レンズ千夜一夜

2018年 01月 21日 ( 1 )

1927 肘塚(2017年10月1日ズマール50mF2で裏町を伝い」2-完-なんでこんな写真?


私の友人には正真正銘の写真家が数名います。
その作品を好むと好まざるに関わらず、
その人らしい精神と作品性がしっかりと刻印されている、
そんな写真を撮り続けている人、それが写真家です。

その一人はストリートフォトの達人なのですが、
と言っても、なんのことはない、
上記の写真家たち全員がストリートフォト。
それはともなくとして、この達人、かなり昔のことですが、
何を思ってか、選りに選って、従兄弟に作品を見せたのです。
その人、困惑した表情で、沈黙のまま見終わって、一言、
「あんた、なんでこんな写真撮ってるんや?」

間違って私のブログを訪問してしまった方もご同様でしょう、
「この人、なんでこんな写真ばかり撮っているの?」

今回はまさにそんな写真ばかり並んでしまいました。
幸い私の場合、そんな迷い込み組以外には誰も来ないので、
困惑する方はほとんど居ないでしょう?
ですから、私にとってここで大切なことは、
私自身が、こんな写真を撮る理由を知っていること、
これだけ。
理由は明らか。
私は、端的に出会いを喜んで、記念に撮っているだけ。

なぜ、喜ぶか?
誰一人観るものがないのに、路傍で満ち足りて微笑んでいる、
みすぼらしいけど、なぜか無視できない形姿に、
自分の人生を重ね合わせているのでしょうか?
私も、人に知られることもなく、
でも、自分では満ち足りた人生を送ってきました。

なぜ、満ち足りているのか?
私が背伸びをせず、手の届かないものを求めることがなく、
手に入れたものがなんであれ、それこそ欲しかったものと、
心から満足して生きて来たからでしょう。
すぐれた業績を上げようと、生半可な結果には満足せず、
ひたむきに努力する人間というのではなく、
自分の人生をひたすら楽しんでいる人間なのでしょう。

それにしては、せかせかと忙しく撮り歩いてるじゃない?
いいじゃないですか?
人生のリズムって、誰にも固有のものがあります。
私の場合は、せかせかリズムが標準。
これを外すと、勘が狂います。
端から見たらせかせかでも、
私はこれで十分ゆったりしているわけです。




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by Sha-Sindbad | 2018-01-21 21:13 | Sumar50/2 | Comments(0)