レンズ千夜一夜

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1902 古佛と木(2017年9月13日エルマー65㎜F3.5と仏様の渋い関係)3 珠玉の仏たち



9月13日水曜日、
奈良国立博物館の別館、奈良仏像館に参りました。
名品展「珠玉の仏たち」
残念ながら、撮影禁止です。
ああ、仏像写真家になったら、良かったのに!
もう魅力的な仏像たちが目白押しに並んでいました。

どこかで聞いたことがあります。
お寺は国宝保全、維持管理に窮して、国立美術館に寄託することで、
見返りに寺院の維持管理費の補助を受けるのだそうです。
予測不能の天災地変、人災が頻発する時代には、
大切な寺宝を守る苦肉の策なのかも知れません。

でも、かなり本末転倒、
「それをやっちゃおしまいだ」方式に思えるのですけどねえ。
新薬師寺の本尊薬師如来の脇寺の日光、月光菩薩のどちらからしい、
木造十一面観音立像もその一つ。
国宝ではなく、重要文化財指定でしかないのですが、
私には新薬師寺のベスト3に数えられる名宝と思えます。

お寺に行かれたら分かりますが、
ご本尊の薬師如来様、脇侍を失って、一人ぼっちで寂しそうです。
その代わりに、この観音様の方は独立して奮い立ち、
国立博物館の女王として君臨なさっているようです。
この観音様に会うだけでも、奈良仏像館をのぞく価値があります。

もう一つ、とても魅力的なのは、
南無仏太子立像。
お釈迦様の幼年時代の姿。
面構え、体躯、すべてがすでに釈迦如来を予見させる、
堂々たる立ち姿。
肌、袴の彩色も絶妙に古びています。

エルマー65mmF3.5
この十数年は知りませんが、
銀塩フィルムの時代は、このレンズに勝るマクロレンズはない、
とまで言われた名玉です。
もっとシャープなレンズだったら、
たとえば、ニッコールのようにスゴいレンズがありましたし、
等倍と言えば、
マクロプラナー60mmのような優れものがありました。
でも、エルマーには敵いません。
現代レンズの映像の凄みは、自身の光学性能を際立たせる、
それに対して、エルマーの凄みは、被写体そのものを、
存在感たっぷりに立ち上がらせるところにある、
そんな風に言いたくなります。
ああ、奈良仏像館が撮影自由にならないものでしょうかねえ?





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by Sha-Sindbad | 2017-11-03 11:44 | Elmar65/3.5 | Comments(0)

1901 古佛と木(2017年9月13日エルマー65㎜F3.5と仏様の渋い関係)2 夢幻レンズ


極端なほどスペクトルの両極限を、
正確かつリアルな再現をレンズに求める人、
どこまでもレンズで夢幻を見たい人、 
こんな風に表現してみることができそうです。

真面目に生き、この世界で有用な仕事をする人は、
写真を撮ってもリアリズムに傾き、
いつもなにかしら充足できず、
見果てぬ夢にいつも足下をすくわれて、
ふわふわと浮かんで生きている人は、
どうしてもファンタジーを求めるようです。

私は、どうやら、どころか、断然、後者。

エルマー65㎜F3.5はマクロレンズですから、
いかにもリアリズムにふさわしいと思われるのに、
実は、これ完全な夢幻レンズ。
その証明のような写真を並べてみました。

この巷でしっかり両眼を開いて生きているのに、
心の中では半ばファンタジーに浮き上がっている、
そんな人間にはぴったりのレンズ、
そんな感じがしてきました。



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by Sha-Sindbad | 2017-11-02 22:13 | Elmar65/3.5 | Comments(0)

1900 東大寺へ(2017年9月13日エルマー65㎜F3.5と大仏様の渋い関係)1 ただの作例集



本ブログも1900回、節目のときが来ました。

私のレンズたちを紹介し、他のレンズとの対比において、
私の可愛いレンズたちがどんなパフォーマンスを見せてくれるか?
それぞれのレンズたちの撮影例をできるだけ沢山ブログに掲載して、
レンズの特性を実例で知ることができるように。
これがブログの最初のコンセプトでした。

でも、本ブログはレンズフェチたちを惹きつけませんでした。
なぜ?
光学に完全に無知の私はレンズの諸特性を撮影例で確認する、
なんて作業も文章も完全に無縁だったからです。
つまり、レンズフェチたちにはなんの参考にもならない。

そんなわけで、我がレンズブログ「レンズ千夜一夜」は、
ただの作例集に化してしまったのですが、
私にとって折良く、別ブログ「わが友ホロゴン」も、
同じ頃、パブリックにアピールする写真ブログではなくなって、
単なるプライベートな写真日記になっていました。
そこで、「レンズ千夜一夜」も速やかに適応して、
わずかにレンズ側に重点がシフトした、ただの写真日記に。

そうして、1900回記念という伏し目に到達。
私が選んだテーマは、いつか撮影許可となった東大寺での、
「大仏様とのご対面」
私が選んだレンズは、銀塩時代のマクロの隠れたるオーソリティ、
エルマー65㎜F3.5。
かなり大仏様にはマッチできるレンズと踏みましたが、いかが?



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by Sha-Sindbad | 2017-10-29 17:40 | Elmar65/3.5 | Comments(0)

1882 伽藍写(2017年8月10日エルマジ95㎜F2.2で東大寺乱写)5 衝立効果


近頃、ちょっと多忙のようで、毎日出歩いています。
毎日かかさずウォーキングをすることにしたことも手伝っています。
ひたすら歩くことに徹するのが本当のウォーキングでしょう。
でも、性格が邪魔してしまいます。
単に歩くだけでは、時間の無駄のように感じてしまいます。
そこで、撮影も同時にやってしまう。
そうすると、どうしても散歩の時間が長くなります。
なぜなら、「なにかに出会って撮る」という喜びが募るからです。

たとえば、食事を作ったり、食器を洗うといった家事を、
退職以来、随分沢山分担しています。
家事そのものが大切な仕事であることは十分承知していますが、
そんなとき、ウォークマンで朗読を聞き、音楽を楽しむと、
大切な仕事をさらに楽しむことができる、
楽しめば、さらに念入りにすることさえできる、
そんな我田引水的理屈。

でも、外出をしてもなお、家事の分担分は減らないので、
ますます忙しくなる道理。
おかげで、ブログの更新がなおざりになってしまいます。

私のこうした駄弁は、なにか大切なことを書きたいとしても、
全然インスピレーションが湧かないときの常套手段。
幸いキーボードの入力は得意中の得意。
完全ではありませんが、ほぼ考える速度で入力できます。

よほど考える速度が遅いんだねと突っ込まれそうですが、
その通りなので、あえて反論はしないことにしています。
でも、実のところ、こうした駄弁はちょっとした戦術。
私の文章は日記であり、日々の思考の記録なのですが、
その反射的効用は衝立効果。

私の文章があまりにもプライベートなので、
誰も読み進めない。
おかげで、私の写真を観る人がますます少なくなります。
観ていただいても、ろくな印象は抱かれないだろう、
ということが分かっているので、
そもそも写真に目を通したいという気持ちを殺ぐ効果。

なぜ、そんな効果を狙うか?
私は写真を単なる人生の歩みの記録として撮っているのに、
人が私のブログを写真作品の展示と思う間違う危険があるから。
どうやら今の所、私の意図は狙い通りの効果を奏しているようです。

今日も吉田正さんの写真教室のメンバーからぼやかれました、
「ブログ、目を通しましたが、どうも、文章が長くて」
私、しめしめというところ。


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by Sha-Sindbad | 2017-09-21 23:35 | Hermagis95/2.4 | Comments(0)

1881 伽藍写(2017年8月10日エルマジ95㎜F2.2で東大寺乱写)4 台風18号


台風18号が接近中ですね。
私の住む奈良では、昨夜、半時間ほど囂々吹き荒れました。
物が飛ぶ音もしました。
台風の渦の一番長い腕がかろうじて奈良をかすったようです。
まだ台風の目は九州の海上沖だったのですから、
なんとも壮大な大車輪。

今日は昼食後、1時間、ぐるりと散歩してきました。
アンジェニュー50mmF0.95をオリンパスEP-L1に付けました。
風一つなく、静穏な散歩でしたが、
畑に出た農家の人が2人、ほとんど車もなく、
郵便屋さんのバイクに出会っただけ。

皆さん息を潜めて台風を待っているか、と言いますと、
そうでもなく、もともと出歩く元気のある人がほとんど居ない、
いわば過疎の地域になりつつあるだけかもしれません。

お陰さまで、というわけではなく、いつものことなのですが、
1時間で130枚の収穫でした。

我が家もひっそり閑としています。
妻は、大阪での馬頭琴のコンサートに出かけてしまいました。
行くと決めたら、槍が降ろうが台風が来ようが、行く!
そういう人です。
友人の家に泊まるよう、厳命しましたが、心配。

午後5時半頃から台風が猛威を振るい始めたようです。
かなり不穏なほどの烈風が戸外を荒し回っている気配。
まだ四国上陸したばかりという状態でこの荒れ方。
近頃稀な大型台風のようです。
あんまりうるさいので、毒をもって毒を制す、
ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」を新しい録音で、
ということで、YouTubeで、格好の演奏を見つけました。
Wagner Götterdämmerung - Siegfried's death and Funeral march
Klaus Tennstedt London Philharmonic
(https://www.youtube.com/watch?v=wXh5JprKqiU)
どこかで大きな被害がなければよいのですが..........................................

と、ここまで記事を書いたところで、
妻から20分前のラインのメールを発見。
「今から帰る」
電話すると、
「大丈夫、近鉄電車は平常運転してる」
「平常運転って???
こちら、轟々吹き荒れてるのに?
タクシーなんかないよ」
「大丈夫、もう近鉄奈良駅に着いたから.....」

こうならないか、心配していたのです。
台風よりも強力!
でも、心配。



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by Sha-Sindbad | 2017-09-17 18:43 | Hermagis95/2.4 | Comments(0)

1880 伽藍写(2017年8月10日エルマジ95㎜F2.2で東大寺乱写)3 東大寺へ



東晋の時代、老荘思想の影響下、清談が流行しました。
その前の後漢字末から三国時代にかけて、
中国は秦から前漢への移行期に優る乱世となり、
全土荒れ果て、人口が激減しました。
まさにこの世の末、とでも言いたくなるような時代でした。
清談思想はな末世への厭世に後押しされていたのかも知れません。

2人の英才が隠棲し、自給自足の生活を楽しみました。
2人で畑を耕しているとき、1人の鍬がなにか固い物に当たりました。
彼はそれが何なのか調べるために取り上げました。
もう1人はそれを観て、娑婆っ気が残っているのを見抜き、
即座に友情を絶ったのだそうです。
厳し過ぎると言えそうですが、調べた方は後年出世して、
権勢のある政治家になったのですから、
もう一人の判断は正確だったようです。

いかなる取るに足りない言動にも人間が露呈する、
これは春秋時代からおそらく現代まで、
優秀な中国人が一貫して信じてきた、人物鑑定法。
春秋左氏傅、史記に同種の話は枚挙にいとまがありません。

そこで、問題。
そんな鋭い人間観察力を備えた慧眼の士が、
我がブログを偶然のぞいて、私のロボグラフィを観たとき、
撮影者である私をどう鑑定するでしょうね?
ロボグラフィを撮るって、土の下のものを持ち上げてみる、
これになんだか近い行動かもしれませんねえ?

一生の同志として共に生きるに値する人物である!
なんて、思うことはないでしょうねえ?
訳の分からない写真ばっかり撮りおって!
こんな人物、断じて信用できん!
なんだか、即座にそう鑑定されてしまいそうですね。

でも、不思議ですね。
そんな風に断罪されても、なんだか平気ですね。
私が自分のためにこんな写真を喜んで撮る、
そんなことができるって、面白い!
これも一種の竹林の思想なんじゃないかな?
むしろそんな感じですね。



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by Sha-Sindbad | 2017-09-16 22:58 | Hermagis95/2.4 | Comments(0)

1879 伽藍写(2017年8月10日エルマジ95㎜F2.2で東大寺乱写)2 奈良公園へ



昨日は、友人のOYさんと近鉄奈良駅近くの喫茶店で歓談。

もう83歳なのですが、この年齢は畏友RAさんと同じ。
RAさんは、80歳を超えてからガクンと弱られて、かなり心配。
ところが、OYさんはまだ肌もかなり艶やかで、お元気。

2時間半ほど、夢中になって語り合いました。
音楽のこと(大変に繊細で透徹した感性で対決されます)、
オーディオのこと(良い音楽を鳴らすことを徹底的に追究)、
レコード、CDのこと(本格的なコレクターです)、
蔵書のこと(種々の稀覯本、写真集を収集しておられます)、
エトセトラ、エトセトラ......

そして、レンズ収集も本格的です。
コンタレックスレンズも、ライカレンズもそれぞれ10本以上。
百数十本を超える高級クラシックレンズのコレクター。

フィルムの退勢の現今、やむなくソニーα7に付けて、
今でも写真もお撮りになります。
面白いことをおっしゃいました、

  「コンタレックスのレンズもライカのレンズも、
  フィルムで撮ると、ものすごく個性があって、
  独特の味わいを出してくれました。
  でも、デジタルカメラに付けたら、
  個性も味もほとんど消えてしまう。
  現代のレンズとほんの少ししか違わない感じなってしまい、
  がっかりします」

私もまったく同感です。
私はレンズコレクターと名乗るほどのコレクションではないし、
第1、撮影のためという方向だけで集めてきたので、
いわゆる名レンズの系譜から離れているレンズが多い。
その理由が、ソニーα7のようなデジカメで撮っても、
銀塩時代の雰囲気を色濃く残しているレンズが欲しいから。

エルマジ95㎜F2.2はそんなラインにあります。
世評高い名レンズではありません。
ペッツヴァールレンズの改造版。
前玉の隅に貝殻状のキズがあり、
はっきり言って、ぼろぼろ。

ペッツヴァール特有の澄んだシャープネスが主題を引き立て、
周辺もペッツヴァール風の激しいボケ、フレアは少ない。
画像にペッツヴァールらしさはほとんどないのですが、
使い込めば使い込むほどに私の心になじみ、
今では、とりわけいとしいレンズ。
今回はなんのためらいもなく、
大仏殿で初めて使うレンズとして選び出しました。




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by Sha-Sindbad | 2017-09-15 11:43 | Hermagis95/2.4 | Comments(0)

1878 伽藍写(2017年8月10日エルマジ95㎜F2.2で東大寺乱写)1 あっと驚愕! 



日本の仏寺は概ね撮影禁止となっています。
ここ10年ほど、ヨーロッパに行ったことはありませんが、
私が旅をしていた頃は、キリスト教寺院もイスラム寺院も、
撮影自由でした。
東大寺が、他の仏教寺院にさきがけて、撮影自由になったのは、
無神論者の私にとっては嬉しいニュースでした。

少年時代奈良で過ごした私には、
東大寺の大仏様の壮大にそびえ立つ姿は人生最大の驚異でした。

小学校6年生で大阪に移転して、疎遠となり、
大学生になってようやく大仏様と再会して、あっと驚愕!
「えっ、こんなに小さかったの!!?」
幼児のパースペクティブで記憶していた大仏様と違ったのです。

それから数年して訪れたとき、もう一度驚愕!
「えっ、こんなに大きいの!!?」
それ以来、大仏様は、世界一の金剛仏として、
比類なく巨大な存在であり続けています。

ものがどれほどの大きさで見えるかは、
知覚主体の私の大きさに左右されることを、
私はこの体験で初めて知りました。

その巨大な大仏様を自分のカメラに収めることができる!
8月10日、東大寺撮影の初陣。
ワクワクする体験でした。




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by Sha-Sindbad | 2017-09-14 21:27 | Hermagis95/2.4 | Comments(0)

1332 古都の曳光2 (ペッツヴァールSVE100㎜F2.9の本質はやさしさかな?) Part2


中将姫光学さんをお迎えして、転害門から東大寺裏に入り、
ぐるり境内を周って、水門町に抜けるコースを撮りました。

ペッツヴァールSVE100㎜F2.9、楽しんだようです。
残り18枚と思っていたのですが、さらに2枚が加わって、
20枚の後半戦はかなり盛り上がり、
このレンズの奥深さをさらに見せてくれたようです。

中将姫光学さんにお尋ねしました、
「このレンズ、いつ頃のものなのでしょうねえ?」
Society of Visual Educationなんていうブランドは、
さすがの中将姫光学さんにも未知だったようですが、
ぽつりと、
「このレンズ、コーティングがありませんね」

プロジェクターレンズのコーティングはいつ頃からなのでしょうか?
これが分からないので、
この情報が制作年代を特定するに足りるとは思えないし、
予算の少ない教育機器の注文だったので、
コーティングをはしょることで、単価を抑えたかもしれない。
そう考える余地もないわけではないのですが、
私としては、少し古いレンズなのだろう、と無理に結論づけています。

さらに、このレンズの生み出すイメージの一言で表現すれば、
それは「やさしさ」なんじゃないかな?
そして、この「やさしさ」を生み出してくれるのは、
コーティングがないから?
それとも、ペッツヴァールの本質的な資質故?
などと、あれこれ想像してしまいます。





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by Sha-Sindbad | 2015-05-18 21:55 | PetzvalSVE100/2.9 | Comments(2)

1238 Angels are dancing on the sky (東大寺の空、飛天が乱舞して)



本ブログに5Picturesシリーズを設けていたことを忘れていました。

吉田正さんの写真教室には、
5枚セットの組写真を持参することにしています。
1月の5枚をご覧頂きましょう。

子供の頃の紙芝居のおじさんよろしく、
写真を並べた後、こんな風に説明しました。

    (1枚目)左手から飛天たちが踊りながら現れ、
    (2枚目)遙かな高みに向かって飛翔した後、
    (3枚目)飛天たちは天上で合流し、
    (4枚目)入り乱れて乱舞し、
    (5枚目)東大寺の上で、さらに華麗な踊りを繰り広げました」




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紀貫之は、宮廷の女性たちが楽しむ日記形式を借りて、
紀行文「土佐日記」を書きました。

    私も世の写真家たちのすなる組写真をしてみんとて、
    写真作品を作るつもりなどまるでないのに、
    せっかく写真教室で写真のことを教えていただくのですから、
    この機会を利用して、組写真の作り方を教えていただこうと考えて、

もともとそんなつもりもなく撮ったロボグラフィを
無理にお話を作って、5枚を組み合わせたものを毎回持参しています。
でも、実は、この組み方って、おかしいのです。

組写真っていったいなんでしょう?

    ピアノ五重奏のようなものではないでしょうか?

一番有名なシューベルトの「鱒」を取り上げてみましょう。

    ピアノ、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、
    それぞれに独奏楽器として、大変な表現力をもった楽器たちです。
    無伴奏でも最高の音楽を創れます。
    とくに、ピアノと弦楽器とでは、打楽器と擦弦楽器なのですから、
    音の出し方がまるで違います。

でも、この異質な楽器が協奏すると、
無伴奏の音楽とはまるで次元の違う膨らみのある音楽が創造できます。

    作曲家たちは様々な組み合わせを考案して、
    驚くほど多様かつ豊かな音楽世界を生み出してきました。

でも、だからと言って、どんな組み合わせでもよいとは言えません。

    たとえば、ティンパニーとハープとピッコロを組み合わせても、
    まさにトンチンカンで貧寒としたサウンドしか生まれないでしょう。
    異質でありながら、ハーモニーを生み出せるセットだけが成功します。

組写真もそうですね。

    同じような写真を5枚組み合わせても、
    ただの羅列でしかありません。
    2つの楽器のさまざまな音程の組み合わせが、
    妙なる響き、共鳴、和音、倍音、ハーモニーを生み出すように、
    あるいは撞木と鐘が荘厳、森厳なる響きを生み出すように、
    1枚ずつでは絶対に生み出せないような雰囲気、気分、情感を生み出す、
    それが組写真ですね。

ところが、私はそんな面倒な作曲をする意思も能力もまるでありません。

    だから、Club Sei-G写真展でもそうでしたが、
    5枚の写真が一つの物語を語り出せるように組み合わせます。
    でも、物言わぬ写真たちを5枚並べて、
    作者の意図通りの物語を感じてくれるなんて、
    そんな雄弁な組写真を作ることなんて、私の実力では不可能。

だから、言葉で無理に絵物語を作っているわけですが、
こんなやり方では、本来の意味での組写真への道は遠いですね。
まして、いっそう大掛かりな組み写真である個展なんて、
ありえませんね。

    もともと写真展などするつもりがないので、それはよいのですが、
    せめて吉田正写真教室にはいつか、
    五重奏と言うにふさわしい組写真を持参したいものです。
by Sha-Sindbad | 2015-01-21 19:08 | 5 Pictures | Comments(0)