レンズ千夜一夜

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1900 東大寺へ(2017年9月13日エルマー65㎜F3.5と大仏様の渋い関係)1 ただの作例集



本ブログも1900回、節目のときが来ました。

私のレンズたちを紹介し、他のレンズとの対比において、
私の可愛いレンズたちがどんなパフォーマンスを見せてくれるか?
それぞれのレンズたちの撮影例をできるだけ沢山ブログに掲載して、
レンズの特性を実例で知ることができるように。
これがブログの最初のコンセプトでした。

でも、本ブログはレンズフェチたちを惹きつけませんでした。
なぜ?
光学に完全に無知の私はレンズの諸特性を撮影例で確認する、
なんて作業も文章も完全に無縁だったからです。
つまり、レンズフェチたちにはなんの参考にもならない。

そんなわけで、我がレンズブログ「レンズ千夜一夜」は、
ただの作例集に化してしまったのですが、
私にとって折良く、別ブログ「わが友ホロゴン」も、
同じ頃、パブリックにアピールする写真ブログではなくなって、
単なるプライベートな写真日記になっていました。
そこで、「レンズ千夜一夜」も速やかに適応して、
わずかにレンズ側に重点がシフトした、ただの写真日記に。

そうして、1900回記念という伏し目に到達。
私が選んだテーマは、いつか撮影許可となった東大寺での、
「大仏様とのご対面」
私が選んだレンズは、銀塩時代のマクロの隠れたるオーソリティ、
エルマー65㎜F3.5。
かなり大仏様にはマッチできるレンズと踏みましたが、いかが?



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by Sha-Sindbad | 2017-10-29 17:40 | Elmar65/3.5 | Comments(0)

1899 バス道へ(2017年8月23日ダルメイヤー25㎜F1.9幻惑のとき)3 カメラが杖



仕事に就いていた頃の自分をふっと思い出しました。
そして、現在の自分と比べ合わせて、笑ってしまいました。
かなり変った、そんな感じがします。
当時は、決して人にたずなを取られない、
いつも人よりも遠くを見ていなければならない、
そんな気持ちが行動を律していたようです。
私は実のところ抜け作君なのですが、
修羅場に強いところがあって、なんとかしのいでいたようです。

退職後まもなくは、惰性でしょう、
そんな習性が少しは残っていたようです。
でも、近頃、はっと気づきました。
なんだか肩肘張る習性が消えてくれたようだ。
ダルメイヤー25㎜F1.9のウルトラボケ写真など、
在職中だったら、「なんだ、こんなゴミ写真!」だったでしょう。
そんなゴミ写真をせっせとブログに掲載している。

自分じゃ、昔の自分と今の自分とは一緒だ、そう信じてきました。
でも、そうじゃなさそうです。
「こんな写真、あんまりボケすぎて、心になんにも響いてこない」
そうおっしゃる方が多いでしょうね。
それで良いのです。
私は自分の写真を人の心に届かせたいなんて、
毛ほども思わなくなっているからです。
自分の心に届かせたい、それだけ。
シーザーの戦勝報告「来た、見た、勝った」じゃなく、
「歩いて、見て、撮った」、
この行為が私そのものなので、それが全てですから。

20世紀のユダヤ哲学者マルティン・ブーバーの一節を
なぜか思い出しました。
詳しいことは覚えていません。
ブーバーが野を散策していたときのことです。
巨木に出会ったのです。
実に堂々たる存在感を感じて、
哲人は手にしていた杖を幹に当てて、
ぐいと押しました。
すると、巨木が押し返し、
その瞬間、哲人は巨木と心を通じ合った、
そんな感覚を抱いたのです。

我田引水で申し訳ありませんが、感じます、
私も同じだなあ。
私が哲人、路傍が巨木、カメラが杖、
そして、撮られたロボグラフィが交わりの記憶。

在職時代の鎧を完全に脱ぐことができたから、
そんな気持ちに素直に浸れるようになってきた、
そして、路傍の見捨てられたものたちと、私とは、
互いに区別がつかない、同一の次元に結ばれている、
私は今この瞬間そう悟ったようです。





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by Sha-Sindbad | 2017-10-26 23:23 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1898 西九条(2017年8月23日ダルメイヤー25㎜F1.9幻惑のとき)2 中也の詩



ダルメイヤー25㎜F1.9を手に、
いかにも浪速の下町らしい大阪西九条を撮りながら、
私は中原中也の詩「汚れっちまった悲しみに……」を
静かに口ずさんでいた、なんて書くと、
ちょっとかっこいいかもしれませんね。
残念ながら、私にそんなキザな高尚趣味はありません。

でも、このレンズの西九条写真をブログにアップするために、
ブログ用に小型化していると、
そのいかにもダークに汚れた写真たちには、
なにか詩のような叙情がどんよりと垂れ込めているな、
そう言えば、「「汚れっちまった悲しみ、。。」なんて詩があったな?

現代は便利ですね。
この言葉をグーグル検索するだけで、中也さんの詩全部が見つかります。
詩の門外漢にもなんだか詩人の気持ちがよーく分かるような、
そんな単刀直入の切れ味がある詩ですね。
 
   汚れっちまった悲しみに
   今日も小雪の降りかかる
   汚れっちまった悲しみに
   今日も風さえ吹きすぎる

   汚れっちまった悲しみは
   たとえば狐の革裘(かわごろも)
   汚れっちまった悲しみは
   小雪のかかってちぢこまる

   汚れっちまった悲しみは
   なにのぞむなくねがうなく
   汚れっちまった悲しみは
   倦怠(けだい)のうちに死を夢(ゆめ)む

   汚れっちまった悲しみに
   いたいたしくも怖気(おじけ)づき
   汚れっちまった悲しみに
   なすところもなく日は暮れる……

でも、この詩を詠んでいると、透明感が漲っていて、
なんだか、この詩にも、詩人にも、汚れきったところなど、
どこにもないんじゃないかな、という感じがしてきます。
それに引き換え、私の写真、
このダルメイヤーに限らず、どんなレンズを使おうとも、
どこか汚れた感じがいつもべったり付着しているようです。
どうも、レンズにもカメラにも責任はなく、
私にその原因があるんじゃないかな、という気がしてきました。



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by Sha-Sindbad | 2017-10-24 22:43 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1897 近鉄奈良駅まで(2017年8月23日ダルメイヤー25㎜F1.9幻惑のとき)1



ダルメイヤーの極小のCマウントレンズ、

  Dallmeyer25/1.9

ペッツヴァールタイプの小型レンスです。

すでに33回も記事を作っています。
ご覧になったら、お分かりのとおり、
ファンタジー一筋のレンズです。

35mm用のいわば横綱相撲をとるレンズたちが続きましたので、
オリンパスEP-L1で、いわば片手間に撮った行きずり写真を、
3回に分けて、さらっとごらん頂きましょう。




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by Sha-Sindbad | 2017-10-24 15:02 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1896 路傍(2017年9月11日ウルトロン50㎜F2で内侍原町を歩く)4-完-漱玉



「写真眼」という言葉があります。
正確にどういう意味か、私は知りません。
私が勝手に推測するに、
撮影者の立場で言えば、
眼前の光景を写真に撮ったら、どんな写真になるか?
その写真が人の心に食い込むなにかを表現するか?
これを見抜く眼力、
鑑賞者の立場から言えば、
本物の写真作品を見抜く力量、
というようなもののようです。

私にはおそらくこの写真眼は努力で育てられるものではない、
そんな感じがします。
なぜ、そう思うか?
私のかなり努力したのですが、
上記のどちらの観点でも、ついに身につかなかったから。
どうやら、私は、写真眼に恵まれなかったようです。

その変わりに、「ロボグラフィ眼」に恵まれたようです。
これはなにか?
眼前の光景に、なにか別のイメージを見る力。

ロボグラフィの場合、
写真に撮ったとき、そのイメージがなにかに変貌するか?
いえいえ、そんなことはありません。
私が路傍にロボグラフィを見つけて、撮ったら、
ただ、ロボグラフィが撮れます。

常識人が観たら、ただのがらくた。
おそらくは私と、私に似た少数の人が観たら、
努力なしに見えて来るなにか?

だから、フォトジェニックではありません。
ほとんどの人には、私のロボグラフィはちっとも美しくない。
ロボグラフィを認識しないからです。
これは才能ではありません。
そして、ロボグラフィに写真的価値はありません。

これは、私にだけ価値のあるギフト。
どんな価値?
生きる力のエネルギー源という価値。
人には当惑、でも、私には喜び、
このアンバランスが私を喜ばせてくれます。
なぜ?
人の評価、人の認知を一切必要としない楽しみだから。

これじゃ、まるで世捨て人じゃないの?
いえいえ、私は世を捨てるつもりはありません。
でも、このところ起こる出来事は、ほとんど私を、
その気持ちの方向に追いやろうとしている感じ。
それが何なのか、書く価値もないので、書きませんが.....

ウルトロン50mmF2にも、
フォクトレンダーの名玉の人知れぬ魔力が潜んでいます。
なぜかイメージに清涼感を添えてくれるのです。
おかげで私のロボグラフィが仙境の風合いを帯び、
憂き世に吐き気している私の心を、
一陣の清涼の風が清めてくれる、そんな感じがします。

「漱石」(石で口を漱ぐ)という言葉には、
世の汚れから我を清めたいという願望が秘められていますが、
私の場合は「漱玉」(レンズで口を漱ぐ)なのかも?
日本の現状には目を閉ざして、ひたすらロボグラフィに浸りたい、
そんな気持ちがこれまでになく高まっています。




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by Sha-Sindbad | 2017-10-23 21:30 | Ultron50/2 | Comments(0)

1895 路傍(2017年9月11日ウルトロン50㎜F2で内侍原町を歩く)3 観る人次第


あくまでも平均的な印象ですが、
レンズ制作会社が作るレンズの描写性には、
ある種の共通の印象を感じさせます。
たとえば、
ツァイスの古いタイプだと、厳然たる剛毅、
ライカはやや女性的なあたたかさをたたえる、やさしさ、
シュナイダーは鋼の切れ味.............

ただし、レンズの描写性についての印象には、
各個人の感性が関わっている可能性もあります。
特殊な感受性の偏りにレンズの特性とギアが合ったとき、
好感、評価が高まります。
つまり、合わないと、
好感、評価がどうしても低めに流れるようです。

ウルトロン50㎜F2に私が抱く関心にも、
そんな私個人の「依怙贔屓目」が絡んでいるかもしれませんね。
フォクトレンダーという会社のレンズに感じる好感にも、
私の個人的色彩感覚が絡んでいることは疑いがありません。
そんな私の感想では、フォクトレンダーの特色って、
なにがなんでもひいき目に観たくまるような、
抜けの良さと透明感、
清澄で凛とした立体感
そんなところでしょうか?




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by Sha-Sindbad | 2017-10-20 11:52 | Ultron50/2 | Comments(0)

1894 路傍(2017年9月11日ウルトロン50㎜F2で内侍原町を歩く)2 ミスタッチ


いくら観ても、見飽きない、
いくら聴いても、聞き飽きない、
そんなビデオ、そんな音楽が一つあります。

たとえば、皆さんよくご存知のグレン・グールドの演奏シーン。

    [HD] Bach's Goldberg Variations [Glenn Gould, 1981 record] (BWV 988)
     https://www.youtube.com/watch?v=p4yAB37wG5s

DVDで持っていますが、YouTubeで手軽に再生できます。
コマーシャルが入っています。
このビデオをYouTubeに掲載した人が、真実、グールドを愛しておらず、
この演奏、この音楽を愛していないことが一目でばれてしまいます。

でも、音楽の演奏って面白いですね。
演奏家がどんなにミスしても、音楽はどんどんと前進していきます。
その音楽が本当に面白いものであれば、ミスのことなど記憶せず、
ミスあるが故に、音楽を否定するということになりません。

写真も本当はそんなところがあります。
ブログで、写真展で、写真を並べます。
つまらない写真、いわば、ミスタッチの写真だって並びます。
でも、次に、好みの写真が眼前に現れたら、
つまらない写真のことなど物の数ではありません。

かなり以前に読んだ記事。
東京の写真展という写真展を全部観るという猛者がいたそうです。
何百という画廊があるだろうに、
そんなこと出来るはずがないじゃないの?
ところが、できるようです。
その技が見事。

ギャラリーに入ると、中央にずかずか進んで、
ぐるっと一回りします。
自分の観たい写真が1枚でもあれば、それを観て、おさらば。

コンセプトを抱き、全作品で一つの表現を目指す写真家にとって、
こんな人は不倶戴天の敵でしょう。
でも、私に言わせれば、ほとんどの写真展は、
そんなコンセプトを本当に写真化してなどいません。
観る人が、大真面目にコンセプト文を読んで、
写真群にこれを読み取ろう、なんて、不毛です。

そして、写真作品を作る人が、大真面目に文章を作って、
これを写真に表現しよう、というののナンセンスです。
写真と文章とはぜんぜん別ものじゃないですか?
写真作品は、文章で表せないなにかを表現するものじゃありませんか?

本当のコンセプトって、そんなものじゃないでしょう。
文章などなしに、プレゼンテーションと本気で対峙したら、
写真家の意図、コンセプト、表現がしっかり浮かび上がる、
それが本当のコンセプトでしょう。
そのコンセプトとは、文章なんかじゃない。
言葉で言い表せないなにか、であるはず。

でも、そんな離れ業ができる写真家など幾人いるでしょう?
だから、上記の「ぐるっと一回り」さん、達人なのです。
ただし、本物の写真作品を見落すリスクをはらって、ですが。

私のブログ写真は、いかなるコンセプトも表現もありません。
だから、訪問者には、「ぐるっと一回り」さんを見習ってほしい。
でも、現実は厳しい。
文章を1行読んだだけで、
「あ、時間の無駄」
写真までなんとかたどり着いた方も、1枚目を見た途端、
「あ、時間の無駄」

でも、ここでも、正しい作戦ですね。
それでよいのです。
どんどんそうしましょう。
「人生老い易く、学成りがたし」ですからね。
おっと、失礼!
あなた、すでに老いているかな?





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by Sha-Sindbad | 2017-10-18 22:59 | Ultron50/2 | Comments(0)

1893 路傍(2017年9月11日ウルトロン50㎜F2で内侍原町を歩く)1 重厚表現



フォクトレンダーのプロミネントⅡのレンズです。
当時のドイツのカメラと同様に重量級です。
同じくウルトロン50㎜F2を使ったヴィテッサも重い。
基本的にユーザーはドイツ人を想定していたのでしょうか?
ご承知のように、ドイツ人は男性も女性もかなり巨大です。

でも、たとえば、バルナック型ライカはかなり小型軽量。
ライカもまたドイツ人の使用を前提に考えていたでしょうから、
この違いはなんだろう?
私の勝手な想像ですが、バルナック型の方が特殊じゃないか?
これはもしかすると、設計者のバルナックという人、
ドイツ人としては小さい人だったのではないでしょうか?
要するに、ユーザー標準ではなくて、設計者標準なのでは?

そうだとすると、ライカファンは、そして、ライカ社も、
バルナックが小さかったことに感謝すべきでしょうね。
バルナックライカが小さく軽かったおかげで、
バルナックライカは、当時世界中に出現しつつあった、
ストリートフォトの写真家たちの心をしっかり捉えたのでしょう。

そして、面白いことに、このレンズの重さって、
かなり画質にも影響を与えたように思われます。
フォクトレンダーやツァイスの35㎜フィルム用レンズは、
ライカのレンズよりもおしなべて重厚で、ややしつこい味わい。
これもまたストリートフォトの写真家たちをライカになびかせた、
大きな理由の一つ、そう感じられます。

被写体を思う存分歌わせたかったら、画質はあっさりが有利ですね。
つまり、重厚な画質のレンズは、レンズ自体の存在を前面に押し出し、
あっさり画質のレンズは、観る人の心を写真表現に向かわせるようで、
だから、次のような概括も許されるのではないでしょうか?

   アマチュア写真家は画質にこだわり、
   プロ写真家は表現にこだわる。

今回は、ウルトロン50㎜F2。
いかがでしょうか?




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by Sha-Sindbad | 2017-10-16 22:06 | Ultron50/2 | Comments(0)

1892 画廊2(2017年9月7日ホロゴン15㎜F8Uと神社辺りを散策)4


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by Sha-Sindbad | 2017-10-13 19:05 | Hologon15/8U | Comments(0)

1892 画廊2(2017年9月7日ホロゴン15㎜F8Uと神社辺りを散策)3


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by Sha-Sindbad | 2017-10-12 22:11 | Hologon15/8U | Comments(0)