レンズ千夜一夜

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1802 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 5



キノプラズマート20㎜F1.5を使っていると、
不思議な感じに襲われます。

ご承知のように(というのは、言葉の綾)、
ご承知でない方ばかりでしょうけど、
私はレンズを使うとき、99パーセント、開放一本槍。
人間の個性や癖はどんなときに出ますか?
本人が自意識を持たないとき、ふとした瞬間に、ですね。
レンズもそれと同じ。
レンズの個性、本質、真実の姿が出るのは、開放のときだけ。
レンズの欠陥、欠点、悪い癖が出るのも、開放のときだけ。
そうではないでしょうか?
だから、開放が面白いのです。

奈良町でこのレンズがどんな写真を撮ったか?
これをじっくり観て行くと、面白いことが分かりますね。
このレンズの開放描写って、開放とは思えないほどに重厚で、
像、イメージに厚みがあります。
でも、前後のボケ味は紛れもなく大口径レンズの味。
このまるで二律背反するような、でも、
このレンズを極上のビンテージに高めてくれる特質が、
どの写真にも顕われています。

私が持っている25㎜以下のキノプラズマートというレンズ、
たいてい、時折、どこか腰の弱さ、儚さのような雰囲気を見せます。
ところが、20㎜はそんな雰囲気と完全に無縁。

Olympus EP-L1で使うので、実質上、40㎜レンズ。
不思議ですね。
今盛んに試写を繰り返している宮崎貞安さんのニューレンズ、
Histrio-Prot40mmF6.3とまったく同じ焦点距離です。
その原型のプロターもキノプラズマートも設計者は同じ、
パウル・ルドルフ博士ではありませんか?
そのせいでしょうか?

そして、今、気づきました。
開放値はぜんぜん違うのに、描写性にかなり似たところがある、
そんな感じがする?
いかがでしょうか?
私の勝手な思いこみでしょうかねえ?





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by Sha-Sindbad | 2017-05-25 23:18 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1801 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 4


私は極めて狭い人生を送って来ました。
テレビを観なくなって何十年でしょうか?
誰もが関心を持つようなことに一切関心を寄せず、
と言うより、そんな関心が存在することすら知らず。
誰もが知っているようなこともほとんど知らず。
いやなこと、邪悪なこと、汚れたことは切り捨て、
私が心から望まない交際は一切絶って生きて来ました。

だからと言って、仙人のように生きて来たわけでもない。
要するに、狭い人生を生きてきました。
引退して第2の人生に入ると、さらに狭くなったようです。
そんな中で、ますます美しいものへ傾斜を深めています。

先頃肺炎を患った顛末は再三書きましたが、
なんのダメージもなくするりと疾病のクライシスから脱して、
さらに健康に自信を深め、
今、人生で一番健康で、一番敏捷で、一番頑健になった、
そんな感じをますます強め、
自分の人生にさらに集中する姿勢を強めつつあります。

どこに向かって集中するのか?
もちろん、美へ!

目下、キノプラズマート20㎜F1.5の写真を並べていますが、
これらの写真をご覧になったら、一目でお分かりでしょう。
眼を汚すようなもの、心に影を投げるようなもの、
どこかの首相や大統領の頬の弛んだ顔も含めて、一切うっちゃって、
私が見つめる美しいものはこんなものたちなのです。

私は、私の美しいものたちを人と共有したいとは思いません。
私が現に美しいと思うから、こうして撮影、ブログに掲載する、
だから、ブログは私の美体験日誌、
ただこれだけの意味しかないわけです。

「どこが美しい? ただの薄汚れた、ありふれたガラクタじゃない?」
そうお感じになるかたも多いことはよく分かっています。
それはつまり、あなたが私のブログと無縁だということだけ。
自分の体験を人に是認してもらいたい、共有してもらいたい、
なんて、これっぽっちも思っていません。

よく考えてみると、若いときからずっとこの調子で生きてきました。
誰にも知られることもなく、人から尊敬されることもない、
私はそれが一番だと信じてきました。
なぜって?
誰にも気兼ねなく生きることができるから。

キノプラズマート族って、そんな生き方をする私にはかなりふさわしい。
キノプラズマートというレンズはほとんど話題にならないし、
使ったことがある人もかなり少ない。
描写はかなり恣意的で、
どんなに使い込んでも、結果を予見することはできない。
だから、私はいつまでも写真を楽しめるのですから。




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by Sha-Sindbad | 2017-05-23 20:41 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1800 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 3


おー、おー、ついにこのブログの記事も1800の大台に載りました。
よい機会なので、種明かしを一つプレゼントしましょう。
(すでに何度も何度も書いてきたことですが)

ときどき、写真に対して、過度な期待を寄せられ、
また、写真家自身が過度な期待を持ってしまうことがあります。
すなわち、「写真作品は深い精神性をたたえていなければならない。」

私が自分の写真を絶対に「作品」と呼ばない理由がここにあります。
私の写真に精神性などかけらもないからです。
あるのは、ただの2次元の見かけだけ。
あるとしたら、「わあ、いいなあ!」という讃歎の気持ちだけ。

写真家のみなさん、胸に手を置いて、よーく考えてみましょうね。
「自分に深い精神性があるか?」
「うん、あるよ」と答えられる人は政治家にでもなりましょう。
絶対に写真家になろう、なんて思わないように。

私は、「精神性」などというような高邁な要素など自分には無縁、
そうはっきり知っています。
まああるとすれば、過剰な期待と過大な反応、それ位でしょう。
おかげで、路傍のどんな取るに足りない欠片にも即座に触発され、
大げさなくらいに上機嫌になれるわけです。
でも、写真の奥底を深く探ろうとしても、なにもない。
奥底そのものがない。
2次元の平面の模様だけ。

私の写真の師匠田島謹之助さんに深く慨嘆されたことがあります、

    「あんたの写真って、なにかあるぞっと思わせるけど、
    よくよく見たら、なんにもないなあ」

ここでは、どうやら、キノプラズマートというレンズが、
そんな幻影を生み出してくれているようです。
ありがとう、キノプラズマート!





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by Sha-Sindbad | 2017-05-22 23:59 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1799 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 2


長い間、私は一つ誤解をしていました。
私たち一般人が使うスチール写真用のレンズが最高、
漠然とですが、そう考えていました。
映画用レンズなど使ったことがなかったので、
当たり前と言えば、当たり前ですが。
でも、どうやら間違っていたようです。

遙か昔から、映画には莫大な資金が投資され、
成功すれば、その投資の見返りは大変なものでした。
そんな映画の成功不成功の決め手になるのは、
大抵の場合、映画としての出来不出来だったわけですが、
この出来不出来を左右したファクターの一つが、
画像、イメージの美しさ、迫力、リアリティでした。
そして、その決め手となったのは、カメラマンとレンズ、
この2つだったようです。

どうやらカメラマンはコンテに従って撮影するようです。
黒沢明、小津安二郎のような名監督は見事なコンテを作っています。
でも、そのコンテを最大限活かして映像にするのはカメラマンであり、
優れたレンズだったのです。

映画カメラマンは、ディレクター、監督、主演俳優たちを頂点とする、
集団製作のスタッフの一員として活動するので、
写真家たちのように、個人的名声を築くことはかなり難しいようです。
でも、名画には必ず名シーンがあり、その名シーンを活かしたのは、
カメラマンであり、名レンズでした。

だから、映画用レンズの製作には膨大な資金が投じられたようです。
アストロ・ベルリン、アンジェニュー、ツァイス、
キノプティック、ダルメーヤー、フーゴ マイヤー等々、
優れたレンズメーカーの多くの主力製品は映画用レンズだったようです。
キノプラズマートの「キノ」は「映画」を意味するようです。
語源はどうやらギリシャ語のkinein(動く)であり、
この言葉からkinema(キネマ)あるいはcinemaが生まれたようです。

ツァイスの偉大なレンズ制作者パウル・ルドルフ博士は、
ツァイス退職後フーゴ マイヤー社に移って、キノプラズマートを考案したのです。
36㎜映画用キノプラズマートはついに私の手の届かぬ高みに舞い上がり、
私が手に入れることができたのは、8㎜、16㎜用のキノプラズマート。
だから、名画とは無縁だったでしょうけど、
民生用のいわばプアマンズキノプラズマートたちを使うにつけて、
その魔術的な実在感にうっとりさせられるのです。
シネマ用の主力レンズを開発するための人的物的投資の成果は、
きっとこうした廉価版映画レンズにもしっかり反映している、
だから、こんなに深みのある画像をプレゼントしてくれるのだ、
そう考えたいですね。





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by Sha-Sindbad | 2017-05-21 20:55 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1798 記憶(2017年4月10日キノプラズマート20㎜F1.5奈良町にしっとりと)Part 1


ブログを始めた当初は、私でさえ、人が分かるような写真を選びたい、
そう思っていました。
写真やレンズを巡って意見交換したい気持ちがあったからです。

でも、早々にそうした期待は自分の写真には重荷過ぎる、
そう気づきました。
もともと人にアピールする気持ちなしに撮っているのに、
人になにかを感じて欲しいと期待するのは筋違い。

そう気づいたことで、私自身とブログと二つながらに、
一つの障害を乗り越えたのでした。
ブログ記事を作ることも、自分の人生を生きることなんだ、
そう悟ったのです。
それ以来、自分の心の赴くままにブログを作ってきました。

キノプラズマート20㎜F1.5
キノプラズマート一族の中でも一番目立たないレンズでしょう。
このレンズの存在価値、個性は何なのだ?
そう正面切って尋ねると、さて、なんでしょう、と当惑。
でも、こうして並べてみると、
一人ひっそりと路傍で自分の記憶を写真に収めている私には、
かなりふさわしいレンズなんじゃないか、という気がしています。
あえかに揺らぐ思い出の儚さ、そんな味わいでしょうか?






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by Sha-Sindbad | 2017-05-19 22:50 | Kinoplasmat20/1.5 | Comments(0)

1798 元町の春(2017年4月8日神戸元町とダルメイヤー25㎜F1.9、ともに歌った)


ピカソの生涯の作品数は軽く10万点を超えているのだそうです。
どうやら、インスピレーションによってアイデアが浮かび、
じっくりと構想を練って、やおら製作に取りかかったなんてことは、
なかった!

垂直に立てた透明アクリル板の向こうにピカソが座り、
バンバン描きまくっては消し、消しては別の絵を描きまくる、
そんなシーンが撮影されていました。
絵を描くことはまるで呼吸することだったのです。
我描く、故に我あり。
そんな画家だったのでしょう。

私は芸術家じゃなくて、ただの写真好きですが、
ピカソのように、撮りたいですね。

私の初期の写真の師匠は写真家田島謹之助ですが、
彼はよく言ったものでした、
「良いシーンに出会ったとき、カメラを向ける前に、
どんな写真になるか、どんな写真を撮りたいか、
分かってなきゃダメですよ」
私のように、「わっ、いい!」、そう思った瞬間に、
いきなりシャッターを落としてしまう、そんな人間は、
所詮、田島さんの不肖の弟子に終わる運命でした。

それからずっと私の撮り方は変りません。
でも、私が田島さんの勧めどおりの写真家になった、
なんて可能性はいくら考えてもありません。
ロボグラフィに出会った瞬間にシャッターを落とす、
その醍醐味こそ、私の写真の喜びなのですから。
その結果どんな写真が撮れるか?
そんなことはどうでもいいじゃない?

そんな私に神戸の町は楽しいですね。
奈良、大阪では出会えない、そんなシーンが一杯。
4月8日は神戸アブニールコンサートの日でした。
そんな日でもカメラを持参して、
リハーサルの前後に48枚撮りました。

ダルメイヤー25㎜F1.9付きオリンパスEP-L1。
ペッツヴァールだと言われている廉価版Cマウントレンズ。
でも、ロボグラフィ適性は抜群です。

私の友人の一人は言い切ります、
これ一本あればいい!
私はそこまで言い切る自信はありませんが、
なにかの災害で、このレンズ一本だけが残されても、
一生写真を楽しむ人生を送れるだろう、
そんな確信はあります。





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by Sha-Sindbad | 2017-05-16 17:56 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1733 新大阪(キノプラズマート19㎜F1.5ならリコーダーのお供だってでき)

一緒に居ると、楽しい。
楽しいだけではなく、なにかと啓発される。
別れる時には、出会う前よりも少し賢くなり、
心も晴々としてしてくれる、
そんな友が真の友、と言うべきでしょう。
私はそんな友に幾人も恵まれたという点で、
幸運の女神は私に大きく微笑んでくれている、
そんな感じがしています。

でも、幸運の女神が私に開いてくれた扉は、
人に通じるばかりでなく、
さまざまなモノや場所にも通じているようです。
でも、女神が連れて行ってくれるのは、扉の前まで。
そんな扉を開くのは、私自身。
私にその準備ができていなければならないことは明らかです。

私にはその準備ができている、私はそう信じますが、
私が、人に比べて、とくに幸運かどうかは分かりません。
私には、私の限界は見えていないから。

でも、一つ、分かることがあります。
よいレンズはそんな扉を開いてくれる。
そして、私はそんなレンズをかなり沢山持っている。

そう思える理由も、私には分かっています。
大抵の写真家は、レンズは道具、そう考えています。
思い通りに駆使できるのが、よいレンズ。
でも、私はそうは考えません。
レンズを信頼して、レンズにすべてを委ねます。
そうすると、レンズは私の信頼に応えて、
私が予想も期待もしなかった素敵な写真をプレゼントしてくれます。

私は、だから、少なくともホロゴンが来て以来の20数年、
自分が撮った写真を「自分の作品」と考えたことがありません。
みんなプレゼント。
キノプラズマート19㎜F1.5は、私の大のお気に入り。
そんな期待と信頼をおけるレンズの一つだから。

でも、私だって、ものが見えます。
私がいいものが撮れたなあと心の底から喜びを感じられる写真が、
ほとんどの人には、なんの感興も誘わず、
むしろ、どうしてこんな写真を撮るんだと戸惑いを感じさせる、
そんな類いのものばかり。

どうしてそれが分かるか?
私が写真を見せると、
誰も、ほとんど誰も、沈黙で応えてくれるから。
「よいね」とか「私にはどうも分からない」なんて寸評さえもない。
ひたすら沈黙。
そして、目が死んでいる。

ホロゴンが来てから、どんどんそんな機会が多くなりました。
10年で慣れました。
そして、実は、それが気持ちがいい。
リンカーンのあの言葉、
「人民の人民による人民のための政治」を模して、
「私の、私による、私のための写真」、
私はいつもそうつぶやいています。

ますますそんな写真に傾斜していくでしょう。
なぜ?
レンズが私のためだけに歌ってくれているから。
だから、上記の言葉をより正確にすべきでしょう、
「レンズの、レンズによる、私のための写真」

新大阪駅界隈では、3時間のリコーダー合奏練習の直前、
撮影時間はたった10分間でしたが、
私の浮き浮きとした気分が移ったのか、
とてもご機嫌だったようです。





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by Sha-Sindbad | 2017-02-10 22:47 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

1732 バス停まで(キノプラズマート19㎜F1.5持って図書館まで)

最近図書館で本を借り始めました。
図書館に昼寝に行っているのではありません。
調べたい本があったので、通うようになりました。

意外に楽しい本が見付かります。
資力が乏しいので、片端から買い込むわけには参りません。
ついでに撮影も楽しめます。
運動にもなります。
一石三鳥。

キノプラズマート19㎜F1.5をバッグに入れました。
オリンパスEP-L1に付けると、かなり高級感のあるセットです。

バス停まででもうロボグラフィがどっさりました。
水脈を見つけるために、二股棒を両手で握って砂漠を歩く、
そんなシーンを昔良く見ました。
それですね。
良いレンズを持つと、楽しいロボグラフィがどんどん見付かります。

道中10分の間に33出会いましたが、
その中から28枚、いつものように厳選して並べてみましょう。






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by Sha-Sindbad | 2017-02-09 23:58 | KinoPlasmat3/4inchf1 | Comments(0)

1731 新大阪薄暮(スピードアナスチグマート25㎜F2.9片手にチョン・キョンファに会いに行く)


2017年1月25日は音楽デイでした。

ザ・シンフォニーホール
チョン・キョンファさんのバッハ無伴奏ヴァイオリン全曲コンサート

午後7時開演でしたから、
大阪環状線福島駅に着いたときは既に薄暮。

   オリンパスEP-L1
   スピードアナスチグマート25㎜F2.9

ま、言えば、お散歩セット片手に、
妻の横で歩きながら、ロボグラフィしました。

ダルメイヤーのシネレンズらしい、小粋でさりげないけど、
懐の深い描写をしてくれますね。

あるとき、あけすけ尋ねられてしまいました、
「そんなもの撮って、どうするんですか?」
「なんにもしませんよ。
ただ楽しんでるだけ。
悪いですか?」
これで物別れでした。

昨日も音楽デイでした。
新大阪駅近くのココプラザの音楽室を借りて、
音楽家のHMさんとリコーダー二重奏を楽しみました。

駅への帰り道、
私、「無職になって、ほんとの人生が始まりましたよ。
文句無しに楽しい!」
定年になっても、まだしっかり定職を続けておられるHMさん、
「私の友人にも、同じことを言う人が幾人もいますよ。
皆さん、同じことを言います、
なんの責任もないから、思い切り楽しめる」

まさにそれですね。
ロボグラフィって、その権化のような楽しみ方。
なんの目的も、なんの志も、なんの意図もなく、
ただ撮って、ただ自分で楽しんでいる。
そんな私の楽しみ方に、シネレンズはぴったり。

折角ですから、だぶっている1枚を除き、
全部アップしてみました。




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by Sha-Sindbad | 2017-02-08 14:20 | Tri.Anasti25/2.9 | Comments(0)

1706 ただ、さりげなく(キノプラズマート25mmF1.5は普通のものが好き?)Part 3

おかしなことを言うと言われるかも知れませんが、
いつも私が不思議に思っていることがあります。

世界中の至る所で、私の知らない場所で、私の知らない人間たちが、
私の知らない人生を毎日営々と営んでいる。
私の想像もできない疾風怒濤の来事に巻き込まれて、翻弄されている。

子供の頃、オーストラリア大陸のシロアリの巣の研究を読みました。
高さ数mから10mに及ぶ巨大な蟻塚の摩天楼の中に、
数十万、数百万のシロアリたちがひしめき、
暗黒の迷路を絶えず動き回りながら、シロアリの都市を営んでいる。
誰も全貌をつかまず、誰もその細部の出来事の報告を受けることもなく、
ただひたすら自分の仕事を黙々と果たして生き、死んで行く。

地球上の人類もシロアリもまったく同じ生態を営んでいるのです。
一つ違うことは、今では、地球そのものが一つの蟻塚になってしまったこと。
この蟻塚から「ハイ、サヨナラ、一抜けたよ」と抜け出ることなんてできない。

人類がこんな実感をもつようになったのは何時頃からでしょうか?
おそらくここ10年、20年のことではないでしょうか?
あなたはどう感じていますか?
凄い時代になった!
どんなにも無限の可能性が開かれた時代が来た!
未来は明るい!
こんな風にお感じでしょうか?
だとすれば、あなたは幸せな人です。
見たくないものは見なくて済ませられる、
そんな生き方ができるのですから。

こんな風にたとえることができそうです。
渓流を遊覧船で下っている、それが私たち。
幾度も屈曲しながら比較的なだらかに下って行きます。
私たちは、その渓流の遥か前方で、突然大陥没が起こり、
ナイアガラさながらの大瀑布が出現したことを知らない。
でも、着実にその大瀑布に向かって流されて行きます。
両側は切り立った断崖で、停船することも、這い上がることも無理。

だから、いつか突然大瀑布に転落することを知っても知らなくても、
運命は変わらない。
こうなると、残された時間を楽しむ、ただこれだけしかない。
私はそんな気持ちで写真を撮っています。

「えっ、こんなボケ写真撮って、ほんとに楽しいの?」
そうお感じになる方は多いでしょうね。
そう、私は時代遅れの人間なのです。




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by Sha-Sindbad | 2017-01-07 18:01 | Kinoplasmat25/1.5b | Comments(0)