レンズ千夜一夜

カテゴリ:Dallmeyer25/1.9( 33 )

1798 元町の春(2017年4月8日神戸元町とダルメイヤー25㎜F1.9、ともに歌った)


ピカソの生涯の作品数は軽く10万点を超えているのだそうです。
どうやら、インスピレーションによってアイデアが浮かび、
じっくりと構想を練って、やおら製作に取りかかったなんてことは、
なかった!

垂直に立てた透明アクリル板の向こうにピカソが座り、
バンバン描きまくっては消し、消しては別の絵を描きまくる、
そんなシーンが撮影されていました。
絵を描くことはまるで呼吸することだったのです。
我描く、故に我あり。
そんな画家だったのでしょう。

私は芸術家じゃなくて、ただの写真好きですが、
ピカソのように、撮りたいですね。

私の初期の写真の師匠は写真家田島謹之助ですが、
彼はよく言ったものでした、
「良いシーンに出会ったとき、カメラを向ける前に、
どんな写真になるか、どんな写真を撮りたいか、
分かってなきゃダメですよ」
私のように、「わっ、いい!」、そう思った瞬間に、
いきなりシャッターを落としてしまう、そんな人間は、
所詮、田島さんの不肖の弟子に終わる運命でした。

それからずっと私の撮り方は変りません。
でも、私が田島さんの勧めどおりの写真家になった、
なんて可能性はいくら考えてもありません。
ロボグラフィに出会った瞬間にシャッターを落とす、
その醍醐味こそ、私の写真の喜びなのですから。
その結果どんな写真が撮れるか?
そんなことはどうでもいいじゃない?

そんな私に神戸の町は楽しいですね。
奈良、大阪では出会えない、そんなシーンが一杯。
4月8日は神戸アブニールコンサートの日でした。
そんな日でもカメラを持参して、
リハーサルの前後に48枚撮りました。

ダルメイヤー25㎜F1.9付きオリンパスEP-L1。
ペッツヴァールだと言われている廉価版Cマウントレンズ。
でも、ロボグラフィ適性は抜群です。

私の友人の一人は言い切ります、
これ一本あればいい!
私はそこまで言い切る自信はありませんが、
なにかの災害で、このレンズ一本だけが残されても、
一生写真を楽しむ人生を送れるだろう、
そんな確信はあります。





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by Sha-Sindbad | 2017-05-16 17:56 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1675 神戸元町(久しぶりにダルメイヤー25㎜f1.9を使ってみた)Part 2



レンズの描写には3種類あるようです。
私の表現方法でしかないのですが、
① 現実をより面白く見せてくれる。
② 現実をより面白くなく見せてくれる。
③ ①②のどちらでもない。

極めて主観的、独りよがりな分類であることは認めます。
でも、これで十分、私はそう感じています。
あなたにとっても、これで十分。
写真を世界にアピールしたい人、
写真で思う通りの表現を実現したい人には無縁の分類法。
「表現」という言葉が入っていないのは、
外部に向かっても、内部に向かっても、
写真でなにかを表現したいなんて、考えないからです。
写真は求心的で十分。
外界をひたすら自分に向けて歌わせたい、
ただそれだけ。

ダルメイヤー25㎜F1.5は断然①。
よく歌ってくれます。





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by Sha-Sindbad | 2016-11-16 15:44 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1675 神戸元町(久しぶりにダルメイヤー25㎜f1.9を使ってみた)Part 1


もしCマウントレンズを一本だけ残して、あとは棄てよ、
そう神様に命じられたら、何を残すだろうか?
そんな思考実験をときどきやってみることがあります。
Cマウントレンズだったら、やっぱりこれかな?
それがダルメイヤー25㎜F1.9。

私は、いつも思うのですが、
これが16ミリムービーカメラ用のレンズだとしたら、
35㎜スチールカメラのレンズはどうしてもっと歌ってくれないんだろう?
どこか私の方が思い違いをしているのでしょうけど、
種々のCマウントのレンズを使っても、印象は同じ。
とにかく楽しく歌ってくれます。
そんなCマウントレンズの廉価版の白眉がこれ。




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by Sha-Sindbad | 2016-11-13 23:00 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1611 ロボグラフィ(ダルメイヤー25mmF1.9はさすがに魔のレンズだった)



私のようなロボグラフィにふさわしいレンズはなにか?
よくそう真剣に考えてみます。

現代レンズは使えません。
古色蒼然としたクラシックレンズなら、
リアリズム写真とアートの狭間に私を遊ばせてくれそうです。

ロボグラフィって、いわば「行間」の眺め。
「余韻」と言ってもよさそうです。
というより、字、文章なしに、行の線だけが見える手紙、
余韻を残す本体そのものがなにもなく、
ただ余韻のような気配が漂っているだけ、
そんな頼りなく儚いもののようです。

7月7日七夕様の日に外出したときに携えたのが、
そんな行間レンズ、余韻レンズの一つの極致、
ダルメイヤー25㎜F1.9。
19世紀のペッツヴァールの末裔がこれ、というわけです。

前回はペッツヴァール58㎜を楽しんだわけですが、
こうして肩を並べて遊ばせてみます、
なんだかダルメイヤーでも十分楽しませてくれる、
おんな印象がかえってきます。
こいつは一生の伴侶となりそうです。




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by Sha-Sindbad | 2016-07-16 23:09 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1537 雨の西大寺(ダルメイヤー25㎜F1.9は再開発で寂しい界隈でも何かを見つけ)



3月14日月曜日の揚琴レッスン日の巡回コースの最後、
大和西大寺でのロボグラフィがまだ残っていました。

ペッツヴァールの末裔、ダルメイヤー25㎜F1.9があれば、
どんなところでも、なにかは撮れます。
簡単に言いますと、なにを撮っても、どこか化けてくれる。
写真的才能など、かけらもないレンズ依存型人間には、
こんなにありがたいレンズはありません。
とにかく並べてみましょう。

別ブログの「わが友ホロゴン」で、
埋もれた写真家ソール・ライターのことを書きました。
彼の意表を突くほどに独創的な写真群を見ていますと、
レンズに頼る人と天才との間に、
深く深く横たわる深淵の深さに感動してしまいます。
これが人間に与えられたダイナミックレンジなんだな..........
そんなダイナミックレンジの一番底近くから、
天辺を見上げるのですから、
ソール・ライターを見上げて味わえる感動は並大抵じゃない、
そう胸を張りたいところです。
まあ、威張れる筋ではないのですが..........





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by Sha-Sindbad | 2016-03-19 16:47 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1536 雨の西九条(ダルメイヤー25㎜F1.9は庶民の街でも発見続き)



レンズにも人間と同じような個性がある、
そう言ったら、大げさだとお感じでしょうね?
でも、あるのです。
人間でもまさに色々ですね。

  α この人と一緒に居たら、楽しい、と感じる人がいます。
  β 猛烈に刺激的だ、と感じる人が’ます。
  γ 新しい世界を開いてくれる、と感じる人がいます。
  δ 宇宙の外まで飛び出ることができる、と感じる人がいます。

私は、このどれかに当てはまらない人とは付き合いません。
人生、そんな無駄なことをしている暇がないので。

レンズもそっくり同じ区別ができます。
ダルメイヤー25㎜F1.9は、まさしく、γ。
チビなのに、γ。
なぜって、私は現場でこのレンズで撮った本人なのです。
だから、分かります。

いつも書くとおり、私はこう感じないと、撮りません、
「わっ、いいっ!
待っててくれたね!
ありがとう!」
あいにく、一杯、そんな奴らに出会います。
レンズが会わせてくれるのです。
だから、手にしたレンズが違うと、別のものに出会います。

間違いなく100回以上歩いているJR西九条駅周辺で、
ダルメイヤーは、なんだ、君、そんなところに居たのか!
そう言いたくなるような可愛い奴らを紹介してくれました。
旧知のロボグラフィについても、
君って、そんな顔をしてたの、知らなかった!
そう言いたくなるような表情を紹介してくれました。
ご覧下さい。




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by Sha-Sindbad | 2016-03-18 11:42 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1535 ユニバーサルシティ(ダルメイヤー25㎜F1.9は人工都市でもしっとりと)



80を越えられて、少し体調を崩し気味の畏友RAさんに、
気分良く外出していただこうと考えて、
ペッツヴァールレンズを一本プレゼントしたことは、
すでに書きました。

    ペッツヴァールSVE100㎜F2.9

宮崎貞安さんにライカMマウントに改造していただいている上、
100ミリにしては、とても小振りで軽量なので、
フォクトレンダーRM2とライカM2をお持ちのうえ、
長焦点レンズによる銀塩派のRAさんには、鬼に金棒。
そう踏んだのです。

目論見は大成功で、それ以来、外出時にはいつも携行。
数枚、ペッツヴァール写真を拝見しました。
それを見て、どんな気分になったと思いますか?
良かった、という気持ちが半分、
そして、
ちょっと残念、という気持ちが半分。

というのは、このプレゼントは、私にはエルマジ95㎜f2.4という、
重厚艶美なるペッツヴァールがあると考えてのことでしたが、
その後、段々と分かってきました、
エルマジ95㎜f2.4の描写のすばらしさは、
エルマジという古代レンズの描写力によるもので、
どうもペッツヴァール性はかなり稀薄らしい。
一方、100㎜F2.9にはペッツヴァール性が横溢しています。

それでも今回、気持ちを取り直しました。
ぼくにはこれがあるじゃないか!
そう胸を張って頷ける、
しっかりペッツヴァール描写をしてくれるレンズ、
それがダルメイヤー25㎜F1.9。

今回はユニバーサルシティ駅界隈の写真をごらん頂きましょう。
揚琴レッスンまでのたった10分間の空き時間ですが、
駅から50mあたりまでの撮り慣れた空間。
このあたりだけでも、何十回も撮っています。
でも、レンズの性格が大きく写真を変えてくれます。
24枚、並べてみましょう。
私にはとても新鮮な写りを楽しめました。




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by Sha-Sindbad | 2016-03-16 16:20 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1534 バス道往還(朝夕2度、ダルメイヤー25㎜F1.9が蝶のように舞い)


私は我が家では絶対にテレビを見ません。
でも、月に何回か孫の家に行ったとき、
目に入ってしまいます。
一番お手軽なのがグルメ探訪番組。
タレントたちがあらゆる種類の料理を口に含んで、
絶句し、感に堪えないという表情になって、
「おいしい!」「うまい!」「すごい!」

はっきり言って、大阪弁で罵倒したくなります、
「おまえら、なに食べても、おいしいんか!
自分の好みはどこにやったんや!
おまえら、店をバカにしてるんか!?」

どの番組でも、タレントたち、例外なく、
奥ゆかしさなどチリほどもない厚かましさでしゃしゃり出て、
ろくでもない言葉を吐き散らしている。
しかも、同じような顔ぶれがどんどん年を取っている。
いい年をして、まだこんなあほなことをしているのか?
そう言いたくなります。
(実際は、あほなことをさせられているので、
彼らの責任ではないのかもしれませんが...)
テレビ局、タレントたちが全国に放映される番組で、
日本人を総おバカ民族にしようとがんばっている。

政治家の方がもう少しましかな?
「歯舞」なんて誰でも知っている言葉に、
おっとり奥ゆかしく口ごもってしまわれる。
この奥ゆかしさ、愚かに似たり、なんて程度ではありませんが...
こんな珍しい人材をたっぷりと抱えた政権って、
まさか失対事業じゃないでしょうね?

かくして、日本全体が自分らしい思考を訓練しない、
フォアグラ用ガチョウ状態にまっしぐら。

日本には、とても優雅な心映えを表す、
とても美しい語感の言葉が沢山ありました。

    はんなり
    ほんのり
    しっとり
    まったり
    ゆったり
    うっとり
    おっとり
    あっさり

このような言葉はどんどん死語と化していきつつあります。
そんな気分を写し出す写真もほとんど見かけなくなりました。
日本人がそんな気持ちを忘れつつあるのですから、
どうしようもありません。

ダルメイヤー25mmF1.9は、
このような失われつつある心映えに通じるような、
柔らかな表現をしてくれます。

3月14日月曜日、例の通り、揚琴のレッスンを梯子する間に、
バス停まで、ユニバーサルシティ、西九条、大和西大寺、
そして、帰り道のバス道、と、5カ所で撮りました。

このペッツヴァールレンズの末裔のロボグラフィたちを
4回にわたって、紹介させていただきましょう。
まずは、バス停までの18枚から。
単なる偶然ですが、
最初の9枚が往きの、
残り9枚が帰りの写真です。

こんなほんわりとした写真を楽しいと感じる人は、
ペッツヴァール使いの友人たち以外には居ないでしょう。
だから、なおさらに可愛い。

このレンズ自体、とても可愛い姿をしているのですが、
写りの方がなお一層可愛い。
とても可愛い少女なのですが、
おしゃべりすると、もう天使そのもの、
そんな感じ。

生涯使いたい、
そんな気持ちになれる稀な一本です。




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by Sha-Sindbad | 2016-03-15 15:43 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1359 見慣れぬ街(どこに行ってもダルメイヤー25㎜F1.9は手堅く働き)



一つ、おかしな理論を紹介しましょう。
と言っても、たった今思いついた自説。
たいていの男性は、ストリートスナップができません。
なぜか?
階級差のある社会で生きてきたからではないでしょうか?

たとえば、銀行員。
長年、人を見れば、顧客か上司。
どちらか分からないときは、顧客か上司として対処する。
けっして目下の人としては扱わない。
顧客か上司を目下の人として扱ったとしたら、悲惨ですね。
だから、人に接するときは、とりあえずうやうやしく丁寧に、
という癖がついてしまうのではないでしょうか?
そうすると、路上、初対面の人に出会って、
いきなり撮影してしまう、なんてことがなかなか難しくなる、
ということではないでしょうか?

昔のことです。
ある超一流企業に超エリート大学出身の男性が入社しました。
初めて出社して、エレベーターに乗りました。
余裕を見せるために、やおら煙草に火をつけました。
運良くか、それとも運悪くかは立場で決まりますね。
財界にその名を知られた会長が偶然乗り込んできました。
堂々たる貫禄で、人には頭を下げない御曹司。
俺はエリートなのであると慢心する新入社員、
自社のトップである会長様の顔に向かって、
悠然とタバコの煙を吹きかけたのだそうです。

激高する会長様、平然と見返す新入社員、絵になる光景ですね。
本当にあったお話。
この事件がきっかけになって、
社員の人間性向上の教育が必要であると判断した会長、
大学で心理学を研究している私の親友を急遽選抜して、
エリート社員の人間性をたたき直す教育機関「人間関係研究所」
の所長に据えたのですから。

実のところ、私はこの新入社員にかなり近いのです。
超エリート大学を出たわけではありません。
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という言葉、
日本国憲法の基本的人権をまともに信じていたおかげで、
生涯、誰にも頭を下げない、
そのせいで、いわゆる出世に無縁の人生でも、一向に構わない、
そう考えて生きてきたからです。

あれこれ理屈をつけるまでもなく、生まれつきの性格だったのでしょう。
そのままの状態で生涯を暮らすことができました。
おかげで、ストリートを歩いても、誰にも頭を下げない。
日本国憲法の表現の自由もまともに信じているから、
路上で写真を撮ることは、純粋な写真行為である限り、
誰にも遠慮する必要はないと本気で考えているので、
一度も遠慮したことがない。

もちろん相手が気付いているのに、面と向かって撮る、
なんてことはしません。
カメラに気付いている人を撮っても、なんにも面白くない、
そう考えているからに過ぎませんが。
でも、どんなところでも平然としていると、案外気付かれないし、
気付かれても、文句を言われることもありません。

写真人生で文句を言われたのは数回でしょうか?
いずれもちょっとの言葉のやり取りだけ。
私があまりにも平然としているので、すぐ終わりました。

今では、スナップはほとんど撮りません。
写真作品を目指すことがなくなったからです。
今でも人間は撮りますが、
常に路傍で出会うものたちのロボグラフィとしてだけ。
撮りたい人間に出会うことも減ってしまったせいでしょう、
そのせいもあるかも知れません、
ストリートフォトグラファーに出会うこともなくなりました。
寂しいですね。




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by Sha-Sindbad | 2015-07-01 22:55 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)

1344 またバス停へ (ダルメイヤー25㎜F1.9はますます深みを帯びて?)



今日は嬉しいことがありました。
修理に出していたレコードプレイヤーが無事戻ってきたのです。
トーレンス127という、プレイヤーの名門の廉価版です。
手に入れてもう20年になるでしょう。

その上の124とかガラードにステップアップを、
一頃真剣に考えたことがありましたが、やめました。
なぜ?
まったく不満がなかったからです。
知らぬが仏なのでしょう。
でも、自分の生活の中で不満がないのをお払い箱にするって、
どうも難しいことですね。

オーディオサウンドの鉄則は、他の分野と同じです。
自分のサウンドよりつまらないサウンドならよく経験できますが、
自分のサウンドより凄いサウンドに出会うことは稀。
だから、自分のシステムで満足している人は、
山の向こうに行ってみようなどと思ってはならないのです。
もしかすると、泥沼かも知れないのですから。
もしかすると、理想郷を見つけるんだけど、
そこへ行く道はとんでもなく遠く、途方もなく高いかも。
どこかで留まれる人は幸いなのです。

さて、その廉価版プレーヤー、オーバーホールをしてもらったけど、
相棒だったスピーカー、アルテックは今はなし。
長年の相棒の管球アンプを介して、
タイムドメインのYoshii9に接続することにしました。
ただし、パワーアンプは故障中で、入れ替えに修理に出すので、
2A3という、並みなんだけど、かなり良い真空管のプリアンプを介して、
タイムドメインのYoshii9用超小型パワーアンプに接続しました。

これでも立派に音が出たばかりでなく、
私に久しぶりの幸せを味あわせてくれました。
とても透明感のあるニュートラルなサウンドで、
どんな楽器も声も抜けの良いサウンドで再現してくれます。
私の愛聴してきたフルトヴェングラー指揮の「ワルキューレ」全曲版、
これがどんな音が鳴るかが試金石。
300Bのパワーアンプとアルテックの豪壮なサウンドは無理ですが、
とても臨場感、空気感のあるサウンドが蘇りました。
ルートヴィヒ・ズートハウスのジークムントは別格中の別格。
ぞくぞくしながら耳を傾けることができました。

いつもながら、モノーラルLPがステレオに遙かに優る実証。
なんでもそうかどうかは言えませんが、
とにかく古いものは気合いが入っています。

気合いといえば、ダルメイヤー25㎜F1.9も入っています。
Olympus EP-L1に付けて、バス停までの道を撮りました。
超小型Cマウントレンズなのですが、
どうしてこんなに存在感たっぷりに撮れるのでしょう?
使えば使うほど、応えくれる逸品です。




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by Sha-Sindbad | 2015-06-04 21:21 | Dallmeyer25/1.9 | Comments(0)