レンズ千夜一夜

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1929 里(2017年10月3日アンジェニュー28mmF3.5で家の近場を巡回)2 ブリコラージュ



「ブリコラージュ」という概念があります。
フランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースが、
「野生の思考」で提唱したものです。
遥か昔に読んだ本なので、うろ覚えですが、
たしか「やっつけ仕事」「ありあわせの仕事」というような、
未開人が、手近で利用できるものを組み合わせて、
問題を解決するための道具を考案する、というあり方。

私は、自分が写真家には絶対になれないな、
そう考えたのは、自分の写真の撮り方が、
もしかすると、一種のブリコラージュなんじゃないか、
そう気づいたからです。
かなり前に別ブログ「わが友ホロゴン」でも、
このことは書いた、と記憶しています。
でも、どういう文脈で書いたか、記憶していません。
今回は明確なコンセプト。
つまり、
「ロボグラフィはブリコラージュだ!」

写真家たるには一つの条件があるように思われます。
写真作品の鑑賞者たちにアピールしなければならない。
鑑賞者たちの美的センスを震わせなければならない。
概括的に言えば、写真家と一般大衆とは、
どこかで地盤、感覚を共有しなければならない。
言い換えると、写真家は、
不特定多数の写真鑑賞者たちの琴線を震わせなければならない。

さらには、偉大な芸術家は、新しい美の地平を開拓してゆくものです。
それ以前には、美、アートとは認められなかったような、
美、アートを創造し、鑑賞者たちのセンスを高めるものです。
このようなアートの美が成立する基本条件の一つが、
洗練、ではないでしょうか?
「泥臭い美」なんて、言辞矛盾ではありませんか?
美は常に、新旧さまざまな様式であれ、常に、
水際立った洗練の要素を帯びているものです。

ブリコラージュは違います。
その基本は「泥臭い」のです。
あり合わせのファクターを組み合わせて、
ある用途に役立つように、なんとか辻褄を合わせたものなのです。
そのファクターの共通性は、
「あり合わせ」「手当たり次第」であり、
その結果、ブリコラージュは常に「その場しのぎ」なのです。

私は、アーチスト的なセンス、性格は皆無の人間です。
だから、アートを制作したいなんて気持ちも皆無。
写真は、それ自体、芸術ではありません。
鉛筆や絵筆がそれ自体芸術でないのと同様です。
写真を撮ったから、アートできる、なんてお考えなら、
文字通り、おへそが茶を沸かしますね。
どんな媒体であれ、アートを創造できるのはアーティストだけ。
あなた、アーティストですか?

きれいに見えるものをきれいに撮っても、アートじゃないですね。
心を揺るがし、魂を天に飛翔させる、そんなものがアート。
とりわけ、ロボグラフィはアートとはまったく関わりがありません。
その場にあるものを一緒くたにして撮っているだけ。
まさに場当たり主義で突っ走っているだけで、
無いものねだりなんかしてほしくない、というわけです。




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by Sha-Sindbad | 2018-01-28 22:37 | Anjenieux28/3.5 | Comments(0)

1928 里(2017年10月3日アンジェニュー28mmF3.5で家の近場を巡回)1 変身!



マップカメラのサイトにこのレンズの紹介記事があります。
勝手に引用させていただきます、

  「『Angenieux』、
  アンジェニューと読む総合光学メーカーがフランスに存在する。
  現在も同社は存続しているが、
  映画用レンズで一世を風靡した由緒ある老舗レンズメーカーの1つだ。
  その『Angenieux』が1950年頃に生産したのが
  この『Angenieux Retrofocus 28mm/f3.5』。

  レトロフォーカスタイプという
  フランジバックを大きく稼いだ広角レンズを初めて設計した同社、
  このレンズは(中略)数多くのカメラボディ向けに供給された
  銘玉の1つである。

  一眼レフにも採用できるレンズのため、
  ライカマウントでは望遠レンズの様な全長が目立つが、
  軽合金を黒く染めた外装と細かなローレットの刻みが
  フランスらしい優美さを感じさせる1本だ。

  ヴィンテージのレンズであるため個体差が大きいが、
  その描写傾向は総じてローコントラストかつ柔らかなもの。
  ピント面から柔らかくベールをまとう様に滲む前ボケが美しい、
  独特な個性を持つレンズだ」

このレンズほど毀誉褒貶の激しいレンズはあまりないようです。
銀塩時代は、究極の「ボケボケ」レンズとして有名でした。
デジカメ時代になると、このような評価はあまり見かけないようです。
デジタルデータへの処理プロセスの当然の結果かも知れませんが、
各社が勝手にボディ内で自社仕様に補正してしまうために、
アンジェニューらしい華麗な描写のレンズに変容してしまったようです。

ほのかにあどけない美少女に恋して、めでたく結婚してみたら、
万事思い通りにテキパキ処理する勝ち気な世話女房に変身した、
そんな印象を禁じえません。
私自身も似た体験をしているので、
それはそれで悪くないな、というところでしょうか?




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by Sha-Sindbad | 2018-01-25 15:17 | Anjenieux28/3.5 | Comments(2)

1927 肘塚(2017年10月1日ズマール50mF2で裏町を伝い」2-完-なんでこんな写真?


私の友人には正真正銘の写真家が数名います。
その作品を好むと好まざるに関わらず、
その人らしい精神と作品性がしっかりと刻印されている、
そんな写真を撮り続けている人、それが写真家です。

その一人はストリートフォトの達人なのですが、
と言っても、なんのことはない、
上記の写真家たち全員がストリートフォト。
それはともなくとして、この達人、かなり昔のことですが、
何を思ってか、選りに選って、従兄弟に作品を見せたのです。
その人、困惑した表情で、沈黙のまま見終わって、一言、
「あんた、なんでこんな写真撮ってるんや?」

間違って私のブログを訪問してしまった方もご同様でしょう、
「この人、なんでこんな写真ばかり撮っているの?」

今回はまさにそんな写真ばかり並んでしまいました。
幸い私の場合、そんな迷い込み組以外には誰も来ないので、
困惑する方はほとんど居ないでしょう?
ですから、私にとってここで大切なことは、
私自身が、こんな写真を撮る理由を知っていること、
これだけ。
理由は明らか。
私は、端的に出会いを喜んで、記念に撮っているだけ。

なぜ、喜ぶか?
誰一人観るものがないのに、路傍で満ち足りて微笑んでいる、
みすぼらしいけど、なぜか無視できない形姿に、
自分の人生を重ね合わせているのでしょうか?
私も、人に知られることもなく、
でも、自分では満ち足りた人生を送ってきました。

なぜ、満ち足りているのか?
私が背伸びをせず、手の届かないものを求めることがなく、
手に入れたものがなんであれ、それこそ欲しかったものと、
心から満足して生きて来たからでしょう。
すぐれた業績を上げようと、生半可な結果には満足せず、
ひたむきに努力する人間というのではなく、
自分の人生をひたすら楽しんでいる人間なのでしょう。

それにしては、せかせかと忙しく撮り歩いてるじゃない?
いいじゃないですか?
人生のリズムって、誰にも固有のものがあります。
私の場合は、せかせかリズムが標準。
これを外すと、勘が狂います。
端から見たらせかせかでも、
私はこれで十分ゆったりしているわけです。




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by Sha-Sindbad | 2018-01-21 21:13 | Sumar50/2 | Comments(0)

1926 肘塚(2017年10月1日ズマール50mF2で裏町を伝い)1 日記の効用


さあ、次のシリーズと参りましょう。
我が家から奈良町に行きたければ、
車のない私のルートは2つ。
バスか、歩きか?歩車いずれにしても、本来のルートとバイパスがあります。
バイパスは旧天理街道ぞいの肘塚という下町を突っ切るコース。
「かいのずか」と呼びます。

私にとっては、第一級とは言えなくても、第二級路地。
1時間半ほどかかりますが、ロボグラフィ撮影を満喫できます。

ちなみに車のないのは、一つは私の資力のせいですが、
もう一つ、私は交通事故必至の不注意人間だからです。
ふっと夢想、瞑想に落ち込みます、時と所お構いなく。
そんな人間は車など使ってはならないから。
おかげで、歩くことが苦になりません。

さて、本シリーズ。
銀塩35㎜用レンズとしては、私のお気に入り十傑に入る、
ズマール50㎜F2をソニーα7に付けました。
3回シリーズで回想することにします。

本文の方は前回の続き。

私は、幸いにして、前回書いたような思い違いをしなくて済みました。
独創的な写真を撮りたいなんて、ちらっとも思わないからです。
私と違って、断然独創的な写真を撮れる友人が何人も居たので、
まちがっても、自分に写真の才能があるなんて、思えなかったから、
ということもありますが、
そうでなくても、自分の写真を見れば、ただ、撮っただけ、
ということは一目瞭然だったからです。
私にも「見る目」はあるようで。
そして、なによりも、写真は私の視線の記録に過ぎない、
そう知っていたからです。

人が私の写真を観たら、どう思うだろうか?
なんてことを想像することすら、忘れて、すでに十年以上。
自分の写真を分け隔てなく撮影順に掲載できる、
ブログという媒体に写真記録も順番に並べて、
自分の日記として楽しむ、これが私の写真ライフの主体。

私にとっては、ブログは、まさに「夢ツール」。
夢は自分一人で観るもの、楽しむもの、
そして、目覚めると、忘れるものです。
だから、信じられないことかも知れませんが、
私は、2つのブログに、思う付くままに書き連ねた文章、
さっと好みの写真を選択して、順番に投稿してしまうと、
記事の大半を読み返したり、
写真を見返したりすることがありません。
(その証拠に、たまに以前の記事を見返したりすると、
同じ写真が2枚並んでいることがよくあります。)
見返す暇はないからですが、
そもそも、見返したりしないのが日記、
そう考えているから。
日記とは、明日思いっきり生きるがために、
今日一日のことを整理し、区切りをつけるため、
なのですからね。




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by Sha-Sindbad | 2018-01-19 21:59 | Sumar50/2 | Comments(2)

1925 依然として号外(2018年1月5日ペッツ57mF2持って散歩へ)2-完-隠れもない天才 



写真趣味の深みにはまった人に見られる顕著な現象の一つ、
それが「独創性蜃気楼現象」でしょう。
別名、「隠れもない天才現象」!
カメラという高機能ツールの助力を得ている写真特有の現象です。
だから、この現象はカメラの発展につれて増加傾向を見せています。

小学校低学年の子供ですら、しっかりとした写真が撮れます。
シャッター速度、絞りを自分で選択し、ピントを手動で合わせる、
20年以上前のカメラを使う人にはあまり見られなかった現象です。
シャッターを押せば、なんとか撮れてしまう現代のカメラを使うと、
「おれ、天才みたい!
コワーイ!」

ストリートスナップだって、お手の物です。
ただ、カメラを動かしながら、シャッターを押せばよいだけ。
カメラの操作の習熟と手練の早業と瞬間的判断力と、そして、
たじろがぬ度胸を必要としたマニュアルカメラ時代とは大違い。

だから、近ごろでは、初心者カメラマンは、自動車と違って、
初心者マークなど付けていません。
どなたも、いかにもベテランという風情を漂わせています。
まさに写真のカラオケ現象。

私は、オートフォーカスカメラなるものを使ったことがないので、
幸い、そうした現象から免れてきました。
そして、偉大な写真家たちの創造的名作を沢山見てきましたので、
まさにアマチュアピアニスト、ヴァイオリニストと同様に、
自分を天才だとか、プロはだしだなんて、
思い間違うエラーとは無縁できました。
その副作用として、現代の自称傑作を拝見しても、
「わあ、凄い!」と喜ぶのですが、その写真が目の前から消えると、
さらりと忘れてしまい、思い出すこともありません。
本当の傑作は心の奥底までぐいぐいと突き刺さってきて、
生涯忘れることができないものです。

だから、写真の天才判別テストがあるとすれば、こうでは?
あなたの写真を幾十枚か、誰か他の人が見て、
あなたにこう言ってくれるか?
「心の奥底に突き刺さって、忘れようとして忘れられない傑作が、
少なくとも10枚はありますよ!
あなたのような写真家にじかに出会ったの初めてですよ!」

自分で自分の写真を眺めて判定することなどできませんよ。
自分の写真を眺めるときに、特有のフィルターがかかります。
「我が身かわいさの依怙贔屓フィルター」
そして、写真の天才、天才とは言えなくても、本物の写真家、
そんな人間に出会えることは、誰の生涯にもほとんどない、
そうお考えになった方がよいでしょう。
まして、自分がそんな写真家であるなんて!??


  [後書き]
    大和路紹介ポスターで絞りテストをしてみました。

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絞りテスト
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by Sha-Sindbad | 2018-01-18 14:57 | Petz57/2 | Comments(0)

1924 依然として号外(2018年1月5日ペッツ57mF2持って散歩へ)1 異貌行路前編


ペッツ57mF2
ますます凄みを見せてくれている、そんな感じがします。

もともとペッツヴァールレンズは、中心付近では見事な切れ味。
その豊かな切れ味によって浮かび上がる主題を、
夢幻的なバックグラウンドがふんわりと浮かび上がらせるあたりに、
ペッツヴァールの醍醐味があります。

ペッツ57mF2では、ちょっと違う感じ。
その醍醐味は少しシフトして、
オリジナルの切れ味に現代レンズ的な厚みとコントラストを加味して、
意外性に満ちた異貌のたたずまいを生み出すあたりにありそうです。




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by Sha-Sindbad | 2018-01-16 23:30 | Petz57/2 | Comments(0)

1923 号外(2017年12月31日ペッツ57mF2が世界初登場!)3 チョロスナlife


気がついたら、もう1月14日ですね。
元旦から2週間も経ってしまっていますね。
昨年11月来、私は疾風怒濤に翻弄される木の葉の生活でした。
撮影に出かけたのはたった一回。
写真は撮ってきましたが、すべて所用の移動のついでに撮っただけ。

むかしから「チョロスナ」は禁物とされてきました。
機会に乗じて、なんにも思い入れもコンセプトもなしに、
チョロッとスナップしても、見る人が見れば、
なんの気合いも入っていない偶然の産物だと分かる、というわけです。

でも、私はまるっきり意に介しません。
昔から、「チョロスナ」しかしたことがないと言ってももよいほど。
ロボグラフィ専科になっても、事情は変わりません。
なんにも作画も意図もないまま、カメラに任せて、シャッターを押すだけ。
このような安直そのものの写真スタイルは誰の目にも明らかなようで、
私のブログライフは静穏そのもの。

2018年はそうした「チョロボグラフィ」人生はさらに深化して、
おっと、浅化していきそうです。
でも、面白いものですね。
私の場合、写真を始めた最初の時点から一貫して、
「チョロボグラフィ」、それが私の写真人生でした。
私という人間がそもそも立身出世も栄耀栄華も無縁の人生に徹して、
公私のすべてにわたり1人楽しむことが喜び、
という人間に徹してきたのですから、
写真だけは別なんて起こりっこなかったわけです。
2018年も生活のすべてのレベルで、
「孤高」ならぬ「孤底」のライフを満喫することにしましょう。

そんな私ですから、ペッツ57mF2では苦戦を強いられている、
そう言ってもよいかもしれません。

颯爽たる気っぷの良さがどうやらこのレンズの身上。
現代的なペッツヴァールを求める方には最適でしょう。
私のように泥臭く低迷するロボグラフィの路地裏をはい回る人間には、
なんだか地が関西人なのに、気がついたら、
東京弁をしゃべってはしゃいでいる、そんな自分に気づいて、
なんだか「浅はか」みたいだな、と、反省を強いられる、
そんな状況に近い感じ。

あるいは、ちょっと極端な喩えですが、
初めてスケートリンクに下り立って、
氷上をよたよた、よろよろ、おずおずと進んでいたら、
突然、脚を取られてスッテンコロリンと宙を舞おうとしたその瞬間、
なぜか、身体をさっと回転させて、全身をフンワリ宙に舞わせて、
すっと氷上に降り立ってしまった、という、
あり得ないハプニングが起こってしまった感じ。
レンズとしての凄みが私をかえって戸惑わせているというのが、
正直な気持ちです。

もっとも、銀塩カメラからソニーα7等のデジタルカメラに移行して、
銀塩時代はボケレンズとして私を喜ばせていたレンズたちが、
かなりキリリとした輝きを見せて、私を戸惑わせる、
そんな傾向をこのレンズも見せてくれるだけかも知れませんが...




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by Sha-Sindbad | 2018-01-14 22:23 | Petz57/2 | Comments(0)

1922 号外(2017年12月31日ペッツ57mF2が世界初登場!)2 橋渡し


カメラマンはどんな写真を求めるでしょうか?
最低条件は明らかです。
完璧な画像。
現代のカメラ、レンズはその要請を満たすべく、
各社、賢明の努力を払っているようです。
私が学んでいる吉田正さんの写真教室でも、
メンバーの皆さんが文字通り最高の画質の写真を持ち寄ります。
そして、そうした最高の画質を下支えにして、
見事な写真世界を積み上げようと、懸命に努力なさっています。

私は?
その正反対かも知れません。
最低の画質を求めて、長年レンズ行脚してきました。
写真黎明期のオールドレンズたちを使ってきました。
現代のレンズがスーパーリアリズムを追求するのに対して、
オールドレンズたちはリアリズムとは対極の、
茫洋、幽玄の境地に傾斜するようです。
私にはそれがたまらない魅力。

このように考えますと、「東は東、西は西」という感じで、
互いに相容れない関係にあるように思えてきますが、
新たに登場したペッツ57mmF2は、もしかすると、
「橋渡し的存在」なのかも知れない、そんな感じがしてきました。
颯爽たる切れ味も見せてくれます。
ペッツヴァールらしい大ボケも見せてくれます。
マルチコートされているせいもあるでしょう。
現代的味わいで蘇ったオールドレンズ、
そんな印象が次第に濃くなってきました。





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by Sha-Sindbad | 2018-01-11 21:22 | Petz57/2 | Comments(0)

1922 号外(2017年12月31日ペッツ57mF2が世界初登場!)1 新古典レンズを高畑町で使う!


宮崎貞安さんから又ニューレンズのプロトタイプが届きました。
昨年届いたHistrioDagonar40/6.3に続き、
19世紀の古典レンズの現代復刻版です。

   Petz57mmF2

ペッツバールレンズを現代に蘇らせました。
ただし、ペッツバールレンズのほとんどは、
かなり大きなサイズのフィルムで使われたので、
35㎜サイズのソニーα7のようなカメラでは、
かなりの望遠レンズになってしまうレンズが大半。
宮崎さんはペッツバールのレンズ構成を若干修正して、
57㎜F2という使い勝手の良い焦点距離に収められました。

さて、どんなペッツバールレンズとなったか?
まずは、ご覧下さい。



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by Sha-Sindbad | 2018-01-06 22:06 | Petz57/2 | Comments(0)

1920 秋(2017年9月18日スピードアナスチグマート25mmF1.5の飛鳥路を歩む)4-完-帰りなん、いざ


私の写真の師匠、田島謹之助さんの言葉をいくつも覚えています。
その中で一番怖い言葉は、これまでにも幾度か書いたと思います。

  「写真を1枚見ただけでは、
  撮影者の人となりは分からないけど、
  3枚見たら、分かるよ」

田島さんが私の写真を幾枚もご覧になって、
私の人間性をどう感じ取られたかは分かりませんが、
それが何であるにせよ、数年親身になって教えていただいたことで、
さほど否定的なものではなかったとお察しいただきたいものです。

でも、私が不肖の弟子であったことは否定しようがありませんね。
ついに自分らしい写真を自在に撮れるほどには上達はしなかったし、
人の写真を何枚見ても、撮影者の人となりなど分からないまま。
分かるとしても、その写真が好き嫌いの程度でしかない。

スピードアナスチグマート25mmF1.5の撮った飛鳥路、
今回で終わり。
田島さんクラスの眼力の人物がこれを見ることがないよう、
祈りたいものです。
なにを読み取られるか、分かったものじゃありませんから。

私が自分の写真たちから読み取れるもの、それは、
飛鳥稲淵にはまだ緑豊かな田園が残っている、ということ。
そして、訪れる人もあまりないこと。
気持ちが安まります。
私が30年前に、幼い頃過ごした大和の地に戻って以来、
奈良盆地の大半が都会化しようとしている惨状。
(これを発展と呼ぶ方とはあまりお付き合いしたくないですね)
その中で僅かに残された田園がここにあります。
この稲淵に住宅地が開発されることのないように、
神様にお祈りしたいですね。

役人にたちにはけっしてお願いしないでおきます。
下手に陳情すれば、
「おっ、ここにも開発の手を加えねば!」
なんて、寝た子を起こすことになりかねませんから。


私の写真の師匠、田島謹之助さんの言葉をいくつも覚えています。
その中で一番怖い言葉は、これまでにも幾度か書いたと思います。

  「写真を1枚見ただけでは、
  撮影者の人となりは分からないけど、
  3枚見たら、分かるよ」

田島さんが私の写真を幾枚もご覧になって、
私の人間性をどう感じ取られたかは分かりませんが、
それが何であるにせよ、数年親身になって教えていただいたことで、
さほど否定的なものではなかったとお察しいただきたいものです。

でも、私が不肖の弟子であったことは否定しようがありませんね。
ついに自分らしい写真を自在に撮れるほどには上達はしなかったし、
人の写真を何枚見ても、撮影者の人となりなど分からないまま。
分かるとしても、その写真が好き嫌いの程度でしかない。

スピードアナスチグマート25mmF1.5の撮った飛鳥路、
今回で終わり。
田島さんクラスの眼力の人物がこれを見ることがないよう、
祈りたいものです。
なにを読み取られるか、分かったものじゃありませんから。

私が自分の写真たちから読み取れるもの、それは、
飛鳥稲淵にはまだ緑豊かな田園が残っている、ということ。
そして、訪れる人もあまりないこと。
気持ちが安まります。
私が30年前に、幼い頃過ごした大和の地に戻って以来、
奈良盆地の大半が都会化しようとしている惨状。
(これを発展と呼ぶ方とはあまりお付き合いしたくないですね)
その中で僅かに残された田園がここにあります。
この稲淵に住宅地が開発されることのないように、
神様にお祈りしたいですね。

役人にたちにはけっしてお願いしないでおきます。
下手に陳情すれば、
「おっ、ここにも開発の手を加えねば!」
なんて、寝た子を起こすことになりかねませんから。




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by Sha-Sindbad | 2018-01-04 17:48 | Sp.Anastigmat25/1.5 | Comments(0)