レンズ千夜一夜

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1859 バス道(2017年6月の何時だった、キノプラズマート25㎜Fが雨の中で)-敬愛



YouTubeでとても印象深い言葉を知りました。
日本海海戦.
https://www.youtube.com/watch?v=OD_5eARbxZk&t=2418s

日露戦争の命運を決定した対馬沖の海戦に観戦武官として参加した、
アルゼンチンの将校、マヌエル・ドメック ガルシアの
詳細な観戦記録に依拠したドキュメンタリー。
この記録は出版されています。

「日本海海戦から100年―アルゼンチン海軍観戦武官の証言」
マヌエル・ドメック ガルシア (著), 津島 勝二 (翻訳)

私にとって印象的だった言葉はこうです。
「私は何ヶ月にもわたり日本海軍の将兵と寝食を共にしたが、
彼らから部下を卑しめたり、上官の権威を落とすような言葉は
聞いたことがなかった」
部下を幾万と平気で死地に追いやって、
自分は後方の作戦本部でぬくぬくと過ごし、
壊滅的敗北を被っても、なんの責任もとらず、
反省の色も見せなかった陸軍の将軍、参謀らとのあまりの違い。

なぜなんだろうか?
どうやらこういうことではないでしょうか?
①海軍の軍艦内では提督、艦長から一兵卒に至るまで、
寝食を共にし、かつ運命を共同にしていた。
②いつも一挙手一投足を目撃される立場に居た上官たちは、
優れた指揮をとるためには、
優れた人間として敬意を抱かれる必要があった。

つまり、海軍の将校、下士官たちは、部下の人心を掌握するためには、
畏怖や恐怖によるのではなく、
尊敬、敬意、ときには親愛によることが最高の方策だったのです。
部下に愛されるためには、自分も部下を愛するのが一番だったわけです。

写真を撮る人にも同じことが言えそうです。
良い写真を撮りたかったら、まず、自分のカメラ、レンズを愛しましょう。
いろいろ持っていても、いざ、現場で使うときには、
そのカメラ、レンズがこの場所に一番ふさわしい、
そう心の底から考えて、本気で付き合ってあげましょう。
そのための方策は実に簡単です。
そのカメラ、レンズができることをしっかり理解して、
そのカメラ、レンズに可能な写真だけを撮り、
撮影結果をチェックするときも、
そのカメラ、レンズであればこそ、これが撮れたんだ、
そう考えて、自分の写真を、カメラ、レンズを愛しましょう。

私が常にそうできると豪語するつもりはありませんが、
キノプラズマート25mmF1.5b(Cマウント仕様)となりますと、
心から愛してしまいますね。
我が家からバス停までの10分少々。
Olympus EP-L1に付けたキノプラズマートは、
私の溢れる愛情に応えてくれました。 





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by Sha-Sindbad | 2017-08-19 23:57 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

1832 バス道(2017年3月26日キノプラズマート25㎜F1.5bの魔術に酔いしれ)


ずっと前のファイルでアップしていないものが幾つもあります。
その一つを選びました。
Pマウント仕様のキノプラズマート25㎜F1.5b、
Olympus EP-L1に付けました。

この日、どこに何をしに行ったか、記憶にありません。
我が家からバス停に至り、どうやら電車に乗ったようです。
近鉄奈良駅を発車した車内での写真が最後。
一体なにをしに行ったのでしょう。
その後、どうして撮らなかったのでしょう?
まあ、いいでしょう。

キノプラズマートの写真、全部で20枚しかありません。
現代レンズが克服に努めてきた欠陥だらけなのでしょう。
でも、私はこんな写真が面白いと感じるのです。

人間と一緒です。
人と人とは相性がすべてでしょう。
私から見て、全然面白くない人間が一杯。
でも、彼らは私のことを全然面白くないと思っている。
お互い様です。
はっきりしていることは、私も彼らも、
面白くない人間とは付き合いたくない!

写真も同じ。
すべての欠陥を克服した理想的なイメージを好む人は、
私の写真なんか大嫌いでしょう。
それでよいのです。
いつも書きますように、

  東は東、西は西。





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by Sha-Sindbad | 2017-07-11 21:30 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)

1818  尾崎まこと(2017年6月12日キノプラズマート25㎜F1.5Mはバスから降りて)


朝、洗顔を済ませて、洗面所から出てきたその瞬間、
呼び鈴がなりました。
宅急便です、「ポストに入らないので...」
見ると、本の形です。
さては!
急いでいるので、梱包をバリバリと破きました。
中から出現したのは、素敵な装幀の写真集。

    「記憶の都市
     大阪・SENSATION
       この一瞬 その永遠」
          Makoto Ozaki 尾崎まこと
          (竹林館)

詩人です。
そして、ベテランの写真家です。
詩人が写真家になると、どうなるか?
画像が詩となります。
頁を開く度に、絶句します。
なぜ、絶句するのか?
ご自分で写真集をご覧になってください。
アマゾンは品切れですが、楽天市場で購入できます。

写真がアートかどうか?
議論があります。
写真をアートにしたいと努力している方は多いでしょう。
でも、悩むことはありません。
ご心配なく。
私やあなたの写真はアートとは無関係ですから。

写真をアートにはできません。
あなたご自身がアーティストじゃないんだから。
写真をアートするのではなく、
最初からアート、そんな写真が稀に存在するのです。
そんな独自のアートを創造する写真家がいます。
尾崎さんがそのお一人であることは、
写真集を一枚一枚めくる度に確認していただけるでしょう。

写真家の吉田正さんの文章が帯に記されています。
ご自身、映像の詩人である吉田さんの文章に、
尾崎さんの写真世界の独自性が見事に表現されています。
竹林館のホームページでご覧になれます。
(http://www.chikurinkan.co.jp/book/?c=zoom&pk=319)

改めて一枚、一枚とめくっていきます。
こんな写真世界もあるんだなあ..........
絶句するばかりです。
そして、気づいたのですが、
尾崎さんは言葉の達人なのに、序文がない!
ここではイメージにすべてを語らせているから、
言葉はいらない、そんな感じ。

尾崎さんの詩は、詩集も何冊も刊行されていますが、
ネットでも味わうことができます。

尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」
http://blog.goo.ne.jp/ozakimakoto

味わってみてください。
そして、ぜひ、写真集を手に入れて、
不思議な写真たちをご覧になってください。
尾崎さんが「この一瞬 その永遠」と副題されているとおり、
詩人が、ご自身の魂の航跡の一瞬、一瞬をイメージにされている、
そんな不思議な印象を味わうことができるでしょう。

私のキノプラズマート25㎜F1.5が創り出すイメージも、
確かに「この一瞬」なのですが、
尾崎さんにならって、副題を付ければ、
「ただの一瞬 消え去る一瞬」




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by Sha-Sindbad | 2017-06-20 16:48 | Kinoplasmat25/1.5a | Comments(0)

1815 裏道伝い(2017年5月28日マクロスイター26㎜F1.1を持ってポストまで)


ケルン社のCマウントレンズの頂点、
それがマクロスイター26㎜F1.1、
それがこれだと考える人は私一人ではないでしょう。

我が家からポストまで200mほどでしょうか?
その往還と、ポスト付近とを歩いて、
このレンズで48枚撮りました。
30枚ほどご覧いただきましょう。

いつも主題、画像、どちらか、どちらも、ボケボケ写真ですが、
今回はことさらかなりボケボケという感じですね。
F2、あるいはF1.4のレンズなら、開放でもかなりキリリと撮れます。
でも、F1.1となると、合焦範囲はヘヤーラインほどなのに、
その開放オンリーのせいかも?




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by Sha-Sindbad | 2017-06-14 21:22 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

1814 神社道(2016年6月16日パンタッカー40㎜F2.3がおぼろに微笑んだみたい)


ドイツの映画用レンズ製作会社アストロ・ベルリンが
1930年代に作ったパンタッカー50㎜F2.3を愛用してきました。

おそらく世界屈指のコレクターであるN氏に尋ねたことがあります。
「最高のレンズって、なんだとお考えですか?」
実に曖昧模糊とした問いですね。
慎重で理屈っぽい人なら、断固、こう答えたでしょう、
「そんな漠然した質問には答えられませんよ」
でも、N氏は即座に、ずばりお答えになりました。

「アストロ・ベルリンのパンタッカーです」

「無一居」( http://www.photo-china.net/column/astro.html)
このサイトで大変に詳しい紹介がなされています。
それによりますと、パンタッカーと一口に言っても、
f1.8、f1.9、f2.3、f2.7、f4.5と5系列のレンズ群が作られたそうです。

N氏がご自分のご意見の根拠に一つをこう説明されました、
「同じ絞りの系列のレンズは全部同じ描写性能なのです」

私が使ったのは、たった4本。
35㎜F1.8、40㎜F2.3、50㎜F2.3、125㎜F2.3
この4本はコーティング、製造年代全部違うようで、
互いに異なった個性、描写性を示します。
とくに変わっているのは40㎜。
ノンコーティングで、ボロボロのレンズを超廉価で入手しました。

ブログ未公開のファイルをチェックしてみますと、
このレンズの撮影フォルダが見つかりました。
リコーGXRに付けて、60㎜レンズとして使っています。
どこかからの帰り道だったようです。
バスから降りて、自宅までの行程を、
普通に歩けば10分程度ですが、24分かけて、
91枚の写真を撮っていました。
34枚選択してみました。
マックの画面で見る限り、まさにボケボケ。
30枚ばかり、一挙にごらん頂きましょう。





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by Sha-Sindbad | 2017-06-13 23:14 | PanTachar40/2.3 | Comments(0)

1741 異貌の人 (いつどこで出会ってどのレンズで撮ったものやら)


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多忙を極めた先週を乗り越えたら、1年ぶりに風邪の症状。
日曜は撮影に出ず、月曜は陳少林先生の揚琴伴奏レッスンをお休み、
今日、ようやくかなり回復しました。

朝、このブログの写真を用意しようとしました。
画面上に1枚だけ写真が残っていました。
それがこれ。

とりあえず、ブログ掲載用に作り替えました。
なぜ、そこにあるのか、私には記憶がありません。
でも、まだどこにも掲載していないことは確か。
近頃の撮影分で本ブログ用と思われるフォルダを順次点検しましたが、
見付からず。
元写真は画面から消してしまったので、写真番号から検索もできず。
謎の写真となってしまいました。

でも、棄ててしまうのは惜しい。
私のロボグラフィの一つの極点とさえ言いたい肖像画なのですから。
我が家から西に下りた街道のバス停までのどこか。
雨の日だったのです。
そんなときだけ浮かび上がる幻のミステリアスビューティー。
私もまたこの美人に出会う心のゆとりがあったのでしょう。
二度と出会えるか?

ロボグラフィにだって出会いがあるのですね。
by Sha-Sindbad | 2017-02-21 12:16 | miscellaneous | Comments(0)

1734 バス停まで(パンタッカー50㎜F2.3が久しぶりに貫禄の登場)



いつもバス停までの道すがら、私の撮影は始まります。

本ブログにバス停までのロボグラフィを何度アップしたでしょうか?
幾度か私のブログに付き合った方はすでに飽き飽きでしょう。
なんで、こんなに一緒のものを何度も何度も撮るの?

そこで、前回の続きになります。
人の反応、人の賞賛を写真の一つの支えとしている人は、
次第に消耗してしまうようです。
私は、人の反応、人の賞賛など、写真の支えにしていません。
たいていの写真家には、
傑作写真は自我の拡張、確認、確立、完成なのでしょう。
私にとって、私の愛しのレンズの能力の確認であり賛美であり、
その意味での私の喜びですが、それ以上のものではありません。
だから、写真が長続きしています。

同じものだって、いくらでも、何度でも撮ります。
別のレンズで撮れば、別の顔が、別の喜びが見えてくるからです。
となると、私は飽きるはずがないわけです。
私にマンネリは無縁なので、写真へのエネルギーが枯渇しません。

傑作作品を求める方はいつか才能が尽き、エネルギーが尽きる、
そんな危険を抱えて生きているようです。
写真をやめる方も多いようです。

40何年か、私が写真撮影を愛し続けて、やむことがないのは、
私が妻を愛し続けて、やむことがないのと同じ。
飽きる方がどうかしているんじゃありませんか?





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by Sha-Sindbad | 2017-02-11 22:29 | Pan.Tachar50/2.3 | Comments(0)

1688 バス道(ペンタック38mmF2.9を手にバス道を辿ってみたら?)


私には一つ強みがあります。

もし大震災で家がぶっ壊れて、焼けてしまい、
着の身着のまま放り出されることだってあるかも知れません。
たまたま手近にあったバッグをひっつかんで、戸外に飛び出して、
「やれやれ、妻も家族(猫ですが)も無事だった。
どれ、どんなカメラがバッグに入っているのかな?」
と、のぞいてみて、オリンパスEP-L1にCマウントレンズ一本、
そんな可能性だって十分想定できます。
そんなとき、どんなCマウントレンズでも喜ぶでしょう。
それなりに十分個性的なレンズたちだからです。

そんなとき、
「うん、これがあれば、撮りたいものはなんでも撮れる」
とは考えません。
考えることは、
「うん、これがあれば、撮ってくれた写真を喜ぶことができる!」

すると、どなたか、質問が飛び出しそうですね。
「そのレンズでは撮れない、だけど、撮りたい、
そんな光景に出会ったら、やっぱりがっかりするんじゃない?」
その方は、私のことがお分かりになっていない。
私は、撮影に出かけたとき、レンズにすべてを託します。
そのレンズに撮れない光景など、まったく目に入りません。
入っても、「ああ、撮りたい!」とは考えません。
ないものねだりをせず、あるものを心から楽しむ、
それが私のポリシー。

残されていたレンズが35㎜銀塩カメラ用だと、
事情は違ってしまいそうです。
いくら好きなレンズばかり手元に残していると言っても、
時には、こう感じて、げっそりすることがあります、
「もう少し、私のお好みに撮ってくれたら、どうなんだろね?」
Cマウントレンズとはえらい違いなのです。

チビのCマウントレンズたちって、不思議です。
揃いも揃って、私の心をくすぐる写真を撮ってくれます。
なぜなのか?
私には分かりません。

12月1日、新大阪ではそんなCマウントレンズ中のお気に入りの一本、
ペンタック38mmF2.9をOlympus EP-L1に付けて、
リコーダー練習に持ち出しました。
行きのバスに乗車すべく辿ったバス道の写真と、
JR大阪駅での大和路快速待ちの夜景をごらん頂きましょう。
こんなぼけた描写が私の好みなのです。
つまり、現代デジタルレンズは全部、落第。





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by Sha-Sindbad | 2016-12-11 23:48 | Pentac38/2.9 | Comments(0)

1684 バス道(アポクロマート25mmF2は見たい物を見せてくれるか?)part 2


今日は、奇しくも別ブログ「わが友ホロゴン」と、
同じバス道の共演となりました。
所変われば品変わる、と言いますが、
所変わらねど品変わる、ですね。

わずか200mの道のりで、
ご覧のとおり、代わり映えのしない田舎道。
公道ではありません。
道路に提供された私道です。
この道がなくて、別の形の道があっても、やっぱり撮るでしょう。

でも、一つ条件があります。
宅地造成で作られた道路ではないこと。
宅地造成地の道路は、まさに、所変われば品同じ。

私はこう信じています。
誰も同じ場所で同じものを見るわけではない。
すべてを見る人は居ません。
どんな人間でも、常に選択的に見ています。
機能的視覚、それが人間の目です。
生きるために、なにかをするために必要なものしか見ない。
極端に言えば、ミクロの視覚もないし、マクロの視覚もない。
私たちが見る光景は、限られた用途のための見え方に過ぎません。
私たちが、これが客観だと、習慣的に、生理的に決めた視覚像。

私は、子供の頃から、自分の見たいものを見てきました。
生まれつきのようです。
私の孫プリンスが同じ見方をします。
遺伝的なものらしい。
遺伝してよかったか?
ちょっと心配になりますね。

ちょっと話がそれました。
私だって機能的な見方をします。
でも、リラックスしていると、用途ではなく、
私との関係で、特に私が見たいイメージ、
そんなものをここ彼処に見つけるのが大好きなのです。
そんな習慣を一生続けてきたので、
私がこうしてブログに連綿とアップし続けるロボグラフィ像は、
私の平素の視覚像。

でも、レンズによる偏差値がありそうです。
だから、私が肉眼で感じたイメージに微妙に彩りを加えてくれます。
それがたまらない魅力と感じるレンズもあれば、
余計な差し出口をしおって、許さぬ、そこへ直れ!
と、日本刀を振りかぶりたくなるような結果もあります。
スピードパンクロとかアポクロマートといった名レンズたちは
さすがに私を喜ばせてくれますね。




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by Sha-Sindbad | 2016-12-06 18:11 | Apochromat25/2 | Comments(0)

1684 バス道(アポクロマート25mmF2は見たい物を見せてくれるか?)part 1

妻がどこかの風景コンテストの写真一覧頁を見せてくれました。
「これ、なんなの?
なんでこんなにけばけばしいの?」
私もそう思います。
すべてがデジタル色。

自然にはない色で自然を表現する、これが現代写真。
私のブログだって、似たようなものです。
ちょっとクラシカルなだけ。

でも、ちょっと疑いが頭をかすめます。
私は、デジタル色が自然ではないことを知っています。
でも、風景コンテストの応募者も選者も、
もしかすると、この色しか見えないかも知れない!

私たち夫婦を含む、銀塩時代の人間は、
銀塩フィルムの写真プリントを見ると、
懐かしい、これが本当の色だなあと思います。
でも、デジタル写真で育った人には、
色のくすんだ前時代的に古めかしい、褪せた色、
そう見えるようです。
写真にも、どこかで世代ギャップの溝が深く横たわっているらしい。

どうやら、視覚そのものが変質していくらしい。
もしかすると、世界像そのものも異なるかも知れません。
怖いですね。

キノプティックのレンズは、銀塩フィルムの時代には、
若干鮮鋭すぎ、冷たすぎ、澄みすぎという感じでした。
デジタル写真の感触に少しずつ慣れていくにつれて、
アポクロマートの色が穏やかに感じられるのですから、
おかしなものです。






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by Sha-Sindbad | 2016-12-06 01:04 | Apochromat25/2 | Comments(0)