レンズ千夜一夜

2015年 05月 13日 ( 1 )

1329 心斎橋美神 (トポゴン25mmF4を雨で使うと、感涙にむせんでくれて)



5月12日火曜日持ち出したのは次のセット。
ソニーα7
トポゴン25mmF4

トポゴン、私にとっては長年夢のレンズでした。
偶然、Hologon15mmF8Mとこのトポゴンを、
ウィーンのライカショップで見つけました。
それがいつだったか、忘れました。
宮崎貞安さんにライカMマウントに改造していただきました。

凡庸な人間がおもしろい写真を撮りたかったら、トポゴンに限る、
そう言いたくなるほどに撮りやすいレンズです。

ホロゴンもスーパーアンギュロンもビオゴンもかなり撮りにくいレンズ。
だから、昔の人たちの多くは、こうしたレンズはトリミング前提で使いました。
というより、どんなレンズも、35㎜カメラでなくても、というより、
ハッセル、ローライ二眼レフ等の中判になればなるほど、トリミング前提でした。
これも作画の一種である、トリミングはアートの行為なのである、
そう考える写真家が多かったのです。

カルティエ=ブレッソンのように、フルフレームを原則とする写真家が稀だったのは、
フルフレーム原則で撮ることが大変に難しいと考えられていたからです。
でも、おそらくカルティエ=ブレッソンと、
彼に影響を受けた35㎜カメラの写真家たちがこの潮流を変えました。
多くのストリートフォトグラファーが、このような潮流の中で、
ノートリミングこそドキュメンタリーの王道と確信するようになったのです。

私は、高校生のとき、百科事典を読むのが大好きでした。
古い26巻ほどの大百科事典、4巻の現代百科事典も私の座右の書でした。
現代百科事典には写真もたくさん収録され、
その「写真」のカルティエ=ブレッソンと木村伊兵衛の傑作に出会ったのが、
私の写真への目覚めでした。
カルティエ=ブレッソンの写真はもちろん「サン・ラザール駅裏の跳ぶ男」と、
「猫と対座するカウボーイハットの男」
木村の写真は、「馬のしっぽと塀」、そして、「田舎の青年群像」
よく考えてみると、今でもまだこの4枚は私の写真の理想像。

おもしろいものですね。
私はついにストリートフォトとは無縁に終わりましたので、
これらの理想像はあくまでも理想のゾーンに高く聳えているだけ。

ストリート上の人間模様、社会相を切り取る、
そんな芸当をしようと思ったことも以前にはありましたが、
今では、そんなことは所詮一時の気の迷いだった、そう考えています。
ストリートフォトの基本的な前提である、人々への関心、興味がまるでないからです。

私はどうやら写真を始めた最初から、ずっとロボグラフィストでした。
路上で出会うものたち、人たちが私に向かって開示してくれた、ある姿、
たいていの場合は、もの、人そのもののリアルな風貌ではなくて、
私の心にポンと投げ入れてくれた変身像。

今回も、プロデューサーが私、撮影者兼演出家がトポゴンのロボグラフィを、
6枚ごらんいただきましょう。

美神たち、私に気付いていません。
私はすっと視線をそらして、通り過ぎながら手元で撮っているからです。
人は、人を意識していないとき、一番自然で、一番美しい自分の表情を見せる、
人を意識した途端、自分がそう見せたいと準備している仮面をかぶる、
そう信じているからです。




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by Sha-Sindbad | 2015-05-13 11:35 | Topogon25/4 | Comments(0)