レンズ千夜一夜

1636 奈良町(ホロゴン15㎜F8Uが狭い通りが好きな理由お分かりですか?)Part 2


同じ場所に並んで立った二人が同じ方向を見たとき、
同じものを見るとは限りません。
誰も目の前の光景のすべてを認識することはできません。
私たちは目についたもの、見たいものだけを見て、満足します。

いや、私は観察力が鋭いので、重要なものはすべてしっかり見た、
そう豪語する人もおいでになるでしょう。
でも、そうじゃないことを示す挿話があります。

ベルグソンが書いていました。
パリの透視術の名人がどうやって息子を後継者に育てたか?

パリの繁華街の様々な店の前を歩いて行きます。
パリやロンドンの店をご覧になったことがありますか?
間口が狭いのです。
入り口も狭い。
その開いた入り口から入ると、奥が深いのです。
ときには迷路のように入り組んでいます。
通りすぎると、息子は父親になにがあったか列挙します。
父親は息子が見なかったものを列挙します。
最初はほんの数個しか見ることができない息子が、
こうして訓練される内に視認できる限り全部記憶するようになります。

その後、興行のときに使う箱で訓練します。
透視と言いつつ、実はほんの一瞬だけ、中を見せるのです。
文字通り一瞬なのに、中身を完璧に視認できるようになります。

苦しい訓練です。
なぜ、そんなことをするか?
人間は視野のすべてを認識できるようにはできていないからです。
生きるために必要なもの、生きるために危険なものを
とっさに選択して視認するわけでもありません。
とにかく視認能力、知能に応じて、
ただ見えたものをランダムに認識する、それが人間です。

視覚は一度にたった1点の注意点を認識するだけなのです。
時間の許す限り、走査線のように、ざっと注意点を移動させ、
認識できなかった部分は脳が過去の経験に応じて補完して、
視覚像を完成させます。

クレタ島のクノッソスの遺跡をご覧になったことがありますか?
発掘者エヴァンスが運動する若い女性の壁画を復元しています。
実際に発掘されたオリジナルの破片以外は推定です。
そのオリジナルがおっそろしく少ないのです。
この数個の破片からどうしてこの美女が復元できたの?
私は今以てそれが分かりません。
エヴァンスの独自の透視術なのでしょう。

私も、とりわけ注意力の散漫な人間なので、
ホロゴンで撮るとき、見て、記憶しているのはエヴァンス並み、
もしくは以下の1個所もしくはせいぜい数カ所だけ。
ところが、レンズは見えたもの全部を能力の許す限り認識できます。
つまり、ホロゴン写真は私の認識を遙かに超える細部に満ちている。
このギャップが生み出す予想外の印象、
私が注目したいわば主人公と、私が見過ごした脇役たちが、
どう絡み合って、どんなドラマを生み出してくれるかが醍醐味なのです。

でも、私以外の人は、現場を見たわけではないので、
ただ、雑多なものが写った写真がそこにあるだけ、
なんだ、何を撮ったか分からない、詰まらないということになります。

以上が、私がいつも書いている「写真を撮ったのは私でない。
カメラとレンズだ。だから、私はこれを作品とは呼ばない」
という言葉の意味がここにあります。

他の人も同じことをしているのです。
だから、どんなに詰まらないと見える写真も、撮影者の心を震わせる、
つまり、写真は表現だと言いますが、
その向こう、どんづまりの究極にあるものはプライベートな関係性であり、
撮影者と写真との関係の本質はそこにある、そう私は思っています。

だから、あなたに、ここに並ぶ写真たちをちゃんと評価してください、
なんて言うつもりはありません。
ほっといてください。
ただ、それだけ。





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by Sha-Sindbad | 2016-08-29 23:36 | Hologon15/F8UF | Comments(0)