レンズ千夜一夜

1225 懐古気分で (2009年12月2日ぼくはタンバール持って奈良町を歩いたらしい)


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前回書いたように、私は今1人家に籠っています。
おっと3人でした。

    長女(猫ですが)の静と長男ピッピは一階和室のこたつに籠っています。
    こたつと言っても、小型段ボール箱に古いセーターを敷いたもの。
    和室は大阪ガスのエネファームの床暖房でオンドル状態なのです。

ちなみに、このエネファーム、大成功でした。

    屋根の仕様の関係で太陽光発電を併用できなかったのですが、
    ガス発電だけで、電気使用量が激減して、
    電気代等の関係光熱費が年間十数万円セーブできましたので、
    保証期間10年の間に投入資金の大半を償還できる計算。
    さらに使えば、すっかり元を取れる可能性さえあります。
    電気使用に対する心構えが完全に一変したことも手伝っているのでしょう。

私は2階書斎で、久しぶりにカルティエ=ブレッソンを見ています。

    「アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成」(岩波書店)

その見開きの言葉が意味深長です、

    「つまりいったい何者なのだ?」

ほんとうにカルティエ=ブレッソンって、何者だったのでしょう?

    答えは自明と言いたいところです。
    一人の人間をとらえることなんか、他人には誰にもできません。
    私たちはカルティエ=ブレッソンの遺産を一枚一枚受け取るしかない。

    さらに一歩進めると、私自身、私をとらえることさえできません。
    どこに、自分のことが全部分かっている人がいるでしょう?

近頃写真を撮っていないので、今朝も5年前の写真を選びました。

    久しぶりにタンバール90㎜F2.2を使ったようです。
    撮ったときの状況は記憶によみがえりません。
    なんで、モノクロームなのかも分かりません。

でも、私の撮ったものに間違いがない証拠があります。

    路上に転がる携帯用の人形。
    たいていの写真家なら、人形をひっくり返して、顔を見せるでしょう。
    私はほぼ絶対にそんな考慮など頭に浮かびません。

    出会ったままに撮る、ただそれだけ。
    それがロボグラフィ。
by Sha-Sindbad | 2015-01-06 11:08 | Thambar90/2.2 | Comments(0)