レンズ千夜一夜

845 秋のハイヌーン(キノプラズマート25mmf1.5bはビーム発生器かもしれない)



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今日は風邪が治りきっていないのですが、出勤。
午前中千客万来てんてこまいで、
ようやくお昼、レストランに転がり込みました。

そんな状況でも、
というより、そんな状況だからこそ、
カメラは手放せません。

    ソニーNex-5a
    キノプラズマート25mmf1.5b

レストランに向かいながら、16枚撮りました。
とにかく10年近く通いなれた道です。
毎日写真を撮りはじめて2年になるのですから、
写欲も対象も枯渇して当然と理論的には思うのですが、
そうはなりません。

    ときにはドキドキしながら撮ります。
    どうしてここでこんなものが燃えているの?

人間の視覚というものは、
脳と緊密なコンビを組んで働くものだそうです。
けっして客観的なものではない。

    私の場合、最上のロボグラフィの場合、
    ビームが走り、路傍のものを照射します。
    もちろん気分的なビームなのですが、
    驚きと歓びに心躍らせながら、
    そのものにまっしぐらに集中する感じはまさにビーム。
    そんなとき、
    私の目はビームに浮かび上がるそのものしかとらえていません。

人それぞれにそんなものが見るときにビームが出現するか分かりません。

    ある人は美女に出会ったときだけビームが発生。
    別の人は路上にお金を見つけたときだけビームが発生。
    中には、なにを見ても心が躍らない人だっているでしょう。
    こういう人はもちろん写真家になれませんね。

風景写真家となると、フォトジェニックな空気感の中に
浮かび上がる美景だけがオブジェクトになりますから、
それ以外のもの、もちろんロボグラフィも、まったく目に入りません。

    写真を撮る撮らないはさておいて、
    行き交う人たちはそれぞれに自分の視覚的シーンを見ていて、
    一人として同じものを見ていないのです。

私は、今日、奈良町の小さな通りでこんなものを見ました。
私の目はどうかしているのかも知れません。
でも、私の目には当たり前。

    キノプラズマートはいつもどこかに洗練の気配を残していますね。
by Sha-sindbad | 2013-10-30 22:12 | KinoPlasmat15mmf1.5 | Comments(2)
Commented by bisqueprince at 2013-10-31 01:31 x
着物のお写真と、バーでのお写真が好きですね〜!

>行き交う人たちはそれぞれに自分の視覚的シーンを見ていて

まさにそうですね、かくいう僕も、カメラを持つ前と、持ってから、では、風景の見え方が変わりましたから、ましてや、他の人なら、尚更、同じに見ているはずも無いですよね。それだけに、面白いのですけれど、sha-sindbadさんの視点は、超面白い(すみません)です!
Commented by Sha-sindbad at 2013-10-31 21:51
bisqueprinceさん
ありがとうございます。
ただ何気なく撮っているのですが。
どうも眼光鋭く気負うと、面白くない写真ばかり並びます。
節穴目のような茫洋な眼差しでぶらりぶらりと歩きますと、
向こうから飛び込んで来てくれます。
全部神様のプレゼントと思うことにしています。
「それ、プレゼントじゃなくて、神様のゴミ箱じゃない?」
という説が有力なのですが。