レンズ千夜一夜

1477 西大寺(ズマロン35mmF3.5片手にYMCAと駅を往復)



ズマロンが使いやすいことは間違いありません。
14日月曜日午後は二胡演奏家陳少林先生の揚琴レッスン。
レッスン開始時間の10分前に大和西大寺に到着、
午後4時レッスン終業後、若干買い物の後16分の電車に飛び乗って、
奈良に帰ることにしていました。

急ぎ足の行き帰り、ヒットエンドランで17枚撮りました。
その内12枚選んでみました。

なるほど、このレンズ、名レンズの名声をほしいままにするのも
無理はありません。
誇張なく写し取り、でも、そこになにかを感じさせる、
そんな芸当のできるレンズ。




b0226423_22315483.jpg
b0226423_2231503.jpg
b0226423_22314541.jpg
b0226423_22314053.jpg
b0226423_22313575.jpg
b0226423_22313074.jpg
b0226423_22312550.jpg
b0226423_22312064.jpg
b0226423_22311557.jpg
b0226423_223110100.jpg
b0226423_2231426.jpg
b0226423_2230583.jpg





前2回の記事を続けます。
日本人にそのあたりの感覚は昔から備わってきました。
「わび」「さび」の感覚。

寺院、仏像の保管の仕方にもそれが現れています。
けっして作りたての状態には戻さない。
「時代色」を重んじる気風も
このような感覚に支えられているのでしょう。
古びることが価値と考える気風。

苔はその象徴のような存在です。
苔は人が踏む地面にそっと静かに広がっていきます。
何年も何年もかけて広がっていきます。
その上をズカズカと歩いて踏みにじったら、
その時点で長年の努力は一瞬にして無に帰してしまう。
そうならないのは、
日本人に苔を大切に守ろうという気風があるからです。

関西の路地裏を歩きますと、
ぼろぼろになったなにかをそのままそっと保存している、
こんな光景に随所に出会います。
このあたりの気風は、苔の生長をそっと見守る亭主の気持ちそのまま。
ロボグラフィはそんな気風を写真にしたいのです。

高齢化社会が進むにつれて、
都市、町もまた古色を帯びていくのは当然です。
とすると、ロボグラフィ的な光景はどんどんと深化する傾向を強め、
そんな光景を写真に撮る方が増えてくるのは当然なのかもしれません。
by Sha-Sindbad | 2015-12-18 22:35 | Summaron35/3.5 | Comments(0)