レンズ千夜一夜

カテゴリ:MacroSwitar26/1.1( 30 )

837 路面模様(マクロスイター26mmF1.1は小雨に出会っていきいきと)



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今日の出勤に持ち出したのは、

    カメラがオリンパスEP-L1、
    レンズはマクロスイター26mmF1.1

Cマウントレンズとして、
アンジェニュー25mmf0,95と並び称せられる名玉。

    Cマウントレンズの大口径は、
    35㎜レンズよりも深い深度を持っています。
    それだけ撮りやすいレンズたちであり、
    できあがりは、たとえばゾンネタールとはまるで違います。
    つまり、独自の存在価値があるわけです。

お昼、職場を出ようとすると、小雨が降り始めました。
天のご加護でしょうか?

    このような状況でも、露出オーバーになることがあります。
    超大開放レンズではよく起こります。
    こんなときでも、完全に白飛びしない限り、
    平気でシャッターを切ります。

そんなときは、アップ時にレベルを補正します。
もう少し開放値が暗いレンズやホロゴンなら、
露出オーバーになることはありませんが、
私の眼目は適正露出にはありません。
そもそもどんなレンズも適正露出でなど撮っていないからです。

    超大口径レンズの場合、
    私の欲しいのは、開放での幻惑いっぱいのヘアピン描写なのですから。

私に言わせると、レベル補正だけは、
オリジナル画像の修正加工ではなく、たんなる調整です。

    これを加工と言うのであれば、すべてのモノクロームプリント、
    フィルムスキャンはオリジナルからの加工となってしまいます。
    撮影時のイメージに戻す、これがレベル補正の役割ではないでしょうか?

雨が降りますと、突然、路地裏のものたちが生き返ります。

    8、9枚目、顔に見えるでしょうか?
    石ころが1つあるだけですが、私には見えます。
    この石ころは私がここに置いたのか?
        違います。

    石ころがあって、顔に見えたから撮ったのであって、
    石ころを使って、顔に見えるように撮ったのではありません。

私は絶対に現場に加工はしません。

    私のやりたいことは創作ではなく、発見。
    こんな出会いがあるから、路地裏は楽しいのです。
by Sha-sindbad | 2013-10-22 21:46 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(2)

793 雨景(マクロスイター26mmF1.1は小型ながらゴージャスなレンズだった)



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今日、奈良はお昼前から夕方まで雨でした。
夏の雨とは思えないほどの冷たい雨。
台風崩れなら、もう少し熱帯のあたたかみを残しておいてほしい、
それほどとりつく島もない秋の雨でした。

でも、私はなぜかその雨に遭わず。
昼食後、雨粒で少し重く下がったかのような通りをそぞろ歩きながら、
濡れに濡れた写真ばかりどっさり撮りました。
今回はその一部。

惚れ惚れするほどに楽しく撮れるレンズですね。
この写真たちを眺めていて感じたことを書きましょう。

昨年来、完全にレンズ購入をやめてしまいました。

    寂しいか?
    ちっとも。
    おかげで我が家のレンズたちとのつき合いを深めることができるからです。

クラシックレンズとつきあえばつきあうほどに、
人間の友人とよく似ていることに驚かされます。

カール・ヤスパースはとてもうれしい言葉をプレゼントしてくれました。

    「人は、自分が思っている以上の存在である」

どんなに理解したと思っても、人はそれを超えるなにかを持っている。
良い言葉ですね。

あなたもそうですよ。
おっと失礼、言い換えましょう。

    あなたもそうかもしれないし、そうでないかもしれない。

いつも自分を過大評価して、どんなに失敗しても、
自分をいつも最高と思っておいでになるとしたら、
そんなあなたにはこう申し上げた方がいいでしょうね、

    「あなたは、自分が思っている以下の存在である」

もしあなたが、本気になってそれ位謙虚な姿勢を維持していると、
あなただって、いつかは、
「あなたは、自分が思っている以上の存在である」
そう言ってもらえることでしょうね、
自信はありませんが。

今日出勤に持ち出したのは、

    ケルンのマクロスイター26mmF1.1

アンジェニュー25mmF0.95とシネレンズ界双璧のスピードレンズ。
このレンズ、兄貴分の50mmF1.8とかなり似通った性格の持ち主です。

    どんなに使っても、その真髄に至ることができない。
    こちらが思った以上のすてきな写真を返してくれる。

生涯これ一本きりというのが、本当の付き合い方なんだ、
そう思わせる奥深さがこのレンズにはあります。

どこがどう違うから、あるレンズは生涯レンズとなり、
あるレンズはジャンクレンズとなるのでしょう?

    これも人間と同じですね。
    立派にパフォーマンスできるのですが、
    その程度の存在ではないことを感じさせる何かがある、
    そんなレンズ。

イチローや柔道の野村選手に共通するのは、そのような姿勢では?

    才能に恵まれながら、その才能に甘んじない、
    もうこれでよいという限界をもうけず、
    ひたすら高い目標を掲げて、志高く生きる。
    その目標達成のために、人よりも何倍も何十倍も努力をする。
    人の毀誉褒貶、中傷にくじけない。
    そんな人が未踏の高嶺を征服することができます。

レンズも同じです。

    ここでこの写真のパフォーマンスの限度いっぱいだ、
    という線が生涯レンズにはありませんね。
    マクロスイター26mmF1.1って、そんな生涯レンズの1つ。
    今日、はっきりとそう確信しました。
by Sha-sindbad | 2013-09-04 22:00 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(4)

732 バイク(マクロスイター26mmF1.1はどんな絞りでも同じ描写性をもっているらしい)



京都三条商店街の写真をもう一回紹介しましょう。

3枚。

    最初の1枚は開放。
    まん中の1枚は開放から1段か2段絞っていました。
    最後の1枚はF5.6程度。

でも、みんなとてもコントラストが良く、厚み、立体感も似ています。

    どうやら映画用レンズはこのように絞りに左右されない描写が
    基本条件だったようです。

私のように、レンズで遊びたい人間には、
余計なお世話、と言いたくなるような親切さですね。

さらに、もう一つの特性。

    メカニカルなものを撮っているのに、
    なぜか、あたたかい。

こちらの方の特性には素直にお礼を申し上げましょう、

    ありがとう!



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by Sha-sindbad | 2013-06-30 22:02 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(4)

731 京都三条商店街(マクロスイター26mmF1.1は開放一本あれば何もいらない)



京都二条城の南側に、
お城と平行に東西に長く延びた商店街に参りました。

    三条商店街。

ボディはオリンパスE-PL1。
レンズは、ケルンのマクロスイター26mmF1.1。

感度は最低の100に設定しました。
とても撮りやすい開放です。
朗朗たる歌声を感じさせてくれます。

デジタルカメラの感度設定、もっと低感度側に伸ばせないものでしょうか?
ASA感度を50に、願わくば25に落とせたら、
マクロスイターたち、超大口径レンズの開放が、
晴天の下でも盛大に歌いはじめるでしょうに。

将来の改良を待ちましょう。




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by Sha-sindbad | 2013-06-29 22:21 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

644 春へ (マクロスイター26mmF1.1は母の眼差しに似て)



人間でもそうですが、
レンズも暖色系がいいですね。

    冷たさは人を突き放し、
    あたたかさは人を抱擁します。

写真は人と一緒なのです、

    愛と美、これこそが理想なのですから、
    すみずみまで愛情がこもっていてほしいものです。

以前、優れたアマチュア写真家に出会ったことがあります。
驚くほど見事な写真を撮る人でした。

    一枚、一枚、あっと仰天し、
    ぼくには絶対に撮れないと、脱帽あるのみでした。
    でも、心はちっとも喜んでいないのです。

あたたかい写真は、私の心を喜びで沸き立たせてくれます。
元気が出て、感謝の気持ちで一杯になります、
ああ、こんな写真を見ることができて幸せだ!

ところが、彼の写真を前にして、
そんな気持ちがまったくわき上がってこないのです。

    すべてが計算しつくされているようで、
    いわば、冷徹な外科医の執刀を見るような気分。
    すごい、
    だけど、こんなもの見なくて済めばもっとよかったのに!

私はすべての打算を排除するために、
構図を考えず、四隅に気も配らず、
写真のできあがりを予見できないよう、ノーファインダーで撮ります。
だから、写真作品になるようなものは撮れません。

    でも、すべてが私の愛の産物なのです。
    どんなに不細工な子供でも、母から見れば、この世の奇蹟。
    ロボグラフィは、この母の心でしか撮りたくない、
    私はそう願っています。
    マクロスイター26mmF1.1の開放って、母の眼差しなのです。




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by Sha-sindbad | 2013-04-03 22:39 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(5)

499 光の中を歩め  (マクロスイター26mmF1.1もまた無敵のレンズらしい)



今日オリンパスEP-L1に付けて出勤に持ち出したのは、

    マクロスイター26mmF1.1

50mmf1.8とブラックペイントの雰囲気は大変によく似ています。
違いは、プリセット絞り用のレバー。
これが、Cマウント・マクロスイターのトレードマークなのですが、
私のスイターはこのレバーが撤去されています。
おかげで、絞りセットのリングに親指と人差し指を回して、
しっかりホールドして回さなければなりません。

でも、利点があります。

    1 プリセットレバーって、面倒で、しかも邪魔なので、ない方がいい。
    2 それだけ格安に下落して、私でも買えました。

マクロという言葉が冠せられているだけに、
20㎝近くまで接近できます。
ヘリコイドリングの動きがとても滑らかなので、
スピーディで使用感は最高。

私が所有している超大口径の女王はもちろん、
ゾンネタール50mmf1.1ですが、
マイクロフォーサーズでライブビューを使用すると、
超大口径が俄然威力を発揮することも否定できません。

そんなサンプルを今日一枚撮ることができました。




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by Sha-sindbad | 2012-10-30 21:49 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

434 日傘 (マクロスイター26mmF1.1はオードリー・ヘプバーンか?)



アルパ用のマクロスイター50mmF1.8の次に、
弟分のマクロスイター26mmF1.1を持ち出しました。
オリンパスE-PL1に付けています。

実効焦点距離52㎜ですから、
まるで兄弟同士のガチンコ勝負。
でも、心配は不要。
レンズ設計がどうなっているのか、皆目見当もつきませんが、
描写性はかなり違い、それぞれに独特の個性を見せてくれます。

柔和で優雅な50㎜に対して、
26ミリはかなりビビッド。
切れ味も26㎜の方がまさっています。

50㎜は女王の風格みなぎる大人のレンズですが、
これに対して、Cマウントの26㎜は、
まるで「昼下がりの情事」のオードリー・ヘプバーンのように、
ちゃきちゃきとして茶目っ気と愛嬌がたっぷり。

そんな愛らしさを2枚の写真にご覧いただけるでしょうか?




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by Sha-sindbad | 2012-08-29 19:42 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(1)

406 動物たち (マクロスイター26mmF1.1はやはり夢への扉らしい)



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1枚目が開放、2枚目はF5.6に絞っています。
昨日、寝屋川で撮りました。

開放であれ、F5.6であれ、描写性は変わりません。
あくまでもあたたかく、あくまでも毅然としています。

うつつと間違う夢があります。
細部までくっきり、明確に見えるイメージ、
だけど、夢、そんな夢をときに見ることがありませんか?

私は幾つか、けっして忘れることのない夢があります。
そんな夢は、隅々まで精密なイメージなのですが、
その基調はあくまでも夢幻、まぼろしの風味。

そんな私のいわば記念夢とマクロスイター画像とは、
とても似ています。
そんな似寄りに気づいて、
このレンズへの愛情がにわかに深まりました。
by Sha-sindbad | 2012-07-30 22:35 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(3)

360 あれこれ (マクロスイター26mmF1.1は2段絞りで強烈画像に)



アルパ用のマクロスイター50mmF1.8の影響でしょう、
マクロスイターという名前のレンズに激しくこだわってしまいます。

昨日の出勤には、マクロスイター26mmF1.1を持参しました。
このレンズの特徴はもちろん開放値にありますが、
昨日は、開放では撮れない天候。
F2.8に絞って撮りました。

昔から、古いレンズは2段絞るのが鉄則と言われてきましたが、
マクロスイター26mmF1.1も2段絞ると、
猛烈に引き締まります。
液晶画面で見ても、たちどころに分かります。
とてもピント合わせをしやすいレンズ。

Cマウントのマクロスイターは総じて、このタイプ。
アルパ用が柔和で落ち着きのある大人の風格とすれば、
Cマウント用はきりっと引き締まった、
だけど甘いマスクのイケメン。

開放値を考え合わせますと、
このレンズ、夜昼問わず、天候問わずの
万能レンズと言えそうです。




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by Sha-sindbad | 2012-06-14 18:14 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)

321 記憶 (マクロスイター26mmF1.1は人生の記憶レンズだった)


人生はどんどんと進んでいきます。
毎日毎日がまさに走馬燈のように背後に消えていきます。
でも、写真があれば、ブログがあれば、
その一こまなりとも、記憶にとどめることができます。

今日は、孫一家とちょっと奈良公園に散歩に出かけました。
駐車場がどこもここも満車。
ようやく新薬師寺近くの小さな駐車場に車を停めることができ、
孫をベビーカーに乗せて、一家でしばらく散策しました。
途中行きつけのお店でおいしい昼食を頂き、
新しくできたケーキショップでおいしいデザートを頂き、
満足して帰宅しました。

これだけなら、なんでもない散歩。
でも、実際には、一家全員、疲れ切りました。
寒い日で、雨も鎧袖一触し、
舗装のない道に来ると、孫をベビーカーから取り出して、
一人は孫を抱き、一人はベビーカーを肩にかつぎ、と、
苦労続きでしたが、
2、3か月経つと、全部さらりと忘れてしまうでしょう。

こんななんでもない1日の体験ですが、
その幾コマなりとも記憶しておきたいものです。
今日は、オリンパスE-PL1に付けたままのレンズを持ち出しました。
帰宅して、孫一家も帰り、今日の収穫をマックに収め、
今日の88枚をつくづくと眺めて、
感じるところがあり、その3枚を選んでみました。

この写真たちを眺めていますと、
芥川の「蜘蛛の糸」で、
細い細い蜘蛛の糸が天国への道になったように、
マクロスイター26mmF1.1のヘアピンの開放描写が、
記憶を私の人生の片隅にしっかりと留めてくれる、
そんな感じがするのですが.....................



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by Sha-sindbad | 2012-05-04 16:56 | MacroSwitar26/1.1 | Comments(0)