は、なぜか現代レンズのピッカピカ写真に怖気を振るい、
古代レンズの茫洋写真にほっとする人間です。
だから、ペンタックは私のお気に入りレンズなのです。

なぜ、こんなぼろ写真しか撮れないレンズに惚れ込んでいるの?
本ブログにこれまで掲載した私の写真をご覧になったら、
お分かりになるでしょう。
理由などありません。
強いて言えば、切れ過ぎる人間が大嫌いなように、
切れ過ぎる写真も大嫌い。
もしかすると、ペンタックの撮れ具合って、
私という人間の肌合いにそっくりなのかも知れません。

結局、私がこんな人間だから、こんな写真が好きなのだ、
こんな写真が好きだから、こんな人間になったんだ、
というような調子で、自己分析できそうです。
でも、だから、写真についても人間についても、
なにか明らかになる、なんてことは起こりそうにありません。
日々撮れる写真、日々生きている私、
どちらもまだまだどんどん変って行くでしょうから。




b0226423_23031612.jpg
b0226423_23033176.jpg
b0226423_23033776.jpg
b0226423_23034288.jpg
b0226423_23034735.jpg
b0226423_23035242.jpg
b0226423_23035748.jpg
b0226423_23040361.jpg
b0226423_23040835.jpg
b0226423_23041378.jpg
b0226423_23041906.jpg
b0226423_23042451.jpg
b0226423_23043044.jpg
b0226423_23043669.jpg
b0226423_23044129.jpg
b0226423_23044760.jpg
b0226423_23045388.jpg
b0226423_23045804.jpg
b0226423_23050389.jpg
b0226423_23050983.jpg
b0226423_23051687.jpg
b0226423_23052183.jpg
b0226423_23052762.jpg
b0226423_23054362.jpg
b0226423_23054867.jpg
b0226423_23055320.jpg
b0226423_23055805.jpg
b0226423_23060652.jpg
b0226423_23061297.jpg
b0226423_23061935.jpg
b0226423_23062558.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-04-07 23:07 | Pentac38/2.9 | Comments(0)

2071 変幻(2018年11月10日信貴山に漂う神気にパンタッカー35㎜F1.8が応えて)



今回は古ぼけてオンボロになったシネレンズ、
アストロ・ベルリンのパンタッカー35㎜F1.8の出番。
外観もオンボロですが、描写もかなりくたびれた雰囲気。
でも、それが役に立つことがあるものです。

幾度か書いていますが、私は無信仰、無宗教です。
自分が心から信じることができないことには関わらない、
それが私の生き方です。
子供の頃から一貫しています。
まして、世間体など気にしたことがありません。
在職中も同様でした。
宮仕えなど、まったく無縁、自分のやりたいようにやって、
最後までそのまま突っ走りました。
変人なのでしょう。

でも、不思議なことに、古い寺の境内や神社の神域の隅、
つまり、寺院や本殿から遠く離れたあたりには、
なにか特別な雰囲気を感じることがあります。
レンズたちも私と似て、なにかを感じるらしく、
なにか異界を思わせる写真を撮ってくれます。

信貴山は、私の父の弟が寺院の一つの住職の婿になって、
一時、居住していたことがありました。
小学生低学年の頃、2、3回訪れたことがあります。
昔風の農家の風情があって、門を入ると、長い石畳があって、
その向こうに大きな本宅があり、
門のすぐ内側には離れがありました。
ここで叔父は内科医院を営んでいました。
誰も居ないとき、一人で診察室に入り込み、
書棚のライフなんかを眺めたものでした。

今でも覚えているのは、中国侵攻時の帝国陸軍の写真。
今から思うと、日本軍から接収した写真なのでしょう。
① 広場。
② 日本兵が中華服の中国人男性の首を刎ねる瞬間。
③ 地面に置かれた首。
このシーケンスを見て、ぞっとしたことを覚えています。
こんな体験もあってか、
幼心に、戦争に対する否定的な感情が芽生えたのでしょう。
生涯、反戦主義、平和主義。
日本の平和憲法を心から誇りに思ってきました。
今でも、思っています。

ついでに、少し思い出を書きますと、
両親は当時の日本統治下の朝鮮で生活しました。
父は敗戦当時京城高等法院の部長判事だったそうです。
いわば、内地の高等裁判所裁判長というわけです。
同じ高等文官試験で選任されたのですから、
引き揚げてくると、ただちに日本国内で仕事につきましたが、
いわば割り込み組なので、かなり苦労したと聞いています。

父母はよく懐かしそうに京城時代の話をしてくれました。
当時の日本支配下の人たちは「朝鮮人」と呼ばれていましたが、
両親はけっして蔑んだ言葉など発しませんでした。
そのお陰でしょうか?
私もどこの国の人も日本人より劣等だなど思ったことがありません。

よく「あいつらは...なんだ」というような蔑みの言葉を耳にします。
そんな風に、たとえば、10億を超す中国人を十把一絡げにして、
評価を下すことなど、誰にできるでしょうか?
その言葉一言で、自分を裁定者と位置づけて、
誇らしく思っているようですが、
そのこと自体で、その人の愚かさを暴露していることに、
どうやら気がついていないようです。

ちょっと余談に流れてしまいましたが、
神を信じないのに、神域の森厳に感じる、というのも奇妙ですが、
今回の信貴山巡りでも不思議な感覚が時折わき上がってきました。
子供の頃の記憶も混じっているかも知れません。
でも、長年信仰のメッカとして存立してきた地です。
時間というものは過ぎ去っていく部分もありますが、
積み重なっていく部分もある、という感じがします。
だから、人間では、経験が生きてきます。
場所も同じではないでしょうか?
敬虔に生きた人たちの名残りが染みついていて、
訪れるものにもなにかが感得されるとしても不思議ではない、
そんな風に思います。

パンタッカー35㎜F1.8はそんな気配をしっかり捉えてくれた、
そんな感じがします。




b0226423_16410300.jpg
b0226423_16411702.jpg
b0226423_16412274.jpg
b0226423_16412847.jpg
b0226423_16411071.jpg
b0226423_16413479.jpg
b0226423_16413967.jpg
b0226423_16414765.jpg
b0226423_16420465.jpg
b0226423_16420900.jpg
b0226423_16421531.jpg
b0226423_16422269.jpg
b0226423_16422873.jpg
b0226423_16423496.jpg
b0226423_16424151.jpg
b0226423_16424711.jpg
b0226423_16425309.jpg
b0226423_16425984.jpg
b0226423_16430558.jpg
b0226423_16433992.jpg
b0226423_16434465.jpg
b0226423_16435046.jpg
b0226423_16435698.jpg
b0226423_16462006.jpg
b0226423_16463460.jpg
b0226423_17131870.jpg
b0226423_17132781.jpg
b0226423_17133381.jpg
b0226423_17133938.jpg
b0226423_17134550.jpg
b0226423_17135378.jpg
b0226423_17140230.jpg
b0226423_17140934.jpg
b0226423_17141574.jpg
b0226423_17142131.jpg
b0226423_17142704.jpg
b0226423_17144725.jpg
b0226423_17145307.jpg
b0226423_17145978.jpg
b0226423_17150761.jpg
b0226423_17151361.jpg
b0226423_17152669.jpg
b0226423_17153367.jpg
b0226423_17154449.jpg
b0226423_17155127.jpg
b0226423_17155736.jpg
b0226423_17160430.jpg
b0226423_17161215.jpg
b0226423_17162067.jpg
b0226423_17162927.jpg
b0226423_17164448.jpg
b0226423_17165086.jpg
b0226423_17165791.jpg
b0226423_17170748.jpg
b0226423_17171441.jpg
b0226423_17172203.jpg
b0226423_17172858.jpg
b0226423_17173496.jpg
b0226423_17174096.jpg
b0226423_17175156.jpg
b0226423_17175785.jpg
b0226423_17180546.jpg
b0226423_17181311.jpg
b0226423_17182050.jpg
b0226423_17182689.jpg
b0226423_17183336.jpg
b0226423_17184017.jpg
b0226423_17184646.jpg
b0226423_17185313.jpg
b0226423_17190063.jpg
b0226423_17190750.jpg
b0226423_17191564.jpg
b0226423_17192233.jpg
b0226423_17193172.jpg
b0226423_17193899.jpg
b0226423_17195547.jpg
b0226423_17200268.jpg
b0226423_17200974.jpg
b0226423_17201603.jpg
b0226423_17202316.jpg
b0226423_17202998.jpg
b0226423_17203656.jpg
b0226423_17204373.jpg
b0226423_17205028.jpg
b0226423_17210485.jpg
b0226423_17211291.jpg
b0226423_17211801.jpg
b0226423_17212587.jpg
b0226423_17213387.jpg
b0226423_17213904.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-04-03 17:24 | PanTachar35/1.8 | Comments(0)

2070 いつもの風景(2018年11月13日奈良町に久しぶりトポゴン25㎜F4が鋭く切り込み)



久しぶりにトポゴン25㎜F4を使いたくなりました。

ちょっととぼけた語感とは裏腹に、
極めて敏感に斬り込んでくれるレンズです。
コロッセウム風のすり鉢型形状がとても美しい。
剛健な仕事レンズ風デザインのツァイスレンズの中では、
ライカ専用ホロゴンと並んで、
もっともアーティフィシャルなデザインと言えそうです。

ご承知かどうかは知りませんが、
私はどんなレンズも開放でしか使いません。
近頃、21㎜レンズをホロゴンと対等の条件で競わせるために、
f8に絞って撮ることがあります。
こうすると、ホロゴン同様に、パンフォーカス設定で、
ひたすら感じたら即シャッターを落とすというスタンスで、
軽快に使い続けることができます。
でも、正直なところ、それじゃ、なんだか面白くない。
21㎜超広角レンズでもボケ味を味わいたいのに、それができない。
ここらあたりがどうやらひっかかるようです。

トポゴンは開放重点で撮りました。
温かい感触があって、やっぱりトポゴンは頼りがいがあるレンズ、
そんな印象。
どうやら28㎜とほとんど同じ感覚で使えそう。




b0226423_20442183.jpg
b0226423_20443104.jpg
b0226423_20443661.jpg
b0226423_20444180.jpg
b0226423_20444701.jpg
b0226423_20445388.jpg
b0226423_20445860.jpg
b0226423_20451134.jpg
b0226423_20452102.jpg
b0226423_20452749.jpg
b0226423_20453357.jpg
b0226423_20453859.jpg
b0226423_20454417.jpg
b0226423_20455097.jpg
b0226423_20455702.jpg
b0226423_20460325.jpg
b0226423_20461123.jpg
b0226423_20462774.jpg
b0226423_20463417.jpg
b0226423_20463967.jpg
b0226423_20471695.jpg
b0226423_20473544.jpg
b0226423_20474684.jpg
b0226423_20475316.jpg
b0226423_20484727.jpg
b0226423_20485289.jpg
b0226423_20485848.jpg
b0226423_20490564.jpg
b0226423_20491158.jpg
b0226423_20491738.jpg
b0226423_20492280.jpg
b0226423_20492815.jpg
b0226423_20493511.jpg
b0226423_20494162.jpg
b0226423_20494700.jpg
b0226423_20503729.jpg
b0226423_20504702.jpg
b0226423_20521577.jpg
b0226423_20522119.jpg
b0226423_20522921.jpg
b0226423_22312707.jpg
b0226423_22313877.jpg
b0226423_22314370.jpg
b0226423_22315012.jpg
b0226423_22315669.jpg
b0226423_22320203.jpg
b0226423_22320859.jpg
b0226423_22321486.jpg
b0226423_22322307.jpg
b0226423_22322956.jpg
b0226423_22323471.jpg
b0226423_22324149.jpg
b0226423_22324805.jpg
b0226423_22325445.jpg
b0226423_22325961.jpg
b0226423_22330511.jpg
b0226423_22331365.jpg
b0226423_22331984.jpg
b0226423_22332600.jpg
b0226423_22333237.jpg
b0226423_22333850.jpg
b0226423_22334506.jpg
b0226423_22335823.jpg
b0226423_22340522.jpg
b0226423_22341122.jpg
b0226423_22341782.jpg
b0226423_22342321.jpg
b0226423_22342963.jpg
b0226423_22343619.jpg
b0226423_22344295.jpg
b0226423_22344921.jpg
b0226423_22345674.jpg
b0226423_22350472.jpg
b0226423_22351146.jpg
b0226423_22351823.jpg
b0226423_22352481.jpg
b0226423_22353107.jpg
b0226423_22353726.jpg
b0226423_22354442.jpg
b0226423_22355188.jpg
b0226423_22360373.jpg
b0226423_22361100.jpg
b0226423_22361770.jpg
b0226423_22362491.jpg
b0226423_22363035.jpg
b0226423_22363810.jpg
b0226423_22370593.jpg
b0226423_22371218.jpg
b0226423_22371948.jpg
b0226423_22372598.jpg
b0226423_22373243.jpg
b0226423_22373800.jpg
b0226423_22374547.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-03-31 22:42 | Topogon25/4 | Comments(0)

2069 実質感(2018年10月1日大阪西九条でエルマジ20㎜F3.5の存在感にしびれ)



またまた、エルマジ20㎜F3.5の登場です。
と言っても、実は前回の三週間前の撮影です。
いつものように、揚琴の付虹先生のレッスンを終えて、
午後立ち寄って、ぐるりと一巡したときのもの。

自分で言うのもなんですが、
なんでこんなものばかり撮ったのでしょうねえ?
フォトジェニックなシーンなんか一枚もありませんね。
特別なシーンもありません。
西九条のなんでもない街角、道、公園、等々。

私以外の人間が見たら、
「なぜ、こんな無意味なことをしているんだろう?」
と、疑問に思うでしょうね。
でも、私は、こんな風にして、自分の存在を確かめている、
そうだ、私は、ここにこうして生きているんだ、
そんな気持ち。

マルチン・ブーバーというユダヤ系哲学者が居ました。
若い頃、彼の本を2、3冊読んだことがありました。
我と汝との関係を考え続けた人でした。
私は元来思索的な人間ではありません。
なにかをやり続けて、自分自身を確かめる、
だからと言って、自分のことが理解できるわけでもなく、
ただ、こうして死ぬまでもがき続けるんだろうな、
という感じがするだけ。
そんな私になにかを残したシーンを彼は記載していました。

ステッキ片手に散歩をしていたときのことです。
老樹に出会いました。
ブーバーはなにがなくステッキで太い幹をぐっと押しました。
すると、老樹がぐっと押し返して来たのを感じたのです。
ブーバーはこの体験に自分の思索を深めるなにかを感じたようです。
彼がどんな風に思索を展開したか、さっぱり覚えていません。
ただただ老樹が押し返して来たということに、
なにか共感を感じたことだけ覚えています。

こんな昔の文章の一部をなぜ記憶したのでしょうか?
私もまたそんな感じで生きて来たからなのでははないでしょうか?
そして、私が果てしないロボグラフィ撮影でやってきたことは、
これだったんじゃないか?
そんな風に感じます。
生きるって、誰かと出会うこと。
撮影することも、そんな出会いはないでしょうか?
だとすると、そのような出会いから生まれたロボグラフィたちって、
私自身なのではないでしょう?

とすると、人が私の写真を見て、どうこう感じるとしても、
それはその人の生きる行為であって、私とは無関係。
私にとって、私の人生は、
ひたすらロボグラフィを撮り続けること、
そのときそのときの行為に尽くされている。

誰も同じことをしているのでしょう。
でも、写真家なら、傑作を撮ることに生き甲斐を感じ、
それこそが人生だと考えるでしょう。
私の場合は違います。
ごく普通の行為、たとえば、呼吸する行為と同じように、
ロボグラフィと出会いたい、
だから、その記録としてのロボグラフィもごく普通の写真で十分。
こんな気持ちなのでしょう。

よくよく思い返してみますと、
私は最初からそんなスタンスで写真を生きてきたようです。




b0226423_01134797.jpg
b0226423_01135784.jpg
b0226423_01140552.jpg
b0226423_01141001.jpg
b0226423_01141578.jpg
b0226423_01142234.jpg
b0226423_01143198.jpg
b0226423_01143772.jpg
b0226423_01144205.jpg
b0226423_01144741.jpg
b0226423_01145937.jpg
b0226423_01150492.jpg
b0226423_01151000.jpg
b0226423_01151667.jpg
b0226423_01152173.jpg
b0226423_01152710.jpg
b0226423_01153321.jpg
b0226423_01154403.jpg
b0226423_01155325.jpg
b0226423_01160003.jpg
b0226423_01160691.jpg
b0226423_01161215.jpg
b0226423_01161786.jpg
b0226423_01162242.jpg
b0226423_01162943.jpg
b0226423_01163988.jpg
b0226423_01164586.jpg
b0226423_01165095.jpg
b0226423_01165508.jpg
b0226423_01170177.jpg
b0226423_01170655.jpg
b0226423_01171531.jpg
b0226423_01172428.jpg
b0226423_01173366.jpg
b0226423_01173897.jpg
b0226423_01174505.jpg
b0226423_01175118.jpg
b0226423_01175759.jpg
b0226423_01180367.jpg
b0226423_01181209.jpg
b0226423_01181826.jpg
b0226423_01182524.jpg
b0226423_01183113.jpg
b0226423_01183852.jpg
b0226423_01184405.jpg
b0226423_01185033.jpg
b0226423_01185696.jpg
b0226423_01190165.jpg
b0226423_01190759.jpg
b0226423_01191379.jpg
b0226423_01192638.jpg
b0226423_01193289.jpg
b0226423_01193861.jpg
b0226423_01194573.jpg
b0226423_01195222.jpg
b0226423_01195887.jpg
b0226423_01200400.jpg
b0226423_01201058.jpg
b0226423_01201694.jpg
b0226423_01202170.jpg
b0226423_01202609.jpg
b0226423_01203215.jpg
b0226423_01203984.jpg
b0226423_01205085.jpg
b0226423_01205609.jpg
b0226423_01210241.jpg
b0226423_01211001.jpg
b0226423_01211657.jpg
b0226423_01212384.jpg






# by Sha-Sindbad | 2019-03-29 01:23 | Hermagis20/3.5 | Comments(0)

2068 ほっこりと(2018年11月6日エルマー35㎜F3.5と一緒に奈良町を歩く喜び)



№2063に続いて、またエルマー35㎜F3.5を使ってしまいました。
エルマーからズマロン、ズマロンからズミクロン、ズミルックスへと、
ライカ社は、当時の主力レンズの一つ35㎜レンズにつき、
ツァイス社に負けない陣立てを続ける努力をしましたが、
この5本を使ってみて、私の正直な感想は、
ライカ社は、35㎜レンズに関する限り、
描写性に関して明確なポリシーを持っていなかったのでは?
そう感じてしまいます。
上記の5本の中で、ライカ社が本命として生み出した35㎜は、
おそらくズミクロンであろうと思います。
つまり、やさしさを柱とした、いわば女性的表現から、
ツァイス社の雄渾な男性的表現に基本構想を変針させてしまった、
そんな感じがしてなりません。
それは結局、第二次世界大戦を経て、優雅な写真芸術路線から、
報道の正確性を追求する記録写真路線への路線変更だった、
そんな感じがします。

近頃のライカレンズを使ったことはありませんが、
もう古いタイプになったかも知れないズミルックス75㎜F1.4で見る限り、
第二次世界大戦以前のエルマー、ヘクトールのレンズ群が持っていた、
あたたかな優しさに満ちたアートレンズたちのエスプリなど、
欠片もないという感じがして、がっかりしたことを思い出します。
とすると、そのようなライカ社の現実路線に照らすと、
現代のライカレンズって、日本のディジタルカメラ用レンズ同様、
完璧無比の理想レンズとなってしまっているのでは?
そんな風に疑ってしまいます。
それじゃ、日本のレンズたちと一線を画する独自の個性なんて、
欠片もないんじゃないのでしょうか?

とすると、これはとりもなおさず、ユーザーの好みの変化に沿って、
しっとりとやさしく被写体を包み込むような描写など捨ててしまい、
日独入り乱れて、超精密画質の追求に走る時代になってしまった、
ということなのかも知れませんね。

昔から今でも、ちょっと隙があって、愛すべき性格こそ、
もっとも魅力的な人間、レンズの美質であってほしい、
私はそう思うのですけどねえ..............
そんな私から見ると、古いエルマーはなんだか一番魅力的。
カルティエ・ブレッソンって、かなりエルマー35㎜を駆使したんじゃないか?
例えば、セーヌ河畔の食事風景なんて、
あれだけ接近して、あれだけ深い深度で写し止めているのです。
50㎜エルマーでは撮れません。

使えば使うほどに、使ってみたくなるレンズ、
それがエルマー35㎜F3.5ですね。




b0226423_10495644.jpg
b0226423_10500380.jpg
b0226423_10500909.jpg
b0226423_10501489.jpg
b0226423_10502032.jpg
b0226423_10502591.jpg
b0226423_10503121.jpg
b0226423_10503782.jpg
b0226423_10504275.jpg
b0226423_10504829.jpg
b0226423_10505334.jpg
b0226423_10505814.jpg
b0226423_10510573.jpg
b0226423_10511151.jpg
b0226423_10511774.jpg
b0226423_10515208.jpg
b0226423_10515867.jpg
b0226423_10520456.jpg
b0226423_10520963.jpg
b0226423_10521590.jpg
b0226423_10522199.jpg
b0226423_10522755.jpg
b0226423_10523216.jpg
b0226423_10523786.jpg
b0226423_10524305.jpg
b0226423_10524959.jpg
b0226423_10525505.jpg
b0226423_10530210.jpg
b0226423_10530788.jpg
b0226423_10531301.jpg
b0226423_10531877.jpg
b0226423_10532468.jpg
b0226423_10533296.jpg
b0226423_10533939.jpg
b0226423_10534698.jpg
b0226423_10535385.jpg
b0226423_10535917.jpg
b0226423_10540648.jpg
b0226423_10541352.jpg
b0226423_10542726.jpg
b0226423_10543430.jpg
b0226423_10544037.jpg
b0226423_10544692.jpg
b0226423_10545364.jpg
b0226423_10545934.jpg
b0226423_10570780.jpg
b0226423_10571307.jpg
b0226423_10572204.jpg
b0226423_10572903.jpg
b0226423_10573524.jpg
b0226423_10574230.jpg
b0226423_10574737.jpg
b0226423_10575364.jpg
b0226423_10580061.jpg
b0226423_10580683.jpg
b0226423_10581356.jpg
b0226423_10581902.jpg
b0226423_10582636.jpg
b0226423_10583249.jpg
b0226423_10583967.jpg
b0226423_10584625.jpg
b0226423_10585279.jpg
b0226423_10585803.jpg
b0226423_10590486.jpg
b0226423_10591276.jpg
b0226423_10592308.jpg
b0226423_10593155.jpg
b0226423_10593775.jpg
b0226423_10594411.jpg
b0226423_10595998.jpg
b0226423_11000662.jpg
b0226423_11001302.jpg
b0226423_11002050.jpg
b0226423_11003090.jpg
b0226423_11005299.jpg
b0226423_11010139.jpg
b0226423_11010962.jpg
b0226423_11011829.jpg
b0226423_11012687.jpg
b0226423_11013959.jpg
b0226423_11020282.jpg
b0226423_11020924.jpg
b0226423_11021651.jpg
b0226423_11022310.jpg
b0226423_11022909.jpg
b0226423_11023608.jpg
b0226423_11024266.jpg
b0226423_11025143.jpg
b0226423_11030085.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-03-27 11:27 | Elmar35mmF3.5 | Comments(0)

2067 穏やかに(2018年10月22日高円高校界隈の秋をエルマジ20㎜F3.5が料理したら)



さまざまなレンズを使っていて、強く感じること、それは、
レンズにはそれぞれに持って生まれた風格があり、
なぜか外観と描写には似通った雰囲気の描写性があり、
この風格も描写性も隠しようがない!

人間もそうかも知れませんね。
持って生まれた雰囲気があり、
生きてきた人生に積もり積もったものがそこに加わって、
それぞれに品性が備わっていて、隠しようも化けようもない。

自分のことは分かりません。
でも、人のことはわかりますね。
政治家たちにそれが一番よく現れている感じ。
龍馬や隆盛や晋作を持ち出すのはちょっと可哀想かもしれませんが、
彼らには、若くして、風格があり、高邁な理想と目標がありました。
今の政治家たちには野卑で下品な魂胆しか感じられないのが悲しいですね。
大企業やアメリカの走狗となって、あからさまに媚びを売る姿は、
すでに政治家たちが社会を牽引する立場にはないことを暴露しています。

クラシックレンズたちって、それぞれにどこか品格を感じさせてくれます。
レンズたちが個性を殺して、Photoshopの原稿制作道具に墜ちてしまった現代、
クラシックレンズたちの出る幕はなくなりました。
でも、捨てる神あれば、拾う神あり、ですね。
かつての写真世界は、本物の写真作家を頂点に、
プロ、アマのヒエラルキーがピラミッド状に広がり、
その序列、階層はかなり確固としていました。
今は、そんな世界をよそ目に、自分の写真世界を一人で楽しむ、
さまざまなギアがネット上に生まれつつあります。
ここでは、人の目なんかまったく気にしない、
自分の写真世界を一人楽しむ人たちが快適な写真生活を送っています。
誰も見に来なくてもよいのです。
自分で自分の写真をネット上で楽しめるのです!

古代ローマの政治家にして軍人、ルクルスは古代ローマきっての美食家。
毎日客を招いて、豪奢な美食の饗宴を催しました。
ある日、誰も客のいない日があって、料理人が質素な食事を出したら、
ルクルス、怒って、
「ルクルスがルクルスの家で食事をするのだ!
それにふさわしい料理を出せ!」と叱りつけた、という話が有名です。
私が2つのブログでやっているのが、まさにこれですね。
実際にはほとんど誰も見に来ないでしょう。
私も人間だから、誰か来てくれないかな、何人か来たかな、などと、
気にして、アクセスリポートをチェックしたりすると、
記事を作るときにも、そのあたりが影響しかねません。
だから、ブログを始めてまもなく、絶対にチェックしないと決めました。
この決断は大成功でした。
記事を作るときにも、自分の気持ちのまま、粉飾なく素直に書きなぐれます。
写真も、ざっと半数ほど残したいものを選択して、
まさに撮影方法と一緒で、ノートリミング、ノーメイキング、
濃度を一定にするだけ、ひたすら撮影順に並べて行って、
視角効果など気にかけません。
これでこそ、私が歩いた道の記憶となってくれるわけです。

   エルマジ20㎜F3.5

すでに9回記事をアップしていますが、
レンズそのものの素性はまるで明らかになっていません。
ヘリコイドもなくて、Pマウントのスクリューを回して、
ピントを合わせます。
まさに原始的。

でも、絵画的な独特の色彩と、
にじみ出るようなどっしりとした風格があって、
私には、小さな巨人、そうとしか思えません。
使えば使うほど、存在が増して行く、そんな稀な古玉。





b0226423_15483759.jpg
b0226423_15484990.jpg
b0226423_15485504.jpg
b0226423_15490182.jpg
b0226423_15490998.jpg
b0226423_15491592.jpg
b0226423_15492038.jpg
b0226423_15492774.jpg
b0226423_15493386.jpg
b0226423_15493939.jpg
b0226423_15494531.jpg
b0226423_15495103.jpg
b0226423_15495600.jpg
b0226423_15500203.jpg
b0226423_15500767.jpg
b0226423_15501390.jpg
b0226423_15501910.jpg
b0226423_15502581.jpg
b0226423_15503194.jpg
b0226423_15503768.jpg
b0226423_15504373.jpg
b0226423_15505155.jpg
b0226423_15505779.jpg
b0226423_15510714.jpg
b0226423_15511474.jpg
b0226423_15512056.jpg
b0226423_15512624.jpg
b0226423_15513376.jpg
b0226423_15513812.jpg
b0226423_15514419.jpg
b0226423_15514986.jpg
b0226423_15515593.jpg
b0226423_15520086.jpg
b0226423_15521003.jpg
b0226423_15522145.jpg
b0226423_15523083.jpg
b0226423_15523618.jpg
b0226423_15524297.jpg
b0226423_15524836.jpg
b0226423_15525601.jpg
b0226423_15530593.jpg
b0226423_15531277.jpg
b0226423_15531819.jpg
b0226423_15533561.jpg
b0226423_15532428.jpg
b0226423_15533094.jpg
b0226423_15533561.jpg
b0226423_15534151.jpg
b0226423_15534829.jpg
b0226423_15535495.jpg
b0226423_15540085.jpg
b0226423_15540762.jpg
b0226423_15545405.jpg
b0226423_15550123.jpg
b0226423_15550824.jpg
b0226423_15551451.jpg
b0226423_15552047.jpg
b0226423_15552792.jpg
b0226423_15553401.jpg
b0226423_15554269.jpg
b0226423_15554747.jpg
b0226423_15555438.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-03-24 15:59 | Hermagis20/3.5 | Comments(0)

2066 幽暗(2018年9月19日奈良町の秋をキノプラズマート20㎜F1.5がどっぷりと)一つの終わり



写真家吉田正さんが指導する写真教室の受講を続けて4年経ったと思います。
とうとう写真教室を卒業する日が来ました。

もとより、私が写真教室に通うこと自体が、
いわば自己矛盾に近い異常事態でした。
私はとっくの昔に、
写真家としての表現行動など無縁の人間になっていたのですから、
今更写真を勉強するもなにもあったものではない。

でも、無理を承知で写真教室に通い始めたのは、
長年続けてきた稼業から足を洗って引退したからです。
なにもやることがないというのも退屈、
幸い私が十年来私淑し、交友を続けてきた写真家の吉田正さんが
西宮で写真教室を手広く開いておられる。
じゃ、吉田さんの写真談義を聴きにいこう、
ということからでした。

期待したとおり、吉田さんの講義は楽しいものでした。
吉田さんが梅田に教室を開かれた機会に、
私も梅田に移りました。
さすが大阪です。
すでにそれぞれにその人なりの写真を撮る人たちが揃いました。
吉田正さんの講義もさらに充実し、
みなさんの写真も楽しい、
ということで、写真教室をずいぶん楽しんできました。

でも、昨年来、教室は次第に成長しはじめました。
ただの写真教室ではなく、
吉田正さんの傘下の写真家集団の一翼という色彩に染まり始めたのです。
これには参りました。
私は、ちょっと表現が奇妙ですが、
骨の髄まで写真家ではない人間です。
ただの写真趣味。
表現なんて、実のところ、写真趣味45年の間に、
ひとかけらも頭の隅をよぎったことがない人間です。
最初の最初から、私はレンズに頼りっきりの、
いわば、「撮れちゃった写真」だけ。
写真展も幾度か楽しみましたが、
これも、はっきり言って、私に関する限りは「写真展ごっこ」でした。

そんな私を見事に見抜いたのが、最初の師匠、田島謹之助さん。
落語家立川談志の「抱腹絶倒落語家列伝」は、
田島さんが談志師匠に、かつて撮り貯めた昭和の落語名人たちの写真を、
フィルムもろとも一切合切贈与したことがきっかけ。
田島さんの見事な写真がびっしり収められて、見応えがあります。
その田島さんと中国旅行で知り合って、
「よろしかったら、写真見てあげましょうか?」
これがキッカケで、いわば田島さんの写真の弟子になったのですが、
最初の頃、あきれたように、というか、あきらめたように、
こうおっしゃったことを思いだしました。

「あのねえ、※※さん、
あんたの写真、一見すると、いかにも意味ありげなんだけど、
よくよく見ると、なーんにもないんだよねえ。」

当たり前です。
私は、写真を始めてから今日まで、
写真に意味をもたせたり、
情景に何か意味を感じて撮影したり、
というようなことを一切したことがないのです。
私に限って言えば、
写真は表現ではありません。
たった一つあるとすれば、
「この瞬間、ぼくはこれに出会ってよかった、と思った」
ということ位。
そこから出発して、写真に撮ることでなにかを表したいなんて、
これっぽっちも考えたことがないのです。
「よかった! パチッ(シャッター音)」
ただこれだけ。
このときなにかを感じたことは間違いがありませんが、
そんな私の気持ちなど、写真に込めようとしていません。
ただのロボグラフィの目撃報告。
これまさに素人写真。

私はそれを隠そうとしたこともありません。
誰でも見たら一目瞭然なのですから。

現在の私の写真の撮り方にそれがはっきり現れています。
半分はノーファインダーで、
どう移るか確認もしないで、撮っています。
残りの半分は、液晶ファインダーを拡大表示して、
ピントを合わせると、シャッターを落とします。
その瞬間、液晶ファインダーは通常の表示に戻りますが、
そんなものはまったく見ていません。
そんな写真を、たとえば、ブログでは、撮影順に、トリミングなどせず、
白枠を付け、編集画面で私の一定の濃度にそろえるだけで、
ブログに順番にアップしているだけです。

それでも、かなりしっかりとした構図で撮れているように
ご覧いただけるのでしたら、
それは、私の撮影経験の長さ故であるとともに、
ロボグラフィであれ、ストリートスナップであれ、
どんなものを撮るにしても、最大限接近して撮るので、
それだけが写り、
無用なものが写ることがとても少ないからです。

水平垂直がかなり保たれているのは、
スナップであれ、ロボグラフィであれ、
カメラ、レンズは常に垂直と
調練しているからです。

私は曲がったことが大嫌いですが、
曲がった写真も大嫌いだからです。

写真家が水平垂直を動かすのは、表現意図からであって、これは別論です。
でも、単にカメラになれていないために、
水平垂直が撮れていないのに、
わざと歪めてみました、なんてしたり顔で言い訳をしますと、
心の中で「嘘付け! 下手くそ!」とつい言ってしまいます。

アマチュアが写真家から、
「これはなにを表現したかったのですか?」と尋ねられると、
「現代の孤独を象徴したかったのです」
なんてしたり顔で聞いた風な口を利くと、
やっぱり、
「嘘、嘘! 
ただ撮れただけの写真にそんなこじつけ、よしましょうね」と、
心の中でささやきます。
そして、そんな人とはお付き合いは遠慮することにしています。

というような次第で、
私としては、柄にもないことはあっさりやめにして、
一人でロボグラフィをただ撮って、ブログにただ掲載する、というシンプルで、
じゃまのはいらない境地をひたすら味わう時代が到来しました。

なんにも表現せず、
ただ私の出会いの瞬間を記録したロボグラフィたちを撮影し続け、
ブログに掲載し続けるわけです。
人はぜんぜん来ないのですが、
正確には、文書量と写真量はただならないので、
ネット検索でのヒット率はかなりあるでしょう。
でも、一見して、
「おじゃましましたあーーー、
さいなら!!!」でしょう。

かくして、私はついに写真家の世界から卒業したというわけです。
正確には、「最初から無縁だった」わけですが。
でも、写真家吉田正さんの優れた作品、豊かな人間性に接して、
人生に沢山の滋養を頂きました。
吉田正さんには感謝の気持ちで一杯です。




b0226423_22295813.jpg
b0226423_22300698.jpg
b0226423_22301198.jpg
b0226423_22301772.jpg
b0226423_22302299.jpg
b0226423_22302797.jpg
b0226423_22303224.jpg
b0226423_22303828.jpg
b0226423_22304323.jpg
b0226423_22304966.jpg
b0226423_22305572.jpg
b0226423_22310221.jpg
b0226423_22310883.jpg
b0226423_22311508.jpg
b0226423_22312033.jpg
b0226423_22313606.jpg
b0226423_22314145.jpg
b0226423_22314792.jpg
b0226423_22315327.jpg
b0226423_22315884.jpg
b0226423_22323093.jpg
b0226423_22323713.jpg
b0226423_22324425.jpg
b0226423_22325056.jpg
b0226423_22330425.jpg
b0226423_22330926.jpg
b0226423_22331597.jpg
b0226423_22332142.jpg
b0226423_22332870.jpg
b0226423_22333516.jpg
b0226423_22334011.jpg
b0226423_22334694.jpg
b0226423_22344062.jpg
b0226423_22344864.jpg
b0226423_22345773.jpg
b0226423_22350900.jpg
b0226423_22360485.jpg
b0226423_22362140.jpg
b0226423_22363089.jpg
b0226423_22363986.jpg
b0226423_22364564.jpg
b0226423_22365335.jpg
b0226423_22374486.jpg
b0226423_22383339.jpg
b0226423_22385112.jpg
b0226423_22385912.jpg
b0226423_22390739.jpg
b0226423_22391483.jpg
b0226423_22392142.jpg
b0226423_22392722.jpg
b0226423_22393323.jpg
b0226423_22393901.jpg
b0226423_22394415.jpg
b0226423_22401739.jpg
b0226423_22402435.jpg
b0226423_22402915.jpg
b0226423_22403647.jpg
b0226423_22404203.jpg
b0226423_22404893.jpg
b0226423_22414401.jpg
b0226423_22415038.jpg
b0226423_22415737.jpg
b0226423_22420329.jpg
b0226423_22421136.jpg
b0226423_22422132.jpg
b0226423_22423121.jpg
b0226423_22423776.jpg
b0226423_22424317.jpg
b0226423_22425378.jpg
b0226423_22425950.jpg
b0226423_22430689.jpg
b0226423_22441393.jpg
b0226423_22441993.jpg
b0226423_22442674.jpg
b0226423_22443511.jpg
b0226423_22444150.jpg
b0226423_22444779.jpg
b0226423_22445490.jpg
b0226423_22450026.jpg
b0226423_22451733.jpg
b0226423_22452669.jpg
b0226423_22453257.jpg
b0226423_22453914.jpg
b0226423_22454655.jpg
b0226423_22455762.jpg
b0226423_22460400.jpg
b0226423_22461102.jpg
b0226423_22461789.jpg
b0226423_22462734.jpg
b0226423_22463381.jpg
b0226423_22464118.jpg







# by Sha-Sindbad | 2019-03-21 22:52 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

2065 揚琴記念日(2018年9月10日西大寺からの帰途でパンタッカー35㎜F1.8が秋の訪れを歌った)



今日は二胡演奏家陳少林先生の揚琴伴奏レッスン日。
先生に師事して以来十数年になりますが、
その最初の最初から練習してきた2曲をまだやっています。
「良宵」
「陽関三畳」
どちらも二胡の名曲ですが、特筆すべきは、
この2曲に付けられた伴奏が秀逸なこと。
揚琴は二胡の伴奏楽器中の定番とでも言うべき位置にありますが、
それにしては、よい伴奏に恵まれていません。
「伴奏を付けてみました」風のおざなりな揚琴伴奏が多いのです。
あくまで二胡が主人公で、揚琴は単なる支えに過ぎません。
そんな中で、この2曲は正真正銘の名曲に付けられた、名伴奏曲。
つまり、二胡と揚琴ががっぷり四つに組んで、
堂々、横綱相撲をとるという感じなのです。

私は揚琴という楽器が大好きなのですが、
写真と同じで、まさに「下手の横好き」。
いくらやっても、まるでものにならない、という感じでした。
だから、上記の二曲も一向にうまく弾けないまま、
今日まで一進一退を繰り返してきたのです。

ところが、昨日、突然、揚琴が弾けるようになりました!
どうしてそう分かったのか?

コップに水道栓からポトリ、ポトリと水滴を落とすと、
それでもいつかはコップが満杯になり、縁から水が滴り落ちます。
その瞬間、分かりますね、
「落ちた!」

ご先祖の宝の蔵を開こうと、
屋敷内を探し回って見つけた鍵を手当たり次第鍵穴に差し込んで、
試し続けてきました。
もう開く日は来ないだろうなと諦めかけていたのに、
今日、突然、鍵が回りました。
「開いた!」

私の揚琴もそんな日がついに来たのです!
音が一変して、軽やかに響き始めました。
音が変わったのですから、ただちに分かります。

そして、主旋律を担当する左手が自由自在に回るようになった!
私は右利きです。
左手が自在に動いてくれません。
左手の手首を回そうと必死になればなるほど、硬直してしまい、
どうしても右の低音側が強くなってしまいます。
ところが、突然、左手が勝手に回るようになり、
軽やかに歌い始めたのです。

どうしてこんなことが起きたのか?
昨年来、親友のAKさんが作ってくれた稀代の水素吸引器、
La Fontaine-9は、市販の何十万もする水素吸引器でもかなわない高性能。
これを昨年来使い続けてきたのですが、
2ヶ月ほど前からは、背骨矯正用のストレッチポールも始めました。
1ヶ月前から、アーシングという新しい試みも開始しました。
さらに、1ヶ月前に、ストレッチはできるだけゆっくりとするように、
吉田正さんの写真教室の仲間から教えてもらいました。
これら4つの効果が20年続けてきたストレッチ体操に相乗したようです。
身体がとても軽くなり、と言うか、身体を全然意識しなくなり、
快調そのものとなりました。
そんな体調が精神をさらに清明にしてくれて、
揚琴演奏に目覚ましい効果をもたらしたのかも知れません。

2019年3月17日は、私の揚琴記念日となりました。
そんな日にふさわしい写真をアップすれば、さらにめでたいのですが、
いつも書いていますように、私の二つのブログはただの日記。
写真は撮影順に、そして、文章は最新の作文を掲載することにしています。
今回はパンタッカー35㎜F2.3の出番です。
このレンズは、どちらかと言うと、茫洋たる描写。
揚琴記念日にふさわしいとは言えませんが、
私のぼうっとした頭脳をそっくり反映してくれるレンズです。
奇しくも、陳少林先生のレッスン日の帰り道の撮影分です。
こんな偶然の合致も私の揚琴記念日を祝ってのことかも知れません。




b0226423_22354340.jpg
b0226423_22355092.jpg
b0226423_22355676.jpg
b0226423_22360190.jpg
b0226423_22360726.jpg
b0226423_22361187.jpg
b0226423_22361830.jpg
b0226423_22362892.jpg
b0226423_22363337.jpg
b0226423_22363829.jpg
b0226423_22365054.jpg
b0226423_22365697.jpg
b0226423_22370161.jpg
b0226423_22371371.jpg
b0226423_22371961.jpg
b0226423_22372477.jpg
b0226423_22372995.jpg
b0226423_22383613.jpg
b0226423_22384358.jpg
b0226423_22385504.jpg
b0226423_22390136.jpg
b0226423_22391104.jpg
b0226423_22391706.jpg
b0226423_22392264.jpg
b0226423_22392802.jpg
b0226423_22393906.jpg
b0226423_22394530.jpg
b0226423_22395191.jpg
b0226423_22400194.jpg
b0226423_22400719.jpg
b0226423_22401317.jpg
b0226423_22402083.jpg
b0226423_22402793.jpg
b0226423_22403653.jpg
b0226423_22404314.jpg
b0226423_22404973.jpg
b0226423_22405409.jpg
b0226423_22410194.jpg
b0226423_22410194.jpg
b0226423_22410701.jpg
b0226423_22411713.jpg
b0226423_22412674.jpg
b0226423_22413289.jpg
b0226423_22413974.jpg
b0226423_22414453.jpg
b0226423_22415093.jpg
b0226423_22415678.jpg
b0226423_22420266.jpg
b0226423_22420850.jpg
b0226423_22421431.jpg
b0226423_22422095.jpg
b0226423_22422628.jpg
b0226423_22423310.jpg
b0226423_22423939.jpg
b0226423_22424670.jpg
b0226423_22425775.jpg
b0226423_22430633.jpg
b0226423_22431357.jpg
b0226423_22432003.jpg
b0226423_22432858.jpg
b0226423_22433522.jpg
b0226423_22434274.jpg
b0226423_22434964.jpg
b0226423_22450483.jpg
b0226423_22451103.jpg
b0226423_22451829.jpg
b0226423_22452555.jpg
b0226423_22453141.jpg
b0226423_22453879.jpg
b0226423_22454538.jpg
b0226423_22455101.jpg
b0226423_22455797.jpg
b0226423_22460559.jpg
b0226423_22461452.jpg
b0226423_22463331.jpg
b0226423_22464035.jpg
b0226423_22464762.jpg




# by Sha-Sindbad | 2019-03-18 22:52 | PanTachar35/1.8 | Comments(0)

2064 秋雨(2018年9月8日スピードパンクロ28㎜F2なら雨の新大阪をほんのりと眺め)



映画用レンズと一口で言っても、
最高級の描写力を誇る超高価なレンズから、
一般愛好家でも入手できる廉価版レンズまでさまざま。
私が手に入れることができたのはすべて民生用の廉価版ばかり。
映画用レンズの一部は、大スクリーンに投影するという目的から
スティルカメラ用のレンズたちと段違いの性能で作られましたが、
民生用の廉価版はそこまでの性能ではないようです。
でも、路傍のロボグラフィたちをビビッドに浮かび上がらせて、
地味そのものの情景なのに、不思議と私の心を湧き立たせてくれます。

スピードパンクロ28㎜F2もそんなレンズの一つ。
口径は14㎜ほどしかないミニレンズですが、
廉価バージョンではあっても、
まさしく痩せても枯れてもスピードパンクロ!
そんな喜びをいつも感じさせてくれます。
どこか描写がスペシャルなのです。

私も人生に沢山の秀才たちと出会ってきました。
でも、そんなに愉快な思い出ではなく、
なにかを教えられたこともなく、
彼らの人間性など、ほとんど記憶していません。
友とするに値する独特の人間性、個性を感じなかったのです。

満遍なく諸人に受け入れてもらおうと、敵を作らず、
社会的な認知、定評を求める生き方をしてきたために、
ガッと心に刺さってくる強烈な魅力に乏しい、
そんな感じがします。

人生を重ねるにつれて、
そんな人たちとのつながりは全部切れてしまいました。
それと軌を一にするようにして、
円満で全方向的な性能の名レンズたちともおさらばしてきました。
一杯欠点はあっても、特殊な用法にしか適しなくても、
ホロゴンを頂点として、パンタッカーやスピードパンクロたちには、
汲めども尽きぬような魅力が一杯あって、
そんな私の大切な伴侶となってきました。

私は結局、この世になにも貢献することなく、
だけど、迷惑をかけることもなく、
わがまま一筋に生きようとしてきました。
その一つの現れ、実現として、
写真もひたすら自分のためにしか撮りません。

スピードパンクロ28㎜F2はその典型例。
人が見たら、いぶかしく思うでしょう。

   一体なんだろう?
   なにを意味しているんだろう?
   なんのために撮っているんだろう?

答えはシンプルです。

   あなたにとっては、なんでもないものですよ。
   なんにも意味していませんよ。
   私の記憶のためににだけ撮っていますよ。




b0226423_22433027.jpg
b0226423_22433937.jpg
b0226423_22434537.jpg
b0226423_22435054.jpg
b0226423_22435575.jpg
b0226423_22440054.jpg
b0226423_22440595.jpg
b0226423_22441062.jpg
b0226423_22441602.jpg
b0226423_22442173.jpg
b0226423_22442777.jpg
b0226423_22443236.jpg
b0226423_22443859.jpg
b0226423_22444489.jpg
b0226423_22444964.jpg
b0226423_22445677.jpg
b0226423_22450172.jpg
b0226423_22450647.jpg
b0226423_22452321.jpg
b0226423_22452906.jpg
b0226423_22453678.jpg
b0226423_22454121.jpg
b0226423_22454812.jpg
b0226423_22455528.jpg
b0226423_22460127.jpg
b0226423_22460944.jpg
b0226423_22461573.jpg
b0226423_22462145.jpg
b0226423_22463348.jpg
b0226423_22464625.jpg
b0226423_22465989.jpg
b0226423_22470581.jpg
b0226423_22471246.jpg
b0226423_22472038.jpg
b0226423_22472758.jpg
b0226423_22473469.jpg
b0226423_22474006.jpg
b0226423_22474607.jpg
b0226423_22475150.jpg
b0226423_22475712.jpg
b0226423_22480326.jpg
b0226423_22480920.jpg
b0226423_22481569.jpg
b0226423_22482387.jpg
b0226423_22483329.jpg
b0226423_22484622.jpg
b0226423_22485390.jpg





# by Sha-Sindbad | 2019-03-16 22:50 | SpeedPanchro28/2 | Comments(0)